2020年7月28日火曜日

Break 28

登場人物紹介

ニコラス・L・ケンウッド

言うまでもなく、南北アメリカ大陸ドームの長官。
「蛇行する川」では、数年ぶりに3日以上の休暇を取ってクリアクリークに遊びに来た。
ミドルネームが「L」で始まることはここで初めて明かされた。


シュリー・セッパー

本名は シュラミス・セドウィック・パーシバル。
雷の放電現象の研究をしている物理学者。雷を利用して汚染された地球の大気を浄化させるサンダーハウス・プロジェクトに参加して地球に住んでいる。
幼い頃からの片想いの相手、ケンウッドをずっと慕い続けている。


アキ・サルバトーレ

ドーマー。ドーム保安課の課員。今回はケンウッドの護衛として一緒に旅行について来た。いつもながら護衛する対象に振り回される。


ジェラルド・ハイデッカー

遺伝子管理局タンブルウィード支局長。
支局長なので身分は元ドーマーになる。警察に依頼されると出向いて遺体のDNA鑑定をしている。上から目線で警察官達を見るので、ハイデッカー先生、と皮肉を込めて呼ばれる。


ブリトニー・ピアーズ

元遺伝子管理局タンブルウィード支局長代理。
3人目の子供が出来たので専業主婦になったが、ドーマー達からはまだアイドル視されている。


ヤマザキ・ケンタロウ

南北アメリカ大陸ドーム医療区長。


ローガン・ハイネ

ドーマー。南北アメリカ大陸遺伝子管理局長。


レティシア

ドーマー。保安課員。
ケンウッドとの会話でアンソニー・シマロンの母親であることが示唆される。


シマロン・パパ

名前は不明。
アンソニー・シマロンを養子にもらい、慈しんで育てた養父。






Break 27

 今回はドームから離れて、中西部(ってどの辺や?)の田舎町クリアクリークのお話。
主人公は科学者でもないドーマーでもない、町の保安官アンソニー・シマロン。年齢は30代になったばかり、しかしかなり大人な雰囲気の男性。平和で穏やかな生活を楽しんでると、幼馴染のホテル経営者から穏やかでない知らせが齎される、と言うところから物語は始まる。
 ドーマー・シリーズの重要人物たちがちょっとずつ出て来るが、主人公はシマロン君。ちょこっとミステリー仕立てで。


登場人物紹介

アンソニー・シマロン

クリアクリークの保安官。陽気で他人に親切な男。
養子に出された「取り替え子」と思われたが、最後にドーマー同士の結婚で生まれて養子に出された子供であることが示唆される。
友人を大切にして、養父を心から愛している。
シュリー・セッパーに仄かな恋心を抱いたが、彼女が本当に愛している人物を見抜いてしまい、諦める。


マイケル・ハーロー

クリアクリークの保安官助手兼秘書。
真面目だが性格は明るい。シマロンを上司として、友人として尊敬している。
大人しいが行動力はある。
ハーローも「取り替え子」の養子である。


ジョン・ヴァンス

クリアクリーク一番の資産家。ホテル・モッキングバードを経営しており、他にも手広くビジネスを展開している様子。
シマロンとは幼馴染だが、ヴァンスは親の実子。善人だが、ビジネス優先に考える欠点が危うく彼の命取りになりかけた。


ステラ・カリ

郡警察本部に勤務する警部補。刑事事件担当。
独身で有能な女性刑事。


ロバート・フォイル

郡警察本部の刑事。カリの部下。
町の保安官達を目下扱いするので、嫌われている。


アンディ・ウィルソン

グリーンスネイク川の川下りボートを操船する船頭。
ホテル・モッキングバードに雇われている。


ベルナルド・サンダース

ローカッスル船着場の管理人。


ウィリアム・ハース

ハイカッスル船着場の管理人。


アラン・レオー

クリアクリークで唯1人の医師。


デレク・デンプシー

牛の舌に埋められていた死体。

蛇行する川 4   −10

 シマロン、ハーロー、そしてシマロンの父親が搭乗した航空機が無事にドーム空港を飛び立って行った。機体が夕暮れの空に小さくなるまで見送ったケンウッド博士は、ヤマザキ博士とサルバトーレに先にドームに帰っているよう言いつけて、自身はレストランのスタッフ用出入り口へ歩いて行った。勝手知ったるドーム空港ビルだ。それに目的の場所にはサルバトーレを含む若い保安課員達が尊敬するボディガードが彼を待っていた。ケンウッド博士が苦笑した。

「まさか、我々が食事をしている間、ずっとそこに立っていたんじゃあるまいね?」
「待つのは慣れています、長官。」

 数少ない女性保安課員レティシア・ドーマーが真面目な顔で言った。もう50歳を過ぎているが体力も気力も若者には負けない。ケンウッド博士は彼女の目を見つめた。

「君の息子は立派な男に成長した。」
「はい。」
「育て親は、彼を自慢の息子だと言ったよ。」
「光栄です。」

 博士は暫く無表情の彼女を見つめていたが、それ以上女性ドーマーが何も言わないので、体の向きを変えた。

「では、ドームに帰ろうか。」
「はい。」

 数歩歩いてから、博士は忘れていた質問を思い出した。ちょっと躊躇ってから口に出した。

「君が息子に会うことを、ジャックには言ったのかい?」
「はい。」
「彼は何て?」
「私達の息子は私達の子供ではないと肝に命じておくように、と・・・」

 それがドーマーの掟だ。
 背後の足音が止まったので、博士が立ち止まって振り返ると、レティシア・ドーマーは俯いていた。博士が声をかけた。

「ハグして良いかな?」

 彼女が頷いたので、ケンウッド博士はそっと彼女の逞しい体に腕を回した。暫く抑えた嗚咽を感じながら、彼はじっとそうしていた。
 やがて、レティシア・ドーマーは体を起こし、急いで顔をハンカチで拭いた。

「取り乱して申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。」

 ケンウッド博士は何も言わずに優しく笑いかけ、2人はゆっくりとドームの入り口へと消えて行った。



蛇行する川 4   −9

 食事が終わってレストランを出ると、ロビーでハーローと車椅子に乗った父親が待っていた。博士達に連れを紹介してから、シマロンは彼等が手ぶらだったので驚いた。ハーローが笑った。

「買い物は全部宅配便で送ってもらえるんですよ、トニー。」

 プライベイトな時間なので保安官とは呼ばずに名前で呼んでくれる。シマロンは父親を見た。ケチな父親は何を買ったのだろう。

「親父は何か良い物でも買ったのかい?」

 すると父親は無愛想に答えた。

「先の短い自分の物を買っても無駄遣いだ。」
「全部トニーの物ばかり。」

とハーローが囁いた。ケンウッド博士が微笑んだ。

「素敵なお父様だ。」

 父親が博士を見上げた。

「こんな老いぼれまで招待していただいて、有り難うございました。良い思い出になります。」
「トニーも貴方と旅が出来て喜んでいますよ。」

 博士が車椅子の前に屈んだので、彼は手を差し出し、2人は握手した。

「厚かましいお願いだとわかっていますが・・・」

と父親が切り出したので、シマロンは不安になった。

「親父、これ以上博士に甘えられないぞ。」
「だが、これだけは言っておきたい。」

 ケンウッド博士が優しい目でシマロンの父親を見つめた。何を要求されるかわかるような気がした。父親が言った。

「息子とそこにいるマイケルが妻帯許可申請を出したら、受理してやって下さい。」
「親父!」

 シマロンの狼狽を無視してケンウッド博士が頷いた。

「大丈夫です、トニーもマイケルも十分資格がありますよ。それに恋愛は自由です。女性の同意があれば無条件でパスします。」

 父親が苦笑した。

「俺は恋人もいないのに申請を出してしまったからなぁ。」

 そして囁いた。

「だけどお陰で自慢の息子を持てました。」

 博士が小声で「お許しを」と囁き、父親をハグした。
 ハーローがサルバトーレに話しかけた。

「君は彼女、いないの?」
「俺か?」

 サルバトーレが不意打ちを食らった表情で言い訳した。

「俺はまだ・・・今は唐変木の友人と彼の慎ましやかな彼女が早く結婚できるように根回しするので忙しいんだ。」

 横でヤマザキ博士が可笑しそうに笑っていた。



2020年7月27日月曜日

蛇行する川 4   −8

 シマロンが事件を物語り終えると、まるでそれを待っていたかの様に、否、実際に厨房では待っていたのだが、料理が運ばれてきた。給仕をしているのが年配の女性だったので、シマロンは驚いた。普通、給仕の仕事は男性かロボットだ。個人の家で女性に給仕してもらったことはあるが、こんな公の場では初めてだった。
 料理を並べている彼女に、ケンウッド博士が優しい目で話しかけた。

「この若者は遠い中西部から来てくれた私の友達だよ。クリアクリークと言う美しい小さな町の保安官なのだ。今日は彼の友人である保安官助手の若い人と、彼自身の父親が一緒に来ているのだが、その2人はシティに遊びに行ってしまった。保安官が1人残って、我々年寄りの相手をしてくれているんだ。」

 シマロンは給仕の女性と目が合った。綺麗な張りのある肌の美しい中年女性だった。彼女は彼と目が合うとニッコリ笑って、軽く頭を下げ、「ごゆっくり」と囁いて厨房へ下がって行った。シマロンもなんだか温かい雰囲気を感じて、微笑みを浮かべていた。
 料理はどれも温かく美味しかった。特に珍しい食材を使っている訳ではない。豪華でもない。しかしどの料理もずっと食べ続けたいと思う程口に馴染み、美味しかった。

「なかなかの食べっぷりだな。」

とヤマザキ博士が笑った。シマロンは照れ笑いした。

「田舎者なんで、美味い物を食べると止まらないんですよ。」
「それは僕も同じ。」

とサルバトーレも笑った。

「シェイの料理はいつも美味いです。」
「さっきの女性はシェイと言う名前ですか?」

 シマロンが何気に尋ねると、ケンウッド博士が首を振った。

「否、シェイは給仕はしない。彼女はシェフだからね。先ほどの女性はレティシアだ。」

 食事の間は殺人やら薬物の密売やら、そんな話題は一切出ずに、ケンウッド博士とサルバトーレがサンダーハウスでの面白い実験の話をしてくれた。シマロンは科学実験に興味がなかったが、博士達の話が上手なので聞き入ってしまった。サンダーハウスでは雷を発生させて大気汚染を浄化させる実験を行なっている。だから広大な農地と林が浄化された空気に包まれているのだが、あまり清潔にし過ぎると却って生態系のバランスが崩れるのだと言う。

「電圧の微妙な加減が難しくてね、ジェンキンス教授は毎日電力の計算で頭を悩ませている。抜け毛が増えて困ると愚痴っていたよ。」
「発電装置の設定だけでは、電圧は一定しないのか?」
「微妙に異なった電圧になるので、一定化させるのが課題なんだ。」

 サルバトーレがシマロンに囁いた。

「僕には何の話やら、さっぱり・・・」
「俺も・・・」

 すると耳聡く聞きつけたヤマザキ博士が振り返って言った。

「僕にも何のことかわからないんだが、知ったかぶりしないとケンさんの話が進まないからね。」

 ケンウッド博士が両手を天井に向けて上げた。

「私も専門外だから、実のところ何もわからないんだ。」
「ロビン・コスビーに講義してもらわなきゃな・・・」

 サルバトーレがシマロンに説明した。

「コスビーはドームで働いている電気工事関係の親方だ。」
「ドームでは色々な人が働いているのですね。」
「君は男性だから職務以外では中に入れないが、出産経験のある女性に聞いてみると良い。ドームの中はとても広いんだ。何しろ南北大陸から女性達が毎日集まって来て子供を産む所だからな。だから、中で働く人も様々な職種で大勢いるんだ。」

 シマロンは窓の端っこに見えている虹色の壁を見た。ドームの壁の端っこだ。表面の色が絶えずうごめいて変化している不思議な壁だ。巨大な虹色の卵。

「コロニー人と地球人が一緒に働いているのでしょう?」
「うん。コロニー人は主に科学者だ。いかにして丈夫な地球人の子供がドームの外で生まれるようになるか、日夜研究している。僕等地球人はドームの中の女性達や赤ん坊の世話をしたり、科学者達が研究に専念出来るようにドーム内部の生活環境維持が仕事なのさ。」
「だが、もうすぐ・・・」

とケンウッド博士が遠い目をした。

「ドームに頼らなくても地球人は好きな場所で子供を持てるようになるよ。」


蛇行する川 4   −7

 シマロンの語りは事件の終盤に差し掛かった。

「ザッカレイはデンプシーを葬った後、船着場の管理人として穏やかに暮らしていました。だが、収入はそれほどありません。彼を採用したのはホテルですが、給料は出ないんです。船着場の維持費だけが必要経費で出るので、彼は切り詰めて僅かな残りを生活費に充て、後は駐車場の掃除をしてレストハウスから賃金をもらったり、川上に運ぶ観光客のチップで生計を立てていました。独り身ですし、田舎で金を使う場所もないので、やって行けたのです。しかし、重力障害の薬を買う額には到底足りません。
 フェルナンデスから買った薬の在庫が尽きかけて、そろそろヤバイと思い始めたところで、とんでもないことが起きました。」

 シマロンはケンウッド博士を見た。

「セッパー博士がデンプシーの遺体を見つけてしまったんです。」
「シュリーは目敏いからなぁ。」

 ヤマザキ博士が苦笑した。

「普通、有り得ない物を見ても見なかったと思うだろう、気のせいだと自分に言い聞かせてしまう。」
「それは君だろう。科学者はどんな些細な物も見逃さないのだ。」

 ケンウッド博士が医者をからかった。ヤマザキ博士はフンと鼻を鳴らし、シマロンに目で先を促した。

「ザッカレイにとってはまさかの川の増水と岸辺の崩落で、デンプシーの遺体が出てきてしまい、町が大騒ぎになりました。彼は大人しく嵐が過ぎ去るのを待とうと思ったそうです。だが、遺体を発見した観光客がコロニー人だと知って、ちょっと心が動いてしまった。重力障害の薬が手に入らないかと思ったのです。」
「観光客には必要のない薬だが・・・」
「切羽詰まっていたのでしょう。それで警察が引き上げた翌日、日が上る前に彼は川を遡ってホテルの近くまで行きました。」

 ああ、とケンウッド博士が合点がいった、と頷いた。

「それで森の中に薬のPTPが落ちていたのか。我々に接触しようと試みたのだね?」
「そうです。彼は森の中でケンウッド博士が散歩に出て来られたのを偶然見かけたのですが、ボディガードのサルバトーレさんを見て、気が変わりました。」

 ヤマザキ博士がサルバトーレを見て、クスッと笑った。

「アキは強そうだからな。実際、強いし。」
「前日ローカッスルでボートを出迎えた時に、ザッカレイはサルバトーレさんがボディガードだと知っていましたから、森で見かけた時に接近を諦めました。そしてボートで川を下ってローカッスルに帰りました。
 彼は船着場で仕事をしていましたが、やはり心穏やかではなかったそうです。いつ警察が彼の正体を嗅ぎつけるかわかりませんからね。それで逃亡する準備を始めました。そこへ、ホテルの経営者ジョン・ヴァンスが訪ねてきました。
 ヴァンスは俺の事務所で俺と今回のデンプシー殺害事件について色々推理を話し合ったんです。そして俺達はベルナルド・サンダースが怪しいと言う結論に至りました。理由は簡単です。彼が一番新しい他所者の移住者で、誰も彼の私生活を知らない。そして、デンプシーが宇宙から追いかけてきた人物の名前がベルナルドだった、と言う、単純な理由です。
 ヴァンスは、殺人犯が彼の観光施設で働いていたとニュースになれば、クリアクリークの観光地としての評判に傷が付く、と心配になりました。それで、サンダースの家に訪ねて行き、彼の正体について知識を得たことを伏せて、サンダースに解雇を言い渡しました。しかしサンダース、つまりザッカレイは既に追い詰められた心理状態になっていたので、ヴァンスと争いになりました。瓶か何かでヴァンスの頭を殴ったそうです。ヴァンスは昏倒し、ザッカレイはそこで家ごと彼を焼いて、自分が死んだことにしようと思いつきました。」
「物凄く短絡的な思考だな。」
「ええ・・・真昼間ですし、ヴァンスをどこかに遺棄することは出来ませんからね。彼はガソリンを家の中に撒いて、自分は車で逃げたのです。」
「ヴァンス社長はどうなったのだい?」

 ケンウッド博士が心配そうな顔で尋ねた。シマロンは彼を安心させる為に笑って見せた。

「ヴァンスは消防団員の素早い救助で無事助け出されました。頭の傷は大したものではなく、火傷もなし、気絶していたので煤を殆ど吸い込まずに済みました。3日後には退院して、仕事に復帰しています。」
「良かった!」

 ケンウッド博士が肩の力を抜いた。

「あの人には親切なもてなしを受けたからね。しかし、そんな危険な目に遭っていたとは知らなかったよ。」
「彼はニュースの題材になりたくなくて、意識が戻ると直ぐにメディアに箝口令を出すようカリ警部補に依頼したんです。あ、カリ警部補は今回の事件の正規の担当者です。」
「いや、正規の担当者は君だろう、君の活躍は僕等もテレビのニュースで見たよ。」

 シマロンは頬を赤く染めた。

「ところで、俺はザッカレイのその後の処分をまだ知らされていないのですが・・・」

 それはケンウッド博士が教えてくれた。

「コロニー人同士の殺人事件だが、地球で起きたことだからね、憲兵隊が地球で裁いて欲しいと連邦捜査局に要請したそうだ。恐らく、宇宙にザッカレイを連行すると組織の報復が待ち構えているから、彼を保護する目的なのだろう。ザッカレイもそれを望んでいる。刑務所なら薬をもらえるしね。」


2020年7月26日日曜日

蛇行する川 4   −6

「ことの起こりは、3年前に宇宙からベルナルド・ザッカレイと言う男が地球に降りて来たことです。これは、連邦捜査局が外交ルートを通じて得た情報ですが・・・」

 いや、シマロンはこの情報を郡警察本部のステラ・カリ警部補から聞かされるより前に、先刻までそこに居た遺伝子管理局長から電話で直接教えてもらったのだ。しかし、さっき遺伝子管理局長はシマロンを目で威嚇した。余計なことを喋るな、とシマロンは言われた気がした。恐らく、局長は宇宙からの情報を正規ルートを通さずに田舎町の保安官に流したので、黙っていて欲しいのだろう、とシマロンは気が付いた。だからさっさと退散した?

