2018年12月31日月曜日

新生活 2 2 - 3

 自然な流れでハイネと仲直り出来たケンウッドは彼を伴って昼食に出かけた。打ち合わせは自然消滅したし、遺伝子管理局長の日課も結局ネピア・ドーマーに全て丸投げになってしまったが、それは大きな問題ではなかった。
 一般食堂に行くと、日課を無事に終わらせることが出来たネピア・ドーマーが先輩で彼を局長秘書に選んでくれた恩人でもあるグレゴリー・ペルラ・ドーマーとランチをしている姿が見えた。珍しいこともあるものだ、とケンウッドは思った。
 少し離れたテーブルに席を取ってハイネと食事を始めると、新旧の局長秘書達は先に食べ終えて、席を立った。ネピア・ドーマーは上司に軽く会釈して食堂を出て行った。ペルラ・ドーマーは上司のテーブルにやって来た。この男も最近は杖のお世話になるようになったが、まだ体も頭もしっかりしている。挨拶してから、彼は隣の空いたテーブルの椅子に座った。
 
「ネピアから聞きました。サタジット・ラムジーが死んだそうですね。」

 ハイネは自分で彼に教えるつもりだったので、ちょっとがっかりした。だが思い直した。教えて彼を喜ばせられると思ったのか? それとも生かして逮捕出来なかったと悔しがらせたかったのか?
 ハイネは頷いて見せた。

「突然の出来事だったそうだ。重力サスペンダーの誤動作に見えたそうだが、クロエルは殺人の疑いありと主張している。セイヤーズも同意見だ。」

 ペルラ・ドーマーはハイネとケンウッドを見比べた。ケンウッドは自身の意見を控えた。現場を見た訳でないし、警察の資料も見ていない。第一遺伝子管理局に殺人事件の捜査をさせることは出来ない。
 ペルラ・ドーマーもそこのところは十分承知していた。元局員だし、法律は知っている。

「外の世界は複雑ですな。」

と彼は感想を述べただけだった。

「彼の遺体は宇宙へ送るのですか?」
「否・・・その手続きはしていない。ラムジーは宇宙に親族がいないし、警察も引き取れと言ってこない。」

 まだ検視段階だ。それに宇宙連邦警察が追っていた犯罪者の遺体の世話は、ドームの管轄ではない。元ドームの執政官だが、当時の関係者はもうドーマーしか残っていないので、地球人類復活委員会もドームで処理しろとは言って来ない。
 ペルラ・ドーマーがハイネを見た。

「地球で埋葬するのでしたら、遺伝子管理局の死亡認知が必要ですが?」

 ハイネが溜息をついた。

「マザーコンピュータからラムジーのリストを検索しよう。元執政官だから、データは残っている筈だ。長官、コロニー人のリスト閲覧許可を願います。」

 平素勝手にコロニー人のデータをハッキングしているハイネがそう言うので、ケンウッドはもう少しで笑うところだった。

新生活 2 2 - 2

「しかしハイネ、そんな重要なことを君は此の期に及んで打ち明けたのだ?」
「刑事に硬く口止めされていたことは言いましたね? 連邦警察は大失態を冒しました。事件発覚の40日前に赤ん坊が盗まれ、犯人は地球へ逃亡しました。4000年間死んでいた筈の赤ん坊が蘇ったことが世間に知れた時の大騒動を懸念して全てを秘密裏に処理したかったのです。死者を蘇らせる技術が存在すると世間が誤解すれば、パニックになりますからね。」
「実際は生きたまま冷凍されていたのだな、あの赤ん坊は。」
「先日、キーラからの伝言をパーシバル博士からもらいましたが、その中に、私と面会した刑事が老衰で亡くなったと有りました。」
「君に約束させたのは、刑事ではなく宇宙連邦警察だと思うが・・・」
「そんなこと、私の知ったこっちゃありません。」

 ハイネが俗な言い回しを使ったので、ケンウッドはちょっとびっくりした。最近のハイネは時々若い連中の真似をしたがる傾向にある様だ。

「兎に角、私と約束した男は亡くなった。私はもう秘密を守る義務はないのです。」
「そんなものか?」

 ハイネはそれ以上捜査上の守秘義務について議論するつもりはなく、話を進めた。

「先程のセイヤーズの報告でラムゼイがパーカーをオリジンと呼んだと聞いて、ラムジーが盗んだ赤ん坊とラムゼイの秘書が同一人物だと確信が持てたので、今、ここで貴方に打ち明けたのです。」
「成る程・・・すると、ラムゼイがパーカーを古代エジプト人のミイラから作ったクローンだと嘘をついた理由は・・・」
「古代人の赤ん坊を蘇生させたと我々に悟らせようとしたのでしょう。本当のことは言えない、何故なら彼は元執政官で、告白の現場には普通の地球人達が大勢いましたからね。」
「地球人の現状を知られまいとする元執政官のせめてもの義理か・・・」
「そしてパーカーを刑務所などに入れるのではなくドームで大事に扱って欲しかったのでしょう。」

 ケンウッドは一度も出会ったことがなかった科学者に思いを馳せ、それからハイネに言った。

「私はパーカーをドーマーと同等に扱ってやりたいと思う。その為にも、彼にここが安心して暮らせる場所で、我々を信用出来る人間だと知ってもらいたい。ハイネ、君達にも協力を頼むよ。」
「パーカーを火星に送り返さないのですか?」

 ケンウッドは首を強く振った。

「返す必要などない。パーカーは正真正銘、地球人じゃないか!」

新生活 2 2 - 1

 セイヤーズを帰して、ケンウッドはハイネにも「ご苦労さん」と言うつもりで振り返った。するとハイネ局長は何か物思いをする表情で宙を眺めていた。

「ハイネ?」

 声を掛けると、遺伝子管理局長は、ゆっくりと視線を長官に向けた。

「長官、私は貴方に謝らなければなりません。」
「何をだね?」

 まさか先刻の不機嫌を謝罪すると言うのか? ケンウッドが怪訝な表情をすると、ハイネはまさかの爆弾発言をした。

「50年前、サタジット・ラムジー博士が火星の地球人類博物館から盗み出したのは、氷漬けの赤ん坊の細胞ではありませんでした。」
「はぁ?」
「当時、このドームへ捜査の為にやって来た宇宙連邦警察の刑事がいました。」
「ああ・・・確か、キーラがまだ警察官で、彼女がその刑事に伴われて初めて地球へ来たのだったな?」
「彼女のことはこの際脇に置いて下さい。」

 ローガン・ハイネはドーマーだ。娘への郷愁など仕事の重要性から考えると二の次にしてしまう。

「あの刑事に私は硬く口止めされました。真実を誰にも語るなと。恐らくキーラも知らない筈です。地球上で事実を知っているのは私一人です。」
「一体、何のことだ?」
「ラムジーが盗んだものの正体です。」

 ハイネは溜息をついた。

「私は火星の博物館がどんな場所か知りませんし、展示物も知りません。ですが、そこに展示されている氷漬けの赤ん坊は、レプリカだそうです。」
「ええっ?!」

 ケンウッドは仰天した。宇宙の各コロニーから毎日大勢の見学者が来て、まるで生きているかの様な赤ん坊の遺体を氷越しに見物して感動している・・・それがレプリカだと言うのか? 確かに本物そっくりの人間のレプリカを作るのは簡単だ。クローン製造より簡単だ。しかし・・・

「ラムジーはレプリカの細胞を盗んだのか?」
「いいえ。彼は赤ん坊そのものを盗んだのです。事件が発覚する40日も前に。」

 今度は仰天よりも頭の中が真っ白になってしまった感覚だった。

「ラムジーは氷漬けの赤ん坊の遺体を盗んで地球に運んだのか? 有り得ない! 地球に持ち込まれる貨物はどれも厳しい検査を受ける。」
「それが氷漬けの赤ん坊の遺体だったら、地球に入る前に火星で捕まったでしょう。しかし、生きている赤ん坊だったら?」
「生きているって・・・」

 ケンウッドは重大な事実を思い当たった。

「ラムジーは氷漬けの赤ん坊を蘇生させたのか!」
「恐らく、コールドスリープに似た状態で4000年間、赤ん坊は眠っていたのでしょう。本当の意味では死んではいなかったのです。ですから、蘇生させた赤ん坊をラムジーは地球に連れて来た。彼が赤ん坊を連れて火星を出て、地球に入った記録があったそうです。赤ん坊を連れて地球を旅行するのは違反ではありません。ただ居住は認められない。
しかし・・・」
「ドーム勤務の学者の子供なら、医療体制が整っているから短期滞在の認可が降りる・・・赤ん坊の身分を偽造したのか。」

 ケンウッドはハイネを見つめた。

「その赤ん坊が・・・」

 ハイネが大きく頷いた。

「恐らく、ジェリー・パーカーです。人類のオリジンですよ、長官。」




新生活 2 1 - 11

 セイヤーズは相談もなく息子を奪われてしまった母親の気持ちを想像したのだろう。深く考えこむ表情になった。ハイネはそれに気づかないふりをして説明を続けた。

「我々はフラネリーに、妻を説得せよと何度も勧告した。もしアーシュラがドームの中で行われている取り替え子の事実を公表すれば、地球上は大混乱になる。フラネリーは口で、テレパシーで、何度も彼女に説いて聞かせた。彼女は、世間では騒がなかった。ドームの機能や目的は理解出来たのだ。
 彼女は長男ハロルドが父の後を継いで政界に出ると、大人しくなった。息子を守る母親の立場に居ることが忙しかったのだ。ドームはハロルドを支援し、彼を大統領にまで行かせた。
 この10年近く彼女は黙っていたのだ。それが今になって君に息子との面会を要求するのは、これが最後のチャンスだと考えたに違いない。」
「私は彼女と約束してしまいました。面会か、または離れた所から顔を見せると言う約束です。ラムゼイ逮捕を焦るばかりに、軽率だったと思います。しかし、彼女の気持ちもわかるのです。」

 ケンウッドがセイヤーズを見た。

「君は父親だからなぁ」

と彼は呟いた。ケンウッド自身は結婚も親になった経験もないが、ドーマー達を我が子と慈しんできた長い歳月が、彼に父親としての心を芽生えさせていた。実際に娘を持ち、ドーマー達の父親としても生きてきたハイネ局長が溜息をついた。

「ラナ・ゴーンだったら、アーシュラにレインを会わせろと言うでしょうな。」
「だが、レイン本人はどうかな。彼の頭は生粋のドーマーだからな。親の気持ちは理解出来ないだろう。」
「あ・・・でも・・・」

 セイヤーズが声のトーンを落として言った。

「レインは、私の息子には親だと自ら示しましたよ。」
「示した?」
「テレパシーのエコーで・・・」

長官と局長が顔を見やった。両人とも同じ想像をしたので、少し顔を赤らめた。

「つまり・・・レインは君の息子とキスをしたのだな?」
「私は見た訳ではありません。息子が教えてくれたのです。息子はレインの行動の意味を理解出来なかったのですが。」
「それは・・・大いに戸惑ったことだろう。」
「長官、レインをアーシュラと会わせても良いでしょうか?」
「駄目だとは言えない。」

 ケンウッドは、ドーマーが親恋しさにドームから去るとは思えなかった。

「会わせるのは良いが、ドーム内では打ち明けるな。多分、レインは拒否するはずだ。それでは、君の顔が立たないだろう? 
 何か任務を与えるから、それを口実にして面会にこぎ着けろ。会わせてしまえば、双方大人だ、何とか折り合いをつけると期待する。」

2018年12月30日日曜日

新生活 2 1 - 10

 ケンウッドは今度こそ用件が終わったと思った。ところが、セイヤーズがまたもや発言した。この男は最高幹部を前にしても全く物怖じしない性格の様だ。

「長官、ちょっとプライベイトなご相談があります。」
「相談?」
「私個人のものではなく、外に居るときにある女性から頼まれたのですが、長官のご意見をどうしても伺いたくて・・・」

 セイヤーズはポール・レイン・ドーマーをチラリと見た。

「本当に個人的な話なんだ、ポール。後で必ずオフィスに行くから先に局へ帰っていてくれないか?」
「私も出て行った方が良いかしら?」

 ラナ・ゴーンが既に腰を浮かしかけながら尋ねた。彼女の意見がこの件に必要とも思われなかったので、セイヤーズは「申し訳ありません」と謝った。副長官は特に気を悪くした風でもなく、立ち上がるとレインを促した。

「私は貴方の方に頼みたいことがあるのよ、レイン。」

 レインが渋々立ち上がり、長官と局長に黙礼した。ケンウッドは「朝から呼び出してすまなかった」と労った。
 レインとラナ・ゴーンが部屋から出て行くと、ハイネ局長が「私は良いのか?」と問いたそうな顔でセイヤーズを見た。セイヤーズは彼に頷いた。

「さて、どんな相談かな?」

 ケンウッドは何となく予想がついていた。セイヤーズがレインを追い払いたい話題は恐らく「あの件」だろうと。
 セイヤーズは腹をくくって語った。

「今回、ラムゼイを隠れ家から誘い出す為に、ある女性の協力を頼みました。彼女とはドームで知り合いました。長官はご存じのはずです。」
「アメリア・ドッティだな?」
「そうです。ですが、彼女はラムゼイの知人ではありません。彼女の伯母がラムゼイと同じトーラス野生動物保護団体の会員なのです。それで、アメリアに頼んで彼女の伯母に面会したのです。ラムゼイと会う手筈を整えてもらうのが目的でした。」
「その伯母と言うのが、大統領の母親、アーシュラ・フラネリーと言うことだな?」

 ケンウッドは予想が当たって、少しうんざりした表情になった。ハイネ局長が天井を仰いだ。

「アーシュラか! あの女性はまだこだわっているのか?」

 ケンウッドがセイヤーズに確認した。

「彼女は君にドームに盗まれた子供の話をしたのだろう?」
「ええ・・・そうです。」
「君は彼女に何を話した?」
「何も・・・しかし、手を掴まれました。すぐに彼女の能力に気が付いて手を引っ込めましたが、僅かですが情報を読まれました。」
「君は彼女が接触テレパスだと知らなかった。それは仕方が無い。」

 憂い顔でケンウッドは尋ねた。

「君は彼女がレインの母親だと悟ったはずだ。彼女はレインの存在を君の意識から確認したのか?」
「はい・・・いえ、彼女は私が彼女を接触テレパスだと気が付いたことから、私が彼女と同じ能力者を知っていると悟りました。彼女は息子だと確信したのです。」
「彼女は息子に会わせろと要求したのだろう?」
「そうです。ラムゼイと会う手筈を整える報酬として、息子との面会を要求しました。」

 ケンウッドが黙り込んだ。ハイネ局長がセイヤーズに説明した。

「アーシュラは強力な接触テレパスだ。本来ならドーマーにするべき女子だったのだが、当時の執政官が彼女が持つ因子を見落とした。
 一方、彼女の夫であるポール・フラネリーは、元ドーマーだ。」
「え! そうだったんですか?」
「遺伝子管理局ではなく、外部との交渉で物資調達を行う庶務部の人間で、殆ど自由にドームを出入りしていた。アーシュラと知り合ったのは仕事関係の人脈からだ。彼等は恋愛して、フラネリーはドーマーであることより恋人と生きる方を選んだ。彼は若い頃から政治家志望だったので、ドームとしても外の政界とのパイプ役を確保しておきたかった。それで彼を外へ出した。但し、条件を一つ与えた。
 生まれてくる子供を1人、ドーマーとして差し出せと当時の長官エリクソンが迫ったのだ。 フラネリーはその条件を呑んだ。 妻には一言も相談なしに・・・だ。」

新生活 2 1 - 9

「長官、待って下さい。」

 ハイネ局長が声を掛けた。

「50年前の事件の時、貴方も副長官も地球にはまだいらっしゃらなかったでしょう? 出身地のコロニーで研究に勤しんでおられたはずです。事件は時事ニュースで知られた程度ではありませんか? ここにいる若いドーマー達は生まれてもいなかった。
 しかし、私はここに居ました。進化型1級遺伝子のお陰で外には出してもらえなかったが、遺伝子管理局内務捜査班として、ラムジーの研究室の捜査をしたのは、この私です。」

