2018年7月8日日曜日

Break 23

 また作者の時系列いい加減病で、たった8日間の話なのに時間経過がおかしくなってます。(いい加減、なんとかしろよ、自分・・・)
 
母親危篤の報を受けて里帰り中のアイダ・サヤカ、
彼女の不在で寂しくて仕方がないローガン・ハイネ、
ストーカーの本性を表しつつあるキエフに辟易しているポール・レイン、
視察団が来るのにおもてなしのアイデアが出なくて部下に丸投げしたいケンウッド長官、
なんとなく飄々と難関をクリアしているラナ・ゴーン副長官、
相変わらず物事に動じないヤマザキ・ケンタロウ医師、
地球人とコロニー人の軋轢を捜査しているのに一向にハイネとアイダの関係に気がつかないビル・フォーリー、
上司同様、キエフの態度にイライラしているパトリック・タン、
とことん好感度維持のクラウス・フォン・ワグナー、
なんとかドームに馴染んできつつあるロアルド・ゴメス、
陰湿なキャラまっしぐらのアンリ・クロワゼット、
なんとかまだ真面目そうなレイ・ハリス・・・

今回新キャラは、ブリトニー嬢の先輩、ナタリー・リーランドだけ。
お茶を淹れる達人の様です。


今回は登場しませんでしたが、ヘンリー・パーシバル、グレゴリー・ペルラ、エイブラハム・ワッツは元気ですから、ご安心を!



2018年7月4日水曜日

待機者 6 - 5

 ドームの天井を透かして見上げると空が少しずつ明るくなってくるのがわかった。雨はもう小降りになって風は凪いでいた。雨に濡れたことも風に吹かれた経験もなかったが、ローガン・ハイネ・ドーマーは嵐が過ぎ去ったことを知った。端末を出して航空班に飛行プランの提出を求め、各班チーフには一斉送信で明日の出動準備を命じた。一通りの作業を終えて、さて、昼寝をしようかとベンチの上にゴロリと横になった直後に、近くを通っている小径に人の気配がした。あの足音は・・・
 彼はパッと身を起こした。彼の急な動きに驚いた相手が立ち止まった。

「お昼寝の邪魔をしたかしら?」

 アイダ・サヤカが申し訳なさそうに尋ねた。ハイネは黙って彼女の顔を見つめた。

   痩せたな・・・

と感じた。彼女が彼に対して同じ感想を抱いたことは知る由もなかった。彼女がベンチのそばに来た。

「遅くなってごめんない。今朝、帰って来ました。」

 ハイネはふと天井の向こう、空を見上げた。空の一角が白く光り始めた。

 今なら間に合うかも?

 彼は勢いよく立ち上がると、いきなり彼女の手を掴んだ。

「来て!」

 走り出した彼に引きずられそうになり、アイダは慌てた。

「ちょっと! いきなり何なの?」

 危うく転倒しそうになり、彼も慌てて立ち止まると彼女を抱き留めた。

「ごめん・・・」

 ハイネが子供の様な口調で謝った。しかし彼女が何か言う前に再び歩き始めた。今度は走らずに早足だったが、小柄なアイダは小走りにならざるを得なかった。
 一体何を急ぐことがあるのかと彼女は不審に思った。彼が目指していたのは居住区の端だったからだ。大きな逞しい手に包み込まれた彼女のぽっちゃりした手は緊張で熱くなった。
 人工の森の端まで来て、ハイネは低木の茂みを掻き分け、不意に開けた場所に出た。彼女を引っ張り出す様にそばに引き寄せると、空いた手で空の一方向を指差した。

「間に合った。見て・・・」

 言われなくてもアイダは見ていた。
 目の前に草原が広がっている。ドームとシティの間に広がる草原は、今花の季節だった。色とりどりの野花が雨上がりの日差しの中で輝いてた。その平原の所々に大きな水溜りが出来ており、さながら湖の様だ。そしてその水溜りの一つから、大きな虹が立ち上がっていた。美しい半円形の弧を描いて、くっきりとしたアーチが大地に立っているのだった。虹は二重だ。見事なまでに鮮やかに輝いていた。
 アイダ・サヤカはその地球の美に見とれ、言葉を失っていた。そっと背後からハイネが彼女を抱き締めた。彼女の髪に口付けして、囁いた。

