2018年2月21日水曜日

脱落者 11 - 6

 シティの薬局でヤマザキはドームのIDを提示して、数種類の薬を纏め買いした。地球製の薬剤に関しては、薬剤管理室の現役薬剤師達ではなく、引退して訓練所で教官を勤めている年配のドーマーから教えてもらった。ローガン・ハイネ・ドーマーが内務捜査官として主任薬剤師を勤めていた頃の同僚だ。ハイネ同様地球製の薬に関する知識を豊富に持っていた。宇宙から輸入する薬剤に頼らずに地球人らしく地球の薬を学ぼうと言う運動が半世紀前にあったのだと言う。
 薬局の店主は、コロニー人の客に驚いていたが、遺伝子管理局員が同行していたので、安心した。そしてカードでの支払いが済むと、ヤマザキに言った。

「空にデカイ宇宙船が浮かんでるでしょ? あれは何ですか? まさかコロニー人が侵略に来たんじゃないでしょうね?」
「まさか・・・」

 ヤマザキは笑った。

「あれは地球周回軌道防衛軍の航宙艦です。演習の戦闘機が地球に落っこちないように、あの位置で見張っているんですよ。」

 店主は前年にシティに墜落して火災を引き起こした事故を思い出した。ちょっと身震いして見せた。

「演習ですか・・・この前は廃棄人工衛星の墜落でしたね? もう空からの落下物はこりごりですよ。」

 本当はテロリストの無人戦闘機を撃墜したのだが、地球周回軌道防衛軍は地球には「廃棄人工衛星の落下」、ドームには「演習中の無人戦闘機の暴走」と説明していた。
 今空に浮かんでいる航宙艦は、ドームを護衛しているのだ。しかし地球人はドームの中でテロ事件が発生したことを知らされていない。大統領でさえ何も知らないのだ。

「もう落下はさせない筈です。昨年の事故で軍は膨大な賠償金をシティに支払いましたからね。懲りた筈ですよ。」

 ヤマザキは店主を励まして店から出た。出入り口で警戒していたレイン・ドーマーが彼を車まで誘導した。

「外の人々は航宙艦に不安を抱いている様子ですね。」
「そりゃ、あんなデカイのが頭の上に浮かんでいたら、誰だって嫌だろう? コロニー人だって嫌だよ。」

 ヤマザキはドームの上に護衛艦が停泊している意味を知っていた。宇宙連邦軍が広域テロリスト集団「青い手」の拠点を攻撃しているのだ。戦闘中にテロリストの仲間によって地球が襲われないように、各所の上空に地球周回軌道防衛軍が護衛艦を配備しているのだった。
 アフリカ・ドームの事件現場では破壊規模が大きく、得られた手がかりは少なかった。しかしアメリカ・ドームでは被害がそれほど大きくなかったので、爆発物がどうやって仕組まれたのか判明した。工作員も逮捕された。それで宇宙連邦軍はキルシュナー製薬の研究室に紛れ込んでいたテロリストのメンバーを割り出し、「青い手」の拠点を見つけた。「青い手」は地球を襲う以前にもコロニー各所で破壊行為を行なっていた。だから、軍は徹底的に彼等を叩くことにしたのだ。
 薬剤管理室長として潜伏していたテロリストは軍が抑えている。しかしドームにはまだ厄介な問題が残っていた。爆発物を調合したドーマーだ。
 車を発車させてから、レインが尋ねた。

「局長を刺した女はどうなりますか?」

 ハイネの怪我が刺されたものであると彼に教えた覚えはなかった。遺伝子管理局幹部と維持班幹部しか知らない筈だ。だがレインには接触テレパスと言う能力がある。他人の肌に触れて相手の思考を読み取るのだ。だからヤマザキは彼に触れる時は出来るだけ手袋を着用するのだ。この外出で彼に触れた記憶はなかったから、ドームの中で、医療区か保安課の人間からレインは情報を読み取ったのだろう。

「どうなるかな・・・」

とヤマザキは呟いた。

「維持班の班チーフ会議が決めることだ。僕等コロニー人も捜査権を持つ遺伝子管理局も取り締まる保安課も、セシリア・ドーマーの処遇を決める権限を持っていないからね。」