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2019年7月2日火曜日

オリジン 2 5 - 3

 ハイネは全責任は己が一人で背負い込むと言ったが、ケンウッドは長官として親友として、そんなことはさせなかった。第1、ジェリー・パーカーが働いているクローン製造部にはきちんと事情を話しておかねばならない。
 ケンウッドはクローン製造部の責任者で副長官のゴーンにも責任を負わせることに躊躇したが、彼女を一人蚊帳の外に出して置く訳にもいかず、当該部署の執政官全員を長官執務室に招集した。
 ケンウッドの説明を聞いて、執政官達は暫し沈黙した。彼等はジェリー・パーカーが決して彼等に心を完全に開いている訳でないことを承知していた。だが同時に彼が育て親のラムゼイ博士に対して今も愛情と尊敬を抱いていることを理解していた。

「パーカーは、仇討ちに行く訳ではないでしょう?」

と一人が質問した。ケンウッドは首を振った。

「そんなことはしないし、ハイネも許可していない。ラムゼイを裏切って死に追いやった男とパーカーがネットで会話している男が同一人物であるか否か、それを確認に行くだけだ。」
「しかし、相手に実際に接触する・・・」
「そうだね。だから危険なのだ。向こうは、パーカーと言う人間の価値を理解していないだろうし、もし理解していたら、さらに危険になるかも知れない。FOKと繋がりを持っていれば尚更だ。」
「パーカーが本当は仇討ちを目的としている可能性もありますよね?」
「それは我々も考えているよ。だから、彼を制御する為にドーマーを2名付ける。」
「2名?」

 ゴーン副長官が尋ねた。

「お話では、セイヤーズが同行すると言うことでしたが?」
「セイヤーズは勿論行くさ。彼は局長命令でパーカーの護衛と監視を行う。」
「捜査目的ではない?」
「彼は捜査したいだろうがね・・・」

 ケンウッドはダリル・セイヤーズと言う男の正義感と好奇心の強さを思い出し、気が重くなった。もしかするとパーカーよりセイヤーズの方が厄介な問題になるかも知れない。
 メイ・カーティスが尋ねた。

「もう一人のドーマーは?」

 ケンウッドは物思いから引き戻された。

「パーカーの監視員、アキ・サルバトーレだ。」

 えっ! と一堂に驚きが走った。サルバトーレは優秀な保安課員だが、ドームの外に出たことがない。

「サルバトーレは抗原注射未経験者ですよ。」
「そうだ、彼の初外界体験だね。」
「活動時間は48時間しかありません。」
「だから彼が行くのだよ。」

 ケンウッドは一同を安心させようと微笑んで見せた。

「パーカーとセイヤーズはサルバトーレの体が動けなくなる前に、48時間以内にドームに帰って来なければならないのだ。」

オリジン 2 5 - 2

 ケンウッド長官はハイネ遺伝子管理局長から直接話を聞かされた時、熱が出るんじゃないかと心配した。それくらいショックだった。ハイネはこう言ったのだ。

「脳内麻薬を製造したり、若返り目的にクローンに脳移植したり、ドームからコロニー人を追い出してクローン技術を奪い、地球の支配権を独占しようと企む連中を炙り出す為に、ダリル・セイヤーズ・ドーマーとジェリー・パーカーを外で捜査活動させる許可を戴きたい。」
「その・・・」

 ケンウッドは目眩を覚えながら繰り返した。

「脳内麻薬を製造したり、若返り目的にクローンに脳移植したり、ドームからコロニー人を追い出してクローン技術を奪い、地球の支配権を独占しようと企む連中とは、実在するのかね?」
「これまでは、個々のグループが活動していた様に思われましたが、連邦捜査局が逮捕した連中を取り調べるうちに、黒幕が同一人物である可能性が浮かび上がって来たそうです。」
「何者だ? 私が知っている地球人は少ないので、聞いてもわからないかも知れないが・・・」
「セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長ミナ・アン・ダウン教授です。彼女は多くの医師を育てました。この国の医学の最高権威の1人です。彼女が教え子達に吹聴しているのです、地球の医療科学力はドームのそれに劣らないと。ドームがなくても子供は安全に産むことが出来る、ドームは最早必要ない組織である、コロニー人が地球に居る必要もない、と。」
「馬鹿な・・・」

 ケンウッドは怒りを覚えた。

「確かに地球人だけでも医療科学は発展させることは出来るだろう。しかし、ドームは必要だ。まだコロニー人の卵子がなければ、子供は産まれないのだ。地球人はそれを知らない。」
「今それを公表すれば世界中がパニックになるだけです。」
「では、どうすれば・・・」
「まず、ダウン教授を排除しなければなりません。出来るだけ自然に。」
「自然に?」
「彼女を犯罪者として逮捕し、社会的信用を失墜させ、教え子達に彼女の愚かさを悟らせるのです。」
「それと、セイヤーズとパーカーを外に出すことがどう繋がるのだ?」
「彼等を囮に使います。」
「囮?」

 ケンウッドは困惑した。

「君は自分が何を言っているのか、わかっているのか、ハイネ? セイヤーズもパーカーも地球の未来がかかっている新しい人類の父親だぞ!」
「彼等は子孫の為に、この仕事を承諾しましたよ。」

 100歳を越える老ドーマーはほんの一瞬冷酷な表情を浮かべた。

「彼等は既に多くの子孫をこのドームの地下に残していますから、子供達の為に危険を排除したいのです。自身を危険に晒すことがあろうともね。」
「ハイネ・・・」
「全ての責任は私が負います。もう老い先短い身ですから、どんな責めを負っても恐くはありません。長官、貴方はただ目を瞑っていて下さい。地球人が地球の為に勝手にやることですから。」

オリジン 2 5 - 1

 遺伝子管理局ローガン・ハイネ・ドーマーの2人の秘書達は先刻から笑いたいのを我慢して苦しい思いを耐えていた。
 局長が苦虫を潰した様な顔でデスクの向こうで横を向いたまま座って沈黙しており、デスクのこちら側では直立不動の姿勢でポール・レイン・ドーマーとダリル・セイヤーズ・ドーマーが指示を待って5分経っていた。長い5分間だった。
 やがて、ハイネが口を開いた。

「届け出なくヘリコプターを出動させたのは?」
「私です。」

 とレイン。

「航空班長に断り無くパイロットの乗務予定を変更したのは?」
「私です。」

とこれもレイン。

「輸送班の反重力ボートに人を乗せたのは?」
「私です。」
「免許取り立ての、航空班に所属していない新米パイロットにヘリの操縦をさせたのは?」
「私です。」
「民間企業の敷地内に無許可でドームのヘリを着陸させたのは?」
「私です。」

 ハイネは溜息をついた。

「ドームからの外出を固く禁じられているダリル・セイヤーズ・ドーマーを外出させたのは?」
「それも私です。」

 局長がレインに向き直った。

「6件の違反の理由を全て言えるのだろうな?」

 するとレインは横に立っているセイヤーズを指さして、平然と言い切った。

「こいつが朝寝坊したからです。」

 2人の秘書は我慢出来ずに吹き出し、慌てて顔をコンピュータの陰に隠した。

「ええっと・・・そのぅ・・・」

 セイヤーズがもじもじとしながら言い訳した。

「息子に6時に起こすよう頼まれていたのですが、私がつい寝過ごしまして、レインが息子の出勤が遅れると危惧したので・・・」
「君等は・・・」

 ハイネが2人を見上げた。

「それでもドーマーなのか? いつからマイホームパパになったのだ?」

 セイヤーズが身をすくめたが、レインは依然として平気な顔で上司を見つめていた。

「しかし、今朝の出来事で航空班も輸送班も非常事態に対処出来ることが判明しました。」

 局長は椅子をくるりと半廻転させて部下達に背を向けた。そしてネピア・ドーマーに声を掛けた。

「ネピア、こいつらをどうしてくれよう?」
「そうですね・・・」

 ネピアが珍しく暢気な声で答えた。

「レインはまた頭を丸めてはいかがですかな? 子煩悩な父親であることを忘れて暫く仕事一筋だった頃に戻って見ては?」
「セイヤーズは?」
「外に出たくて堪らないのでしたら、放り出しておやりなさい。」

 セイヤーズとレインは思わず振り返って秘書のブースを見た。秘書達はコンピュータを操作していて、2人のどちらとも目を合わせようとしなかった。
 局長が咳払いしたので、部下達はまた前へ向き直った。ハイネも彼等に向き直った。

「レイン、西海岸のメーカー達はまだごたごたしているのだろう? さっさと片付けて来い。」
「わかりました。」
「メキシコ系の組織と中国系の組織の解体を急げ。」
「では、すぐに理髪係に頭を剃ってもらって髪が今の長さに戻る迄に片付けて来ます。」

