2017年4月30日日曜日

奮闘 18

 ダリルはダウン教授に次の質問をした。

「教授、その『永遠の若さを保つ男』の話を貴女以外に聞いた人はいるのですか?」

 ダウン教授は無言で彼を見返した。その目は暗く冷たい光を放っていた。

「リンゼイが私以外の誰かに話したとしても、私にはわかりませんわ。」
「では、貴女以外誰もその話をラムゼイから聞いたことがなかったと仮定しましょう。貴女はその話を誰かに聞かせましたか?」
「これは裁判なの?」
「いいえ、ただの事実確認です。答えて頂けませんか?」
「弁護士を呼んだ方がよろしいのかしら?」
「教授・・・」

 ダリルは焦るまいと自身に言い聞かせた。この医学博士と対面出来る機会は2度と来ないのだから。

「貴女は、現在トーラス野生動物保護団体の理事ビューフォード氏が遺伝子管理局の局員を誘拐して暴行した事件とテロリスト集団FOKがクローンの少年達を誘拐、殺害した事件に関係しているとして警察の監視下におられます。遺伝子管理局は警察の仕事に介入する権限を持たないし、遺伝子管理法に違反しない限り、貴女を逮捕する権限もありません。私が今確認しようとしていることは、彼等に行動を起こさせる影響力を貴女がお持ちなのだろうか、と言うことです。貴女が命令や指図をされなくても、貴女の意見を彼等が信じて動いたと考えるのは正しいのだろうか、と。」

 ダウン教授はまた黙り込んだ。影響力を否定するなら、彼女はつまらぬただの老科学者だ。1人で若返りの秘策を探求しているマッドサイエンティストだ。
 しかし、影響力があるのであれば・・・トーラス野生動物保護団体とFOKはどんなことを彼女から学んだのか。

「私にどんな影響力があると言うのでしょう。」

とダウン教授が呟いた。

「トーラス野生動物保護団体は経済界の重鎮や政治家達の善意の集まりです。誇り高い彼等が、私の様な歳を取った遺伝子学者の言うことに耳を傾けて犯罪に走るなど、信じられませんでしょ?」
「しかし、貴女は以前、遺伝子管理局の人間に接近して、クローンの大量生産の話をされましたよね。人工羊水の中にクローンをストックして、自分の肉体が老齢で衰えると脳だけクローンの体に移し替えると言う計画の話です。」

 ダウン教授がプッと吹き出した。

「あれは私の意見ではありませんことよ。リンゼイがそう言ったのです。」
「ラムゼイは可能性の講義をしただけで、それが実現不可能な考えだと言ったはずです。」
「実現不可能? 確かにそうですわ。意思をもたせずに肉体だけ成人になるまで培養するなんて、無理よね。」

 そこでダリルがはったりをかけた。

「でも、宇宙では可能なんですよ。ドームもその技術を持っている。ラムゼイはそう言ったのでは?」

 ダウン教授の眼差しが揺れた。彼女はラムゼイ博士の嘘を信じたのだ。クローンを植物状態で大量に培養出来ると言う嘘を。教授はその技術を手に入れたいと思った。脳を移植して若さを保ちたいと思った。だから、政治家達に囁いた。コロニー人を追い出してドームを地球人が手に入れるのだ、そうすれば地球の支配権は彼等のものだ。彼女はFOKにも囁いた。若くて丈夫で優秀な子孫を残す遺伝子を手に入れろ、彼等の医学者としての研究に大いに役立ち名声が手に入る。

 だが、FOKが欲しかったのは、脳内麻薬だった・・・

 1人の女が永久的な若さを欲し、周囲の男達を操ろうとして、操り損ねた。
ダリルは彼女に真実を告げた。

「ドームにもコロニーにも、人間を植物の様に意思を持たせずに成人になるまで培養する大量生産する技術は存在しません。貴女はラムゼイが援助資金を得る為に嘘を吹き込まれたのです。」

 ダウン教授は微笑んだだけだった。
 ダリルは「失礼します」と言って、ニュカネンに退席を促し、自らも立ち上がった。



2017年4月24日月曜日

奮闘 17

 ジェリー・パーカーは、ジェリー状の物体に包まれて目を覚ました。打撲傷の治療と称して医療区の執政官にパイプ状の容器に入れられ、薬剤を注入された。それが半凝固してジェリー化したのだ。体は動かせるのだが、四肢が重たく皮膚の感覚がない。肩から上だけが外に出ていて、なんだか間抜けな図になっている。2時間ばかり我慢するようにと言われたが、ジェリーは10分もすると苦痛になってきた。しかしここで腹を立てても意味がない。彼は居眠りでもするか、と諦めた。
 室内に誰かが入って来たが、そちらを向くのも億劫だったので、彼は目を閉じて無視することに決めた。

「やぁ、パーカー。」

と聞き慣れた男の声が聞こえた。無視し辛い相手だったので、ジェリーは目を開いた。

「こんにちは、長官。申し訳ないが、そっちを向くのが一苦労なので、前に回ってもらえますか?」

 ケンウッド長官がパイプの周囲を歩いて彼の正面にやって来た。

「打撲傷の治療が大変だとは聞いていたが、かなり大袈裟だな・・・痛むかね?」
「全身打撲ってとこですから、湿布をするよりこの方が薬剤が直接患部に浸透して治りが早いそうですよ。」

 長官は小さく頷いた。

「君が何処で何故怪我をしたのか、さっき遺伝子管理局から説明があった。私は、君がラムジー博士の墓参りに出かけると聞いたから外出を許可したのだが、どうもハイネと君、そして私の見解は異なっていたようだ。」
「俺は誰がラムゼイ博士殺害に直接手を下したのか、知りたかっただけです。オンライン上で俺と会話していたヤツが、本当にジェシー・ガーなのか、確認を取るだけのつもりでした。ハイネ局長も確認だけしてこいと言ったんです。」