 ここで一瞬ハイネは言葉を途切れさせた。何かを考え、言おうとして考え直して止めた、そんな印象をケンウッドは感じた。そして、ハイネは再び話し始めた。

「徹底的に彼の研究内容を調べましたが、彼がミイラからクローン再生に成功したと言う記録も証拠も何もありませんでした。 もし、パーカーがミイラから創られたクローンなら、ラムジーは再生に成功したと言う記録を残したはずです。犯罪であっても、クローン技術史には大きな足跡となるからです。」

 確かに、その通りだ、とケンウッドも思った。それにラムゼイことサタジット・ラムジー博士が盗み出したのはミイラの細胞ではなく、生きたまま氷漬けになった赤ん坊の細胞だ。
 しかしハイネはそれに触れずに続けた。

「ラムジーは、セイヤーズ達にはったりをかましたのです。彼は数分後には死ぬ運命だとは想像もしなかったはずです。だから、手の内を見せるつもりはなかった。シェイと言う女性がジェネシスであることは、直にばれるので、明かしただけでしょう。しかし、パーカーの正体は目で見ただけではわからない。」
「ミイラからのクローンでなければ、パーカーは何なのだ? ただの地球人の男か?」
「ですから、セイヤーズが聞いた話の半分は本当なのでしょう、パーカーは古代エジプト人の赤ん坊だったんです。但し、クローンではなく、オリジンとして。」
 
 そんなことは知っている、とケンウッドは言おうとして、ハイネは彼にではなく、ドーマー達に語っているのではないか、と思い直した。「死体クローン事件」は図書館でドームの歴史を調べれば必ず出てくる事件だ。しかし余り詳細は記録されていない。事件の概要だけで、実際にラムジーが持ち出した物や捜査官だったペルラ・ドーマーが瀕死の重傷を負わされたことは一般には公表されていないのだ。

 セイヤーズは局長の言葉を理解しようと考え込んだ様子だ。 その時、レインが呟いた。

「ミイラの腹の中に赤ん坊がいて、そいつは薬品の影響をうけず、防腐処理の時に他の臓器と一緒に取り除かれもせず、奇跡的に時間が止まった状態で眠っていたとしたら?」

 見当違いだが、ケンウッドは、訂正してやるつもりはなかった。そして彼に結論を出すのは時期尚早だと言った。

「パーカーはもう少し慎重に調べよう。あの男が異変前の遺伝子を持っているのであれば、これは地球人の復活に大きな進展をもたらすはずだ。彼が精神的に落ち着き、我々を信用してくれるように、努力するよ。」

新生活 2 1 - 8

 ケンウッド長官は、やっとハイネの機嫌が直った気配を感じ、内心胸を撫で下ろした。遺伝子管理局長とドーム維持班総代を怒らせると、ドーム内の地球人全てを敵に回しかねない。
 レインとセイヤーズを呼び出した用件が終わったので、彼等を帰そうと思った時、セイヤーズが質問してきた。

「長官、少しお時間を頂けますか? ラムゼイが亡くなる前にクロエルと私を相手に喋っていた内容で、気になることがあったのです。」
「何かね?」

 ケンウッドは、ラムゼイと聞いて少し表情を硬くした。あの犯罪者がドーマーに何を吹き込んだのか、と心配になった。

「まず、ラムゼイが連れていた女性が1人いるのですが・・・」
「シェイだな?」

とレインが口をはさんだ。セイヤーズは頷いた。

「そう、シェイと呼ばれていました。ラムゼイがクローンを創る時に用いる卵子の提供者です。ジェネシスと言う役目ですよね? ラムゼイは彼女を金で買ったのだと言っていました。しかも、シェイはクローンではなく、コロニー人だと言うのです。」
「人身売買が行われていると言うのか?」
「恐らく、乳児の頃に売られてきたのでしょう。」

 ラナ・ゴーンが不愉快そうな顔をした。女性や子供の人身売買はどの時代でも密かに行われている犯罪だ。どうして人間は欲望の為に同胞をモノ扱いするのだろう?

「コロニーでは、そう言う犯罪を取り締まる機関はないのですか? 何処かで子供が攫われて売られているのですよ。」
「セイヤーズ、コロニーにも警察はある。組織犯罪を捜査し、取り締まる機関もある。ただ、コロニーは現在24箇所もあるし、宇宙空間は広大で、全てを監視することは難しいのだ。我々地球上に居る者が、シェイの様な存在に早期に気づいて助け出すのが、今出来る最善策だ。そのシェイは今回保護出来なかったのだな?」
「はい。所在すら不明です。私は彼女を保護してやりたかったのですが、ラムゼイが死んでしまっては、手がかりすらありません。ラムゼイのシンパが彼女を証拠隠滅目的で殺害してしまわないかと心配なのです。」
「警察には言ったのか?」
「言いました。ただ、ジェネシスとかクローンの作り方とか話しても理解してもらえそうになかったので、シェイは重要証人なので緊急に保護が必要だとだけ伝えました。」

 長官は頷いた。

「何度も言うようだが、遺伝子管理局は警察の仕事はしない。捜査や捜索は警察に任せておけ。女性が見つかったら連絡が入るはずだ。それまでは動くな。」

 セイヤーズは内心不満だったが、長官の言葉は一理ある。素直に従うことにした。

「わかりました。大人しくしています。ところで、もう一つ、伺いたいことがあるのですが。」
「まだあるのか?」
「ラムゼイの爺さん、よく喋りましてね・・・爺さんの秘書のジェリー・パーカーの出自のことです。」
「ああ・・・あの男はクローンだと言うことでドームに送られて来たが、細胞を調べてもクローンとは思えないのだ。」
「本当ですか? ラムゼイは彼が創ったクローンだと言いましたが?」
「検査結果では、純粋な地球人だ。純粋過ぎる・・・」
「ラムゼイは、古代エジプト人のミイラからパーカーを創ったと言いました。」

 ハイネ局長、ゴーン副長官、それにポール・レイン・ドーマーも、思わずセイヤーズを見た。レインが発言した。

「古代エジプト人のミイラとは、『死体クローン事件』で盗まれた細胞と言う意味か?」

 セイヤーズは、ラムゼイが喋った言葉そのままを復唱して聞かせた。

「『ジェリーは火星にある人類博物館の赤ん坊のミイラから創った。死んだ細胞からクローンなど創れっこないとみんな思っていたらしいがな。ちゃんと赤ん坊になり、育った。古代のエジプト人そのままにだ。あれのDNAは、地球に異変が起きるより4000年も前のものだ。正常な人類のDNAだ。あれは女の子を創れる。』と、ラムゼイは言ったのです。」

 ケンウッド長官は、自分が今馬鹿みたいに口を開いてセイヤーズを見つめていることを意識した。
 「死体クローン事件」、それは50年前、宇宙船の事故で息子を失い、正気を失った執政官サタジット・ラムジーが起こした醜聞だった。死体からクローンを製造することは倫理的に、かつ民事法的に、固く法律で禁じられている。だがラムジーは、息子を蘇らせる方法を探り、警察の遺体安置所が保管する数体の人間の死体から細胞を盗み、ドームの研究室で培養してクローンを創ろうとした。
 しかし、それは同僚達に知られることとなり、ラムジーは逮捕され、培養液の中の細胞は全て廃棄された。ラムジーは出身地のコロニーへ送還される直前、警備の虚を突いて逃走した。その時、彼はドームの外で密かに所有していた自宅から、予備として保管していた細胞を持ち出していた。以降、彼はラムゼイと呼ばれるメーカーとなって中西部の同業者達の上に君臨していたのだ。

「通常、エジプトのミイラは防腐処理などが為されており、被葬者のDNAは完全に破壊されている。それを復活させることは不可能だと考えられてきた。しかし、ラムジーが居たチームは、破壊されたDNAを復活させ、女の子誕生の研究に進展を与えようとしていた。ラムジーは、独自の計算でその微妙な薬品の配合と環境をはじき出した。
 ジェリー・パーカーが、真、古代エジプト人の復活だとしたら、これはもの凄い発見だ。」

新生活 2 1 - 7

 絶対にハイネ局長は腹を立てている、とケンウッド長官もゴーン副長官も確信した。ハイネは無言で端末を出し、レインの端末に電話をかけた。レインは直ぐに出たようだ。ハイネは一言命じた。

「長官執務室にセイヤーズを伴って直ぐに来い。」

 普段の彼なら部下に対して命令口調で話しかけない。「〜してくれないか」と言う優しい言い回しを使うのだ。ケンウッドは老ドーマーを宥める言葉を探したが、なかなか見つけられなかった。ハイネは電話を終えると黙って端末をポケットに仕舞い、無言で座っていた。日課で忙しい午前中に呼び出された時点で腹を立てているのだ。彼にとっては堅物のネピア・ドーマーも早食いのキンスキー・ドーマーも可愛い部下だ。長官の急な局長呼び出しでその可愛い部下が迷惑するのも、ハイネは嫌なのだ。局長を宥められないので、ケンウッドも不機嫌なまま、3人のドーム幹部は座っていた。
 最高幹部からの呼び出しに大急ぎでレインとセイヤーズが長官執務室に現れたのは10分過ぎてからだった。2人の若いドーマーが入室して挨拶すると、彼等は返事をして、座れと指示した。ケンウッドが口を開いた。

「レイン、医師の許可もなく医療区から逃げ出すとは何事だ?」

 なんだ、そんなことで呼び出すのか? と言いたげにポール・レイン・ドーマーは肩をすくめて見せた。

「どこも悪くないと言われましたし、治療らしきものも全部終わりましたから、仕事に復帰しただけです。」

 ケンウッドはハイネ局長を見た。局長も肩をすくめた。

「健康で仕事をしたがっている人間に何もさせないのは酷でしょう?」

 セイヤーズはラナ・ゴーンが顔を俯けたのを見た。笑いを堪えているのだ、きっと。
ケンウッドは、レインにこれからは医師の指示に従えと言った。それから、今度は矛先をセイヤーズに向けた。

「君はレイン救出を終えたのに、すぐに帰投しなかったな?」
「ラムゼイを逮捕したかったので、残りました。」

セイヤーズは、自分達が出頭する前にハイネ局長も搾られたのだろうと見当した。局長がどんな言い訳でかばってくれたのかわからないので、正直に説明することにした。

「ラムゼイの部下はクロエル・ドーマーがほぼ一網打尽にしましたので、後は爺様1人を捕まえれば終わりだと思ったのです。セント・アイブスの街に潜んでいるに違いないと、捜査したら、案の定、彼はシンパに匿われていました。逮捕しようとしたのですが、彼が使用していた重力サスペンダーに不具合が起きて、彼は我々の目の前で事故死しました。」
「不具合?」
「恐らく、何者かが、彼の重力サスペンダーのモーター部分に細工をしたと思われます。現在、セント・アイブス警察が調べているはずです。」
「君は、ラムゼイの事故は殺人だと思うのだな?」
「そうです。出来れば、現場に残って捜査に加わりたいのですが・・・」
「それは警察の仕事で遺伝子管理局の仕事ではない。」

 ケンウッドがぴしゃりと言った。セイヤーズはそう言われるだろうと予想していたので、口を閉じた。あまり逆らって執政官を怒らせるのは、こちらの得にはならない、とドーマーらしく考えた。
 ケンウッドは小さく溜息をついて、局長に向き直った。

「ハイネ、何故セイヤーズは君の所にいるのかな? 研究所に戻してくれないのか?」

 レインがどきりとして顔を長官に向けた。ラナ・ゴーンは彼の心が読めた。また恋人を取り上げるつもりか、と彼は目で訴えているのだ。
 ハイネ局長が、それまでずっと隠し持っていた切り札を出してきた。

「長官、貴方もセイヤーズが一ヶ月以上前に戻ったことを西ユーラシア・ドームに連絡していらっしゃいませんよね? セイヤーズは逃げた時、西ユーラシアの所属でしたよ。」

 老練なドーマーはケンウッド長官の痛いところを見事に突いた。アメリカ・ドームは、西ユーラシア・ドームが所有権を持つドーマーで子供を創っているのだ。西ユーラシア・ドームがこの事実を知ったら、気まずいことになるだろう。ダリル・セイヤーズを返せと言ってくるに違いない。さらに悪いことには、ポール・レイン・ドーマーは40歳を過ぎているので、帰属するドームを自身で選択する権利を獲得しているのだ。セイヤーズが脱走していた18年を差し引かれてまだ選択権を得ていないので西ユーラシアへ送還されれば、レインは追いかけて行ける訳だ。アメリカ・ドームには、本人には教えていないが、レインを手放せない訳がある。

「ドーマーに脅迫されるとは、予想だにしなかったよ。」

とケンウッド長官が憮然とした表情で言うと、ハイネ局長がすみませんと謝った。

「しかし、私はここで育った子供達を手放したくないし、セイヤーズは種馬じゃありません。普通に仕事をさせてやって下さい。子孫を創る手伝いでしたら、いつでも必要な時に呼べばそれで宜しいではありませんか?」
「長官・・・」

とラナ・ゴーンが初めて発言した。

「ハイネ局長は正しいですよ。それに、西ユーラシアとは早期に決着をつけるべきです。」
「わかった。」

ケンウッドは話のわかる男だ。彼は頷いた。

「西ユーラシアと交渉しよう。向こうにはセイヤーズの他にも進化型1級遺伝子保有者が数名いるはずだ。同じ様に女子を創れる男がいても可笑しくない。共同研究を提案してみる。」

2018年12月29日土曜日

新生活 2 1 - 6

「あー・・・夕食の時にケンタロウから聞きましたが・・・」
「知っていたのか!」
「病人ではありませんから、ドクターも保安課を使うことはなさらなかったし・・・」
「セイヤーズも一緒だ。それにクロエルもいる。」
「レインから秘書が必要なので、セイヤーズを採用したいと言う申請がありましたので、許可しました。彼に秘書としての心得でも教えていたのでは?」
「夜遅くにか?」
「レインが脱走したのは夕方でしたかね? セイヤーズと出会ったのはその後でしょう。私は食堂へ行く直前迄執務室でセイヤーズの口頭報告を聞いていましたから。」

 ハイネがのらりくらりと躱すので、ケンウッドは苛々した。

「そのセイヤーズだが、何故観察棟に戻っていないんだ?」
「さぁ・・・何故でしょう?」

 ゴーンはハイネがケンウッドに喧嘩を売っているのかと疑った。普段の遺伝子管理局長はドーム長官に従順で素直だ。しかしこの朝のハイネは老獪な面を見せていた。彼女は親しくしている出産管理区長アイダ・サヤカから聞いた忠告を思い出した。

 ハイネ局長が執政官の言うことを素直に聞かない時は、彼が怒っている時だと思えば良いわ。扱い方を間違えると臍を曲げてますます意地悪になるから、気をつけて。

 ゴーンは長官に顔を向けた。なんとか彼と目を合わせて、注意喚起したいのだが、ケンウッドはハイネを睨みつけているばかりだ。

「ハイネ、セイヤーズには地球の未来がかかっている重要な研究に協力してもらわなければならない。わかっているだろう?」
「観察棟の小部屋で座っているだけで、研究に協力していることになるのですか?」
「座っているだけとはなんだ!」

 ケンウッドは思わず大声を出してしまい、それから、しまった、と気が付いた。ハイネがビクッとした表情を見せたからだ。ローガン・ハイネは生まれた時から大事に育てられてきた。子供時代は大声で怒鳴られる経験をしたことがなかった。だから、歳を取っても誰かに大声で怒鳴りつけられると非常に怖がる、と以前の長官秘書だったロッシーニ・ドーマーから聞かされたことがあった。

 いかん、ハイネを本気で怒らせたかも・・・?