 秘書達が顔を上げると、ハイネは笑いもせずにレインに手を振って「行け」と合図した。レインは軽く黙礼して足早に部屋から出て行った。
 セイヤーズはまな板の上の鯉の気分で局長の「御下知」を待った。 ハイネは机面を指でコツコツと数回叩いてから、考えをまとめたようだ。

「セイヤーズ、髪を染めろ。」
「はぁ?」
「眉毛も同じ色に染めて、外に出るのだ。仕事をさせてやる。」


オリジン 2 4 - 10

 航空班からの苦情の電話を終えて間も無く、また電話が掛かってきた。ネピアが取り次ぎ、しかめっ面で局長に告げた。

「輸送班からです。」

 輸送班は、ドームの外で航空機を飛ばす航空班とドーム内で物資の運搬を担当する運送班の総括部門だ。航空班の苦情の件かと思いながらハイネが出ると、違った。

「局長、運送班の反重力ボートに、遺伝子管理局の職員が乗っかってゲートに向かったと言う報告が入っていますが?」
「反重力ボートに局員が乗った?」
「当該運送班員を特定して質問したところ、局員のレイン・ドーマーに呼ばれて緊急事態と言うことで、3名を乗せて走ったと言うことです。」

 反重力ボートは荷物専用の運搬車両で、人が乗ることは許可されていない。コロニー人すら乗れないのだ。乗せて良いのは、治療を一刻も早く必要とされる急病人だけと限定されている。ハイネは確認した。

「レインが自ら運送班を呼んだのだな?」
「はい。運送班の記録に残っています。コピーが必要ですか?」
「うん。第2秘書宛に送ってくれないか。ボートに乗ったのは3名だな?」
「そう記録されています。目撃証言もあります。」
「わかった。知らせてくれて有難う。違反者はこちらで処分する。」

 ネピア・ドーマーとキンスキー・ドーマーは思わず顔を見合わせた。規則に忠実なポール・レイン・ドーマーがドーム内の規則を公然と破ったのだ。局長が電話を終えると、キンスキーが思わず呟いた。

「レインも子供が可愛いんですかね?」
「セイヤーズがせがんだのかもな。」

とセイヤーズに批判的なネピアが苦々しい表情で答えた。彼は局長が溜め息をついて書類業務の続きに取り掛かるのを眺めた。ネピア・ドーマーの感覚では、ハイネ局長は部下たちの失敗に対して甘いのだ。だが今回は遺伝子管理局管轄外で局員が騒ぎを起こしている。言葉で諭すだけでは足りないだろう。
 その時、またもや電話が掛かってきた。ネピアはうんざりして、キンスキーに「出ろ」と目で合図した。キンスキーは素直に電話に出たが、その表情が忽ち曇った。

「局長、ゴメス保安課長からお電話です。」

 ハイネは無言で電話の通話ボタンを押した。画面にゴメス少佐が現れた。

「ハイネ局長、ニューポートランド市警察から今通報が入ったのだが・・・」

 ハイネが先手を打った。

「ドームの静音ヘリが不適切な場所に着陸でもしましたか?」
「正にその通り!」

 ゴメスはハイネとは逆に愉快そうに喋った。

「どう言う訳か、民間倉庫会社の敷地内に降りたそうだ。航空機の着陸許可のない場所だったので、偶然目撃した警察官が驚いて市警本部に通報した。倉庫会社で違法メーカーでも見つかったのかとな!」

 ハイネは笑えなかった。倉庫会社はライサンダー・セイヤーズの職場に違いない。レインとセイヤーズは息子を職場へ送って行ったのだ。静音ヘリを車代わりに使って。
 彼はゴメス少佐に言った。

「事件性はないと市警本部に伝えて戴けませんか。局員2名がちょっとふざけてヘリを飛ばしただけだと。」
「ふざけて?」

 ゴメスはハイネの苦虫を潰した様な表情を見て、局員の暴走だな、と察した。暴走する局員は限られている。ヘリを操縦出来る局員も限られている。

「わかった。悪戯だと謝罪しておくよ。」
「申し訳ありません。」
「ハイネ局長・・・」
「はい?」
「貴方も苦労だな、才能に溢れた部下が多すぎると・・・」


2019年7月1日月曜日

オリジン 2 4 - 9

 きっとハイネは冗談を言ったのだ、とケンウッドは己の心に言い聞かせた。ジェリー・パーカーとダリル・セイヤーズの重要度は、地球人のハイネが一番理解している筈だ。それなのに2人をドームの外に出して殺人事件の捜査をさせるなど・・・
 ケンウッドが取り合わなかったので、ハイネは黙って部屋から出て行った。ドアが閉じられてから、ケンウッドはふと不安になった。ハイネは時々執政官の許可なく行動する。事後承諾でとんでもないことをやってしまうのだ。
 その日の夕食時、遺伝子管理局長はケンウッドのテーブルに来なかった。昼間と同様、内勤の局員達とテーブルを囲み、そこには元局長秘書のジェレミー・セルシウスも加わっていた。セルシウスは普段妻と夕食を摂るのだが、この時は別行動だった。きっと分業の件で局長に呼ばれたのだろう。妻の方は養育棟の同僚と一緒だった。
 ヤマザキは仕事のシフトの都合で夕食時間が合わず、ケンウッドは一人で食べ、一人で運動施設を利用した。ジェリー・パーカーと出会ったら、局長におかしな考えを吹き込むなと忠告したかったが、出会わなかった。
 翌朝、いつもの様にジョギングしていると、ハイネに追い越された。朝の挨拶をすると、地球人はケンウッドに話しかける余裕さえ与えずにさっさと走り去った。これもいつものことなのに、ケンウッドは彼に避けられた様な気がした。
 ローガン・ハイネは別に長官を避けた訳ではなく、意地悪しているつもりもなかった。パーカーの希望を叶えてやる為に、どうやって長官を納得させようかと考えていただけだ。執務室で日課に取り組んでいると、電話が掛かってきた。第1秘書のネピア・ドーマーが取り次いだが、彼は酷く困惑していた。

「局長、航空班長からお電話です。なんだか酷くご立腹の様子で・・・」
「?」

 航空班は遺伝子管理局の職員を全米に運ぶ仕事をしているので、遺伝子管理局と密接に連絡を取り合っている。だが、班長と局長が直接話し合うことは滅多にない。実務的な用件が殆どなので、局長は事後承認を与えるだけだ。
 班長を怒らせる様なことを言ったかな? 程度の感想で、ハイネは電話に出た。

「ハイネだ。」
「グリューネルです。」

と航空班長が不機嫌な声で名乗った。

「遺伝子管理局の局員が私に無断で静音ヘリを操縦して飛んで行きました。正規パイロットを機体から下ろして、連中だけで出かけたんです。一体何なのですか? 局長のご命令ですか?」

 ハイネは話が読めなくて困惑した。

「何の話をしているのか、グリューネル・ドーマー?」
「ですから・・・」

 航空班長は、遺伝子管理局の職員2名と若者1名が、静音ヘリのパイロットにヘリを貸せと要求し、班長にフライトプランも出さずに無断でドーム空港から飛び立ったのだ、と語った。

「何処へ行った?」
「私も知りたいです。GPSでは、ニューポートランド近郊へ向かっていますが・・・」

 その地名にハイネは聞き覚えがあった。そしてヘリを無断拝借した人物も心当たりがあった。

「局員2名と若者1名と言ったな?」
「そうです。」
「レインとセイヤーズ、彼等の息子の3名ではないのか?」
「ご承知なのですか?」
「承知しておらん。彼等が出かけたと聞いたのは、君の口からが最初だ。」

 ネピア・ドーマーが小声で話しかけた。

「今日はライサンダー・セイヤーズが外へ戻る日です。」

 ハイネは秘書を振り返り、頷いて見せた。そして航空班長に言った。

「用事が済めば、レインとセイヤーズは戻ってくる。ヘリが空港に戻ったら、彼等に局長執務室に直ちに出頭せよと伝えてくれないか?」

 彼はグリューネル・ドーマーを宥める為に付け加えた。

「2人には私から灸を据えておく。」


2019年6月30日日曜日

オリジン 2 4 - 8

「駄目だ!!」

 ケンウッドは思わず怒鳴ってしまった。ハイネ局長が予告なしに長官執務室に現れるなり、ジェリー・パーカーをドームの外に出す許可を求めたからだ。しかも理由は、サタジット・ラムジー殺害容疑者の特定だ。