 ジェリーはジェシー・ガーの話を聞いているうちに殺意が芽生えたことは黙っていた。ダリルには脅すつもりで殺傷能力のない麻痺光線をガーの横を狙って撃ったと言ったが、本当は怒りに吾を忘れて殺すつもりで撃ったのだ。麻痺光線であることも忘れていた。しかしここでそれをケンウッドに告白するつもりはなかった。
 彼は殊勝な顔をして素早く付け足した。

「俺の怪我でハイネを叱ったりしなかったでしょうね?」
「私が彼を叱る?」

 ケンウッドが苦笑した。

「私が何を言っても、彼の場合は暖簾に腕押しだ。またコロニー人が小言を言っていると言う程度の認識で軽くスルーされる。」
「でも、あんた方は地球人を子供扱いしているだろ?」
「それは、我々がドーマー達や女性達を生まれた時から育てているからだ。決して地球人がコロニー人に劣っているなどと思ってはいない。」
「俺はあんた等に育てられたんじゃない。」
「ああ・・・そうだ、君はここでは客人だ。」
「囚人だろ?」
「違うよ。君が復讐を企んだりさえしなければ、自由にドームを出入り出来るはずなのだがね。」

 ジェリーとケンウッドの目が合った。ジェリーはコロニー人の学者に心の中を見透かされたのだと気が付いた。

「君の復讐に、うちの子供達を巻き込まないでくれないか。」

とケンウッドが言った。




2017年4月23日日曜日

奮闘 16

 ダリルはすっとぼけてヒギンズの真似をするべきかと一瞬迷ったが、リュック・ニュカネンがミナ・アン・ダウン教授に指摘した。

「この男は貴女がご存じのセイヤーズの従兄です。」

 それでダリルは姓だけ名乗った。ダウン教授は、ああそれでよく似ているのね、とかなんとか呟いた。ダリルは従兄ではなく兄弟にしてくれれば良かったのに、とどうでも良いことを思った。
 ニュカネンが教授が書きかけていた数式をチラリと見た。

「また新薬の開発ですか?」
「ええ・・・この前のは失敗しましたからね。誰かさん達が邪魔をしてくれたお陰で。」
「その薬の件で、セイヤーズが貴女にお聞きしたいことがあるそうですよ。」

 いきなりダリルに話を降ってきた。

「例の、若返りの薬だ、セイヤーズ。」

「例の」と言われてもダリルにはピンと来なかった。ダウン教授は脳移植やクローンに関わっているはずだが、薬とは?
 ダウン教授が視線を向けたので、ダリルは座って話しませんかと提案した。
 教授は室内にいた助手達に退席を命じ、客にソファを勧めた。しかしダリルは助手達が使用していたパイプ椅子に座り、ニュカネンも同じくそちらを選んだ。教授も仕方なくそちらに腰を下ろした。

「それで?」

 彼女がダリルを見たので、ダリルは質問した。

「ラムゼイもしくはリンゼイ博士は、貴女にドームの魔法をどのように説明したのですか?」

 ダウン教授はじっと彼を見つめた。

「100年間歳をとらずに若さを保っている人がいるそうですね・・・」

 ダリルはちょっと面食らってニュカネンを振り返った。

「そんな人がいたっけ?」
「居る訳がないだろう!」

 しかしダウン教授は真面目な顔をしていた。

「髪の毛が真っ白な、若い姿を保った男性の話を聞きましたよ。宇宙でも有名だそうです。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーのことか? ダリルはラムゼイの大嘘に驚いた。ハイネ局長は確かに若さを保っているが、それは成人してから老化のスピードが落ちただけで、ゆっくりとだが確実に歳を取り続けている。ラムゼイことラムジー博士がドームから脱走した時と比べれば、ハイネは既に10歳は老化しているとわかるはずだ。50年かけて10歳しか老化していないことが「若さを保つ」ことになるのだろうか。それとも、ダウン教授はラムゼイからもっと出鱈目な情報を得ていたのだろうか。ラムゼイはコロニー人だったから、ハイネがきちんと歳を取っていくことを承知していたはずだ。永遠の若さなど存在しないのだ。きっと地球人のパトロン達から保護と資金提供を得るために、とんでもなき大嘘をついていたのだ。

「もし、そんな男性が実在するとして、貴女とどんな関係があると言うのでしょうか?」

 ダウン教授の目が光った。

「いつまでも若く美しくいたいと思うのは、世の女性たちの願いですわ。」
「つまり、その男性から若くいられる秘密を得たいと?」
「その男性の遺伝子がどうなっているのか、ホルモンの分泌や細胞の状態がどうなっているのか、知りたいと思いません?」

 ニュカネンが眉を上げて驚きの表現を示した。

「私も以前はドームで働いていましたが、そんな永遠の若さを保つ男は知りませんでしたし、知ったとしても、興味ありませんよ、教授。」
「それは貴方が殿方だからよ。」

 ニュカネンはダリルを見た。ダリルも彼を振り返った。互いに目で同じ感想を抱いたことを感じ合った。

 この女は局長を解剖しかねない・・・。





2017年4月19日水曜日

奮闘 15

 法律では遺伝子関係の研究室はガラス壁でパネルを使って外からの視線を遮断することになっていた。ミナ・アン・ダウン教授の第3研究室もその様に造られていたが、パネルはしっかりと閉じられており、見通しが良いとは言えなかった。
 リュック・ニュカネンは元ドーマーらしい強引さで、ドアをノックしてからドア横のカメラに遺伝子管理局のIDを提示しただけで名乗らなかった。カチッと開錠される音が聞こえ、ドアが静かに開いた。
 顔を出したのは若い男だった。学生か助手だろう。ニュカネンは彼の顔を知っているらしく、頷くと、教授は中かと尋ねた。学生が「はい」と答えると、それ以上の質問はせずにずかずかと中に入り、ダリルは慌てて彼を追いかけた。常に慎重なニュカネンらしからぬ振る舞いに戸惑いを覚えたのだが、ニュカネンは教授が犯罪者の一味だと言う認識を持っていたので、相手に対する礼儀や遠慮を必要だとは感じなかっただけだ。
 ダウン教授は立体ボードに化学式を書き込んでいる最中だったが、2人の乱入者に気が付くと手を止めた。

