2018年7月1日日曜日

待機者 5 - 5

 ドームは緯度が高いので滅多に暴風雨の中心に直撃されないのだが、今回のハリケーンは勢力が半端なく強かったので、付近の海上を掠めただけでもかなりの雨と風がその地域を襲った。

「中心がドームの右を通ったから、この程度で済んだ。」
「右? どっちから見て?」
「赤道からだよ。」
「北極でなく?」
「うん。赤道からだ。」

 ドームは壁を変化させて外の様子を見せないようにすることも出来たが、ドーマー達は地球人だ。外の地球人が体験していることを、せめて感覚だけでも体験させてやろうと、普段通り内側から外を見えるようにしてあった。外から内側を見ることは出来ないが。
もっとも強烈な雨と湿った空気は視界を悪くしており、草原の向こうのシティのビル群が全く見えない。ドーマー達は天空を翔る稲妻を不安げに見上げたり、綺麗だと見とれたり、性格によって様々な反応を見せた。

「ドーマーに雷の音を聞かせてやったらどうだ?」

とヤマザキ・ケンタロウが執政官幹部会議で提案した。

「光だけでは雷の怖さを感じないだろう?」

 執政官幹部会議は、嵐でドームに来られない妊婦の出産をサポートするものだ。居住地域で足止めを食っている妊婦達は支局が用意した病院などの施設でお産に臨む。執政官達はネット中継で現地の医師と連絡を取り合い、緊急事態の対処方法の教授などのサポートをしているのだ。当然ながら出産管理区の医師達が小会議室に集まっていた。
 副区長のシンディ・ランバート博士は持ち場に残っている。収容中の女性達のケアも当然しているので、出産管理区は大忙しだ。この緊急時に区長のアイダ・サヤカはまだ帰って来られない。前日にカイロに着陸してから丸一日連絡が取れなかった。ケンウッドがカイロ宇宙港の様子を現地アフリカ・ドームに問い合わせると、大西洋を渡れない人々が航空機のキャンセル待ちに殺到して大混雑していると言うことだった。

「アメリカの暴風雨が収まっても、航空機の座席確保にはかなり時間がかかりますよ。ヨーロッパ経由も塞がってますからね。」

 アフリカ・ドームの副長官が説明してくれた。

「通信回線も雷などで混乱しているので、個人の端末では繋がらないでしょう。お宅の出産管理区長が連絡して来られなくても、そんなに心配は要らないと思います。」

 アフリカの大らかさだろうか、相手はそんなに気にしていない。だが、連絡が取れない相手が親友で、親友の妻で、ドームの最高幹部の1人なのだ、もっと真剣に対応して欲しい、とケンウッドは内心不満に感じながらも礼を言って通信を終えた。
 ハイネには電話で、サヤカは飛行機のキャンセル待ちで時間がかかりそうだよ、と言っておいた。ローガン・ハイネ・ドーマーは、そうですか、と一言応えただけだった。
 嵐は夜通し続き、ヤマザキの提案は無視されたが、絶え間なく光る稲妻にドーマーだけでなくコロニー人も心穏やかでない時間が過ぎて行った。