「気でも狂ったか、ローガン・ハイネ! パーカーは貴重な地球人のオリジンだぞ! ドームの外に出して逃げられでもしたらどうする? 否、FOKやラムゼイの残党に拐われたりしたら一大事じゃないかっ!」

 思ったことを早口で言ってしまってから、ケンウッドは自身が大声を出していたことに気が付いた。ハイネに大声で怒鳴りつけるのはご法度だ。幼少期から大事に育てられてきた老ドーマーは、大声で叱られた経験がない。だから成人してからも、誰かが近くで不意に大声を出すと怯えるのだ。
 果たして、ハイネは硬い表情でケンウッドを見返して立っていた。だがその目は固い決意を保っていることを示していた。真っ直ぐ長官を見つめているのだ。ケンウッドは自身が狼狽えていることを隠そうと努力した。声のトーンを落として話しかけた。

「つまりだ、ハイネ、パーカーは地球にとって大事な人物だ。まだこの先数年は地球人の父親としてここで頑張ってもらわねばならない。残虐行為を平気で行う悪党と直接対峙させる危険は冒せないのだよ。」
「何もパーカーを一人で外に行かせるとは言っておりませんが。」

とハイネが言い返した。ケンウッドは心の中で身構えた。さぁ始まったぞ、と呟いた。怯えさせられた仕返しに、ハイネはとても意地悪になる。故意に遠回しの言い方をしてこちらを混乱させるのだ。
 ハイネが続けた。

「重要人物のジェリー・パーカーが一人で外に出るのが危険なのでしたら、もう一人一緒に行かせてみては如何ですかな? 普通のドーマーやコロニー人の学者ではなく、もう一人重要な人物を同行させるのです。」
「もう一人の重要人物?」

 ケンウッドは考え込んだ。そんな人間がいたか?
 ローガン・ハイネがまるでからかうかの様な口調で答えを言った。

「ダリル・セイヤーズ・ドーマーを使いましょう。」
 

オリジン 2 4 - 7

 ジェリー・パーカーとローガン・ハイネ遺伝子管理局長はゆっくりと庭園を歩いて俗世に向かっていた。

「人捜しは進展があったか?」

とハイネが尋ねた。パーカーは頷いた。

「少しだけ・・・」

 彼は簡単に説明した。ライサンダー・セイヤーズの協力でドーム内からはアクセス出来ないエロサイトの一つで問題の運転手と思われる人物を発見したこと。その人物はマツウラと名乗り、そのサイトの管理人をしていたこと。ライサンダーが探りを入れるとマツウラは他にもサイト運営をしており、そちらでは「牧童頭」と名乗り、精力剤などの怪しげな薬品の通信販売をしていること。そのサイトはドーム内からでも見ることが出来るので、パーカーはライサンダーに指示を出して利用者の通信欄で書き込みをしてもらい、自分の存在を管理人にアピールしている最中であること、等だ。

「エロサイト?」

 神様みたいに神々しい容姿のハイネの口からそんな単語が発せられるのは、奇異な感じがする、とパーカーは思った。

「若い綺麗な男を斡旋する売春サイトです。」
「表向きは薬を販売して、その客の中から何人かを選んで裏商売に誘い込む訳だな。」
「局長、よくわかっておられる。」
「その男がラムゼイの第2の運転手である確証は掴めたのか?」
「ネット上の出会いですから、確証は無理です。やはり本人に会ってみないとね・・・。しかし、彼の顔を知っている連中は刑務所の中だし、俺は外に出られない。」
「囚人に協力させることは不可能なのかね?」
「減刑を条件にするとしても、信用出来る人間はいませんね。連中を部下にしていた俺が言うのもなんだけど・・・。彼等には俺ほどもラムゼイ博士に対する忠誠心はありませんから。」

 庭園の出口に近づくと通行人が増えてきた。遺伝子管理局と中央研究所は庭園から出ると左右に分かれることになる。

「さっきは楽しかったです。」

とパーカーは局長に別れの挨拶をした。

「ほんの一瞬ですが、子供時代を思い出しました。博士とシェイと俺の3人で野原で遊んだ記憶です。意外でしょうけど・・・」
「そうかな?」

 局長が遠くを見る目をした。

「サタジット・ラムジーは息子を愛していた。君にその面影を求めていたのかも知れないな。」

 彼はパーカーを見た。

「ジェシー・ガーを捕まえたいのだろう?」
「勿論。」
「外に出るか?」
「えっ?」

 パーカーは思わず足を止めた。ハイネは立ち止まらずに遺伝子管理局に向かって歩きながら言った。

「コロニー人に相談してみよう。」
「それは・・・」

 パーカーは小さな声で呟いた。

「この俺を信用してくれているってことですか・・・」

オリジン 2 4 - 6

 初夏になると空調が効いたドームでも暑く感じられる様になる。つまり、太陽が偉大だと言う証拠だ。
 ローガン・ハイネは昼食後、いつもの様に昼寝に出かけた。但し、いつもの庭園の芝生ではなく、ドームの壁際の、秘密の寝床だった。壁の向こうは初夏の花畑でとても綺麗だ。多くのドーマー達は回廊の窓からそれを見物するが、庭園や施設の建物の裏手に回って壁まで行こうとはしない。壁はドームの内側からは透明で何もない様に見える。ドーマー達は幼少期にぶつかると危険だから近づかないようにと厳しく言いつけられて育つ。成人してもそれを守っているので、滅多に壁の際に行かない。だから、ハイネは壁の仕組みを発見して以来、一人だけの昼寝場所として使っていた。
 壁の窪みに体を入れて目を閉じた。早朝に若い内勤のドーマー達に生死リストの目通しを教えると告げた時の彼等の驚き具合は大きかった。神聖な局長業務だと思っていた仕事を、局長自らが部下に教えると言うのだ。ある部下は、局長が引退するのかと心配したほどだ。だがハイネが、少し楽をしたいだけで、たまにはサボって休めるよう準備をしておくのだ、と言うと、彼等は肩の力を抜いた。一番若い部下が、「ネピア・ドーマーに教えられても、局長がサボるとわかってしまえば、絶対に休ませてもらえないでしょうからね」と言って、その場を笑いの渦に包み込んでしまった。
 ハイネがうとうとしかけた時、静かな足音が近づいて来た。彼の様子を伺うかの如く、用心深く歩いて来る。ハイネは目を閉じたまま呟いた。

「昼寝の邪魔をしないでくれないか。」

 接近者が足を止めた。

「すみません。ただ、貴方がどんな仕掛けで宙に浮いているのか知りたくて・・・」

 ハイネは目を開いて、首を動かした。ジェリー・パーカーが立っていた。ハイネは、君か、と呟いた。彼は上体を起こし、次の瞬間、滑り台を滑り降りるかの様に地上にすっと降り立った。 パーカーは一人だった。付かず離れず彼に付いている筈の保安課員はいなかった。どうやら監視の目を盗んで散歩に出たらしい。
 ハイネは尋ねた。

「どんな仕掛けか知りたいだと?」
「はい・・・」
「手を伸ばしてみたまえ。」

 言われてパーカーは花畑の方角へ手を伸ばした。彼の手は透明な硬い壁に阻まれた。彼が壁の存在を認識したと判断したハイネは声を掛けた。

「それが壁だ。硬いだろう?」
「ガラスの様です。」
「宇宙船の外壁用素材だ。特殊超合金で、ダイアモンドより硬い。しかし・・・」

 彼は2,3メートル内側に移動し、いきなり花畑に向かってジャンプした。パーカーが呆気にとられる目の前で、彼は空中で斜めに体を傾けた状態で停止した。そして柔らかい物の中でもがく様に手足を動かし、胴を捻って体を反転させ、顔を上に向けた。パーカーを振り返って微笑んだが、それは悪戯に成功した子供の様に無邪気な笑みだった。

「やってみたまえ。」

 パーカーは先刻手に触れた硬い感触を思い出し、あんな硬度の壁に突進したら怪我をするんじゃないか、と思ったが、現に目の前でハイネが空中に浮かんでいるので、覚悟を決めた。真似をして2,3メートル後退してから、勢いをつけてジャンプした。
 彼の体はフワフワした柔らかい物に受け止められ、宙に浮いた形で止まった。あまりにフワフワしているので、顔が真綿で包まれた様になって呼吸が出来ない。彼は慌てて体を捻り、上を向いた。大きく息をつくと、ハイネが笑った。