「あら、ニュカネン所長、何用ですの?」

 ダリルは教授を眺めた。彼は歳を取って皺だらけになった女性を決して醜いと思ったことはなかった。寧ろその人の生きてきた時間を考え、歴史を考え、周囲の環境を想像し、美しいとさえ思うのだ。しかし、ダウン教授は違った。彼女はポール・レイン・ドーマーの母親より年長のはずだが、皺のない綺麗な顔をしており、手の甲も艶々だった。首筋もぴんと肌が張り詰め、髪もふわふわと豊かに波打っている。それが険しい光を放つ瞳とアンバランスに見えた。

 不自然な若さだ・・・

 美容整形を行ったのか、細胞活性化療法を施術してもらったのか、兎に角もの凄い大金を注ぎ込んで若さを保とうと努力しているのが手に取るようにわかる。何故そんなに若さにこだわるのだろう。
 ダウン教授がダリルを眺めた。

「セイヤーズさん、お久しぶり。」

え? と驚いたが、顔には出さなかった。そしてダリルは、教授が彼を囮捜査官ロイ・ヒギンズと間違えたのだと思い当たった。ヒギンズがダリルのふりをしてセイヤーズと名乗っていたのだ。だがヒギンズは囮捜査が終了しており、裁判では正体を明かして証言したはずだ。この時、ヒギンズはセイヤーズと言う人物が架空の人間であると言ったのだ。実在の人間の名を使ったと言えばダリルの身辺も探られる可能性があるので、ドームがヒギンズにセイヤーズと言う人物設定は架空のものとして証言するよう要請した。ヒギンズは法廷も騙したが、それはトーラス野性動物保護団体を誘拐容疑で起訴するためだ。



2017年4月15日土曜日

奮闘 14

「局長は君に甘すぎるんじゃないか?」

 ニュカネンの愚痴に付き合うつもりはなかったが、ダリルは反論を試みた。

「局長は君の恋愛を許して君をドームの外に出した。君こそ局長に甘えたんじゃないか。」
「甘えてなぞいない。外の人間と恋愛した私の存在がドームには不都合だと考えて追い出しただけだ。」
「そうかな? 遺伝子管理局は君の仕事を大いに評価しているし、北米南部班は君をいつも頼りにしている。この街の出張所を任せる適任者を探していたら、偶々君が外の女性と恋愛したので、白羽の矢を立てたのだろう。警察の科学捜査班に配属される元局員の方が多いんだ、君の様な重要な職に就くことが彼等の憧れになっていると覚えておくが良い。」

 なんとなくダリルに丸込まれた感じで、ニュカネンは黙り込んだ。2人はキャンバス内を歩き、学舎に入った。ニュカネンのIDがあるので、学内のセキュリティはフリーパスだ。

「警察の監視下でダウン教授は何の研究をしているんだ?」
「彼女のテーマは昔から一環して『老化阻止』だよ。」
「そうか・・・それで・・・」
「コロニー人の老化速度が緩いことが羨ましいのだ。ドーマーがゆっくり歳を取ると信じているが、私に言わせれば外気の汚染が外の人間の肉体を蝕んでいるだけだ。遺伝子のせいではない。」

 ニュカネンは自身の手を眺めた。同年齢の平均的な事務職の地球人男性に比べれば、確かに肌の艶が良い。しかし18年間農作業に従事していたダリルは別にして、巡回してくる現役局員と比較すれば、老化が進んでいる様に思えた。

「コロニー人の寿命が長いのは、昔の地球人の寿命が80歳程度だった時代から少し科学技術が影響したせいだ。薬剤や医療技術で疾病の治療が進み、宇宙空間で放射線や細菌を遮断するテクノロジーが人間や動物の延命を助けた。それを地球で同じ様に行おうとすれば、ドームの様な場所が必要だ。ダウン教授は、それを理解していない。簡単なことなのにな・・・」

 ダリルは進化型1級遺伝子でも延命の限界があるのだと思ったが、口には出さなかった。学生達数名がすれ違った。彼等はスーツ姿の2人の男を見て、遺伝子管理局だ、と囁き合った。スーツ姿は珍しくないはずだが、ニュカネンの顔は学生でも知っている。大学で何か新規の研究が始まったり、問題が発生すると必ず飛んで来るからだ。
 ニュカネンは先ずダウン教授のメインオフィスを訪れた。ここには秘書がいた。教授は予定通りの第3研究室かと尋ねられ、彼は端末をチェックした。