 必死で頭を回転させたケンウッドは、思い切って提案した。

「ハイネ、レインとセイヤーズをここへ呼んでくれないか?」


新生活 2 1 - 5

 翌朝、ハイネ局長が朝食を終えて遺伝子管理局本部局長執務室の自身の椅子に座った途端、端末にケンウッド長官から電話が入った。美味しい朝食の余韻に浸りたかったハイネは、電話に出た途端にケンウッドの怒りの声を聞いて、テンションが下がった。ケンウッドはおはようの挨拶もそこそこに、局長に長官執務室にすぐ出頭するようにと命じた。
 ハイネはコンピューターにその日処理しなければならない日課の件数を計算させ、必須課題である誕生者の登録と死亡者のデータ移動が終了する時刻を割り出した。

「11時を少し回ると思いますが・・・」
「私は、すぐ、と言ったのだよ、局長。」

 ケンウッドの声が苛ついて聞こえたので、ハイネは従順にその通りにするしか方法がないと悟った。すぐ行きます、と答えて通話を終えると、第一秘書に声をかけた。

「ネピア・ドーマー、申し訳ないが業務代行を頼む。」
「え?」

 ネピア・ドーマーは予定にないことを命じられるといつも一瞬パニックになる。ちゃんと仕事は出来るのだが、心の準備に数秒かかる男だ。ハイネは辛抱強く言った。

「長官がご機嫌斜めだ。すぐに中央研究所に行ってくる。」
「何故局長が呼ばれるのです?」
「知らんよ。」

 と言いはしたものの、ハイネはケンウッドの不機嫌の原因を察していた。
ネピア・ドーマーが自身のコンピュータで局長業務代行の準備を始めたので、ハイネは自分の方のファイルをネピアとの共有ファイルに移動させた。ネピア・ドーマーは誕生者の数が死亡者より多かったので、ホッとした。死亡者リストを扱うのは心理的に疲れるのだ。だから毎日文句を言わずにこの仕事を行う代々の遺伝子管理局長をドーマー達は尊敬する。
 ハイネは部屋を出ると足早に中央研究所に向かった。まだ若い部下達は食堂で打ち合わせを兼ねた朝食会の最中だろう。病棟から逃亡したポール・レイン・ドーマーはまだ休暇明けになっていない筈だが、あの男の性格できっと朝食会に出ているに違いない。
 ケンウッドの長官執務室に入ると、ラナ・ゴーン副長官もいた。彼女は端末の画面を見て笑っていたが、ケンウッドは苦虫を噛んだ様な顔をしていた。ハイネが朝の挨拶をして席に着くと、ゴーンが端末を差し出した。

「ご覧になりました?」
「何をです?」
「巷で噂のパパラッチサイトですわ。」

 ハイネが覗くと、そこには、夜の道を何かを警戒しながら歩く3人のドーマーが映し出されていた。
 題して、

ーーキエフにご用心! お忍びの我らがアイドルとその恋人、おまけクロエル先生

 レイン、セイヤーズ、それにクロエルの3人が夜食に出かけた様子を正体不明のパパラッチが撮影していた。
 ケンウッドが感情を抑えた声で尋ねた。

「ハイネ、君はレインが病室から逃げたことを知っていたかね?」


2018年12月27日木曜日

新生活 2 1 - 4

 ケンウッド長官に研究室に戻る時間があるだろうか、とハイネが考えていると、彼とアイダのテーブルに向かって足早に近づいて来る人物がいた。アイダが先に気づいて相手に声をかけた。

「こんばんは、ケンタロウ。どうなさったの、そんな怖い顔をして・・・」

 ハイネも顔をそちらへ向けた。口をへの字に曲げたヤマザキ・ケンタロウが彼等のテーブルの横に立った。ヤァ、と彼はドーマーと執政官の夫婦に声を掛けた。

「ハイネ、レインが君の所に来なかったか?」
「レインが?」

 ハイネはキョトンとした表情で医師を見上げた。

「彼は貴方の監視下で入院している筈ですが?」

 アイダが事態を察してクスリと笑った。

「逃げられたのですね?」
「ああ・・・忌々しいドーマーめ。」

 ヤマザキは本心では憎んでもいない相手に対して悪口を述べた。

「どうして明日の朝迄待てないんだ? 執政官がゆっくり寝ていろと言っているのに、ワグナーに服を持って来させて着替えてさっさと出て行きやがった。」
「ドームの中にいますよ。」

 ハイネはお気楽な口調で言った。

「探さなくても向こうから現れますって。それより、このチーズビスケットは味見されましたか? 美味いですよ。」
「ハイネ・・・それは食事なのか、デザートなのか?」

 ハイネの皿にはビスケットがこんもりと山になって盛られていた。アイダが苦笑しながら説明した。

「後でテイクアウトなさるのよ。アパートに持ち帰るのですって。」
「アパート?」

 ヤマザキはポンっと手を打った。

「そうか、レインはアパートに帰ったんだな! あの男は滅多に自分のアパートに帰らないから、探す場所として考えていなかった。」
「アパートにいるのでしたら、そこで寝かせてやれば良いでしょう?」
「うん、そうだな。何処にいてもドームの中なら安心だ。寝てくれれば、それで良い。」

 ヤマザキはハイネのビスケットを一つ取って自分の口に放り込んだ。
 ハイネは黙っていた。レインのアパートにセイヤーズを入れてやったことを。

2018年12月26日水曜日

新生活 2 1 - 3

 セイヤーズが退室すると、ハイネ局長も急いで机を片付けて執務室を出た。足早に遺伝子管理局本部を出ると、中央研究所の食堂へ向かった。彼がそちらの食堂を利用する時は、執政官と話がある時だ。但し、その執政官の中にケンウッド長官は含まれない。ケンウッドは一般食堂派で、時間がない時にしか中央研究所の側を使わないからだ。
 席に着いて待っていたのは、出産管理区長アイダ・サヤカ博士だった。彼女も中央より一般の方が好みだが、仕事上、ガラス壁の向こうを観察しながら食事することが多い。その夜も半分仕事でのデートだった。
 ドーマー達も執政官達も、既にハイネとアイダの仲が親密だと気が付いていた。ただ両人とも人前では節度を守り、地球人保護法に触れるようなことはしなかったので(アイダは度々素手で彼に触れたが、出産管理区の人間は殆ど同様の行為をしていたので誰も気にしなかった)、批判する者はいなかった。
 ハイネが料理を載せたトレイをテーブルに置いて、こんばんはと挨拶すると、彼女は彼を見上げて微笑んだ。

「ドーマーの坊や達は全員無事に帰投しましたのね。」
「ええ、クロエルが手際良く処理してくれましたから。それに、外にいるリュック・ニュカネンもかなりの戦力になってくれた様です。」

 ハイネは椅子に腰を下ろして、彼女が見ているガラスの向こうを覗いた。出産管理区側の食堂ではその夜3度目の夕食のピーク時で、盛大に混雑していた。ドームが巨大だと言っても収容者全員を一度に食事させるスペースはないので、出産管理区では女性達が宿泊しているブロック毎に分けて時間を割り当てている。それでも厳密に分けている訳ではないので、仲良くなった人々はブロックが違っても交流するし、一緒に食べたりする。だから食事時は毎日大騒ぎだ。
 ガラス壁がなければあちらの女性達とドーマー達が交流できて楽しいだろうに、とハイネが思っていると、アイダが話題を変えた。

「レインが連れて帰って来たJJと言う女の子ですけど・・・」
「はい?」
「染色体の内容が見えるとかで、ラナが見えているものの分析を試みています。」
「その様ですな・・・」
「毎日染色体やDNAの配列を見ている人に、すぐにわかるものでしょうか?」
「どう言う意味です?」
「全く同じ塩基配列を持つ他人などいないでしょう? 一卵性双生児ですら個性があってそれを作る配列があります。大勢の染色体を並べて観察しても、私たちにはわからないと思うのです。」
「それで?」
「毎日一人一人の遺伝子を調べている人より、長い間遺伝子を観察したことがない人が見た方が何か違いがわかるのではないかしら?」

 ハイネはアイダが何を言いたいのか直ぐには把握出来なかった。ちょっと考えて、確認してみた。

「貴女は、JJの研究に、素人を使えと仰るのですか?」
「いいえ、素人ではなく、本業から長期間離れている人が研究に参加してみては、と言っているのです。」
「本業から・・・?」

 ドームで働く執政官はほぼ皆遺伝子学者だ。そうでない者はそれぞれの専門職に就いている。本業の遺伝子研究から長期間離れている人間など・・・ハイネは妻の顔を見つめた。

「ケンウッドにJJの研究をさせろと?」

 アイダが観音菩薩とあだ名される卵型の顔にニッコリと優しい微笑を浮かべた。

「あの方は皮膚が専門でしょう? 外気が皮膚を通して遺伝子に与える変化の研究をされていた筈です。JJと呼ばれる女の子がコロニー人と地球の女性を区別出来ると言うことは、地球がコロニー人の卵子に何らかの外的影響を与えているからでしょう?」

2018年12月24日月曜日

新生活 2 1 - 2

  ハイネ局長は、JJの様子をセイヤーズに教えた。 少女は昨日から中央研究所のクローン観察棟に部屋を与えられてそこに入っている。初日は、声を出せない彼女の為に脳波翻訳機を与えて使い方の指導が為された。機械は彼女の思考全てを拾って音声にしてしまうので、彼女はプライバシーを守るためにこま目にオン・オフの切り替えをしなければならない。それに慣れる迄、部屋の外へ自由に出ることは出来ない。

「彼女は実家の敷地内から出たことがなかったそうだな。ドームは彼女にとっては大都市に見えるのだそうだ。早く外に出たがっている。」
「彼女が塩基配列を見ることが出来るとお聞きになりましたか?」
「聞いた。ちょっと信じがたい話だが、レインも接触テレパスで奇妙な物を見せられたそうだから、何か我々と異なる物が見えるのだろう。」
「彼女は見えている物をみんなの為に役立てたいと思っているのです。ただ、何をどうすれば良いのか、わからない。親からそう言う教育は受けていなかったのでしょう。ベーリング夫妻は彼女をただ遺伝子組み換え実験の成果として人形の様に可愛がっていただけです。」
「彼女の担当はゴーン副長官だ。彼女は娘さんがいるから、少女の扱い方も心得ている。先ず、この環境に少女を慣らし、それから観察棟から女性用アパートに移し、一人前の扱いをしてやる。その間に彼女に遺伝子関連の学習を受けさせ、見えている物の正体を明確にさせるのだ。」
「彼女は、普通の少女ですよね?」
「普通の少女だ。遺伝子を組み換えて創られたクローンであっても、普通の女性だ。」
「ドームの外に外出出来ますか? 将来の話ですが・・・」

 局長はセイヤーズを眺めた。セイヤーズは少女の話をしているが、自身の気持ちも入っているのだ、と思った。

「ドームの外に遊びに出かけるドーマーがいると思うかね?」
「いても良いんじゃないですか?」
「君は遊びに行きたいのか? 仕事ではなく?」
「許可頂ければ。」
「そんなに外が良いか?」

 生まれてから一度も外へ出たことがないローガン・ハイネ・ドーマーの問いだ。出張さえさせてもらえずに歳を重ねてきた人の質問だ。
 セイヤーズは往復の機内でクロエル・ドーマーからこの上司の扱い方を注意されていた。

 局長は外に出たいとは思っておられない。でも外に出て去って行った人々を今でも愛しておられるのですよ、部下も亡くなった弟さんも・・・

 セイヤーズは慎重に答えた。

「外に目的がある人間にとっては。私は息子に会って、畑を耕したい。」
「息子をここへ連れてきてやろうか? 畑ならドーム維持班園芸課の手伝いをさせてやる。」

 そうじゃないんだ、とセイヤーズは心の中で否定したが、言葉には出さなかった。

「JJは、外の女の子と友達になったり、買い物をしたりして日常を楽しみたいだけですよ。逃亡したりしません。」

 局長は、ニュカネンの件を思い出したのかも知れない。愛する人の為にドームを去って行った男達のことを、彼はどう思っているのだろう。

「少女は、ラムゼイの秘書にも会いたがっているが、男の方がまだ落ち着かないので当分は面会させられない。」
「ジェリー・パーカーはまだ自殺傾向ですか?」
「精神科の医師たちが慎重に対処している最中だ。薬で鬱状態から抜け出したら、尋問が出来るだろう。但し、ラムゼイが死んだことはまだ秘密にしておく必要がある。」

 この時、セイヤーズは先刻のクロエル・ドーマーの口頭報告に中に、ラムゼイがジェリーの正体について語った内容が入っていなかったことを思い出した。

「そのパーカーの出自について、ラムゼイが興味深いことを言っていました。」

しかし、ハイネ局長はちらりと時計を見て、彼を遮った。

「今日はこの辺にしておこう、セイヤーズ。もし、記憶が新鮮なうちに語りたいと言うなら、すぐに報告書にまとめてくれ。」
「かまいませんが、私はアパートもオフィスもありませんので・・・」
「観察棟には帰らせないぞ。あそこでは君は種馬でしかない。君を活かせるのは、こっちだ。」
「有り難うございます。」
「独身者アパートのMー377を使い給え。保安課に連絡しておくから、君の網膜チェックで開錠出来るようにしておく。」
「Mー377は、ポール・レイン・ドーマーが以前住んでいた部屋ですよね?」
「今も彼はそこに住んでいる。しかし本人は滅多に帰らないから空き家同然だし、今はまだ入院中だ。どこも悪くないのだが、医師が休息を取らせたがって当分退院させないつもりだ。邪魔が入らずに報告書を書けるぞ。」


新生活 2 1 - 1

  ダリル・セイヤーズ・ドーマーがクロエル・ドーマーと共に夕刻、ドームに帰投した。
正体不明の不思議な壁の内部に入るなり、服を全部脱がされて洗濯に出され、体は薬品風呂に浸けられた。頭部から爪先まで綺麗に洗浄され、簡単な細菌・放射能汚染検査を受け、やっと新しい衣服をもらって身につけると日が暮れていた。
 2人は遺伝子管理局本部に出頭した。直ちに局長執務室に案内され、ローガン・ハイネ・ドーマー局長と面会した。
 ハイネはセイヤーズが自発的に帰って来たので内心胸をなで下ろした。ケンウッドを悩ませずに済んだのだ。そして最初に今回の出動の正規の責任者であるクロエル・ドーマーから報告を受けた。クロエルは毎晩報告書を送っているのだから2回も同じことを言う必要はないと思っているので、今朝のラムゼイの事故死だけを語った。殺人の疑い有りと聞いても、局長が心を動かされた様子はなかった。

「それで帰投が予定より遅れたのか?」
「予定なんてありましたっけ?」
「本来の目的は、レイン・ドーマーの救出とベーリングの娘、それにセイヤーズの息子の保護だけだったはずだ。2日前に完了したと思ったが?」
「そうでしたか? どうも最近記憶力が弱ってきて・・・」
「おいおい、クロエル先生・・・」

とハイネ局長は部下のおとぼけに腹を立てた様子でもなく、

「私がセイヤーズの息子をドームに来させろとメールしたのに、逆らっただろ?」
「だって、無理なものは無理です。本人が嫌がったもん。」
「それで、努力も諦めたか?」
「忙しかったもんで。」

 ハイネはクロエルとの会話を楽しんでいる、とセイヤーズは感じた。他の班チーフ達とはこんな風に話さないはずだ。まるで父と子、否、歳の離れた友人同士の会話だ。

「取り敢えず、お疲れさん、と言っておこう。 2日間休暇を与える。」
「3日働きましたよ!」
「1日は帰投が遅れた罰で減らした。」
「ええーーー」

 それでもクロエルは「そんじゃ、2日後に」と言い、セイヤーズにウィンクして局長執務室から退室して行った。
 局長とセイヤーズの目が合った。セイヤーズはクロエル以外の部下が局長と対峙する場面で見せる萎縮するような雰囲気を持っていなかった。ハイネは彼を気に入った。

「面白い男だろう?」
「ええ。一緒にいると愉しいですね。」
「あまり他所で使うと、中米班の部下達が怒るので、早く戻してやらんといかんのだ。だから、作戦終了後にレインと共に帰って来て欲しかった。」
「すみません。ですが、どうしてもラムゼイを捕らえたかったんです。ドームの外に存在する危険を一つでも減らしておきたかったので。」
「息子の為にか?」
「そうです。」
「私がクロエルに君の息子をドームに来させろと指示を与えた理由はわかるな?」
「息子が何処まで私の遺伝子を受け継いでいるか、お知りになりたいのでしょう?」
「そうだ。進化型1級遺伝子は、代を重ねる毎に変化する。君が持っている能力をそのまま息子が受け継ぐと言う訳ではない。それに、この遺伝子はX染色体にある。本来なら父親から息子へは遺伝しないのだ。
 メーカー達はラムゼイの研究を噂でいくらか知っているはずだ。あの爺さんが男性同士の間で子供を創ったと言う噂がもし流れていたら、当然君の息子は珍しさから狩られるだろう。だから私は君の息子をせめて成人する迄ここで保護しておきたいと思ったのだ。」
「お心遣いは感謝します。ですが、息子は1人で生きていく道を選びました。もう私の手を離れてしまったのです。今何処に居るのか、私にもわかりません。」

 セイヤーズはライサンダーを想った。今、何処でどうしているのだろう。所持金は多くないはずだ。少年は、クロエルがわざと出張所に忘れた財布から借金して行ったのだ。セント・アイブスからドームへ帰る飛行機の中で、セイヤーズはクロエルを問い詰めて白状させた。ライサンダーを逃がす算段を、クロエルとライサンダー自身がこっそり立てていたのだ。

 折角自由な世界で生まれたのに、籠の鳥にされるのは可哀想じゃないですか!

