2019年8月5日月曜日

家路 2 3 - 5

 ハイネはコンピュータの画面に表示されているケンウッド長官からの最新のメッセージに目を向けた。ケンウッドはアフリカ・ドームに到着したばかりだが、早速アメリカの様子を問い合わせてきていた。留守の我が家が心配で堪らない心配性の長官だ。ハイネがセイヤーズの要望を告げると、こう返信してきた。

ーー面会させるなら山の家が良いよ。あそこはコンピュータのネットワークがないはずだ。セイヤーズの能力の危険性が低くなるし、裁判の関係者もよもやあんな辺鄙な場所まで行くまい。

 セイヤーズの外出をあれ程禁止したがっていたケンウッドなのだが、どう言う風の吹き回しか、今回は気前よく許可を出してきた。ハイネはその理由を考えてみたが、答えを思いつかなかった。
 午後2時にセイヤーズとレインが局長執務室へ足を運んできた。出迎えたのは、第1秘書のネピア・ドーマーで、第2秘書キンスキーは彼の日課で中央研究所へ行って連絡事項や新規情報などの収集に努めている。ネピアはレインに自席のそばの席で待機するよう指図して、セイヤーズを局長席の対面の席に案内した。
 ハイネはコンピュータの画面を眺めていたが、セイヤーズが正面に座ると顔を向けた。

「君が住んでいた家を買い取りたい人物との面会を許可して欲しいと言うことだな?」
「そうです。ちょっと問題がありまして、土地は州のものなのです。私が無断で隠れ住んでいたので・・・私が売るのは家だけです。購入希望者は現在州政府と土地の買い取りに関して交渉中です。」
「その人物がライサンダーと娘との同居を望んでいる?」
「はい。隠す必要がないので打ち明けますが、相手はフランシス・フラネリーです。」

 当然ながら、ハイネはフランシス・フラネリーが何者か知っている。成る程、と呟いただけだった。ドームの外の出来事に関しては、我関せずと言った風情だ。フランシスが土地の買い取り可能な財力を持っていることも、ライサンダーと娘を守る警備態勢を取れることも、敢えて確認しない。

「それで、君がドームから出て彼女と直接会う理由はなんだ?」
「私は彼女をよく知りません。良い人だと思いますが、息子と同居して上手くやっていけるのか、人柄を少しでも知りたいのです。すみません、親の我が儘だと承知しています。私が外に出る正統な理由でないことは、わかっています。」

 ハイネは視線をコンピュータに戻した。セイヤーズは心の中で溜息をついた。話を持って行く相手を間違えたかも知れない。ローガン・ハイネ・ドーマーは家族と言うものと全く無縁な生涯を1世紀過ごして来た人だ。家族の情愛を訴えるなら、ケンウッド長官の方が効果的だ。ケンウッドからハイネを説得してもらった方が良かったかも知れない。
 その時、思いがけない人物が発言した。

「局長、ちょっとよろしいでしょうか?」

 セイヤーズは思わずネピア・ドーマーを振り返った。レインも横にいる第1秘書を見ている。
 ハイネも内心驚いていた。ネピアは上司が部下を面談する時に口を挟んだりしなかった。それが今・・・? これはケンウッドの説教の効能なのか?

「なんだ、ネピア?」
「ライサンダー・セイヤーズは娘が人工子宮から出た時点でドームに来る資格を喪失します。恐らく、父親とは直接会う機会も失うでしょう。だから、ダリル・セイヤーズは息子を安心して託せる相手かどうか、ミズ・フラネリーを見極めたいのだと思いますよ。」

 見事に心の中を見透かされて、セイヤーズはどきりとした。ネピアとは仲が良いとはお世辞にも言えない。それなのに、本心を知られていた。
 ハイネがネピアに言った。

「だが、レインはいつでも自由に息子にも取り替え子の妹にも会えるだろう。レインに様子を見させれば済む。」
「それでも、セイヤーズは自分で子供を育てた親ですから。」
「自分で作った子供でもあるしな・・・」

 皮肉とも取れる言い方をして、ハイネはセイヤーズを見た。セイヤーズは赤面した。
 1分ばかり彼を眺めてから、ハイネは視線をレインに移した。レインはやや挑戦的な光を放つ目で上司を見返した。どんなに敬愛する父親でも、時に息子は反抗したくなるものだ。ハイネは彼に声をかけた。

「レイン、君はドームを出る考えはあるのか?」
「俺がドームを出る?」

 レインは予想外の質問に驚いた。慌てて首を振った。

「俺は出て行けと言われても出たくありません。雑菌だらけの外の世界に住むのは御免です。」

 その狼狽えぶりに、セイヤーズとハイネは思わず吹き出した。ネピア・ドーマーさえ苦笑している。

「出るつもりがなければ良いのだ。」

とハイネは言った。

「セイヤーズはもう逃亡しないだろう。」
「勿論です。」

 今度はセイヤーズとレインが見事にハモった。ハイネとネピアは顔を見合わせ、クスッと笑った。ハイネは真面目な顔に戻り、セイヤーズに言った。

「空港ビルでの面会は許可しない。」
「えっ・・・」

 局長の言葉にセイヤーズはがっかりした。しかし、次の言葉は信じられなかった。

「山の君の家で会いたまえ。実際の場所で彼女の転居の打ち合わせと言う形で面会するが良い。監視にレインを付ける。」

 思わずセイヤーズは立ち上がり、東洋式に深々と頭を下げた。下げなければ涙を見られてしまいそうだった。

「有り難うございます!!!」