2019年8月22日木曜日

家路 2 4 - 8

 セイヤーズはレモンジュースを自身に、レインには水を入れて席に着いた。ケンウッドがレモンソーダを一口味わってから、ハイネに笑顔で頷いて味の評価を示した。そしてセイヤーズ達に向き直った。

「フランシス・フラネリーは息災だったかね?」
「はい、相変わらず精力的に活動されているようです。」
「あのパワーが羨ましいです。」

 セイヤーズの返答に続いてレインも取り替え子の妹を評価した。セイヤーズは、これが雑談の席と割り切ることにして、質問される前に話を進めた。

「ドッティ女史はモントレー一帯の土地を州から買取ました。購入の条件として、居住場所以外に建物は造らない、自然を現状維持する、向こう200年間は他者に売却しない、と言うことです。それで、フランシスはその売買契約の場に同席して、彼女がそこに居住することを州に認めさせました。」
「彼女は間借り人です。」

とレイン。

「家屋の所有はライサンダー・セイヤーズ、土地の所有者はアメリア・ドッティ、と言うことで話はまとまりました。家屋に大家以外の他の人が入居することは、ライサンダーとの契約になるので、州は誰が住もうが関知しません。フランシスはダリル・セイヤーズが農地として開墾した面積だけ農業用地として使用出来ます。ですから、彼女が何か別事業をあの場所で行うことは出来ません。」

 土地契約の話はハイネには関心がなさそうだったが、ドーマー達の社会復帰の訓練場所を探しているケンウッドは少々落胆した。セイヤーズの農地でドーマー達に土を触らせて見たかったのだが。すると彼の心の内を見透かしたかのようにセイヤーズが言った。

「フランシスは農業を知っていますが、あの地方での経験はないので、ライサンダーが教えることになりました。もっとも、2人とも勉強や海外のビジネスもあるので、常時あの場所にいられる訳ではありません。それで、長官に提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
「提案?」

 ケンウッドはまだ何も内容を聞いていないのに、なんだか嬉しくなった。

「遠慮なく言ってくれ。ここは会議場じゃない。談話室で私達は雑談しているんだよ。」

 セイヤーズがニッコリした。レインは相変わらず真面目な顔をしている。セイヤーズがケンウッドの方へ体を傾けた。

「ドームはドーマーの社会復帰準備として保養所計画を練っていると聞きましたが、まだ具体的なプランを立てた訳ではないですね?」
「うん。ターナー総代が各班のチーフ達と相談しているところだ。」
「モントレーは保養所として利用するには、居住許可面積が狭すぎます。ですが、少人数で交代に使うことは可能です。」

 ケンウッドもセイヤーズの方へ体を向けた。何か面白いことを言ってくれるのかと期待していた。セイヤーズは端末を操作して、談話室のテーブルの上に彼の「山の家」の立体地図を出した。

「左の家は私が母屋として造ったものです。寝室が2部屋と居間と台所だけの狭い家です。フランシスはこの家を改装して、彼女とライサンダーと娘が住める広さに建て替える予定です。つまり、地下室と二階を継ぎ足すのですが。」

 彼は右の小さな建物を指した。

「これは私が作業小屋として造ったものです。車庫と農機具小屋、ガラクタ置き場を兼ねています。彼女はここも改装して、人間が寝泊まり出来る家にするつもりです。」
「ゲストハウスかね?」
「建前はそうなります。でも、彼女は私の提案を喜んでくれました。」
「君の提案?」
「彼女とライサンダーが家を留守にしても畑の面倒をみてくれる人が生活する家です。」

 使用人を雇うのか、とケンウッドは思ったのだが、セイヤーズはハイネの方を向いて言った。

「ドーマーの園芸班をモントレーの畑で働かせたいのですが、駄目でしょうか?」

 レインが急いでセイヤーズの言葉の足りない部分を解説した。

「つまり、園芸班の保養所にしたいと彼は言っているのです。本当の土で作物を栽培したり草花の世話をする体験をさせて、社会復帰の訓練に出来ないかと、彼は提案しています。」

 ほうっとヤマザキが感心した。

「山の家は街から遠いのだろ? ドーマーがいきなり実社会に出て戸惑うより、暫く外の環境に体を慣らして少しずつ里へ降りて行けば良いってことだな?」
「そうです、ヤマザキ博士!」

 セイヤーズが嬉しそうに微笑んだ。

「山の家は狭いので、全てのドーマーが寝泊まりするのは不可能です。だから、園芸班だけでも来てもらえれば、畑の世話と彼等の実地学習が同時に出来ます。それに、私達の孫が成長するに従って、親以外の人間と交流することも学ぶ必要が出てきます。園芸班も街の住民と交流して社会勉強が出来ます。」

 能天気なセイヤーズと違って何事も慎重なレインはそっとハイネの顔色を伺った。ハイネはこんな場合、いつも眠たそうな顔で聞いているのかいないのか、ぼーっとしているのだ。ケンウッドが、ハイネ、と呼びかけた。局長が目を長官に向けた。

「君はどう思う? セイヤーズとミズ・フラネリーが考えたプランは素敵だと思わないかい?」

 ハイネは遠くを見るような顔で言った。

「園芸班に直接話を持って行けば良いでしょう。ターナー総代と三者で相談して、まとまれば執政官にお伺いを立てることです。」

 セイヤーズとレインは顔を見合わせた。そして、いきなり2人でハイタッチした。局長と長官の了承を得た、と判断したのだ。