「第3研究室です。呼びましょうか?」
「いや、こちらから行く。」
「でも、あそこは限られた人しか入れてくれませんよ。」

 ニュカネンはダリルをちらりと見て、秘書に向き直った。

「かまわない。ドアの外に出て来てもらうから。」

 2人は地下の研究室に向かった。

「あの秘書は教授に連絡するだろうな。」
「するはずだ。別に研究内容を調べに来たんじゃない、話をしに来たんだ。」


2017年4月14日金曜日

奮闘 13

 セント・アイブスの遺伝子管理局出張所所長リュック・ニュカネンはダリル・セイヤーズ・ドーマーが現れた時、すぐに本部に通報した。「来る」と言う連絡が事前になかった局員が現れた時は必ずそうするのだ。任務内容の確認なのだが、同時に「脱走」を懸念していた。
 本部からの返事は「セイヤーズの好きにさせろ」だった。ニュカネンにとっては、全く不本意な返答だ。ダリルのマイペースに堅物の彼はとてもついていけない。しかし、ダリルは彼を必要としていた。大体、返答を送って来た本部の人間の署名がないので、ニュカネンはどこまでそれを信用して良いのかわからない。名前がないのは局長のメールだけのはずだが、レインの可能性があるし、もしかするとセイヤーズ自身がコンピュータを騙して送って来たとも疑われた。セイヤーズはその程度のことは簡単に出来る能力を持っているのだ。
 ニュカネンが2階の休憩室に行くと、ダリルは丁度クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーに「出来るだけ早く帰るよ」と言って電話を切るところだった。口調から相手はレインかと思えたが、「キャリーに宜しく」とダリルが言ったので、クラウスと話していたのだとわかった。
 テーブルの上には昼食に食べたサンドイッチの包み紙が丁寧に折りたたまれて置かれていた。ゴミ箱に入れるのに必ずきちんと整理するのはドーマーの習慣だ。ドームは空間が限られているので、幼少期から片付けることをみっちり躾けられるのだ。躾けがなっていない一般人の中で暮らしているニュカネンは、何故かその包み紙を見てホッとした。18年間逃げていたにも関わらず、ダリルはドーマーの習慣を忘れて居ない。
 ニュカネンは戸口に立って声を掛けた。

「今日はこれからどうするつもりだ? まさか明日まで休憩なんてことはないだろうな?」
「まさか、そんな時間の無駄はしない。」

 ダリルは彼をまっすぐに見た。

「ミナ・アン・ダウン教授は大学に居るだろうか?」
「恐らく・・・警察の監視が付いているが。彼女が何か?」
「彼女に尋ねたいことがあるんだ。時間が空いているなら、つきあってくれないか?」
「私が暇だと思っているのか?」

 ニュカネンはムカッときたが、ダリルに単独行動させるのは拙いと思ったので、結局ついて行くことにした。相手のペースにはまりつつあることを薄々勘付いていたが、抵抗のしようがない。自家用車を出して、ダリルを助手席に乗せると、ダリルが呟いた。

「長い間運転していないので、たまにはハンドルを握らないと忘れるんじゃないかな。」
「どんな機械でも見ただけで使い方がわかる人間がそんなことを言うな!」

 ダリルを絶対に運転席に座らせない決意で、ニュカネンは大学へと走って行った。
セント・アイブス・メディカル・カレッジは夏休みに入っていた。多くの学生達は故郷へ帰省したり旅行に出かけたりしていたが、学内に残って研究を続けている者も少なくないので、若者達や研究者達がキャンパス内を歩き回っていた。
 ニュカネンは来訪者用駐車場に車を乗り入れ、端末でダウン教授のスケジュールを確認した。出張所はセント・アイブスの街に住む遺伝子関連の研究者の行動をほぼ全員把握しなければならない。監視が仕事だから、必要条件だった。
 ミナ・アン・ダウン教授は彼女が管理している3つの研究室の一つにいることになっていた。

「第3研究室か・・・面倒だな。」
「どうして?」
「第3研究室は彼女のもっとも重要な研究を行う場所だ。お気に入りの学生しか立ち入りを許されない。私も臨検で1回入っただけだ。」
「それじゃ、2度目の訪問をすれば良い。」
「彼女は部屋から出てくるだろうが、中には入れてくれないだろう。」
「そう聞くと、入りたくなるなぁ。」
「セイヤーズ、大人しくしてくれ。君は今本部から無断でここに来ているのだぞ!」
「事後承諾の形で許可をもらっておいたよ。君こそ、私が来ていると連絡を入れただろう?」

 どうも研究室に押し入るつもりらしい、とニュカネンは覚悟を決めた。好きにさせろ、と本部から言われたではないか。あれが偽メールでなければ良いが・・・




2017年4月12日水曜日

奮闘 12

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーはハイネ局長と直接話しをして逃げた訳ではないと言いたかったが、局長はまだ部屋を留守に居ていたので、諦めて電話を切った。
 ローガン・ハイネ・ドーマーは前日の夕刻から中央研究所に呼ばれて本部を出かけたきりで、第1秘書のネピア・ドーマーは若い第2秘書を帰らせた後も一晩中主の帰りを局長室で待っていた。
 夜が明けて、部下が出勤して来たので少しアパートに戻って仮眠をとってから、昼前に出勤すると、中央研究所からネピアに呼び出しがかかっていた。
 秘書が呼ばれるのは珍しく、ネピアは遺伝子管理局の現役を引退した時に「お勤め」も引退同然だったので、呼ばれたのは10年振りだ。自身に用があるのではなく、局長に何かあったのでは、と彼は不安に襲われながら中央研究所に出頭した。
 案内されたのは長官室だった。入室許可を得て中に入ると、執務机の向こうでケンウッド長官が書類仕事をしていた。ネピアが「こんにちは」と挨拶すると、長官は顔を上げて優しく微笑んだ。

「こんにちは、ネピア・ドーマー、久し振りだね。元気にしてるかね?」
「おかげさまで・・・」

 ネピアは部屋の端に置かれている長椅子の上に人間が横たわっているのに気が付いた。その人物が誰かわかってギョッとした。彼が驚いたのが長官にわかったのだろう、ケンウッドが低い声で説明した。

