2017年11月22日水曜日

退出者 7 - 6

 入って来た患者は、なんとニコラス・ケンウッドだった。

「蕁麻疹でも出たのかい?」
「そんなんじゃないんだ。」

 ケンウッドは右腕を出した。パーシバルは眉をひそめた。

「何だ? この傷は?」
「初めて見るだろう? 射創だ。」
「射創? 実弾で撃たれたのか?」

 パーシバルの表情が強ばった。コロニー人が撃たれるなんて余程のことだ。ケンウッドは苦笑して、負傷したいきさつを語った。
 パーシバルはジェルを取り除いて皮下神経の状態を探査機で測定した。聞き終わると、彼は異常なし、と宣言してから、親友の災難に話を向けた。

「遺伝子管理局が襲われるのは久し振りじゃないか? 近頃は減っていたからなぁ。時々クローン収容時に抗議デモやら投石があるみたいだが・・・」
「犯人は心理的に追い詰められていたそうだ。全財産を失ったんだな。」
「局員達の身の安全を今迄以上に考えないといけないね。」
「しかし、局員に護衛を付ける訳にはいかない。ハイネは局員を必ず2人1組で行動させるようチーフ達に通達したが、自主性重視だからね。 なにはともあれ、レインとニュカネンが無事で良かったのさ。もし2人が怪我でもしたら、私の責任になるからね。」
「だがあの2人は君が怪我をしたので上司から叱られたんじゃないのか?」
「班チーフからは厳重に注意されたそうだよ。だがハイネは彼等が無事だったことを喜んだそうだ。レインもニュカネンもそれに感激していたと言う話だ。」
「部下の扱いが上手いなぁ、ハイネは。ところで・・・」

 パーシバルは先刻コートニー医療区長から聞いた話を確認しようとした。

「さっきサム・コートニーが、最近ハイネに父性が目覚めてキーラに近づく男達を威嚇すると言っていたが?」
「はぁ?」

 ケンウッドはきょとんとした。

「確かにハイネはキーラが退官することを寂しがっているが、男を威嚇するなんて・・・それに彼はまだ父親であることを公表していないよ。ヘンリー、君はコートニーにかつがれたな?」
「僕がかつがれたって?」
「君達が結婚するので、コートニーがからかったのさ。それに鎌を掛けたんだろう? あの2人が親子かも知れないと言う憶測は以前からあったから。」

 パーシバルは新しいジェルをケンウッドの傷に塗った。もう包帯は必要なくて、保護シールを貼るだけだった。ケンウッドがさらに語った。

「ハイネはちゃんと父性を持っているよ。ドーマーだって人間だ。彼等は自身で子育てをしないだけで、幼い者の面倒はよく見ている。ハイネがレインとニュカネンの無事を喜んだのも、上司としてと言うより、部下を息子の様に思っているからだよ。」

 彼はニヤリと笑った。

「実は近頃出産管理区のアイダ博士がハイネに急接近しているんだ。キーラの送別会の打ち合わせと言う口実で、彼を頻繁に呼び出している。ケンが言うには、彼女はハイネに触りたいからだと・・・」
「触りたい?」
「うん・・・」

 危うく送別会のサプライズを漏らしそうになって、ケンウッドは詳細を避けた。

「ハイネは嫌がらずに彼女の相手をしている。キーラが彼に甘えた時の対応と大差ないんだ。だから彼が近頃キーラと過ごす時間を増やしたからと言って怪しむ人間は殆どいない。寧ろ彼は女帝が好きなので退官する前に一緒に過ごしたがっていると考える人の方が多い。」

 パーシバルはホッとした。ハイネに娘を奪う憎い男と思われたくなかった。ケンウッドは話題をまとめた。

「ハイネは君達の結婚を祝福している。ただ、月へ行ってしまうと彼女と会えなくなるので、それだけが彼の不満なのだよ。ドーマーの側から宇宙へ連絡を取れないからね。」
「それなら僕が回診の時に彼女に画像電話で彼と話してもらうよ。」

