2021年5月3日月曜日

狂おしき一日 La Folle journée 27

  ピアノと電子ギター、そしてエアギターのコラボが終わった。満場の拍手だ。護衛官もホテルの従業員も大喜びで拍手していた。ショシャナは立ち上がり、クリスの手を取って立たせると、ローガン・セドウィックとローガン・ハイネと共に4人で円形ステージの周囲に向かってお辞儀した。彼女が挨拶した。

「今日は私達の姉シュラミスと大好きなニコの結婚式に遥々遠路を飛んで集まって下さり、有り難うございます。正直なところ、気が強いシュリーの我儘にニコがどこまで寛大で忍耐強く付き合って下さるか、心配ですが、どうか皆様のお力添えで、2人の幸せが末長く続くことを願っています。有り難う!」

 ローガンが続いた。

「どうも、目立ちすぎる姉妹2人にこき使われているローガンです。」

 ドッと親戚達が笑った。

「僕は研究者としてはまだシュリーほどに成果を上げていないし、シャナの様な名声もありません。だけど姉妹を支えることには誰にも負けない自信があります。ニコはすごく信頼がおける人ですけど、僕の兄貴にはもったいないほど立派な人です。シュリーが彼の足を引っ張らないよう、僕が御して行きます。だから、ニコ、困ったことがあれば僕に相談して。」

 ケンウッドは思わず笑ってしまった。そして答えた。

「わかった、そうするよ、ローガン。」

 また拍手。人々の視線がクリスに集まった。クリストファー・ウォーケンは立ち上がった。彼はローガン・ハイネを見た。ハイネが微かに首を横に振った。だが、クリスは彼を裏切ることにした。これはずっと彼を苦しめてきたマーサとハイネに対する罰だ。

「ただの医者である私が、義理の孫の結婚式に招待されただけでも光栄なのに、こんな華々しい舞台に座らせてもらえるなんて夢の様です。シュリーとニコラス、ショシャナとローガンに感謝します。そしてキーラ、有り難う。 君は私の自慢の娘だよ。」

 キーラが頷いて見せた。気が強いのは母親譲りだが、目が潤んでいた。クリスは続けた。

「だけど、そろそろ時効じゃないのかな。」

え? 何のこと? と出席者達の表情が戸惑ったものになった。ケンウッドは焦った。シュリーが彼の手を固く握りしめた。ヤマザキが諦めた表情になり、ベルトリッチ委員長がパーシバルを見た。ロナルド・セドウィックが父を呼ぼうとした。しかしクリスは続けた。

「先ほどローガン・ハイネが三つ子達の実の祖父達が既に私達と同じ世界にはいないと言いましたが・・・」
「父さん!」

 ロナルドが父を呼んだ。クリスは無視した。

「それは間違いです。もう地球人保護法は効力を失いました。キーラは本当の父親を人前で抱きしめても良いと思います。」

 彼はニッコリ笑って、「以上です」と締めくくった。
 肩透かしを食った感を抱きながら、或いは狐につままれた様な表情の出席者達を見て、ハイネが拍手を始めた。出席者達が訳がわからぬままそれにつづいた。ハイネは手でステージ上の人々に「下りろ」と合図を送った。ショシャナとローガンがクリスを左右から支える様にしてステージから下りた。
 ケンウッドとシュリーがクリスに近づくより早くロナルドが父親に詰め寄った。

「父さん、どう言うつもりだ?」

 クリスは平然と答えた。

「私はマーサにちょっとした仕返しをしただけさ。」

 キーラがクスッと笑った。

「マーサにだけじゃないでしょ、父さん。」

 既に周囲はまた賑やかな食事会に戻っていた。録音された音楽が流れ、まだ踊り足りない人々は踊っている。ケンウッドはハイネがギターを片付けてステージから下りたので、局長、と呼びかけた。それからアイダ・サヤカも呼んだ。ハイネはセドウィック家側の人々が集合しているのを見て、ちょっと躊躇った。しかしパーシバルに腕を掴まれ、渋々やって来た。ヤマザキが言った。

「まずは、素晴らしいギターリストに乾杯!」

賞賛の言葉に、ハイネが油断した瞬間、キーラが彼の腰に腕を回して周囲に向かって言った。

「紹介するわ。私の父よ。地球人なの。」

 場内がシーンと静まり返った。パーシバル家の人々が固まっている。サンダーハウスの人々は単純に驚いている。護衛官もショックを受けている。ドーマーだから当然だ。ゴメス少佐がサルバトーレに囁いた。

「知っていたか?」
「まさか!」

 委員会の女性達は知っていたようだ。ランバートはベルトリッチ委員長と目を合わせて微笑みあった。ゴーンがアイダに「やっとね」と呟いた。アイダも小さく頷いた。
 その場の緊張を打ち砕いたのは、シュリーだった。 彼女がケンウッドの腰に腕を回して言った。

「ママ、主役は私達なのよ。センターを奪わないで!」

 ケンウッドが吹き出し、一同も笑い出した。ハイネがキーラの額にキスをして、彼女から離れるとアイダをハグした。そしてクリスと握手した。

「貴方に長い間苦労をおかけした様ですな。」
「いいや、貴方が体験出来なかった父親業を存分に楽しませてもらいました。感謝していますよ。」

 ローガンは従兄弟達に取り囲まれた。

「お前、凄い祖父さん持ってたんだな。」
「どうして黙ってたんだよ!」
「だって実物に出会ったのは、今日で2回目だよ。」
「ドーム長官を兄貴にして、この上遺伝子管理局長が祖父さんだなんて、ズルいぞ。」