とクロエルはセイヤーズに訴えた。ジャングルで自由に遊んでいたのに、ある日突然ドームに連れてこられ、特殊教育を受けさせられて育てられた男の訴えだ。自身も自由を求めて逃げたセイヤーズは、クロエルを責められなかった。

リンゼイ博士 2 1 - 5

 ハイネ局長の予定はいつもと変わらなかった。ケンウッドも特に大きな変化はない。JJ・ベーリングの遺伝子が見えると言う能力の確認もクローン製造部に任せることにした。恐らくダルフーム博士も興味を抱いているから、ゴーンに共同研究を持ちかけるだろう。
 昼食の誘いをゴーンは断った。女性達で食べる約束をしているので、と言い訳して、打ち合わせを終えるとさっさと部屋から出て行った。
 ケンウッドが打ち合わせの記録をコンピュータに登録している間、ハイネは端末を眺めていた。部下からの報告だと思っていると、局長が顔を上げた。

「セイヤーズから報告が上がりました。」
「ラムゼイの死亡の件か?」
「そうです。確かに異常な出来事に思えます。」

 ハイネは簡潔に報告内容をケンウッドに説明した。セイヤーズとクロエルはトーラス野生動物保護団体のビルで、リンゼイと名乗るラムゼイと面会した。面会の手筈は、アーシュラ・R・L・フラネリーが団体の幹部役員に話をつけてくれたのだ。出会ってしまうとラムゼイは遺伝子管理局の2人と色々話をした。そのうち彼は場所を移動しようとして、反重力サスペンダーの操作をした。その時、クロエルが機械の異常音に気がつき、彼を止めようとした。しかし遅かった。ラムゼイは突然跳び上がり、天井に頭部を激突させ、即死した。その場にいた人々は全員ショックを受けた。

「セイヤーズは直ちにその場を封鎖し、ビルの下の階で出入りする人間を見張っていたニュカネンに連絡しました。ニュカネンは警察と共に現場へ急行し、初動捜査に当たりました。」
「クロエルは?」
「彼は飛び散ったラムゼイの血液や脳髄などを浴びてしまったので、セイヤーズが洗浄を命じ、彼はそれに従いました。」

 ケンウッドは思わずその光景を想像してしまい、気分が悪くなった。

「昼食前に聞く話ではなかったな・・・」
「申し訳ありません。しかし、朗報もあります。」
「なんだね?」

 ハイネがちょっぴり皮肉っぽく笑った。

「セイヤーズ自ら、今夜帰ると言っています。」

2018年12月22日土曜日

リンゼイ博士 2 1 - 4

 お昼を少し過ぎていた。ケンウッドはラナ・ゴーンとローガン・ハイネを自身の執務室に連れて行き、銘々の席に座らせた。

「打ち合わせをしなければならないが、時間が遅くなったし、今は気分的にも乗らないだろう。各自の予定確認で済ませよう。」

 それでゴーンが手を挙げ、彼女自身の予定を告げた。

「昨夜遺伝子管理局が押収してきたラムゼイの資料第2弾の分析に昼食後に取り掛かります。第1弾の整理はつきましたので、両方を合わせて今夜から本格的にラムゼイのクローン製造技術と手法を解いて行きます。」

 ケンウッドとハイネが頷くと、彼女は少し躊躇ってから提案した。

「ジェリー・パーカーが落ち着いたら分析の手伝いをさせたいのですが、よろしいでしょうか。」
「パーカーに?」

 ケンウッドは驚いた。ジェリー・パーカーはまだ鬱 状態が続いているので薬剤で治療中だ。それに彼はラムゼイの秘書だ。ドームの最重要部門であるクローン製造部に入れるべきではない・・・彼が反対しようとすると、ハイネが裏切った。

「それは良い考えかも知れませんな、副長官。パーカーはラムゼイの研究を一番良く理解していたでしょう。それに何かをさせることで、彼は精神的に安定すると思います。」

 ケンウッドはハイネの青みがかった薄い灰色の目で見つめられて、ドキドキした。反対しようとしたのを、ハイネが知っていて故意に妨害したのだと思えた。
 ゴーンも上司を見つめた。

「許可をいただけますか、長官?」
「うむ・・・」

 ケンウッドは渋々同意した。

「しかし、パーカーは外から来た人間だ。当分の間、保安課を監視に付ける。彼が破壊行動に出るのを防止し、彼自身を傷つける行為をしないよう見守る。それで良いかね?」
「結構です。それから・・・」
「まだ何か?」

 ゴーンはそんなに沢山要求していませんよ、と苦笑した。

「JJ・ベーリングを私の目の届く場所に置きたいのです。彼女はドーマーとして育ったのではなく、大人になりかけた年齢でドームに来ました。しかも外の世界すら十分に知らないまま、と言う稀なケースです。でも・・・」
「クロエル・ドーマーと似た環境の育ち方です。」

とハイネが彼女の言葉を継いだ。そうか、とケンウッドはストンと心に収まるものを感じた。ドームの人間として生まれたのではないが、外の世界の住人でもない。ジェリー・パーカーもJJ・ベーリングもクロエル・ドーマーと似た育ち方をしているのだ。だから、クロエルの養母であるラナ ・ゴーンは新しくドームに来た2人の男女を身近に置いて世話をしたいのだ。
 ケンウッドは大きく頷いた。

「クローン製造部は出産管理区とも密接に繋がっている。女性の数も多い。ベーリングをドームに馴染ませるには、貴女に預けるのが良いのだろう。承知しました。」

2018年12月21日金曜日

リンゼイ博士 2 1 - 3

 ケンウッドには、聞こえた話の内容がすぐに理解出来なかった。議場内の執政官達もシーンとなってハイネ局長の端末から聞こえる男性の声に耳を傾けている。
 ハイネが尋ねた。

「ラムゼイは殺されたのか?」
「わかりません。」

とニュカネン。

「トーラス野生動物保護団体の連中は事故だと言っていますが、クロエル・ドーマーとセイヤーズ・ドーマーは殺害されたと考えています。私は現場を見ていませんので、意見を差し控えます。」

 優等生らしい言葉だった。ハイネが再び質問した。

「ラムゼイが死ぬのを複数の人間が目撃したのだな?」
「はい。現場はトーラス野生動物保護団体ビルの来賓室です。団体の幹部役員数名とクロエル、セイヤーズ、それに死亡したラムゼイがいました。」
「怪我人は出なかったのか?」

 それはケンウッドもゴーンも聞きたかったことだ。大切なドーマー達に何か危害が及んだりしていないだろうか?
 ニュカネンは、怪我人はいないと答えた。

「詳細は警察の現場検証が終わってから報告します。」
「セイヤーズをドームに再収容する。今日中に送り返せ。」

 ハイネが執政官達の、と言うより、ケンウッドの意を汲んで命令した。承知しました、とニュカネンは応えた。

「クロエル・ドーマーにしっかり監視させて帰投させます。」

 ハイネがケンウッドを見た。何か現地に言うことはないか、と目で問いかけた。ケンウッドは小さく首を振った。今は事態をよく呑み込めていない。
 ハイネは端末の向こうの元ドーマーに言った。

「ラムゼイの部下は全員逮捕したと思われるが、残党がいる可能性もある。出張所の警戒を怠らぬようにしなさい。君と職員の家族も気をつけるように。」

 仕事の性質上、遺伝子管理局出張所は監視対象から逆恨みされることも考えられる。ニュカネンはその点において日頃から十分用心していた。それでも上司から気遣ってもらうと、この真面目な男は感激してしまった。声を震わせないよう努力しながら、彼は「わかりました」と応え、通話を終えた。
 ハイネの通話が終わると、議場内にザワザワと囁きが起こった。銘々がラムゼイの死に驚いていた。追い詰められた犯罪者が自死するならわかるが、何故殺人なのだ? クロエルがそう考えた根拠は? 
 ケンウッドはダルフーム博士を見た。老科学者は信じられないと何度も呟きながら、端末をいじっていた。ドームの外のニュースを探しているのだ。恐らくネットニュースには出ていない筈だ、とケンウッドは予想した。リュック・ニュカネンが重要な情報を軽々しく世間に公表すると思えない。トーラス野生動物保護団体も同様だ。ケンウッドは昔副長官時代に、レインとニュカネンと共にあのビルを訪ねたことがあった。ニュカネンはまだあの時は現役局員だった。団体は政界・経済界に所属する富豪達の趣味で設立されたもので、野生動物をクローン技術で復活させる事業を展開していた。

 ラムゼイが隠れ蓑にするのに都合の良い団体ではないか・・・

 そして悪名高いメーカーが自分達のビルで死亡したなどとスキャンダラスな話を巷に流す人々の団体ではない。
 議場内の私語が煩くなってきたので、ケンウッドは自分のマイクを叩いて出席者達を黙らせた。

「思いがけない知らせで我々は動揺してしまったようだね。何が起きたのかは、遺伝子管理局の報告を待つしか知りようがない。今日はここで閉会としよう。皆さん、ご苦労様でした。それぞれの研究に戻ってください。」




2018年12月20日木曜日

リンゼイ博士 2 1 - 2

 幹部会議で話が通っていることを他の執政官達に納得させる為にまた繰り返す。ケンウッドはいい加減疲れていた。ハイネも幹部達も同じだろうと思った。ラムゼイの秘書ジェリー・パーカーが「死体クローン事件」で盗まれた細胞から作られたクローンに違いないと言う意見もまだ一般には公開出來ずにいる。確定しないことには発表出来ないのだ。
 この日の執政官会議は普段の時刻より開始を2時間送らせて午前9時から始めた。ハイネの日課が終わったのが8時半だった。会議があると聞いてハイネはいつもより早めに早朝の運動を切り上げ、仕事をしたのだ。彼の努力に報いる為にケンウッドは会議を定時の7時開始を9時まで遅らせた。すると意外にも執政官達にも評判が良かったのだ。朝食を余裕で済ませて研究の準備だけしてから会場に集まって来た。これからこの時刻で始めても良さそうに思えたが、ハイネの日課が多い日は遺伝子管理局長抜きで会議をしてしまうことになるので、それは考えない方が良さそうだ。
 議場内の話題がラムゼイからJJ・ベーリングの存在に移った。遺伝子操作で生まれた少女を今後どう扱うべきかと議論した。クローンとして扱い、健康の問題がなければドームの外に戻せば良いと言う意見や、人造の染色体を持つ人間を野放しに出來ないので彼女を一生ドームに住まわせるべきだと言う意見が出た。少女の尋常ではない能力をここで公表する訳にいかず、彼女をドームに留め置く正当な理由を幹部は捻り出さねばならなかった。
 ラナ・ゴーン副長官が発言した。

「ベーリングはまだ17歳です。親の勝手で屋敷の中に幽閉の形で育てられ、外の世界を知りません。はっきり言えば、私達のドーマーよりも世間知らずです。けれど、知能は高く、人としての常識や感情は備わっています。彼女を外の世界に出すことは、彼女を見捨てることになるでしょう。しかし、彼女をドームに留めて教育を受けさせれば、彼女は優れた遺伝子学者になる筈です。親の影響で染色体の分析に優れた能力を発揮させるのですよ。」

 重鎮ダルフーム博士も副長官の肩を持った。

「もうすぐ退官する私にも意見を言わせて頂きたい。JJ・ベーリングには私も面会しました。非常に利発で思慮深い女性だと言う印象を持ちました。彼女は染色体の分析に大いに興味を持っており、現在の地球が抱えている最大の問題も承知しています。何が必要な研究なのか、彼女はあの若さで既に理解しているのです。
 皆さんの中には、あんな小娘と同列で研究をするのは御免だと思う人もいるでしょう。しかし、我々の本来の役目を思い出して頂きたい。我々は地球人を復活させる、それだけの為にここにいるのです。そして、あの少女は我々には考えつかなかった、想像すらしなかった遺伝子の謎を解こうとしてるのです。
 どうか、彼女をこのドームに置いてやってくれませんか?」

 議場内がザワザワと騒がしくなった。少女にここで話をさせてはどうかと言う意見がケンウッドの耳に入った時、ハイネの端末に緊急連絡の信号が入った。ハイネが眉を顰めて端末をポケットから出した。画面を見て、ケンウッドを振り返った。電話に出て良いか、と目で許可を求めて来た、とケンウッドは解釈した。

「出なさい、ハイネ局長。」

 議場内が静かになった。ハイネ局長は発信者の名を告げた。

「リュック・ニュカネン、セント・アイブス出張所の所長です。」

 そして端末に声を掛けた。

「ハイネだ。どうした?」

 ハイネが拡声にした端末から、リュック・ニュカネンの硬い声が聞こえてきた。

「局長、ラムゼイが死亡しました。クロエルが、殺人事件だと言っています。」

2018年12月19日水曜日

リンゼイ博士 2 1 - 1

 翌朝、執政官会議が開かれた。
 ケンウッド長官は、端末でポール・レイン・ドーマーの話を再生して幹部達に聞かせていた。勿論会議に関係ない部分は編集して削ってあった。レインは慣れているので説明は簡潔で分かりやすくこなした。ただ、ラムゼイ博士に顔を触られた時に感じた恐怖だけは上手く表現出来なくて言葉に困っていた。

「要するに、ラムゼイの手から何と言うか、欲望とか邪な感情が大量に流れて来て、彼はパニックに陥ったと解釈して宜しいのでは?」

とある執政官が発言した。

「言葉で表現出来ないラムゼイの思考の根源みたいなものでしょう。」

と別の執政官。テレパスが他人の感情をどんな形で受信するのか、能力のない人間には理解出来ない。執政官達はただ、普段冷静沈着なポール・レイン・ドーマーが自ら意識をシャットダウンして自己を守らなければならなかった事態が起きた、と言うことだけを理解した。

「これだけでは、ラムゼイが何を企んでいたのか、わかりませんね。レインにもわかっていないのでしょう?」
「そうだ。だからレインは当時の心理状態が正常でなかったことを悔やんでいる。分析出来るほど冷静でいるべきだったと。」
「自分を責めるなと言ってやって下さい。」
「それにしても、ラムゼイの秘書に関する証言は興味深いですね。パーカーと言う男はクローンなのでしょう? どうして彼に触られた時、宇宙空間のイメージをレインは感じたんです?」
「それは、パーカー自身に聞いた方が良いかも知れないな。」
「彼は今ここにいるんですよね?」
「クローン観察棟で監禁状態だ。逮捕される直前に自殺を図ったので、薬で頭をぼんやりさせて危険な行動を取らないようにしている。」

 ケンウッド長官は執政官達を見回した。

「彼の細胞は私達と変わらない。むしろ純粋な地球人のものと言っても良い。今DNAを分析しているが、彼のオリジナルの人間はまだ不明だ。」
「人種は?」
「わからない。」
「混血と言うことですか? コロニー人の様に?」
「彼は地球人だ。人種が混ざった地域の人間のクローンと思われるが、ラムゼイは遺伝子組み換えも行っていたから、特定困難だ。」
「遺伝子組み換えと言えば、ベーリングの娘はどうしています?」

この問いには、ラナ・ゴーン副長官が答えた。

「JJは健康診断では異常なし。DNAを分析しましたが、今のところ普通の人間と変わりありません。ただ、彼女は声を出せないので、脳波翻訳機を介して会話する必要があります。こめかみに装着する端子の感触にまだ馴染めなくて落ち着かないようです。
もう暫く様子を見てから、徐々に研究に協力してもらうことになるでしょう。」

 彼女は、JJがポール・レイン・ドーマーに会いたがっていることを敢えて言わずにおいた。少女は機械を通さずに話しが出来るポールがお気に入りなのだ。だがポールは子供と遊んでいる暇などないし、彼の取り巻きが少女の存在を疎ましく思うだろう。