「ここが貴女の星です、サヤカ。」



2018年7月3日火曜日

待機者 6 - 4

 アイダ・サヤカは医療区でヤマザキ・ケンタロウに挨拶した。日本式にお悔やみを述べてから、ヤマザキは安堵の表情を隠さずに言った。

「君が宇宙へ出かけてから最初の3日間、ハイネは普通だったんだ。普段の重力休暇と変わらないと思ったんだろう。4日目からそわそわし始めて、一週間経つと食欲が落ちて注意力が散漫になった。その頃には彼の部下達からも、局長は元気がない、と噂が立ち始めた。当人の耳にも入ったのだろう、10日過ぎる頃に、珍しく早い時刻にジムに現れてゴメス少佐相手にリングで大暴れした。」
「大暴れ?」

 アイダがショックを受けた表情をしたので、ヤマザキは笑った。

「格闘技の試合をやったんだ。日頃の彼からは想像出来ない疾い動きでゴメス少佐を苦戦させた。ドーマー達も驚いていたよ。試合結果は引き分けだったけどね。」
「彼の肺は大丈夫だったのですか?」

 アイダは医師らしく心配した。ヤマザキは苦笑するしかなかった。

「大丈夫な筈ないだろう。彼が咳の発作に襲われたんで強引に試合を終わらせたんだ。そしてちょっと早かったけど、視察団の訪問に備えて彼を捕獲した。」
「では入院させたのですね?」
「うん。大人しく病室で業務に就いてくれた。2日前迄ここの病棟に居たんだ。君がカイロの宇宙港に帰って来たと聞いて安心したのか、食欲が復活したよ。今朝は僕のチーズトーストを横から掻っ払いやがったんだ。」

 アイダは思わず吹き出した。チーズが絡むとローガン・ハイネ・ドーマーは子供みたいになってしまう。

「まぁ、なんだかんだ言っても、男は女がいないと駄目なんだ。」

とヤマザキが呟いた。

「女に良いところ見せる為に男は生まれてくるんだから。」


待機者 6 - 3

 アイダ・サヤカ博士が医療区へと続く通路に姿を消して直にケンウッドは重大なことを思い出した。昨日から何となく忘れ物をしている気分になっていたのだが、それが何か思い出せなかった。それが突然具体的に頭の中に現れた。彼はラナ・ゴーンを振り返った。

「ゴーン博士、輸送手段が止まっている間の取り替え子の対策を・・・」

 ゴーンは彼に最後迄言わせなかった。

「大丈夫ですよ、長官。外にいたドーマー達に引き上げ命令が出された時に、遺伝子管理局に取り替え子の予備ファミリーをリストアップさせました。」

 予備ファミリーとは、取り替え子のタイミングが計画通りに行かなかった時に、別の家族の子供としてクローンの女の子を与える為の、遺伝子的に近い両親のことだ。一日に取り替えられる女の子の数は多く、ドーマーとして育てる訳にいかない。遺伝子管理局はクローンの女性とクローン女性が産んだ男性が近親婚をするのを防ぐ目的で活動している。それが遺伝子管理の本来の目的なのだから、当然取り替え子になるクローンの女の子の遺伝子的親族を把握している。計画通りに段取りが進まなければ、遺伝子管理局が近親者で出産が近い夫婦を探し出し、クローン製造部がその出産予定日に合わせてクローンの成長を遅らせる。
 副長官はクローン製造部の責任者だ。ケンウッドは肩の力を抜いた。

「助かったよ、ゴーン博士。私は視察団の世話でいっぱいいっぱいだった。君も視察団のもてなしの責任者だったのに、そこまで考えてくれていたのだね。」
「私の本来の持ち場ですから、当然のことをしただけですわ。それにしても、私が要求を出した3時間後にハイネ局長が報告書を上げて来たのには驚きました。」
「内勤のドーマー達が総動員で検索してくれたのだろう。彼等の本来の仕事だからね、要領はわかっているのさ。」

 と言いつつも、ケンウッドは我が子が褒められた気分で嬉しかった。


待機者 6 - 2

 シンディ・ランバート博士はアイダ・サヤカが留守の間はずっと彼女の帰りを切望していた。しかし本人が戻ってくると安心したのか、もう一日任せてくれと言う。アイダの留守の間気を張って彼女こそ疲れているだろうとケンウッドは思ったが、ランバートは彼女自身のケジメで仕事を仕上げたいのだと悟った。きちんと報告書をまとめて、万全の態勢で区長に役目を返還したい、それが彼女の考えだ。そしてアイダ・サヤカも部下を信頼していたし、その気持ちを表す為に、もう1日だけのんびりさせてもらうことにした。ここで慌てて執務室を触って部下の気分を害したくなかったし、ランバートは彼女が嫌がるような変化は何も起こしていなかった。師匠に教わった通りに任務を果たし、師匠が喜ぶだろうなと予想出来る行動をしていた。
 ケンウッドとゴーンはアイダを昼食に誘ったが、彼女は既に機内で軽食を食べていたので、丁重な断りの言葉が返って来た。それでケンウッドは、ヤマザキとハイネも交えて夕食を一緒にどうかと改めて誘い、出産管理区長はそれで了承した。ゴーンがそっとアイダに囁いた。