「上手く出来たじゃないか。」
「なんなんです、これ?」
「特殊超合金の性質を利用した私の昼寝場所だよ。」
「その特殊超合金の性質とは?」
「宇宙船は光速で移動する。宇宙空間にはたくさんのゴミが漂っていて、宇宙船に衝突することが頻繁にある。そんな時に外壁が硬いままでは船体に受けるダメージが大きくなるだろ?だから平素は硬いが、動体が衝突すると緩衝材の様になって衝撃を和らげるのだ。
 ドームの内部から見ると壁が無いように見える。ドーマー達が知らずにぶつかると怪我をする。だからコロニー人達は人がぶつかると緩衝材に変化する特殊超合金で壁を造った。」
「ドーマーはこの壁の性質を知っているんですか?」
「コロニー人はドーマーにそんなことは教えない。地球上で必要のない技術は教えないのだ。」
「すると、この昼寝場所は、貴方が発見されたのですね?」
「恐らく、私だけが知っている場所だな。」

 ハイネは片眼を瞑って見せた。

「誰にも口外するなよ。昼寝は一人で楽しみたいのでね。」
「俺も昼寝させてくれたら、喋りませんよ。」

 それから20分ばかり2人は黙って目を閉じていた。
 パーカーは、育った中西部の平原を想った。春になると一面の花畑になった。幼かった彼は、やはり幼かったシェイと2人で隠れ家を抜け出して野原で遊び回った。やがてラムゼイ博士と用心棒が探しに来て、2人を捕まえて家に連れ帰った。お花の首飾りを壊されてシェイが泣いた。博士にあげようと思ったのにと。
 次の日、博士が自ら2人の手を引いて野原に出かけた。ヘビや毒虫がいないことを確認してから、2人は遊ぶことを許され、用心棒付きでピクニックをした。
 パーカーの数少ない幸せな子供時代の記憶だ。

「休憩時間終了!」

 ハイネの声で、パーカーは現実に引き戻された。ハイネが両腕を伸ばして伸びをすると、壁が硬くなって、彼は滑り降りた。パーカーも真似て、するりと地面に降りた。

オリジン 2 4 - 5

 ローガン・ハイネは極稀に鬱になる。だがそれを乗り越えると、すぐにいつもの陽気な男に戻る。翌日の早朝ジョギングで出会ったハイネは、ケンウッドに元気よく「おはようございます!」と声を掛けてさっさと追い越して走り去った。ケンウッドはのこのこ走るヤマザキ・ケンタロウとコロニー人らしくそこそこにスピードを抑えて走り、シャワーを浴びて朝食の為に食堂へ行った。珍しくハイネは他の若いドーマーが集まっているテーブルにいた。外勤の職員ではない。内勤専門の事務方だ。食事をしながら若者達と語らっているので、どうやら例の分業の話らしい。若者達は局長が同じテーブルに来るだけでも緊張するのに、局長の仕事を習うように言われて緊張に「ど」がついた様な硬い表情になっていた。気の毒にと思いながらも、ケンウッドは今まで内勤の遺伝子管理局員に注意を向けなかった自身を反省した。ドームの花形である外勤局員と違って内勤の男達は地味だ。維持班の様に目立つこともない。本部の外で仕事をする訳ではないので、顔も仲間のドーマーにあまり知られていない。だが、今改めて見ていると、どの男も利発で聡明な顔をしていた。身体能力のほんの僅かな差で外勤と内勤に振り分けられたのだ。彼等だって広い外界で働きたかっただろう。
 ケンウッドとヤマザキが食事を始めて間も無く、内勤のテーブルで笑い声が起こった。食堂内のドーマー達が振り返るほどだ。笑いの中心はまだ幼い顔つきの若者で、何か冗談を言ったのだろう。隣の同僚に小突かれている。ハイネさえ笑っていた。その笑いでテーブルの一同の緊張がほぐれたらしく、彼等は局長も交えて雑談を始めた。
 やがて少し遅れて外勤のグループが現れ、班毎に一日の業務の打ち合わせを兼ねた朝食会を始めた。その頃にはハイネ局長は食事を終え、数人の部下と共に席を発って職場へ向かって行った。
 ケンウッドが遺伝子管理局のドーマー達に気を取られているので、ヤマザキが咳払いして注意を促した。

「食事の手が止まってるぞ、ケンさん。」
「え? ああ・・・」

 ケンウッドはバツが悪そうに食べ物を口に運んだ。ヤマザキがフォークで内勤のテーブルを指した。

「保養所の計画が出来たら、あの連中を最初に外に出してやらないか? 維持班にそれとなく提案してみるよ。外に出る順番を決めるのは維持班だろうから。」
「それは良い考えだ。だが、ハイネは絶対に出すな、と言うのを忘れないでくれないか。」
「当たり前じゃないか。僕が大事な患者を外に放り出すとでも?」

 ヤマザキにとっては、ローガン・ハイネはまだ彼の大事な重症患者だった。

「もう少し彼を野外活動訓練プログラムに参加させないとね。」
「ハイネはもう料理は2度と御免だと言っていたが?」
「どうかな? チーズを使う料理だったら喜んで参加するんじゃないか?」



2019年6月29日土曜日

オリジン 2 4 - 4

 書き換え決行日はまだ確定していなかったが、ケンウッドは仲間と手順の確認をしておいた。ハイネは局長業務を2人の秘書に任せることを承知した。ヤマザキは狭い部屋に篭る4名の最高幹部の健康に問題が生じたら直ちに駆けつける用意をする。マザーコンピューターの書き換え作業の最中に部屋に入ることが出来る部外者は、医療区長だけなのだ。
 夜が更ける頃に話し合いが終わり、ペルラとヤマザキは帰って行った。ハイネは残って小さなキッチンでグラスを洗ってくれた。ケンウッドでも出来る家事だ。だからケンウッドは遺伝子管理局長が何か言いたいことがあるのだなと見当を付けた。

「先刻の、局長業務の分業化について何か言いたいのかね?」

 彼の見当は当たっていた。ハイネはグラスを拭いて棚に仕舞ってから、ケンウッドを振り返った。

「日課を部下に渡してしまったら、私には何が残るのです? 最終段階の署名だけですか?」

 老ドーマーは、役立たずと見做されてしまうことを恐れているのだ。彼には薬剤師としての経歴と知識があるが、今更遺伝子管理局長を薬剤管理室が労働者として受け入れる筈がない。しかしローガン・ハイネには、それ以外に手に職がなかった。
 ケンウッドは優しく微笑んで見せた。

「君にやってもらいたいことは沢山あるさ。」

 彼はハイネに向かいの席に座るよう指図した。ハイネは素直にソファに座った。

「ドーマーの社会復帰計画を会議で話しただろう? 君は維持班総代と共にその指揮を採ってもらわねばならん。まだ明確な方向もわかっていない計画だ。つまり、君は立案から取り掛からねばならないのだよ。」
「外の世界を知らない私に、計画を立てろと仰るのですか?」
「立てられるだろう? 君はリュック・ニュカネンに出張所を設置させた。あの時君の話の流れの持って行き方は見事だったよ。だが君はセント・アイブスと言う街を全く知らなかったじゃないか。」

 ローガン・ハイネは歳のせいで臆病になっているのか、とケンウッドは案じた。それとも、20年以上毎日こなしてきた仕事を取り上げられるのかと心配しているだけなのか。
 ハイネが溜め息をついた。

「地球に女の子が誕生し始めたら、ドームは役目を終えます。ドーマー達は外の世界へ戻って行きます。その時、私は何をしているのでしょう。その時私が生きていればの話ですが・・・。」

 地球に女子が誕生するか否か、最初に確認されるであろう時期は、今から早くて15、6年後だろう。その程度の時間なら、ハイネはまだ丈夫で生きている筈だ。ケンウッドは励まそうと試みた。

「私だって、その頃には長官ではないだろうし、お払い箱になっているかも知れないな。しかしハイネ、ドームはなくなりはしないよ。妊婦と新生児の為の重要な施設に変わりはない。地球人類復活委員会がいつまで存続するのか、誰もまだわかっていないが、もし彼等が撤退してもドームの施設は地球側に譲渡される。それが各国首脳と委員会の約束なのだ。ドームは、産婦人科の巨大な病院として存続する筈だよ。それに遺伝子の管理は当分必要だ。近親婚は防がなければいけない。一番心配されるのは、地球人類保護法の改正もしくは廃止だ。宇宙から地球へやって来る人口が必ず増加する。今迄一生出会うことがなかったクローン女性とオリジナルの女性が出会う可能性がゼロとは言い難い。彼女達の子供同士が出会って恋愛に発展するかも知れない。そんな場合に備えて、遺伝子管理の業務は続けようと言うのが、委員会の意見だ。」