 パーシバルがヤマザキのそばに立った。

「一瞬、どうなるかと冷や汗が出たよ。」
「そうかい? 親戚が集まる場で良かったじゃないか。一軒ずつ告白して回る手間が省けただろ?」

 ヤマザキの言葉に、なんだそれ? とパーシバルが突っ込んだ。



2021年5月2日日曜日

狂おしき一日 La Folle journée 26

  ピアノ演奏を一時中断してB G Mを録音された音に任せたショシャナ・パーシバルがステージから降りて軽く食事を取った。兄のローガン・セドウィックがそばへ行って彼女と何やら相談をしていたが、まとまったらしくグータッチをして別れた。
 進行役のミラーがまた声を張り上げた。

「お待たせしました。次はギターがピアノと共演します。花嫁の祖父と妹の二重奏です!」

 ローガン・ハイネがアイダ・サヤカやシンディ・ランバート達から離れ、ショシャナのそばへ行った。腕を差し出すと、彼女をエスコートしてステージに上がった。招待客達から微かなドヨメキが上がった。何故遺伝子管理局長が? と言う驚きだ。ケンウッドとシュリーはどんな展開になるかと少し緊張して見守った。
 ハイネはショシャナをピアノの前に誘導すると、ステージの下へ視線を向けた。クリストファー・ウォーケンと目が合うとニッコリして見せた。

「ウォーケン博士、どうぞこちらへ。」

 クリスが躊躇った。

「私はギターなど弾けないぞ。それに私は・・・」

 ハイネは彼に最後まで言わせなかった。

「承知しています。ですから、私が僭越ながら代理で演奏させていただきます。」

 ステージに上がって来いと腕を大きく振って見せた。ケンウッドが拍手すると、周囲も彼に続けて拍手した。クリスは仕方なく立ち上がり、ゆっくりとステージに上がった。ハイネが紹介した。

「クリストファー・ウォーケン博士は、花嫁の母親の義理の父親ですが、実の祖父以上に三つ子達に愛情を注いでくれたとキーラ・セドウィック博士が仰っています。キーラ博士も父としてウォーケン博士を慕っておられます。花嫁の実の祖父達は既に私達と同じ世界には居られません。ですから、今日はウォーケン博士にこちらに座っていただいて、私ローガン・ハイネが代わりにギターを弾きます。拙い演奏ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。」

 ハイネはクリスを椅子に誘導し、彼が座るとステージの反対側に移動してギターを手に取った。そしてピアノの前に立つショシャナに合図を送った。ショシャナが座り、2人は目で合図を取り合った。
 1曲目はクラシックの軽快な音楽だった。暫く聞き惚れていた人々だったが、やがてパーシバルがキーラの手を取って開けた場所で踊り始めた。釣られて彼の兄夫婦が、そして科学者のグループからも同僚同士で踊り出した。ケンウッドがシュリーに囁いた。

「お祖父さんと踊ってあげなさい。」

 シュリーは頷くとステージに上がり、クリスの手を取った。義理の祖父を立ち上がらせ、ゆっくりと音楽に合わせて2人は踊った。
 1曲目が終わると、クリスはシュリーに礼を言って再び腰を下ろした。シュリーがステージから降りるとすぐにショシャナが2曲目を弾き始めた。今度はテンポの疾い曲で、ハイネもギターをクラシックから電子ギターに交換した。今度は若い世代の人々も踊り出した。ケンウッドはアイダ・サヤカと、シュリーはポール・レインと、J Jはアキ・サルバトーレと、ランバートはサンダーハウスの若い科学者と組んだ。ヤマザキは食べる方へ逃げようとしたが、ベルトリッチ委員長に捕まった。ラナ・ゴーンはタマラ・セドウィックと女性同士で踊っている。ゴメスもパーシバル家の女性の相手をさせられている。
 護衛で壁際に立っていた保安課のレティシア・ドーマーがベサニー・ロッシーニに囁いた。

「びっくりよ、うちの少佐も結構踊れるのね。」

 ベサニーは笑いそうになった。

「そんな言い方、少佐に失礼ですよ、ボス。」

 そこへローガン・セドウィックが近づいて来た。

「そこのお嬢さん、僕と踊っていただけませんか?」

 勤務中だからとベサニーが断ろうとすると、レティシアが言った。

「受けて差し上げなさい、これも勉強ですよ。」

 ショシャナの演奏は普段の活動では弾かないようなテンポの激しいものになっていた。マネージャーが聞いたら卒倒するかも知れない。すごく俗っぽくて過激な大昔の曲だ。そしてハイネのギターも熱が籠っていた。ケンウッドと彼の世代の人々は疲れて踊るのをやめた。そしてピアニストとギターリストの技術に関心して聞き惚れた。キーラは初めてロックンローラーとしての父の演奏を生で聴いた。そしてメロディに聞き覚えがあることに気がついた。母マーサがよく口ずさんでいたものだ。あれは父の曲だったのか。あの曲を今ハイネは孫娘の為に弾いている。そしてもう一人の孫娘が即興でそれを覚えて祖父の演奏について演奏しているのだ。彼女の横でヤマザキが呟いた。