2017年11月21日火曜日

退出者 7 - 5

「お帰りなさい、パーシバル博士!」

 ゲート消毒班のドーマーが明るい声で挨拶した。「いらっしゃい」ではなく「お帰り」だ。ヘンリー・パーシバルはいつもこの挨拶を聞くと嬉しくなる。自分はまだこのアメリカ・ドームの一員として覚えてもらっているのだな、と思う。
 消毒を終えると彼は荷物を受け取り、医療区へ向かった。すれ違うドーマー達が皆笑顔で挨拶してくれる。途中で出産管理区へ通じるゲートの前を通った。向こうは女性の世界だ。そしてキーラ・セドウィックがいる。彼女は退官ぎりぎり迄仕事をしているのだ。1度彼女が働いている姿を見てみたいが、規則が許さない。
 パーシバルは医療区長の部屋へ挨拶に行った。いつもの回診の習慣だが、今回は少し違った。サム・コートニー医療区長が笑顔で彼をハグした。

「この幸せ者! 遂に我らの女帝をかっさらいに来たか!」
「申し訳ありません、重力さえなければ、ここで愛の巣を設けるのですがね。」

 コートニーが彼の背を手のひらでバンバンと叩いた。

「ローガン・ハイネには気をつけろ。近頃父性が芽生えたみたいで、男がセドウィックに近づくと牙を剥いて威嚇するんだ。」

はははと笑ってから、パーシバルは医師の言葉が持つ意味に気が付いた。彼はコートニーから身を離した。

「父性? ドーマーに父性ですか?」
「そうだ。もう隠しようがないと言うか、みんな気が付いてしまっている。誰の目から見ても、ハイネの振る舞いは娘を守ろうとする父親の行動だ。」
「キーラは?」
「娘だな。地球から追放されても恐くないから、堂々としたものだ。」
「博士、貴方はどう思われるのです? あの2人は親子ですか?」

 コートニーが彼をじっと見つめた。

「君は真実を知っているのだろう? 私は敢えて聞かないが、ハイネは彼女を遺伝子を共有するコロニー人ではなく、我が子として見ているようだ。」
「先月来た時はそうは見えなかった・・・」
「突然目覚めたのかも知れない。」
「しかし、それは拙いですよ。キーラの母親が法律を破ったことを世間に公表する様なものだ。」
「とっくの昔に時効になっているがね。」

 医療区長は時計を見た。

「そろそろ患者が来る頃じゃないか、パーシバル博士。さっさと仕事を終わらせてゆっくり独身最後の夜を楽しみ給え。」

 パーシバルは医療区長の執務室から追い出された。仕方なく神経科の診察室に行った。
ドアを開き、部屋の準備をしている看護師に挨拶して椅子に座った。独身最後の日と言う実感はなかった。結婚してもべったりくっついて生活する訳ではない。彼女は月で産科医の仕事に就く。地球で30年も働いたので、各コロニーの大病院や研究施設から引く手あまただったのだ。彼女はパーシバルが働く地球人類復活委員会本部に近い病院で働くことに決めた。実家がある火星コロニーに帰るつもりはなかった。地球に一番近い天体から地球を見ていたかったのだ。

 

退出者 7 - 4

 月に出張していたリプリー長官が朗報を持って帰って来た。遺伝子管理局の出張所設置が認められたのだ。

「監視と言う役目のみに限定して行う施設と言う承認だ。」
「副業は?」
「遺伝子管理局のイメージを損なわぬ程度に認めるとのことだ。」
「では、ハーブの販売や育児書の出版、養子縁組申請の手引きなどの配布は出来ると言うことですね?」
「うむ。」

 長官と副長官の会話を局長は黙って聞いていた。表情が穏やかなので、喜んでいる、とコロニー人達は判断した。
 ケンウッドはハイネを振り返った。

「出張所の候補地は決まったかね?」
「はい。南米に3箇所、北米に2箇所、現在はこれだけです。必要に応じて増やしたり減らしたりしますが、当分はこの5箇所でお願いします。」
「では、後は管理者の選任か?」
「班チーフに任せています。南米は元ドーマーに通知を出して公募するようです。」
「南米の元ドーマーは何名いるのかね?」
「現在60歳以下が16名です。家族持ちも考えますが、南米では警護の必要性が北米より強くなるので、班チーフは独身者を考えているようです。」
「既に事業を行っている元ドーマーもいると思うが、その場合はどっちが副業になるのかな?」
「監視の仕事がついでの副業で務まるとは、彼等は思っていないはずです。」

 ケンウッドは以前研究用サンプルを採取する為に元ドーマー達と会ったことがある。あの時に集まってくれた元ドーマー達は、ドームから声が掛かったことを喜んでいた。例え皮膚サンプルを採取するだけの検体としての役目だとしても、生まれ故郷のドームが必要としてくれていると思うと感激すると言っていた。ドームは一旦出てしまうと中に戻るのが難しい故郷だ。中に入る理由と保証人が必要だ。南米の元ドーマー達は遠い故郷から重要な役目をもらうことを喜んでくれるだろうか?

