2019年8月26日月曜日

家路 2 4 - 9

「局長と長官にお尋ねしたいのですが・・・」

とセイヤーズが言った。レインが振り返ったので、彼等の間で打ち合わせはなかったことなのだろう。ハイネが目で促したので、セイヤーズは続けた。

「静音ヘリのパイロット、ゴールドスミス・ドーマーが言ったのですが、局長は私がネット環境に触れなければ外出を許して下さるおつもりなのではないのかと・・・」

 ハイネが何の反応も示さないので、ケンウッドが代わりに答えた。

「私が、そのつもりになったのだよ、セイヤーズ。」
「えっ! 長官が?」

 セイヤーズの驚愕の表情を、ケンウッドは不謹慎ながら面白いと感じた。まさか外出許可を執政官から出されると思っていなかったのだろう。

「君は機械を見ればその仕組みを理解するし、使い方も教えられなくてもわかってしまう。部品さえあれば、欲しい装置を作って使うことも出来る。だが、何もなければ何も作らないし、何もしないだろう?」
「ええ・・・そうですが・・・」
「君の能力は先祖の記憶の蓄積だ。記憶にないものは作れないし、理解は教えられてからだ。そうでないかね?」
「仰る通りです。」
「宇宙の法律が君のタイプの遺伝子保有者を管理したがるのは、記憶の蓄積を元に保有者が何か犯罪を犯すのではないか、或いは犯罪に利用されるのではないかと恐れているからだ。しかし、君は善良な人間だ。君自身は無意識に記憶を使ってしまうかも知れないが、意図的に悪用したりしない。それは、このドームの者ならみんな信じていることだ。」
「有り難うございます。」
「私達が恐れているのは、君の遺伝子を手に入れて悪用する者が現れることだ。だから・・・」

 ケンウッドはハイネをチラリと見た。先祖の記憶がなくても自身で分析して新しいことを構築してしまう能力を持つこの男の方こそ、宇宙連邦は警戒すべきではないか、と彼は思ったが、口に出さなかった。
 彼はセイヤーズに向き直った。

「君が出来るだけ外部の人間との接触を制限して、決められた敷地内だけでネット環境に触れずに生活すると約束出来るなら、年に数回の外出を認めても良いと私は考えるのだがね、セイヤーズ。」

 セイヤーズはケンウッドを見つめ、それからハイネとヤマザキを交互に見て、最後にレインを見た。レインが言った。

「君は、ライサンダーと孫に会いに行けると、長官は仰ったんだ。」
「わかってるよ・・・」

とセイヤーズが掠れた声で答えた。

「だけど・・・誰か私の頬っぺたを抓ってくれないか?」