2017年9月23日土曜日

後継者 5 - 5

 普通のドーマー達の夕食時間が終わる頃にローガン・ハイネ・ドーマーの夕食時間が始まる。彼と個人的な話をしたい人間は大概この時間を狙って彼のテーブルにやって来る。
その夜は、ドーム維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーが10歳ばかり若い男を連れてやって来た。
 ロビン・コスビー・ドーマーだ、とワッツが紹介した。

「明日、長官に会わせる。立ち会いを頼みたい。」

 ハイネは50代後半の男を眺めた。ドーマー達の数が多いので、顔と名前が一致しても経歴まではなかなか覚えられない。局長に就任してから彼がドーマー採用を決めた子供達の遺伝子情報なら全員覚えているが、先達が選んだ人々はそうもいかない。ハイネはワッツに「ちょっと待て」と命じて、端末でロビン・コスビーの情報を検索して読んだ。特殊遺伝子は持っていないが、特技と言うか資格はたくさん取っており、多趣味多才だ。

「建築班の主任だったよな?」
「はい。ワッツ・ドーマーから代表を任されることになりました。よろしくお願いいたします。」

 ドームの慣習として、新しいトップの座に就く男は、それまで幹部経験がない人間を選ぶ。それは指導者の資格が誰にでもあると言う執政官側の考えなのだ。しかし、ワッツが自身の後継者に選んだのは、幹部経験者だった。ワッツは自身が総代表に選ばれた時、年長の幹部達からいびられた経験があった。彼はまだ体が丈夫で「黄昏の家」へ行く資格をもらえない。前任者がまだドームで働いているせいで新総代が先輩幹部達から見下されては可哀想だ、と考え、幹部連中の中から新総代を選んだのだ。
 ハイネはこれから遺伝子管理局長の次の権限を持つことになる、20歳以上も年下の男に言った。

「こちらこそよろしくお願いする。」

 そしてワッツを振り返った。

「明日は何時にする?」
「副長官が長官室で定時打ち合わせをするのは何時だ?」
「普通は11時から正午迄の間だな。」
「では、長官秘書に11時半で依頼しておく。変更があれば連絡する。」
「了解した。」

 コスビー・ドーマーは2人のやりとりを聞き逃すまいと真剣な表情で聞いていた。遺伝子管理局長ローガン・ハイネは彼の世代にとっては大スターだ。維持班総代表エイブラハム・ワッツは彼が尊敬する師匠だ。2人の憧れの人々がどんな風に会話するのか、しっかり記憶しようと心がけていた。彼の気持ちをワッツは察したのだろう、不意に振り返って言った。

「聞いての通り、俺はローガン・ハイネとタメ口で話をする。維持班は遺伝子管理局の部下ではないからだ。おまえは総代表になったら、彼と同等の立場で話をしなければならない。決して彼の部下ではない。それを忘れるな。
 だが、彼に失礼な振る舞いは許されない。何故なら彼は遺伝子管理局長だからだ。局長は全ての地球人の生から死までを管理する役職だ。並の人間では務まらない重責を負っている。それをローガン・ハイネは俺達が高所で建材を適所にはめ込むみたいに毎日平静な顔でやってのける。俺はローガン・ハイネを心から敬愛している。だから、彼には必ず敬意を払え。遺伝子管理局長に非礼を働く者はドームから叩き出される。」

 ワッツは最後に小さく付け足した。

「サンテシマみたいにな・・・」

 会話はタメ口で、しかし敬意を払って・・・難しい課題を押しつけられた様な深刻な顔で「心得ました」と応えたコスビー・ドーマーに、ハイネが思わず笑った。

「エイブ、今からコスビーを脅かしてどうする?」
「こう言うことはきちんと言っておかないと駄目なんだ。貴方は若い連中から見れば雲の上の存在だ。挨拶と違って仕事で話しをする時はどんな風に口を利けば良いか、教えておかなければならない。」
「そんなことは、コスビーは言われなくても理解しているさ。なぁ?」

 ハイネに話を振られて、コスビー・ドーマーは顔を赤らめた。さっきから胸がドキドキしていた。局長とはドーマー幹部の集会で顔を合わせたことは何度もあったが、こんな近距離で彼自身を話題に会話したのは初めてだったからだ。
 ハイネがワッツに視線を戻した。

「ところでエイブ・・・」
「うん?」
「そろそろ私に食事をさせてくれないか? シチューが冷めてしまったぞ。」
「程よい温度加減になったんじゃないのか? 猫舌だろう?」