「108歳とは思えんなぁ・・・しかし肺が保つかな、爺さん。」

 ハイネはマスクをしていない。サンダーハウスの実験装置が働いていて大ホールの空気は清浄に保たれているが、収容人数が多い。ヤマザキはポケットの中の錠剤の存在を指で確認した。
 観客が歓声を上げた。ステージの上にローガン・セドウィックが上がり、ギターを弾くハイネの反対側でエアギターを始めたのだ。大胆でユーモラスな動作に観客が喜んでいる。ハイネもショシャナも弾きながら笑っていた。 ケンウッドはクリスがハイネを見つめて微笑んでいるのを見た。


狂おしき一日 La Folle journée 25

  度重なる乾杯がなされたが、供されたのはアルコールではなく酒の風味に似せたソフトドリンク類だった。昼間から酔う訳にいかず、パーティーの後で旅行に出かける親戚達から文句は出なかった。サンダーハウスの科学者達も夜の食事の楽しみに酒類をとっておくことは支障ないようだ。それにシェイの料理はとても美味しかったが、お酒を我慢出来る味だった。ケンウッドとシュリーは一緒に来客の中を歩き回り、挨拶に忙殺された。

「疲れないかい?」

 ケンウッドが気遣うとシュリーも彼に心を配った。

「無理しないでね。」
「私は慣れているよ。本部の会合の後はいつもこんな感じだからね。」

 ロバータ・ベルトリッチ委員長はキーラとアイダとランバートの「出産管理区トリオ」に囲まれてドレスの購入元を追求されていた。彼女は数年ぶりに地球へ降りて来たので衣装を調達したのは月か火星と考えられ、どこの工場で製造された生地を使っているのかとトリオが知りたがったのだ。

「フォボス・デパートで買ったのよ。」
「こんな滑らかな手触りの布が作れるメーカーなんて知りませんよ。」
「特注じゃないんですか?」
「ただの吊るしよ。」
「嘘おっしゃい!」

 ロアルド・ゴメス少佐とアキ・サルバトーレはパーシバル家の若い男達に注目されてしまった。護衛をしているつもりだったが、若者達はどうすればそんな立派な筋肉を創れるのか、とか、日頃どんなトレーニングをしているのか、どんな種目が得意なのか、とか、興味津々だった。中にはドームで保安課員として採用されるにはどんなことを勉強すれば良いかと尋ねてくる者もいた。
 ヘンリー・パーシバルはポール・レインとヴァンサン・ヴェルティエンと共にビュッフェで食べ物を集めながらレインが巡回した外国の話をしていた。パーシバルも巡回医師として月に2回ずつ地球上を回っているので、互いの体験したことを語り合い、失敗談で盛り上がった。
 ガブリエル・ブラコフはやっとこさローガン・ハイネ遺伝子管理局長を捉まえることに成功した。ハイネはチーズをたっぷりと使った肉とパスタの料理から離れられないでいたのだ。

「介護士になると言う当初の目標から挫折してしまったんだ。」

とブラコフが申し訳なさそうに話しかけると、ハイネは糸を引くチーズを苦労しながら小皿に取り分けながら、それで? と言った。

「そのお話はもうずっと以前にお聞きしましたが。」
「介護士になるからと言って、委員会を退官したんだ。まるで任務を投げ出して敵前逃亡した気分がずっと僕の心に付き纏っている。」
「熱傷治療の医師になられたのでしょう。」

 ハイネはチーズをようやく小皿の上にまとめることが出来たので、肉に絡めて口へ運んだ。後少し経てばギターの演奏をしなければならない。彼はちょっと焦っていた。演奏前になんとしてでもチーズをたらふく食べておくのだ。元副長官の反省など聞いている暇はない。彼は言った。

「医師になられて何人の命を救われました? 大勢が貴方に感謝している筈です。貴方がクヨクヨして医師になったことを後悔なさっていると知ったら、貴方に救われた人々はどんな気持ちになるでしょう。誇りを持って下さい。患者達に素晴らしい医師に治療してもらったのだと喜ばれているのですよ。」

 ブラコフがハグして来たので、ハイネは皿を持った手を上げて落とすまいと努力した。
 J J・ベーリングはローガン、シュラミス、ショシャナの三つ子のD N Aを眺めていた。ローガンは普通の人間だ。コロニー型地球系ホモサピエンス、所謂太陽系人だ。シュラミスとショシャナはそこに一つだけ異なるパーツがある。一つだけだが重要な因子だ。彼女はクリストファー・ウォーケン医師と話をしていたヤマザキ・ケンタロウの上着の裾を引っ張った。ヤマザキがクリスに断って、彼女に向き直った。

「なんだ?」

 J Jは脳波翻訳機の電源を切っていた。端末に素早く文章を入れた。

ーーパーシバルの娘達に『待機型』因子がある。

 ヤマザキは頷いた。それは三つ子が生まれた時から懸念されていたことだ。だが「待機型」遺伝子があるのは女性2人だ。だから彼は言った。

「ローガンになければ良いんだ。」

 J Jも彼が言いたいことを理解した。彼女は微笑んで、パーシバルの息子に問題の因子がないことをヤマザキに伝えた。ヤマザキが彼女を手で誘導した。

「紹介しよう、J J。こちらはクリス、105歳のお医者さんだ。キーラの義理のお父さんだよ。 クリス、こちらはJ J・ベーリング、今ヘンリーと一緒にいる美男のポール・レインの奥さんです。例の、ニコの女性誕生の鍵発見の最大の功労者です。この女性がいなければ、地球はまだ救われなかったかも知れません。」