「北米の方はどうするのだ?」

とリプリーが尋ねた。
 北米の元ドーマーの多くはドームに近い街に集中している。仕事で外に出て活動するのがドーム周辺の土地だったので、そこで恋愛をしたり別の人生に憧れてドームを卒業して行ったのだ。しかし殆どはドームが世話した職業に就いているので、新たな仕事をする時間的余裕があるだろうか?
 ハイネはちょっと考えた。

「北米北部班は現地採用で元ドーマーを募集するつもりです。西海岸の街ですから、元ドーマーの人数は少ないのですが、班チーフは応募があると自信を持っています。
 北米南部班はまだ方法を考えついた様子はありません。先に出張所にする物件を探しているようです。」
「物件探しかね? 私が月から戻る前から物件を探しているのか?」
「長官が必ず月を説得して下さると班チーフは信じたのです。」

 ハイネは口が巧い。北米南部班のフライングを上手く誤魔化した。
 ケンウッドは砂漠の風を防風林で防いでいた緑豊かな学究都市を思い出した。大きな街ではないのに、その中は奥深く、有象無象の似非科学者から人類の幸福を探求して生命の神秘を解き明かそうとしている学者まで様々な研究に従事する人々がいた。そんな街を相手に1人で監視をする元ドーマーがいてくれるだろうか。

「誰が物件を探しているんだ? 局員が交替で行っているのか?」
「まだ開始して2日ですよ。『通過』経験者に試験的に探させているのです。『通過』したばかりの者は、注射なしで外に出るのに不安を感じるようです。慣れさせる目的も兼ねています。」
「『通過』したばかりの者? ああ・・・」

 ケンウッドは合点した。

「ニュカネンとワグナーか・・・」
「ワグナーはヘリの操縦免許取得の為に訓練を受けています。当分巡回の仕事はお預けです。」
「すると、物件探しはニュカネンか!」

 堅物ニュカネンに出張所に適した物件を見つけられるだろうか? リプリーがニュカネンとは?と尋ねたので、ケンウッドは返答に窮した。何と説明しよう? しかし、ハイネが先に答えてくれた。

「若い局員です。」



2017年11月20日月曜日

退出者 7 - 3

 酒宴の翌朝、ペルラ・ドーマーが目覚めるとコロニー人達は既に居なかった。彼は静かに服を着てバスルームを使った。ボスを起こさないように心がけたつもりだったが、リビングに出ると既にハイネがソファに座っていて順番を待っていた。

「おはようございます。これからジョギングですか?」
「うん。君は向こうに帰るのか?」
「はい、朝食で介護が必要な人が1名いますので。」
「介護役が居るだろう?」
「それが偏屈な人で、他の食事は介護人でも構わないのに、朝食は私でないと駄目なのだそうです。」
「それは苦労だな。」

 ハイネが笑った。ペルラ・ドーマーはボスの笑顔が大好きだった。

「また5日後に来ますよ。パーシバル博士が回診に来られるでしょう?」
「うん。」

 ペルラ・ドーマーはハイネの表情が微妙に翳ったことに気が付いた。彼は思い切って言った。

「姫様はきっとお幸せになりますよ。」
「姫様?」

 ハイネが怪訝な顔で見た。ペルラ・ドーマーは苦笑した。

「申し訳ありません、『黄昏の家』ではセドウィック博士をそうお呼びするのです。こちらでは女帝ですけど、『黄昏の家』の住人は高齢者ばかりですから、女帝も年下です。ですから、姫様、と・・・」
「彼女が聞いたら喜ぶだろう・・・しかし、年下の女性を姫と呼ぶなら、ドームは姫様だらけになるぞ。」
「セドウィック博士の様に徒名にふさわしい人柄の方はなかなか・・・もし私がもう10ばかり若くて彼女がコロニー人ではなく地球人でしたら、私も求婚したでしょう。」
「なんだって?」
「彼女のファンは多ございますよ。ポール・レインの様にファンクラブが出来ても不思議ではありません。ただあの方は・・・」
「クロエルの様にファンを蹴散らすタイプだな。」