「ところで、ハイネ局長・・・」

 ケンウッド長官は、会議室の末席に座っている遺伝子管理局の長に話しかけた。この会議の参加者では唯一人のドーマーだ。

「管理局は、何時になったらセイヤーズを返してくれるのかな? レインが戻ったのだから、もうセイヤーズもドームに帰ってきているはずだが?」

 室内の注目が自分に集まったことを意識したローガン・ハイネ・ドーマーはしらっと答えた。

「セイヤーズは仕事熱心ですからね。ラムゼイ逮捕まで頑張るそうですよ。アレは集中出来る物事に当たると徹底的にやらんと気が済まんのです。」
「また逃げたりしないか?」
「しません。監視を付けています。」
「誰だ?」
「クロエル・ドーマーです。」

 コロニー人の間からブーイングが起きた。

「最悪のコンビじゃないか! クロエルはセイヤーズより自由奔放だぞ! 鎖を外したら何処へ行くかわからん狼みたいな男だ。」
「だからと言って、駆け落ちなんかしませんよ。」

ハイネの言葉に、ラナ・ゴーンがプッと吹き出した。

「クロエルは大人ですわ。ちゃんと自身の立場をわきまえています。必ずセイヤーズを連れて帰って来ます。」
「そう願っている。」

とケンウッド。

「私はレインから苦情を訴えられたんだ。18年かけて見つけ出し、やっと逮捕した脱走者を一月もたたないうちに外へ出すとは何事か、とね。」

2018年12月18日火曜日

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 ケンウッドがクロエルの報告書を読み終えた途端に、ハイネの端末にセイヤーズから報告が入った。ハイネは無言でそれを読んだ。セイヤーズはアーシュラと面会する迄の過程をクロエルより詳細に書いているくせに、肝心のアーシュラとの会談は簡潔に済ませていた。

ーーアーシュラ・R・L・フラネリーは知人のリンゼイ博士なる人物がメーカーのラムゼイであると知ると、彼を匿っていると思われるトーラス野生動物保護団体の役員に繋ぎをつけてくれると約束した。明朝午前10時に団体ビルでリンゼイと面会予定。

 その簡潔さにハイネは、逆に深い意味を感じ取った。アーシュラはセイヤーズに何か交渉条件を提示したに違いない。あの女性は何を望んでいるのか。今更ながら息子に会いたいと言うのだろうか。
 気がつくと、ケンウッドとヤマザキがハイネを見つめていた。ハイネは無言のままセイヤーズの報告書を2人の端末にシェアした。それを読んだヤマザキは「おっ!」と明るい驚きの声を上げ、ケンウッドはセイヤーズがまだ帰って来ないと知ってがっかりした。
 ヤマザキがハイネに質問した。

「ラムゼイを逮捕したら、誰が取り調べるんだ? 警察か? それともドームか?」

 ハイネは即答した。

「メーカーとしての取り調べは警察がします。『死体クローン事件』の容疑者としての取り調べはドームがします。彼はコロニー人ですから、執政官の判断にお任せします。」
「どっちが優先するんだ?」

 するとケンウッドが我に帰ってヤマザキに言った。

「警察が優先だよ、ケンタロウ。ドームが先に彼を収容したら、警察に戻すことはないだろう。月の連邦検察局に送致されるからね。だから、地球人の仕事を優先させる。それが私の判断だ。」
「地球の刑務所にぶち込まれたら、彼は生きているうちにこっちの裁判を受けられないんじゃないか?」
「そこは、私が地球の政府と交渉するさ。その為の長官だ。」

 彼はハイネが口元に意味不明の笑みを浮かべるのを目撃したが、それに関して言及しなかった。

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 普段食事中は仕事をしない筈のローガン・ハイネが、その日に限ってテーブルの上に端末を置いていた。時々メッセが入るのを眺めながら食べるので、ヤマザキ・ケンタロウがいきなり端末を取り上げた。

「余所見しながら食べるんじゃない、ハイネ。」

 ハイネは怒らず、苦笑しただけだった。

「部下達の報告を待っているだけです。急がないメッセばかり入るので、読んでいませんよ。」
「セイヤーズとクロエルの報告か?」

とケンウッドも興味があるので身を乗り出した。ヤマザキがブーイングした。

「君達、食べることに専念したまえ。消化に悪いぞ。」

 その時、ヤマザキの手の中でハイネの端末にメッセが入った。思わずヤマザキはそれを覗き込み、発信人を見て渋々端末をハイネに手渡した。

「クロエルちゃんの報告だよ。」
「どうも。」

 ハイネは簡単に礼を言って受け取った。ケンウッドが興味津々で見つめた。報告書の内容を聞きたいのだが、周囲の人々の耳に入って欲しくない情報だ。だから読んでくれと言えなかった。
 ハイネはざっと目を通してから、ケンウッドとヤマザキの端末に転送した。
そこには、クロエルとセイヤーズがトーラス野生動物保護団体と接触したこと、幹部に会えなかったこと、セイヤーズがラムゼイの反重力サスペンダーの修理屋を見つけ、ラムゼイと繋がりがあると確信したこと、ラムゼイがトーラス野生動物保護団体の幹部と繋がっている可能性が高く、会員であるアーシュラ・R・L・フラネリーに協力を依頼して、セイヤーズがラムゼイとの面会を約束させたこと、などが書かれていた。
 リュック・ニュカネン元ドーマーが、報告書の中でセイヤーズの身勝手ぶりとクロエルが彼に陶酔していると愚痴っていたのだが、ケンウッドは局員達はよく頑張っていると思った。
 予定では今夜戻ってくるのだが・・・


2018年12月16日日曜日

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「おやおや、当ドームのコロニー人最高責任者と地球人最高責任者が、医療区の廊下で密談かね?」

 ヤマザキ・ケンタロウの陽気な声で、ケンウッドは現実に還った。ヤマザキは途中の病室から出て来たところで、その部屋は女性用である為に内部が見えない仕様になっていた。ケンウッドはちょっと気になった。

「誰が入院しているのかな?」
「クローン製造部のメイ・カーティス博士だよ。ちょっと体調を崩しただけで、病気とは言えないが、ここで休ませないとまた仕事に熱中するからな。」

 ああ、とケンウッドは首を振った。メイ・カーティスは昔恋愛騒動を起こしたことがあった。ドームで働くコロニー人は職場恋愛禁止なのだが、彼女は同僚の男性と交際を始めかけたことがあったのだ。彼女は職を失いたくなかったので、地球勤務の間は自重しようと相手に提案したのだが、男性側は結婚を急いだ。2人は口論となり、友人のドーマーを巻き込んでしまったので、執政官会議に掛けられてしまう騒動に発展した。彼女は一旦辞職願いを出し、男性も退職した。しかし彼女の地球人復活に関する研究意欲は衰えず、改めて再就職を希望し、相手の男性とも切れたことと熱意を認められて、極めて稀なケースではあったが、アメリカドームに復帰出来たのだ。それ以来、彼女は仕事に没頭した。上司のラナ・ゴーンが心配する程に時間を惜しんで丈夫な女の子のクローンを育てることに情熱を注いできた。そして、ゴーンの心配が現実になってしまったのだ。

「過労か?」
「うん。本人には無理していると言う意識がないから、困りものだ。」

 するとハイネが言った。

「友達を増やしてやれば良いでしょう。」
「それは私たちが押し付けられるものじゃないよ。」
「押し付けなくても、出来ますよ。」

 ハイネはそれ以上コロニー人の話題に興味がないのか、ヤマザキを見た。

「ところで、私はこれから夕食ですが、皆さんは?」
「僕もこれからだよ。」
「私もまだだ。」
「では、ご一緒しませんか?」
「いいね!」

 ハイネは端末をちらりと見た。時刻を確認したように見えたが、実際はニュカネンからメッセが入ったのだ。

ーークロエルとセイヤーズが戻りました。

 ハイネは端末をポケットにしまった。

「どちらの食堂にします?」
「いつもの場所でいいよ、ハイネ。女性を愛でながら食べる趣味はないから。」

2018年12月15日土曜日

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 勿論、ハイネ局長がわざわざ医療区までケンウッドを追いかけて来た目的は、ドーマー達が万が一大統領の母親に失礼な振る舞いをした時に、庇ってやって欲しいと頼みに来たのだ。同時に、アーシュラが接触テレパスでドームの秘密を知っていることを承知しているので、彼女がドームに取り替え子で奪われた次男に会わせて欲しいと言う要求をして来ることも覚悟して欲しいと言いたかったのだ。アーシュラ・R・L・フラネリーは若い頃、夫が息子をドームに引き渡す約束をして自由を得たことを知り、次男が女の子と取り替えられたことを恨み、何度も返して欲しいと訴えてきた。その時代、ケンウッドはまだ火星で働いていたし、ハイネは遺伝子管理局内務捜査班の捜査官で、彼女に悩まされたのは先代の局長ランディ・マーカス・ドーマーであり、また当時の2代のドーム長官達だった。代替わりする時に、ハイネはマーカス・ドーマーから多くの注意事項の一つとしてアーシュラの問題を引き継いだ。その頃には、アーシュラは長男のハロルドと取り替え子の娘フランシスを育てるのに忙しく、訴えは忘れられていた。彼女は娘をきちんと実子として愛せたのだ。だが、やはり次男も欲しい・・・母親の欲だった。

「ドーマーと接触したら、レインの存在を思い出すだろうな・・・」

 ケンウッドは憂鬱に感じた。我が子がどこかで生きていると知ったままで会えずに生きてきた母親の気持ちに同情を感じるが、それは地球人を絶やすまいと努力している地球人類復活委員会の人間としては、考えてはいけないことなのだ。

「レインの件は彼女から何か言ってくる迄、放置して良いでしょう。」

とハイネが言った。

「問題は、彼女がラムゼイとどんな関係があるのかと言うことです。セイヤーズから説明がある迄待たねばなりませんが、面倒なことにならねば良いのですがね。」

 つまり、ハイネはアーシュラがラムゼイの支援者の一人だったら、と心配しているのだ。ケンウッドは時計を見た。そろそろ午後7時だ。

「普通は局員から報告書が届く頃合いだね? いや、通常はもう少し早い時刻だったかな。まだニュカネンから何も言ってこないのかね?」
「ニュカネンからですか?」
「彼がセイヤーズ達と別れたのは何時だ?」
「確か、昼前で・・・」

 ハイネは端末を見た。その時、メールが着信した。

「噂をすれば・・・ニュカネンの報告書が届きました。」

 ケンウッドはハイネがシェアしてくれたその報告書を大急ぎで開いた。生真面目なニュカネンらしく、仲間と別れてからの出来事を順番に丁寧に書いてあるが、セイヤーズもクロエルもアーシュラも登場しなかった。ニュカネンは、警察からDNA鑑定を依頼された身元不明者の遺体の鑑定結果と、その人物が遺体となって砂漠に転がっていた理由を書いていた。それを読んだケンウッドはびっくりした。思わずレインの病室の方向を振り返った。

「ハイネ、読んだか?」
「読みました。」
「ニュカネンが鑑定した遺体は、レインとキエフを拐おうとしたヘリコプターの操縦士だった!」
「ラムゼイに買収されていたタンブルウィード支局の雇われ操縦士でしたな。」
「ラムゼイに消されたのだろうか?」
「どうでしょう・・・もっと先まで読まれましたか?」
「否、まだ・・・」
「遺体はハイウェイ沿いの砂漠に捨てられていました。タンブルウィードからは遠く、ラムゼイのアジトからローズタウンへ向かうルートの途中です。ラムゼイの部下達が向かっていた道筋とは途中で分岐しています。昨日のクロエルと局員達の報告書では、彼等はジェリー・パーカーのトラック隊を待ち伏せ地点から追尾していましたから、ラムゼイの部下が一人でも隊から離れて行けば、警察が追跡した筈です。」
「つまり?」
「ヘリの操縦士は、ラムゼイとは無関係の人間に殺害された可能性もあると言うことです。」

 ヘリの操縦士はレインに逃げられたことをラムゼイに非難され、報酬をもらえなかったので、逆恨みして途中のドライブインでトラック隊が休憩した時に、レインを襲ったのだ。偶然トラックに戻ってきたライサンダー・セイヤーズがそれを見つけ、大声を出したので、レインは危うく難を逃れた。操縦士は、ライサンダーが叫んだ「積荷泥棒!」の声を聞きつけた大勢のトラック野郎供に囲まれた。積荷泥棒は、トラック仲間にとっては天敵だ。天敵は排除される。集団リンチの結果、操縦士は落命して、捨てられたのだ。
 ハイネもケンウッドもそこまでは想像が及ばなかった。ハイネはラムゼイとハリス支局長の繋がりを証言する人間が一人減ったなぁと思っただけだった。
 ニュカネンの報告書は、出張所に帰り、クロエルが指揮していた北米南部班の部下達がドームに帰投するのを見送ったところで終わっていた。
 ケンウッドが落胆した。

「セイヤーズは今夜も帰って来ないのか?」

 ハイネが彼を見た。ちょっと面白がっている様にも見えた。

「まだ仕事中ですからね。」

と遺伝子管理局長は言った。

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「キラキラひかるもの?」
「はい。俺が感じたのは、そう言うイメージでした。けれど、図に描かせると彼女はちゃんと遺伝子マップを描くのです。」
「不思議な娘だな・・・」

 思わずケンウッドはそう呟いてしまった。科学者として「不思議」はない筈なのだが。
レインは疲れてきたのか、目を閉じかけたが、長官の前で眠るのは失礼と思うのだろう、頑張って瞼を上げた。

「長官・・・」
「なんだい?」
「セイヤーズはこれからもこのドームに居ますか?」

 レインは恋人とずっと一緒に暮らせるのかと聞いているのだ。
 ケンウッドは大きく頷いて見せた。

「ああ、彼は約束してくれた。一生ここにいると。」
「良かった」

 最後は小さな声だった。レインは本当に疲れたらしく、目を閉じた。
 ケンウッドも小声で「おやすみ」と囁きかけ、静かに病室を出た。
 通路に出ると、驚いたことにハイネ局長が立っていた。ガラス越しに見えていた筈だが、ケンウッドはレインにばかり注意を向けていて気づかなかったのだ。

「来ていたのか。入ってくれば良かったのに。」
「私はレインに用事があったのではありません。」

 2人は出口に向かってゆっくり歩き始めた。ハイネが端末をちらりと見て、ケンウッドに告げた。

「セイヤーズとクロエルが、アーシュラ・フラネリーと面会します。」
「アーシュラ・・・?」

 ケンウッドは咄嗟にそれが誰なのか思い出せなかった。女性だ、と思ったが、何者なのかわからなかった。怪訝そうな顔の彼を見て、ハイネが説明した。

「現アメリカ大統領の母親です。」

 ケンウッドはちょっと考えて、ハッと気が付いた。ポール・レイン・ドーマーの母親だ。ケンウッドが20年前に研究用細胞提供に協力してもらった政治家の元ドーマー、ポール・フラネリーの妻だ。息子2人に接触テレパスの遺伝子を継がせたサイキックだ。だが、何故遺伝子管理局が彼女と接触するのだ? セイヤーズ達はラムゼイを追っているのではないのか?