「ただ寝ているだけだよ、夕べ、私が無理を言って徹夜させてしまったものだから・・・」

 長椅子の上でローガン・ハイネ遺伝子管理局局長が気持ちよさそうに寝息をたてていた。

「徹夜ですって?」

 ネピア・ドーマーは眉を寄せた。100歳を越える局長になんてことをさせるのだ、と無言で苦情を言い立てた。しかしケンウッド長官は彼の態度を無視した。

「君をここへ呼んだのは、その徹夜仕事に関係することだ。」

 長官に椅子を指され、ネピアは仕方なく腰を下ろした。

「君はハイネからマザーコンピュータのプログラミングの再構築の話を聞いているだろうね?」
「はい、口外してはならぬと口止めされました。」
「彼が君に話したのは、君を信用かつ信頼しているからだ。」
「畏れ入ります。」
「その新規プログラムは一昨日完成した。」
「おお、そうでしたか!」

 ネピアは思わず声を上げ、慌てて局長を振り返った。疲れて寝ている人を起こしたくなかったのだ。

「知っての通り、マザーコンピュータの内部を触るには、各ドームの代表4名の認証が必要だ。ここアメリカ・ドームでは、長官の私、副長官のゴーン、保安課課長のゴメス、そしてドーマーの代表であるハイネだ。昨夜、この4名が集まってプログラムのインストールを行った。当初は日付が変わる頃に終了するだろうと予想されていたのだが、存外書き換えられる項目が多すぎて時間をくってしまい、認証を求められる回数も多かったので、終わったのは今朝の9時前だった。」
「それは・・・お疲れ様です。」
「ゴメスとゴーンは帰ったが、ハイネは一つ用事が出来たと言って残った。その用件には、君が必要だった。しかし、本部に連絡を入れると、君は徹夜でハイネの帰りを待った挙げ句、疲れてアパートに帰宅した後だった。」
「用件があるのでしたら、直接電話下さればすぐに参りましたのに・・・」
「ハイネが君の休憩の邪魔をしたくないと言ったのだよ。それで、彼は君が本部に出勤する迄、ここで休んでいると言う訳だ。」
「ああ・・・そうでしたか・・・」

 ネピア・ドーマーは、ローガン・ハイネ・ドーマーの進化型1級遺伝子が「待つために肉体の老化を止める」ものであったことを思い出した。ハイネは待つことが特技なのだ。

「実を言うと、彼がいなくても君の手続きは出来るのだ。彼の承認は後でもらえば済むからね。」
「私の手続き?」

 ネピアは怪訝そうな顔で長官を見つめた。

「何の?」

 少し躊躇ってから、長官は言った。

「ハイネの身にもしものことがあった場合、君が局長職を代行する権限を持てると言う手続きだよ。」

 ネピアは一瞬長官の言葉の意味を捉えられなかった。いつも冷静な彼がうろたえた。

「局長の身に・・・どう言うことです?」

椅子から前のめりに身を乗り出してしまったネピアを長官が手を振って制した。

「今の話をしているのではないよ、ネピア・ドーマー。遠い将来に、彼が歳をとって職務の遂行に支障を来すことが出てくる場合を想定した話だ。」
「遠い将来に・・・」

 ネピアは泣きたくなった。

「私は普通に歳をとります。局長はきっと今のままで生きられます。無駄なことを・・・」
「人間はどんなに頑張っても150歳が限界なのだそうだ。」
「局長には50年あるではないですか。私は後20年生きられたら良い方ですよ。」
「ハイネの50年が平穏無事である保障はないだろう?」

 ケンウッド長官はネピア・ドーマーを優しく宥めた。

「彼の遺伝子の作用は明確に解明されている訳ではない。人工的改良型の遺伝子は、世代を追う毎に変化する。だから、『進化型』と呼ばれる。ハイネは、彼と同じ『待つための遺伝子』がある日突然機能を止めて肉体を急激に老化させた事例があったことを知っている。彼に同じことが起こらないとは言い切れない。
それ所以に、彼は万が一の場合、彼の仕事を引き継いでくれる人物として、君を推薦したのだ。」
「お話はわかりました。」

 ネピア・ドーマーは声が震えるのを必死で制した。ローガン・ハイネ・ドーマーにもしものことがあるなんて想像出来ない。あってたまるか!

「しかし、何故私なのです? もっと若くて才能のある人間がドーマーの中に大勢いるでしょう? 私は幹部になったことはありませんし、秘書の職務で充分満足しているのです。局長代行だなんて・・・繋ぎの職務だと承知していますが、それでもそんな大それたお役目を引き受けられる器ではありません。」

 ケンウッドが溜息をついた。

「君は、ハイネが予想した通りの返答をするのだなぁ・・・しかし、ネピア・ドーマー、君の世代と現在の幹部局員の間は少し年齢が開いているだろう? 数年間取り替え子からドーマーを採らなかったからな。現役の連中は才能は溢れているが、まだ人間としての経験が足りない。だから、例え繋ぎだとしても、君は絶対に必要なのだ。
 頼むから、断らないでくれないか。今は口約束で良いから、常に心づもりしておいてくれ。」

 ネピア・ドーマーが長い沈黙の後でやっと承諾すると、ケンウッドはホッとした表情になった。そして、秘書が部屋から退出してドアが閉じられると、部屋の端っこに向かって声を掛けた。

「おい、何もかも私に喋らせて、自分はタヌキ寝入りかね?」

 ローガン・ハイネ・ドーマーが目を閉じたままで、くくくっと笑った。





2017年4月9日日曜日

奮闘 11

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーは決して無茶はしないと心に決めていた。ジェシー・ガーの死は事故で不可抗力だった。怪我も防ぎようがなかった。ダリルのせいではない。
と彼は自身に言い聞かせ、ヒッチハイクでセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンに移動した。昼過ぎには、出張所のリュック・ニュカネンの前に姿を現して、堅物の所長を驚かせた。
 2階の休憩室で一休みさせてもらってから、本部に電話を掛けた。ハイネ局長に直通で掛けたかったが、流石に無断で単独行動をとってしまったので気が引けた。留守を預かってもらっているクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーに最初に掛けた。
 クラウスは既にネピア秘書から事故の報告を聞かされていた。