 ハイネとペルラは声をたてて笑った。ボスの笑顔が消えぬ間に、ペルラ・ドーマーは挨拶した。

「では、これでお暇します。良い1日を、局長。」
「君にも良い1日を、グレゴリー。」

 ハイネのアパートを出たペルラ・ドーマーはホッと息を吐いた。もう少しで口に出してしまうところだった。セドウィック博士は局長のお嬢様でしょう? と。


2017年11月19日日曜日

退出者 7 - 2

 ウェディングアイルを歩く練習はハイネにとって「無駄」に思える行為だったが、アイダ・サヤカ博士はどうしても彼にそれをさせたがった。彼女はキーラ・セドウィックの代役を自ら買って出て、彼の腕にしがみつき、歩いて見せた。

「絶対にサヤカはハイネに触りたいだけなんだ。」

とヤマザキ・ケンタロウがブツブツ言った。久し振りのハイネのアパートでの酒宴でのことだ。その夜、初めてその酒宴に新メンバーが参加した。ハイネが殆ど強引に連れて来たので、ソファの上で小さくなって座っている彼に、ケンウッドがブランデーを勧めた。

「地球産のまともな酒だから、君の口にも合うさ。」
「有り難うございます。頂きます。」

 グレゴリー・ペルラ・ドーマーは恐る恐るグラスに口を付けた。琥珀色の液体を口の中に流し込み、暫く目を閉じて味わってから呑み込んだ。彼がむせるのではないかと半ば期待していたコロニー人2人は、彼が平気な顔をしているのでがっかりした。
 ハイネはキッチンでチーズやクラッカーやハムなどを皿に並べ、彩りがつまらないと独り言を呟いていた。それで彼は冷蔵庫に入っていた植物をひとつまみ皿の中央に盛りつけて客に出した。
 
「何だ、これ?」
「綺麗だが・・・食べ物なのか、ハイネ?」

 元薬剤師ハイネはヤマザキの言葉に傷ついた様な顔をした。

「食べられないものを冷蔵庫に入れたりしません。」

 ペルラ・ドーマーが苦笑してコロニー人達に教えてやった。

「ホウセンカです。園芸課で栽培していますよ。」
「見たことがないぞ。」
「それは、みなさんに行き渡る程の量を栽培している訳ではありませんので・・・」

 コロニー人達に見つめられて、彼は説明を追加した。

「出産管理区で女性達をリラックスさせる為に食用花を作っているのです。」
「じゃぁ、ハイネが持っているのは、局長の特権か?」
「・・・そんなところです。」

 ペルラ・ドーマーはボスの表情を伺った、ハイネは気が付かないふりをして、自身のグラスに酒を注ぎ入れた。ペルラ・ドーマーが尋ねた。

「私の他に何方がこちらへ招かれるのですか?」
「ドーマーでは君が初めてだ。」
「え?」
「エイブに声を掛けたが、3回誘って3回断られた。酔うと手元が狂うのが嫌なのだそうだ。」
「あの人は大工仕事命ですから・・・」

 ヤマザキが質問した。

「グレゴリー、あちらの家では酒は飲めるのかい?」

 ペルラ・ドーマーは「黄昏の家」の話をこちらの世界でして良いものか、ちょっと迷ってから、打ち明けても良い内容だと判断した。

「終末の家ですから、好きなだけ飲めます。」
「それで君は強いんだ・・・」
「別に私は飲んだくれている訳ではありません。」
「わかってるさ、君の性格なら、規則正しく暮らしているのだろうよ。」
「グレゴリー、ここにも外に漏らしてはいけない秘密があるんだ。」

 ケンウッドの言葉に、ペルラ・ドーマーは室内を見廻した。見たこともない酒瓶がずらりと並んだ棚に取り囲まれている。

「局長がこんなコレクションをお持ちだとは存じませんでした。」
「口外しないでくれよ。ドーマーに飲酒を許したと知られたら、私は副長官を罷免される。」
「勿論です。こんな素晴らしい場所を他人に明かしたりしません。」

