2017年4月6日木曜日

奮闘 9

 ホテルの廊下にはクーパー支局長が手配した支局の職員が警護で付いている。ダリルはジェリーが眠ったことを確認してから、部屋の外に出た。見張りにジェリーを部屋から出さないよう厳命しておいて、エレベーターホールまで行った。周囲に誰もいないことを確認して、近くにあった手洗いに入った。そこも全ての個室が無人であることを確かめてから、ドームに電話を掛けた。ドームは24時間稼働している。多くのドーマー達は夜は就寝するが、夜勤のある部署は活動しているのだ。
 事故は既にクーパー支局長が遺伝子管理局本部に報告済みだったが、ダリルは本人の口からも無事の報告をするべきだと考えた。だから、本部の夜勤事務員につないでもらって夜が明けたら局長に言付けてもらおうと思ったのだが、事務員は何故か局長室に取り次いだ。出来ればハイネ局長に直接報告したかったのだが、電話に出たのは第1秘書のネピア・ドーマーだった。局長は中央研究所に呼ばれて本部を留守にしていた。何故局長と秘書が真夜中に仕事をしているのか、ダリルは疑問に感じたが、理由を訊くのは控えた。

「事故のことは聞いたよ。」

 ネピアはトラブルばかり起こすダリルに少し怒った様な声で言った。遺伝子管理局の秘書仲間の内では、ネピアが最年長でダリルが最年少だ。正直言って、ダリルはこの男が苦手だった。普段は局長と部下達の会話に一切口をはさまず、まるで存在しないかの様に気配もしない。しかし、不意に局長に話を降られても的確に答えを出す。常に正論を吐く。
ダリルの脳天気さを軽蔑している雰囲気さえある。

「ご心配をおかけしました。取り敢えず、パーカーと私は無事だと局長にお伝え下さい。」
「何があったのかね? クーパーの報告によると事故を起こしたタクシーの運転手が、例のラムゼイの運転手だったそうだが?」

 後で局長に報告書を提出するので、真夜中に秘書に事故の説明などしたくなかったが、これからも秘書仲間の会合などで顔を合わせるのだ、ダリルは素直に質問に答えた。

「そうです。パーカーは気づいていました。それで芝居を打って、私を攫ってガーに店へ案内させる筋書きのつもりだったのですが、ガーがラムゼイ博士殺害に関係している趣旨の発言を自らしたものですから、パーカーが頭に血を上らせてしまいました。パーカーの証言では、彼は私の麻痺光線銃を手にしていたのですが、それを威嚇のつもりで発射しました。運転手に当てるつもりはなかったそうですし、実際当てていません。しかし、光線が顔のすぐ横を走ったものですから、運転手のジェシー・ガーはパニックに陥ったのです。彼は光線を避けようと体を左に傾かせ、ついでにハンドルも左に大きく切りました。そして左車線を対向して来たトラックの側面に突っ込んだのです。ガーは即死だったそうです。パーカーと私は後続のタクシーで追いかけてきた保安課のサルバトーレ・ドーマーと数名の通行人に救助されました。
 これが、今回の事故の粗筋です。」
「すると、事故の原因はパーカーの失態だね?」

 ジェリー1人に責任を押しつけるのはダリルには気が重かった。

「私の監督不行届です。」
「君がそう自覚しているなら、そう言うことにしておこう。」

 ネピアが意味深な表現をした。それでダリルはつい突っ込んでしまった。

「何かご異論でも?」

 すると、秘書界の長老は言った。

「私は君達若者の業務上の行動に関して自分の意見は言わないことにしている。だから、運転中の人物に麻痺光線を浴びせるような馬鹿が遺伝子管理局にいるはずがないと言いたくても言わない。」

 言ってるじゃないか、とダリルは心の中で毒づいた。

「パーカーだってジェシー・ガーに光線を当てるつもりはなかったんです。脅すだけで・・・」
「脅す必要があったのか?」
「ラムゼイ殺害が運転手1人の考えで行われたと誰も思わないでしょう?」
「ガーはビューフォードやモスコヴィッツにそそのかされたのではないのか?」
「そうだとしても、ビューフォード達を動かしていたのは誰です? 彼等の行動は、彼等がドームに敵対する組織の長とするには、あまりにもお粗末です。パーカーは真の黒幕を突き止めたいのです。」
「パーカーの考えなのか? 君のではないのか?」
「パーカーと私の考えです。それにレインも同じ考えです。」

 電話の向こうでネピア・ドーマーが溜息をついた。

「君はどうしてもこの件を解明したい訳だ。」
「はい。」
「明日・・・いや、既に今日か・・・戻らないつもりだな?」
「アキ・サルバトーレ・ドーマーは帰らせます。抗原注射の効力切れをまだ体験したことがありませんから、外に置くのは危険です。それから、パーカーも帰らせます。本人は抵抗すると思いますが、彼は局員ではないし、貴重な遺伝子保持者です。これ以上怪我をさせたくありません。」
「そして、君は残ってどうするのか?」

 ダリルは迷うことなく答えた。

「まだわかりません。」