「ザッカレイは宇宙での組織犯罪に関する裁判の証人として出廷する予定だったそうです。でも組織の報復を恐れて司法の保護を信用せずに逃亡しました。地球へは組織の末端にいた運送業者に金を握らせて密入国しました。地球では暫く転々と移動していた様ですが、偽造身分証を手に入れると、何処かへ落ち着こうと考える様になりました。その時に手に入れた身分が、18歳で死亡したベルナルド・サンダースのIDです。年齢的には20歳の開きがありますが、ザッカレイはコロニー人ですから、地球人の目には10歳以上は若く見えます。彼はコロニー人と出くわす都会を避け、田舎へ、タンブルウィードへと流れて行きました。
 ここで彼が地球に隠れ住む上で問題が発生しました。彼は最初の重力障害の発作に襲われました。2年半前のことです。」
「その当時既に遺伝子管理局の支局長ハリスは死んでいたのだよな?」

とヤマザキが質問した。

「はい、ハリス支局長は亡くなっていました。しかし、彼が亡くなった後も、彼の行きつけの薬局は重力障害防止の薬『ラクラクスキップ』を仕入れていました。そしてその薬は医師免許を医療ミスで取り消されたホセ・フェルナンデスと言う悪徳医師が購入していました。」
「その医者が『ラクラクスキップ』を購入していた目的は?」
「勿論、ハリス以外のコロニー人がタンブルウィードに居たからですよ、ヤマザキ博士。」

 シマロンはハーローとハイデッカーが調べ上げたのだ、と付け加えてから、続けた。

「フェルナンデスは地球に帰化したコロニー人に相場の3倍の値段で薬を売りつけていました。」
「3倍!」
「それは酷い!」
「ええ、酷い話です。その帰化コロニー人は必要な量を買えずに、結局重力障害が悪化して3年前に亡くなっていました。ザッカレイが地球に逃げて来た頃です。フェルナンデスは薬の在庫を抱えていたのですが、そこに闇ルートで薬を必要とする別のコロニー人が現れました。それがザッカレイです。
 フェルナンデスは相場の5倍の値段で薬をザッカレイに売っていました。これは彼の帳簿に記録されています。ザッカレイの名前は書かれていませんでしたが、逮捕後の尋問でザッカレイ自身が薬の購入を認めました。」
「5倍の値で買わされたと知って、怒っただろうな。」

 ヤマザキが呑気な口調で言った。シマロンとサルバトーレは苦笑したが、ケンウッド博士は痛ましげな目をした。薬を買えずに亡くなった帰化人に同情したのだろう。

「ザッカレイはタンブルウィードでクリアクリークのホテル・モッキングバードが川下りのスタッフを募集していることを知り、田舎の小さな町で静かに暮らすことを思いつきました。川下の船着場の管理人は、ボートの操縦も船頭の仕事もしなくて済みます。客ともあまり言葉を交わす仕事ではありません。川下りの受付はレストハウスの担当だし、客を川上のハイカッスルまで運ぶ時も出来るだけ口を利かなければ良い。後はローカッスルの桟橋で下って来るボートを迎えて、客を下ろすだけです。住む家は前任者が住んでいた家がありますから、そこで寝起きすれば良い。
 クリアクリークの船着場で2年半、ザッカレイはベルナルド・サンダースと言う地球人としてアメリカ市民として静かに暮らしていました。
 しかし、事態が急変します。組織の大物の裁判が宇宙で再開され、司法はもう一度証人としてザッカレイが必要だと考えたのです。それでバウンティハンターのデレク・デンプシーが地球へやって来ました。彼は組織ではなく、司法当局の為に働いていたのです。勿論、非公式ですが。
 デンプシーは、地球に長期滞在するコロニー人が重力障害に罹る危険性を学んでいたので、降り立ったドームシティから順番に薬局を調べて行きました。気が遠くなるような話ですが・・・」
「重力障害の薬を扱う薬局はそんなに多くない。」
「そうです。だからデンプシーは該当する店でただザッカレイの写真を見せて、この人が来なかったか、と尋ねて回っただけでした。」
「しかし、タンブルウィードまで行き着くのは余程の幸運がなければ不可能だ。」

 シマロンの語りに時々言葉を挟むのはヤマザキ博士だ。だがシマロンは不快ではなかった。

「デンプシーは、不幸なことに、幸運に恵まれてしまったんです。」

 シマロンはまだ料理が運ばれて来ないことをちょっと不思議に思いながらも、続けた。

「ローズタウンのある薬局が、薬剤をタンブルウィードへ転送することを、デンプシーに教えたんですよ。でね、デンプシーはその薬局にタンブルウィードにコロニー人がいるのかと尋ね、コロニー人の遺伝子管理局支局長がいた、と聞いたんです。しかも、その支局長は既に亡くなっているのに、まだタンブルウィードのグッディ商会と言う薬局は『ラクラクスキップ』の仕入れを続けていると。」
「デンプシーはグッディ商会がザッカレイに薬を売っていると疑ったのだな。」
「そうです。それでデンプシーは遥々タンブルウィードまで飛びました。グッディ商会は薬を下ろし先だったフェルナンデスが違法な値段で僻地の住人に薬の転売をして捕まったばかりだったので、デンプシーの追求にあっさり応じたのです。」
「それで、デンプシーは君の町クリアクリークへ行った・・・」
「きっとホテルには泊まらなかったのでしょう。宿泊者名簿に彼の名はありませんでした。タンブルウィードからクリアクリークに入ると真っ先に到着するのがローカッスルのサービスエリアです。あそこのレストハウスで町のことを聞けば、大概答えてくれます。
この2、3年のうちに他所から引っ越して来た人がいないか尋ねて、目の前の桟橋で働いている男がそうだと返されたら、まず名前を確かめますね。ザッカレイはファーストネームは本名と同じベルナルドを使っていました。ザッカレイ逮捕後にスタッフがやっと口を割りました。見つかった遺体がデンプシーだとわかって、思い出したと言っていましたが。」
「デンプシーはザッカレイの写真をレストハウスのスタッフに見せなかったのか?」
「目の前の桟橋に行って、自分の目で確認した方が確実でしょう。」

とサルバトーレ。ヤマザキ博士が彼をチラッと見たがコメントしなかった。

「デンプシーとザッカレイは過去個人的に面識があった訳じゃない。恐らく初対面だったから、デンプシーが桟橋に行っても、ザッカレイは追っ手だとは思わなかった筈だ。」

とケンウッド博士。シマロンはケンウッド博士の意見に同意した。

「ザッカレイの自供によると、デンプシーは夜になって彼の家に訪ねて来たそうです。司法当局側のバウンティハンターですから、デンプシーは穏やかに接近してザッカレイに宇宙へ戻って裁判で証言するよう迫りました。このまま隠れていてもいつか地球人でないとバレる、タンブルウィードの薬の密売人が捕まったから、もう重力障害防止薬は手に入らない、地球に隠れていると命を縮める、とザッカレイを説得しようとしたのです。
 しかし、ザッカレイは組織の報復の恐ろしさを知っています。だから彼は宇宙への帰還を拒否しました。するとデンプシーは従わなければ地球の司直の手を借りるまでだと脅したそうです。」
「だから、ザッカレイはデンプシーを殺害した・・・」
「サンダースの家で、犯行は行われました。夜中ですから、レストハウスは営業を終えていて、ローカッスルのサービスエリアは彼等2人だけだったのです。
 ザッカレイはデンプシーの身元がわかる物を全て取り上げ、死体をボートに載せました。川に捨てることも考えたそうですが、浮き上がって来る恐れがあったので、牛の舌に埋めることを思いついたのです。彼は船外機付きボートで川を遡り、牛の舌に死体を下ろしました。当初は崖下に埋めるつもりだったが、土が硬かったので、結局岸辺を掘って埋めました。岸辺の土が脆くて川が増水したら崩れるなんて想像すらしなかったそうです。」
「コロニー人だからね・・・」

 ケンウッド博士が溜め息をついた。

「死体を埋めた後は、流れに乗ってボートでローカッスル迄戻りました。そして何食わぬ顔で船着場で働いていたんです。」
「無口な男であまり印象が残っていないのだが・・・」
「目立たないように努力していたのでしょう。ボディガードの様に。」

 サルバトーレが珍しく言葉を挟んだ。ケンウッド博士が優しい目で彼を見た。

「だが、君はイケメンだからね、静かにしていても目に付くよ。」

 博士はシマロンを見た。

「アキはサンダーハウスで女性研究者達に追いかけられていたのだよ。」
「そんな、大袈裟な・・・」

 精悍な顔を赤く染めて、サルバトーレはシマロンに、早く続きを、と催促した。シマロンは苦笑して続けた。


蛇行する川 4   −5

 1週間後、シマロンは東部のドーム空港ビルにあるレストランに居た。目一杯上等の服を着て来たが、洗練された都会のレストランに自身は場違いの様な気がして落ち着かなかった。大きな窓の向こうでは、宇宙から来たシャトルや地上を飛び回る航空機がいて、整備や搭乗の時間を待っていた。その中には、シマロンがタンブルウィード空港から乗って来た旅客機もいるのだ。

「ヤァ、待たせたね!」

 柔らかな声がして、彼はハッと振り返った。慌てて立ち上がると、ケンウッド博士がすぐ近く迄来ていた。博士の後ろには、長身で白髪のスリムな男性と博士より背が低いが体格の良い東洋系の男性、そして最後にボディガードのサルバトーレがいた。博士もサルバトーレを含めた他の男性達も上等だがカジュアルな服装だった。シマロンは自分に合わせてくれたのだろうか、と内心穏やかでなかった。
 ケンウッド博士が目の前に立ったので、シマロンは「地球人保護法」を思い出して手を差し出した。

「お招き有り難うございます。俺だけじゃなく、ハーローと俺の親父まで・・・」

 今回の「お上りさん」旅行の費用は、なんとケンウッド博士がシマロンのみならずハーローとシマロンの父親の分まで出してくれたのだ。父親は介護施設からロボット介護士付きで出かけて来た。
 博士がシマロンの手をしっかり握った。

「来てくれて嬉しいよ。マイケルとお父さんは何処だね?」
「2人はシティへ観光に行ってます。ご挨拶だけでも、と言ったんですがね・・・大都会が珍しくてはしゃいでしまって、俺の言うことなんか聞きやしません。」

 ハッハッハッと博士が笑った。そして彼は連れを振り返った。

「こちらが、クリアクリークで私が世話になった保安官アンソニー・シマロンさんだ。」
「トニーで良いです。」

 シマロンが慌てて口を挟むと、博士は頷いて、彼に連れを紹介した。

「トニー、この東洋系の男はドームの医療区長ヤマザキ・ケンタロウ博士だ。私の親友で主治医でもある。」
「よろしく、ヤマザキ博士。貴方のお薬の解説で今回の犯人の目星がつきました。」
「そうかな? 君達保安官事務所の2人が優秀だったからだろう?」

 東洋系は若く見えるのか、ケンウッド博士より少し年下に見えたが、ヤマザキ博士は医者らしい何処か患者を威圧する様な目をしていた。サルバトーレが「偉いお医者」と言ったのは本当なのだろう。
 ケンウッド博士は白髪の男性を振り返った。この男性は年齢がよくわからなかった。顔の半分がマスクで隠れており、青みがかかった薄い灰色の目は鋭い光を放っていた。40代の様で、もっと年輩の様にも見えた。

「遺伝子管理局長のローガン・ハイネだ。この男もヤマザキと私の親友だ。」

とケンウッド博士が紹介すると、ハイネの方からシマロンに手を差し出して来た。この男は地球人なのだ。シマロンがベルナルド・サンダースの正体を教えてもらった礼を言おうとすると、彼は時間がないのでこれでお暇します、とケンウッド博士とヤマザキ博士に断った。ヤマザキ博士が、

「まだ大丈夫な筈だぞ。」

と言ったが、彼は「私は臆病ですから」と答えた。シマロンにとって意味不明の遣り取りだったが、去り際、ハイネはシマロンと視線を合わせた。その鋭い目は何故かシマロンに「余計なことを喋るな」と言った様な印象を与えた。
 ケンウッドが着席を提案したので、残った4人は椅子に座った。すぐにウェイターがやって来て、料理の注文を取った。

「この店の料理は本当に美味いんだ。」

とケンウッド博士が言うと、ヤマザキ博士もサルバトーレも同意した。

「きっと君も気に入るよ。」

 そしてドームの人々はシマロンの方に身を乗り出す様にして催促した。

「さて、事件の顛末を語ってくれ給え、トニー。」


蛇行する川 4   −4

 ベルナルド・サンダースもしくはザッカレイの車は川に沿って下の方角へ向かっていた。シマロンは追いかけた。このままタンブルウィードまで走られたら追いつけないだろう、と思った時、サンダースは横道に入った。ハイウェイより脇道の方が見つからないと思ったのか? シマロンはその脇道が何処へ向かうのか知っていた。彼は警察の広範囲連絡網で怒鳴った。

「こちらクリアクリークの保安官アンソニー・シマロン、放火の容疑者を追跡中。容疑者の車番は・・・」

 警察車両なら交通システムでサンダースの現在地を拾える筈だ。果たして、すぐに返信が入り始めた。近い場所を巡回していた警察車両達が応援要請に応じてくれたのだ。サンダースはまだシマロンが追って来ていることを知らない。互いの車の間は距離があるからだ。そして向かっている方角からも警察がやって来ることも予想していないだろう。
 道路は低い丘を登り、そして下る。長く緩い下り坂だ。シマロンの目に、坂道の半分まで下ったサンダースのピックアップが見えた。サンダースがスピードを上げた。シマロンの車の存在に気づいたか? シマロンは下り坂の傾斜角度が途中で緩くなっていることに気が付いた。ずっと下りのままだが、角度が変わると、地中で上り坂になっている様な錯覚を人間に与える。サンダースは錯覚に惑わされてスピードを上げたのだ。シマロンはサイレンを鳴らした。すると坂道の反対側に赤い点滅するものが現れた。応援の車両だ。
 サンダースの車がいきなり道路の右側へ飛び出した。警察に挟み撃ちにされるのを避けようと、道路でない場所に車を進めたのだ。
 土埃を上げながらピックアップはダートの上を走って行ったが、シマロンの車がサンダースがハンドルを切った場所にたどり着いた時、停車した。凄まじい土埃が上がった。タイヤが穴か何か深く掘れた所に落ちたのだ。シマロンはピックアップの轍を辿って走った。背後で対面から来たパトロールカーが停止するのがミラーに映った。
 サンダースが車から飛び出した。野原を走って逃走するつもりだ。シマロンはピックアップの後ろに停車した。サンダースが銃を携行している恐れがあるので、用心深く車外に出た。身を隠す場所がない野原をサンダースが走って行く。シマロンはそれを眺めていた。後ろに応援のパトロールカーが来て、やはり停車した。降りてきたのは、顔馴染みの隣町を管轄している交通警察官だった。

「ヤァ、トニー。」
「ヤァ、ジェイク。」
「走っているヤツが放火の容疑者だって?」
「うん。」
「何故追いかけないんだ?」
「アイツが銃を持っていたら危険だ。それに車で追いかけるには地面が良くない。」

 空の何処かからヘリコプターの爆音が聞こえてきた。

「応援の航空班だ。」

と交通警察官のジェイクが言った。

「連中に放火犯が何処へ向かっているか見張ってもらおう。」

 遺伝子管理局の静音ヘリと違ってやたらと音が大きい警察のヘリコプターが野原の上を旋回した。ジェイクの端末にヘリから連絡が入った。ジェイクが妙な表情で報告を受け、シマロンを振り返った。

「逃げている男がこっちへ戻って来るってさ。」
「どうして?」
「知るもんか。」

 サンダースが見えた。胸に片手を当てて、よろめきながら歩いて来るところだった。
ゼーゼーと息が荒い。ああ、とシマロンはその原因に思い当たった。
 彼はピックアップのドアを開き、車内を見た。汚れていたが荷物らしき物はない。ダッシュボードを見たが、そこも何もなかった。サンダースは取るものも取り敢えず逃げ出したのだ。
 2人の警察官が立っている所にサンダースが辿り着いた。彼は両手を上げ、膝を突いてその場に座り込んだ。ジェイクがシマロンに言った。

「君の獲物だ。」

シマロンは彼の所持品を検め、拳銃を押収した。権利を読み上げようとすると、サンダースが呻く様に訴えた。

「医者を呼んでくれ。胸が苦しい。」

 ジェイクが電話を掛けた。

「心臓発作を起こしているのか?」
「そうだが、普通の発作じゃない。」

 シマロンは確信した。

「重力障害だ。」


蛇行する川 4   −3

「ザッカレイ、もしくは サンダースを確保しに行くのか?」

とハイデッカーがシマロンに尋ねた。

「なりすましの証拠はDNAを調べればすぐに出るが、殺人の証拠はないぞ。」
「わかっている。だが身柄を抑えておくことは出来る。」
「1人で行くな。」

 ハイデッカーは上着を取った。

「マイケルと僕がそっちに到着する迄待っていろ。サンダースはまだ逃げないだろう。」
「彼が呑気者ならね・・・デンプシーを殺したのがアイツなら、こっちがのんびりしていられない。」

 シマロンがそう言った時、外でサイレンが聞こえてきた。警察のものではない。シマロンは窓の外を見たが、サイレンが鳴っている方向は窓から見えなかった。
 どうした?とハイデッカーが尋ねた。

「サイレンだ。火災かな。 見てくる。また後でな。」

 シマロンは電話を切り、外へ出た。自警消防団が消防庫へ走って行く。シマロンはサイレンが聞こえる方角に黒い煙が上がっているのを見た。あの方角はローカッスルだ。彼はパトロールカーに乗り込んだ。
 消防車とほとんど競争みたいな感じで道を走った。ローカッスルは近い。すぐに船着場前の駐車場に到着した。
 サンダースの小さな家から煙が上がっていた。既に3台の消防車両が前に停まって消化剤を放射する準備に取り掛かっていた。駐車場には数台の車がいたが、どれもレストハウス前に駐められていて、ドライブの途中に休憩に立ち寄ったものと思われた。レストハウスの出入り口の前ではドライバー達が出てきて火災の様子を眺めている。
 シマロンは車から降り、近くにいた消防団長に尋ねた。

「サンダースは?」
「船着場にはいない。家の中かも知れない。」

 シマロンは家に近づこうとした。消防団長に腕を掴まれた。

「消火作業の邪魔だから、離れてて下さいよ、保安官。」

 その時、家の玄関のドアを消防団員が突き破った。既に窓ガラスが割れていたので、バックドラフト現象は起きなかったが、それでも煙が外へ広がった。3名のマスクを装着した団員が中に飛び込んだ。
 シマロンは離れていたが、熱を感じ、同時に微かに石油系の匂いも嗅いだ。

 放火か?

 小さな家だったし、消防団員達は日頃の訓練の賜物で、中から重要な物を素早く運び出してきた。真っ黒になった人の形をした物だ。

「担架を早く!」
「救急車だ!」

 シマロンは思わずその運び出された人物に駆け寄った。救急車が駐車場に飛び込むように走り込んで来た。

「サンダース!」

 シマロンは呼びかけ、救急隊員より先にその人物に近づいた。

「サンダース・・・え?」

 黒い煤まみれになっていたが、消防団員達に抱えられたその人物の顔はベルナルド・サンダースとは違って見えた。もっと見知った顔だ。

「ジョン? まさか・・・君か、ジョン?!」

 救急のストレッチャーの上に黒くなった人物が寝かされた。腕が動いていた。救急隊員が酸素マスクを顔に当てた。

「ジョン!」

 叫ぶシマロンの肩に誰かが手を置いた。振り返ると、消防団長が立っていた。

「見た感じじゃ火傷はしてないと思う。だけど、煙を吸い込んじまってるから・・・」

 幼馴染のジョン・ヴァンスに似た怪我人は救急車に乗せられた。救急救命士が処置を施すのを見ながら、シマロンは震える手で端末を出し、ヴァンスの自宅に電話を掛けた。
 長い呼び出し音の後でヴァンスの妻が出た。

「エリー、トニーだ。」

 シマロンは出来るだけ冷静さを装うと努力したが、声が震えそうだった。

「ジョンはいるか?」
「出かけているわ。」
「何処へ行った?」
「知らない。ホテルじゃないの? どうかした?」

 救急車の側で声が上がった。

「呼吸が戻ったぞ!」
「すぐ病院へ運べ!」

 シマロンはヴァンスの妻に病院の名を告げて、そこへ行ってくれと言った。

「ジョンが怪我をしたの?」

 エリー・ヴァンスの声が緊張を帯びた。シマロンはサイレンを鳴らして走り出す救急車を見送りながら答えた。

「ジョンだとはまだ断定できないが、怪我をした人が運ばれた。行ってやってくれないか?」

 通話を終えたシマロンは燃える家を見た。消化剤を浴びせられている家は小さいこともあって炎の勢いを落としつつあった。
 
 あの怪我人がジョンだとして、何故彼はあの家に居たんだ? それにサンダースは?

 シマロンは辺りを見回し、ヴァンスの乗用車を見つけ、それからサンダースのピックアップが駐車場のどこにも見当たらないことに気が付いた。
  シマロンの脳裏にその日の昼前にホテルのカフェでヴァンスと交わした会話が蘇った。ヴァンスはサンダースが殺人犯だと言う推理をシマロンと一緒に考えたのだ。

 アイツ、自分1人でそれを確かめに行ったってぇのか?