 J Jは慌てて脳波翻訳機の電源を入れた。

「私は卵細胞の異常を見つけたに過ぎません。原因が羊水の製造過程にあったと解明したのはケンウッド長官なのです。」

 クリスは微笑んで彼女に手を差し出した。J Jは握手に応じ、そして喉を指差して声帯がないので機械の耳障りな音声で申し訳ありませんと言った。実際のところ機械の音は不快なものではなかった。人間の耳に心地よい音に調整されているのだ。クリスがヤマザキに尋ねた。

「クローン声帯をつけられないのかね?」
「現在その手術の為にクローン製造部で調整中です。早ければ1週間の内に彼女に声帯を与えられると思います。」
「簡単な手術の筈だ。」
「ええ。ですが彼女は生まれつき声を出したことがないので、発声の為の呼吸の練習が必要です。口の動かし方も学ばなければなりません。」

 クリスはJ Jを優しい目で見つめた。

「生まれつき聴力がない人も聴覚治療で音を聞けるようになります。彼等も音を聞く経験がなかったので、発声を練習するのです。頑張って下さい。貴女もきっと話せるようになりますよ。」
「有り難うございます。」

 J Jはヤマザキを振り返って微笑んだ。
 その頃、ケンウッドとシュリーは親戚の群れから出て、ビュッフェまで辿り着いた。

「折角の料理だ。食べなさい、シュリー。休憩としよう。」
「貴方もお腹が空いているでしょう、飢えで倒れそうな顔よ。」

 シュリーは笑いながらミートボールを皿に取り、フォークを添えてケンウッドに手渡した。ケンウッドはミートボールを口に入れ、美味い、と呟いた。

「美味しいよ。君も食べなさい。」

 シュリーはアスパラガスとベーコンの料理を皿に取っていたが、声をかけられて振り向いた。その口にケンウッドはミートボールを入れてやった。

「ほんと! 美味しいわ。ちょっと冷めちゃったけど。」
「この温度で調整しているんだよ。猫舌の人もいるからね。」

 ケンウッドは目でハイネを探した。遺伝子管理局長はベルトリッチ委員長と出産管理区トリオと共に料理を探索中だった。ケンウッドはシュリーにアドバイスした。

「ハイネがもし我が家に来ることがあれば、あまり熱い料理は出さない方が良い。」
「でも熱いピッツァは平気みたいよ。」
「無理しているだけだ。チーズが硬くなる前に食べたいのさ。」
「本当にチーズが好きなのね、局長は・・・」
「ああ・・・女とチーズ、どっちが好きか一度聞いてみたいね。」



狂おしき一日 La Folle journée 24

  ドーム空港ホテルの結婚式場は建設されてから200年以上経っているが、簡素で清潔な感じは少しも損なわれていなかった。荘厳な雰囲気の中で挙式したいカップルもここで法律上の式を挙げ、法的に夫婦として登録してから新しい人生の船出をするのだ。
 ニコラス・ライオネル・ケンウッドとシュラミス・セドウィック・パーシバルはここで地球人類復活委員会委員長ロバータ・ベルトリッチを結婚宣誓先導師として互いの愛の誓いを交わし、親族、友人、部下達の立ち合いの下に夫婦として登録証明書に直筆の署名をした。この証明書はドームシティ市役所と月の連邦政府住民登録局と夫婦それぞれが生まれたコロニーの行政府に写しが送られ保存される。偶々ケンウッドとシュリーは同じコロニーで生まれたので登録証明書は3通で済んだ。原本は結婚宣誓先導師が保管する義務があり、プロの先導師の場合、かなりの枚数の証明書を所蔵している。ベルトリッチも委員長と言う立場上、会員達から先導師を依頼されることが多く、ケンウッド夫妻の証明書は彼女にとって記念すべき100枚目だった。

「地球人保護法が改正されてから60組のカップルから依頼されましたが、ドーム長官の式に立ち会ったのはこれが初めてです。 しかも100組目ですよ! 私の時は、是非ともケンウッド夫妻のどちらかにお願いしたいわ。」

と彼女は言って、場内を沸かせた。
 式が終わると一同は隣の大ホールへ移動した。中央にステージがあって、ヤマハのピアノが設置されていた。ヤマザキの顔が綻んだ。彼の好きなメーカーだ。人々はステージの南側の空間に集まった。ケンウッドとシュリーがステージに上がった。

「皆さん、今日はシュリーと私の為にお忙しい中を、あるいは遠い宇宙空間を超えてわざわざお越しくださり、有り難うございます。」

 ケンウッドの心臓は先刻の式の間に鎮まっていつもの冷静さを取り戻していた。彼はゆっくりと参列者一人一人の顔に視線を送っていった。

「私がこの地球に初めて降り立ったのは30年以上も前のことです。皮膚の研究をしていた私は、象をこの目で実際に見てみたいと言う、ただそれだけの理由で地球人類復活委員会の採用に応募して、ここへ来ました。そして運命の出会いをしました。」

 彼は悪戯っぽい笑みを浮かべてヘンリー・パーシバルを見た。

「表皮形成の遺伝子変化を調べていて、神経細胞の研究者ヘンリー・パーシバルと友人になったのです。」

 パーシバルが後ろを振り返り、大袈裟にお辞儀をして笑いを取った。ケンウッドも笑って、なんとか続けた。

「もしあそこでヘンリーと知り合えなかったら、今頃私はシュリーと出会えなかったでしょう。そして・・・」

 彼はハイネを見た。

「ヘンリーと私はチーズが縁でローガン・ハイネ遺伝子管理局長とも親しくなりました。彼はある時大病を患いまして、私達は彼の病室に通ううちに主治医のヤマザキ・ケンタロウとも親しくなり、我々は4人で連む悪ガキの様な仲になりました。ところがある時、ヘンリーが重力障害と言う地球で暮らすコロニー人にとっては致命的な病気を発症してしまいました。そこを救ったのが、キーラ・セドウィック、現在のヘンリーの奥さんです。」

