2017年11月21日火曜日

退出者 7 - 4

 月に出張していたリプリー長官が朗報を持って帰って来た。遺伝子管理局の出張所設置が認められたのだ。

「監視と言う役目のみに限定して行う施設と言う承認だ。」
「副業は?」
「遺伝子管理局のイメージを損なわぬ程度に認めるとのことだ。」
「では、ハーブの販売や育児書の出版、養子縁組申請の手引きなどの配布は出来ると言うことですね?」
「うむ。」

 長官と副長官の会話を局長は黙って聞いていた。表情が穏やかなので、喜んでいる、とコロニー人達は判断した。
 ケンウッドはハイネを振り返った。

「出張所の候補地は決まったかね?」
「はい。南米に3箇所、北米に2箇所、現在はこれだけです。必要に応じて増やしたり減らしたりしますが、当分はこの5箇所でお願いします。」
「では、後は管理者の選任か?」
「班チーフに任せています。南米は元ドーマーに通知を出して公募するようです。」
「南米の元ドーマーは何名いるのかね?」
「現在60歳以下が16名です。家族持ちも考えますが、南米では警護の必要性が北米より強くなるので、班チーフは独身者を考えているようです。」
「既に事業を行っている元ドーマーもいると思うが、その場合はどっちが副業になるのかな?」
「監視の仕事がついでの副業で務まるとは、彼等は思っていないはずです。」

 ケンウッドは以前研究用サンプルを採取する為に元ドーマー達と会ったことがある。あの時に集まってくれた元ドーマー達は、ドームから声が掛かったことを喜んでいた。例え皮膚サンプルを採取するだけの検体としての役目だとしても、生まれ故郷のドームが必要としてくれていると思うと感激すると言っていた。ドームは一旦出てしまうと中に戻るのが難しい故郷だ。中に入る理由と保証人が必要だ。南米の元ドーマー達は遠い故郷から重要な役目をもらうことを喜んでくれるだろうか?

「北米の方はどうするのだ?」

とリプリーが尋ねた。
 北米の元ドーマーの多くはドームに近い街に集中している。仕事で外に出て活動するのがドーム周辺の土地だったので、そこで恋愛をしたり別の人生に憧れてドームを卒業して行ったのだ。しかし殆どはドームが世話した職業に就いているので、新たな仕事をする時間的余裕があるだろうか?
 ハイネはちょっと考えた。

「北米北部班は現地採用で元ドーマーを募集するつもりです。西海岸の街ですから、元ドーマーの人数は少ないのですが、班チーフは応募があると自信を持っています。
 北米南部班はまだ方法を考えついた様子はありません。先に出張所にする物件を探しているようです。」
「物件探しかね? 私が月から戻る前から物件を探しているのか?」
「長官が必ず月を説得して下さると班チーフは信じたのです。」

 ハイネは口が巧い。北米南部班のフライングを上手く誤魔化した。
 ケンウッドは砂漠の風を防風林で防いでいた緑豊かな学究都市を思い出した。大きな街ではないのに、その中は奥深く、有象無象の似非科学者から人類の幸福を探求して生命の神秘を解き明かそうとしている学者まで様々な研究に従事する人々がいた。そんな街を相手に1人で監視をする元ドーマーがいてくれるだろうか。

「誰が物件を探しているんだ? 局員が交替で行っているのか?」
「まだ開始して2日ですよ。『通過』経験者に試験的に探させているのです。『通過』したばかりの者は、注射なしで外に出るのに不安を感じるようです。慣れさせる目的も兼ねています。」
「『通過』したばかりの者? ああ・・・」

 ケンウッドは合点した。

「ニュカネンとワグナーか・・・」
「ワグナーはヘリの操縦免許取得の為に訓練を受けています。当分巡回の仕事はお預けです。」
「すると、物件探しはニュカネンか!」

 堅物ニュカネンに出張所に適した物件を見つけられるだろうか? リプリーがニュカネンとは?と尋ねたので、ケンウッドは返答に窮した。何と説明しよう? しかし、ハイネが先に答えてくれた。

「若い局員です。」