2016年12月6日火曜日

囮捜査 15

 ポール・レイン・ドーマーは他人を信用しない男だ。彼はロイ・ヒギンズの身元や経歴を徹底的に調べ上げ、やっと仲間と行動を共にさせても良いと判断した。敵側と通じていないと言う意味だ。ヒギンズが異性愛者だと言う点も気に入った。部下を誘惑されては堪らない。それにポールの目から見たヒギンズは雑菌だらけの人間だ。キスの一つでドーマー達が病気になっては困る。
 考えすぎだ、とダリルが笑った。

「ヒギンズのキスで病気になるんだったら、外から帰った時に、私が既にドームを全滅させているよ。そうだろ、クラウス?」

 クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーも笑った。

「ポール兄さんは貴方が下水で泳いでも絶対に汚れないと言う神話を信じているんです。」

 本当のことなので、ポールはコメントしなかった。
 最近、ポールは頭部に剃刀を当てるのを止めた。髪が伸びかけている。ちょっとむさ苦しいので外に出る時は帽子を被ることにした。ファンクラブには大いなるショックをもたらした。現在のファンクラブは髪の毛があった頃のポールを知らない。せいぜい過去の映像で見るだけだ。古くからのファン達、主にドーマー達だが、彼等はまた「お姫様」にお目にかかれると期待していた。ちょっと歳を取ってしまったが、美しさは衰えていない。むしろ色気が出て来て、魅力が増している。
 しかし、もしポールが意地悪して髭まで伸ばし始めたらどうしよう?
可笑しな心配までする者もいた。
 ポールの端末に電話が着信した。彼が出ると、発信者はハイネ局長だった。局長はいきなり囮捜査官のことをケンウッド長官に漏らしたのは誰かと尋ねて来た。ポールはマイクを手で押さえて部下達に尋ねた。

「ケンウッドに囮捜査のことを喋ったヤツはいるか?」

 クラウスがブンブンと首を横に振った。ポールはダリルが何か言いたそうな表情なのに気が付いた。彼はダリルに端末を投げて寄越した。ダリルは仕方なく電話に出た。

「それは私です、局長。」
「君か、セイヤーズ! 言い訳出来るのか? コロニー人には内緒の作戦だったはずだぞ。」
「ええ・・・それは・・・その・・・ギル博士がヒギンズ捜査官に興味を抱いたので、近づかないよう予防線を張ったつもりでした。連邦捜査局から研修に来ている人なので、手出し無用と言っておいたのですが・・・。」

 それは昼休みのことだった。午前中ヒギンズに遺伝子管理局の標準的業務を教えたダリルは食堂でクロエル・ドーマーにヒギンズの守り役をバトンタッチした。クロエルは何故かアイスクリームの大食い競争でヒギンズに挑みかかり、食堂が少々騒がしくなった。
そこへ、アナトリー・ギルが現れた。度重なる失態であまり人前に出なくなったギルだが、ポール・レイン・ドーマーが最近髪を伸ばし始めたと聞いて、居ても経っても居られなくなって様子を見に来たのだ。しかしポールには出会えず、代わりにダリルと出くわしてしまった。

「セイヤーズ、クロエルと遊んでいる男は誰だ? 君によく似ているが・・・」
「彼は外からのゲストだ。ドームの外でクローンの子供が襲われる事件が連続して起きたので、彼が遺伝子管理局の局員を装って犯行グループと接触を図ることになった。それで管理局の業務研修に来ている。一時的な滞在だから、あまり多くの人と接触させたくない。」
「当然だ。ドームの業務を全部知られる訳にはいかないからな。」

 ギルは素直に納得してくれたと思ったのだが、ケンウッド長官に告げ口したらしい。或いは長官公認の案件だと思って口を滑らせたか?