 シマロンはパトロールカーに戻り、交通システムを立ち上げた。警察に登録されているサンダースの車の車番を入力して現在地を探した。

 

2020年7月25日土曜日

蛇行する川 4   −2

「すまないがマイケル、もう一度ハイデッカー先生と代わってくれないか?」

 シマロンが頼むと、ハーローが答える前にハイデッカーが画面に現れた。

「何か用か?」

 ハイデッカーの背後は大きな窓だ。シマロンが数回訪問したことがある支局長の執務室だとわかった。ハーローは来客用の快適そうな椅子に窮屈そうに座っていた。都会風の洗練されたデザインの部屋に居心地の悪さを感じているのだろう。
 シマロンはハイデッカーにベルナルド・サンダースの身元を確認して欲しいと要請した。

「出身地はニューヨーク州バッファローと言う届出だが、本物だろうか?」
「つまり・・・」

 ハイデッカーが難しい顔をした。

「検体なしでDNAを調べろってことか?」
「せめてベルナルド・サンダースの名前でDNA登録されている人間が実在するか否か調べてくれないか?」
「わかった。」

 ハイデッカーが端末をハーローに返して自身の執務机に戻った。ハーローは支局長をちらりと見遣ってから、シマロンに向き直った。

「サンダースが怪しいんですか?」
「怪しいどころか・・・」

 シマロンは遺伝子管理局本部から電送されて来た写真を見せた。

「ベルナルド・ザッカレイと言うコロニー人そっくりだ。」

 ハーローがグイッと画面に顔を近づけて写真をじっくり見ようとしたので、シマロンは笑ってしまいそうになった。ほんとだ、とハーローが呟いた。

「サンダースですね。でも、その情報はどこから入手されたんです? 郡警察本部がくれたんですか?」
「まさか。」

 シマロンはニヤリと笑って見せた。

「遺伝子管理局長と名乗る人が送ってくれたんだよ。」

 ハイデッカーがその言葉に反応した。彼は机の向こうから首を伸ばしてハーローの方を見た。

「おい、マイケル、さっきトニーは局長と言ったか?」
「言いましたね。」

とハーロー。 ハイデッカーが電話の向こうでシマロンに問いかけた。

「局長がどうなさったって?」
「どうって・・・」

 シマロンは電話に向かって肩をすくめた。

「俺に電話を掛けて来て、デレク・デンプシーが追っていた人物の名前がベルナルド・ザッカレイと言う名で、宇宙の組織犯罪に関する裁判で証言をする予定だったのが、組織の報復を恐れて地球へ逃亡したと教えてくれたのさ。そして写真を送ってくれた。」
「なんで、局長が君にそこまで親切にされるんだ?」

 ハイデッカーの声に嫉妬の響があったのをシマロンは気づかなかった。ハーローはそれを聞き取ったが、理由は解せなかった。シマロンは、さあね、と言った。

「俺がケンウッド博士のお世話をした礼だと言っていたが・・・」
「君がケンウッド博士のお世話を?」

 ハーローが急いで説明した。

「博士が森で落し物をして、保安官が一緒に探したんですよ。落し物は無事見つかりました。」
「ふーん・・・」

 ハイデッカーはそれ以上何も言わずに調査に戻った。その間にハーローがブリトニー・ピアーズに親切にもてなしてもらったことを告げた。

「お礼にクリアクリークに遊びに来て下さればご案内しますって言ったら、夏休みにキャンプに行ってみたいと仰いました。彼女、俺のタイプなんですけど、人妻ですから、ちょっと悔しいです。」

 するとハイデッカーがスクリーンを見たまま言った。

「ブリトニー嬢は、ハリスの秘書をしていた時から僕等のアイドルなんだ。田舎の保安官助手の手が届く相手じゃない。」
「遺伝子管理局の支局長も手が届かなかったんですね。」

 ハーローのからかいにハイデッカーがムッとして睨みつけたので、ハーローは慌てて言った。

「だって、もう人妻じゃないですか。」
「結果が出たぞ、トニー。」

 ハイデッカーはハーローを無視して、シマロンに声を掛けてきた。

「ベルナルド・サンダースと言う人物は確かにニューヨーク州バッファロー出身だ。但し、18歳の時に交通事故で死亡している。生きていれば今日で20歳9ヶ月15日だ。」

 ローカッスルの船着場の管理人ベルナルド・サンダースはどう見ても30歳を過ぎていた。

「どう言うことなんです?」

とハーローが誰にともなく尋ね、シマロンが答えた。

「ザッカレイは死んだサンダースのIDを誰かから買ったんだ。同じファーストネームの方が偽名として使いやすいからな。」






蛇行する川 4   −1

 シマロンが昼寝から覚めると、まだ日は高く、クリアクリークの町は気温が上がって気怠い空気が漂っていた。週末になればまた観光客がやって来て通りは賑やかになるのだが、平日は静かだ。子供達が乗ったスクールバスが町に入ってきた。子供の数が少ないので10歳以上は隣町の学校へ行かなければならない。だが子供達はバス通学の年齢になるとちょっぴり大人になった気分になるのだ。
 シマロンは子供達がバスから降りて迎えの親の車に乗り込むのを眺めた。迎えが来ていない子供は家が近いのだ。友達とふざけながら通りを歩いて帰る。顔馴染みの大人達が微笑ましくそれを見守る。シマロンは家がバス停のすぐそばだったので、親のお迎えもふざけて帰る道も経験出来なかった。その代わり、迎えの親が遅れ、歩いて帰れない友人達が彼の家に来た。シマロンの父親はケチだったから友人達のオヤツは用意してくれなかった。だが何人でも部屋に入って床に腹這いになって勉強することは大目に見てくれた。
友人達が帰ってしまうと、シマロンは父親が仕事から帰るまでに1人で夕食の下ごしらえをして、父親が戻ると料理してくれるのを横から眺めて楽しんだ。下ごしらえの手際が良いと褒めてもらえたし、一緒にテレビを見て一日の出来事を聞いてもらった。
 ノスタルジーに浸っているシマロンの端末に電話が掛かってきた。シマロンは現実に引き戻された。電話はハーローからだった。

「保安官、ビンゴですよ!」

と画面の中でハーローが興奮気味に言った。

「死んだ遺伝子管理局の支局長に重力障害の薬を売っていた店が、今もその薬を扱っていて、仕入元がローズタウンの店だったんです。」

 シマロンが何も言い返さないのを気にせずに彼は続けた。

「そのグッディ商会って薬局なんですが、現在の顧客の名前を教えてくれました。遺伝子管理局の威光って凄いですね! ピアーズさんの名刺を見せたら、守秘義務なんて吹っ飛んでしまいましたよ。」
「マイケル、ちょっと待ってくれ。」

 ハーローが早口なのでシマロンの頭がついていかない。

「最初から順番に説明してくれないか?」
「ええっと・・・」

 ハーローはちょっと黙り込んでから、話し始めた。

「元支局長代理のピアーズさんとお会いしたんです。ランチをご馳走になっちゃって・・・あ、それは忘れて下さい。それでピアーズさんが亡くなったコロニー人の元支局長が利用していた薬局を遺伝子管理局の本部局員に訊いてくれて、支局の近所にあるグッディ商会だって教えてくれたんです。」

 本部局員まで巻き込んだのか。シマロンはどんどん捜査が広がって行くような感じを覚えた。昼寝前は局長が電話して来たのだ。

「それで、グッディ商会が薬の購入者の名前を教えてくれたのか?」
「そうです。初めは守秘義務とかなんとか、他の店と同じ言い訳で渋ってましたけど、ピアーズさんがくれた名刺を見せたら、急に態度が変わって喋ってくれたんです。」
「購入者の名前は?」
「それがですね、ホセ・フェルナンデスって男なんです。」
「はぁ?」

 予想外の初耳の名前に、思わずシマロンは間の抜けた声を上げてしまった。

「誰だ、それ?」
「俺も誰なのかわかんなくて、思わずコロニー人ですか、って訊いたんです。」
「コロニー人だろう?」
「違うんです。」
「違う?」
「医者なんです。地球人の・・・」
「確かか?」
「ええ、実は今、遺伝子管理局の支局にいるんです。ホセ・フェルナンデスのことを調べてもらって・・・」

 その時、ハーローの端末を横から奪った男がいた。ジェラルド・ハイデッカーだった。
画面いっぱいに顔を写して、タンブルウィード支局長がシマロンに向かって言った。

「ホセ・フェルナンデスはハリスが生きている頃は医者だった。ブリトニー嬢が支局長代理の時も医者だった。その頃は重力障害に悩んでいるコロニー人に薬を売っていた。但し、そのコロニー人は3年前に死んでいる。」
「死んだ?」
「重力障害でな。」
「だが、薬を買っていたんだろ?」
「フェルナンデスは仕入れの3倍の値段で売りつけていたんだ。だから、そのコロニー人は支払いに困って服用間隔をどんどん伸ばして行った。そして心臓が弱って死んだ。」
「薬を買えなくなって死んだのか・・・」
「そうだ。死亡届けを受け付けたのは支局で、当時はブリトニー嬢が支局長代理だったが、そんな事情だとはわからないから、地球に帰化したコロニー人が早死にした気の毒なケースだとしか誰も思わなかった。その後、フェルナンデスは医療ミスで医師免許を取り消された。赤ん坊の注射に用いる薬剤の量を間違えた。死亡届を見たブリトニー嬢が激怒して警察に通報したのさ。」
「免許を失ったフェルナンデスが、まだ重力障害防止の薬剤を購入し続けていたのか?」
「そうだ。薬局はフェルナンデスの資格喪失を知っていたが、薬の販売は続けていた。フェルナンデスは交通の不便な土地に住んでいる住民に水増しした値段で薬を転売していた。」
「酷い話だ。」

 ハーローがなんとかハイデッカーから端末を奪い返した。

「そう、酷い話なんです。しかもそれが発覚したのは半年前だって言うんですよ。」
「それじゃ・・・」
「フェルナンデスは半年前に逮捕されて今はダラス近郊の刑務所の中です。」
「それじゃ・・・」
「フェルナンデスの帳簿を調べたら、1年前に『ラクラクスキップ』を2年分買った人物がいました。」
「2年分?」
「3年前に仕入れた薬が購入者が亡くなったので、在庫が2年分あったんです。それを一括で大人買いした客がいたってことです。」

 横でハイデッカーが「馬鹿だよな」と言うのが聞こえた。

「どんな薬でも消費期限ってあるんだよ。3年前の薬が今効くとでも思ってるのかね。」

 シマロンは薬の効力期限などどうでも良かった。

「その大人買いした客の名前は?」
「それが・・・」

 ハーローは困った顔をした。

「キャッシュで大人買いだったんで、客の名前は記録されていないんです。」

蛇行する川 3   −11

 シマロンがロバート・フォイル刑事からの意地の悪い電話と、遺伝子管理局長ローガン・ハイネの助言の電話を受けている頃、マイケル・ハーローはタンブルウィード市郊外の瀟洒な住宅地に居た。道中連絡を入れておいた元遺伝子管理局タンブルウィード支局長代理のブリトニー・ピアーズの家に招待されたのだ。ハーローが身分と亡くなったハリス前支局長が利用していた薬局の名前を知りたいと電話で告げると、ピアーズは、その時、今手が離せないので掛け直す、と言ってすぐに切ってしまった。しかし5分後にすぐ折り返し掛けてきた。そして自宅へ来るようにと告げたのだ。きっと現支局長ハイデッカーにハーローの身元確認をして掛け直したのだ。
 果たして、教えられた白い壁の綺麗な戸建ての住宅の前にハーローの警察車両が到着すると、そこにハイデッカーが立っており、保安官助手が本物だと確認して、庭に立っていた女性に頷いて見せた。それからハーローにウィンクすると、彼自身は自分の車に乗り込んで走り去った。
 ブリトニー・ピアーズは金髪で青い目の白人女性だった。スリムで綺麗な女性だ。子供が3人いる様には見えない若々しさが全身から溢れている。ハーローはこんな若い人が遺伝子管理局の支局長代理をしていたのかと驚いた。

「遠路遥々ようこそ!」

とピアーズはにこやかに出迎えてくれた。そして

「お昼を召し上がって。街まですぐですけど、田舎ですからあまり良いお店はなくてよ。」

と自宅に招待してくれた。
 女性がいる家は裕福な家庭が多い。そして男は妻子を守る為に警備にお金を使う。ピアーズの家はゲイト付きの住宅地にあって、中に入るのに守衛がいる門を通らなければならなかったし、庭の四隅に監視カメラが設置されていた。ハーローは婚姻許可証を得るには収入も審査されるのだな、と今更ながら思い出して、ちょっとだけ気が重くなった。警察の仕事を真面目に務めれば収入額に関わらず許可をもらえるとシマロンが言っていたが、そのシマロンもまだ結婚していない。
 お洒落なインテリアの屋内に入ると、小さな子供が1人カーペットの上で大人しく遊んでおり、部屋の隅には大きなシェパードが蹲って客を見ていた。

「上に2人子供がいるんですけど、学校に行っているの。2時にお迎えに行かなきゃならないので、この時刻に来て頂いたんですよ。」

とピアーズがテーブルの上に並んだ料理を手で指しながら言い訳した。

「野暮な要件で押しかけて申し訳ありません。ちょっとお尋ねしたかっただけなんです。」

 ハーローはドキドキしながら椅子に座った。ピアーズは料理を彼の前の皿に取り分けて、飲み物に冷たいノンアルコールのビールを出してくれた。そして向かいに座って、食べましょう、と促した。2時に子供のお迎えがあるので、遠慮して時間を無駄にしてはいけない、とハーローは素直に彼女の手料理を食べた。

「とっても美味しいです!」
「有り難う。遺伝子管理局のお友達は誘っても滅多に来てくれないので、お客様をお迎え出来て嬉しいわ。局員達は皆さん忙しいのよ。」
「それはわかります。ハイデッカー先生もいつも急いでいますから。」
「貴方もお忙しいのよね。では食べながらお話を伺ってもよろしいかしら?」
「はい、すみません。貴女の前任者だったハリス支局長が利用していた薬局を教えていただきたいのです。」
「薬局?」
「ハリス前支局長はコロニー人でしたね。コロニー人が地球に長期に住み着く場合、重力障害防止の薬を毎日服用しなければならないそうです。ハリス氏もどこかの店で薬を購入していた筈です。」

 ピアーズは食事の手を止めてちょっと考え込んだ。遠い過去の思い出を探る表情だったので、ハーローは思考の邪魔をしないよう、食べることに暫く専念した。 やがて、彼女が彼に向き直った。

「ハリスさんはご自分でお薬を購入されていたので、私は存じ上げませんの。」

 ハーローはがっかりした。しかし、ピアーズが続けた。

「でも、あの方、ちょっとお薬で問題を起こしましたので、そちらの方面で詳しい方に訊いてみますわ。ちょっと失礼しますわね。」

 彼女は端末を出して、どこかに電話を掛けた。

「ワグナーさん? ピアーズです。お久しぶり、お元気? ええ、私も毎日子供達に振り回されて元気いっぱい。夫も元気ですよ。貴方の奥様は?」

 1分ほど彼女は相手と近況報告を交わしてから、本題に入った。

「今、クリアクリークと言う町の保安官が訪ねて来られているの。レイモンド・ハリスさんが生前利用していた薬局を知らないかって言うご用件なんだけど・・・いいえ、それじゃなくて、重力障害防止のお薬の方。」

 3分ほど待たされてから、彼女は相手から答えを得た。礼を言って、彼女は電話を切った。ハーローを振り返り、告げた。

「当時ハリスさんの身辺捜査をなさった局員さんからの情報です。ハリスさんの行きつけの薬局はグッディ商会、ここから車で15分のところ、遺伝子管理局タンブルウィード支局があるメインストリートに面した薬局で、支局から見て対面の1ブロック東にあります。」
「有り難うございます!」

 するとピアーズが思いがけない贈り物をくれた。彼女は自身の名刺をハーローにくれたのだ。

「これを店主でも店員にでもお見せになって。令状なしでも何でも答えてくれますよ。」

 ハーローが思わず彼女の顔を見つめると、愛嬌のある笑顔でピアーズが微笑んだ。

「ハイデッカーさんから、貴方の町で起きている出来事の説明をお聞きしましたわ。頑張ってね、探偵さん!」





蛇行する川 3   −10

 ホテルのカフェで簡単なランチを済ませてシマロンは事務所に戻った。前庭で昼寝でもしようかと思った時、電話が掛かってきた。発信者を見るとロバート・フォイル刑事だったので、うんざりした。出ない訳にも行かないので通話ボタンを押した。

「シマロン」
「フォイルだ。あんた、あっちこっちの薬局に問い合わせメールを出していたんだってな?」

 フォイルも薬局に問い合わせしたのだろう。シマロンの方が一足早かったのだ。

「うん、したよ。」
「収穫はあったか?」

 自分では働かずに他人の収穫を横取りするつもりだ。隠してもどうせ後で知れるだろうと思ったので、シマロンはローズタウンやニューシカゴからの情報を教えた。しかしタンブルウィードへの薬剤回送の件は黙っていた。シマロンがわざわざ教えなくても、薬局が言うだろう。
 どの薬局も顧客情報の守秘義務でデレク・デンプシーに何も教えなかったと言う回答は、フォイルを喜ばせることにならなかった。

「殺人犯がコロニー人だと言うのは、あくまでも推理の一つだからな。」

と刑事は言った。

「地元民の地球人の可能性だってあるんだ。ゴミにこだわらずに幅広く捜査しなよ。」

 そう言って、刑事は通話を切った。
 シマロンは端末を投げ出したい気分だったが、壊れると困るので机の上に置いた。
 そして昼寝をする為にデッキチェアを前庭に出した。日陰に置いて上に体を横たえたところで、事務所内で電話が鳴った。端末を机の上に置いて来てしまった。シマロンは舌打ちして、デッキチェアから降りると事務所内に駆け込んだ。
 電話の発信者は番号を通知して来ていたが、名前は表示されていなかった。見たことがない局番だ。東部か? シマロンはまだ鳴り続けている端末を手に取った。

「クリアクリーク保安官事務所。」

 名乗ると、良く透る男性の声が彼の名を呼んだ。

「アンソニー・シマロンさんですか?」
「そうです。」
「私は遺伝子管理局長ローガン・ハイネと申します。」

 ピンと来なかった。もしこれがハイデッカーからの電話なら、今回の遺体遺棄事件と関連があるのかと思ったのだろうが、遺伝子管理局長などと付き合いがないので、何の用事だろうかと思っただけだった。
 相手はこう言った。

「ケンウッド長官が貴方のお世話になりましたそうで、先ずはお礼を申し上げます。」
「はぁ・・・」
「それから、長官とその連れが何か厄介な物を発見して貴方方のお仕事を増やしているとお聞きしました。」
「あ・・・いや、それは・・・」

 シマロンは戸惑った。遺伝子管理局長の声はとても聞き取り易く耳に心地よい声音だった。若い人の様に思えるが、ハイデッカーより年上なのだろうか?
 画面に顔を出さないその人は、次の言葉でシマロンを驚かせた。

「貴方が今回発見された物の件にどの程度関わっていらっしゃるか当方は関知致しませんが、長官がお世話になった上にご迷惑をおかけしたと気にしておりますので、少しだけお力添えを致します。デレク・デンプシーと言う名のコロニー人が地球へ探しに来た人物の名は、ベルナルド・ザッカレイ、宇宙における犯罪組織の構成員の1人です。裁判で証言台に立つ予定だったが、組織の報復を恐れて逃亡したそうです。捕まって宇宙に連れ戻されるとまた報復される恐れがあるので、バウンティハンターを殺害して隠れ通そうとしているのでしょう。凶悪犯ではなかったのでデンプシーは油断したのだと思われます。貴方も十分気をつけてください。
では、失礼致します。」

 通話が一方的に切れたと思ったら、コンピューターの方に何かの情報が着信した。シマロンはプリンターから一枚の写真が出てくるのをぼんやりと眺めた。それは1人の中年の男性の顔写真だった。シマロンはその男を知っていた。

 サンダース・・・


蛇行する川 3   −9

 ハーローが大きい方のパトロールカーでタンブルウィードに出発すると、保安官事務所は心なしか静かになった様な気がした。2人しかいない事務所だから、会話する相手がいない。シマロンは向かいの雑貨店の店主に事務所の見張りを頼むと、町内のパトロールに出かけた。雑貨店が事務所の見張りをするのはいつものことだ。保安官と助手がどちらも出かけてしまうことは珍しくない。

「マイケルが大きい方の車で出かけたってことは遠出かい?」
「そうなんだ。でもあまり人に言わないでくれ。」

 すると訳知り顔で店主は頷いた。

「先日川で発見された死体に関係しているんだね?」

 シマロンは答えずに笑顔で応じて店主の肩を叩き、小さい方のパトロールカーに乗り込んで出かけた。この日も穏やかで風が弱い晴天だ。車の窓を開放して風を入れながら走ると気持ちが良かったが、対向車が巻き上げる土埃は閉口した。お互い様なのだが。
 ホテル・モッキングバードに着くと、カフェテラスでジョン・ヴァンスが居た。パラソルの下で、ラップトップを使って仕事をしていた。シマロンは車を降りると、ブラブラとそちらへ歩いて行った。

「ヤァ、ジョン。」

 声をかけると、ヴァンスが顔を上げ、眩しそうにシマロンを見た。

「ヤァ、トニー。巡回か?」
「うん。昼前の一巡りさ。」

 シマロンは一旦テーブルの横を過ぎて、カウンターでコーヒーを買って戻った。ヴァンスは再び仕事に戻っていたが、保安官が向かいに座るとラップトップを閉じた。

「例の件は、郡本部からは何も言って来ないのか?」
「ああ・・・コロニー人が絡んでいるからなぁ、ややこしいのさ。田舎町の保安官は指示に従うだけだから、俺は俺が出来るだけのことをするまでだ。」
「それは、つまり捜査をしているってことか? それとも・・・」
「地元なんだ、何もしていない筈はないだろう。」
「ああ・・・」

 ヴァンスが溜め息をついた。

「捜査するなって言うんじゃないが、ここは一応観光地だ。あまり悪いイメージが着く様なことになって欲しくない。」
「それはわかっている。」

 シマロンは端末に住民リストを出した。

「この2、3年にこの町に引っ越して来た住民だ。君が親しくしている人間はいるか?」

 ヴァンスが画面を覗き込んだ。

「よそから来た人間が、あの死体を埋めたって言うのか?」
「ただの他所者じゃない。地球人になりすましのコロニー人だ。」

 シマロンの言葉に、ヴァンスがギョッとした表情になった。

「なりすまし? コロニー人?」
「遺体はコロニー人だった。彼は誰かを探して宇宙から来た、そこまでは郡警察も掴んでいる。恐らく、探し出されると不味い人間が、彼を殺して埋めたんだ。」

 ヴァンスが眉間にシワを寄せて画面を再び見た。

「だが、トニー、例えば、犯人が旅行者ってことはないか? うちのホテルの客で一限さんは半数以上いるぜ。それに通いでこの町で働く他所の村や町の住民もいる。」
「ああ、わかっている。だがまだ捜査は始めたばかりだ。最初にこの町に住所がある他所者から調べていく。それに旅行者は除外しても良いと思う。牛の舌の場所を知っている人間はそういないだろう? 船を使わないと行けない場所だ。」
「うむ・・・」

 ある程度土地勘がある人間が犯人だとシマロンが考えていることを、ヴァンスは理解した。

「するとハイカッスルから死体を運んだと?」
「船着場以外でも荷物をボートに載せられる場所があるだろう。 それにローカッスルから遡る方法もある。」
「グリーンスネイク川を航行するボートは登録されている。個人のボートを出す時も安全の為に警察に申請する。それはお前が一番よく知っているだろう。」
「知っている。だけど、ボートの中には伸縮する製品もあるぜ。」
「船外機付きの伸縮性ボートか?」

