ドーム空港ホテルの結婚式場は建設されてから200年以上経っているが、簡素で清潔な感じは少しも損なわれていなかった。荘厳な雰囲気の中で挙式したいカップルもここで法律上の式を挙げ、法的に夫婦として登録してから新しい人生の船出をするのだ。
ニコラス・ライオネル・ケンウッドとシュラミス・セドウィック・パーシバルはここで地球人類復活委員会委員長ロバータ・ベルトリッチを結婚宣誓先導師として互いの愛の誓いを交わし、親族、友人、部下達の立ち合いの下に夫婦として登録証明書に直筆の署名をした。この証明書はドームシティ市役所と月の連邦政府住民登録局と夫婦それぞれが生まれたコロニーの行政府に写しが送られ保存される。偶々ケンウッドとシュリーは同じコロニーで生まれたので登録証明書は3通で済んだ。原本は結婚宣誓先導師が保管する義務があり、プロの先導師の場合、かなりの枚数の証明書を所蔵している。ベルトリッチも委員長と言う立場上、会員達から先導師を依頼されることが多く、ケンウッド夫妻の証明書は彼女にとって記念すべき100枚目だった。
「地球人保護法が改正されてから60組のカップルから依頼されましたが、ドーム長官の式に立ち会ったのはこれが初めてです。 しかも100組目ですよ! 私の時は、是非ともケンウッド夫妻のどちらかにお願いしたいわ。」
と彼女は言って、場内を沸かせた。
式が終わると一同は隣の大ホールへ移動した。中央にステージがあって、ヤマハのピアノが設置されていた。ヤマザキの顔が綻んだ。彼の好きなメーカーだ。人々はステージの南側の空間に集まった。ケンウッドとシュリーがステージに上がった。
「皆さん、今日はシュリーと私の為にお忙しい中を、あるいは遠い宇宙空間を超えてわざわざお越しくださり、有り難うございます。」
ケンウッドの心臓は先刻の式の間に鎮まっていつもの冷静さを取り戻していた。彼はゆっくりと参列者一人一人の顔に視線を送っていった。
「私がこの地球に初めて降り立ったのは30年以上も前のことです。皮膚の研究をしていた私は、象をこの目で実際に見てみたいと言う、ただそれだけの理由で地球人類復活委員会の採用に応募して、ここへ来ました。そして運命の出会いをしました。」
彼は悪戯っぽい笑みを浮かべてヘンリー・パーシバルを見た。
「表皮形成の遺伝子変化を調べていて、神経細胞の研究者ヘンリー・パーシバルと友人になったのです。」
パーシバルが後ろを振り返り、大袈裟にお辞儀をして笑いを取った。ケンウッドも笑って、なんとか続けた。
「もしあそこでヘンリーと知り合えなかったら、今頃私はシュリーと出会えなかったでしょう。そして・・・」
彼はハイネを見た。
「ヘンリーと私はチーズが縁でローガン・ハイネ遺伝子管理局長とも親しくなりました。彼はある時大病を患いまして、私達は彼の病室に通ううちに主治医のヤマザキ・ケンタロウとも親しくなり、我々は4人で連む悪ガキの様な仲になりました。ところがある時、ヘンリーが重力障害と言う地球で暮らすコロニー人にとっては致命的な病気を発症してしまいました。そこを救ったのが、キーラ・セドウィック、現在のヘンリーの奥さんです。」
キーラが珍しく頬を赤く染め、パーシバルの手を握って夫を見た。それをパーシバルが優しく見返した。
「キーラとヘンリーの間に三つ子が生まれました。ショシャナ、ローガン、そしてシュラミスです。
思えば、地球に降りて来た時に、すでに私はシュラミスと出会うことを運命付けられていたのかも知れません。私は彼女と出会わせてくれた全ての人々、友人達とキーラとヘンリーのご両親、そして地球に感謝しています。有り難う!」
ほんの一瞬、ケンウッドはハイネに視線を向けた。ハイネは娘を見ていた。彼にはアイダ・サヤカが寄り添い、お似合いの夫婦ぶりだった。
拍手の後に、続けてシュリーが語り始めた。
