2019年8月9日金曜日

家路 2 4 - 1

 ケンウッドはアフリカ・ドームの大会議室に居た。アフリカ大陸は広大で民族も自然も多種多様なのに、ドームは一箇所、ナイロビにしかない。大異変の後、アフリカ大陸の人口は急激に減少してしまった。宇宙に進出したアフリカ人の人口が少なかったせいだ。現在宇宙にいるアフリカ系の人々は、裕福な一族や政治的有力者の部族の子孫が多く、庶民の子孫が少ない。古くからの伝統を守っていた民族の多くは絶滅してしまい、その文化はもう博物館で見ることしか出来ない。アフリカ・ドームで働いているアフリカ系の執政官の多くは、ヨーロッパやアメリカを故郷とするコロニー人だ。
 ケンウッドが地球で働くことを決意した時、勤務地の第一希望はアフリカ・ドームだった。象を見たかったのだ。しかしアメリカ・ドームに派遣されてしまい、そのまま今日に至った。
 アフリカ・ドーム遺伝子管理局長クワク・カササ・ドーマーがゆっくりと入場して自席に着席すると、やっと議事が始まった。アフリカ・ドーム長官オレプ・ニエレレ博士がドーマーが外出時に接種する抗原注射の廃止を決行したことを報告した。他のドーム長官達は驚かなかった。ドーマーは地球人だ。彼等をドームの外に出すには、先ず外の空気に慣らさなければならない。雑菌、ウィルス、バクテリア、放射線、埃・・・今まで彼等に触れさせないよう遠ざけて来た物に、慣らすのだ。それは程度の差があれ、どこでも既に取り組んでいることだった。ただアフリカ・ドームの様に、廃止を決めたところはなく、大胆な試みとして受け取られた。
 次に発言したのは西ユーラシア・ドームだった。例の地球人保護法改正要求についての、既に各地から送られていた質問に対する回答だ。恋愛は個人の権利であり自由なのだから法律で制限されるものではない、と言うコンセプトで西ユーラシアは執政官もドーマーも意見を統一させているのだ。そして最終目標は、改正ではなく撤廃だった。
 2時間後、休憩時間が設けられた。場内の執政官やドーム長官達が外へ出て行った。ケンウッドは出口の混雑を眺め、人が減るのを待っていた。すると横から声をかけて来た人がいた。

「アメリカ・ドームでは、まだ民族の純血維持を行っているのでしょうか?」

 振り返ると、白い髪とコーヒー色の肌のアフリカ人が立っていた。アフリカ・ドームの遺伝子管理局長クワク・カササだった。ハイネに負けぬ長身の男だ。しかし年齢は80歳、ケンウッドより10歳上だが、地球人なのでずっと老けて見えた。ケンウッドは彼に空いた隣席を手で示し、座らせた。

「民族の純血維持ですか・・・現在は行っていませんが。アメリカは移民の国ですから・・・」

と言いかけて、彼は重要なことを思い出した。

「先住民の純血維持をしていました、思い出しましたよ。」

 チョコレート色の陽気な若者の顔が脳裡に浮かんだ。父親の正体が不明なので、母親の血統を維持する目的で宇宙からお嫁さんを誘致しようと委員会が躍起になっている。しかし候補者が現れず、今も独身であることを強いられているドーマーだ。

「純血維持など、意味がないと思われませんか?」

 カササが言った。

「文化は一人や二人で維持出来るものではありません。それに生活の中で活かされるものでなければなりません。ドームの外で純血維持を行うのであれば、それも意味があると思えますが、ドームの中で行うのはどうでしょうか? ドーマー達の文化はドームの中で培われた新しい文化です。そこに無理やり200年前に消失した文化を押し付けても、根付きはしないし、活かされもしない。ドーマー達は顔も知らない親との繋がりを求めて押し付けの文化を受け入れているだけです。しかし、それを伝承する子孫は規則で残せない。可笑しいでしょう?」

 一気に喋ったカササは、無言で見返すケンウッドに、微笑んで見せた。

「大切な休み時間に私個人の意見をお聞かせして申し訳ありませんでした。」

 ケンウッドは首を振った。

「ちっとも構うことなどないよ、カササ・ドーマー。私もそう感じているのだ。アメリカ・ドームにも母方の血統の女性と結婚させようと独身を強いられている若者がいる。しかし少数民族の母親の一族はもう彼しか残っていないのだよ。そしてコロニーにも同族の女性がいるとは思えない。20年近く探しているのだが、未だにヒットしないのだからね。彼に自由な恋愛をさせてやりたいのだ、私は。彼は出自部族の文化を何も知らないのだから。」