 ヴァンスが笑った。シマロンは頑張った。

「船外機なしでも、オールで動かせるだろう?」
「荷物がでかくなるなぁ。それに湖じゃなく川だ。オールでローカッスルから牛の舌まで遡ったら、死体を埋める穴を掘る前にバテるだろう。」

 ヴァンスは子供の頃シマロンによく宿題を教えてくれた。今もそんな気分でシマロンの考えを順番に正そうとしていた。

「なりすましのコロニー人が犯人だとしたら、川を遡ったり穴を掘ったりするのは地球人が同じことをする以上に重労働だ。重力って、宇宙の連中にはかなり厄介らしいぜ。うちの客で山登りやサイクリングで来る人の中にもコロニー人が偶にいるが、出来るだけ起伏の少ないコースを選んで来るし、装備も軽い物を使っている。
 もし、犯人のコロニー人が牛の舌へ死体を運ぶんだったら、上流から来て死体を埋めて下流へ逃げる。あるいは、船外機付きボートで下流から遡って死体を埋め、下流に戻る。
上流へは逃げないだろう。牛の舌から上流は流れが速くなっているからモーター音が峡谷に響く。第一、使用したボートを元の場所に戻すことが重要なんじゃないか?」

 シマロンは頷いた。漠然とした考えをまとめたい時は、ヴァンスの頭を利用するのが一番だ。

「そうするとだ、ジョン、川下に居て、ボートをいつでも使えて、川の地形を知っていて、この2、3年のうちにこの町に引っ越して来た住人と言うのは・・・」

 ヴァンスがもう一度シマロンの端末を覗き込んだ。そして嫌そうな顔をした。

「ベルナルド・サンダースか・・・」

 ベルナルド・サンダースがコロニー人である証拠はまだない。全てシマロンとヴァンスの推理の上での結論だ。2人は暫くカフェテラスのテーブルを挟んで座っていた。

「サンダースが遺体となっていたデレク・デンプシーを殺害して埋めた犯人だとして、彼はどんな罪を犯して宇宙から逃げて地球に隠れていたんだ?」

 ヴァンスの問いにシマロンは答えられなかった。





蛇行する川 3   −8

 ハーローがブリトニー・ピアーズの連絡先を端末に登録している間に、シマロンは夕食を思い出し、テーブルの上にサンドイッチとコーヒーを並べた。好物のステーキサンドの匂いを嗅ぎつけたハーローが笑顔になって席を発ってやって来た。

「タンブウィードまで出張しても、手柄を本部に持って行かれる恐れはあるんだ。」

とシマロンが言うと、若い助手は首を振った。

「でも、退屈凌ぎにはなるでしょ、保安官。」

 確かに、平和な田舎町で毎日パトロールと電話番をしていることを考えれば、たまの遠出は、仕事それも無駄足になる可能性が大きいものでも、楽しみになるだろう。シマロンも必要経費の申請だけは忘れるな、と忠告だけしておいた。
 温かい夕食を腹に詰め込んで、再び執務机に戻ると、またハーローのコンピューターに薬局から回答が届いていた。

「今度はニューシカゴからです、保安官。」
「ニューシカゴ?」

 タンブルウィードとは正反対の方角だ。しかし、その田舎の都会はコロニー人に縁があった。
 ニューシカゴ郊外にパーカー農場と言う牛のクローン製造と生産をしている規模の大きな畜産農場がある。現在は州が管理する大規模公営農場だが、以前は民間の経営だった。その経営者が、60年近く昔、宇宙で犯罪を犯して逃げていたコロニー人の遺伝子学者だったのだ。時間をかけて宇宙から資産を地球へ移し、犯罪が暴かれると勤務していたドームから逃走した。それっきり行方不明となって宇宙では死んだと思われていたのだが、実は名前を変えて、他人の農場を乗っ取って暮らしていたのだ。違法クローンを製造する闇のクローン業者「メーカー」として。
 7年前、遺伝子管理局が農場主の正体を暴き、大規模な手入れを行った。件のコロニー人は逃亡を図ったが途中で死亡したと言う。そして後継者と考えられていた男も遺伝子管理局に収監され、それっきり戻って来ない。農場はその後州政府に接収され、公営農場になったのだ。
 死んだコロニー人は当然ながら宇宙との往来が出来なかったから、薬剤を薬局で購入していた。偽造身分証明書を使って薬を買っていたのだ。見抜けなかった薬局はお咎めを受けたが、まだ存続している。ニューシカゴはそこそこ大きな都市なので、コロニー人のビジネスも行われている。だから、事件の渦中にいた薬局は重力障害防止薬剤を扱う免許を取り消された筈だが、他にも扱える店はあるのだ。
 そう言う過去がある都市の薬局だったので、1軒が保安官事務所からの質問状に正直に回答を寄越して来たのだ。

ーー当薬局の顧客で『ラクラクスキップ』を定期購入するお客様をお尋ねになった訪問者が、貴保安官事務所がお探しの人物と思われます。当薬局はお客様情報守秘義務により、当該人物に回答しませんでしたが、当薬局の『ラクラクスキップ』定期購入のお客様は5名です。いずれのお客様も身元がしっかりしていますが、令状をご持参下されば照会は可能です。但し、貴保安官事務所より照会があることをお客様に通知させていただく可能性がありますことをご了承ください。

 シマロンはその薬局の連絡先を目にするなり、端末で電話を掛けた。

「ブラックバーンですが・・・」

 電話の向こうに現れたのは歳を取った女性だった。シマロンは回答書の名前を目で確認して、名乗った。

「クリアクリークの保安官アンソニー・シマロンです。遅い時間に申し訳ありません。貴女が先刻当事務所に回答書を送って下さったブラックバーンさんですね?」
「そうです。」
「手短にお尋ねします。『ラクラクスキップ』を定期購入している客は、そちらでは長い付き合いの人々ですか?」
「どの方も10年近くご贔屓にして頂いています。」
「最近、この2、3年に購入する薬の量が増えた客はいましたか?」

 電話の向こうの年配の女性が苦笑と思える笑みを浮かべた。

「重力障害の薬はたくさん飲んでも効果はないのですよ。どのお客様もいつも同じ量のご購入です。」
「その客が地球人と結婚して生まれた子供に飲ませるとか・・・」
「保安官、地球で生まれた人間には、片親がコロニー人でも重力障害の心配はありませんのよ。地球人ですから。」

 シマロンは頬を赤らめた。重力に関する遺伝子がどうなっているのか、さっぱりわからない。

「そうなんですね・・・わかりました。回答有難うございました。そちらへお訪ねすることはありませんので、貴女をこれ以上煩わせることはありません。お休みなさい。」
「お休みなさい、保安官。」

 年配の女性が画面から消えた。
 シマロンはハーローを振り返った。ハーローはタンブルウィード出張がキャンセルにならなくて喜んでいる風に見えた。
 その後もニューシカゴを含めた複数の薬局から回答がポツリポツリと届いたが、有力な手がかりとなるものはなかった。デンプシーは合計7軒の薬局に現れたと思われたが、どの店も顧客情報の守秘義務で彼の質問に答えなかったのだ。








2020年7月24日金曜日

蛇行する川 3   −7

 夕刻近く、シマロンは夜勤当番のハーローの分も一緒に夕食を居酒屋「びっくりラビット」で調達した。今夜はステーキと野菜をピタパンで巻いたサンドイッチだ。まだ熱い紙袋を提げて保安官事務所に帰り着くと、ハーローがコンピューターのモニターの前で真剣な顔をしてデータをプリントアウトしていた。

「何かあったのか?」
「デンプシーが訪問した薬局が回答を寄越して来たんです。」

 シマロンは紙袋をテーブルに放り出し、ハーローの横へ行った。ハーローが機械から吐き出された紙を差し出した。ローズタウンと言う中部地方の都市にある薬局からの回答だった。

ーーお尋ねの画像の人物は、当薬局に来た客かと思われます。コロニー人の重力障害防止の薬剤を常用している顧客はいないかと質問して行きました。当方は顧客の情報を提供することが出来ないと断りました。

 その薬局はデンプシーと思しき客が来た正確な日付は記録していなかった。ただ40日から50日前だったと思う、と書かれていた。
 回答はもう一件あった。やはりローズタウンの薬局だ。

ーー貴事務所がお探しの人物は先月の5日に来店した客と思われます。顧客にコロニー人はいないか、重力障害防止の薬剤を購入する客はいないかと質問しました。顧客の情報を渡すことは出来ないと答えましたが、執拗に尋ねるので、タンブルウィード市の薬局へ譲渡する場合があると答えました。

「タンブルウィード?」

 思わずシマロンは声を上げた。遺伝子管理局支局がある場所、ジェラルド・ハイデッカーのお膝元ではないか。
 ハーローが保安官を見上げた。

「何か、心当たりでも?」
「心当たりと言うほどじゃない。タンブルウィードの遺伝子管理局はハイデッカーが支局長として赴任して来る前は、ブリトニー・ピアーズと言う女性が支局長代理をしていた。ピアーズさんは素敵な人だったが、子育てと業務の両立が難しくなった。3人目の子供ができて、ハイデッカーと交代したんだ。」
「彼女が薬と関係あるんですか?」
「いや、薬が必要だったのは、ピアーズさんの前任者だった。コロニー人だったんだ。」
「え?」

 ハーローは中西部支局で起きた事件を知らなかった。シマロンも詳細は知らないが、事件に関するニュースはテレビで見たことがあった。

「確か、ハリスとかバリスとか言う名前のコロニー人だった。ドームの学者だったが、何か不祥事を起こしてタンブルウィードに飛ばされたんだ。コロニー人が遺伝子管理局の支局長になるのは異例の人事だったから、就任した時は少しばかりニュースになった。」
「タンブルウィードじゃ、ケンウッド博士が言っていた定期的に宇宙に帰ることは難しいですね。」
「そうなんだ。ハリスは7年前に事故死した。死ぬまで何年いたのか・・・4、5年だったかな? それだけの年月を地上で過ごしたから、ハリスは重力障害防止の薬剤を服用していた筈だ。」
「でも、7年前でしょ?」
「ハリスが死んだ後も、ローズタウンの薬局がタンブルウィードの薬局に『ラクラクスキップ』を回送し続けていた。顧客が死んだことを知らなかったか、別の顧客がタンブルウィードに出現したか、だ。」
「タンブルウィードからは回答が来ていませんね。」
「我々が質問したのは、デンプシーが訪ねて行かなかったか、と言うことだったからな。」

 ハーローがコンピューターを操作した。

「タンブルウィードに薬局は3軒あります。」
「マイケル・・・」

 シマロンは助手に指示した。

「明日、タンブルウィードに行って、その3軒を回ってくれないか? 『ラクラクスキップ』を服用している客を聞き出して欲しい。口は固いかも知れないが、粘ってくれ。」
「了解です!」

 ハーローはまたコンピューターを操作して、1人の女性のプロフィールを出した。

「このピアーズさんにも会って、前任者が亡くなった後、薬局に何か連絡したか聞いてきますよ。」




蛇行する川 3   −6

 ベルナルド・サンダースはクリアクリークの生まれではなかった。2年3ヶ月前に東部から引っ越して来た「よそ者」だ。勿論、狭い町だから、その程度の情報はシマロンもデータを調べなくても持っていた。生まれはニューヨーク州となっている。父親は既に死去しており、兄弟はいない。この男も養子だ。
 よそ者が観光業に携わるのはよくあることだ。だが川の性質を熟知しなければならない船着場の管理人など務まるのだろうか。川上の桟橋の管理人ウィリアム・ハースは地元っ子でグリーンスネイク川の性質を熟知している。だから川上から乗る観光客の世話を任されているのだ。それは船頭のアンディ・ウィルソンも同様だ。しかしサンダースの仕事は主に川を下ってくるボートの出迎えと駐車場に置かれた観光客の車の見張りだ。観光客が川下りの申し込みを行うのはレストハウスだが、レストハウスの経営は別の人間がしているのでサンダースは無関係。川下りを受け付けるか断るか、それは川の流れ次第だ。それを見極めるのはレストハウスの経営者のジョー・タルボットの仕事である。だから、よそ者ではあるが、サンダースは川下り関係の仕事にありつけた訳だ。
 シマロンがサンダースの人物像を探っていると、カリ警部補から電話が掛かって来た。シマロンは彼女に電話を掛けていたことを忘れていたので、もう少しでトンチンカンな受け答えをしてしまうところだった。

「デレク・デンプシーの件ですが・・・」

 まだ殺人事件と断定する公的発表がないので、慎重に言葉を選んでシマロンは警部補に尋ねた。

「貴女と2人きりで話せる環境はありませんか? テレトークで構わないのですが・・・」

 出来るだけフォイルには聞かれたくなかった。手柄を上げたい気持ちもあるが、手柄を横取りされたくない気持ちの方が強い。
 カリが苦笑した。

「ここは私のオフィスよ。部下は今ここにいないわ。」
「では・・・」

 シマロンは簡潔にケンウッド博士が森で見つけたゴミの話をした。カリ警部補は額にシワを寄せた。

「新しいと思われる薬の包装が落ちていたのに、クリアクリークには最近コロニー人が来た形跡はないのね、その遺体の発見者のケンウッド博士とあの若い女性博士以外は?」
「そうです。死んでいたデンプシーが賞金稼ぎだったことを考えると、彼は標的の人物を見つけ、返り討ちにあった可能性があります。」
「地球人になりすましたコロニー人がいると言うこと?」
「多分・・・地球人とトラブって殺害された可能性もありますが、薬のPTPが落ちていたことがまた別の謎になります。」

 カリ警部補は頭を掻いた。

「デンプシーが誰を探していたのか、宇宙から情報を得る必要があるかも知れないわね。それは・・・」

 彼女は非常に悩ましげな表情になった。

「連邦捜査局の仕事になるわ。」
「地球が普通に宇宙と付き合っていたら・・・」
「普通に付き合っていても、国際問題だから連邦の管轄には違いないわ。」

 シマロンはカリ警部補が溜め息をつくのを眺めた。彼女は外部の捜査機関に邪魔されたくないのだ。仕事を全部丸投げしても良いのだが、泥だらけになって遺体回収した苦労を思うと、他人に仕事も手柄も与えてしまうのはちょっと悔しい。それはシマロンも同感だった。

「兎に角、デンプシーが誰を追っていたのか、それを連邦捜査局に問い合わせてみる。向こうが乗り出して来たとしても、犯人を追うのは地元の協力なしでは無理でしょう。」
「背広着てネクタイ締めた革靴野郎達に手柄を取られるのは好きじゃないです。」
「連中も宇宙から憲兵隊が降りてきたら、そう感じるわよ。」

 カリ警部補は笑って、通話を終えた。
 シマロンが椅子の背もたれに体重を預けて一息つくと、ハーローがコーヒーを持ってきた。

「クリアクリークにコロニー人のなりすましがいるって考えてるんですか、保安官?」
「考えたくないがな。しかし、この5年ばかりで、よそから来てここに住み着いた人間の過去を洗い出す必要はあるかもな。」

 シマロンは宇宙の指名手配犯のリストを思い出した。膨大な資料だったが古いものは100年も前のものだ。最近の手配に絞って、顔を整形した可能性も考えて住民の顔を照合しなければならない。



2020年7月22日水曜日

蛇行する川 3   −5

 死んでいた男がコロニーから来た賞金稼ぎだとしたら、彼を牛の舌に埋めた人間は賞金首の人物だろう。地球人のふりをしているコロニー人なのか。賞金稼ぎはそいつをどうやって突き止めたのか。
 シマロンはベッドから起き上がった。

 あの重力障害の薬・・・

 広大な地球の表面でたった1人の人間を探し出すとしたら、その人間にしかない特徴を追いかけるしかないだろう。

 重力障害以外の持病があるのかも知れない。

 田舎町の保安官がコロニー人の持病の調査など出来るものだろうか。カリ警部補はシマロンに死んでいた賞金稼ぎデレク・デンプシーが地球に到着してからの足取りを調べてくれと言ったが、恐らくそれはこの事件の担当が正式に決まる迄のことだ。もし郡警察が担当すると決まれば、フォイル辺りが担当になるだろう。シマロンが調べたことをあの刑事は自分の仕事の様に報告書に書く。今までだってそうだ。
 朝になると、シマロンは着替えて店仕舞いする前の居酒屋「びっくりラビット」で朝食を取り、事務所に出勤した。まだ早いかなと思いつつ、カリ警部補に電話を掛けた。警部補はまだ出勤していなかった。急がないから電話をくれとメッセを残して、シマロンは電話を切り、ハーローが出勤するのを待ってから朝のパトロールに出かけた。死体発見からこっちちょっとサボっていたので、出会った人数人から「久しぶりだね」と皮肉を言われた。
 ローカッスルの船着場に到着すると、管理人のベルナルド・サンダースがボートの掃除をしていた。川下でもボートは数隻置いてある。さらに下流へ行く釣り人の為だ。
 シマロンが挨拶をすると、桟橋にいたサンダースがビクリとして振り返った。

「あんたか、保安官、脅かさないでくれ。」
「脅かすつもりはなかったが・・・」
「掃除に精を出していたので、あんたが近くのが聞こえなかったんだ。」

 サンダースは川上のハイカッスルの管理人ウィリアム・ハースに比べると愛想がない。なるべく人と口を利かない努力をしているのかと思えるほど、無駄口を叩かない。

「何か用かい?」
「用と言うほどでもないが、昨日の朝、ここをボートで誰か通らなかったか?」
「昨日の朝? 何時頃だ?」
「そうさな・・・夜明け前か・・・」
「俺は寝てたよ。」
「そうか。家はどの辺りだったかな?」

 サンダースは無言で駐車場の反対側に立っている小さな家を指差した。小屋より立派と言うだけで、シマロンの自宅よりかなり小さい。独り者だし昼間は管理小屋にいるから、サンダースにはあの広さの家で十分なのだろう。

「あの家は、川を通るボートのエンジン音が聞こえるか?」
「古いモーターなら聞こえるだろうが、俺は大概ここにいるから、家で聞こえるかと訊かれてもなぁ・・・」

 サンダースは川を通るボートは全部自分が監視している口ぶりで言った。
 シマロンは川を見た。ボートで川下りするのは面白くないほどの穏やかな水流だ。釣りをする人にはどうなのだろう。

「ここからハイカッスルまでボートで遡るとしたら、どのくらい時間がかかる?」
「ここから上まで?」

 サンダースが胡散臭そうにシマロンを見た。

「今日の様な流れだったら、小一時間もあれば行けると思うが、俺はそんな面倒臭いことはしないから。」
「それはモーターを稼働させて遡った場合だよな?」
「そうだ。」
「手漕ぎで遡れるか?」

 サンダースは川を見た。

「今日の様な流れなら、行ける。時間はもっとかかるだろうが、俺には見当がつかない。」
「昨日の朝もこんな流れだったかな?」

 サンダースはシマロンを振り返った。

「何を知りたいんだ、保安官?」
「移動手段としての川の利用方法さ。」

 シマロンはそう言って、管理人に別れを告げ、車に戻った。ミラーを見ると、土手を上がって来たサンダースがこっちを見つめているのが見えた。
 シマロンは保安官事務所に戻り、コンピューターでクリアクリークの住民録を開いた。そしてベルナルド・サンダースの情報を職権で引き出した。


2020年7月21日火曜日

蛇行する川 3   −4

 普段クリアクリークの保安官事務所は夜勤を置かない。留置場に誰かが入っていれば泊まり込みで番をするが、檻の中が空っぽなら保安官も保安官助手も泊まらない。保安官事務所に誰もいない日に何かあれば、住民は直接保安官の端末に電話を掛けてくる。
 シマロンの夜勤は午後11時迄だった。彼は事務所の照明を落とし、戸口を戸締りして車に向かった。暖かい日中と違って晴れた夜は冷える。夜空は星がいっぱいだ。
 車庫の前に行くと、一台の車がゆっくりと通りかかった。窓を開けていて、運転席の男が声を掛けてきた。

「上がったのかい、保安官。」

 誰だったかな、と思いつつ、シマロンはああと答えた。あまり聞き覚えのない声だが、訛りは地元の物だ。

「あんたも仕事帰りかい?」

 尋ねると、相手は車を停めた。

「船を川下から上げるのに時間がかかってね。何しろ昨日は3隻一度に出しただろ? おまけに嫌な積荷を乗せてくれて・・・」

 シマロンは話し相手が誰なのかやっとわかった。ホテル・モッキングバードのそばの船着場ハイカッスルの管理人ウィリアム・ハースだ。川下りのボートは当然ながら普段はハイカッスルの桟橋に係留されている。船頭のアンディ・ウィルソンは客の人数に合わせてバイトの船頭を呼び出し、船を出す。ハースは受付小屋で料金を徴収したり、ボートに装備する救命道具の点検が仕事だ。そして川を下ったボートをトラックで川上に戻すのもハースの仕事だ。3隻一度に運べないので1隻ずつ順番に3往復してボートを回収した訳だ。

「ボートで川上まで戻って来られないのか?」
「客が乗りたいと言えばそうするが、俺1人じゃ、時間の無駄じゃないか。燃料代だって馬鹿にならんぜ。」

 それにボートで戻れば川下のローカッスルの船着場にハースのトラックを置いて来ることになる。シマロンは自分の考えが馬鹿げていたことに気づいて、暗がりの中で苦笑した。

「ボートも洗ったんだろうな。」
「当たり前だ。昨日、警察が引き上げてから、サンダースとウィルソンとバイト達とで大掃除した。泥だらけのまま、客を乗せる訳にいかんから。」

 ハースは窓から指を突き出した。

「ちゃんと請求するからな。」
「請求書は郡警察に送ってくれ。保安官事務所経由だと支払い迄時間がかかる。」
「そうするよ。それじゃ、おやすみ!」
「おやすみ。」

 ハースの車がまたノロノロと動き出し、1ブロック先の角を曲がって行く前にシマロンは自身の車に乗り込んでいた。
 エンジンを掛けてから、ふと思った。

 薬のゴミを捨てた人間は、川下から来た可能性もあるんじゃないか?