「兄さん、また逃げたんですか?」
「逃げた訳じゃない、どうしてもラムゼイの事件のけりを着けたいだけなんだ。」
「そうやって報告してくるから、信じましょう。」
「アキ・サルバトーレ・ドーマーとジェリー・パーカーは戻ったかい?」
「さっき空港に到着した模様です。僕の秘書が迎えに行きました。執政官も数名ゲートに向かったそうです。ジェリーの怪我は酷いのですか?」
「打撲傷が全身に・・・昨夜病院で手当してもらった箇所とは別に今日になって痛み出した場所がいくつかあるんだよ。」
「打ち身はそう言うもんでしょう。命に別状はないのですね?」
「それはない。ジェリーは体を動かすのが億劫で、ドームに帰ることを素直に承知したんだ。アキは抗原注射初心者だし、今夜で効力切れだからね。」
「苦痛の洗礼ですね・・・保安課にいたら一生体験しないはずですが・・・」

 クラウスはちょっと笑った。アキはきっとドームの外の体験を楽しんだはずだ。抗原注射の効力切れの脱力感や胸焼けに似た気分の悪さは、その代償だ。

「ところで兄さん、いつ戻って来るつもりなんです?」
「会いたい人に会って、話を聞いたらね。」
「黒幕に?」
「恐らく。」
「危険じゃないですか?」
「だから、単独行動は控える。」
「誰か同行者がいるんですか?」
「ニュカネンに頼むつもりだ。」

 リュック・ニュカネンを知らない人間がセント・アイブスにいるとすれば、それはもぐりだ。逆にニュカネンを知っていながら敵対する人間がいるとすれば、それは真っ向からドームと地球政府に敵対することを意味する。
 つまり、セント・アイブスの街では、ニュカネンと一緒に居れば安全だと言うことだ。
それでもクラウスは不安だった。ダリルとニュカネンは幼少期から馬が合わない。ダリルのマイペースにニュカネンがついて行けないので、怒らせるのだ。

「お願いですから、喧嘩しないで下さいね。」

とクラウスが懇願した。

「僕等はこれからもずっと彼の援助で仕事をするのですから。」

2017年4月8日土曜日

奮闘 10

 就寝したのは午前3時近くで、ダリル・セイヤーズ・ドーマーは寝起きの悪い男だったが、何故かドームの外ではちゃんと予定した時間に起床出来る。いや、ポール・レイン・ドーマーがそばにいなければ、と言うことか。きっとポールが横に居る時は彼に守られていると言う安心感があるのだろう。
 ダリルは午前6時に目覚めた。打撲傷が痛んだが、起き上がり、シャワーを浴びて服を着た。そしてジェリー・パーカーを起こした。ジェリーは彼よりも症状が重かった。病院で医師に診せた打撲傷以外にも痛む箇所が朝になって出て来た。腕の裂傷は縫合され保護テープで守られていたが、鎮痛剤は食後だ。いてて、と嘆く彼を手伝って着替えをさせ、ダリルは隣室のアキ・サルバトーレ・ドーマーが起床していることを確認してから、朝食に出かけた。
 カレリアホテルの2階にあるカフェで3人は軽く朝食を取った。アキは昨夜からウェイターロボットが給仕をするドームの外の習慣を面白がっていた。昔は人間の仕事で、高級レストランでは現在でも人が給仕するのだとジェリーが教えると目を丸くした。ドームでは子供時代から食事は食堂でセルフサービスだ。カレリアホテルでもビュッフェサービスなのだが、卵料理や特別メニューはウェイターロボットが注文をとりにきた。
 ダリルはアキとジェリーにドームへ帰るようにと指示を出した。ジェリーは反発するだろうと予想したのだが、意外にも素直に応じた。打撲傷でかなり彼の心は折れてしまったのだ。

「こんな状態じゃ、博士の仇を討つどころか、そばまで行けねぇ。」

 卵をフォークですくって口へ運ぶだけでも辛そうだ。

「だけど出直すチャンスはもうないだろうな・・・悔しいが・・・」

 ジェリーは利口だ。体力的に無理だとわかっていながら行動することはしない。必死で頭を使って出来ることを考えていた。
 アキの方は、ダリルが残ることを考えていると察すると渋い顔をした。

「僕は貴方の護衛もしているのですよ、貴方を置いて戻れば叱られます。」
「君はジェリーを無事に連れ帰れば良いんだよ。怪我人を抱えて私の守までは無理だと、ドームも納得するさ。」
「しかし・・・」

 するとジェリーがアキに言った。

「セイヤーズはおまえさんより外の世界に慣れているんだぜ。1人でも充分生きていける。放っておいても大丈夫だ。それより、俺をしっかり護衛してくれ。俺は歩くのがやっとだからな、今敵に攻撃されても躱しようがない。」

