2018年2月22日木曜日

脱落者 11 - 7

 宇宙連邦軍とテロリスト「青い手」の戦いは、「戦争」と呼ぶ程大規模なものではなかった。「青い手」は爆弾や毒ガスを製造し使用したが、戦闘員を訓練したり武力闘争をしたりしなかった。拠点を攻撃されると抵抗したが、軍隊の敵ではなかった。
 勿論、軍は「青い手」が壊滅したと思っていない。こう言う手合いは庶民の中に埋もれて次の機会を狙っているのだ。それでも今回の事件を起こした連中は捕縛された。
 ケンウッドは戦闘から遠く離れた場所にいたが、彼の職場は戦場同然だった。副長官を欠いたドーム行政は殺人的に忙しかった。ドームの中、出産管理区とクローン製造施設は平素と変わらぬ平和を保ち、居住区を元の落ち着きのある生活の場所に戻さねばならなかった。しかし、ドームの外にも仕事があった。彼は月で行われるテロの犠牲者達の追悼式に出席しなければならなかった。本部へ今回の事件の報告をする役目もあった。だが、彼が出かけると、アメリカ・ドームの留守を守る幹部がいなくなる。副長官がまだ集中治療室から出られないのだから。ベックマン保安課長はドームを守れるが、政治は出来ない。
残るメンバーで政治と守護の役目が出来るのは、遺伝子管理局長だけだ。
 ケンウッドはハイネ局長と随分長い間話をしていなかったことに気が付いた。月に出張して、事件が起こり、戻って来れば局長は負傷して声が出せなかった。その後はケンウッド自身が多忙で、局長が声を出せるようになった頃は医療区に顔を出す時間がなかったのだ。

 そうだ、ハイネは今朝退院したんだ・・・

 ヤマザキは局長をもう少し医療区に置いておきたがったが、歩けるようになった途端にハイネは集中治療室から出てしまい、一般病棟からも僅か一日で出てしまった。もっともドームの中にいるのだから、監視は出来る。後半月は重たい物を持たないように、激しい運動は避けるように厳重に注意を与えてヤマザキは退院を許可したのだ。ハイネが医療区から出ると、仕事の合間に抜けてきたドーマー達が出口で待ち構えていて、大騒ぎだったと言う。まるで10年前の幽閉が解けた日の再現みたいだった、と秘書のヴェルティエンが報告してくれたのだ。
 明日の午後には月へ出張しなければならない。ケンウッドはハイネに連絡を取らねばと焦りつつも業務に追われて昼になってしまった。昼食を中央研究所の食堂で簡単に済ませて執務室に戻ったところで、端末にハイネから電話が掛かってきた。

「お忙しいと思いますが、お会い出来ますか?」

と遺伝子管理局長がドーム長官に尋ねた。ケンウッドはホッとした。向こうから声を掛けてくれたので、時間を取りやすくなった。

「私も君に会いたいと思っていた。だが君も忙しいのじゃないか?」
「私はグレゴリーが大方手伝ってくれたので、午後は手が空きます。」
「では・・・」

 ケンウッドは自身の予定表を頭の中に思い浮かべた。やたらと会議が並んでいる・・・。だが午後8時以降は空いていた。

「夕食を一緒にどうかな? 少し遅い時刻になるが、約束の時間迄には仕事を片付けておくよ。」
「遅い時間には慣れていますよ。ただ、場所は中央研究所の方でお願いします。まだ腕に力を入れられないので。」