2018年7月4日水曜日

待機者 6 - 5

 ドームの天井を透かして見上げると空が少しずつ明るくなってくるのがわかった。雨はもう小降りになって風は凪いでいた。雨に濡れたことも風に吹かれた経験もなかったが、ローガン・ハイネ・ドーマーは嵐が過ぎ去ったことを知った。端末を出して航空班に飛行プランの提出を求め、各班チーフには一斉送信で明日の出動準備を命じた。一通りの作業を終えて、さて、昼寝をしようかとベンチの上にゴロリと横になった直後に、近くを通っている小径に人の気配がした。あの足音は・・・
 彼はパッと身を起こした。彼の急な動きに驚いた相手が立ち止まった。

「お昼寝の邪魔をしたかしら?」

 アイダ・サヤカが申し訳なさそうに尋ねた。ハイネは黙って彼女の顔を見つめた。

   痩せたな・・・

と感じた。彼女が彼に対して同じ感想を抱いたことは知る由もなかった。彼女がベンチのそばに来た。

「遅くなってごめんない。今朝、帰って来ました。」

 ハイネはふと天井の向こう、空を見上げた。空の一角が白く光り始めた。

 今なら間に合うかも?

 彼は勢いよく立ち上がると、いきなり彼女の手を掴んだ。

「来て!」

 走り出した彼に引きずられそうになり、アイダは慌てた。

「ちょっと! いきなり何なの?」

 危うく転倒しそうになり、彼も慌てて立ち止まると彼女を抱き留めた。

「ごめん・・・」

 ハイネが子供の様な口調で謝った。しかし彼女が何か言う前に再び歩き始めた。今度は走らずに早足だったが、小柄なアイダは小走りにならざるを得なかった。
 一体何を急ぐことがあるのかと彼女は不審に思った。彼が目指していたのは居住区の端だったからだ。大きな逞しい手に包み込まれた彼女のぽっちゃりした手は緊張で熱くなった。
 人工の森の端まで来て、ハイネは低木の茂みを掻き分け、不意に開けた場所に出た。彼女を引っ張り出す様にそばに引き寄せると、空いた手で空の一方向を指差した。

「間に合った。見て・・・」

 言われなくてもアイダは見ていた。
 目の前に草原が広がっている。ドームとシティの間に広がる草原は、今花の季節だった。色とりどりの野花が雨上がりの日差しの中で輝いてた。その平原の所々に大きな水溜りが出来ており、さながら湖の様だ。そしてその水溜りの一つから、大きな虹が立ち上がっていた。美しい半円形の弧を描いて、くっきりとしたアーチが大地に立っているのだった。虹は二重だ。見事なまでに鮮やかに輝いていた。
 アイダ・サヤカはその地球の美に見とれ、言葉を失っていた。そっと背後からハイネが彼女を抱き締めた。彼女の髪に口付けして、囁いた。

「ここが貴女の星です、サヤカ。」