2019年8月15日木曜日

家路 2 4 - 4

 ケンウッドがアメリカ・ドームに帰還したのは夕刻だった。前日出発してから28時間しか経っていなかったが、随分長い間留守をしていた気分になった。ゲイトのドーマー達がとても懐かしい顔ぶれに見える。2人の男性執政官達も消毒を終えて出てくると顔を綻ばせていた。

「ヤァ、久しぶりの我が家だなぁ」

 ドヌーヴが大きな声で言って、一行は思わず笑った。女性のカタダはまだ時間がかかるので、先に解散した。部下達が近道の出産管理区の通路を選んだのに、ケンウッドは回廊を歩いた。長官は本当に回廊がお好きですね、とちょっとからかわれた。
 壁の向こうに夕暮れの風景が広がっている。こんな綺麗な景色を見ずしてアパートに帰られようか。少しずつ色が変わっていく夕空を眺めながら、ケンウッドはゆっくりと歩いた。大きなカーブを曲がったところで、壁にもたれかかってローガン・ハイネ・ドーマーが外を眺めているのを見つけた。ケンウッドは何故かホッとした。アメリカ・ドームには白い髪のドーマーがいる。我が家の証拠だ。
 ハイネが振り向いた。少し微笑んで、お帰りなさい、と言った。心なしか、微かに緊張しているように思えた。そう言えば、進化型1級遺伝子S1のダリル・セイヤーズ・ドーマーに外出許可を与えてやったが、何かあったのだろうか。ケンウッドは胸騒ぎを覚えた。

「今戻った。出迎え、有り難う。」

 ハイネが小さく頷いた。そしてそばに来ると、囁くように言った。

「驚かないで下さい。」
「何をだね?」

 ケンウッドはますます心が穏やかでいられなくなった。セイヤーズが何かしたのか? それとも他のドーマー達に何か起きたのか?
 ハイネは通路の向こうを見て、誰もいないことを確認してから、言った。

「ケンタロウが入院しました。」

 ケンウッドは直ぐには反応出来なかった。全く予想外のことだ。ヤマザキ・ケンタロウはアメリカ・ドームの医療区長だ。このドームの医療責任者のトップで、ケンウッドとハイネの主治医だ。そして大切な親友だ。

「入院? ケンタロウが?」

 やっと声を絞り出した。体が震えそうだ。ハイネは優しく説明した。

「重病ではありません。昨夜、プールで泳いでいて足がつったのです。本人によれば、慌ててしまい、水を飲んでしまったと・・・」
「つまり、溺れかけたのか?」
「平たく言えば、そうです。」

 ハイネは苦笑した。

「ご当人は直ぐに退院するつもりだったのですが、ベル副医療区長が大事をとって入院させました。明日の朝まで入院です。貴方が驚かないよう、説明しておこうと思いまして・・・」
「十分驚いたよ。」

 ケンウッドは脱力した。ヤマザキは他人には健康に留意せよといつも命じるくせに、己は医者の不養生で何も気にしない。重病に罹ったのかと危惧したのだ。

「我々も歳だからね・・・」

 ケンウッドは苦笑した。

「まだまだここの仕事が山のように残っているのだ。無理せずに用心しろとケンタロウに言わなきゃなぁ。」