2021年5月3日月曜日

狂おしき一日 La Folle journée 28

  パーティーは自然と流れ解散となった。最初に多忙なロバータ・ベルトリッチ委員長がシャトルの時間があるからと会場を去った。ケンウッドとシュリーが見送るために出口まで一緒に歩くと、ベルトリッチが小さな箱をケンウッドに手渡した。

「ユリアン・リプリーから貴方へのお祝いよ。」

 ケンウッドが箱を開けると、中に透明の黄色い石が入っていた。シュリーが「綺麗」と呟いた。

「イエローサファイアね。好きなように加工して使うと良いわ。」

 ベルトリッチはシュリーに笑かけ、豪快に手を振って大ホールを出て行った。
 ケンウッドは箱を閉じ、シュリーに渡した。

「ユリアンのことは話したことがあるね?」
「ええ。貴方の前に長官になった人ね。とても人付き合いが悪かったけど、根は良い人だってパパもママも言ってたわ。」
「言えてる。本当は彼も呼びたかったのだが、研究の邪魔をしたくなかった。それに彼はパーティーが苦手だったから、呼ぶと却って嫌がらせになるからね。」

 ケンウッドが苦笑すると、シュリーが「貴方もでしょ」と言った。

「これから私は仕事の付き合いでパーティーに呼ばれることが何度もあると思うけど、貴方は行きたくない時はっきり断ってくれて良いのよ。私もパーティーの主旨次第で一人で行くかどうか判断するから。ドーム長官がどんなに忙しい役職か、みんな知っているし。」

 半時間後にはパーシバル家の半分が旅行の段取りがあるからと部屋へ引き上げた。それからガブリエル・ブラコフが帰った。ベルトリッチ委員長と同じシャトルではなかったのかとケンウッドが尋ねると、所用があって西ユーラシア・ドーム空港経由で帰ると答えた。病院関係の用事だと言うので、ケンウッドはそれ以上追求しなかったが、弟子が女性と落ち合って帰るのだと言う密かな計画を立てている情報をヴェルティエンから仕入れていた。近い将来、ブラコフの結婚式があるかも知れない。
 ヴェルティエンはカイロ行きの航空機で帰るので、アフリカ旅行を計画しているパーシバルの姉一家と一緒に大ホールを後にした。
 次にホテルを出たのはラナ・ゴーン副長官とシンディ・ランバート博士だった。彼女達はドームに帰って業務に就く。彼女達の護衛も兼ねてレティシアとベサニーもドームに帰還した。
 ロナルド・セドウィック一家も部屋に戻って旅の支度をする。クリスとハイネが互いの端末を付き合わせて連絡先交換をしているの見て、キーラが笑った。

「父さんと局長はすっかりお友達になってしまったのね。」
「チェスだか碁だかのネット対戦の約束をしていたよ。」

とローガンが教えてくれた。
 大ホールのパーティーはお開きとなった。サンダーハウスの科学者達が放電ポールの撤収を始めた。シュリーはまた手伝おうとして、ドレスが汚れるから駄目と同僚の女性に叱られた。
 宇宙に戻って演奏旅行に出るショシャナにヤマザキが健康維持の注意事項を細々と与えていたので、パーシバルが笑った。

「もう子供じゃないんだから、ほっておけよ。」
「そうはいかない。僕は後援会会長なんだから。」

 ローガンがゴメス少佐とサルバトーレ、ポール・レイン&J J・ベーリング夫妻が固まって座っているところへ近づいた。

「ドームに帰られるんでしょう?」
「そうだが・・・」

 ゴメス少佐がホスト達を顎で指した。

「局長とアイダ博士がまだだから。」
「ニコの護衛じゃないんですか?」
「長官の護衛は別に待機している。新居まで同行して、そのまま警護に就く。」
「ずっと?」
「そうだ。VIPの警護はそれが当然だ。奥方にも担当が付く。」

 わぁっとローガンが呟いた。

「シュリーもVIP扱いになるんだ・・・」

 レインがローガンに尋ねた。

「アパートの見取り図を見て、気がつきませんでしたか? 護衛官の部屋をちゃんと長官は割り当てておられますよ。」
「知らなかった。」

 ローガンは頭を掻きながら、姉夫婦を見やった。ニコ小父さんって本当に凄い人なんだ。
そこへケンウッド達が近づいてきた。

「そろそろ私達もこのホールから出よう。少佐、ドームに帰る人達の面倒を頼むよ。後一踏ん張りして下さい。」
「どうぞ、お任せを。」

 キーラはショシャナとローガンと共にホテルにもう一泊する。パーシバルはJ Jの手術の打ち合わせの為にその夜はドームに泊まることになっていた。
 シュリーがサルバトーレに顔を向けた。

「貴方は今夜の護衛に来ないの?」
「それはどうかご勘弁を・・・」

 サルバトーレが苦笑した。ケンウッドが新妻に注意した。

「彼は今日十分に働いた。休ませてあげなさい。」
「え? 仕事してたの?」
「シュリー、いい加減にしなさい。」

とキーラが叱った。

「彼等が単純に遊んでいるとでも思ったの? 長官の奥さんになったのだから、部下への気遣いも早く学ぶのよ。ニコの負担を増やしては駄目。」

 小さな声で「はい」と答えたが、シュリーは不満そうだ。保安課員を遊び相手と勘違いしている。世代が近いから、とケンウッドは心の中で苦笑した。ゴメス少佐が悩ましげな目付きで部下を見た。ちょっとあらぬ想像をして心配している様だ。するとハイネがゴメスに話しかけた。

「長官のアパートの護衛は何人ですか?」
「4人がローテーションを組んで固定勤務に就く。」

 少佐はサルバトーレを顎で指した。

「彼は長官が外出される時の担当だ。アパートには就かない。」

 シュリーがまた不満そうな表情をしたが、ローガンが「不倫し損ねたね」と揶揄うと大笑いした。ゴメスが彼女に言った。

「貴女にも専属の護衛を付けます。サンダーハウスでは必要ないと思いますが、実験場から出られる時は連絡して下さい。実験場近くに護衛官を待機させておきます。」

 シュリーが目を丸くしたので、ハイネが孫に言った。

「ニコラスと結婚すると言うことは、こう言うことだ、シュリー。」

 シュリーはケンウッドに抱きついた。

「お願い、私をドームに連れて行って・・・」