2021年5月3日月曜日

狂おしき一日 La Folle journée 27

  ピアノと電子ギター、そしてエアギターのコラボが終わった。満場の拍手だ。護衛官もホテルの従業員も大喜びで拍手していた。ショシャナは立ち上がり、クリスの手を取って立たせると、ローガン・セドウィックとローガン・ハイネと共に4人で円形ステージの周囲に向かってお辞儀した。彼女が挨拶した。

「今日は私達の姉シュラミスと大好きなニコの結婚式に遥々遠路を飛んで集まって下さり、有り難うございます。正直なところ、気が強いシュリーの我儘にニコがどこまで寛大で忍耐強く付き合って下さるか、心配ですが、どうか皆様のお力添えで、2人の幸せが末長く続くことを願っています。有り難う!」

 ローガンが続いた。

「どうも、目立ちすぎる姉妹2人にこき使われているローガンです。」

 ドッと親戚達が笑った。

「僕は研究者としてはまだシュリーほどに成果を上げていないし、シャナの様な名声もありません。だけど姉妹を支えることには誰にも負けない自信があります。ニコはすごく信頼がおける人ですけど、僕の兄貴にはもったいないほど立派な人です。シュリーが彼の足を引っ張らないよう、僕が御して行きます。だから、ニコ、困ったことがあれば僕に相談して。」

 ケンウッドは思わず笑ってしまった。そして答えた。

「わかった、そうするよ、ローガン。」

 また拍手。人々の視線がクリスに集まった。クリストファー・ウォーケンは立ち上がった。彼はローガン・ハイネを見た。ハイネが微かに首を横に振った。だが、クリスは彼を裏切ることにした。これはずっと彼を苦しめてきたマーサとハイネに対する罰だ。

「ただの医者である私が、義理の孫の結婚式に招待されただけでも光栄なのに、こんな華々しい舞台に座らせてもらえるなんて夢の様です。シュリーとニコラス、ショシャナとローガンに感謝します。そしてキーラ、有り難う。 君は私の自慢の娘だよ。」

 キーラが頷いて見せた。気が強いのは母親譲りだが、目が潤んでいた。クリスは続けた。

「だけど、そろそろ時効じゃないのかな。」

え? 何のこと? と出席者達の表情が戸惑ったものになった。ケンウッドは焦った。シュリーが彼の手を固く握りしめた。ヤマザキが諦めた表情になり、ベルトリッチ委員長がパーシバルを見た。ロナルド・セドウィックが父を呼ぼうとした。しかしクリスは続けた。

「先ほどローガン・ハイネが三つ子達の実の祖父達が既に私達と同じ世界にはいないと言いましたが・・・」
「父さん!」

 ロナルドが父を呼んだ。クリスは無視した。

「それは間違いです。もう地球人保護法は効力を失いました。キーラは本当の父親を人前で抱きしめても良いと思います。」

 彼はニッコリ笑って、「以上です」と締めくくった。
 肩透かしを食った感を抱きながら、或いは狐につままれた様な表情の出席者達を見て、ハイネが拍手を始めた。出席者達が訳がわからぬままそれにつづいた。ハイネは手でステージ上の人々に「下りろ」と合図を送った。ショシャナとローガンがクリスを左右から支える様にしてステージから下りた。
 ケンウッドとシュリーがクリスに近づくより早くロナルドが父親に詰め寄った。

「父さん、どう言うつもりだ?」

 クリスは平然と答えた。

「私はマーサにちょっとした仕返しをしただけさ。」

 キーラがクスッと笑った。

「マーサにだけじゃないでしょ、父さん。」

 既に周囲はまた賑やかな食事会に戻っていた。録音された音楽が流れ、まだ踊り足りない人々は踊っている。ケンウッドはハイネがギターを片付けてステージから下りたので、局長、と呼びかけた。それからアイダ・サヤカも呼んだ。ハイネはセドウィック家側の人々が集合しているのを見て、ちょっと躊躇った。しかしパーシバルに腕を掴まれ、渋々やって来た。ヤマザキが言った。

「まずは、素晴らしいギターリストに乾杯!」

賞賛の言葉に、ハイネが油断した瞬間、キーラが彼の腰に腕を回して周囲に向かって言った。

「紹介するわ。私の父よ。地球人なの。」

 場内がシーンと静まり返った。パーシバル家の人々が固まっている。サンダーハウスの人々は単純に驚いている。護衛官もショックを受けている。ドーマーだから当然だ。ゴメス少佐がサルバトーレに囁いた。

「知っていたか?」
「まさか!」

 委員会の女性達は知っていたようだ。ランバートはベルトリッチ委員長と目を合わせて微笑みあった。ゴーンがアイダに「やっとね」と呟いた。アイダも小さく頷いた。
 その場の緊張を打ち砕いたのは、シュリーだった。 彼女がケンウッドの腰に腕を回して言った。

「ママ、主役は私達なのよ。センターを奪わないで!」

 ケンウッドが吹き出し、一同も笑い出した。ハイネがキーラの額にキスをして、彼女から離れるとアイダをハグした。そしてクリスと握手した。

「貴方に長い間苦労をおかけした様ですな。」
「いいや、貴方が体験出来なかった父親業を存分に楽しませてもらいました。感謝していますよ。」

 ローガンは従兄弟達に取り囲まれた。

「お前、凄い祖父さん持ってたんだな。」
「どうして黙ってたんだよ!」
「だって実物に出会ったのは、今日で2回目だよ。」
「ドーム長官を兄貴にして、この上遺伝子管理局長が祖父さんだなんて、ズルいぞ。」

 パーシバルがヤマザキのそばに立った。

「一瞬、どうなるかと冷や汗が出たよ。」
「そうかい? 親戚が集まる場で良かったじゃないか。一軒ずつ告白して回る手間が省けただろ?」

 ヤマザキの言葉に、なんだそれ? とパーシバルが突っ込んだ。