 キーラが珍しく頬を赤く染め、パーシバルの手を握って夫を見た。それをパーシバルが優しく見返した。

「キーラとヘンリーの間に三つ子が生まれました。ショシャナ、ローガン、そしてシュラミスです。
 思えば、地球に降りて来た時に、すでに私はシュラミスと出会うことを運命付けられていたのかも知れません。私は彼女と出会わせてくれた全ての人々、友人達とキーラとヘンリーのご両親、そして地球に感謝しています。有り難う!」

 ほんの一瞬、ケンウッドはハイネに視線を向けた。ハイネは娘を見ていた。彼にはアイダ・サヤカが寄り添い、お似合いの夫婦ぶりだった。
 拍手の後に、続けてシュリーが語り始めた。

「母が私に語ってくれた話によりますと、父との出会いは母にとって想定外だったそうです。でも好きになって結婚してしまいました。そして、三つ子も想定外だったそうです。母は双子を産むつもりだったのです。一人はローガンです。もう一人は女の子ですが、まさか一卵性双生児になると思わなかった、と言ってました。」

 親戚一同から笑い声が起きたので、これはパーシバル家でもセドウィック家でも何度か語られている話なのだろう。

「両親は私達を愛情深く育ててくれました。そして両親の友人達も我が家を訪れた時は私達を可愛がってくれました。私の一番のお気に入りが、ニコ小父さんでした。いつも優しくて、上品で、思慮深くて、静かで、私がどんな我儘を言っても怒らずに相手をしてくれました。私はいつしか夢を見るようになりました。地球でニコ小父さんと一緒に暮らす夢です。友達は、それはただの憧れで恋じゃないって言いました。ただの恋で愛しているのとは違うと言った人もいました。でも、私の気持ちは成長しても変わりませんでした。」

 シュリーはちょっと息をついでから、視線をハイネに向けた。

「高校生の時に両親が私達を初めてドームの春分祭に連れて行ってくれました。ニコ小父さんはハイジに扮していました。」

 サンダーハウスから来た地球人の科学者達にはびっくりだろう。早速コロニー人科学者が端末で春分祭の情報を出して見せている。

「普段女装しなれない男性が女性の扮装をするのはとても恥ずかしいと感じることでしょう。でもニコはハイジの扮装のままテレビカメラの前で挨拶して、インタビューにも答えていました。私はとてもかっこいいと思いました。だから・・・」

 シュリーは少し躊躇ってから語り続けた。

「初対面でしたけど、ローガン・ハイネ局長に相談してみました。どうすればニコの奥さんになれるかしら、って。」

 キーラとヘンリーが驚いてハイネの方を見た。え? シュリーがそんなことを相談したの?と言う単純な驚きだ。ケンウッドもヤマザキもびっくりした。ハイネは一言もそんなことを教えてくれなかった。シュリーが照れ臭そうに言った。

「局長はこう言いました。『彼に存在を認めて欲しくば、君も地球を愛すことだ。そうすれば、君が地球にいようが火星にいようが、彼は君を忘れない。』
 それから私は地球と言う惑星について猛勉強しました。地球は知れば知るほど奥の深い星です。宇宙の開拓が進んでいる今日ですらまだ未知の場所があり、未踏の領域があります。数えきれない程の種類の生命が暮らし、命の循環が途切れなく行われています。ニコはその循環の輪に人間をもう一度加えようと努力を積み重ねている科学者だったのです。私もその輪に人間を戻したいと願うようになりました。
 遺伝子レベルでの女性誕生の鍵の発見はニコが成し遂げました。これは本当に素晴らしいことです。太陽系連邦も開拓惑星でも拍手喝采の偉業です。でも彼は満足していません。新しく生まれてくる地球人の女性達が安心して子供を産める世界の再現を目指しています。ですから、私はサンダーハウス実験場の研究に参加しています。私の素敵な研究者仲間達も綺麗な地球の復活を心から望み、日々研究に打ち込んでいます。
 私はこれからもニコと地球の為に働き続けたいと思っています。今日は皆さん、本当に有り難うございました!」

 大きな拍手の中で、ケンウッドとシュリーはキスを交わし、ステージから降りた。進行役のレオン・ミラー博士が声を張り上げた。

「皆さん、お待たせしました。今日の料理は、シェイ・パーカーと彼女のチーム、ホテルのスタッフが総力をあげて作ってくれたものです。決して失望させません。お腹いっぱい食べて行って下さい。」

 ステージにショシャナが上がった。ミラーが紹介した。

「花嫁の妹が演奏します。ショシャナ・パーシバルの音楽を聴きながらお食事をお楽しみ下さい。」

 再び拍手。ヤマザキの隣にいたシンディ・ランバートが小声で尋ねた。

「あの子はいつご飯を食べるの?」

 ヤマザキが笑った。

「ずっと弾きっぱなしじゃないさ。頃合いを見計らってこっちへ来るよ。」



狂おしき一日 La Folle journée 23

  ニコラス・ケンウッドは普段通りの時刻に起床し、軽くジョギングした。ハイネ局長も一緒だった。ジョギングを終えるとシャワーを浴び、朝食を取ったが、その間パーティーの話はどちらもしなかった。食堂を出るとケンウッドは中央研究所の長官執務室に行き、第1秘書のチャーリー・チャンと彼の留守の間の業務打ち合わせを行い、第2秘書ジャクリーン・スメアが出勤して来るのと入れ違いにドームの出口へ向かおうと部屋を出た。中央研究所の出口で彼は思わず立ち止まった。研究所前の広場にドーマー達が集まっていた。長官の顔を見るなり、彼等が一斉に声を上げた。