 昨日の午後の水流は勢いを落とし、下るのにモーターを稼働させないとスピードが出せない始末だった。川下から上って来るのは容易だったろう。

 だが、誰が何時川を上ったんだ? ローカッスルにはハースもサンダースも居た。夜の川は危険だし、早朝は・・・
 サンダースは今朝川でエンジン音を聞かなかっただろうか? 彼は何処に住んでいる? 川のそばか? それとも自宅は離れているのか? 

 シマロンは朝になればローカッスルに行ってみようと思った。



2020年7月20日月曜日

蛇行する川 3   −3

 シマロンはケンウッド博士のプライバシーを無闇に口外したくなかった。打ち明けた時の博士の子供の様な恥じらった顔が可愛らしく思えたのだ。だからヴァンスの問いにはこう答えた。

「お守りさ。博士が10年以上も持っている小さな小物だ。それを昨日の朝、森でミントを摘む時にポケットから落っことした。夜になって失くしたことに気づき、明け方1人で出かけたものだから、ボディーガードが泡食って俺に連絡を寄越したのさ。」
「無事に見つけた訳だな。」
「うん。友達の子供にもらった玩具だそうだ。だがあの人には宝物なんだ。」
「彼は何でも丁寧に扱っていたから、玩具でも大事にしているんだろう。」

 ケンウッド博士はヴァンスにも評判が良かった。シマロンは冗談混じりに彼に尋ねた。

「君のところでコロニー人は働いていないだろうな? 」
「全員地元の人間だ。地球人だよ。」
「最近雇い入れたヤツはいないか?」
「2、3人いるが、地元の若いヤツだ。何だよ?」
「ケンウッド博士が、最近森の中を歩いた人間の中にコロニー人がいたと言ったんだ。」
「そりゃ、博士とあの若いお姉ちゃんが歩いただろう。2人ともコロニー人だ。」
「いや、他にもいた。」
「何故そう言い切れる?」
「遺留品があってな・・・博士が地球人には必要のない物でコロニー人には重要な物だと教えてくれたんだ。」
「それが最近の物なのか?」
「うん。」

 どうだか、と疑いの目でヴァンスがシマロンを見た。

「博士の宝物だとか、遺留品だとか、物の正体をはっきり言わないんだな。」
「すまん、仕事柄、詳細は言わないんだ。」

 ヴァンスの目が光った。

「すると、あの川で見つかった死体は、やっぱり犯罪の被害者なのか?」

 シマロンは頷いた。

「まだ口外しないでくれ。郡警察本部がまだ公に発表していない。俺がフライングするわけに行かないんだ。それにもし犯罪なら、犯人が遺留品を残したことを知って逃げる恐れもある。君の安全にも関わってくる。」
「私の身を案じてくれて有り難う。だがはっきり言ってくれないのは、気持ちが悪いなぁ。」
「君だって俺にビジネスの詳細は教えないだろう。」
「警察の仕事に関係ないからさ。」
「関係してくれば教えるか?」

 ヴァンスがグッと見つめ返した。

「客の個人情報は教えられない。」
「令状を取れば見せるか?」

 彼は肩の力をふっと抜いた。

「止めようぜ、トニー。お互い、仕事に忠実ってことだ。私もコロニー人の博士にこだわるのは止める。」

 そして作り笑いをして見せた。

「ドームがお得意さんになってくれたら、客が増えると期待したんだがな・・・」

蛇行する川 3   −2

「あの博士が気になるのか?」
「だってよ・・・」

 ヴァンスは室内を見回して、シマロンと彼自身しか居ないことを確認した。

「お前は本当に彼がただの遺伝子学者だと信じているのか?」
「コロニー人の遺伝子学者だ。」
「ドームの学者だぞ。」
「知っている。」
「それじゃ、これは知っているか? この数年、ドームで働いている地球人達がどんどん外に出て来ているってことを。」
「?」
「ドームが地球人従業員の解雇を検討しているんじゃないか、って専らの噂だ。つまり、ドームは閉鎖されるかも知れないってことだよ。」
「はぁ?」

 ドームが閉鎖されるなんてあり得ない、とシマロンは思った。地球人は大異変以降、ドームの中でしか誕生しない。稀に外の病院で生まれることもあるが、その際はドームからコロニー人の医師が出張って来て大袈裟な消毒設備を設置して出産させるのだ。

「ドームの閉鎖など、ありっこないさ。」
「わからないぞ。ドームはただ宇宙の連中が地球をコントロールしたくて設けた施設だって噂もある。」
「地球規模の詐欺だと?」
「あれだけの施設を地球各地に造ったんだ。その規模の詐欺はやるだろう。」
「ドーム建設にどれだけ金が掛かっていると思うんだ? そりゃ、俺は金額なんて知らない。だが、あんな大金を掛けて詐欺を仕組む目的はなんだ?」
「地球支配。」
「地球を支配して誰が得するんだ?」

 ヴァンスは黙り込んだ。シマロンは暫く親友を見つめ、やがてどちらからともなく吹き出した。

「ドームの従業員は外に出てきて何をしているんだ?」
「聞いた話では、学校みたいな施設や工場みたいな施設、それに農場を借り受けて普通に働いているそうだ。ただし、そこに住み着く訳じゃなくて、ドームから定期的に交代でやって来るんだ。」
「それは、研修だろ。」
「そうかな?」
「ケンウッド博士のボディガードが言っていたが、彼等は都会育ちで田舎のことを知らないから、勉強しているのだと・・・」
「工場は?」
「それは・・・」

 シマロンは何かが閃いた。

「ドームの従業員は皆養子なんじゃないか? ドームの中で育ったので外の社会を勉強する必要があるんだ。この数年で恐らくドーム内の教育方針が変化したのだと思う。」
「そんなものかな・・・」

 ヴァンスは母親がいる。養子と母親がいる子供の違いをあまり意識していない。
 ドームの中の従業員が養子で、ドームの中で恐らくコロニー人に育てられて、外の社会と距離を置いて成長したのだとしたら、外の世界を学ぶ必要があるだろう。ケンウッド博士はそれを200年の伝統を破って実行し始めたのではないか。シマロンはそう想像して、1人合点が行った。

「ところで・・・」

 ヴァンスが話題を変えた。

「博士は何を探しに来たんだって?」



蛇行する川 3   −1

 ジョン・ヴァンスから電話が掛かってきたのはその日の夕方だった。シマロンが夜勤の弁当を「びっくりラビット」で仕入れて事務所に戻ると、ハーローが電話口に出ていた。

「あっ、帰って来ました。代わります。」

 彼はシマロンに、ホテルの社長からですよと言って、転送した。シマロンは執務机の上の電話を取った。

「ヨオ、ジョン。端末に掛ければ良いのに。どうした?」
「別に急用じゃないんだが。サンダーハウスの客人がまた来たと従業員から聞いたので、何かあったのかと心配になったのさ。あの胸糞の悪い死体に関係することかとね。」
「ああ・・・」

 捜査状況を民間人には話せない。例え幼馴染の親友でも。
 シマロンは当たり障りのない返答をした。

「ケンウッド博士が昨日の朝の散歩の時に森で落し物をしたので探しに来たんだ。俺は彼のボディガードが到着する迄博士のお供をしたまでだよ。森で迷子になられると困るからな。」
「落し物?」
「うん。博士に取っては宝物だ。子供の玩具だが。」
「例の騒ぎには関係ない?」
「ない。」

 ないことにしておこう。博士は捜査に関するヒントをくれたが、それを電話でヴァンスに語る必要はない。

「博士はもう帰ったのか?」
「うん、ボディガード共々帰った。」
「泊まって行けば良いのに。」

 ホテル経営者らしいコメントだ。シマロンは笑った。

「明日はもう東部に帰るそうだからゆっくりしていられないのだろう。」
「博士にここの土地のPRを頼みたかったんだがな。」

 ヴァンスも笑って、晩飯は済ませたかと訊いた。シマロンが買って来たところだと言ったら、それじゃ後でそっちへ行くよと言って、ヴァンスは電話を切った。
 ハーローが帰り支度をしながら、シマロンにヴァンスが来るのかと尋ねた。

「来ると言っていた。彼は世間話をしたいのさ。社長が従業員相手に喋って仕事の邪魔をする訳に行かないからな。」
「それじゃ、来月の第3日曜日の夜にレストランを貸し切れないか訊いて下さい。友達の結婚披露パーティーをする場所を確保しておきたいので。」
「誰が結婚するんだ?」
「高校時代の同級生のラリー・ベンソンです。」

 シマロンは思い浮かべようとしたが、無駄だった。町外の住人で年代も下の人間は記憶になかった。

「俺の知らない男だな。俺はパーティに出なくても済むんだろ?」
「強制はしませんが、自由参加です。参加費は当日集めます。」
「行かない。」

 2人は笑った。そしてシマロンは日付を確認してレストランの予約を取る約束をした。
 ハーローが帰宅して1時間ほどしてからジョン・ヴァンスがビールを数本手土産に現れた。シマロンは勤務中だと言いつつ、1本だけ手に取った。

「忘れんうちに頼むよ、ハーローが友達の結婚披露パーティーでお宅のレストランを貸し切りたいと言っている。」
「いつだ?」
「来月の第3日曜日の夜。」

 ヴァンスが端末を出してホテルの予約状況を確認した。日付を確かめ、ちょいちょいと操作した。

「よし、取っておいたぞ。これが有名リゾート地だとこうはいかん。半年先まで予約が入っているからな。」

 自嘲気味に笑って、彼はシマロンの机の向かいに座った。

「なぁ、本当のことを教えろよ。コロニー人の博士は何をしに来たんだ?」




2020年7月19日日曜日

蛇行する川 2   −13

「そろそろ我々はお暇するよ。」

 ケンウッド博士が立ち上がった。サルバトーレもそれに続いた。シマロンは2人を出口まで送った。

「朝早くから私の失敗に付き合わせて申し訳なかった。」

と博士が謝罪した。シマロンは首を振った。

「いや、楽しかったです。見ての通り、暇な保安官事務所ですから、森での指輪探しや貴方のゴミからの推理をお聞きするのは滅多にない体験でしたし、勉強になりました。」
「ただコロニー人だから知っていることを偉そうに講釈したまでだよ。私の方こそ警察の仕事をちょこっと見せてもらえて貴重な体験をさせてもらった。有難う。」

 ハーローの方はサルバトーレとの別れを惜しんでいた。

「どうやったらそんな立派な体を作れるのだろう。」

 ハーローは身長はあるが細身で頼りなげに見える。サルバトーレの鍛えられた肉体が羨ましいのだ。トレーニング、とサルバトーレは言った。

「毎日欠かさずトレーニングする、それだけだ。」

 事務所から出て、博士がシマロンを振り返った。

「事件が解決したら教えてもらえないかな? 遺体の発見者として、結末が気になるよ。」
「そうでしょうね。」

 シマロンが名刺を出すと、博士も自身のものを出した。役職は書いておらず、ただ連絡先の電話番号が一つ名前の上にあるだけだ。

「通常、外からドームに電話を掛けると保安課と言う部署で一旦取り次がれる。ドームの職員は直通で話しが出来るが、外の人は内部の人間が電話に出ることを承諾しないと保安課は取り次がないのだ。ちょっと面倒な仕組みなのだがね、200年間そう言う規則になっている。君は警察関係だから、保安課は遺伝子管理局に用事があるのでなく私に掛かって来たと知れば不審に思うだろう。もし要件を聞かれたら、ケンウッドの友人だと答えてくれれば良い。クリアクリークの保安官と友達になったと保安課責任者に告げておくから。」
「保安課は僕の所属部署だから。」

とサルバトーレが言い添えた。

「僕の名前を出してくれても構わない。」
「ドームに遊びに行けないのが残念だな。」

 ハーローが心から残念そうに言った。シマロンがからかった。

「君が妊娠出来れば良かったのにな。」

 4人で大笑いした。それからケンウッド博士とボディガードのサルバトーレはそれぞれ乗ってきた車に再び乗り込んでクリアクリークの町から去って行った。
 車が見えなくなると、ハーローが言った。

「あの博士、本当にドームの長官なんですよね?」
「うん。」
「やっぱり凄い頭の良い人みたいですね。穏やかに喋っているけど、どの言葉も説得力がある。」

 この大陸の人間は皆南北アメリカ大陸ドームで生まれる。シマロンもハーローもヴァンスもサルバトーレもハイデッカーもカリもフォイルも・・・
 シマロンはぼんやりと思った。

 養子になる赤ん坊がどこから来るのか、ケンウッド博士は知っているんじゃないか?



蛇行する川 2   −12

 サルバトーレも起きてきたので、ハーローがコーヒーを淹れていると業務用コンピューターに郡警察本部から遺体となったコロニー人の資料が送られてきた。写真、経歴、遺伝的特徴、地球に来る直前の出発地、乗った宇宙船、ドーム空港で撮影された防犯カメラの映像、等々。シマロンは顔写真と身体的特徴を端末に保存した。他の情報は足取り調査に必要と思えなかった。

「殺人の可能性がある。このデレク・デンプシーが追いかけて来た賞金首の人物が彼を殺害して牛の舌に埋めたと思われるから、聞き込みは慎重に行ってくれ。」

 シマロンがハーローの端末に情報を転送していると、サルバトーレが言った。

「犯人は牛の舌に死体を埋めれば誰にも発見されないと思ったのかな。」
「多分ね。」

 シマロンは壁の地図を見た。蛇行するグリーンスネイク川が青く描かれている。牛の舌は大きくヘアピンカーブになっていた。

「地図で見れば川岸に陸から簡単に行けそうに見えるが、実際の崖はもう少しこちらにある。崖には降りるルートがない。川原に行くには川を下って船で行くしかない。あそこの土が人力で掘れる固さだと知っているのは、実際にあの場所に上陸したことがある人間だけだ。」

 地元の住民が犯人なのか? シマロンは嫌な気分になった。この町は彼が育った町だ。ハーローもヴァンスもここの出身だ。親しくない人でも子供の頃からの顔馴染みばかりだ。そんな小さなコミュニティで殺人事件が起きたなど考えたくもない。
 するとケンウッド博士が宇宙育ちとは思えない意見を出した。

「その遺体を埋めた人物は、大雨が降ると川が増水して遺体に被せた土が流されると予想しなかったのだろうね。」

 シマロンは思わず彼を振り返った。

「川の増水を予想出来なかった、ですって?」
「増水は予想出来ても、土が流されることを想像出来なかったのだよ。」

 博士は言った。

「コロニー人は雨に慣れていないから、雨が降ると地面にどんな現象が起きるのか、興味を抱いて眺めるんだ。少なくとも、私が働いているドームでは、殆どのコロニー人が着任して暫くは雨が降ると外が見える場所に行って見物している。地面に水の流れが出来ると、細い流れでも『川だ』と喜んでいる。だがドームの周囲で大量の土砂が流されることはない。大きな川はないし、地面は平だからね。水の力で地面が崩れたり流されることがあるなんて、皆想像出来ないのだ。」

 彼は言い訳した。

「だから、川下りのボートから遺体の腕が見えた時、私は何故そこにあんな物があるのか、すぐには理解出来なかった。シュリーもわからなかったし、サルバトーレも都会育ちだからそれが埋められた物が露出しているとわからなかった筈だ。」

 サルバトーレが素直に認めた。

「自分が見ている物が何なのか理解するのに時間がかかりましたね。」
「つまり?」

 シマロンは博士の結論を待った。ケンウッド博士はちょっと考えてからまとめた。

「君の意見と私の考えを総合してみるに、木星の賞金稼ぎをあそこに埋めた人物は、あの場所に人が容易に近づけないこと、掘りやすい固さの土であることを知っている。しかし、川が増水すれば土が流れることを予想出来ずに遺体を埋めた。そして私はこの2、3日の間に捨てられたと思える重力障害の薬剤の包装ゴミを拾った。」
「・・・と言うことは、犯人は?」
「川下りをした経験があるコロニー人だね。しかも長期滞在しているが、誰もその人がコロニー人だとは知らない。」

 シマロンとハーローは互いの顔を見合った。

「マイケル、重力障害の薬剤が手に入る薬局を探してくれ。デンプシーの写真を見せて、彼が薬を購入した人を探していなかったか訊くんだ。」
「わかりました。」

 ハーローは自身の机のコンピューターに向かった。最寄りの薬局から順番に質問状を送りつけるのだ。
 シマロンはちょっと考えてから、コロニーから地球に送られて来る犯罪者指名手配掲示板にアクセスした。想像したより多くの名前がズラリと出てきて、一瞬退いてしまったが。

蛇行する川 2   −11

 運転の前に少し昼寝をしたいとケンウッド博士が希望し、サルバトーレも休憩が必要だろうと判断したので、シマロンは奥の仮眠室を貸した。しかし博士はサルバトーレにベッドを譲り、彼は留置場の寝棚で横になった。勿論面白がっているのだ。子供の様なところがある博士にシマロンは折れるしかなかった。
 事務所内はシマロンとハーローの2人になった。クリアクリークは観光シーズンでなければ実に退屈な平和な町だ。書類が溜まる訳でもなく、電話が絶えず鳴ることもない。執務机の前でシマロンも睡魔に襲われかけた時、電話が掛かって来た。掛けて来たのはステラ・カリ警部補だった。
 簡単な挨拶の後で、カリ警部補が遺伝子管理局の鑑定結果を告げた。

「遺伝子登録データに該当者がなかったので、ハイデッカーは本部にデータを送信して分析してもらったの。」

と彼女はハイデッカーが電話で言わなかったことを教えてくれた。シマロンの眠気が吹っ飛んだ。

「何かわかったのか?」
「遺体はコロニー人だったわ。」

 カリが電話の画面の中で肩を竦めた。

「流石にドームね、地球人とコロニー人の遺伝子の違いがわかるみたいよ。南北アメリカ大陸ドーム中央研究所の名前で分析結果が送られてきたわ。遺体の身元もわかった。」
「この州に在住のコロニー人?」
「それが違うの。」

 カリが悩ましげに額にシワを作った。

「42日前にドーム空港で地球入管手続きをした木星第2コロニー出身のデレク・デンプシー、54歳、職業は・・・」

 彼女はリストから目を上げてシマロンを見た。

「バウンティハンター。」
「バウンティハンター?」

 シマロンは少し声を大きく出してしまった。ハーローが読んでいた雑誌から顔を上げて振り返った。

「宇宙から来た賞金稼ぎが、あの死体になっていたのか?」
「そうらしいわ。」

 カリは溜め息をついた。

「地球と宇宙連邦は刑事事件の協定を結んでいないのよ。コロニー人が地球で事件に巻き込まれた場合、誰が担当するかは連邦捜査局が決めることになっているんだって。」

 郡警察本部でもこれは初めての事態なのだろう。カリ警部補は遠い中央政府から人が来て現場を引っ掻き回すのが嫌なのだ。それはシマロンも同じだった。郡警察からフォイル刑事が来て捜査の主導を取るなんてことになるのは御免だ。

「最悪の場合・・・」

 カリは呟いた。

「宇宙から憲兵隊が降りて来るわ。もっとも、賞金稼ぎが憲兵隊を動かすほど重要人物とは思えないけど。」
「こっちで出来る限りのことはしてみよう。」

とシマロンは言った。

「そのデンプシーとか言う男の資料を送ってもらえないかな? せめて42日前に彼が地球に来てここで死んで埋められる迄の足取りを追いかける程度のことは出来るかも知れない。」
「そうしてくれる?」

 カリ警部補が微笑んだので、端っからそのつもりで電話を掛けてきたな、とシマロンは感じた。

「目撃者を探してみる。一月ちょっと前だから、まだ覚えている人がいるかも知れない。」
「頼んだわよ。資料は1時間以内に送るわ。」

 カリ警部補が画面から消えた。
 シマロンが業務用コンピューターを本部との通信に切り替えた時、後ろでクシャミをした人がいた。振り返るとケンウッド博士が留置場から出て部屋の入り口に立っていた。

「遺体はコロニー人だと判明したのかね。」
「ええ、木星から来た賞金稼ぎだそうですよ。」
「賞金稼ぎが何故こんな・・・」

 博士はちょっと言葉を選んだ。

「宇宙船が発着する空港から遠い町に来たんだ?」

 こんな田舎町にコロニーの賞金稼ぎは何の用があったんだ? きっとそう言いたかったのだ、とシマロンは思ったがこだわらないことにした。言葉を言い換えても、博士が本当に言いたいことは同じだ。何故賞金稼ぎはここに来たのか。