 ダリルはジェリーの目を見た。ジェリーが微笑した。

「おまえに賭けることにした。ジェシーに博士を消すよう指図したヤツを捕まえてくれ。」

 トーマス・クーパー元ドーマーがホテルに3人を迎えに来た時、既にダリル・セイヤーズ・ドーマーは姿を消していた。



2017年4月6日木曜日

奮闘 9

 ホテルの廊下にはクーパー支局長が手配した支局の職員が警護で付いている。ダリルはジェリーが眠ったことを確認してから、部屋の外に出た。見張りにジェリーを部屋から出さないよう厳命しておいて、エレベーターホールまで行った。周囲に誰もいないことを確認して、近くにあった手洗いに入った。そこも全ての個室が無人であることを確かめてから、ドームに電話を掛けた。ドームは24時間稼働している。多くのドーマー達は夜は就寝するが、夜勤のある部署は活動しているのだ。
 事故は既にクーパー支局長が遺伝子管理局本部に報告済みだったが、ダリルは本人の口からも無事の報告をするべきだと考えた。だから、本部の夜勤事務員につないでもらって夜が明けたら局長に言付けてもらおうと思ったのだが、事務員は何故か局長室に取り次いだ。出来ればハイネ局長に直接報告したかったのだが、電話に出たのは第1秘書のネピア・ドーマーだった。局長は中央研究所に呼ばれて本部を留守にしていた。何故局長と秘書が真夜中に仕事をしているのか、ダリルは疑問に感じたが、理由を訊くのは控えた。

「事故のことは聞いたよ。」

 ネピアはトラブルばかり起こすダリルに少し怒った様な声で言った。遺伝子管理局の秘書仲間の内では、ネピアが最年長でダリルが最年少だ。正直言って、ダリルはこの男が苦手だった。普段は局長と部下達の会話に一切口をはさまず、まるで存在しないかの様に気配もしない。しかし、不意に局長に話を降られても的確に答えを出す。常に正論を吐く。
ダリルの脳天気さを軽蔑している雰囲気さえある。

「ご心配をおかけしました。取り敢えず、パーカーと私は無事だと局長にお伝え下さい。」
「何があったのかね? クーパーの報告によると事故を起こしたタクシーの運転手が、例のラムゼイの運転手だったそうだが?」

 後で局長に報告書を提出するので、真夜中に秘書に事故の説明などしたくなかったが、これからも秘書仲間の会合などで顔を合わせるのだ、ダリルは素直に質問に答えた。

「そうです。パーカーは気づいていました。それで芝居を打って、私を攫ってガーに店へ案内させる筋書きのつもりだったのですが、ガーがラムゼイ博士殺害に関係している趣旨の発言を自らしたものですから、パーカーが頭に血を上らせてしまいました。パーカーの証言では、彼は私の麻痺光線銃を手にしていたのですが、それを威嚇のつもりで発射しました。運転手に当てるつもりはなかったそうですし、実際当てていません。しかし、光線が顔のすぐ横を走ったものですから、運転手のジェシー・ガーはパニックに陥ったのです。彼は光線を避けようと体を左に傾かせ、ついでにハンドルも左に大きく切りました。そして左車線を対向して来たトラックの側面に突っ込んだのです。ガーは即死だったそうです。パーカーと私は後続のタクシーで追いかけてきた保安課のサルバトーレ・ドーマーと数名の通行人に救助されました。
 これが、今回の事故の粗筋です。」
「すると、事故の原因はパーカーの失態だね?」

 ジェリー1人に責任を押しつけるのはダリルには気が重かった。

「私の監督不行届です。」
「君がそう自覚しているなら、そう言うことにしておこう。」

 ネピアが意味深な表現をした。それでダリルはつい突っ込んでしまった。

「何かご異論でも?」

 すると、秘書界の長老は言った。

「私は君達若者の業務上の行動に関して自分の意見は言わないことにしている。だから、運転中の人物に麻痺光線を浴びせるような馬鹿が遺伝子管理局にいるはずがないと言いたくても言わない。」

 言ってるじゃないか、とダリルは心の中で毒づいた。

「パーカーだってジェシー・ガーに光線を当てるつもりはなかったんです。脅すだけで・・・」
「脅す必要があったのか?」
「ラムゼイ殺害が運転手1人の考えで行われたと誰も思わないでしょう?」
「ガーはビューフォードやモスコヴィッツにそそのかされたのではないのか?」
「そうだとしても、ビューフォード達を動かしていたのは誰です? 彼等の行動は、彼等がドームに敵対する組織の長とするには、あまりにもお粗末です。パーカーは真の黒幕を突き止めたいのです。」
「パーカーの考えなのか? 君のではないのか?」
「パーカーと私の考えです。それにレインも同じ考えです。」

 電話の向こうでネピア・ドーマーが溜息をついた。

「君はどうしてもこの件を解明したい訳だ。」
「はい。」
「明日・・・いや、既に今日か・・・戻らないつもりだな?」
「アキ・サルバトーレ・ドーマーは帰らせます。抗原注射の効力切れをまだ体験したことがありませんから、外に置くのは危険です。それから、パーカーも帰らせます。本人は抵抗すると思いますが、彼は局員ではないし、貴重な遺伝子保持者です。これ以上怪我をさせたくありません。」
「そして、君は残ってどうするのか?」

 ダリルは迷うことなく答えた。

「まだわかりません。」





2017年4月3日月曜日

奮闘 8

 もの凄い衝撃がダリルを襲った。彼は何が起きたのか、すぐには理解出来なかった。全身が揺すぶられ、ジェリー・パーカーの体が上に覆い被さって来たと思ったら、2人とも天井に叩きつけられ、またシートに落とされた。金属が押しつぶされるような音が響いた。
 数分ほど気絶していたのかも知れない。誰かの呼びかけで目が覚めた。