「ケンウッド長官、ご結婚おめでとうございます!!」

 ケンウッドは暫し呆然と立ちすくんだ。結婚を公言した覚えはなかったし、ごく一部の人にしか明かしていない。しかしドーマー達は家族だ。良いことがあれば喜びを共有し、悲しいことがあればそっと支え合う。ケンウッドは驚愕が収まると目頭が熱くなって、ちょっと戸惑った。

「有り難う、みんな!」

 そう言うのがやっとだった。 招待客であり護衛でもあるアキ・サルバトーレが紺色のジャケットに青と濃紺のストライプのタイを身に付けて前に出て来た。

「さぁ、参りましょう、長官。」
「そうしよう。みんな、仕事に戻りなさい。今日も良い1日を!」

 ケンウッドは救われた気分で彼と並んで歩き始めた。素敵なジャケットだと褒めると、サルバトーレが照れ臭そうに打ち明けた。

「シュリーが選んでくれたんです、前回のサンダーハウス訪問の時に。」
「ああ・・・そう言えば買い物のお供に君を強引に連れて行ったんだったね。」

 回廊は遠回りになるので医療区を抜ける近道を歩くと自然にヤマザキが合流した。

「ラナとサヤカとシンディはもう外に出たらしいよ。女性は美容室に用事があるからね。」
「それじゃ、ハイネは一人かね? これから我々に合流するのかな?」

 ケンウッドが懸念すると、サルバトーレが答えた。

「局長はゴメス課長と一緒に既に出られました。保安課の護衛グループとホテルに入られたそうです。」
「楽器の音合わせをするんだろう。」

とヤマザキ。違いますよ、とサルバトーレが苦笑した。

「ポール・レインが帰国したんです。簡単にですが一応任務の途中経過報告を聞くそうです。」

 ヤマザキはJ J・ベーリングの声帯手術の計画を聞かされていたので、それでは神経治療の専門家パーシバルとクローン製造の責任者ゴーンも彼等と会うのだろうと思った。

「レインから外国のドームの話を聞きたいなぁ。」

とケンウッドが呟いた。
 出産管理区の入り口でヴァンサン・ヴェルティエンとガブリエル・ブラコフが合流した。彼等は昨夜それぞれの昔の友人達と旧交を温め合ったのだ。ブラコフは彼が担当していた皮膚の研究室の仲間と、ヴェルティエンは文化人類学の同好会や秘書仲間と。

「まだ局長と出会っていないんです。」

 ブラコフはてっきりハイネがケンウッドと共にドームを出るのだと思っていたので、遺伝子管理局長がこの徒歩グループにいないことを残念がった。ヤマザキが笑った。

「ハイネは逃げないよ。ちゃんとホテルにいる。」

 ヴェルティエンはポール・レインがこれから巡回する予定の地域に関する資料を持参していた。レインが異文化で戸惑わないよう予習させるためだ。東へ行くほどに習慣が異なる。レインはアメリカ文化にどっぷり浸かって成長したので、最初のヨーロッパ行きの時にヴェルティエンがささやかな手引き書を作って端末に送ってやったら大喜びして、それ以来転地する度に質問の電話をかけてくるようになった。ヴェルティエンは長い間ドームで勤務していたが、レインとそんなに接触がなかったので、これは嬉しい体験だった。

「長官、申し訳ありませんが、パーティーの最中、僕等は仕事の話をしているかも知れません。」

 そう言うと、ケンウッドは笑って頷いた。

「構わないよ。それで君達が楽しいのであればね。」

 出会う人々からの祝福の言葉に、失礼とは思いながらも歩きながら返礼して、彼等は遂にゲイトの前に来た。
 ケンウッドは立ち止まって深呼吸した。

「副長官就任を要請された時はそんなに緊張しなかった。だから、長官に就任するユリアン・リプリーが遺伝子管理局長執務室の前で『もう引き返せないな』と言った時は他人事の感じで『毎日の挨拶と同様に肩の力を抜いて下さい。』と励ましたんだ。長官に就任した時も、そんなに固くならずに済んだ。だが、今の私はどうだろう。ユリアンの気持ちがわかるような気がするんだ。」

 ヤマザキが肩に手を置いた。

「これから週末をドームの外でシュリーと一緒に過ごす。それだけじゃないか。仕事内容に変化はないし、彼女は君を束縛したりしない。君も彼女を束縛しない。毎日の挨拶と同様に肩の力を抜けよ。」

