2017年3月22日水曜日

オリジン 32

 専用ジェット機の乗客はダリル、ジェリー、アキの3名だけだった。ジェリーは逮捕された時に同じ機に乗せられたのだが、麻酔で眠っていたので覚えていない。だから今回が初フライトだった。アキの方はドームから出ること自体初体験でジェット機に乗せたら気絶するんじゃないかと航空班が心配したが、乗ってしまうとケロリとして、物珍しそうに機内を探検していた。
 ダリルは局長から今回のジェリーの外出は、ラムゼイ博士の2人目の運転手ジェシー・ガーを誘い出すのが目的だと聞かされていた。ジェリーはガーを逮捕する為に所在確認をするのだと言う。しかし、本当は博士の敵討ちをしたいのではないか、と局長は懸念していた。ジェリーは今やドームの大事なスタッフであり、大切な人類の子孫繁栄の鍵を握る人物だ。彼がガーを殺害するようなことがあってはならない。だから、ダリルはジェリーを護り、同時に見張るのが任務だった。
 ジェリーはネット上で接触した「牧童頭」または「マツウラ」がジェシー・ガーだと当たりを付けている。相手に自分がラムゼイの秘書だった男だとわかる様な会話を一月ばかり続け、博士の墓参りをしたいと言う請願をドームに出し続けてやっと認められたと書いた。すると、相手が尋ねてきた。何時墓参りをするのか? 誰と来るのか?
 墓の位置を尋ねないのは、相手がラムゼイ博士が何処に葬られたのか知っているからだ。ジェリーは確信した。「牧童頭」と「マツウラ」は同一人物で、ジェシー・ガーだ。

「ガーは現れると思うか?」

 ダリルが尋ねると、ジェリーは「多分」と答えた。

「餌を撒いておいたんだ。ドーマーを連れて行くってな。『マツウラ』は売春サイトを運営している。女を紹介する高級なサイトじゃない、若い男を売っているんだ。『マツウラ』は、売り物としてのドーマーの価値を知っている。」

 ダリルは一瞬ジェリーの言葉の意味を考えた。

「まさか、君は私とアキを囮に使うつもりか?」
「アキは使わない。外の世界に初めて出たヤツに、そんな過酷な仕事は可哀想だ。」

 2人は通路の向こうで乗務員と談笑しているアキをチラリと見た。

「囮と言っても、敵の懐に入る訳じゃない。お宝をちらつかせて気を惹くだけだ。警察にジェシーの隠れ家を教える為に接触するだけだからな。」
「ああ、それじゃ・・・」

 ダリルは覚悟を決めた。

「売り物になるドーマーを君が連れて行くと言う設定か。私が色っぽく振る舞えば良い訳だな?」
「おまえは普段でも充分色っぽい。」
「はぁ?」
「アキに、これから打つ芝居の概略を説明してやろう。俺たちの行動を本気で信じてもらえば相手も騙しやすいだろうが、外の世界でアキを振り回すのは好くないからな。」
「その芝居の筋は、君が考えたのか?」
「勿論だ。だが、局長からも承諾をもらっている。」

 ダリルはジェシー・ガーがたやすく引っかかるだろうか、と考えた。ドームに捕まっているはずのジェリーが、ドーマーを連れて墓参りに来る。ガーはあっさり信じるのだろうか。
 ジェリーが、「局長と言えば」と話を変えた。

「想像以上に話のわかる人の様だが、一つ疑問があるんだ。」
「なんだ?」
「おまえと『氷の刃』の過去を執政官達から聞いたんだが・・・」
「私が脱走した理由か?」
「まぁ、そんなところだな。何処までが真相かは知らんが、俺がわからないのは、『氷の刃』に横恋慕した当時の長官を、どうしてハイネが戒めてくれなかったのかってことさ。」
 
 ダリルはちょっと記憶を探った。18年前、否、もうすぐ19年前のことになる。

「あの頃、局長は・・・あれ? 記憶にないなぁ・・・当時の局長は誰だったんだろう?」

 何故か遺伝子管理局の本部の記憶があまりない。入部したばかりだったので、トップの局長と面会する機会はなかったと思う。無理矢理転属願いを書かされた時は、リン長官の部屋だったし、室内は長官しかいなかった。ダリルはアキと談笑していた年配の乗務員に声を掛けた。

「おい、19年前の遺伝子管理局長は誰だったか覚えてないか? 私の記憶にはないんだが・・・」

 乗務員は振り返ると、ダリルをグッと睨み付けて言った。

「自分の上司を忘れたのか? 19年前の局長はヴァシリー・ノバック、コロニー人だ。」
「コロニー人? 遺伝子管理局の局長だぞ、コロニー人だったって言うのか?」

 驚くダリルに、その乗務員はうんざりした顔をして見せた。

「そうだよ、ほとんど地球にいなかったけどな。」
「ハイネはまだ局長じゃなかったのか?」
「局長だったさ。あの時、局長は2人いたんだ。ハイネは病気で医療区に居たから。」
「病気・・・?」

 乗務員は忌々しげに語った。

「コロニー人が宇宙から病原菌を持ち込んで大騒動になったのを覚えていないのか? ああ、そうか、君はまだ子供だったから教えられなかったんだな。4名のドーマーが感染して、1人亡くなったんだ。残った3名の内の1人がハイネだ。医療区に隔離されて完全に菌が死滅したと確認される迄3年近く特別室から業務を指示していた。だから、ノバックは代行局長だ。あの汚らわしいリン長官の腰巾着でさ・・・噂ではリンが故意にハイネを病気にして閉じ込めたって話だ。」
「噂?」
「病原菌に触れたのは全くの事故で、仕組まれたものとは思えなかったから。リンもそこまではやれなかっただろう。ただ、ハイネを閉じ込める口実にはなった。やりたい放題する為に、地球人のトップを排除したいはずだ。だが、ハイネはあの当時既に宇宙でも有名になっていて、かなりの人気者だった。他所のドームに追いやったり、失脚させるのは、リン自身の首を絞めかねないから、病原菌騒動を利用して医療区に閉じ込めたって訳さ。」
「リンってのは、食えないおっさんだったんだな。」

とジェリーが呆れた様な表情をした。

「そんなヤツにレインは目を付けられたってことか。お陰であいつは『氷の刃』になっちまって、俺たちメーカーは大迷惑を被ったが、全てがそのリンって長官のせいだったんだな。」