「母が私に語ってくれた話によりますと、父との出会いは母にとって想定外だったそうです。でも好きになって結婚してしまいました。そして、三つ子も想定外だったそうです。母は双子を産むつもりだったのです。一人はローガンです。もう一人は女の子ですが、まさか一卵性双生児になると思わなかった、と言ってました。」
親戚一同から笑い声が起きたので、これはパーシバル家でもセドウィック家でも何度か語られている話なのだろう。
「両親は私達を愛情深く育ててくれました。そして両親の友人達も我が家を訪れた時は私達を可愛がってくれました。私の一番のお気に入りが、ニコ小父さんでした。いつも優しくて、上品で、思慮深くて、静かで、私がどんな我儘を言っても怒らずに相手をしてくれました。私はいつしか夢を見るようになりました。地球でニコ小父さんと一緒に暮らす夢です。友達は、それはただの憧れで恋じゃないって言いました。ただの恋で愛しているのとは違うと言った人もいました。でも、私の気持ちは成長しても変わりませんでした。」
シュリーはちょっと息をついでから、視線をハイネに向けた。
「高校生の時に両親が私達を初めてドームの春分祭に連れて行ってくれました。ニコ小父さんはハイジに扮していました。」
サンダーハウスから来た地球人の科学者達にはびっくりだろう。早速コロニー人科学者が端末で春分祭の情報を出して見せている。
「普段女装しなれない男性が女性の扮装をするのはとても恥ずかしいと感じることでしょう。でもニコはハイジの扮装のままテレビカメラの前で挨拶して、インタビューにも答えていました。私はとてもかっこいいと思いました。だから・・・」
シュリーは少し躊躇ってから語り続けた。
「初対面でしたけど、ローガン・ハイネ局長に相談してみました。どうすればニコの奥さんになれるかしら、って。」
キーラとヘンリーが驚いてハイネの方を見た。え? シュリーがそんなことを相談したの?と言う単純な驚きだ。ケンウッドもヤマザキもびっくりした。ハイネは一言もそんなことを教えてくれなかった。シュリーが照れ臭そうに言った。
「局長はこう言いました。『彼に存在を認めて欲しくば、君も地球を愛すことだ。そうすれば、君が地球にいようが火星にいようが、彼は君を忘れない。』
それから私は地球と言う惑星について猛勉強しました。地球は知れば知るほど奥の深い星です。宇宙の開拓が進んでいる今日ですらまだ未知の場所があり、未踏の領域があります。数えきれない程の種類の生命が暮らし、命の循環が途切れなく行われています。ニコはその循環の輪に人間をもう一度加えようと努力を積み重ねている科学者だったのです。私もその輪に人間を戻したいと願うようになりました。
遺伝子レベルでの女性誕生の鍵の発見はニコが成し遂げました。これは本当に素晴らしいことです。太陽系連邦も開拓惑星でも拍手喝采の偉業です。でも彼は満足していません。新しく生まれてくる地球人の女性達が安心して子供を産める世界の再現を目指しています。ですから、私はサンダーハウス実験場の研究に参加しています。私の素敵な研究者仲間達も綺麗な地球の復活を心から望み、日々研究に打ち込んでいます。
私はこれからもニコと地球の為に働き続けたいと思っています。今日は皆さん、本当に有り難うございました!」
大きな拍手の中で、ケンウッドとシュリーはキスを交わし、ステージから降りた。進行役のレオン・ミラー博士が声を張り上げた。
「皆さん、お待たせしました。今日の料理は、シェイ・パーカーと彼女のチーム、ホテルのスタッフが総力をあげて作ってくれたものです。決して失望させません。お腹いっぱい食べて行って下さい。」
ステージにショシャナが上がった。ミラーが紹介した。
「花嫁の妹が演奏します。ショシャナ・パーシバルの音楽を聴きながらお食事をお楽しみ下さい。」
再び拍手。ヤマザキの隣にいたシンディ・ランバートが小声で尋ねた。
「あの子はいつご飯を食べるの?」
ヤマザキが笑った。
「ずっと弾きっぱなしじゃないさ。頃合いを見計らってこっちへ来るよ。」