 ケンウッドが振り返って苦笑した。

「ちょっとその励ましは長過ぎるな。」
「それじゃ、こう言おう。」

 ヤマザキはケンウッドの肩から手を外し、背中をポンと叩いた。

「さっさと行け!」




2021年5月1日土曜日

狂おしき一日 La Folle journée 22

  夜が明けた。

 サンダーハウスから来た科学者の一行は慌ただしく朝食を取ると、大ホールへ向かった。昨日設置した放電ポールの最終テストだ。シュリー・セッパーも参加しようとしたが、ジェンキンス教授に「花嫁は来なくて良い」と追い払われてしまった。
 シュリーが部屋に戻ると母親が待ち構えていて、彼女は美容室に連れて行かれた。そこでは既に妹のショシャナが叔母のタマラと共に髪のセットをしてもらっていた。ショシャナもピアノの音合わせがあるので早起きして準備していたのだ。娘達が椅子に座ると、キーラは親戚の女性達に順番に電話をかけてモーニングコールと美容室への誘いをかけた。
 親戚達は、初めての地球の朝に戸惑っていた。何しろ窓のカーテンを明けたら強烈に眩しい朝陽が差し込んで来たからだ。存分にお湯を使えるシャワーを浴びてレストランで朝食を取ったら女性達は美容室へ、男達は部屋に戻って荷物の片付けをしたり、パーティー用の服装に着替えた。数人は空港ビル内を探索し、さらに2人ばかりは草原に出て散歩を楽しんだ。眩い光を放つドームの壁を眺め、あの中で地球人が生まれるのだと思うと感慨深いものがあった。彼等の一族の一員である娘が一人、あの巨大で神聖なドームを統治している男性と結婚するのだ。まるで御伽噺のような感じだが、彼等はニコラス・ライオネル・ケンウッドの素を知っていたので、シュラミスが分不相応な結婚をすると言う考えはなかった。
 ヘンリー・パーシバルは彼自身の兄弟達とその家族の引率に忙しかった。彼等が朝食と散歩から戻ると身支度を急がせ、一番大きな部屋に集合させて地球上でのマナーの説明を行なった。勿論重力対策を教授することも忘れない。パーティーが終われば彼等はそれぞれ好きな土地へ旅行に出かけてしまうのだから、今のうちに注意事項を与えておかねばならなかった。
 ロナルド・セドウィック一家にも同じことが行われた。こちらはローガン・セドウィックの担当だった。彼は父親ほどには地球生活の経験を積んでいなかったが、それでもズブの素人よりはかなりマシだった。それにセドウィック家の方がパーシバル家より人数が少ないので扱い易いこともあって、このお役目を割り当てられたのだ。クリストファー・ウォーケン医師は説明する義理孫を誇らしげに見つめていた。一卵性双生児の姉妹に揉まれていつも割を食っていたローガンだが、人前で泣くことは滅多になかった。彼が泣くのは、クリスお祖父ちゃんと2人きりの時だけだった。クリスはローガンの親友だった。あの小さかった聞かん坊のローガンが一人前に叔父や従兄弟達に注意を与えている。血は繋がっていなくても、彼はクリスの自慢の孫だった。
 ホテルにはドームから保安課のドーマー達が到着して、空港保安部の部員達と打ち合わせを始めた。空港保安部はドーマーと一般地球人の混成で、地球の人口比率を反映して全員が男性だ。しかしドームから来た保安課には女性が2名いた。ベテランのレティシア・ドーマーと新人のベサニー・ロッシーニ・ドーマー、美人で有能で貫禄もある熟女と初々しい若い娘だ。2人共にパーティー会場で違和感を客に与えぬよう、機能的なパンツドレス姿だった。当然ながら男性達の視線は彼女達に集まってしまい、チーフのジョナサン・ダッカーは何度も咳払いして若者達の注意を自分に集めなければならなかった。
 ホテルの厨房では、空港職員の寮食堂司厨長シェイ・パーカーが出張って来てホテルの従業員達に指図していた。ホテルにはホテルの厨房長がいるのだが、彼女はお構いなしだ。厨房長もこの日だけは彼女に任せるようにと上から達があったので、お手並み拝見とばかりに傍観していた。シェイの料理の評判は十分知っていた。そしてシェイが変わり者だと言う噂も知っていた。彼女は料理以外のことに関心がなく、空港ビルの外の世界もほとんど知らないのだ。一体どんな経歴の持ち主なのか、料理人達は興味があったが、彼女はそんな料理に無関係の質問をする余裕を与えてくれなかった。
 ヘンリー・パーシバルが親戚にレクチャーを終えて自身も着替えを始めたところに、ポール・レインから電話が掛かってきた。入国審査を終えてJ Jと共にホテルに入ったところだと言う。パーシバルは部屋番号を聞いて、すぐに行くよと告げた。アイドルの顔を早く見たかったし、レインからJ Jの喉の手術について相談を受けていたのだ。J J・ベーリングは生まれつき声帯がなく、声を出せない。今までは脳波翻訳機で会話をしていたが、機械は彼女の思考を全て音声にしてしまう。他人に聞かれたくない思考は、電源を切らなければならず、少々不便だったのだ。それで声帯をクローン技術で作成して移植する手術を受けさせることにした。神経の研究者であるパーシバルは、クローン声帯を使用する為の喉の筋肉を動かす神経の調節を頼まれていた。今日はパーティーが終わったらJ Jを診察するのだが、その打ち合わせを朝のうちにやっておくつもりだった。
 パーシバルは急いでパーティー用の身支度を整え、小さな荷物を持ってレイン夫妻の部屋へ向かった。



狂おしき一日 La Folle journée 21

  ケンウッドとヤマザキがアパートの入り口近くまで来た時、ささやかな植え込みの陰からローガン・ハイネが現れた。昼前の打ち合わせに来なかっただけなのに、ケンウッドは彼と会うのが随分久しぶりな気がした。ヤマザキが先に声をかけた。

