2018年6月30日土曜日

待機者 5 - 4

 アレクサンドル・キエフ・ドーマーは声を掛けてくれた局長に熱い眼差しを向けたが、局長は既に彼に興味を失い、クリスチャン・ドーソン・ドーマーに注意を向けていた。キエフと目を合わそうともしないので、キエフはがっかりして、また直属の上司レインに目を向けた。

「ドーソン・ドーマー 」

と局長は、南部班に協力をやんわり断られた北部班チーフに声を掛けた。

「君の担当地域は暴風雨の影響が少ない様に思われるが、船舶関係の従事者は少なくないだろう? 大西洋に漁に出ている漁業関係者が多い筈だ。」
「その通りです。」

 ドーソンは失念していたものを局長に指摘されて、目が覚めた様な表情になった。

「私のチームは大西洋岸の海洋関係者に注意を払いましょう。」
「宜しく頼む。」

 局長はまたキエフに視線を向けた。キエフはレインの後頭部を熱心に見ている。

「キエフ・ドーマー・・・」
「はいっ!」

 またキエフが裏返った声で返答した。局長が不意打ちを食らわすので、戸惑っていた。

「衛星データは北米南部だけのものではない。君は全てのチームと密に連絡を取り合いなさい。一極に集中していては役立たずと思われるぞ。」
「は・・・はい・・・」

 真っ赤な顔になってキエフは俯いた。レインに注意を向けてばかりいることを局長からやんわり指摘されたと悟ったのだ。
 ハイネ局長はそれ以上部下に指示することはないと判断した。部下達は細かな指図を出さなくても自分達で十分考えて活動する。彼は常に部下達を全面的に信頼し信用していた。

「では、これで解散する。食堂の混雑も少し緩和される頃だから、お昼ご飯に行って来なさい。」

 ハイネの解散宣言で、遺伝子管理局のドーマー達は再びざわざわと私語をかわしながら会議室から退出し始めた。
 局長はネピア・ドーマーとキンスキー・ドーマーに端末で書類を見せ、彼等の端末に転送していた。何かの打ち合わせだ。それが終わるタイミングを見計らって、クロエル・ドーマーが駆け寄った。

「局長、局長、お昼をご一緒して良ござんすか?」

 レインはその時、キエフがすり寄って来るのをどう追い払おうかと考えていたのだが、その声を聞くと、いきなり走り出し、クロエルの横に立った。

「局長、俺もご相伴させて下さい。」

 背後でキエフがためらっているのを感じたが無視した。キエフは局長も好きなのだが、大物なので自分からは近ずけないのだ。
 ハイネは秘書達を見た。ネピア・ドーマーが何か言う前に、早食いのキンスキー・ドーマーが言った。

「私は1人で食べるのが好きですから、お先に失礼します。」

 第2秘書が局長との昼食を遠慮したので、ネピア・ドーマーも慎ましく辞退することにした。

「私はまだ書類整理がありますから、どうぞお先にお昼になさって下さい。」

 ハイネは秘書をまだ誘っていなかったので、彼の顔を潰したことにならない。それにネピアは騒がしいクロエルが苦手だった。
 賑やかなクロエル・ドーマーとどっちかと言えば無口なレインの取り合わせが奇妙だったが、ハイネは笑顔で、

「では、3人で行こうか。」

と言って、レインを内心ホッとさせた。