2017年10月23日月曜日

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 ケンウッドがセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンに見学に行くと聞いて、リプリー長官は、「遺伝子工学の街だったね」と言った。

「確かクローンで人体の一部を製造して医療に使う治療法が盛んな所だったと思うが?」
「そうです。主に四肢が多いですが、美容整形用の人体パーツを作る業者や、内臓などの高度な物を製造する研究所もあります。」
「それで遺伝子管理局は神経を尖らせて監視しているのだな。」
「ええ。」
「私はかねがね不思議に思うのだが、そんな高度な技術を持つ地球人が、メーカーと言う違法業者になると粗悪なクローンしか作れないのは何故だろう?」
「それは財政的な問題ではないでしょうか?」
「設備投資が乏しいのか?」
「恐らく。」
「粗悪なクローンは短命だ。人工の生命だと言っても、生まれた以上は人間だ。財政的な問題で短い命しかもらえないなんて、あまりにも可哀想だ。」

 リプリーはメーカーを憎んでいる。それはケンウッドも、ドームの執政官もドーマー達も同じだ。だから遺伝子管理局に保護されて観察棟に収容されたクローンの子供達に、彼等は優しい。可能な限り子供達が長く生きられる様に力を注ぐのだ。

「護衛を連れて行くのだろうね?」
「護衛は要りません。遺伝子管理局の若い連中に付いていきます。」

 それなら安心だとリプリーは呟いた。遺伝子管理局の職員は外勤も内勤も武道の鍛錬を欠かさない。戦闘能力では保安課と肩を並べるのだ。
 少し黙って考え事をしてから、リプリーが振り返って言った。

「脱走した若いドーマーはあの街に居ると思うかね?」
「セント・アイブスにですか?」

 ケンウッドはちょっと驚いた。リプリーがダリル・セイヤーズ・ドーマーを気に掛けていたのが意外だった。セイヤーズの脱走を利用して前任者のサンテシマ・ルイス・リンを追放したのだが、それ以降リプリーはドーマーのことはケンウッドに任せっきりだった。リン派の粛正に忙しかったせいもあったが、ドーマーの恋愛問題には無関心だと思えたのだ。

「セント・アイブスに脱走者は隠れないでしょう。遺伝子管理局が絶えず巡回しますからね。」
「そうか・・・」

 リプリーは溜息をついた。

「あのドーマーは直ぐに捕まると思っていたのだがなぁ・・・」
「ハイネ局長は反対に捕まえるのは困難だと思っている様です。セイヤーズは脳天気ですが、利口なのです。」
「セイヤーズの問題はリンの置き土産だな。」

 彼はケンウッドに向き直った。

「何はともあれ気をつけて行って来てくれ。見学だけだぞ、余計なことはするな。遺伝子管理局の注意は守って・・・」
「承知しております。長官は心配性ですね。」

 すると、リプリーはちょっとむくれて見せた。

「私もあの街に1度は行ってみたいのだよ。」