「セイヤーズとクロエルは何が目的でアーシュラに面会するのかね?」

 ハイネは立ち止まって低い声で言った。

「ニュカネンの報告はセイヤーズとクロエルが彼女と会うつもりだと、そこで終わっています。」
「ニュカネンは一緒ではないのか?」
「彼は警察の要請で身元不明の遺体のDNA鑑定をする為に、彼等と別れたのです。」
「では・・・」

 問題児と破天荒なドーマー2人は野放しか、とケンウッドは思わず天を仰いだ。ラムゼイ捜査の為に大統領の母親と面会するのだろう。失礼なことをしなければ良いが・・・。



2018年12月14日金曜日

トラック    2  3 - 4

 ポール・レイン・ドーマーは今回の捕虜体験で一番恐怖を覚えたのは、ラムゼイに素手で触れられた時だったと打ち明けた。ラムゼイの思考とも空想とも判別つきかねる暗黒の感情がレインを襲ったのだ。ラムゼイ自身は全くそのことに気づかなかった。レインは無言で耐え・・・

「俺はそこで気絶してしまいました。それ以上は耐えられませんでした。」
「それで良かった。君の精神が崩壊してしまうところだったろう。」

 ケンウッドはドーマーの目を見て微笑んだ。

「君が正常の精神を保っていて嬉しいよ。」
「次に目が覚めたら、小部屋に監禁されていました。セイヤーズの息子が食事を持って来てくれましたが、食欲がなかったので口にしませんでした。」
「その時に彼と話したのだね?」
「はい。思ったより素直でしっかりした子でした。怪我をしたのでラムゼイに拾われてしまい、少女と互いを人質にされて反抗出来ない状況になっていました。」

 ケンウッドは少し躊躇ってから尋ねた。

「彼は君の息子だと思うかね?」

 するとケンウッドの気が抜ける程にあっさりとレインは「はい」と答えた。

「テレパシーのエコーで確認しました。」

 テレパシーのエコーとは、同じ遺伝子を持つ人間同士がキスをすることで互いの思考の波の周波数が同じであることを感じ合う・・・とケンウッドは遠い昔に聞いたことがあった。彼自身はテレパシーを持っていないので、それがどんな感覚なのか皆目見当がつかないのだ。
 うん、と曖昧に頷いて、彼はレインが疲れる前に少女に話題の中心を持っていった。

「JJ・ベーリングとは、トラックの中で知り合ったのか?」
「そうです。アジトを出発した時は、彼女とライサンダーと俺の3人で荷台に押し込まれていました。ライサンダーが眠ったので、彼女が俺に話しかけてきました。つまり、手を握って心で話しかけて来たのです。」
「君が若い女性を上手にあしらうことは知っている。どんな話をしたのか教えてもらえるかな? これから我々は彼女の能力を研究し、我々の研究の手助けをしてもらおうと思っている。彼女はその・・・」

 ケンウッドが言葉に詰まると、レインは長官が何を言いたいのか理解した。

「あの娘が本当に染色体を見ているのか、と言うことですね。実を言うと、俺もよくわからないのです。言えることは、普段の彼女は俺達と同じ風景を見ているってことです。ただ、人を識別する時に、何かキラキラひかるものを見ているみたいで・・・」

2018年12月12日水曜日

トラック    2  3 - 3

 ケンウッド長官は尋問には慣れていないし、事情聴取を目的に病室に来た訳でもなかった。勿論精神カウンセラーでもない。しかし、ポール・レイン・ドーマーが心的ストレスを抱えているのは素人目にもわかったし、それをケンウッドに聞いてもらいたがっていると感じた。本当はJJのことをレインから聞く目的があったのだが、彼は目の前のドーマーの心の傷が気になった。報告書に書かれていなかったレインの本音を聞きたい。
 彼は椅子をベッド脇に引き寄せて、端末を出した。

「記録しても良いかな? 良ければ、君が体験した嫌なことを洗いざらい語ってくれないか。胸の内にしまっておいても良いことはないぞ。」

 レインは一瞬迷う表情をしたが、それは語るのを躊躇ったのではなく、何から話すべきか考えたのだ。そして、つまらないことも言います、と断ってから、牛との押しくらまんじゅうから語り始めた。ケンウッドはコロニー人だから、牛の生態がよくわからない。しかしレインが牛囲いの中で体験した不快で恐ろしい感覚は理解出来るような気がした。
牛囲いから出てメーカーに捕らえられ、裸にされて風呂に入れられたことも不快な思い出だ。ケンウッドは複数の手が美しいドーマーの体をもてあそぶのを想像して怒りを覚えた。不良執政官でさえ触れたことがないドーマーの体にメーカーがお触り放題だと?
しかし、そこ迄の体験はレインにとっては「大したことではない」のだった。
問題は、半裸状態でラムゼイの前に引き出された時だ。ラムゼイは、ライサンダーを従えており、少年の目の前でレインを裸にした。

「セイヤーズの息子がそこにいたのか・・・」
「情けない姿を見られました。」
「しかし、不可抗力だっただろう? 君は子供達を保護しに行ったのだ。セイヤーズの息子が居ても不思議ではない。彼等が捕虜扱いされていないと、事前に君は想定して出かけたのだ。ラムゼイは子供達に己の力を誇示したかったのだろう。」
「セイヤーズの息子は、我々から逃げた際に負傷してラムゼイに拾われたのだと、後で2人きりになった時に説明しました。脚を折ったが3,4日で治ったそうです。」

 ケンウッドは唸った。ダリル・セイヤーズ・ドーマーの息子は明らかに身体的な進化型の細胞補修能力を持っている。地球人とは思えない能力だし、コロニー人でも希だ。
だが・・・とケンウッドは思った。セイヤーズにはそんな能力はない。もう片方の親であるレインにもない。

 ならば、少年の能力は何処から来ているのだ?

 すると、レインが長官の思考を読んだかの様に、目撃した事実を伝えた。

「ラムゼイは、女を1人連れています。使用人扱いですが、恐らく彼のクローン製造に卵子を提供する役目を負っているのではないでしょうか。セイヤーズの息子も、彼女の卵細胞の遺伝子情報をいくらか受け継いでいるはずです。」
「女だって?!」

 ケンウッドはびっくりした。細胞補修能力を持つ女? 彼は思わず呟いていた。

「まさか、ジェネシスなのか?」

トラック    2  3 - 2

 昼前の打ち合わせ会を珍しくハイネが欠席した。理由は「忙しいから」。ケンウッドは仕方なくゴーンと打ち合わせをして決定事項をハイネにメールしておいた。
 午後、ケンウッドは医療区の入院棟のあるフロアで、廊下を行ったり来たりしていた。近頃ドーマーたちが、もっと詳細に言うならば、遺伝子管理局で働くドーマーたちが彼の言うことを聞かなくなっている様な気がしてならなかった。彼の、ではなく、ドームの、と言った方が良いのかも知れない。コロニー人に対して地球人が反抗的になっているのだろうか。それともこれは只の彼のひがみで、本当は何もないのかも知れない。
 病室の一つからヤマザキ医療区長が出て来た。

「ケンさん、何をそわそわしているんだ? まるで細君の出産を待っている旦那みたいじゃないか。」

 変な例えでからかわれて、ケンウッドはムッとした。

「私は、ローガン・ハイネがダリル・セイヤーズを借り出したきり、返さないから苛立っているのだ。セイヤーズは、ポール・レイン救出と言う役目を果たした。もう帰って来ているはずなのに、まだ外に居る。私は彼にラムゼイ追跡を命じた覚えはない。」
「そうかね。だが、君はセイヤーズの性格を承知しているはずだが?」
「セイヤーズだけの問題ではない。ハイネが何故セイヤーズの勝手を許すのか、それが解せない。」
「それはハイネと直に話し合うことだな。それより、君はレインに面会するのか、しないのか? しないのだったら、レインにはまた睡眠薬を与えて眠らせておくが・・・」
「面会はする!」

 ケンウッドは医療区長の横をすり抜けて病室に入った。
 ベッドの上に、ポール・レイン・ドーマーが横たわっていた。腕や胸に端子を付けられ、機械に繋がれているが、目は開いていた。ケンウッドは機械の表示を見て、彼のバイタルが正常なことを確認した。正常だから面会許可が下りたのだが、自身の目で確認せずにはいられない性格だ。
 レインが小声で言った。

「残念ながら、生きていますが?」
「生きて帰ってきてくれて嬉しいよ。」
「抗原注射の効力切れで動けないだけです。どこも悪いところはないと言われました。」
「うん・・・」

 ケンウッドは用心深くレインの右手を握った。冷たい手だが、それは点滴のせいもあるだろう。レインが深い息を吐いた。ケンウッドが本当に彼の生還を喜んでいるのを感じて、ちょっと照れくさかったのだ。ケンウッドはそっと手を離した。

「メーカーどもに酷いことをされたりしなかったかね? 」

 ケンウッドは、この誇り高きドーマーがメーカーたちから屈辱的な扱いを受けたはずだと推測していた。レインには、『尻軽ポール』と言う渾名がある。執政官たちが誘うと拒まずに言うことを聞くからだ。しかし、彼の方からは絶対に媚びないし、服の下の肌には絶対に手を触れさせない。彼が接触テレパスであることは、ほとんどの人間は知らないのだ。彼は誇り高い態度でもって自身を守ってきた。
 何も知識を持たないメーカーたちが生け捕ったドーマーをどう扱ったのか、ケンウッドは容易に想像出来た。連中は汚い不潔な手でレインの肌を触りまくったはずだ。下品な想像をしながら彼の腕を掴んだだろう。実際には何もされなくても、精神的にレインは暴行を受けたのだ。
 レインは溜息をついた。小者たちの手から伝わった下品な思考は、執政官とそんなに変わりない次元のものだ。不潔だが、我慢出来たし、時間がたてば忘れることも出来る。しかし・・・
 彼はケンウッドの目を見上げた。そして囁くように告白した。

「ラムゼイの手が恐かったです。」

2018年12月11日火曜日

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 JJ・ベーリングが生物を遺伝子レベルで見ているらしいことはわかった。彼女はそれで個体識別をしているのだ。一体どんな世界を見ながら生きているのだろう?
 ケンウッドはラナ・ゴーン副長官に彼女を預けた。若い女性の扱いは、女性に任せた方が良いだろうと思われたからだ。

「Pちゃんに会いたい。」
「ピーちゃん?」

 ケンウッドは、なんとはしたないことを言う娘だ、と思ったが、キャリーが笑った。

「ポール兄のことです、長官。」
「ああ・・・」

 ポール・レイン・ドーマーの報告書に、彼はJJと一緒にトラックの荷台に乗せられたとあった。銃声を聞いて泣き出す迄、彼女は彼の腕に手を触れて「会話」をしていたのだ。レインの接触テレパス能力を彼女は驚きもせず、寧ろ脳波翻訳機も指文字もタブレットも不要で会話が出来る唯一の人間を見つけたのだ、とレインは分析していた。
 ケンウッドは時計を見た。

「レインはまだ医療区で入院中だ。疲労で寝ているだけだから、直ぐに良くなる。これからいつでも会えるさ。」

 若いJJは不満そうな顔をしたが、結局強く強請ることは止めて素直に副長官執務室を出て行った。キャリー・ワグナー・ドーマーが微笑んだ。

「屋敷の中で大事に育てられたと聞きましたが、予想を裏切って他人への思いやりを十分持っている子ですね。」

 そして彼女は少女の後を追いかけて出て行った。ケンウッドはゴーンを見て、声をかけた。

「君の息子を銃撃戦があるような任務に就かせてしまい、申し訳ない。」

 ゴーンは自身の執務机で次の業務の仕度をしていたが、手を止めてケンウッドを見た。

「何を仰るかと思えば・・・大丈夫ですよ、 クロエルはあっさり敵に撃たれるようなヘマはしません。」

 養子を信じて疑わない。 ケンウッドは母親の強さを彼女に見た。

2018年12月10日月曜日

トラック    2  2- 8

 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は、ケンウッドが遺伝子組み替えで誕生した少女の想像を絶する能力に驚愕している時、別件で悩んでいた。前日は局員達から送られてきた報告書を読んだ。そしてその日の朝は、日課の合間の休憩時間に、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン出張所のリュック・ニュカネン所長からの報告書を読んだ。ニュカネンは捕物に関しては元同僚達が詳細に書くだろうと思ったのか、几帳面な彼にしては珍しく簡潔に済ませていた。しかし、その後のメーカー達の取り調べについては丁寧に記述していた。彼はポール・レイン・ドーマーが警察の事情聴取を受けた時に付き添い、ついでにラムゼイの手下供の取り調べを見学したのだ。手下供は主に首領であるラムゼイの行方について尋問されたのだが、中にはどんな研究をしていたのか喋る口の軽い者もいた。その一人が、ライサンダー・セイヤーズとJJ・ベーリングを拾った時の様子を供述していた。

ーー少女が川から少年を引き揚げ、車で通りかかった我々に手を振って停車させた。彼女は口が利けなかったが、少年が怪我をしていることを伝えることは出来た。ラムゼイ博士は彼等が何者なのか、すぐにわかった様子で、親切を装って車に乗せて農場へ連れ帰った。車に乗せた時点で、少年は左脚腓骨を折っていたが、農場に着いて手当をしようとすると、既に骨は固まりかけており、博士は手術の必要なしと判断した。少年の脚は翌日には綺麗に治っていた。

 ハイネは考えた。ライサンダー・セイヤーズはクローンだ。セイヤーズとレインの遺伝子を半分ずつもらっている。だがどちらの親も、怪我が物凄いスピードで治癒する力は持っていない。セイヤーズは確かに子供時代から怪我の治りが早かった。だがそれは普通の子供と比較して、2、3日早いと言うだけだ。僅か半日で骨折が治る筈がない。
 ラムゼイは第3の人物の遺伝子も組み込んだのだろうか。それとも、ライサンダーがダリル・セイヤーズから受け継いだ進化型1級遺伝子S1の能力が進化したのか。
 放っておいても良いだろうと思えたが、別の心配があった。もし誰かがライサンダーの能力を知って悪用を目的に彼に近く恐れはないのか? 自然治癒が異常に早い、それは長寿に繋がるのではないのか? ライサンダーの能力を知る誰かが、彼を悪用しないだろうか?
 ハイネは端末を出した。また考えてから、クロエル・ドーマーの端末にメッセを送った。電話では誰かに聞かれる恐れがあった。

ーーセイヤーズの息子をドームに来るように説得せよ。

 まだ世間では朝食を終えてのんびりしている時間帯だ。早過ぎることはない、とハイネは思った。程なくしてクロエル・ドーマーから返信が届いた。

ーー無理

 逆らうつもりか? ハイネはそのそっけない文面に腹が立った。指を動かし、別の文章を打ち込むと再び送信した。

ーー努力せよ

 これには返信が来なかった。しかしハイネの端末には既読のマークが入っていた。

 俺を無視するつもりか? 

 なんとなく反抗されて可笑しく思えた。ハイネの要求にドーム内の人間は誰でも素直にしたがってくれる。 しかしクロエルはハイネに逆らうことが自身の特権だと思うようだ。それだけハイネに親近感を覚えているのだ。
 兎に角、少年とクロエルは親しくなっているらしい。

トラック    2  2- 7

  結局ハイネは多忙を理由に来なかった。アイダ出産管理区長も急に3名の妊婦のお産が始まったので持ち場を離れられず、ケンウッドが到着するとすぐにJJの「見ているもの」の検証が始まった。
 JJはお絵描きツールで図を描き、それを実際の遺伝子マップと比較した。キャリー・ワグナー・ドーマーとラナ・ゴーン自身の遺伝子だ。手描きに関わらず、JJは遺伝子マーカーの間隔を正確な比率で描いた。そして、誰のマップなのかも説明を聞く前に当てた。
ケンウッドはちょっと考えてから、少女が接触したドーマー達のマップを呼び出し、画面に出した。

「どれが誰なのか、君はわかるのかな? 君が昨日出会った人々のものだが・・・」

実は3名全く接触がなかった人物のものも混ぜておいたのだ。JJは大きな画面に表示された遺伝子マップを眺め、やがてポインターで3つを指した。脳波翻訳機が耳障りな音声で言った。

「この3人は知らない。」

 ケンウッドは驚いた。混ぜておいた無関係の人間のものだった。JJは一つを指した。

「Pちゃん」

 ケンウッドはゴーンとキャリーを振り返った。キャリーが肩をすくめた。

「多分、ポール兄です。」

 つまり、ポール・レイン・ドーマーだ。 JJはその隣を指した。

「名前知らない。でも昨日、一緒に飛行機に乗った人。」

 彼女は遺伝子管理局の局員達とゲート係のドーマーを区別して当てた。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーはちゃんとクラウスと名前を呼んで、キャリーをニッコリさせた。
 ケンウッドは開いた口が塞がらなかった。こんなことがあるだろうか? 肉眼で染色体を見ているなんて・・・。

「君は・・・その・・・遺伝子レベルで生物を見ているのかな?」

 JJは肩をすくめた。

「知らない。これが私の世界。」

 彼女には当たり前の光景なのだろう。
 ゴーンが新たな遺伝子のグループを表示した。JJが振り返り、首を傾げた。

「知らない人いっぱい。」
「男かしら、女かしら? 性別はわかる?」
「これは女の人のグループ。」

 JJは左から2番目のマップを指した。

「これは貴女、ラナ博士。」

 彼女は偶数番目に置かれている3人分のマップを順番に指した。

「貴女と同じ。他の人はキャリーと同じ。」
「それは・・・」

 ケンウッドが口を挟んだ。

「コロニー人と地球人が違うと言うことかね?」

 少女が彼を見た。

「コロニー人? この人達はコロニー人なの?」
「そうよ、私はコロニー人、キャリーは地球人。貴女も地球人。」

 ところが、JJは言った。

「違う。私はラナと一緒。キャリーとは違う。」




2018年12月9日日曜日

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 朝食の後、ラナ・ゴーン副長官はアイダ・サヤカ医療区長と別れて、キャリー・ワグナー・ドーマーとJJ・ベーリングを中央研究所の副長官執務室へ連れて行った。JJには脳波翻訳機の調整があるので、技師にも来てもらい、その場で先に用件を済ませてもらうことにした。
 キャリーに付き添いを頼んでから、彼女は部屋を出て、通路が無人であることを確認して、ケンウッド長官に電話を掛けた。

「ケンウッドだ。」
「ゴーンです。長官、お忙しいとは思いますが、半時間後に私の執務室へ来て頂けますか?」
「何かあるのかね?」

 勿論、何かあるから電話しているのだ。ケンウッドは自身の質問が馬鹿げていると気が付いた。

「すまん。半時間後に行くよ。行くのは私一人かね?」

 ゴーンは少し考えてから、ハイネ局長も呼んで下さい、と言った。

「ハイネは日課が終わる迄来ないと思うよ。」
「では、サヤカから連絡してもらいます。」

 ゴーンの提案に、ケンウッドが思わずクスッと笑った。

「その手があったか!」

 ラナ・ゴーンはハイネとアイダが秘密裏に結婚していることを知らない筈だが、雰囲気で察しているらしく、2人の邪魔をしないように常に心がけている。ハイネとアイダが目で交わす熱い会話が既に身近で働く人々の間では知られているのだ。結婚していると思わなくても、2人が恋人同士だと言う認識は幹部執政官達の中ではあるのだ。

「せめて用件のヒントだけでもくれないかな?」

 あまり隠し事が得意でない長官が言うので、ゴーンは折れた。

「JJ・ベーリングが見ていると主張しているものです。」

 ケンウッドが電話の向こうで息を飲んだ。ダリル・セイヤーズ・ドーマーが言っていた、少女が染色体を見ていると言う、その実証なのか。

「わかった、必ず行く。」

 通話を終えて、ゴーンは自室のドアを見つめた。

 さぁ、JJ、貴女が見ているものの正体を確認させてもらうわよ。

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 遺伝子と言えば・・・と言いたそうに、JJが人差し指を立てて何かの合図を送り、タブレットに文章を打ち込んだ。手慣れているし、スピードも速いので、生家でも他人とのコミュニケーションはこうして行なっていたのだろう。

ーーラナとサヤカは他の人と違うけど、どうして?