 彼はハイネに優しく言った。

「アイダ・サヤカだってまだずっと先まで働くだろう? 彼女も必要とされているんだ。」

 彼は体を前に乗り出して、親友の肩に手を置いた。

「君とサヤカは堂々と夫婦として名乗れるんだぞ。一緒に働けるのだ。」

2019年6月27日木曜日

オリジン 2 4 - 3

 ケンウッドはアパートの自室で書き換えの日に備えて打ち合わせ会を開いた。出席者はハイネ、ヤマザキ、ペルラの3名で、実質飲み会のメンバーなのだし、実際酒を飲んだのだ。しかし立場上ドーマーに飲酒させていることを公表出来ないし、本当に打ち合わせもしたのだ。
 ヤマザキが丸一日コンピューターに縛られるケンウッドとハイネの健康を案じて、端末を使っただけだが、簡単に健康診断を行った。そして書き換え作業の合間に端末を用いて日課業務を行えると言ったハイネに、余計な仕事はするなと忠告した。

「確かに君の能力なら両方の作業をこなせるだろうけど、精神的肉体的に余裕を持たせて仕事をして欲しい。君は認めたくないだろうが、100歳ってぇのは、無理して欲しくない歳なんだぜ。」
「それに、万が一間違えられては困ります。折角女の子誕生が目の前に迫ってきているのに・・・」

とペルラがヤマザキに味方した。ハイネが眉を上げて睨みつけるフリをすると、彼は言葉を追加した。

「そろそろお仕事の形態を変えてみては如何でしょう?」
「形態を変える?」
「日課を局長だけの仕事とする時代は終わりになさっては如何です?」

 ケンウッドとヤマザキはペルラの発想に感心した。遺伝子管理局長が日々行っている作業は、分業出来る筈だ。出生届けと死亡届け承認だ。地球人類復活委員会が発足して、遺伝子管理を地球人にさせようと決めた時、生死の公式承認をするのは局長の仕事と委員会が決めたのだ。しかし、膨大な人名のリストと届出書類に目を通して承認するのは、局長でなくても良いではないか。局長は部下が目を通した書類の総括の最終承認をするだけで良いのではないのか。
 生まれた時から、局長職とはこんなものだと教え込まれてきたハイネは、困惑してケンウッドを見た。ケンウッドは、長官として、ドーマーの親として、そして親友として、ペルラの意見を理解し、賛同した。

「ハイネ、内勤の局員は大勢いるだろう? 生死リストが何か彼等は知っている。重要性も知っている。彼等の中から数名ピックアップして、業務内容を教えてはどうかね? それぞれに担当の支局を決めてやり、誕生と死亡を2人以上で代わり番こにチェックするのだ。彼等が承認した書類の総括の最終承認署名を君が行う。
 常々思っていたが、内勤の局員数が増えているんじゃないか? 元から内勤に就いている局員に加えて、外勤の局員が引退して内勤に異動する人数が増えているだろう? 仕事のシェアをするなら、新規の業務を作るのも有りだと思うんだ。君が楽をする為に分けるんじゃない。彼等に重要な仕事を与えて外勤は引退してもまだ必要とされていると思ってもらえるようにしなくては。」

 ペルラがケンウッドの意見に勇気付けられて、微笑んだ。

「局長、みんな生死リストの日課が重労働で外の人間にとって最重要の仕事だと理解しています。それを任されるのは名誉ですよ。」


2019年6月23日日曜日

オリジン 2 4 - 2

 プログラムの書き換えの準備はできているのだが、まだ月からはゴーサインが出ない。書き換えには、それぞれのドームのセキュリティ最高責任者4名が揃わなければならないのだが、地球全体のドームの最高責任者達が24時間もかかる書き換え作業に携われる日程を揃えるのが難しいのだ。
 実際、ケンウッドのアメリカ・ドームでもゴーン副長官はクローン製造部の責任者でもあり、取り替え子のスケジュールが詰まると手が空かない。それに彼女はドーマー達の健康管理責任者でもあり、新しく始まったドーマー社会復帰計画の打ち合わせので維持班の代表達と頻繁に会議を開いている。なかなか時間が取れないのだ。
 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長も日々の日課があるし、外勤の部下の活動内容によっては連絡の遣り取りで忙しく、書き換えをしている暇がない時も度々だ。
 ゴメス保安課長だって、新規設置の保養所の警備システムの構築に頭を悩ませている。
 そしてケンウッド自身もドームの財政や執政官の管理など、多忙だ。
   保安課長と遺伝子管理局長は羊水の製造方法に関して全く無関係なのだから、書き換え手順から外れても良さそうなものだが、マザーコンピュータの書き換えは月で行われ、地球の各ドームのアクセス権がプログラムの各章毎に更新を必要とされるのだ。もしどこかのドームで一人だけ欠席しても、月のマザーコンピュータ本体が動かない。だから全員の都合がつく日が要求されていた。
 それなら、とケンウッドは思った。全員の都合を待つのではなく、全員で都合をつければ良いではないか、と。
 出張から帰って来て1週間、ケンウッドはデスクワークに飽きて、自身で休業時間を長めに取った。午後、秘書達が仕事を終えて帰宅すると、彼も執務室を出て、運動施設に行った。ジムで軽く筋肉トレーニングをして、球技場へ行った。ドーマー達も1日の仕事を終えて運動に来る時間帯で、どの施設も人が多かった。彼は少し考えてからバスケットボールを選択した。長官がバスケットボールをするイメージが湧かなかったのだろう、ドーマー達も若い執政官達も驚いていたが、直ぐに互いの業務上の立場を忘れてプレーに没頭出来た。ケンウッドは2回シュートを成功させたが、チームは負けた。気持ちの良い敗北だった。ドーマー達は長官が重力に対する鍛錬を欠かさないことを改めて認識した。若い執政官達は努力の人ケンウッドを尊敬の眼差しで見た。
 球技場から出たところで、ハイネ局長とヤマザキ医療区長に出会った。ヤマザキは団体競技は好まないので、単独で運動するハイネとよく一緒に施設を回っている。もっとも半分は、ハイネが肺に無理をさせないよう、見張っているのだ。彼はケンウッドが汗にまみれて現れたので、顔を綻ばせた。

「血色が良いじゃないか、ケンさん。近頃執務室に閉じこもって青い顔をしていたから、心配していたが、どうやら安心出来そうだ。」
「そんなに私は青い顔をしていたのか?」

 ケンウッドが驚くと、ハイネが笑った。それで、からかわれたのだと悟った。

「君達も一汗かいたようだが、格闘技でもやったのかい?」
「うん、珍しくハイネが僕の相手をしてくれてね。」

 ヤマザキは局長に片目を瞑って見せた。

「柔道の手合わせをしてくれたんだ。」
「ケンタロウは小柄ですが、結構強くて・・・」

 ハイネが言った。

「もう少し上背があれば、私を投げ飛ばしていたでしょうな。」
「この爺さんは図体がでかいから、投げにくいんだよ。」

 ケンウッドは彼等の柔道の試合の結果が想像出来た。

「要するに、君は負けたんだね、ケン。」
「ハイネに勝てたら、保安課に鞍替え出来るだろうさ。」

 ヤマザキは自身が負けたとは意地でも言わなかった。

2019年6月20日木曜日

オリジン 2 4 - 1

 次の週末、と言ってもドームの住人にとっては余り関係ないが、外から来る人々の周期的訪問によって曜日を意識する事もある。
 ローガン・ハイネは金曜日の午後、時間が出来たので運動施設でスカッシュをしていた。若い対戦相手がいたが、彼の成績を脅かす存在ではなく、彼が相手をしてやっていると言う雰囲気で、向こうも練習と教授してもらっていると言う意識だった。
 軽く1セット試合をすると、ハイネは相手を相手と同等の腕を持つ人に譲った。彼にとっては体をほぐす程度の運動だったな、と思っていると、「こんにちは」と声をかけて来た者がいた。振り返ると、ライサンダー・セイヤーズがいた。ラケットを持っているので、スカッシュをするつもりだとわかった。ハイネが「ヤァ」と返事をすると、ライサンダーは対戦を申し込んで来た。ハイネは快く承知して、2人はプレーをした。
 ライサンダーはなんとかハイネから2ポイント取ったが、結局敗れた。それでも運動して気持ち良さそうに笑顔で終了の挨拶をした。

「有り難うございました。楽しかったです。でも2点しか取れなかった・・・」
「私から2点取るなんて、なかなかの腕だぞ。最近の若い者は遊ぶだけで技術を磨こうとしないからな。」

 ライサンダーが不思議そうな顔をした。若く見えるハイネが年寄りじみたことを言ったからだ。しかしハイネは気がつかなかった。
 彼はドーマー達の間で少し話題になっている質問をしてみた。