 ヤマザキが彼を抱き締めて頬にキスをした。

「良いヤツだなぁ、君は!」

 彼等は仕事の話はせずに、最近の若者の流行やら、火星コロニーで流行っているダンスの話や、テレビで見た地球の企業のCMやら、とりとめのない話をうだうだとして夜を過ごした。ペルラ・ドーマーは泊まるつもりはなかったのだが、結局帰る機会を失い、ハイネに寝室へ引きずり込まれた。1年前迄ヘンリー・パーシバルの定位置だったハイネのベッドではなく、ツインのもう片方の小さいベッドに彼は寝た。


退出者 7 - 1

 どうしてもキーラ・セドウィック博士の退官を見送りたいと言うクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーとリュック・ニュカネン・ドーマーの「通過」が始まった。2人は別々の隣り合った個室に入り、そこで病原菌を軽いものから順番に与えられた。通路からガラス越しに観察出来るので、面会時間になると親しいドーマー仲間が見舞いに来た。ポール・レイン・ドーマーは可愛い弟分を見舞いに毎日時間が許す限り通ってきた。部屋の位置の関係でどうしても犬猿の仲のニュカネンの部屋の前を通らなければならないので、必然的にニュカネンも見舞うことになった。互いにガラス越しにアッカンベーをしたり、挑発的なボディランゲージを見せ合うので、看護師達が面白がって休憩室で話題にした。
 ワグナーの恋人、キャリー・ジンバリスト・ドーマーは医師免許がもうすぐ取れると言うところまでいっていた。本当は勉強に専念したいはずだが、彼氏が心配で通って来るので、ヤマザキは彼女の方を心配して、入院病棟に出入り禁止と言い渡した。

「勉強に専念出来ないのなら、君を観察棟に入れてしまうぞ。」

 2人の直属の上司であるトバイアス・ジョンソン・ドーマーは多忙なので見舞いに来たのは1回だけだった。彼は最初にワグナーを見舞った。体調を尋ねてから、見舞いに来た本題に触れた。

「ベイル・ドーマーから聞いたぞ、パイロット免許を取るつもりらしいな?」
「許可頂ければ・・・」
「君の様なでかい男が飛べるだろうか?」

 ジョンソンの言葉に、頭痛で悩んでいるワグナーは涙目で上司を見た。その生気のない顔を見て、ジョンソンは吹き出した。

「情けない顔をするなよ。君なら直ぐに免許をもらえるさ。山岳地帯での巡回に君が操縦するヘリがあれば大助かりだ。必ず合格しろよ!」
「はい、頑張ります。 ゴホゴホ・・・」

 ガラス越しなのに風邪をうつされそうな気がして、ジョンソン・ドーマーは「お大事に」と言って、隣に移動した。
 リュック・ニュカネンはベッドの上で体を丸めて寝ていた。腹痛が酷いのだ。下痢で水分が体から抜けてしまい、熱が下がらない。ベッド脇には水のボトルが3本置かれていたが2本は既に空っぽだった。
 ジョンソンが「話せるか?」と尋ねると、彼は重い頭を持ち上げて、窓の方を向き、マイクを引き寄せた。

「体調の件でしたら、ヤマザキ先生にお聞き下さい。」
「そんな用事ではない。」

 ニュカネンは衰弱してもリュック・ニュカネンだ、とジョンソンは思った。手続きはきちんとやらないと落ち着かないのだ。こちらもイラッとするので、用件をさっさと済ませることにした。

「『通過』が終わったら、君に特別任務を命じる。これは局長のお考えから始まったもので、班チーフも大乗り気だ。『通過』中の代行をそのまま働かせる間に、特別任務をこなしてもらうから、早く元気になれ。病気を長引かせるなよ。」

 ニュカネンは特別任務の内容を尋ねなかった。質問する気力がないのだ。ただ「了解しました」と答えただけで、ぐったりと枕に頭を戻してしまった。
 ジョンソンは溜息をついた。ニュカネンの特別任務とは、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンで売りに出ている空き家か空きビルを探すことだ。

 しかし、この男の固い頭で不動産屋と渡り合えるのだろうか?