 ゴーンとアイダは思わず顔を見合わせた。その時、彼女達の周囲にいたのは大勢の地球人の妊産婦と世話係の男性ドーマーが2名だけだった。ゴーンが尋ねた。

「サヤカと私は、他の人とどう違うの? キャリーとも違うのかしら?」

 するとJJはタブレットの機能を探り、数秒後にお絵描きツールを見つけ出した。彼女はそこに指で何かを描き始めた。アイダが目を細めた。

「遺伝子マップに見えるけど?」

 JJは描きながら頷いた。彼女は2本の帯状の物を描き、1本を軽く叩いてキャリーを指差し、もう1本を叩いてゴーンを指差した。ええ? とゴーンが呟いた。

「キャリーと私の遺伝子マップなの?」

 少女がコクリと頷いた。そしてある箇所を交互に指して、違うのだと言いたげに2人を見比べた。
 まさか、とアイダが呟いた。

「コロニー人と地球人の遺伝子情報が違うって言いたいの? 私達、皆んな同じ地球人の子孫ですよ。」
「重力に弱いところが遺伝情報になっているのかしら?」
「でも、そんなにはっきりわかるものなの?」

 するとキャリーが軽く咳払いした。2人の上司に周囲が地球人だらけであることを思い出させた。女性達に現在の地球が抱える真実の問題を教える訳にいかない。ゴーンとアイダは口をつぐんだ。
 テーブルのメンバーが黙り込んだので、JJが不思議そうな顔をして大人達を見た。
 アイダが微笑んで見せた。

「朝食の後のお勉強で何が私達を驚かせたか教えてあげるわ。先ずは朝ご飯を食べてしまってね。」



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「おはよう、ワグナー博士。」

 アイダ・サヤカが正規の医師であるキャリーに敬意を持って挨拶した。そしてすぐに言い直した。

「今日も良い日だと良いわね、キャリー。」
「ええ、サヤカ先生。」

 ゴーン副長官もおはようと挨拶して、2人はJJを見た。キャリーが紹介した。

「こちらは、ミズ ジュマ・ジェレマイア・ベーリング、JJと呼んであげて下さい。」

そして少女にも上司達を紹介した。

「副長官のラナ・ゴーン博士と出産管理区長のアイダ・サヤカ博士よ。アイダ博士は姓が先に来ます。医療区長のヤマザキ・ケンタロウ博士と同じよ。」

 JJは座ったままで手を差し伸べ、大人達に握手を求めた。ラナ・ゴーンもアイダ・サヤカも快くそれに応じた。

「おはよう、JJ、私のことはラナと呼んでくれて良いわ。みんな仕事の時は博士なんて呼ばないから。」
「おはよう、JJ、私もサヤカで大丈夫ですよ。男性ドーマー達は陰で、ママとかおばちゃんと呼んでますけどね。」

 JJは何か言おうと思ったのか、タブレットを見たが、結局それに触れずにただ笑顔を返しただけだった。彼女が口を利けないことは既に幹部執政官の耳に入っていたので、ゴーンもアイダも気にしなかった。
 2人の執政官は同じテーブルの空いた席に座ったが、朝食はどちらも既に済ませていたので、コーヒーを飲んだだけだった。ゴーンがこれからのJJの生活についてドームが計画していることを告げた。

「先ずは、貴女にここでの生活に慣れてもらわなければいけないわね。統制が取れていると言っても、男性ばかりの世界に近いので、女性は用心しなければなりません。だから暫くは貴女が寝起きする観察棟と中央研究所、そしてここ、出産管理区のスタッフ区域でドームのルールについて学習してもらいます。学力についてもちょっと調べさせてね。貴女がここで暮らすことを希望していると、ダリル・セイヤーズから聞いたのだけど・・・」

 JJが大きく頷いた。彼女はタブレットを引き寄せ、文章を入れた。

ーー外は広過ぎて怖い。ドームの中も広い。私はここで世界に慣れたい。

 キャリーが励ますように彼女の手を軽く叩いた。JJが彼女を振り返ってニッコリした。
 ゴーンが頷いた。

「わかりました。貴女はここで暮らすことを希望していると判断しますね。ここで暮らす人は皆何らかの仕事に就いています。何もしないで暮らすことは出来ません。貴女がここで暮らす為の知識をつけてもらいます。それから研究のお手伝いもしてもらいます。」

ーー赤ちゃんに関係する研究?

「ええ、そうです。」

ーー私はたくさん勉強したい。パパもママも赤ちゃんの研究をしていた。

 クローンの赤ん坊を製造して依頼者から金銭をもらっていたメーカーの両親だ。ゴーンもアイダもキャリーも内心複雑な思いだった。
 アイダが言った。

「貴女はきっとご両親より立派な遺伝子学者になれるわ。」




2018年12月8日土曜日

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 ケンウッド達が医療区でジェリー・パーカーの今後の処遇を相談している頃、中央研究所食堂の出産管理区エリアでは、JJ・ベーリングとキャリー・ワグナー・ドーマーが朝食を摂っていた。ビュッフェで好きなものを好きなだけ取れると教えられ、食べたい盛りのティーネイジャーは大喜びで、朝ご飯にしては多過ぎるのではないかとキャリーが心配する程皿の上に肉類や野菜、果物をどっさりと盛り付けてテーブルに着いた。

「いつもそんなに食べるの?」

 思わずキャリーが尋ねると、JJは首を横に振った。ドームから渡されたタブレットに文字を打ち込んだ。脳波で思考を音声に変換する装置があるのだが、彼女は昨夜遅く来たばかりで機械の調整がまだだった。食事の後でその機械を調整して受け取るのがその日の午前中のスクジュールだ。

ーーいつもはダイエットしてる。でも今日は特別。こんな食べ方、初めてだから。

 JJは冒険しているのだ。キャリーは思わず微笑んでしまった。

「貴女って、いつも前向きなのね!」

 JJは嬉しそうに微笑みを返した。褒められたとわかったのだ。周囲には出産を控えた女性やお産が済んで間も無く帰宅を許される女性が大勢いた。JJの様な若さの人は少ないが、それでも誰も彼女を特別な存在とは思っていないらしい。心地よい無視の状態で、2人は賑やかな会話の声に包まれて食事をした。
 JJがまた文字を打ち込んだ。

ーーこんなにたくさんの女の人を見たのは初めて。まるで映画かテレビみたい。

 ああ、この子は世間から隔離されて育ったのだ。キャリーは部屋兄弟のダリルから彼女のことを聞かされていたので、事情は呑み込めた。男ばかりの世界、狭い屋敷の中で、唯一知っている女性は母親だった。

「ここにいる女性はね、赤ちゃんを産む為にここに来ているの。そして赤ちゃんを産んだら、赤ちゃんを連れてお家に帰るの。」

ーーここは赤ちゃんを産むところなの?

「そうよ。ドームは赤ちゃんを産む為の施設なの。後でここの歴史を学習しましょう。」

 JJには嘘をつく必要がない。取り替え子のことも説明して良いと上から指示をもらっていた。何故なら、この少女はこれからずっとこのドームで暮らすからだ。
 ふーんと言いたげにJJは食べながら周囲を見回した。向こうからラナ・ゴーン副長官とアイダ・サヤカ出産管理区長が歩いてくるのが見えた。彼女が首を傾げた。そしてキャリーを振り返った。

ーーあの人達は何なの?

「誰のこと?」

 キャリーはキョトンとした。JJが指差した2人が彼女達のテーブルに近づいて来た。キャリー・ワグナーはちょっと慌てた。JJの手をそっと抑えた。

「人を指差しては駄目よ。」

 そして上司達に挨拶した。

「おはようございます、副長官、出産管理区長!」

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 ケンウッドは日課の為に遺伝子管理局本部へ向かうハイネと別れ、ペルラ・ドーマーと共に医療区へ向かった。ヤマザキ・ケンタロウに面会を求めると、たっぷり10分待たされた。

「昨夜からやたらと忙しいなぁ。」

 ヤマザキは文句を言いつつも、ペルラ・ドーマーに微笑みかけた。ケンウッドの用件は見当が付いていた。

「ラムゼイの秘書の様子はどうだね?」
「彼にはジェリー・パーカーと言う名前が付いているよ。」

 ヤマザキは3次元スクリーンに眠っている男の姿を表示した。

「健康状態は良好。メタボと縁がない生活をしていた様だ。栄養状態は良いし、運動もしっかりしていたらしい。」
「クローンの健康障害はないのだね?」

 ケンウッドの質問に、ヤマザキが振り向いた。

「何を根拠に彼をクローンと呼ぶのかな?」
「えっ? だって・・・」
「彼の細胞の隅々まで分析したが、クローンである特徴は見られなかった。ちゃんと母親から生まれて成長した人間そのものだ。」
「それは、赤ん坊の細胞から製造されたからですよ。」

 ペルラ・ドーマーが割り込んだ。端末の写真をヤマザキに見せた。医師はシミュレーション画像を眺め、3次元映像の中の男と見比べた。

「確かに、似ているな。」
「ラムジーは赤ん坊の遺体から盗んだ細胞で、あの男を作ったのだ。」

 ケンウッドは主張した。しかしヤマザキは素直に納得しなかった。

「そうだとして、その設備はどこにあったのだい? 死んだ細胞を復活させるには、かなりの装置が必要だ。グレゴリーが怪我をした隠れ家に、それほどの設備があったのかね?」
「大掛かりな装置があったのは、火事の後の現場検証で判明しています。」
「ではラムジーは蘇らせた細胞を持って逃げた訳だ。」

 医師は元遺伝子管理局の局員だったドーマーに畳み掛けた。

「逃亡中の人間がクローンを成長させる設備を備えた隠れ家を何軒も持っていたのかなぁ? 考えてもみたまえ、ラムジーはコロニー人だ。地球上に複数の隠し研究室を持てる可能性は低いぞ。」
「君は一体何を言いたいのだね?」

 ケンウッドは苛ついた。世紀の大発見を親友は否定しようとしているのか?
 ヤマザキが彼をじっと見つめた。

「君達の発見を否定したい訳じゃない。ただ、しっかり証拠固めしておかないと、世間に公表出来ないぞ。君が浮き足立っているのがわかったから、ちょっと頭を冷やしてやろうと思ったんだよ。」

 ヤマザキは再び視線を3次元映像に向けた。

「それに、局員達の報告では、このパーカーと言う男は捕まる直前に銃口を自分の頭に向けたそうじゃないか。だから麻痺光線で捕獲された。クロエルが麻酔剤を注射してドームに彼を送って来たのもそのせいだ。パーカーが自殺を諦めて生きようと思う迄、僕等は目を離せない。暫くは抗鬱剤を投与して精神カウンセリングを行う。遺伝子の研究に協力させるのはその後だ。」

 ヤマザキ・ケンタロウはきっぱりと言った。

「彼がクローンだろうが古代人の遺伝子を持っていようが関係ない、今の時間を生きる人間として生命を大切にしてくれるように治療するのが、僕等の仕事だよ。」



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 どんなに就寝時間が遅くても、目覚めは普段と同じ時刻になる。
 ケンウッドは一般食堂でハイネ局長と、珍しく早朝からドームに来ていたグレゴリー・ペルラ・ドーマーに合流した。挨拶もそこそこに、ペルラ・ドーマーがケンウッドに顔を寄せるようにして言った。

「見事ですな、あの男は!」

 ケンウッドは説明されなくても誰のことを指して言ったのかわかった。

「もう見たのかね?」
「はい、局長からの伝言をジェレミーからもらってすぐに医療区に問い合わせました。ヤマザキ博士がいつでも見においでと仰って下さったので、すぐに行きましたよ。」

 ペルラ・ドーマーは80歳を超えているが、まだ若者の様に艶々した肌の顔を上気させた。若き日にラムゼイことサタジット・ラムジーに命を奪われかけた男だ。無関心を装ってもやはり興味があったのだ。
 彼は自身の端末を出した。

「ラムジーが細胞を盗んだと言われるアイスベビーが火星に保存されていることは、地球人でも知っています。まぁ、歴史に興味がある人が、と言う意味ですが。ですから、アイスベビーの写真は地球でも見られるのです。私は、ラムジーが盗んだ細胞からクローンを作ったことを想定して、子供が成長にしたがって変化していく様子をシミュレーションしていました。」

 ケンウッドは火星の人類歴史博物館に保存されているアルプス氷河で氷漬けになっていた赤ん坊の顔写真を見た。まるで生きている様に綺麗な顔だ。4千年前の赤ん坊だ。
 ペルラ・ドーマーが端末をちょいちょいと操作した。今度は中年男性の顔が表示された。

「赤ん坊が50歳になったと想定した写真です。」
「なんと!」

 ケンウッドは思わず声を上げた。ハイネも身を乗り出して覗き込んだ。ほうっと彼は感嘆の声を漏らした。

「ジェリー・パーカーですな。」
「そっくりだ。コンピュータが考え出した面相とよく似ている。あのラムゼイの秘書は・・・」

 ケンウッド、ハイネ、そしてペルラ・ドーマーは顔を見合わせ、思わずハモった。

「アイスベビーだ!」

 ケンウッドは遺伝子管理局からラムゼイが特別扱いしている秘書の存在を教えられた時、その男はラムゼイの試作品第一号だと思っていた。ハイネ局長も同じ考えだった筈だ。本物の人間と寸分違わぬ完璧なクローンの第一号だから、研究したいと思っていた。
サタジット・ラムジーは当時多くの死体から細胞を盗み、クローン製造を研究していたのだ。死者の細胞を使用する研究は宇宙法で禁止されている重罪だ。どの死体から作られたクローンか、それはケンウッドにとって問題ではなかった筈だった。だが、この瞬間、ジェリー・パーカーと言う男は、全く別の意味を持つ存在になっていた。
 ケンウッドはペルラ・ドーマー以上に顔を上気させた。