「博士、42日前に地球へ来て、それから、恐らく死ぬ迄に一週間か10日程だったと思いますが、あの賞金稼ぎに重力障害の薬は必要だったでしょうか?」

 ケンウッド博士は部屋の中に入って来て、昼寝前に座った長椅子に腰を下ろした。

「重力障害と言う病気は最短でも半年以上地球に連続して滞在しなければ起こらない病気だよ。通常は発症迄2、3年はかかる。だから普通に観光に来るコロニー人や1年以内に宇宙に戻る予定の留学生やビジネスマンはそんな薬を服用しないし、必要ともしない。毎日ジョギングなどして健康維持に努めていれば全く危険はないから。」
「では・・・あのゴミを落とした人物は、遺体で発見された賞金稼ぎではない?」

 シマロンの問いかけに、ケンウッド博士は首を振った。

「新しいゴミだったから、死んでいた人が服用したとは考えられないね。」

 するとハーローが、あのう、と声を掛けた。

「僕も質問して良いですか?」

 博士が彼を振り返って微笑んだ。

「どうぞ。」
「その、ゴミになっていた薬は、麻薬代わりに使われたりします?」
「どう言うことかな?」
「つまり、地球人には用がない薬でも、飲むと麻薬みたいな幻覚作用とか出て、それで地球人が麻薬代わりに売買したり・・・」

 博士が小さく笑った。

「重力障害の薬はどれもそんな副作用はないんだよ。常習性もないから、飲み忘れる人が多いくらいだ。」
「そうなんですか・・・」
「色々な犯罪の可能性を考えていたのだね。うん、警察で働く人として当然の考えだ。」

 博士に褒められた気がして、ハーローははにかんだ笑みを浮かべた。
 

蛇行する川 2   −10

 カフェを出た4人は2台の車で保安官事務所へ引き上げた。事務所前の駐車場にはケンウッド博士が乗ってきた車とサルバトーレが乗ってきた車が並んで停められていた。博士が肩をすくめた。

「帰りは2台で・・・不経済だと副長官に叱られるなぁ。」
「燃料代はドームへ請求が行くんですか?」
「そうしてくれと私が頼んだからね。」

 博士は哀しそうな顔でパトロールカーを降りた。シマロンは車を車庫に入れた。ハーローがまだ駐車に手間取っていたので先に事務所の入り口を開けて博士を中に通した。博士が保安官事務所に入ったのは初めてだ。彼が物珍しそうに中を眺めている間にシマロンは留守の間に郡警察本部から入る情報や町内からの連絡事項のチェックを行った。本部からはまだ何も来ていなかった。DNA鑑定で身元が判明しなかったので、保安官事務所に遺体の身元調査の要請を出せないのかも知れない。
 サルバトーレが入ってくると、博士と並んで来客用の長椅子に座った。シマロンはそこで博士に打ち明けた。

「遺体の身元はまだわからないんです。遺伝子管理局のDNA鑑定ではデータがなかったそうです。」

 ケンウッド博士がシマロンを見つめた。

「データがない? 違法クローンかね?」
「あるいは未登録のコロニー人の可能性もあります。」

 博士がポケットからPTPのカケラを出して眺めた。

「死因や死亡推定時期などはわかったのかな?」
「ええ。死因は鈍器による右後頭部殴打に起因する脳の損傷、死亡したのは恐らく一月前と検死結果が出ています。」
「念のために聞くが、この地域で直近一月前から行方不明者の届出は出ているのだろうか?」
「ありません。あれば保安官事務所からすぐに届出のリストを本部に送っています。」

 シマロンはハーローを見た。ハーローが、直近半年間行方不明者はいないと言い切った。博士が重ねて尋ねた。

「コロニー人は本当にこの地域に住んでいないのだね?」
「その筈です。」

 シマロンは肩を竦めた。

「住民全員の遺伝子検査をした訳じゃありません。選挙の時に投票所の入り口でDNAによる有権者確認をしますが、最後の選挙から3年目です。その間に住民の異動が数件ありましたが、書面による届出ですから。」

 サルバトーレがPTPのゴミを見たが、彼には何もわからない様子で沈黙していた。ケンウッド博士は端末を出した。ゴミを側のテーブルの上に置くと、どこかに電話をかけた。暫くして男の声が聞こえた。

「ヤマザキだ。ケンさん、どうした?」
「ヤァ、ケン、ちょっと見てもらいたい物があるんだ。」
「ケンさんの見てもらいたい物って、碌なもんじゃなさそうだな。」
「まぁそう言うなよ、ケン。意外な場所で意外な物を拾ったんだ。」

 ケンウッド博士はテーブルの上に置いたゴミの上に端末をかざした。

「これは何処の会社の製造かわかるか?」
「アンチ重力剤か? さて・・・ドームじゃ使わん薬だからなぁ・・・ちょっと待て。」

 ハーローがサルバトーレに「誰?」と小声で尋ねた。サルバトーレも低い声で答えた。

「ドームで一番偉いお医者。」

 10秒後に医者が電話口に戻った。

「それはスパイラルストリーム社の『ラクラクスキップ』ってヤツだな。」
「地球上ですぐ手に入るのか?」
「真っ当な薬局へ行けば買えるだろう。真っ当な医者の正規処方箋が必要だがね。」
「その真っ当な薬局と言うのは、どの州にでもあるのだろうか?」
「そりゃどの州にでも真っ当な薬局があれば真っ当な医者もいるだろうさ!」

 電話の向こうのドームの医者が言った。

「ケンさん、可笑しなことに首を突っ込むんじゃないぞ。アキを振り回したりしてないだろうな?」
「してない、してない。」

と言いつつ、ケンウッド博士は肩を竦めた。シマロンは博士と医者の会話が面白かったので聞き耳を立ててしまったが、ふと気が付いた。森で博士が話していた仲良しの「もう1人の友人」はこの医者ではないのか。

「意外な場所で拾ったと言ってたが?」
「森の散歩道で拾った。」
「それが何か?」
「この地域にコロニー人は住んでいないし、観光客としてのコロニー人もシュリーと私だけだった。」
「それで?」
「それだけだよ。仕事の邪魔をして済まなかったね。」

 ケンとケンさんの会話は、ケンウッド博士がそれ以上医師に詮索されるのを嫌って切ってしまったので終わった。
 シマロンは博士と目を合わせた。

「博士はあの遺体とこのゴミに何か繋がりがあるとお考えなのですか?」
「どうだろう。」

 ケンウッド博士はちょっと遠くを見る目つきになった。

「意外な場所で意外な物を見つけたので興味を引かれただけ・・・かな。しかし、遺体の身元が不明と聞いて、気になってきたのだ。しかし、これは警察の仕事だ。私が口出ししてはいけない。」

 シマロンはサルバトーレが微かに笑みを口元に浮かべたことに気が付いた。何か言いたそうで、結局ボディガードは何も言わなかった。





蛇行する川 2   −9

「俺に捜査権はないんだが、遺体の死因とか年齢とか人種は教えてもらえないだろうか。身元調査する必要があると思うのでな。」
「いずれ郡警察から身元調査の要請が行くだろうが・・・」

 ハイデッカーはフォイルの様な意地悪な男ではない。DNA鑑定の際に判明したことと検屍官から知り得たことを教えてくれた。

「遺体は白人、男性、年齢は・・・推定55歳、しかしコロニー人であった場合は見た目は30代半ばだったかも知れない。髪の色は赤茶色、目はグレー、死因は頭蓋骨の陥没から診て、鈍器による右後頭部殴打による脳の損傷・・・背後から殴られていたから犯人は右利きだな。」

 シマロンはポケットの中を探った。あの薬剤包装のゴミはなかった。ケンウッド博士のシャツのポケットの中だ。

「ジェラルド、その遺体は何時頃から牛の舌にあったのだろう?」
「それは専門家に聞かないと・・・ただ遺体は死後一ヶ月は経っているそうだ。」
「もし、その遺体が生前何か毎日薬を服用していたら、わかるかな?」
「それも専門家に聞いてくれ。」

 ハイデッカーは面倒臭そうに答えた。

「捜査権がないのに熱心に訊くんだな。」
「そりゃ、俺の事務所の管轄内で発見された遺体だからな。気になるさ。水に流されて付いた傷はなかったんだな?」
「皮膚の状態を僕は診た訳じゃないから。」

 遺伝子管理局はDNA分析をするだけだ。検視室に入ることはあっても解剖などには立ち会わない。検査用の検体細胞をもらうとすぐに外に出てしまう。誰だって遺体を見るのは嫌だからな、とシマロンは苦笑した。遺体の詳細を知りたければカリ警部補に聞いた方が良いだろう。フォイル刑事には絶対頼みたくない。
 ハイデッカーとの通話を終えたところにケンウッド博士が戻って来た。従業員と話し込んでしまった、と時間がかかったことを言い訳した。

「このホテルがロボットのボーイを使わないのは雇用促進のためなんだね。」
「それにロボットのリース料の手続きが面倒だからですよ。」

とハーローが訳知り顔で言った。

「掃除やら消毒やら、作業の目的毎に契約しなきゃいけないんです。そう言う会社しかこの辺りになくてね。」
「でも人件費に比べれば安いだろう?」
「大きなホテルなら安くて便利でしょうけど、ここの様な規模じゃ人間を使っても変わらないんですよ。」

 ハーローが説明した。

「働く場所があるから人が集まって来る、良いことでしょ、博士?」
「そうだね。」

 ケンウッド博士は納得がいったと言う顔をした。

「宇宙にある何でもかんでもロボットに任せっきりのホテルなんかより、私はここの方がずっと好きだよ。温かいし、ホッとする。」

 そしてシマロンに向き直った。

「遺伝子管理局はもう遺体のDNA鑑定を済ませただろうか?」
「丁度今さっきまでハイデッカー氏とその話をしていたんですよ。」

 シマロンは端末をちらりと見せた。知りたいですか?と目で問うと、博士が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「警察の情報を私が聞くのは不味いんじゃないかな。」



2020年7月18日土曜日

蛇行する川 2   −8

 ケンウッド博士の質問の真意を正確に解したのはシマロン1人だけだったが、ハーローが「いません」と答えた。

「コロニーの人がわざわざこんな何もない土地に住み着く理由がないじゃないですか。」
「そうかね?」

 ケンウッド博士はテラスの周囲を見回した。

「こんなに素晴らしい自然に囲まれた土地なのになぁ。」

 シマロンはサルバトーレを見た。

「君の先祖はどこの部族だい?」

 すると奇妙なほどにサルバトーレが狼狽えた。ええッと・・・と彼は困惑してケンウッド博士を見た。助けを求める目付きだ。博士が答えた。

「ダコタ族だったと思うよ。でも大異変のお陰で家系を辿るのが難しくなっている。」
「サルバトーレさんも養子なんでしょ?」

 ハーローが無邪気に尋ね、サルバトーレは頷いた。ちょっとホッとした表情だ。シマロンは何に彼は動揺したのだろうと思ったが、大した問題ではないと断じた。
 ケンウッド博士が時計を見た。

「そろそろサンダーハウスに戻ろうかな。シュリーに内緒で出てきてしまったので心配しているかも知れない。」
「大丈夫です、博士。僕が彼女に断ってきました。」

 サルバトーレがそこのところは怠りなく対処してきたと態度に表して言った。博士が不安げに尋ねた。

「落し物のことを言ったのか?」
「いいえ、博士がクリアクリークの町を気に入られてまた出かけて行かれたと報告しただけです。彼女は早く追いかけろと僕に指示しました。遊びに行くのは構わないが、無断で出かけるなと仰っただけですよ。」
 
 まるで配偶者のようだ、とシマロンはシュリー・セッパー博士のケンウッド博士に対する接し方をそう感じた。指輪を渡して会うたびに彼が持っているかチェックを入れる。彼の行動は大体お見通しで、祖父と孫ほどの年齢差があるにも関わらず彼を子供を見守る母親の様な目で見ている。
 
「それならもう少しゆっくりして行こうか。保安官も時間は大丈夫ですか?」
「住民から何か言ってこない限りは・・・」

 ケンウッド博士は頷くとウェイターを呼んだ。そして勘定を頼んだので、シマロンはちょっと慌てた。博士は4人全員の勘定を依頼したのだ。

「博士に奢っていただく訳には・・・」
「いや、奢らせてくれないか。私の失敗で君達を振り回してしまったからね。」
「しかし・・・」

 サルバトーレがシマロンの手を抑える仕草をした。博士の好きにさせてやってくれと目で要請してきた。シマロンは渋々引き下がった。

「わかりました。有り難くご馳走になります。」
「有り難うございます。」

 ハーローもちゃっかり礼を述べた。恐らくこの4人の中では実際にケンウッド博士が一番の高給取りなのだ。ウェイターが精算機を持って来たので、博士はそれにカードをかざした。端末での支払いではなくカードだ。そう言えば遺伝子管理局の連中も支払いはカードを使っているな、とシマロンはぼんやりと思った。コロニーの経済がどんな方法でお金の遣り取りをしているのかわからないが、ドームではカードを使用するらしい。
 支払いが終わると、博士はちょっと失礼と断って建物の中に入って行った。お手洗いに行ったのだろう。彼の姿が消えると、ハーローが

「良い人ですね。」

と同意を求める様に言った。サルバトーレが無言で大きく頷いた。シマロンはハーローがそう思うのはご飯を奢ってもらったからだとわかっていたが、その言葉を否定するつもりはなかった。
 シマロンの端末に電話が掛かって来た。シマロンはサルバトーレに断って電話に出た。

「クリアクリーク保安官・・・」
「トニーか?」

と遺伝子管理局タンブルウィード支局長ジェラルド・ハイデッカーの声がした。

「フォイルから連絡はあったか?」
「ある訳ないだろう。あの男はタウンマーシャルなんかに事件の捜査進行状況なんか話さない。」
「そうか。では僕がDNA鑑定結果を教えてやるよ。君も関わったんだから知る権利はある。」
「遺体の身元が判明したのか?」
「否。」

 シマロンは思わず、「はぁ?」と声を出した。

「鑑定に失敗したのか?」
「失敗なんかしない。」

 ハイデッカーがムッとした。

「遺伝子管理データに登録されていない人間だと言うことだ。」
「それはどう言う・・・」
「違法クローンか、コロニー人だってことだ。」

 シマロンの脳裡に昼前ケンウッド博士が森で拾ったPTPのゴミが浮かんだ。


 

蛇行する川 2   −7

 その日のランチのメインは魚料理で、3種類から好きな物を選ぶのだ。シマロンは肉の方が好きだが、魚しかないのでキャットフィッシュのフライを選んだ。すると何故か残りの3人も全員同じ物を注文した。

「キャットフィッシュがお好きなのですか?」
「そう言う訳じゃないが、食べたことがないので食べてみたいんだ。」
「僕もです。」
「僕はフライしか魚は食べないですよ。」

 ハーローがランチの誘いに乗ったことを後悔しているふりをして、一同を笑わせた。男4人で賑やかなランチを取った。ハーローが博士の落し物は何だったのかと尋ねたが、シマロンは博士の大事な物さと言って終わらせた。サルバトーレも物問いたげに博士を見たが、ボディガードは結局詮索しなかった。彼はいつもの様に別のテーブルに着こうとして、博士に強引に同席させられたのだ。

「保安官と保安官助手が同席しているんだ、君も一緒に座りなさい。」

そう言われるとボディガードは逆らえなかった。その上、出てきた料理の量が多いと言って、博士は自身の皿のキャットフィッシュフライを数切れサルバトーレに譲ってやったのだ。シマロンは父親が食事を分けてくれたことを思い出した。父親はケチだったが、息子に空腹な思いは決してさせなかった。シマロンの好物は皿にたっぷり盛り付けてくれた。
ケンウッド博士のサルバトーレに対する振る舞いは、上司が部下にするものではなく正に父親が息子にしてやる愛情表現だった。そしてサルバトーレは精悍な顔にちょっと照れた笑みを浮かべて恐縮していた。
 
「ところで・・・」

 と思い出した様に博士が質問した。

「この町にコロニー人は住み着いていないのかね?」

蛇行する川 2   −6

 シマロンとケンウッド博士はホテル・モッキングバードに向かって歩き始めた。シマロンは博士が往路と違って早足で歩くので自身も歩調を早めた。

「博士、貴方やセッパー博士はその薬を服用されないのですか?」
「しないよ。」

 博士が前を向いたまま答えた。

「サンダーハウスの研究者達は服務規定通りに定期的に重力休暇を取って宇宙へ帰る。シュリーも例外じゃない。規定破りをすれば研究費を削られるか、解雇されるからね。ああ言う研究組織はかなり厳しいんだ。病人が出した研究結果を世間が認めるかどうか、神経を尖らせているから。」
「貴方は?」
「私は不定期ではあるが、必ず一年間に割り当てられた休暇は取る。部下の健康を守るのが私の仕事だ。リーダーが規定を違反するのは不味いだろう。」

 彼はシマロンに顔を向けた。

「だから、さっき拾ったゴミは、誰か他のコロニー人が捨てたのだよ。」
「あの薬は毎日飲まなきゃならない物なんですか?」
「薬の種類にもよる。製造会社によって成分が異なるから。しかし概ね毎日服用するものだ。」

 ホテルに近づくと昼時でカフェから良い匂いが漂って来た。シマロンは朝が早いので空腹を覚えた。一緒にランチにしませんかと博士に声をかけようと思って、保安官事務所に博士のボディガード、アキ・サルバトーレが来ているであろうことを思い出した。彼は歩きながら端末を出した。マイケル・ハーローに電話を掛けた。

「マイケル、サルバトーレさんは着いたか?」
「とっくの昔に・・・」

 ハーローが陽気に答えた。

「探し物は見つかったんですか?」
「見つかった。これからホテルのカフェで昼飯にしようかと思うのだが、君とサルバトーレさんも一緒にどうだ?」
「良いんですか?!」

 ハーローの声が弾んだ。

「すぐ行きます!」

 サルバトーレの意見も聞かずにハーローは電話を切った。
 シマロンは苦笑して、ケンウッド博士を振り返った。博士が優しい笑みを浮かべてこっちを見ていた。

「君は優しいボスだね、保安官。」
「2人きりの事務所ですからね。」

 テラスにテーブルを確保すると、シマロンはヴァンスを探しにフロントへ行った。ジョン・ヴァンスは出かけていたが、フロント係は保安官の質問に素直に答えた。この一月ばかり、コロニー人の客はサンダーハウスからの2人だけだったと言う。

「川下りのシーズンじゃないですからね。」

とフロント係は言った。

「もう少し上流で雨が降らないと、迫力のある水流下りは無理ですよ。コロニー人は釣りをしたがらないし。」

 それでも係は宿泊者データを覘いて確認してくれた。宿泊者は必ず端末のIDを提示して宿泊者名簿に登録するのが州の条例で定められている。拒否すれば宿は泊めないのだ。
 シマロンが係に礼を言ってテラスに戻るとケンウッド博士がトイレから帰って来たところだった。手を消毒しに行ったのだ。シマロンも手を洗うべきだと気が付いた。ケンウッド博士はドームの長官だ。ドームは地球上で最も清潔な場所で、入る時はお腹の中まで消毒されることで有名だ。手を洗わない人と食事を共にするのは嫌だろう、とシマロンは考え、近くの水栓で手を洗浄した。消毒といかなくてもこれなら許してもらえるだろう。
 席に着いて料理を注文したところへハーローとサルバトーレが現れた。ボディガードの顔を見て、ケンウッド博士が立ち上がった。

「アキ、無断で出かけて済まなかった。心配を掛けて申し訳ない。」

 腰の低い長官だ。長官と言えば政治家同然なのだからもっと踏ん反り返っていそうなものだが・・・。シマロンは何故遺伝子管理局のハイデッカーやボディガードのサルバトーレがこの人に親近感を持って接するのか、わかるような気がした。ケンウッド長官は、

 どこにでもいる小父さんタイプなのだ!