「君の子供は順調かね?」
「はい。元気そのものだと副長官が言ってました。」

 そしてライサンダーはふとあることを思いついた。

「副長官が、子供に声をかけるようにと言うのですが、名前がないと呼びづらいです。何か良い名前はありませんか?」
「君の子供の名前だと?」

 ハイネはちょっと驚いた。胎児に名前を付けるのは早過ぎることはないが、何故俺に訊くのだ? と言う思いだ。

「君の親達と相談して付ければ良いだろう?」
「親達の意見はバラバラなんです。」

 ライサンダーは白い髪の大柄の美しい男がドームの中の実力者ではないかと考えていた。先刻彼の前にハイネと対戦していたドーマーも、周囲の他のドーマー達もハイネに対して慇懃に接している。偉い人に違いない。だから、相手の名前を直接尋ねるのも気が引けているのだ。
 ハイネは少し考えた。

「君の考えはないのか?」
「ミドルネームに母親の名前を付けてやろうと思っています。妻がいつでも娘のそばに居てやれるように・・・」

 すると、ハイネが何かを思いついた表情になった。

「ルシアはどうかな?」
「ルシアですか?」
「ルシア・ポーレット・セイヤーズだ。」

 彼はライサンダーに微笑みかけた。

「ルシアは、ダリル・セイヤーズを産んだ女性の名前だ。」

 ハッとライサンダーが息を呑んだ。祖母の名前? 今迄考えた事もなかった。勿論、父親が実の親を知らないのが原因だったが。

「ルシア・ポーレット・セイヤーズ・・・ルシア・ポーレット・・・」

 口の中で繰り返し、その名を呼んでみた。とても素晴らしい名前に思えた。ライサンダーはハイネに微笑み返した。

「有り難うございます! 素晴らしい名前です。」

 ハイネは頷くと、「では」と呟いて、スカッシュ競技場を出て行った。

2019年6月19日水曜日

オリジン 2 3 - 8

 用件が終わるとロアルド・ゴメス少佐は職務に戻って行った。ケンウッドは食事を続け、その間、ハイネ局長は静かに座っていた。やがてケンウッドは食事を終え、友人を見た。

「私達の子供達は、私の留守中、変わりなかったかね?」

 子供達とは、勿論ドーマー達のことだ。ハイネが首を振った。

「皆んな元気ですよ。」

 そして付け足した。

「パトリック・タンが職務に復帰しました。」

 タン・ドーマーの事件はケンウッドも覚えていた。若い遺伝子管理局員の健康問題は彼の心にも引っ掛かる心配事だった。だから、職場復帰したと報告されて、思わず笑顔になった。

「そうか! 良かった。まだ若いから立ち直りも早いだろうと思っていたよ。」
「周囲が気を使い過ぎず、ほどほどに労ってやったのが良かったようです。余り過保護にすると却って神経質になる質ですからな。」

 どちらかと言えば過保護になりがちなケンウッドには少々耳が痛い。するとハイネがポケットから小さな紙包みを出して彼に差し出した。

「タンが出張土産に中国のお茶を買って来てくれました。少しですが、貴方も宜しければどうぞ。」
「おお、それは有り難い。」

 ケンウッドは包みを受け取り、そっと開いてみた。花の香りに似た甘い芳香が彼の鼻腔をくすぐった。ケンウッドはまた顔を綻ばせた。

「地球の香りだ。」

 ハイネが声を立てずに笑った。
 ケンウッドはお茶の包みを自身のポケットにしまった。そして肉親の近況を尋ねようとしない親友に、パーシバル&セドウィック夫妻と子供達の様子を語って聞かせた。ローガンとシュラミスがそれぞれ地球自然環境学部を受験する事、ショシャナが音楽の道に進むことを両親に納得させて、プロのレッスンを受けている事、等々。
 ハイネはふーんと遠い出来事を聞く目で聞いていた。実際、月にいる親族は彼にとっては地球の何処かにいる親族と同様、居てもいなくても同じなのだろう。


2019年6月18日火曜日

オリジン 2 3 - 7

 その夜、午後9時近くになって、やっとケンウッドは留守中に溜まった仕事を片付け終えた。酷くくたびれていたが、空腹だったので執務室を施錠して食堂へ出かけた。一般食堂に行きたかったが、近くの中央研究所の食堂に入った。利用者は少なく、出産管理区が見えるガラス窓も半分不可視状態になっている。
 手を振る人がいたので、そちらを何気なく見ると、驚いたことにゴメス保安課長とハイネ遺伝子管理局長が同じテーブルに着いていた。ゴメスが手招きしていたのだ。ケンウッドはトレイを持ってそちらへ行った。
 彼が着席するのを待って、保安課長が「長くはかかりませんから」と言った。彼はコーヒーカップを前に置いていたが、カップは既に空になっていた。ハイネの方はお茶が半分入ったカップと半分食べかけのチーズケーキの皿を前にしていた。ゴメスがハイネを見たので、局長は「食べながらお聴きください」とケンウッドに言った。そしてジェリー・パーカーがサタジット・ラムジー殺害の実行犯と思われる男と連絡を取り合いたがっていると言った。

「パーカーは会話することで、その男の口からラムジー殺害に関与した黒幕の名前を聞き出そうと考えています。」
「黒幕を聞き出してどうするつもりだね? 敵討ちなど、とんでもないことだぞ。それにパーカーはドームから出られない。少なくとも、そんな目的を持っていると知った以上、あの幼馴染の料理人の女性に会わせる許可も出せないじゃないか。」
「勿論パーカーは現在の己の置かれている立場を弁えています。彼は相手の男が彼になら口を割るだろうと考えているのです。黒幕を聞き出したら、情報を外の警察に渡すつもりです。」

 そこでゴメスが口を挟んだ。

「保安課は外部から送信されてくる全ての情報を傍受出来ます。パーカーはそれも承知でこの案件を局長に持ちかけたのです。我々に傍受させて情報の正確性を確認させようと言う考えです。」

 ケンウッドは豆のスープを口に運んだ。せっせと手を動かすので、ハイネとゴメスは暫く黙っていた。ゴメスはコーヒーのお代わりを取りに配膳コーナーへ行き、ハイネは残っていたケーキを食べた。
 ケンウッドはメインディッシュの子羊のクリーム煮に取り掛かり、ゴメスは2杯目を飲んでしまい、ハイネはケーキを平らげた。やがて、ケンウッドが口を開いた。

「要するに、君たちはパーカーの提案に乗って彼と外にいる男の遣り取りを傍受する許可を私に求めているのだね?」
「そうです。」

 ゴメスは普段やっていることを長官に断っておきたいのだ。電波を通しての会話をただ聞き流すのではなく、聞き耳を立てて聞く。特定の個人の回線だけを追尾する。プライバシー保護の面では歓迎出来ないが、これはパーカー自身が提案した捜査協力なのだ。ケンウッドは頷いて見せた。

「パーカーが望んでいるのだから、構わないだろう。成果が上がると良いが・・・彼が黒幕以外の人間と話すことも考えられる。ドーム内の情報を語る気配があればすぐに止めさせなさい。」
「勿論です。不審な会話を始めたら通信妨害をかけます。」

 ケンウッドはまだパーカーを完全に信用仕切れない自分を哀しく思った。そんな彼の心情を知ってか知らずか、ゴメス少佐は続けた。

「しかし、パーカーの監視をしているサルバトーレ・ドーマーの報告では、彼はラムゼイの手下達のことを余り好いていなかったようです。信用していなかったと言いますか、兎に角あの男が気にかけているのは、料理係のシェイと言う女性だけです。ラムゼイを殺害した犯人を挙げることが出来るなら、彼は手下全員を喜んで司法当局に差し出すでしょう。」

