2021年5月1日土曜日

狂おしき一日 La Folle journée 21

  ケンウッドとヤマザキがアパートの入り口近くまで来た時、ささやかな植え込みの陰からローガン・ハイネが現れた。昼前の打ち合わせに来なかっただけなのに、ケンウッドは彼と会うのが随分久しぶりな気がした。ヤマザキが先に声をかけた。

「ヤァ、局長! 可愛い客人はもう帰ったのかい?」

 ハイネは頷いて2人のそばに来た。

「少し時間を頂いてよろしいですか?」
「いいけど?」

 ケンウッドとヤマザキは顔を見合わせた。まさか明日のパーティーに関して問題が発生でもしたのか? 微かに不安が生じた。ハイネが近くのベンチを手で指したので、そこへ移動した。公的な場所で話をするなら、大きな問題ではなさそうだ。
 ケンウッドとヤマザキを座らせて、ハイネはその向かいの植え込みの縁石に座った。

「明日のパーティーですが・・・」

 やはりそうだ。ケンウッドは思わず牽制した。

「欠席だなんて言わないでくれ。」
「出席します。」

とハイネが真面目な顔で言った。

「ただ、私の立ち位置をどうすれば良いか困っています。」
「君の立ち位置?」

 ケンウッドとヤマザキはまた顔を見合わせた。ハイネが続けた。

「私は長官の友人として出席するつもりでした。公的にもそれ以外の私の出席理由はありません。」
「・・・」

 ケンウッドもヤマザキも、非公式ではあるが彼をシュリーの祖父として出席させるつもりだ。しかし、サンダーハウスの科学者達にとって遺伝子管理局長はケンウッド長官の部下で友人の一人と言う立場でしかない。ヘンリー・パーシバルの親族もキーラの出自に関して詳細な情報を与えられていない。パーシバルはスキャンダルを恐れて自身の親族に妻の実父を明かしていないのだ。ヘンリーが憧れていた美しいドーマーによく似た女性を見つけて結婚したと思っている親戚達に、真実を明かすには年月が経ちすぎた感がある。
 ヤマザキが言った。

「君は僕と同じテーブルでサヤカと一緒にいれば良いんだ。親戚やサンダーハウスの科学者達にわざわざ挨拶に行く必要はない。もし挨拶回りが必要なら、僕と一緒に行こう。」
「有り難うございます。」

 ハイネは微笑んだ。

「ただ、孫達はそう簡単に考えていないようでして・・・」
「どう言うことだ?」

 ハイネはちょっと躊躇った。ヤマザキを見たので、ケンウッドは自分がいては言い難いのかと思った。ヤマザキが何かに思い当たった。

「さっきショシャナがピアノを弾いていたことと関係あるのか?」

 ハイネが渋々の風に頷いた。

「ショシャナが、プログラムに『花嫁の祖父と妹の演奏』と言う演目を入れていたのです。私はただのB G Mのつもりで演奏を引き受けたのですが、実際は正式なパーティーの余興になっていました。」

 ケンウッドが片手で目を覆った。

「それはシャナのアイデアじゃない。シュリーだ。」
「双子の企みだな。まさか、ローガンも噛んでいるんじゃないだろうな?」

 このローガンは三つ子のローガンだ。彼等の会話で名前だけで呼ばれるローガンは、ローガン・セドウィックを指していた。フルネームか姓でしか呼ばれないローガン・ハイネは憂鬱そうな表情になった。

「ヘンリーの親戚はともかく、地球上の科学者の客は騒ぎますよ。私は子供を作っていないことになっているのですから。」
「箝口令を敷いても無駄だろうな。コロニー中に人気がある白いドーマーに娘がいるなんて事実を知ったら、連中の誰かが友達に喋るぞ。そして噂はあっと言う間に広がる。メディアがパーシバルの家やセドウィック病院や、地球人類復活委員会本部に集まるのは時間の問題だ。」

 ケンウッドはハイネとヤマザキに落ち着け、と手で合図した。そして端末を出した。婚約者の端末に電話をかけた。
 シュラミスはまだ起きていた。両親の部屋でドレスの試着を終えて自室に戻ったところだったのだ。

「こんな時間になぁに?」

 まさかドームで問題発生でも? と解いたげな不安な声だった。ケンウッドは出来るだけ晴れやかな顔をして見せた。

「ちょっと聞きたいことがある。明日のシャナのピアノ演奏なのだが・・・」
「何? 曲目の変更?」

 と尋ねて、彼女は別の不安を感じたらしい。声を顰めた。

「まさか、局長がギターを弾かないって言うんじゃないでしょうね?」
「あ・・・それは大丈夫だ、ハイネは弾いてくれるよ。」

 ケンウッドに視線を向けられて、ハイネも頷いた。

「ただ、演奏者の紹介をどうするのか、彼はそれを心配している。私の友人として彼はパーティーに出席してくれるのだ。それ以外の説明はしてはいけない。」

 ケンウッドはシュリーが落胆するのを見た。彼女は「日陰の身」の祖父に光を当ててあげようと思ったのだろう。ケンウッドは彼女の心遣いが嬉しかったが、友人も彼女の一族も守らなければならない。彼女にそれを理解させなければならなかった。

「パーティーの進行役は誰に頼んだのだね?」
「友達のレオン・ミラー博士よ。彼は貴方も知っているでしょ。もう彼に進行表を渡してしまったわ。それに彼は早寝なの。」
「それじゃ・・・」

 ケンウッドは頭を働かせた。

「彼がシャナとハイネを紹介した後で、ハイネに一言挨拶をさせてやってくれないか?」

 ハイネがケンウッドを見つめた。ヤマザキもケンウッドを見た。ケンウッドは画面の中のシュリーに優しく言い聞かせた。

「法律が改正されても、やはりハイネは私の友人以外の立場で君達の前に出られないんだよ。何故なら、彼は君達のママを守らなければならないからさ。ミラー博士がどんな紹介をしても、ハイネなら上手くはぐらかしてくれるよ。」

 ヤマザキがハイネに囁きかけた。

「出来るか?」

 ハイネも囁き返した。

「やるしかないでしょう。」