「ドーマー達も貴女がいないので寂しがっていたのよ。もし貴女が1人で食堂に行ったりしたら、大勢集まって食事どころじゃなくなるわ。」
「まさか・・・」

 アイダは苦笑した。

「口うるさいオバさんがいなくてホッとしていた筈よ。でも火星の話題を聞きたがるわよね、きっと。」

 重力休暇に入っていた執政官が宇宙から戻ると、ドーマー達は興味津々で情報を集めにやって来るのだ。彼等自身が直接宇宙の情報を得ることが出来ないので、執政官の口から聞きたがる。アイダの長期不在の理由を多くのドーマー達は知らない。だから彼女が旅行に出かけていたと思う若い連中は多いのだ。
 ケンウッドは彼女が夫の様子を知りたいだろうに何も言わないのを気の毒に感じた。周囲には人が多過ぎて、プライベートな話題は避けねばならなかった。だから、彼はこれだけ言った。

「そろそろ局長は庭園で昼寝でもするかな・・・」

2018年7月2日月曜日

待機者 6 - 1

 夜が明けたが、空はまだ真っ暗で、いつも通りに朝の運動に出た人々は暗い天井を見上げ、意味なく不安を覚えた。実際のところ嵐はドーム自体に何の被害も与えず、ドーム事業も妊産婦達が出入りする交通手段が遮断されているだけで運営に問題はなかった。
 家に帰るのが遅れている女性達をケンウッド長官とゴーン副長官は珍しく出産管理区に直接出向いて励ました。シティに宿泊して妻と赤ん坊を待っている夫達の無事を伝え、遠い自宅が自然災害の被害を受けていないか、確認の為に外部との連絡回線を増やして女性達に少しでも安心してもらおうと努力した。
 女性達から感謝され、可愛らしい赤ん坊達の寝顔に心を癒され、長官と副長官はスタッフ区画の区長室に戻った。そこでは区長代理として副区長のシンディ・ランバートが仕事をしていたのだが、驚いたことに彼女の横にアイダ・サヤカ博士が座っていた。アイダは長官と副長官が入室したのを見て、立ち上がった。

「お早うございます、ケンウッド長官、ゴーン副長官。長い間勝手させて頂いて申し訳ありませんでした。」

 彼女が素早く挨拶したので、ケンウッドは喉元に出かかった質問を引っ込め、首を振って見せた。

「否、こちらこそ、君のお母様が亡くなったばかりだと言うのに地球に戻って来てくれて、申し訳なく思っている。」
「お悔やみ申し上げます。」

 ゴーンも声を掛けた。アイダは微笑んで礼を述べた。

「温かいお言葉を有り難うございます。母と私はあまり仲の良い親子ではありませんでしたが、最期を看取れて良かったと思っています。母も私がそばにいるのを理解して、子供達全員が元気で揃ったと喜んで逝きました。」

 そして彼女はさばさばした表情になった。

「親戚と兄弟姉妹と遺産分与で少し時間を取ってしまいましたが、私は私の取り分を全て子供達に譲りました。その方が私が相続するより親族が納得しやすかったからです。30年も親をほったらかしにして子供の面倒も見ない女が、今更親の遺産相続権を主張するなどとんでもないと考える親族もいましたので。」

 ケンウッドは彼自身の親が亡くなった時のことを思い出した。彼の兄弟は少なく、親戚も数人しかいなかった。彼が遺産を整理してみんなに分配したのだ。もらって大喜びする程の財産はなかったが、親族は皆満足してくれた。
 ランバート博士が言った。

「私も故郷を出る時に、相続権を放棄すると言っておきましたよ。」

 ゴーンがびっくりして医師を見た。

「どうしてなの?」
「地球で何が起きるかわかりませんもの。それに・・・」

 ランバートはニヤッと笑った。

「地球勤務の人間はあまり頂いたお給料を使いませんでしょう? 先輩達は結構な額の貯金をしてコロニーに戻って来ましたから、私は親の遺産を宛にするより、自分で稼いだ方がずっと儲かると思ったのです。」