 サルバトーレが苦笑しながら首を振った。

「貴方がご無事なら何も申し上げることはありません。でも、せめて私が起きるまで待って下さいな。」




蛇行する川 2   −5

 シマロンがコロニー人の野歩きに付き合うのはこれが初めてではない。護衛付きでないと嫌だとゴネる輩がたまにいて、ヴァンスに時々依頼されるのだ。クリアクリークは平和な町だし、ヴァンスから「特別手当」が出るので、シマロンは拒まないし、ハーローも文句を言わない。ハーローが付いて行くこともあるのだ。ただ、そう言うコロニー人は結構我儘で、草木をやたらと傷つけたりするので、注意しなければならない。喧嘩になりそうな時はこっちが警察だと言うことを思い出させる。「地球人保護法」に違反すれば地球から退去しなければならないし、2度と地球上陸許可が降りなくなるから、ビジネスで来るコロニー人は殊勝にも従ってくれる。面倒なのはしがらみのない観光客で、「地球人保護法」違反がどんなに厄介な事態に進展するのか理解していない。地球退去の際に宇宙軍の一部であり月に本部を置く地球周回軌道防衛隊憲兵隊に連行されるに及んで初めて自分が犯罪者として扱われていることに気がつくのだ。
 ケンウッド博士はお行儀の良いコロニー人のお手本みたいな人だった。ゴミとなった空のコーヒー容器をずっと片手に持ったまま、探し物をした。草を搔きわける時は植物を痛めないよう注意を払った。シマロンも博士に倣って慎重に薮の中を覗き込んだ。
 ミントの群生地に到達してしゃがみこんで草をかき分けていると、シマロンの目に銀色に光る物が入って来た。そっと葉っぱを退けると赤い石が付いた小さな指輪が転がっていた。

「ありました、博士! 見つけましたよ!」

 思わず声を上げると、ケンウッド博士が「おお!」と嬉しそうに声を出して振り向いた。

「やはりここで落としたのか! 有難う、保安官!」

 博士とシマロンは殆ど同時に立ち上がった。時刻は既に昼前になっていた。
シマロンが拾った指輪を見せると、ケンウッド博士はそれを受け取り、愛おしそうに眺めた。

「ああ良かった、これでニコ小父さんなんて大嫌い、って言われずに済むよ。」
「俺もお役に立てて嬉しいですよ。」
「こんなつまらない物の為に君の時間を使わせてすまなかった。」
「とんでもない、楽しかったですよ。貴方とお話しするのは面白い。」

 ケンウッド博士は指輪をハンカチで包んで胸ポケットではなくシャツの裏側に付いている内ポケットに入れた。それから一旦地面に置いたゴミを拾い上げて、何かに気が付いた。

「ゴミが落ちている。拾っておこう・・・」

 彼は数歩横に歩いて、草の上から指輪と同じ大きさの銀色の物を摘み上げた。シマロンが気にしないでおこうと思ったのに、博士が「あれ?」と呟いた。

「我々以外にも最近コロニー人が来たのかね?」
「コロニーからの観光客はたまに来ますが・・・最近とは?」
「恐らく、君たちが言っていた大雨が降った後だよ。」

 博士は拾い上げた物をシマロンに見せた。それは銀色のPTPシートのカケラで珍しくもなんともない。これが何か? とシマロンは怪訝に感じて博士の顔を見た。ケンウッド博士が説明した。

「これは、地球に長期滞在するコロニー人が服用する重力障害対策の薬剤の包装だよ。地球人は服用しない。飲んでも意味がないし却って健康に良くない。だが、事情があって重力休暇を取れないコロニー人が健康維持の為に必要な薬なんだ。」

 そのPTPは汚れていなかった。大雨の前に落ちていたら流されて地面に落ちたか土の中に入り込んでしまったかも知れない。それに、中に入っていた薬を取り出した跡がまだ新しい感触だった。

「コロニー人の観光客がいたかどうか、ヴァンスに聞けばわかります。でも、どうして気になるんです?」
「だって・・・」

 ケンウッド博士はブツブツ言った。

「地球にゴミを捨てるなんて、けしからんじゃないか。」


蛇行する川 2   −4

 森の小径は踏み固められたダートで両脇に背の低い草花や低木が生えている。ケンウッド博士は植物を見るために身をかがめた場所以外はゆっくり歩くだけで無視した。本当に探し物をしている様子だ。立ち止まった記憶がある場所は徹底的に捜索するのだから。
 シマロンは昨日の博士の服装を思い出してみた。普通の市民と同じボタンダウンのコットンシャツとジーンズだったと思う。

「指輪は胸ポケットに入れていたのですか?」
「うん。きっと下を向いた時に転がり落ちたのだと思う。」
「いつもそこに?」
「ドームで働いている時はアパートの小物入れに保管しているのだよ。宇宙に行く時にだけ持ち出すのだが・・・」

 博士は「宇宙に帰る」とは言わずに「宇宙に行く」と言った。すっかり地球に住み着いてしまった口ぶりだ。
 コロニー人で地球に住み着く人のほとんどは貿易や研究などのビジネスに携わっている。博士もその1人だろう。そして彼等には常に「重力障害」と言う病気の危険性がつきまとう。宇宙空間で暮らす人間はそれぞれの生活環境で人工的に創り出される重力の下で生まれ育つ。人間が生きるために必要な重力だ。しかし母星である地球の重力は人工的重力より強いらしい。コロニー人は地球上で激しい運動を長時間続けられない。筋力はあっても持久力はあっても、地球の大地が引っ張る力にいつか負けてしまう。静かに暮らしていてもその影響が出るので、地球在住のコロニー人達は「重力休暇」と言う習慣を守っている。定期的に月や火星などの近いコロニーに移動して数日間体を休ませるのだ。コロニー人にとってそれは「帰る」のであって普通は「行く」とは言わない。彼等は長くてもせいぜい数年で地球を去るからだ。
 しかしケンウッド博士は地球のことをあまり熟知している様に見えないにも関わらず、地球にすっかり馴染んでいたし、長年住んでいる匂いを漂わせていた。

 きっとドームに篭りっきりの人なのだ。ドームでは毎日赤ん坊が生まれる。この人はそれを管理しているんだ。今回の様に遊びに出かけるなんて経験はない筈だ。

 シマロンは、だからこの人は子供の様に無邪気に自然を楽しんでいるのだな、と理解した。

「宇宙に行く時だけ持ち出す特別な理由でもあるのですか?」

 ははは、とケンウッド博士は小さく笑った。

「笑わないでくれるかな?」
「笑いませんよ。まだ何も聞いていませんから。」

 そうだね、と応じて、ケンウッド博士は立ち止まった。ちょうど少し開けた場所で木製のベンチが設置されていた。ヴァンスが几帳面に管理しているのか、それともボランティアが丁寧に巡回して掃除しているのか、ベンチは綺麗だった。シマロンは休憩しましょうと博士をベンチに座らせ、菓子パンの朝食を取らせた。お腹が落ち着くと、博士は先刻まで額に刻んでいた浅い皺を消した。

「いい歳をした小父さんが玩具の指輪ごときで朝っぱらから大騒ぎするのが、不思議だろうね。私も考えたら可笑しいと思うよ。」

 博士はコーヒーを一口飲んで続けた。

「私の友人夫妻には三つ子がいてね、そのうちの1人がシュリー・セッパーだ。本名はもっと長いのだが、本人が仕事で便利だからと縮めて使っている。
 私は子供達が生まれる前から夫妻の家に出入りして、生まれてからも重力休暇の時は必ず立ち寄った。だから子供達にとって私ともう1人いる友人は親も同然の存在なのだ。いくらでも甘えられる優しい小父さんで友達だね。
 三つ子が5歳の誕生日を迎えた時に、私は彼等にプレゼントを贈った。何を贈ったのか、実のところ覚えていないのだが、子供は記憶している。半年経ってまた出会った時に、シュリーがお返しだと言って、玩具の指輪をくれたんだ。結婚指輪よ、おじちゃま、ってね。」

 シマロンは「へぇ」と言うしかなかった。ケンウッド博士は続けた。

「私は有難うと受け取って、すぐに忘れてしまったのだが、次に会った時に彼女が私の指に指輪がないと言って怒ったのだ。実のところ、子供の玩具だから私の指にはサイズが合わないし、現物は地球に置いてきたので、謝るしかなかった。それ以来、私が友人の家を訪問する度にシュリーの指輪チェックが始まったのだ。」
「持っていないと怒るんですね?」
「うん。彼女は三つ子の中で一番気が強い子で、リーダー格なのだよ。機嫌を損ねると3人で報復される。」

 シマロンは思わず笑ってしまった。ドームの最高責任者が小さな女の子のご機嫌取りに玩具の指輪を後生大事に持ち歩いているのだ。

「今回の旅行にもその指輪を持って来られたのですね?」
「うん。いつチェックが入るかわからんからね。昨夜寝支度をしていて、失くしたことに気が付いて顔面蒼白になった。」
「シュリーには告げていない?」
「言える訳がないだろう!」
「サンダーハウスの中にはなかったのですね?」
「通った場所は全部チェックしたが見つからなかった。私は客人だから、行動範囲は広くない。あそこは普通の集落に見えて実際は実験場だから、無闇に出歩けないのだ。それに私は電磁波の研究者ではないし、大気汚染の研究もしていない。ただの遺伝子学者だ。宿舎と見学者が立ち入りを許される施設しか入れない。昨日はこの町から戻って宿舎から出なかったから、見学施設に落とした筈はないんだ。」
「昨日の朝、散歩に出る前は指輪はポケットにあったのですね?」
「うん。自分で入れたから覚えている。」

 ケンウッド博士にとって指輪を守るのは若い友人との約束を守る意味があるのだろう。指輪を贈ったシュリー・セッパーの方はどんな意味を込めているのだろう。
 パンを食べ終えたケンウッド博士は包み紙を丁寧に畳み、空になったコーヒーの容器の中に入れた。そしてそれを片手に持ったまま再び指輪捜索を開始した。

 


2020年7月17日金曜日

蛇行する川 2   −3

 シマロンはケンウッド博士の車を先に行かせて保安官事務所まで戻った。到着した時は午前8時半だった。事務所内ではハーローが退屈そうに書類仕事をしていた。昨夜は遅くまで居酒屋で騒いだので、遺体回収報告書がまだだったのだ。もっとも提出する上司はシマロンだから急ぎはしない。シマロンも郡警察に報告書を送付しなければならないのだが、ハーローの報告書の方を先に仕上げてもらわなければ書けない。
 シマロンがケンウッド博士の落し物を探しに森へ行くと告げると、ハーローは羨ましそうな表情をした。仕事を交換して欲しそうだったので、シマロンはサルバトーレが来るから一緒に留守番してくれと言った。ハーローはそれで我慢することを承諾した。
 シマロンが外に出ると、ケンウッド博士は姿を消していた。先に森へ行ったのかと一瞬慌てたが、博士はまだ開店していないハンバーガー屋の前に立っていた。朝ごはんがまだなのだ、とシマロンは気が付いた。近づいて来る保安官を振り返って、ケンウッド博士はバツが悪そうに微笑んだ。

「どうも私は間が悪いと言うか、場の空気を読めないと言うか、皆んなに迷惑ばかりかけているようだね。」
「誰も迷惑なんて思っちゃいませんよ。」

 シマロンはホテルの赤い屋根を指差した。

「お時間があるのでしたら、昨日と同じカフェで朝食になさってはいかがです?」
「落し物が気になるから、何か軽い菓子パンでも買って行くよ。」

 シマロンはケンウッド博士をパトロールカーに乗せた。博士は子供の様に嬉しそうな顔をして、昔の映画に出てくる車にそっくりだねと言った。
 この人は本当にアメリカの子供達が生まれるドームの最高責任者なのだろうか、とシマロンは思った。優しいただの小父さんにしか見えない。

「ところで博士、落し物って何です?」

 すると博士は頬を微かに赤らめた。

「指輪だよ。」
「指輪?」
「赤いコランダムで六条の光の模様が見える石が付いた銀のリングだ。」
「まさか・・・スタールビー?」
「本物であればね。」
「と言うと?」
「子供の玩具なんだ。地球でのコランダムの宝飾品としての価値は、私の様な朴念仁にはわからないが、火星のコロニーでは大量に産出される小惑星が発見されて以来、とても安いのだよ。もちろん、高品質の物や綺麗な石はそれなりに高価だが、ほとんどは歪で傷物だったり不純物の含有が多かったりで安いのだ。そう言うクズルビーやサファイヤは子供の玩具に使われたりインテリアの素材に用いられる。私が落としたのは、子供の玩具の指輪だ。」
「そんな物をどうして貴方が・・・」

 パトロールカーはホテルの駐車場に入った。シマロンはカフェに近い場所に車を停めた。2人でカフェに向かって歩いて行くと、コーヒーカウンターでヴァンスが自分用のコーヒーをカップに入れているところだった。幼馴染の保安官とコロニー人の客の組み合わせを見て、彼はおやおやと呟いた。

「おはよう、トニー。おはようございます、ケンウッド博士。」
「おはよう、ジョン。」
「おはよう、ヴァンスさん。」

 シマロンはヴァンスの前で立ち止まり、ケンウッド博士は食べ物を販売しているカウンターへ向かった。ヴァンスが目でシマロンに尋ねた。博士が何故ここにいるのか、と。
 シマロンは自分のコーヒーを入れた。

「彼は昨日の朝、森で散歩した時に落し物をしたそうなんだ。これから2人で探しに行く。」
「大事な物か?」
「彼にとっては大事な物らしい。」

 まだ玩具の宝石の話は完結していない。だが、あのコロニー人の博士にとって本当に大切な物なのだろう。本物の宝石よりもあの人にとっては価値があるのだ。
 ケンウッド博士がフワフワのソフト揚げパンを包んでもらってやって来た。ヴァンスが食べながら歩くのでしたら、と携行用容器にコーヒーを入れてあげた。料金は彼の奢りだと言ったのだが、博士は支払いはきちんとすると譲らなかった。それでヴァンスは容器代だけ無料にして、博士を納得させた。


蛇行する川 2   −2

 それにしても、どうしてサルバトーレはケンウッド博士の端末に直接電話を掛けて戻ってくれと要請しないのだろう。シマロンは疑問に思ったが、それは彼がドームの電話システムを知らないからだった。ドームで働く人々はそれぞれの端末に4つの番号を与えられている。個人用でドーム内部だけの通話で使用する番号、個人用でドームの内外で通話可能な番号、業務用でドーム内部だけの通話番号、業務用でドームの内外で使用できる番号だ。そして内外で使用出来る電話は、例え外にいる人間がやはり外にいる人間に掛ける場合でも必ずドームの保安課の検査機器を通して繋がるのだ。ドーム内部の機密事項が外部に漏れない為の用心で、全ての人の会話を盗聴しているのではない。沢山あるキーワードが会話の中に出てこないか、それだけをチェックしているのだ。だが私的な会話を他人に聞かれている、機械に登録されていると想像しただけでも良い気分はしない。外での仕事が日常的な業務をしているドームの人間は気にしないのだが、ケンウッド博士の様に滅多に外に出ない人は却って気になるものなのだ。
それに護衛している長官に勝手に外出されたと本部にいる上司や同僚に知られるのは、サルバトーレにとって良い事態ではない。叱責されるのは必至だ。いや、サルバトーレは叱責を恐れているのではない。身勝手な外出がドーム幹部に知れ渡ったら、ケンウッド長官自身がバツの悪い思いをするだろう、と若い保安課員は気遣ったのだ。
 そんなドーム側の事情を知らないシマロンは、ハーローに留守番を頼むとサンドイッチの袋を持ってパトロールカーに乗り込んだ。朝食を食べながらのんびり街道を半時間ほど運転して見たが、コロニー人の博士らしき運転者と出会わなかった。サンダーハウスからクリアクリークまで直通で車を法定速度で走れば2時間あまりで着く。サルバトーレの電話は7時前だった。ケンウッド博士は5時前には宿舎を出たのだろう。サルバトーレは何時博士の不在に気が付いたのだ? シマロンは時系列を確認しなかった己の迂闊さに舌打ちした。
 彼が諦めて街に戻るろうとUターンしかけた時、目の前をクリアクリークに向かって一台の乗用車が走って行った。車体にサンダーハウスの所有車である稲妻の模様が黄色くペイントされている薄い銀色の車だ。運転している中年の男の横顔に見覚えがあった。

 見つけた!

 シマロンは車の向きを変えてケンウッド博士を追いかけた。脅かしたくなかったが、サイレンを鳴らすと、驚くほど素直に相手は車を路肩に寄せて停車した。
 シマロンは後ろに停車して車外に降りた。歩いて近づくと、運転者は彼を認め、窓を開けてくれた。

「おはよう、保安官。」
「おはようございます、ケンウッド博士。」

 シマロンは相手の車体に手を突いた。

「サルバトーレさんから連絡をもらって、貴方を引き止めてくれと依頼されましたよ。」

 ケンウッド博士は苦笑いした。

「彼を困らせるつもりはなかったのだが、落し物が消えてなくなりはしないかと想像したら、居ても立ってもいられなくてね・・・森で昨日の散歩コースを歩く間だけでも猶予をもらえないかな?」

 シマロンは空を見上げた。青く晴れ渡った気持ちの良い天気だ。突風も雨もないだろう。

「わかりました、付き合いましょう。サルバトーレさんには俺から連絡を入れますが、良いですか?」
「構わない。そうしてくれた方が、彼にも迷惑がかからないだろう。」

 とっくに迷惑をかけているだろうに、と思いつつもシマロンはその場でサルバトーレに電話をかけた。サルバトーレは運転中だったが、シマロンがケンウッド博士を見つけてこれから一緒に森へ行くと告げると、保安官事務所で待っています、と答えた。
 通話を終えると、シマロンは博士に言った。

「取り敢えず、保安官事務所まで行きましょう。それから俺の車で森の入り口まで一緒に行って探し物をすると言うのはどうです?」
「いいね。」

 博士は諦めの表情で承諾した。

「人に頼めない、つまらない物なんだよ。私個人の宝物でね・・・」

2020年7月16日木曜日

蛇行する川 2   −1

 遺体回収をした次の日、この季節はいつも同じ晴れた気持ちの良い朝だった。シマロンは定刻より少し遅い起床だったが、誰も文句は言わなかったし、朝食を取りに行った居酒屋「びっくりラビット」でいつものサンドイッチのパックを受け取って保安官事務所に出勤した。マイケル・ハーローはまだ出てきていなかった。遅くまで飲んで騒いだのだろう。入り口の鍵を開けると卓上電話が鳴っていた。端末ではなく卓上電話に掛けてくるのは、ロクでもない用事だ。シマロンは折角の朝の爽やかな気分がひっくり返されないよう祈りながら電話に出た。

「クリアクリーク保安官事務所・・・」
「サルバトーレです。」

 聞き覚えのある声が名乗った。 サンダーハウスから来ていたハンサムなアメリカ先住民のボディガードだ。

「おはよう、サルバトーレさん。」
「おはようございます。そちらにうちのケンウッド博士がお邪魔していませんか?」
「ケンウッド博士が?」

 シマロンは思わず窓の外を見た。ちょうどハーローのピックアップトラックが駐車場に入って来るところだった。

「来ていないが・・・」
「そうですか。恐らくそちらに向かっていると思います。もし見かけたら足止めして下さい。あの方に勝手に出歩かれては困るので・・・」

 シマロンは戸惑った。

「それは構わないが・・・どうしていなくなったんだ?」
「昨夜遅くに博士が森で落し物をしたらしいと言い出しまして、僕が日が変わったら探しに行きますと言ったのですが、どうも落ち着かない様子で、ご自分で朝早くにサンダーハウスを出て行かれたのです。」

 あのコロニー人は車の運転が出来たのか? 確か昨日はセッパー博士が運転する車で帰った筈だが・・・。

「博士は車で出かけたのか?」
「そうです。運転はお上手なのですが、寄り道がお好きな人で、落し物も本当にそうなのか・・・」

 ボディガードは困惑しているのだ。ドーム長官が1人で勝手にお出かけしたので護衛としては責任問題が大き過ぎる。シマロンはサルバトーレに同情した。

「わかった。ちょっと道を反対方向から走って迎えに行ってみる。捕まえたら連絡するよ。この番号で良いのかな?」
「はい、これが僕の個人番号です。お願いします。僕もこれから出ますから。」

 電話を終えたシマロンは、これでまた退屈しなくて済みそうだ、と思った。




蛇行する川 1   −18

 ローカッスルの船着場でやっと清潔な水で手を洗うことが出来た。ホースで頭から水を被る者もいたほどだ。船着場の管理人ベルナルド・サンダースは良い顔をしなかったが、泥だらけの男達が20人近く桟橋や小屋を歩き回るよりは水を使われる方がましだと思ったのだろう、黙っていた。
 船着場で待っていたハーローがボランティアの人員点呼を取り、全員無事に帰還したことを確認して帰宅させた。
 鑑識班と郡警察から来た応援も泥だらけのまま帰る支度だ。

「遺伝子管理局には本部へ足を運んでもらうわ。」

とカリがシマロンに言った。彼女は手が綺麗になるとシマロンより先に電話をかけたのだ。検視局で洗浄してからDNA鑑定をしてもらった方が精度は高いだろう。
 保安官事務所の役目はこれで終わりだ。行方不明者の届出が出ていないか、上流で何か見つからないか、確認作業をする、それだけがシマロンに課せられた仕事だった。
 他所から来た人々が去って行くと、既に夕方だった。シマロンはドッと疲れを感じた。昼ごはんも食べていない。ハーローが声をかけてきた。

「自宅で着替えて下さいよ、一緒に晩飯でもどうです?」

 シマロンは苦笑いした。

「いいね、だが近所の店にしようぜ。俺は早くベッドに入りたいよ。」

 自家用車の運転席が泥だらけになったが、文句は言えなかった。帰宅するとまっすぐガレージの屋外水栓を開いて着衣ごと水浴びして泥を落としてから中に入った。着ていた服を全部脱いで洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。頭から泥に突っ込んだ覚えはなかったが、髪の毛にも泥が付いていた。遺体を掘り起こす時に飛び散った泥だろう。思い切り石鹸を付けて頭のてっぺんから足の爪先までこすった。
 新しいシャツとジーンズに着替えて1時間後に居酒屋「びっくりラビット」でハーローと落ち合った。他にもボランティアに参加していた男達数名がいて、結局その日の作業の思い出話と郡警察本部の人間の悪口で盛り上がった。一番人気があったのはロバート・フォイル刑事の悪口で、誰からも良く思われていないことが判明した。

