2019年8月14日水曜日

家路 2 4 - 3

 会議が終わり、ケンウッドと3人の執政官達はゲストハウスへ向かった。2時間ばかりそこで休憩して帰るつもりだった。執政官の一人、ジャック・ドヌーヴが呟いた。

「今日の地球側の提案が月に受け入れてもらえると良いなぁ。僕はクロエル・ドーマーがお見合い話を聞かされる度に暗い表情になるのを見るのが辛いんだ。」
「クロエルが暗い表情になるって?」

 マーク・グレイザーが驚いた顔でドヌーヴを振り返った。陽気な地球人の若者が暗い表情で沈む姿を想像出来ないのだ。ケンウッドもクロエル・ドーマーが沈んでいる姿を見た記憶がなかった。ドヌーヴはクロエルが素を見せる数少ない執政官なのか? 
 ドヌーヴは仲間の驚愕に気が付いて、ハッとした様に顔を上げた。

「彼は気に入らないことがあると口数が減るんですよ。養母のゴーン副長官には明るく振舞って見せている様ですがね。」

 ドヌーヴは太陽からの放射線と遺伝子の関係を研究している博士だ。地球上で太陽に一番近い赤道上の住民の遺伝子を分析してきた。中米班と南米班のドーマー達と親しいのはそのせいだ。
 一行の中の紅一点、ジェセフィン・カタダが苦笑した。

「副長官が持って来られるお見合い話の相手は年配女性ばかりですからね。」

 新しい卵子提供者が得られないから、現存する部族の末裔は高年齢なのだ。ケンウッドはクロエル・ドーマーに課せられた純血種の子孫を残す役割を気の毒に思えた。だからアフリカ・ドームの提案は本当に彼も嬉しかったのだ。

「父親の遺伝子履歴が不明だからドームの外へ卒業させられない、と言う理屈も可笑しいわ。」

とカタダが言った。

「ドーマーは遺伝子を残すために育てている地球人なのだから、遺伝子履歴が不明の子供は残すべきでないと考える方が妥当だと思いますけど?」

 ケンウッドは溜め息をついた。

「私も疑問に思っているのだよ、後輩諸君。私がアメリカ・ドームに着任した時には、既にクロエルはいたのだからね。」
「みんなのアイドルとしてね!」

 グレイザーが小さく笑った。

「あの子は可愛らしいから、きっと昔の執政官達は手離したくなかったんですよ。」