2021年5月1日土曜日

狂おしき一日 La Folle journée 22

  夜が明けた。

 サンダーハウスから来た科学者の一行は慌ただしく朝食を取ると、大ホールへ向かった。昨日設置した放電ポールの最終テストだ。シュリー・セッパーも参加しようとしたが、ジェンキンス教授に「花嫁は来なくて良い」と追い払われてしまった。
 シュリーが部屋に戻ると母親が待ち構えていて、彼女は美容室に連れて行かれた。そこでは既に妹のショシャナが叔母のタマラと共に髪のセットをしてもらっていた。ショシャナもピアノの音合わせがあるので早起きして準備していたのだ。娘達が椅子に座ると、キーラは親戚の女性達に順番に電話をかけてモーニングコールと美容室への誘いをかけた。
 親戚達は、初めての地球の朝に戸惑っていた。何しろ窓のカーテンを明けたら強烈に眩しい朝陽が差し込んで来たからだ。存分にお湯を使えるシャワーを浴びてレストランで朝食を取ったら女性達は美容室へ、男達は部屋に戻って荷物の片付けをしたり、パーティー用の服装に着替えた。数人は空港ビル内を探索し、さらに2人ばかりは草原に出て散歩を楽しんだ。眩い光を放つドームの壁を眺め、あの中で地球人が生まれるのだと思うと感慨深いものがあった。彼等の一族の一員である娘が一人、あの巨大で神聖なドームを統治している男性と結婚するのだ。まるで御伽噺のような感じだが、彼等はニコラス・ライオネル・ケンウッドの素を知っていたので、シュラミスが分不相応な結婚をすると言う考えはなかった。
 ヘンリー・パーシバルは彼自身の兄弟達とその家族の引率に忙しかった。彼等が朝食と散歩から戻ると身支度を急がせ、一番大きな部屋に集合させて地球上でのマナーの説明を行なった。勿論重力対策を教授することも忘れない。パーティーが終われば彼等はそれぞれ好きな土地へ旅行に出かけてしまうのだから、今のうちに注意事項を与えておかねばならなかった。
 ロナルド・セドウィック一家にも同じことが行われた。こちらはローガン・セドウィックの担当だった。彼は父親ほどには地球生活の経験を積んでいなかったが、それでもズブの素人よりはかなりマシだった。それにセドウィック家の方がパーシバル家より人数が少ないので扱い易いこともあって、このお役目を割り当てられたのだ。クリストファー・ウォーケン医師は説明する義理孫を誇らしげに見つめていた。一卵性双生児の姉妹に揉まれていつも割を食っていたローガンだが、人前で泣くことは滅多になかった。彼が泣くのは、クリスお祖父ちゃんと2人きりの時だけだった。クリスはローガンの親友だった。あの小さかった聞かん坊のローガンが一人前に叔父や従兄弟達に注意を与えている。血は繋がっていなくても、彼はクリスの自慢の孫だった。
 ホテルにはドームから保安課のドーマー達が到着して、空港保安部の部員達と打ち合わせを始めた。空港保安部はドーマーと一般地球人の混成で、地球の人口比率を反映して全員が男性だ。しかしドームから来た保安課には女性が2名いた。ベテランのレティシア・ドーマーと新人のベサニー・ロッシーニ・ドーマー、美人で有能で貫禄もある熟女と初々しい若い娘だ。2人共にパーティー会場で違和感を客に与えぬよう、機能的なパンツドレス姿だった。当然ながら男性達の視線は彼女達に集まってしまい、チーフのジョナサン・ダッカーは何度も咳払いして若者達の注意を自分に集めなければならなかった。
 ホテルの厨房では、空港職員の寮食堂司厨長シェイ・パーカーが出張って来てホテルの従業員達に指図していた。ホテルにはホテルの厨房長がいるのだが、彼女はお構いなしだ。厨房長もこの日だけは彼女に任せるようにと上から達があったので、お手並み拝見とばかりに傍観していた。シェイの料理の評判は十分知っていた。そしてシェイが変わり者だと言う噂も知っていた。彼女は料理以外のことに関心がなく、空港ビルの外の世界もほとんど知らないのだ。一体どんな経歴の持ち主なのか、料理人達は興味があったが、彼女はそんな料理に無関係の質問をする余裕を与えてくれなかった。
 ヘンリー・パーシバルが親戚にレクチャーを終えて自身も着替えを始めたところに、ポール・レインから電話が掛かってきた。入国審査を終えてJ Jと共にホテルに入ったところだと言う。パーシバルは部屋番号を聞いて、すぐに行くよと告げた。アイドルの顔を早く見たかったし、レインからJ Jの喉の手術について相談を受けていたのだ。J J・ベーリングは生まれつき声帯がなく、声を出せない。今までは脳波翻訳機で会話をしていたが、機械は彼女の思考を全て音声にしてしまう。他人に聞かれたくない思考は、電源を切らなければならず、少々不便だったのだ。それで声帯をクローン技術で作成して移植する手術を受けさせることにした。神経の研究者であるパーシバルは、クローン声帯を使用する為の喉の筋肉を動かす神経の調節を頼まれていた。今日はパーティーが終わったらJ Jを診察するのだが、その打ち合わせを朝のうちにやっておくつもりだった。
 パーシバルは急いでパーティー用の身支度を整え、小さな荷物を持ってレイン夫妻の部屋へ向かった。