 ジョンソン・ドーマーは不安を覚えた。

退出者 6 - 8

 翌朝、執政官達は普段通り食堂で朝食を摂った。しかし中央研究所に入るとロッカーで各自の祖先の文化に習って喪の服装に着替え、地下通路を通って「黄昏の家」へ移動して行った。
 その様子を目にしたドーマーの職員や助手達が情報を仲間に拡散した。

 「黄昏の家」から旅立った人がいる

 ドーマー達はそれぞれの職場で「黄昏の家」がある方角に向かって黙祷し、祈った。誰が旅立ったのか、それは問題ではなかった。地球の為に一生を捧げたドーマーが1人、役目を終えて地球の土に還って行ったのだ。それ以上、何があると言うのだろう?

 昼前に、ドームは通常の業務に戻った。リプリー長官もケンウッド副長官も書類仕事に追われ、特にリプリー長官は月の地球人類復活委員会執行部本部にランディ・マーカス・ドーマーの訃報を通知して葬儀が無事に終了した報告を行った。
 ハレンバーグ委員長は、ドーマー達に不幸を教えていないことを何度も確かめた。リプリー長官はドーマーが仲間の死を知ることが何故いけないのか疑問に思いながらも、教えていません、と断言した。
 ロッシーニ・ドーマーは耳が聞こえないふりをした。中央研究所のドーマー達は何も気が付かなかったふりをした。ドームの他の部署のドーマー達も平然と日常業務をこなした。
 ケンウッドは一睡もしていなかったが、アパートに帰って出来るだけ身綺麗にしてから昼食に出た。疲れたので中央研究所の食堂にしたのだが、そこにハイネ局長がやって来た。

「腕の具合はいかがです?」

とハイネが何事もなかったふりをして尋ねた。ケンウッドは彼が15代目逝去を知らないことにホッとして、笑顔を作って見せた。

「今日はもう痛みも和らいで、1人でトレイを持てるんだ。心配してくれて有り難う。」

 ハイネは彼の目元の隈に気が付いたが、言及を避けた。向かい合ってテーブルに着くと、昨夜の会議の話を始めた。
 出張所を開設する案を、ケンウッドは疲れた頭でなんとか理解した。そして治安を守る以外の意味をさらに理解した。

「出張所設置の費用を出せと言うのだね?」
「ドーマーの所持金では絶対に無理ですから。」
「しかし、財務部が何と言うか・・・」
「ですから、中古住宅やビルなどの物件を探せと班チーフに言ってあります。」

 浮き世離れした容姿のローガン・ハイネが中古物件や不動産の話をするのは、なんとも滑稽に思えた。

「出張所の人員は何名置くのかね?」
「1人です。」
「1人?! しかし・・・」
「ドーマー、又は元ドーマーを1人、彼が手足として使う現地の人間を何人雇うかは、予算次第です。安全の為にも被雇用者は10名欲しいですね。」
「その人件費もドームが出すのだな?」
「出張所が副業をしてもよろしいのであれば、少しは節約出来るかと。」
「副業? ドーマーに商売をさせるのか?」
「いけませんか? ドーム内の薬草育成施設で収穫したハーブから薬品や香料を製造しているでしょう? 宇宙に販売しないで地球で販売して下さい。」

 ハイネの口から金儲けの話が出るとは思わなかった。ケンウッドの頭から今朝の葬儀の思い出が吹っ飛んだ。

「ドーム製の薬品や香料はコロニーで高く売れるんだよ。貴重な収入源だ。」
「あれっぽっちの量でドームを養っているとは思えません。」

 ケンウッドはドキリとした。地球人類復活委員会には、もっと高価で売れる収入源があるのだが、それは口が裂けてもドーマーに教えられなかった。

「ドームを養えなくても、出張所経営の足しにはなるはずです。」

 ケンウッドは溜息をついた。

「ハイネ・・・それは執政官会議で執政官達を納得させなければ、私の一存では何も言えないよ。」
「では、そうします。明日執政官会議を開いて下さい。これは必要な案件ですから。」

 決してコロニー人に逆らわないドーマーは、決してコロニー人に「否」とは言わせないのだ。ケンウッドは日付が変わって数分後にランディ・マーカス元第15代遺伝子管理局長に手を握られて告げられたことを思い出した。

「地球をよろしくお願いします。我々を救って下さい。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーは決して無駄な案件を出して来ない。必要だから、地球の将来の為に役に立つから、アイデアを出してきたのだ。
 ケンウッドは頷いた。

「わかった。リプリーにも伝えておく。」