 ケンウッドは食事の手を止めた。彼は呟いた。

「ラムジーは、パーカーとシェイに友人と言う者を与えずに育てたのだなぁ・・・」



2019年6月16日日曜日

オリジン 2 3 - 6

 会議が閉幕すると、ローガン・ハイネ・ドーマーはクローン製造部へ急いだ。そこで働いている男に用があった。受付のドーマーに取次を頼み、相手の業務がひと段落着く迄通路で待った。
  ジェリー・パーカーは生まれてこの方、こんなに緊張した経験はなかった。ラムゼイ博士の研究所で海千山千のメーカー達と情報交換したり、ライバルのメーカーと命のやりとりをしたこともあったが、彼はいつも心のどこかに余裕があった。余裕なのか諦めなのか彼には判別出来なかったが、落ち着かない状態に陥ったことは滅多になかった。
 逮捕され、ドームで目覚めた時も、ケンウッド長官と対面した時も、彼は緊張などしなかった。ドーマーの群れの中に放り込まれた時も覚悟は出来ていた。
 しかし、今この瞬間は違った。彼の目の前に座って彼をじっと見つめている美しい白髪のドーマーは、彼を萎縮させ、畏怖の念を抱かせた。100年以上生きてまだ彼と同じ世代に見える。これこそ人類が大昔から求めていた遺伝子、若さを保つ遺伝子を持っている人間だ。この遺伝子を開発した昔のコロニー人達は何を思い、どの様な技術で組み替えを行ったのか、そして受け継いだ子孫がどんな人生を送るか考えたことがあるのか、パーカーの脳裏に様々な思いが駆け巡った。
 互いに一対一で会うのは初めてだった。パーカーはドームに囚われて半年以上になるが、遺伝子管理局の局長と対面したのは、この瞬間が2度目だった。それも局長の方からわざわざクローン製造部に足を運び、彼が参加していた会議が終了する迄通路で待っていたのだ。
 ドーマー達を年下と見なし、子供扱いしている執政官が皆一様にこの老ドーマーには敬意を表し、言葉遣いも扱いも丁寧になる。パーカーと親しくしてくれるドーマー達、ポール・レイン・ドーマーやダリル・セイヤーズ・ドーマーやアキ・サルバトーレ・ドーマー達が親の様に慕い尊敬している人物だ。
 だから、パーカーは考えたのだ。ラムゼイ博士の仇を討つには、この人を動かさなければ駄目だ、と。
 彼のセイヤーズへの片恋をレインが察していることは気づいていた。彼が、その片恋を一生秘めておくつもりであったことも知っていたはずだ。だから、セイヤーズにキスをしたら、レインはその意味を考えるのではないか、と彼は咄嗟に思ったのだ。2人目の運転手の存在をセイヤーズがレインに伝えてくれるきっかけだ。レインがその情報を上に伝えてくれるかどうかは心許なかったが。

「やっと貴方にお会い出来ました。」

とパーカーは言った。コロニー人達にはタメ口で会話するのに、このハイネ局長には敬語を使ってしまう。

「呼ばれたから来た。」

とローガン・ハイネが言った。

「どんな用件だ?」
「外の人間と連絡を取り合う許可を戴きたいのです。」

 パーカーは遺伝子学者としてドームで働くことを認められているが、外部との接触は一切禁じられている。彼が働く内容が地球の最高機密を有する事案だからだ。

「誰と連絡を取りたいのだ?」
「貴方がお知りになる必要もないくだらない人物ですが、ラムゼイ博士の・・・いえ、ラムジー博士の運転手をしていたジェシー・ガーと言う男です。」
「博士の重力サスペンダーに細工をして博士を死に至らしめたと疑われる人物だな?」

 セイヤーズはちゃんと情報を上に伝えてくれたようだ。パーカーは少しだけ満足を覚えた。

「そうです。ガーが実行犯である確証を得て、なんとかあの男を捕まえて戴きたい。それが今の俺の唯一つのちっぽけな望みです。」
「ドームの中に居て、電話やメールのやりとりだけで確証を得られるのか?」
「なんとか言葉を引き出してみせます。どんなに時間がかかっても・・・」
「君がそのつもりでも、向こうが君との接触を止めてしまえば、それで終わりだろう。」
「ですが、アイツの居場所を知る手がかりにはなるでしょう?」

 檻の中の獣でしかないジェリー・パーカーは藁にもすがる思いでハイネ局長に訴えた。

「俺はラムゼイ博士を・・・いえ、ラムジー博士を殺したヤツ等が許せないんです。」
「ラムゼイと呼びたまえ。」

 と局長が何の感情も出さずに言った。

「我々もその名の方が慣れているし、君にはあのコロニー人はラムゼイ以外の何者でもなかったのだろうから。」
「有り難うございます。」

 ハイネは少し考えてから答えを出した。

「何の結果も得られないかも知れないが、やらないよりはましだろう。だが、私の一存で君に外部との連絡を取らせる訳にはいかないのだ。君は自覚しているだろうか? 君は地球の最高機密を扱う立場に居ると言うことを。」

 パーカーは赤面した。そんな風に思われているなんて想像もしていなかったのだ。

「これからケンウッド長官とゴメス保安課長に相談してみる。どちらか1人でも反対すれば、この話はなかったことにする。」
「わかりました。」
「もし、許可が出た場合、全ての君の通信内容はドームの保安課によって傍受され、記録される。当然ながら内容の分析も行われる。機密が漏れていないか、調べられる。」
「承知しました。」

 局長は頷いて見せ、立ち上がった。優雅なその姿が面談室から出て行くと、ジェリー・パーカーはぐったりと椅子に沈み込んだ。

 

オリジン 2 3 - 5

 パトリック・タン・ドーマーの土産のお茶を飲み終えたハイネは中央研究所へ出かけた。ケンウッド長官は予告通り昼前に地球へ帰還したのだが、消毒と昼食で少し会議開始が遅れたのだ。そしてハイネもレインとタンの帰還報告を聞いていたので、出席が少し遅れた。
 会場に入ると、執政官達は既に着席しており、ケンウッドが出張報告を始めていた。各ドームの新規プロジェクト書き換え計画の進行状況だ。ハイネが入ってくると視線を上げてこちらを見たが、遅刻に関して言及せず、そのまま話を続けた。ハイネは彼の固定席に座ると、隣の女性執政官に声を掛けた。(彼の隣は必ず女性と決まっていた。)

「今、何の話です?」
「プロジェクトの妨害工作の話です。」

 女性執政官は小声で答えた。

「失職を危惧する研究者が妨害しているドームがあるのですって。」
「ふーん・・・」

 ハイネは遺伝子管理局長間の連絡網で既に知っていたので、初めて知ったふりをして感心して見せた。

「さて・・・」

とケンウッドが言った。

「ご存知の通り、我等がアメリカ・ドームでは、ドーマーの社会復帰計画を開始しています。執政官や研究者が失職する心配はないと私は以前皆さんに言いました。」

 執政官達が緊張するのをハイネは感じた。ケンウッドがこれから何を言い出すのかと耳を澄ませて聞いている。月の地球人類復活委員会執行部や総会での決定事項が、アメリカ・ドームの計画を否定するのであれば、どうしよう、と言う緊張感だ。

「今回の総会で・・・」

 ケンウッドは会場内を見渡した。

「地球人類復活委員会は来年から新規採用中止と決定しました。つまり、今年の採用者で最後です。」

 会場内がザワッとなった。新しい研究者はもう来ない。

「その代わり、現在雇用されている皆さんは、採用時の契約年数を終えても勤務していただくことになります。もし契約年数更新を拒否される場合、勿論退職は自由です。ただ、交替要員はもう採用がありませんから、欠員補充がありません。」

 すると会場内の執政官の一人が声を上げた。

「欠員補充が必要な部署がある場合、どうなるのですか?」

 ケンウッドは落ち着いた声で答えた。

「欠員補充は、コロニー人ではなくドーマーを充てます。助手として働いているドーマーが退職者の仕事を引き継ぎます。もう女性誕生の鍵を模索して遺伝子の研究をする必要はないのです。ドーム事業は、ここで誕生する地球人の健康管理を行う業務に転向します。
私達が育てたドーマーを地球社会に戻してやる事業も同時に行います。もし、この業務形態に不満のある人は、年内に退職手続きを行うことをお勧めします。」

 場内はザワザワと私語が飛び交い始めた。ハイネはケンウッドが水を口に含んで休憩するのを眺めた。「長官」と呼ぶ声が響き、ケンウッドは振り返って壇上に戻った。何でしょう?と彼が尋ねると、声を掛けた人が質問した。

「取り替え子はまだ当分続けるのですよね?」
「そうです。新規プロジェクトで誕生する女の子が成長して次世代に本当に女性を産めることを確認される迄は、クローンが必要です。」
「では、我々の生活で一番大きく変化することは何ですか?」
「女性が誕生しない原因究明をしなくても済むことです。それだけです。今迄の研究内容を検討して、これから生まれてくるクローンの健康状態を最良に保つ環境作りを研究してください。その為に、ドームの外に出ていかれる機会が増えると思います。貴方方も地球の環境に体をなじませる努力が必要となるでしょう。また、外出の際にドーマーを同伴する規則も作ることになります。これはドーマーの社会復帰の一環にも当てはまります。」

 ケンウッドは静かになった場内を見た。

「計画の細部はこれから皆さんと話し合いましょう。何をどうするか、これは各大陸の気候と地球人の社会事情に合わせてドーム毎に異なります。我々の裁量に任されることになったのです。恐らく、これ迄以上に忙しくなります。皆さん、覚悟は良いですか?」

