2021年5月2日日曜日

狂おしき一日 La Folle journée 26

  ピアノ演奏を一時中断してB G Mを録音された音に任せたショシャナ・パーシバルがステージから降りて軽く食事を取った。兄のローガン・セドウィックがそばへ行って彼女と何やら相談をしていたが、まとまったらしくグータッチをして別れた。
 進行役のミラーがまた声を張り上げた。

「お待たせしました。次はギターがピアノと共演します。花嫁の祖父と妹の二重奏です!」

 ローガン・ハイネがアイダ・サヤカやシンディ・ランバート達から離れ、ショシャナのそばへ行った。腕を差し出すと、彼女をエスコートしてステージに上がった。招待客達から微かなドヨメキが上がった。何故遺伝子管理局長が? と言う驚きだ。ケンウッドとシュリーはどんな展開になるかと少し緊張して見守った。
 ハイネはショシャナをピアノの前に誘導すると、ステージの下へ視線を向けた。クリストファー・ウォーケンと目が合うとニッコリして見せた。

「ウォーケン博士、どうぞこちらへ。」

 クリスが躊躇った。

「私はギターなど弾けないぞ。それに私は・・・」

 ハイネは彼に最後まで言わせなかった。

「承知しています。ですから、私が僭越ながら代理で演奏させていただきます。」

 ステージに上がって来いと腕を大きく振って見せた。ケンウッドが拍手すると、周囲も彼に続けて拍手した。クリスは仕方なく立ち上がり、ゆっくりとステージに上がった。ハイネが紹介した。

「クリストファー・ウォーケン博士は、花嫁の母親の義理の父親ですが、実の祖父以上に三つ子達に愛情を注いでくれたとキーラ・セドウィック博士が仰っています。キーラ博士も父としてウォーケン博士を慕っておられます。花嫁の実の祖父達は既に私達と同じ世界には居られません。ですから、今日はウォーケン博士にこちらに座っていただいて、私ローガン・ハイネが代わりにギターを弾きます。拙い演奏ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。」

 ハイネはクリスを椅子に誘導し、彼が座るとステージの反対側に移動してギターを手に取った。そしてピアノの前に立つショシャナに合図を送った。ショシャナが座り、2人は目で合図を取り合った。
 1曲目はクラシックの軽快な音楽だった。暫く聞き惚れていた人々だったが、やがてパーシバルがキーラの手を取って開けた場所で踊り始めた。釣られて彼の兄夫婦が、そして科学者のグループからも同僚同士で踊り出した。ケンウッドがシュリーに囁いた。

「お祖父さんと踊ってあげなさい。」

 シュリーは頷くとステージに上がり、クリスの手を取った。義理の祖父を立ち上がらせ、ゆっくりと音楽に合わせて2人は踊った。
 1曲目が終わると、クリスはシュリーに礼を言って再び腰を下ろした。シュリーがステージから降りるとすぐにショシャナが2曲目を弾き始めた。今度はテンポの疾い曲で、ハイネもギターをクラシックから電子ギターに交換した。今度は若い世代の人々も踊り出した。ケンウッドはアイダ・サヤカと、シュリーはポール・レインと、J Jはアキ・サルバトーレと、ランバートはサンダーハウスの若い科学者と組んだ。ヤマザキは食べる方へ逃げようとしたが、ベルトリッチ委員長に捕まった。ラナ・ゴーンはタマラ・セドウィックと女性同士で踊っている。ゴメスもパーシバル家の女性の相手をさせられている。
 護衛で壁際に立っていた保安課のレティシア・ドーマーがベサニー・ロッシーニに囁いた。

「びっくりよ、うちの少佐も結構踊れるのね。」

 ベサニーは笑いそうになった。

「そんな言い方、少佐に失礼ですよ、ボス。」

 そこへローガン・セドウィックが近づいて来た。

「そこのお嬢さん、僕と踊っていただけませんか?」

 勤務中だからとベサニーが断ろうとすると、レティシアが言った。

「受けて差し上げなさい、これも勉強ですよ。」

 ショシャナの演奏は普段の活動では弾かないようなテンポの激しいものになっていた。マネージャーが聞いたら卒倒するかも知れない。すごく俗っぽくて過激な大昔の曲だ。そしてハイネのギターも熱が籠っていた。ケンウッドと彼の世代の人々は疲れて踊るのをやめた。そしてピアニストとギターリストの技術に関心して聞き惚れた。キーラは初めてロックンローラーとしての父の演奏を生で聴いた。そしてメロディに聞き覚えがあることに気がついた。母マーサがよく口ずさんでいたものだ。あれは父の曲だったのか。あの曲を今ハイネは孫娘の為に弾いている。そしてもう一人の孫娘が即興でそれを覚えて祖父の演奏について演奏しているのだ。彼女の横でヤマザキが呟いた。

「108歳とは思えんなぁ・・・しかし肺が保つかな、爺さん。」

 ハイネはマスクをしていない。サンダーハウスの実験装置が働いていて大ホールの空気は清浄に保たれているが、収容人数が多い。ヤマザキはポケットの中の錠剤の存在を指で確認した。
 観客が歓声を上げた。ステージの上にローガン・セドウィックが上がり、ギターを弾くハイネの反対側でエアギターを始めたのだ。大胆でユーモラスな動作に観客が喜んでいる。ハイネもショシャナも弾きながら笑っていた。 ケンウッドはクリスがハイネを見つめて微笑んでいるのを見た。