2019年8月10日土曜日

家路 2 4 - 2

 休憩時間の後、アフリカ・ドーム長官オレプ・ニエレレがカササ・ドーマーがケンウッドに語った案件を持ち出した。カササとニエレレの間で意思疎通が上手く行っているようだ。ケンウッドはカササの出身部族の名前を知らない。熱帯雨林のある地方と聞いていたので、赤道近辺の西海岸なのだろうと思うが自信はなかった。ニエレレも長身だ。こちらは由緒正しいマサイ族の出身で、勿論、牛を追い槍を持って赤い衣装を身に纏う先祖を誇りにしている。しかし彼自身は木星コロニー出身で、アフリカの大地を目にしたのはほんの10年前だ。槍は持っていないし、牛の育て方も知らない。ヒトゲノムの研究者だから、地球人類復活委員会に採用され、長官に昇進出来たのだ。
 ニエレレは、文化継承の大切さを認めながらも、個人を血統で縛るのは止めようと呼びかけた。

「外の地球人が自由に恋愛をしている時代に、何故我々が時代遅れの考えを我々の可愛い息子達に強いる必要があるのでしょうか?」

 彼は場内を見回しながら言った。

「ドームの中には、その地のドームの伝統が築かれ、文化が生まれています。ドーマー達は肌の色や体型などの違いを乗り越え、一つの家族として生活し、独自のルールを作っています。そこへ、わざわざ彼等の生活や思想になんら影響を及ぼさない昔の文化を入れる必要があるでしょうか。当アフリカ・ドームの管轄大陸では消滅した民族・部族が多すぎます。絶滅を辛うじて免れ生存している人は、最早祖先から受け継いだ言葉も文化も持っていません。そこへ昔の文化を押し付けられたドーマーを社会復帰させても、意味がないのではありませんか。」

 ニエレレは息を継いでから続けた。

「ほんの数人ではありますが、婚姻条件を付けられて、愛する女性とカップルになれないドーマーがいます。彼等は血統を守る理由でドームから退所することも出来ません。それは余りにもコロニー側の身勝手と言うべきではないでしょうか。
 どうか我々アフリカ・ドームの提案をご支持頂きたいのです。血統にこだわらず、ドーマー達に自由な婚姻を認めてやりましょう。」

 パラパラと西ユーラシア・ドームの出席者から拍手の音が聞こえた。それに釣られるかのように、東アジア・ドームから、南アジア・ドームから拍手が起こった。どちらも多くの民族を抱えて卵子提供者獲得に苦労しているドームだ。ケンウッドは、同行者の執政官3名を見た。彼等が頷いて見せたので、南北アメリカ大陸ドームも立場を決めた。ケンウッドが手を叩き始めると、執政官達も叩いた。やはり多民族地域であるオセアニア・ドームはドーマーと執政官の軋轢が多く、同調は難しいのではと心配されたが、最後に拍手に応じた。ニエレレが感謝の気持ちをマサイの伝統ではなく、一般的によく用いられる両手を合わせて表した。