 これにはケンウッドもゴーンもアイダも笑うしかなかった。
 室内が静かになる頃合いを見計らって、ランバートがケンウッドに申し出た。

「長官、アイダ博士は長旅でお疲れです。それにさっき留守中の私の仕事の記録を見て、完璧だと仰って下さいました。ですから、もう一日私にここを任せてお休みを取るように、長官からアイダ博士に言って頂けます?」
「そう言えば・・・」

 ケンウッドとゴーンは顔を見合わせた。ゴーンが尋ねた。

「カイロ宇宙港の混雑ぶりが半端でないと聞いたけど、よく座席が取れたわね?」

 するとアイダ・サヤカは誇らしげに微笑んだ。

「南周りの航空機に乗って、インド洋と太平洋を超えて来たのよ。」
「なんだって?!」

 ケンウッドはびっくりした。

「すると君は西から帰って来たのか?」
「はい。反対方向から回った方が早いと、空港で知り合った地球人に教えてもらいましたの。」

 ケンウッドは、やられた、と呟いた。

「地球が丸いってことを忘れていたよ!」



2018年7月1日日曜日

待機者 5 - 5

 ドームは緯度が高いので滅多に暴風雨の中心に直撃されないのだが、今回のハリケーンは勢力が半端なく強かったので、付近の海上を掠めただけでもかなりの雨と風がその地域を襲った。

「中心がドームの右を通ったから、この程度で済んだ。」
「右? どっちから見て?」
「赤道からだよ。」
「北極でなく?」
「うん。赤道からだ。」

 ドームは壁を変化させて外の様子を見せないようにすることも出来たが、ドーマー達は地球人だ。外の地球人が体験していることを、せめて感覚だけでも体験させてやろうと、普段通り内側から外を見えるようにしてあった。外から内側を見ることは出来ないが。
もっとも強烈な雨と湿った空気は視界を悪くしており、草原の向こうのシティのビル群が全く見えない。ドーマー達は天空を翔る稲妻を不安げに見上げたり、綺麗だと見とれたり、性格によって様々な反応を見せた。

「ドーマーに雷の音を聞かせてやったらどうだ?」

とヤマザキ・ケンタロウが執政官幹部会議で提案した。

「光だけでは雷の怖さを感じないだろう?」

 執政官幹部会議は、嵐でドームに来られない妊婦の出産をサポートするものだ。居住地域で足止めを食っている妊婦達は支局が用意した病院などの施設でお産に臨む。執政官達はネット中継で現地の医師と連絡を取り合い、緊急事態の対処方法の教授などのサポートをしているのだ。当然ながら出産管理区の医師達が小会議室に集まっていた。
 副区長のシンディ・ランバート博士は持ち場に残っている。収容中の女性達のケアも当然しているので、出産管理区は大忙しだ。この緊急時に区長のアイダ・サヤカはまだ帰って来られない。前日にカイロに着陸してから丸一日連絡が取れなかった。ケンウッドがカイロ宇宙港の様子を現地アフリカ・ドームに問い合わせると、大西洋を渡れない人々が航空機のキャンセル待ちに殺到して大混雑していると言うことだった。

「アメリカの暴風雨が収まっても、航空機の座席確保にはかなり時間がかかりますよ。ヨーロッパ経由も塞がってますからね。」

 アフリカ・ドームの副長官が説明してくれた。

「通信回線も雷などで混乱しているので、個人の端末では繋がらないでしょう。お宅の出産管理区長が連絡して来られなくても、そんなに心配は要らないと思います。」

 アフリカの大らかさだろうか、相手はそんなに気にしていない。だが、連絡が取れない相手が親友で、親友の妻で、ドームの最高幹部の1人なのだ、もっと真剣に対応して欲しい、とケンウッドは内心不満に感じながらも礼を言って通信を終えた。
 ハイネには電話で、サヤカは飛行機のキャンセル待ちで時間がかかりそうだよ、と言っておいた。ローガン・ハイネ・ドーマーは、そうですか、と一言応えただけだった。
 嵐は夜通し続き、ヤマザキの提案は無視されたが、絶え間なく光る稲妻にドーマーだけでなくコロニー人も心穏やかでない時間が過ぎて行った。