「セイヤーズ・ドーマー! 生きてますか?!」

 ダリルは体を起こそうとして、上に載っかっているジェリーの体に阻まれた。

「ジェリー?」
「うう・・・」

 ジェリーは生きていることを呻き声で応えた。またダリルを呼ぶ声が聞こえたので、ダリルは声を張り上げた。

「私はここだ。ジェリー・パーカーも一緒だ!」

 呼んでいた声は、アキ・サルバトーレ・ドーマーだ。タクシーに置き去りにされ、すぐに別の車を捉まえて追いかけて来たのだ。彼は周辺にいる人々に声を掛けた。

「中に人がいる。救出を手伝って下さい!」

 街中だったのが幸いした。夜と言っても早い時間だったので、人の集まりも速かった。サイレンも近づいて来たので、警察と救急だろう。
 半時間後にはダリルとジェリーは事故車両から救出された。外に出て、ダリルはやっと何が起きたのか、多少なりとも理解出来た。彼等が乗ったタクシーは対向してきたトラックに側面衝突したのだ。トラックは弾みで車道から歩道へ飛び出し、ビルの壁にぶつかって止まっていた。運転士は幸い壁に押しつけられた側と反対側に居たので無傷だった。
ダリル達が乗ったタクシーはぶつかった後横転し、また路面にタイヤを着けたが、衝撃で大破した。運転していたジェシー・ガーは死亡していた。
 ローズタウン支局長トーマス・クーパーが手配した病院にダリルとジェリーは運ばれた。ダリルは打撲で済んだ。ジェリーは打撲傷を負い、運転席と客席を仕切っていたアクリル壁が破れた時に腕を切ったが、命に別状はなかった。後部席の2人が大きな怪我をしなくて済んだのに運転手が死亡したのは、トラックとの衝突で運転席が押しつぶされたからだ。ガーはハンドルと座席にはさまれ、肺をつぶされた。
 手当が済んだ時は日付が変わろうとしていた。医師は一晩入院させて様子を見ると言ったが、クーパーは元ドーマーらしく一般の病院を信用せず、仲間をカレリアホテルに連れ帰った。彼は部下が負傷したり疾病に罹ると自身で診察していたので、ダリルとジェリーをホテルの部屋で裸にして端末で走査した。

「体内に傷はなさそうだ。だが、医師が言ったように今夜は大人しく寝ろ。明日の朝、8時に迎えに来るが、それ迄に異常を感じたらすぐに連絡してくれ。」

 アキが付き添いをしようかと申し出たが、ダリルは断った。

「ジェリーと私は負傷したが、君は元気でいてもらいたい。今夜は君の部屋でゆっくり休んでくれ。」

 アキは素直に彼に従った。部屋を出て行きかけた彼に、ジェリーが声を掛けた。

「アキ、すぐに追いかけて来てくれてありがとよ!お陰で助かった。」

 アキがちょっと振り返って微かに照れ笑いをした。




2017年4月1日土曜日

奮闘 7

「おい!」

 ダリルが運転手に声を掛けた。運転席と客席の間はアクリル壁で仕切られている。声はマイクをオープンにしなければ運転手には聞こえない。ジェリーがチラリとミラーに映った運転手の顔を見て、ダリルを殴りつけた。仰け反ったダリルの上にのしかかり、小声で囁いた。

「暫く気絶していろ。」

 数回殴るふりをしてから、体を起こし、マイクを開いた。

「ジェシー、来るのが遅いじゃないか!」

 運転手が応えた。

「墓地なんかで名乗れるかよ。人だらけだったじゃないか。」
「だが、ちゃんと来ていただろ?」
「おまえが本当に来るのか確かめに行っただけさ。」

 ジェリーがダリルのホルスターから銃を取り出した。

「これから何処へ行くつもりだ?」
「取り敢えず、店だ。そのドーマーを何とかしなきゃな。」
「こいつは上玉だが、ドーマーはやばい商品だ。うっかり店に出すとすぐに足が付くぞ。」
「わかってるって・・・それより・・・」

 ジェシー・ガーがミラーの中のジェリーをちらりと見た。

「その物騒な物を仕舞えよ。」
「これか?」

 ジェリーが銃口をアクリル壁越しにジェシーに向けた。

「遺伝子管理局の銃は殺傷能力はないんだ。おまえ、ニコライ・グリソムって知ってるか?」
「ああ、FOKの若造だろう? 遺伝子管理局に捕まったって言う・・・だからぁ、銃口をこっちへ向けるなって!」
「こいつは安全なんだ。グリソムが逮捕された時、遺伝子管理局のドーマーはこの銃をぶっ放したんだが、鏡で乱反射して大騒ぎになったそうだぜ。だが誰も死ななかった。」
「そいつは良かった。シェイが怪我でもしたら可哀想だしな。」

 ダリルはジェリーの呼吸が一瞬変化したことに気が付いた。ジェリーが声のトーンを落とした。

「グリソムが逮捕された現場にシェイが居たって、どうしておまえが知っているんだ? シェイの存在は公表されていなかったぞ。」

 ジェリーが気が付いた事実に、ダリルも気が付いた。ラムゼイ博士のジェネシス、シェイは第1運転手のネルソンと2人で廃村に隠れていた。博士はセント・アイブス・カレッジ・タウンに身を隠す前に2人を直接廃村に向かわせた。用心深い博士は2人の存在をセント・アイブスのトーラス野生動物保護団体には教えていなかった。2人がニコライ・グリソムに発見されたのは、生活手段としてシェイが廃村を通りかかる運送業者達に食べ物を売ったからだ。女性の存在自体が珍しいこの時代に、廃村で料理を作って売っている女がいる、とトラック運転手の間で話題になったのだ。
 だが、その女が天才メーカー、ラムゼイ博士のジェネシスであると、何故グリソムは知ったのか?
 その答えが、目の前で運転をしている男だった。

「ジェシー、おまえ、博士とシェイを売ったな!」

 ジェリーの声に強烈な憎悪を感じ取ったダリルは目を開いた。ジェリーの指が銃の引き金を引くのが目に入った。

「止せ!」