「この意味がわかるか、ハイネ? グレゴリー? 我々は物凄いものを手に入れたのだぞ!」

 ハイネが重々しく頷いた。

「地球人の原型ですね。」

2018年12月6日木曜日

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 ケンウッドがワグナーにジェリー・パーカーのことを説明する間も無く、女性用ゲートから一人の少女が現れた。先刻のパーカーが消毒の後寝巻きを着せられていたのと同様に、彼女も寝巻きにガウン姿だった。少女の身体情報が少なかったので、被服班が用意できたのはその程度だったのだ。それでも彼女は気にしていなかった。
 ケンウッドはダリル・セイヤーズ・ドーマーから彼女に関する情報を前もってもらっていた。どう言う訳か口が利けず、性格は明朗で勇敢、優しい面もあるが、世間の常識はあまり知らない、と世間知らずのドーマーから聞かされていた。そしてセイヤーズはさらに重要で信じられないような情報も持っていた。

「JJはDNAが見えるのです。」

 セイヤーズ自身は見たことがないので、少女がどんな風に染色体を見ているのか説明出来なかった。ただ彼女が螺旋状の絵を描き、どれが誰のDNAなのか見分けるのだと言う。
 少女はケンウッドを見て立ち止まった。未知の人間を警戒するのは当たり前だ。今自分は彼女の目にどんな風に見えているのだろう。ケンウッドは少し不安になった。
 少女はワグナーを見てニッコリした。航空機の中で親切にしてくれた男を見て、安心したのだ。彼女は自ら2人の男のそばに来た。ワグナーが紹介した。

「JJ、こちらがこのドームの最高責任者、ニコラス・ケンウッド長官だ。遺伝子学者でもあられる。」

 そしてケンウッドに彼女を紹介した。

「長官、こちらはジュマ・ジェレマイア・ベーリングさんです。」
「こんばんは、ジュマ・ジェレマイア、当ドームにようこそ!」

 ケンウッドが笑顔で手を前に出すと、少女はワグナーをもう一度見た。ワグナーが笑顔で頷いて見せると、彼女はやっとケンウッドの手を握った。柔らかで温かい人の手だった。遺伝子組み替えで作られた人であっても、温かい心を持った生きている人だ。
 少女はメーカーの闘争で両親を殺害され、一人で砂漠の中に残された。セイヤーズ父子に発見された時は果敢にも抵抗した。川に転落したライサンダー・セイヤーズを泳いで救出し、助けを求めた相手が偶々通りかかったラムゼイだったのだと、ポール・レイン・ドーマーは接触テレパスで彼女から情報を引き出した。それを報告書に書いていた。
 生まれてから外部と接触させらずに大切に家の中で育てられた少女。まるでドーマーだ。いや、ドーマー達が暮らすドームは彼女の家より広く、住人は多い。彼女は本当に箱入り娘だったのだ。それなのに、すぐに外の世界に順応しようとしている。

 これは彼女の特殊能力なのか、それともただの性格から来るものなのか?

 ケンウッドは精一杯愛想良く声をかけた。

「来てくれて嬉しいよ。しかし、色々大変な経験をしたね。疲れているだろうから、今夜はこれ以上引き留めはしない。ここの規則で医療区と言う病院施設で検査を受けてから、観察棟と言う施設に入ってもらう。暫くはそこで寝起きしてもらうことになるが、近いうちに君にもアパートの部屋を割り当てよう。快適に住んでもらえると嬉しいが。」

 少女は笑顔で返事をした。きっと、よろしく と言ったのだ。女性保安課員が来て、彼女に医療区迄案内すると言った。ワグナーが声をかけた。

「医療区では、キャリーと言う医師が待っている筈だ。僕の妻だよ。君の世話を暫く担当することになるだろう。何か不満や疑問があれば彼女に訴えてくれれば、彼女が解決方法を考えてくれる。」
「おやすみ、ジュマ・・・」

 ケンウッドは少女を早く休ませてやりたくて、ワグナーを遮る形になったが声をかけた。気の良いワグナーは気にしなかった。すると少女が指で何かを合図した。ワグナーが通訳してくれた。

「JJと呼んで、と言っています。」
「失礼・・・」

 ケンウッドは苦笑した。

「おやすみ、JJ、良い夢を・・・」


2018年12月5日水曜日

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 ケンウッドはクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーと2人きりになった。ワグナーも疲れている筈だ。レイモンド・ハリス支局長の裏切り行為を捜査し、証拠固めを行い、逃亡したハリスをヘリコプターを自ら操縦して追跡した。そして事故死したハリスの遺体の回収とドームへの送付も行った。それからクロエルが率いる仲間と合流して、衰弱しているポール・レイン・ドーマーの世話をしていたのだ。

「無理をしなくても良いんだよ、ワグナー。レインは暫く医療区に留め置かれるだろうから、君が北米南部班の指揮を執ることになるだろう。早く帰って休みなさい。」

 体格の良いワグナーが微笑した。

「お気遣い有り難うございます。でも、あと少しだけですから。」

 その時、ゲートからストレッチャーに載せられた男が現れた。ぐったりとして、目を閉じていたが、顔色は悪くない。年齢は40代後半か50代になるかならないかだ。
 ケンウッドは思わずストレッチャーに近づき、その男を見下ろした。ワグナーが後ろで紹介した。

「ラムゼイの秘書、ジェリー・パーカーだそうです。」

 ワグナーにしても、このパーカーと言う男をよく知らない。メーカーの捜査をしている時にラムゼイと共に彼の名前をよく耳にしたが、実物に会ったのはその日が初めてだった。
 ケンウッドは己の心臓がパクパク音を立てているかと思った。それだけ彼は緊張していた。そっと手を男の顔に伸ばしてみたが、指が震えていたので、触れるのを止めた。
彼は喉から声を搾り出した。

「素晴らしい。」

 ワグナーは長官の後頭部を見つめた。ジェリー・パーカーの何がケンウッドを感動させたのだろう?
 ケンウッドは係官にストレッチャーとパーカーを医療区へ連れて行けと指図した。

2018年12月4日火曜日

トラック    2  1 - 9

 ケンウッドとハイネは送迎フロアで帰投した若いドーマー達を迎えた。前日にラムゼイ一味を一網打尽にするつもりで意気揚々と出かけて行った彼等は、この夜は疲弊して足取りも重く消毒ゲートを抜けて戻って来た。先頭はクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーで、すぐ後ろにポール・レイン・ドーマーが自分の足で歩いて来た。弱みを見せたくないので、やせ我慢して自力歩行しているのだが、その後ろにはストレッチャーを用意したゲート係官が待機していた。
 ワグナーとレインは長官と局長に気がつくと足を止めた。レインが前に出た。

「ただ今戻りました。ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。」

 顔色が悪い、とケンウッドが気付いた直後に、ハイネが前に踏み出した。

「よく戻った。報告書は読んだぞ。あの状況で敵の様子をしっかり観察したとは、大したものだ。」

 そしていきなりレインを抱き締めたので、ケンウッドは驚いた。しかしレインの足がもつれかかるのを見て、ハイネは彼を支えるのが目的で前に出たのだと悟った。ローガン・ハイネは若い連中に自身の弱いところを見られるのを極力嫌う。だから、彼はレインが部下の目の前で倒れるのを防いだのだ。ポール・レイン・ドーマーにもその心は伝わったのだろう、美貌のドーマーの顔にやっと安堵の色が浮かんだ。
 ケンウッドはストレッチャーを手前に置いて待機しているゲート係に声を掛けた。

「チーフ・レインをそれに載せて医療区へ運んでくれないか? 無傷だと聞いているが、清潔とは言えない場所にいたから、検査が必要だ。」

 そしてレインを振り返った。

「レイン、ストレッチャーに乗りなさい。たまには楽をするのも良いものだよ。」
 
 普段のレインなら強がって自分で歩くと言い張っただろうが、この時、彼は周囲が驚く程素直にケンウッドの言葉に従った。ワグナーに一言、あとは任せる、と言って、彼は医療区へ運ばれて行った。
 やはり体力の限界に来ていたのだ、とケンウッドは若いドーマーが可哀想に思えた。ラムゼイは彼にどんな仕打ちをしたのだろう。
 ハイネ局長は残った部下達を見回した。局員達も前日早朝から働き詰めだ。昨日は敵に捕まったチーフの身を案じて一睡も出来なかっただろうし、今日は捕物と押収物の仕分けで忙しかった。彼等もチーフ同様抗原注射の効力が切れかかっていた。
 ハイネが優しく言った。

「君達の報告書も読んだ。指揮官不在の状況でチームの和を乱さずによく頑張った。疲れているだろうから、今日はこれで解散しなさい。明日はゆっくり休むと良い。」

 ケンウッドも一声掛けた。

「ご苦労だったね。色々大変だったろう。体調が悪い者はすぐ医療区へ行くこと。局長の許可が出たから、明日はゆっくりしなさい。では、おやすみ。」
「おやすみなさい。」

 ドーマー達は銘々上司に挨拶して通路へ入って行った。
 ケンウッドとハイネが彼等を見送っていると、ワグナー・ドーマーが最後まで残っていて、話しかけてきた。

「ラムゼイの秘書と、JJと呼ばれる少女も連れて帰ってきましたが、まだ消毒が終わっていません。彼等は外の人間なので、消毒も念入りにしています。ここへ出てくる迄僕は待とうと思いますが、お二人はどうされますか?」

 ケンウッドとハイネは顔を見合わせた。遅い時刻だ。コロニー人のケンウッドはあまり時間に縛られないが、ハイネは朝が早い。それに前夜は徹夜させてしまった。

「私が残ろう。局長はもう帰ってよろしい。」

 長官の権限で局長に指示を出した。

「ラムゼイの秘書と少女も今夜は医療区に収容させる。これからいつでも会えるだろう?」

 ハイネも素直に従った。ちょっと笑って見せて、

「わかりました。では今宵はこれで退散します。おやすみなさい。」

と挨拶した。そしてワグナーには、早く帰れよ、と囁いて去って行った。




2018年12月3日月曜日

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 ニコラス・ケンウッドは一般食堂で夕食を食べようとしていたが、心は落ち着かなかった。今朝早く、クロエル・ドーマーは「24時間以内にポール・レインを救出する」と言ってダリル・セイヤーズを連れて出かけたきり、何も言ってこない。ローガン・ハイネ遺伝子管理局長も何も連絡を寄越さないので、食堂で待ち構えているのだ。通常勤務の遺伝子管理局の外勤務局員達は既に帰投して書類整理や報告書の作成に追われている。ひと段落つけて夕食のテーブルに着いた者もいる。
 入り口にローガン・ハイネの姿が見えた。ケンウッドが合図を送る為に片手を上げかけた時、若い執政官がハイネに声をかけた。会話はケンウッドには聞こえなかったが、執政官の質問にハイネが答え、執政官を何やら納得させた。執政官は向きを変えて食堂から遠ざかって行った。
 ケンウッドはハイネが料理を取って支払いを済ませるのを辛抱強く待った。ハイネはご丁寧に司厨長と口論までして彼を焦らし、そこへヤマザキ・ケンタロウが現れてまたケンウッドは待たされた。
 すっかりスープが冷めてしまった頃に、ハイネとヤマザキが彼のテーブルにやって来た。

「なんだ、ケンさん、食べていないじゃないか。駄目だぞ、ちゃんと食べないと・・・」
「君達を待っていただけだよ。」

 ケンウッドは斜め前に座ったハイネに声を掛けた。

「例の件はどうなった?」
「なんのことです?」

 ハイネはとぼけた。食事中は仕事の話をしたくない、と暗に仄めかした。ケンウッドは部下達のことだと言おうとして、ヤマザキが首を振るのを見た。遅い時刻と言っても、まだ食堂内には多くのドーマー達がいた。彼等に仲間がメーカーに捕まった話など聞かせたくない。ケンウッドが仕方なく口を閉じると、ヤマザキがさりげない風に言った。

「部屋の準備はしておいたから、帰って来たら直ぐに休めるぞ。」
「それはどうも。」

 ハイネは器用に生春巻きのサラダを口に入れて、野菜を味わってから、ケンウッドを慰めるように言った。

「後1時間ほどでゲートに到着しますよ。リュック・ニュカネンが自ら連絡して来たので間違いありません。」
「そうか!」

 ケンウッドの気分がやっと晴れた。リュック・ニュカネン元ドーマーは堅物だが、誠実だ。決してドームを裏切らない。ケンウッドは彼がドームを去ったことが今でも寂しく思えるのだが、元気に仕事に励んでいることを知って嬉しかった。ドームに忠実だから、あの男は家族もきっと大切にしている筈だ。幸せな家庭を築いていることだろう。
 ケンウッドの幸せな気分をぶち壊したくなかったが、ハイネは言わねばならないことを告げた。

「残念なお知らせがあります。」
「なんだ?」
「あの男に逃げられました。」

 一瞬、ダリル・セイヤーズが再び逃亡したのかと思い、ケンウッドはドキリとした。そして2秒後に、ハイネが別の人物のことを話しているのだと気が付いた。

「また逃げたのか、あの学者崩れは?」
「クロエル達が押さえた輸送隊の中にいなかったそうです。下っ端を締め上げると、あの男は一足先に農家を出発して別行動だったと明かしたのです。」
「悪運が強いな。」

 ヤマザキがハイネの皿から蒸し鶏を一切れくすねながら呟いた。

「だが研究資料などは押収したのだろう?」
「トラックに積まれていた薬品、資材、資料は全て回収したとクロエルが報告して来ました。今、後発隊が警察と遺伝子管理局の扱う物を仕分けしているところです。」
「それじゃ、後発隊は明日押収物と一緒に帰って来るんだな?」
「ええ・・・」

 ハイネは鶏肉が減っていることに気が付いた。横目で医師を睨んだが、ヤマザキは平気な顔をしていた。ケンウッドが確認の為に質問した。

「指揮官と助っ人も明日帰って来るのかね?」
「それが当方の希望ですが、彼等はあの男を追うつもりのようです。」
「追う・・・って・・・」

 それは警察に任せれば良いではないか、とケンウッドが文句を言おうとした時、ハイネの端末にメッセージが入った。ハイネは失礼と呟いて画面を見た。彼の表情がわずかだが和らいだので、ヤマザキがニヤッと笑った。

「サヤカからだな?」

 ケンウッドはローガン・ハイネが微かに頬を赤らめるのを目撃した。



2018年12月1日土曜日

トラック    2  1 - 7

 現地との通話を終えて、ハイネは自身の席に戻った。ネピア・ドーマーも秘書席に戻り、セルシウス・ドーマーは局長に帰宅の挨拶をする為に近づいた。ハイネは南北アメリカ大陸現地から送信が始まった部下達の報告書を読む為にファイルを開きかけていたが、セルシウスがそばに来ると手を止めた。

「ジェレミー、グレゴリーに会う予定はあるかね?」
「今日ですか?」
「うん。」

 セルシウスはグレゴリー・ペルラ・ドーマーが買い物をする時刻はいつだったかと頭の中で考えた。

「多分、夕食の後にコンビニに行けば出会えるかと。何か言付けでも?」
「言付けと言うほどの物でもないが・・・」

 ハイネが奥歯に物が挟まった様な言い方をした。

「我々はラムジーの宝物を手に入れた様だと言っておいてくれないか? 出会った時で良いから。」
「ラムジーの宝物・・・ですか?」

 怪訝そうな表情のセルシウスだったが、やがて何かに思い当たった。彼は思わず局長の執務机の縁を掴んで体を前へ傾けた。

「局長、では、先程の男が・・・?」

 ハイネがしーっと指で合図した。ネピアとキンスキーは上司と元上司の会話を聞いていないフリをした。聞こえているが、何のことなのか、彼等にはまだ理解出来ていなかった。ハイネが囁いた。

「まだ確定した訳ではない。実物を検査してみなければならないからな。」

 セルシウスはわかりましたと応え、挨拶をして部屋から出て行った。
 ハイネは物問いたげな2人の秘書を無視して報告書のファイルを開いた。日常業務の報告書が南北アメリカ各地から次々と送られて来る。北米中西部で行われた大捕物と無関係の平和な人間の生活を円滑に進める為の、申請書や証明書の希望者との面談の様子や、山奥の村の女性不足の実態など、毎日読んでいるものと似たり寄ったりの内容だ。しかしハイネは飽きることなくそれらに目を通す。部下達がどの様に働いているか、ドームの外の人々が何を求めているのかを知る為に。
 2時間後には、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンにある遺伝子管理局出張所からも報告書が送信されて来た。部下達が砂漠の中で行われた捕り物の報告を始めたのだ。勿論クロエルとセイヤーズが書いたものもあった。セイヤーズの報告書は初めて目を通したが、能天気な性格の割には詳細でわかりやすい真面目な文章だった。