「ヤァ、局長! 可愛い客人はもう帰ったのかい?」

 ハイネは頷いて2人のそばに来た。

「少し時間を頂いてよろしいですか?」
「いいけど?」

 ケンウッドとヤマザキは顔を見合わせた。まさか明日のパーティーに関して問題が発生でもしたのか? 微かに不安が生じた。ハイネが近くのベンチを手で指したので、そこへ移動した。公的な場所で話をするなら、大きな問題ではなさそうだ。
 ケンウッドとヤマザキを座らせて、ハイネはその向かいの植え込みの縁石に座った。

「明日のパーティーですが・・・」

 やはりそうだ。ケンウッドは思わず牽制した。

「欠席だなんて言わないでくれ。」
「出席します。」

とハイネが真面目な顔で言った。

「ただ、私の立ち位置をどうすれば良いか困っています。」
「君の立ち位置?」

 ケンウッドとヤマザキはまた顔を見合わせた。ハイネが続けた。

「私は長官の友人として出席するつもりでした。公的にもそれ以外の私の出席理由はありません。」
「・・・」

 ケンウッドもヤマザキも、非公式ではあるが彼をシュリーの祖父として出席させるつもりだ。しかし、サンダーハウスの科学者達にとって遺伝子管理局長はケンウッド長官の部下で友人の一人と言う立場でしかない。ヘンリー・パーシバルの親族もキーラの出自に関して詳細な情報を与えられていない。パーシバルはスキャンダルを恐れて自身の親族に妻の実父を明かしていないのだ。ヘンリーが憧れていた美しいドーマーによく似た女性を見つけて結婚したと思っている親戚達に、真実を明かすには年月が経ちすぎた感がある。
 ヤマザキが言った。

「君は僕と同じテーブルでサヤカと一緒にいれば良いんだ。親戚やサンダーハウスの科学者達にわざわざ挨拶に行く必要はない。もし挨拶回りが必要なら、僕と一緒に行こう。」
「有り難うございます。」

 ハイネは微笑んだ。

「ただ、孫達はそう簡単に考えていないようでして・・・」
「どう言うことだ?」

 ハイネはちょっと躊躇った。ヤマザキを見たので、ケンウッドは自分がいては言い難いのかと思った。ヤマザキが何かに思い当たった。

「さっきショシャナがピアノを弾いていたことと関係あるのか?」

 ハイネが渋々の風に頷いた。

「ショシャナが、プログラムに『花嫁の祖父と妹の演奏』と言う演目を入れていたのです。私はただのB G Mのつもりで演奏を引き受けたのですが、実際は正式なパーティーの余興になっていました。」

 ケンウッドが片手で目を覆った。

「それはシャナのアイデアじゃない。シュリーだ。」
「双子の企みだな。まさか、ローガンも噛んでいるんじゃないだろうな?」

 このローガンは三つ子のローガンだ。彼等の会話で名前だけで呼ばれるローガンは、ローガン・セドウィックを指していた。フルネームか姓でしか呼ばれないローガン・ハイネは憂鬱そうな表情になった。

「ヘンリーの親戚はともかく、地球上の科学者の客は騒ぎますよ。私は子供を作っていないことになっているのですから。」
「箝口令を敷いても無駄だろうな。コロニー中に人気がある白いドーマーに娘がいるなんて事実を知ったら、連中の誰かが友達に喋るぞ。そして噂はあっと言う間に広がる。メディアがパーシバルの家やセドウィック病院や、地球人類復活委員会本部に集まるのは時間の問題だ。」

 ケンウッドはハイネとヤマザキに落ち着け、と手で合図した。そして端末を出した。婚約者の端末に電話をかけた。
 シュラミスはまだ起きていた。両親の部屋でドレスの試着を終えて自室に戻ったところだったのだ。

「こんな時間になぁに?」

 まさかドームで問題発生でも? と解いたげな不安な声だった。ケンウッドは出来るだけ晴れやかな顔をして見せた。

「ちょっと聞きたいことがある。明日のシャナのピアノ演奏なのだが・・・」
「何? 曲目の変更?」

 と尋ねて、彼女は別の不安を感じたらしい。声を顰めた。

「まさか、局長がギターを弾かないって言うんじゃないでしょうね?」
「あ・・・それは大丈夫だ、ハイネは弾いてくれるよ。」

 ケンウッドに視線を向けられて、ハイネも頷いた。

「ただ、演奏者の紹介をどうするのか、彼はそれを心配している。私の友人として彼はパーティーに出席してくれるのだ。それ以外の説明はしてはいけない。」

 ケンウッドはシュリーが落胆するのを見た。彼女は「日陰の身」の祖父に光を当ててあげようと思ったのだろう。ケンウッドは彼女の心遣いが嬉しかったが、友人も彼女の一族も守らなければならない。彼女にそれを理解させなければならなかった。

「パーティーの進行役は誰に頼んだのだね?」
「友達のレオン・ミラー博士よ。彼は貴方も知っているでしょ。もう彼に進行表を渡してしまったわ。それに彼は早寝なの。」
「それじゃ・・・」

 ケンウッドは頭を働かせた。

「彼がシャナとハイネを紹介した後で、ハイネに一言挨拶をさせてやってくれないか?」

 ハイネがケンウッドを見つめた。ヤマザキもケンウッドを見た。ケンウッドは画面の中のシュリーに優しく言い聞かせた。

「法律が改正されても、やはりハイネは私の友人以外の立場で君達の前に出られないんだよ。何故なら、彼は君達のママを守らなければならないからさ。ミラー博士がどんな紹介をしても、ハイネなら上手くはぐらかしてくれるよ。」

 ヤマザキがハイネに囁きかけた。

「出来るか?」

 ハイネも囁き返した。

「やるしかないでしょう。」