 静かだった場内で、誰かが拍手した。すると拍手は波紋が広がるように数が増えていき、やがて会場全体が揺れるような大きな音になった。
 ローガン・ハイネ・ドーマーは壇上で執政官仲間を見つめているケンウッドを見て、囁いた。

「貴方は本当にここに骨を埋めるつもりなのですね・・・」

オリジン 2 3 - 4

 昼過ぎにポール・レイン・ドーマーとパトリック・タン・ドーマーが遺伝子管理局本部に帰投した。2人はまっすぐ局長執務室に行き、直に報告を行った。本当は2時間前に空港に着いていたのだが、彼等はシェイのランチを食べたくて空港ビルで食事をした。タンは初めてシェイの料理を食べて感激した。何故彼女をドーム内の厨房に置かないのかと上司に愚痴った。
 報告は短かった。今回の任務は第3チームの仕事で、彼等は前日に帰投して既に報告を済ませている。レインとタンは尋問の手伝いに行き、レインが接触テレパスで黙秘するメーカーから子供の販売先情報を引き出しただけだ。
 ハイネ局長の関心は任務の結果報告ではなく、タンの健康が回復したことにあった。少し前迄他人の手が触れることを恐れ、ビクビクしていたタンだが、すっかり活き活きとした表情で、頬も血色が良い。彼はチャイナタウンで購入したティーバッグのお茶をお土産として秘書に渡した。局長秘書の若い方のキンスキーは昼休みで出ており、第1秘書ネピアがお土産を受け取った。

「ところで、チーフ・レイン、君の留守中に君の秘書が一騒動起こしたことを知っていますか?」

 ネピアが尋ねたので、レインは苦笑した。

「ええ、セイヤーズが俺に首を絞められては堪らないと事前に連絡してきました。」
「さっき食堂で執政官のグループと一悶着起こしかけましたが、なんとか巧く切り抜けたようです。若いドーマー達に彼は人望があるようですね。」
「彼は裏表がありませんからね。」

 普段セイヤーズを無視するか嫌味を言うかだけのネピアが褒めたので、レインは何か裏でもあるのかと内心勘ぐった。すると珍しく局長が部下の世間話に入って来た。

「相手はジェリー・パーカーだったな?」
「その様です。」
「暴露サイトに画像を載せられることを計算したかどうかはわからんが、君にばれることはわかっていたはずだな?」
「否、彼は俺の能力を知らないと思いますが。」
「しかし、セイヤーズは君に隠さないだろう。」
「はい。」
「パーカーは故意にセイヤーズにキスをしたのではないか? 君の注意を惹きたかったのでは?」
「俺の、ですか? 普段から彼とは会っていますが・・・」

 ふむ、とハイネは暫く考え込んだ。

「急ぎ君と会いたかったのだろうな。」

 レインは局長を眺めた。パーカーは何らかの目的を持ってセイヤーズにキスをしたのだろうか。どうも得心行かなかった。レインに会いたければJJに声をかければ済む。パーカーとJJは同じ部署で働いているのだから。
 一方、タンは局長秘書がお茶の支度をするのを横目で見ていた。

 ああ、時間が長すぎる・・・もうバッグを引き揚げて良いのに・・・

 彼が口出ししようかと思った時、やっとネピアがティーバッグを揚げた。かなり黒っぽい色になったお茶を彼は4箇のカップに注ぎ、一つを局長に、2つを部下達に、残りを自身の為に配った。 タンは黒くなったお茶をげっそりと見つめた。
 
「セイヤーズとパーカーはキスする前に何の話をしていたのだ?」
「それはまだセイヤーズから聞いていません。」
「夜中に庭園で会うと言うことは、2人で示し合わせて会ったのか、それとも偶然か?」
「それもわかりません。セイヤーズは直前まで息子の相手をしていたはずですが。」
「パーカーに聞いてみてくれないか?」
「パーカーにですか? セイヤーズではなく?」
「セイヤーズはキス騒動の収拾でパーカーと何を話したか忘れていると思われる。」

 ハイネ局長はジェリー・パーカーがセイヤーズにキスをしたのは目的があったからだと決め込んだ様子だった。
 レインが承知した旨を伝えた時、ハイネはカップを覗き込んだ。そして秘書を振り返った。

「お湯は残っているか? 少し足してくれないか、私には濃すぎる。」

オリジン 2 3 - 3

 内務捜査班チーフ副官コリン・エストラーベン・ドーマーが局長執務室に現れたのは、ハイネが業務を始めた15分後だった。第1秘書ネピア・ドーマーの不機嫌そうな顔を全く意に介せずに彼は執務室の中央テーブルを回り込んで歩き、局長執務机の前に立った。

「おはようございます。いきなりで申し訳ありませんが、この画像をご覧下さい。」

 エストラーベンは自身の端末を操作して中央テーブルの上空に画像を表示した。

「げっ!」

とネピアが真っ先に声を上げた。

「ほう・・・」

とハイネ。キンスキーはぽかんと口を開けたまま固まった。
 画像は夜間の庭園だ。森の中のギリシア風東屋で、キスをしている男2人が写っていた。片方の男は金髪だ。暗くてもわかる。名前もわかる。彼の背に腕を回して引き寄せている男の顔は見えないが、黒っぽい髪だ。その体格にハイネはなんとなく見覚えがあった。本人に直接会ったのは1回だが、画像や身体スキャン映像は何度も見ている。
 最初のショックが消えると、ハイネが一番早く立ち直った。エストラーベンを振り返った。

「例のパパラッチサイトか?」
「そうです。今朝、アップロードされました。」

 画像タイトルが出た。

ーー本日のトップニュース! 我らがアイドル、恋人を横取りされる!

 キンスキーが掠れた声で誰にとなく尋ねた。

「セイヤーズが浮気ですか?」
「違うだろう。」

とネピア。

「両者の上体の形状を見たまえ。セイヤーズは珍しく不意打ちに遭ったのだ。」

 正しく筋肉の緊張状態を画像だけで判断したネピアは、局長を見た。

「レインは出張中でしたね?」
「そうだな。」

 ハイネは恋人同士の間で起きるかも知れない波紋を想像して、ちょっと笑った。そしてエストラーベンを見た。

「何か問題でもあるのか?」
「相手のパーカーに付ける護衛を増やした方が良いですか?」

 とエストラーベンが質問を質問で返した。ハイネは首を振った。

「必要ない。パーカーは目的があっての行動だろう。」


オリジン 2 3 - 2

 日曜日はドーマー達にとって意味がなかったが、出産管理区では収容されている女性達には意味があった。金曜日だって意味があるのだし、更に言えば全ての曜日が外の地球人には意味があるのだ。ドーム内には宗教施設がない。しかし信仰の形によって集会が出来て、お祈りに集まっている人々の集団がいた。中央研究所の食堂でガラス越しにその様子を眺めながら、ハイネとアイダは朝食を摂った。

「コロニーでもあんなことをしているのですか?」

 ハイネの質問にアイダが頷いた。

「信仰と言うものはいつの時代でも何処の土地でも消えることはないでしょうね。」

 そして彼を見て笑った。

「貴方だって、若い人達から『ドーマーの神様』と呼ばれているじゃないですか。」
「止して下さいよ。私はお供え物なんかもらったことなどありません。」

 ハイネはムッとした表情をして見せた。 そして2人で吹き出した。そこへヤマザキ・ケンタロウがやって来た。

「相変わらず、仲のよろしいことで・・・」

 彼は遠慮なくアイダの隣に座って、ハイネに向き合った。

「ニコはお昼前に帰って来る。帰ったら昼食の後ですぐ執政官会議を招集するそうだ。間も無くゴーンから一斉送信で連絡が入るだろう。君達も出てくれよ。」
「貴方は、ドクター?」
「僕も急患がいなければ出るさ。何か重要な話らしいぞ。」

 勿論緊急臨時会議を開くのだから重要案件があるのだ。アイダは折角の休日なのに、と呟いた。キーラからの連絡ではそんな話は出なかったのだ。ハイネは彼女の手をそっと上から掴んで慰めた。

「会議を引っ掻き回す人がいなければ早く終わるでしょう。」
「そう願いたいね。」

 ヤマザキは離れたテーブルで食べている若い執政官達を見た。ケンウッドが運んで来る案件はきっと新規プロジェクトに関係している。女の子が生まれる遺伝子情報を崩さない人工羊水のプログラムが実施されれば、失業を心配する執政官がいることは確かだ。アメリカ・ドームではケンウッドが決して失職させないと約束したが、他のドームではプロジェクト進行に妨害工作する科学者もいると言う。アメリカ・ドームも一つにまとまっていると言い難いから、ヤマザキは不穏分子が隠れていることに不安を抱いていた。