「あいつ、身内からも嫌われているらしいぜ。」

と鑑識班と一緒に作業した男が言った。

「制服や内勤の職員を見下すんだってよ。」
「あいつ、きっとママに可愛がられて育った口だな。」

 母親がいる人間は裕福な家庭出身が多い。何故か女性は裕福な家庭に生まれる確率が高いので、その様な家庭で育った男達は養子として育った人を見下す傾向があると考えられているのだ。もちろん、女性は普通の家庭でも生まれているのだが、何故か貧困者が多い地域には生まれない。そもそも貧困者の街に女性そのものがいないのだ。
 カリ警部補の評判は良かった。但し、女としてではなく、リーダーとしての資質だ。色気がなかったと言う感想はあった。もっとも遺体回収現場で色気を振りまくおバカさんだったら警部補まで昇進しないだろう。
 シマロンは空腹のうちにビールを飲んでしまったので早く酔いが回った。仲間がまだ騒いでいるうちに、その日の労をねぎらう挨拶を簡単に済ませて、ハーローに後を任せ、歩いて帰宅した。
 寝室に入ると靴だけ脱いでベッドに体を投げ出し、そのまま眠りについた。



2020年7月15日水曜日

蛇行する川 1   −17

 遺体の収容は簡単ではなかった。牛の舌に3隻のボートで乗り付けたものの、いざ地面に上がってみると土は4日前の大雨でまだぬかるんでおり、粘土質の粘り気のある泥が足にまとわりついた。鑑識班はこの泥の中から遺留品を探すのか、と泣き言を繰った。恐らく何も出ないだろう、流されてしまったに違いない、と本部から再び出張って来たフォイル刑事が言った。
 遺体は柔らかくなった土の土手にあったので、水の流れに落とさないよう慎重に掘りださなければならなかった。足元の土が崩れるので、作業は危険と隣り合わせだった。シマロンは道案内だけのつもりだったが、結局ボランティアと共に泥だらけになって遺体を水から遠ざける作業に従事した。
 ステラ・カリ警部補は時々泥の中に足を踏み入れ、引き上げられる遺体をチェックした。どんな体勢で埋まっていたのか、服装は、手に何か持っていないか、なんども声をかけて作業を止めたので、鑑識班長が不機嫌になるほどだった。その間部下のフォイルはしっかりした地面に避難して眺めているだけだった。

「あいつ、足を滑らせないかな。」

と鑑識の1人がシマロンに囁きかけた。

「頭から泥に突っ込んでくれたら、こっちの気が晴れるのにな。」
「それなら、ちょっと来てくれ、と声をかければ良いのさ。きっと誰かにぶつかるか、何か引っ掛けるかして転んでくれる。」

 一応ホテルで軽食を仕入れて来たのだが、誰も食欲が出ず、泥まみれの遺体と採取したゴミを袋に入れてボートに乗せたのは昼を1時間も過ぎた頃だった。シマロンはハイデッカーとの約束を思い出し、連絡を取ろうと思ったが、牛の舌は高い崖に挟まれて電波が届きにくい。それに泥まみれの手で端末を触りたくなかったので、船着場まで我慢することにした。
 下りのボートは思ったより速くなかった。昨日より水流の勢いが弱まっていたのだ。仕方なくモーターを起動させて急いでローカッスルの船着場に向かった。

「周りにこれだけ水があるのに・・・」

とカリが呟いた。

「満足に手も洗えないなんて。」
「流れているのは泥水だからね。」

 シマロンは普段なら綺麗な清流なのに、と心の中で悔やんだ。サンダーハウスから来たコロニー人達にもっと綺麗な川を見せてやりたかった。そして死体の出ない牛の舌で上陸して休憩させてやりたかった。ケンウッド博士は別れ際に、いかにも遺伝子学者らしい悔み方をしたのだ。

「あの遺体があった場所なのだが、周囲を高い崖に囲まれているだろう? ああ言う周囲から隔絶された場所には固有の遺伝子を持った生物がいるものなのだよ。」

蛇行する川 1   −16

 2人の男性がいなくなると、シマロンはセッパー博士に言い訳した。

「仕事があるからここへ来ているんじゃないんだ。」

 敬語を使うのは止めた。

「起きたら天気が良かったので、ここのテラスで朝ごはんにすれば気持ちが良いだろうと思っただけで、朝食は大概どこかの店で食べている。一人暮らしだから、お気楽でね。」
「どこかの店・・・ね・・・」

 彼女が意味深に笑ったのは、このクリアクリークのメインストリートに朝食を取れる様な店が2軒しかないことを思い出したのだろう。ハンバーガー屋と居酒屋だが、居酒屋は朝の営業は7時までだ。シマロンはほとんどハンバーガー屋の一番早い客だ。
 
「郡警察の刑事と鑑識班も昨晩ここに泊まった。出会わなかったかい?」
「夜は早く休んだから、知らないわ。ニコは夜遊びを許可してくれないのよ。私の両親から監視を頼まれているのね。」

 彼女は可笑しそうに笑った。よく笑う女性だ。職場もきっと明るい場所なのだろう。
 ケンウッド博士とサルバトーレが戻って来た。どちらもたっぷりとした量の食事だ。博士がシマロンに気を利かせようと隣のテーブルに行きかけたので、セッパー博士が駄目と言った。彼にそばにいて欲しいのだ。博士が素直に戻って来て、シマロンに失礼するよと断って座った。サルバトーレは隣のテーブルだ。遠慮したのかと思ったが、ボディガードらしく動き易い距離を取っただけだとシマロンは直ぐに気が付いた。2人の博士は休暇中だが、ボディガードは任務に就いているのだ。
 セッパー博士がケンウッド博士に言った。

「郡警察の人も泊まっているんですって。でも保安官がここにいるのはただの朝ごはんの為よ。」

 背後で賑やかな声が聞こえてきた。振り返ると、年齢が様々な10人ばかりのグループが現れて朝食のテーブルの確保に勤しんでいた。ケンウッド博士が説明した。

「あの人達はサイクリングでこれから山越えして西の方へ行くそうだよ。羨ましいね。私達は多分山を登る途中で持久力が切れてしまうだろう。」

 博士はコロニー人が地球の重力に弱い筋肉を持っている為に長時間の激しい運動に向いていないことを示唆した。地球人がコロニー人に優越感を持てる数少ない瞬間だ。クリアクリークにも偶にコロニー人の観光客が来る。彼等はキャンプやハイキングがせいぜいで、山歩きはほとんどしない。シマロンはケンウッド博士の様な鍛えた筋肉の人でも無理なのか、と思った。

「鍛えておられる様にお見受けしますが?」

と言ったら、博士が自嘲気味に返した。

「若ければ私もトレッキングに挑戦するが、もう歳だからね。」
「そんな・・・お若いでしょう?」
「地球の人から見ればそうかも知れないが、私はもう77歳だよ。」

 え?! とシマロンは絶句してしまった。彼の父親より若いと思えたのに、10歳も上なのか? セッパー博士がケンウッド博士の腕に手をかけた。

「でも素敵な77歳よ、ニコ。」
「君のお爺さんと言っても差し支えない年齢だがね。」
「パパと同い年でしょ。」

 セッパー博士はシマロンに向き直った。

「コロニー人は晩婚が多いのよ。子育てで自分の時間を取られたくない人がたくさんいる訳。私の両親はニコと同様に仕事や研究に熱心で、結婚したのは50を過ぎてからなの。」

 するとケンウッド博士がちょっと咳払いをした。セッパー博士はハッとした表情になり、それっきりその話を止めてしまった。代わりにシマロンに尋ねた。

「今日のスケジュールはどうなっているの? 朝ごはんの後で警察の人々と合流するのでしょう?」
「うん。9時に事務所に集合して、地元のボランティアも一緒に川上から船で下って牛の舌へ行く。現場検証と遺体回収をして、戻るのは午後になるだろうな。」
「それじゃ、ここでお別れね。お仕事、頑張ってね。」

 セッパー博士にはっきりとお別れを告げられてしまった。


2020年7月14日火曜日

蛇行する川 1   −15

 シマロンが朝食を取ってテーブルに戻ると、セッパー博士はまたタブレットで別の人物と話をしていた。彼が向かいに座っても気にせず、

「ニコは大自然を楽しんでいるわ。地球に40年近く住んでいるのに、3日以上のタダノ休暇を取るのは今回が初めてだそうよ、信じられる?」

 彼女が笑うと、似た様な声でやはりコロコロと笑い声がタブレットから聞こえた。

「あまり小父さんを虐めては駄目よ、シュリー。」

とタブレットの中の人が言った。

「それじゃ、私はこれからレッスンだから、切るわね。」
「うん、コンクール、頑張ってね、バイバイ!」

 セッパー博士は通信を終え、シマロンを見た。問われてもいないのに彼女は説明した。

「妹なの。さっき話していたのは兄。」
「兄妹がいるんですね。」

 一人っ子のシマロンはちょっと羨ましい。養子は一人の親に一人しか認められない。子供が欲しい希望者が多いからだ。セッパー博士は子供を持つのが自由なコロニーの人なのだ。
 彼女が言った。

「三つ子なの。女2人と男1人、私と妹は一卵性の双子になるので、男のローガンは仲間外れでちょっと可愛そう。」

 何が可笑しいのか、彼女は笑った。女性2人に男性1人の三つ子なのか、とシマロンは想像した。確かに喧嘩になれば女性は連合軍を組んで男性を追い詰めるかも知れない。
 
「保安官、ご家族は?」

と彼女が訊いて来た。親父が1人、とシマロンは答えた。

「養子なんです。地球では珍しくない・・・」

 セッパー博士がなんとなく哀しげな目をしたので、彼はドキリとした。コロニー人は地球の事情をどこまで知っているのか、シマロンには想像がつかなかったが、なんとなく養子であることを気の毒がられている様な気がした。だから彼は話題を変えた。

「さっき、ケンウッド博士がタダノ休暇を取られたと仰ってましたが・・・」
「私に敬語は無用よ、保安官。」

 セッパー博士はオレンジジュースを口に含み、飲み込んで「美味しい!」と呟いた。

「ニコはとっても真面目で仕事一筋の人なの。だから、仕事絡みじゃなくてただ遊びに出かけるってことをしなかったの。だけど、それじゃ折角こんな綺麗な惑星に住んでいるのに、勿体無いじゃない? 一度で良いからお仕事を休んで遊びに行きましょう、って何度も誘って、やっと説得に成功したのよ。」

 彼女は森の方角に視線を向けた。

「でも、今頃歩きながら植物を見て、どんなDNA構成なのか考えているわね、きっと・・・」

 それは好きな男性のことなら何でもお見通しと言う女性の顔だった。まだ幼さが残るのに、この瞬間彼女は1人の大人の女の顔をしていた。
 ああ、この女性はニコラス・ケンウッドが好きなんだな、とシマロンは確信してしまった。一目惚れした田舎町の保安官が入り込む余地がないほど、この若い女性は父親ほども年上の仕事一筋の男に思いを寄せているのだ。
 シマロンはコロニー人の学者に思いを寄せる様な身の程知らずでない己に感謝した。理性は残っている。この目の前にいる娘はじきにこの町を去るのだ。
 その時、セッパー博士の顔が輝いた。彼女は腰を椅子から浮かし、腕をあげて手招きした。

「ここよ! お帰りなさい!」

 シマロンは振り返り、森から出てくる中年の遺伝子学者と西部劇に出てきそうな先住民のハンサムな若者を見た。ケンウッド博士は手に花ではなく、葉っぱが付いた草をひとつかみ握っていた。ほらね、とセッパー博士が笑いながらシマロンに言った。

「やっぱり何かDNAが気になる物を見つけたのよ。」

 ケンウッド博士の後ろを歩くサルバトーレは拓けた場所に出たので、ボディガードらしく用心深く周囲を見回していた。 博士の方は全く不用心で笑顔でシマロン達のテーブルに近寄って来た。

「ヤァ、おはよう、保安官!」
「おはようございます。」

 ケンウッド博士は草の束をセッパー博士のお皿の横に置いた。

「ミントの香りがするんだよ、嗅いでごらん。」
「へぇ!」

 セッパー博士が嬉しそうに草を摘み上げ、鼻先へ持って行った。

「ほんとだ! 保安官、これ、なんて言う草なの?」

 シマロンも鼻先に草を差し出された。確かに清涼な香りがした。

「ミントでしょうね。」

と彼は自信なさげに言った。それから博士に声をかけた。

「この植物は安全ですが、無闇に触れるとかぶれる物もありますから、気をつけて下さい。」
「ご心配有難う。」

とサルバトーレが博士の代わりに答えた。彼は端末を出して見せた。

「これで走査してから触っています。うちの科学者達は皆用心深いですから。」

 うちの? シマロンはちょっと引っかかった。するとこのボディガードはドーム専属なのか? 
 セッパー博士が立っている2人の男性に、朝ごはんを食べたら、と言った。

「保安官が来られたってことは、じきに昨日の続きが始まるってことだわ。面白そうじゃない?」
「私達は現場に行けないんだよ、シュリー。はしゃぐことじゃない。」

 分別あるケンウッド博士はそう言って、サルバトーレと共に朝食をもらいに建物の中に入って行った。




蛇行する川 1   −14

 カリ警部補の「養子になる子供はどこから来るのか」と言う疑問は、きっとケンウッド博士が答えを知っているだろうとシマロンは思った。しかしあの博士の本当の身分は警察関係者と雖も黙っていなければならない。博士自身が打ち明ける気分になるまでは。
 シマロンはダイナーを出ると自宅へ帰った。小さな戸建の古い家だが、住み心地は良い。シマロンは父親が若い頃に買ったこの家が気に入っていた。父親もここで一生を終えたいのだろうが、現在は介護施設に入居している。頭はしっかりしているのだが、右半身が不自由になってしまい、シマロン一人で世話をする時間が取れないので、父親自らが決めて入所したのだ。シマロンは月に3日、父親を連れ帰り、休日を2人でのんびり過ごすのが楽しみだった。
 川で遺体が出たと言ったら、父親はどんな感想を言うだろうか。事故だと言うか、事件だと言うか。平和な田舎町のちょっと退屈しのぎの騒ぎだと言うか。
 使い慣れた部屋のベッドで眠り、翌朝はいつもの様に6時に目覚めた。
 綺麗な晴れた朝の空を窓越しに見て、シマロンはふと思った。

 今朝はホテルのカフェで朝食と行こう!

 モッキングバードのカフェは釣りのシーズンは夜が明ける前から開いている。シーズンオフの今でも客が希望すれば早く開くのだ。忙しいホテルではないので従業員の時間調整が結構自由で、早く開ければ早く昼前の休憩に入るのだ。多分、カリ警部補は早めに朝ごはんにするだろうと予想して、シマロンは着替えるとすぐにホテルに向かって出かけた。
 ホテル前の広い駐車場には車が5台ほど停まっていた。1台は郡警察の人々に貸した保安官事務所のバンだ。昨夜は飲んだので、彼等は先にバンでホテルに行って部屋を取り、荷物を置いてダイナーへ歩いて行った。戻ったのも徒歩だ。シマロンは自分の車をバンの横に停めて、エントランスに向かった。
 入り口の左手のホテルの庭に面してカフェがある。テラスに出されたテーブルで女性が一人朝食を取っているのが見えた。あの人影はセッパー博士だ。
 シマロンはカフェに向かって方向転換した。日除けテントの下で、セッパー博士がテーブルの上に置いたタブレットを覗きながらパンをちぎって口に運んでいた。

「ちょっとスリリングな展開になると思うけど、きっとニコは私が首を突っ込むのは駄目って言うに決まってるわ。」

と彼女はタブレットに向かって言うとコロコロ笑った。タブレットで誰かが喋り、彼女はそれに対して、

「大丈夫、彼の言うことは聞くから。それじゃまたね! バイバイ!」

と言って通信を終えた。
 シマロンは声をかけた。

「おはようございます、セッパー博士。」

 セッパー博士が顔を上げ、彼を見た。

「あら保安官、おはようございます!」

 シマロンは彼女の連れを探すふりをして周囲に目をやった。彼女が笑顔で言った。

「男性2人は森へ散歩に行ってます。あの人達は朝の森が珍しいのよ。」

 シマロンは彼女を振り返った。まだ高校生の様なあどけなさが残る女性だ。だが目の光は大人っぽい。

「貴女は珍しくないのですか?」
「私はサンダーハウスで毎日見ているから。」
「ああ・・・」

 やはりセッパー博士はサンダーハウスで働く研究者でケンウッド博士はドームから来た客なのだ。サルバトーレも都会育ちなのだろう。
 セッパー博士が向かいの席を指した。

「お掛けになれば? 朝ごはんはお済み?」
「いや、これからです。ご一緒して良いですか?」
「ええ、どうぞ。」

 彼女は屋内を指差した。

「でもセルフサービスよ。」
「知ってますよ。」

 シマロンは微笑んで食べ物を取りに建物に入った。


2020年7月13日月曜日

蛇行する川 1   −13

 結局、鑑識班は一人が装備の番をするので保安官事務所に泊まり、後の3人はカリ警部補と共にホテルに宿泊することに決めた。フォイル刑事は翌朝の9時に事務所で再び合流することに決めて去って行った。
 遺伝子管理局のハイデッカーも静音ヘリでタンブルウィードの支局に帰った。明日は遺体を回収したら連絡をくれと言い残して。
 シマロンは鑑識班の車をシャッターが降りる車庫に案内し、ハーローが見張り番の人員の宿泊の準備をしたが、どうやら彼自身も付き合うつもりらしく、宿直用の部屋から毛布を運び出し、ソファに置いた。

「晩飯は皆さん一緒なんでしょ? 僕も良いですか?」

 ちょっと調子良くないか、とシマロンは苦笑したが、カリが「お2人も一緒にどう?」と言ったので、結局近くのダイナーへ行った。ホテルのレストランでは懐が寂しくなってしまうからだ。多分、今頃セッパー博士はケンウッド長官とボディガードのサルバトーレと共にレストランで優雅に食事しているのだろう、とシマロンは想像した。
 カリ警部補はあまり多く喋らない人で、鑑識チームの方が賑やかだった。ハーローは同年輩のメンバーと仲良くなって野球や釣りの話で盛り上がっていた。
  シマロンがビールを味わっていると、カリが囁きかけた。

「第1発見者はボートの客だったのね?」
「うん。3人、サンダーハウスから来ている客だ。」
「サンダーハウス?」

 カリが顔をしかめた。

「コロニー人なの?」
「2人の博士はコロニー人だ。それに地球人のボディガードが1人。」
「そう言う人達なら、話を聞いても何も出なさそうね。」
「全く出ないと思うよ。牛の舌の岸辺で土から出ている腕を見つけただけなんだ。」
「それは宇宙では絶対に体験出来ないでしょうね。」

 カリが笑った。シマロンはふと彼女はドームに行ったことがあるのだろうか、と考えた。

「警部補、お子さんは?」
「いないわ。私、独身だし、男の人と子供を作るような仲になったこともない。」
「それは・・・失礼しました。」

 すると彼女が横目で彼を見た。

「貴方も独身でしょ?」
「うん・・・このクリアクリークで適齢期の女性を見つけようと思えば苦労だからね。」

 シマロンは自嘲気味に言った。

「俺も養子なんだ。」
「この世の人口の3分の1は養子よ。」

 そしてカリは悩ましげな表情で彼女自身のビール瓶を見た。

「ずっと不思議なんだけど・・・養子になる子供達って、どこから来るの? 」

 シマロンは彼女の顔を見つめた。彼女が続けた。

「どうして誰もそれを疑問に思わないの?」


2020年7月12日日曜日

蛇行する川 1   −12

「ちょっと良いですか?」

とハーローが話しかけてきた。シマロンとカリ刑事、ハイデッカーが振り向くと、ハーローは端末の時刻表示を示した。

「もう4時を過ぎています。 今から川へ行ったら、牛の舌に着く頃には現場は影になって暗いですよ。」

 ハーローは一見頼りなく見えるが、時々正論を言う。シマロンはカリを振り返った。

「行きますか?」

 カリはフォイルに視線を向けた。

「どうする、フォイル?」

 フォイルは口の中でちぇっと呟いて、それから意見を言った。

「装備をまた本部まで戻すのも無駄ですから、ここで一泊させて明日の早朝から始めましょう。俺は本部に戻りますけど、警部補はどうされます?」

 カリは肩をすくめた。

「私達2人ともが帰ってもバカみたいじゃない? 私は残って発見者に会ってみるわ。貴方は帰って構わないのよ。」
「それじゃ、そうさせてもらいます。」

 フォイルはシマロンを見た。

「鑑識班が泊まる場所はあるんだろうな?」
「事務所で良ければ・・・経費に問題なければホテルにでも行くか? 発見者と面接できるぞ。」

 木立の向こうにモッキングバードの赤い屋根が見えていた。フォイルは鑑識班の車の方へ歩いて行った。
 カリが端末を出した。

「ホテルに空き部屋があるかしら?」
「あるでしょう。満室になるシーズンじゃないから。」