「ギルは口が軽い。あの男にはもっと注意し給え。ケンウッド長官は殺人事件を知らなかったので、非常に驚いておられる。コロニー人には関係ない事件だがな。」
「あの人は命を粗末にする人間は許せないんですよ。」
「今、執政官達はマザーコンピュータの再構築で忙しい。余計なことで時間を取って欲しくない。地球人の問題は地球人で解決する。」

 局長は「話す相手に気をつけろよ」と釘を刺して電話を切った。
 溜息をつくダリルにポールがからかった。

「君は上司を困らせるのが上手い。」
「止してくれ、私はやることがいつも裏目に出て自己嫌悪に陥っている。」
「そう言うのって、確か東洋では『厄年』って言うんでしたね?」

 弟分のクラウスが言わなくて良いことを言ってしまい、ダリルとポールに睨まれた。

 

2016年12月5日月曜日

囮捜査 14

  連邦捜査局から送り込まれてきた男は、ロイ・ヒギンズと言うブロンドの美男子だった。背格好がダリルと似ているが、ダリルの方は服を着ていると華奢に見える。ヒギンズは肩幅が広くてしっかりした体型に見えた。ヒギンズはダリルの仕草を真似る様に指示を受けており、ダリルは彼の教育係の責任者となった。
 ドームの秘密全てを教える訳にはいかないが、遺伝子管理局の仕事はある程度理解させなければならない。ヒギンズは遺伝子に関する学習から始めることになった。彼は少々面食らっていた。遺伝子管理局の仕事全てを理解している一般人は少ない。違法出生児の保護とメーカー摘発、婚姻許可証発行、妊産婦の保護と出産準備指導、養子縁組の許可と斡旋など、仕事の種類は多い。
 連邦捜査局の幹部クラスは、FOKが脳移植をするクローンを製造する為に、選別された優秀な遺伝子保持者を狙うだろうと言う遺伝子管理局の説明を受けており、某局員がそれに相当する遺伝子を保有していると言う情報を与えられていた。ヒギンズもその情報を元に捜査するのだ。

「すると君は優秀な遺伝子を持っているんだね?」

 ヒギンズは実際は年上の、年下に見えるダリルに尋ねた。

「どう優秀なのかは知らないけどね。」

とダリルはしらばっくれた。

「メーカーのラムゼイ博士を捕縛しようとして失敗したのだが、その時にラムゼイが私の噂を流したらしいのだ。その噂がFOKの耳にも達したと上は睨んでいる。」

 ヒギンズは外の雑菌に対する異常な迄のドームの警戒ぶりにも興味を抱いた。獲物が食いつく迄、彼はドームを出たり入ったりしなければならない。その度に入念に消毒されるのだ。

「赤ん坊を守る為の滅菌消毒だと言うのはわかる。しかし、赤ん坊は生まれて数日で外に出るだろう? どうしてそんなに清潔にしておかなければならないんだ?」
「ここにはコロニー人もいるし、宇宙に地球の微生物を持ち出す訳にはいかない。それに微生物の遺伝子は常に変化しているから、新種の病気の発生を防ぐ目的もあるのだ。」

 ヒギンズの質問は時々ドーマーの思考範囲を超えているので、ダリルは何度も冷や汗をかかされた。
 それに、囮捜査官の受け入れは殆どのコロニー人には知らされていない。中央研究所にヒギンズを案内することはないし、コロニー人が外の殺人事件に関心を示すこともない。
だが、研究所から出てくるコロニー人を止める訳にはいかない。彼等はヒギンズがドーマーでないことにすぐ気づくはずだ。或いは、他の大陸のドームから来た客人ドーマーかトレードされたドーマーだと思うだろう。そうなると、必ず興味を抱いて近づいて来る。ヒギンズがダリルに似た男だと言うことも、絶対に彼等の注意を惹くはずだ。だからダリルは先にヒギンズに忠告しておいた。

「コロニー人には出来るだけ接触しないでくれ。彼等は地球人を子供扱いする傾向がある。まず、君を不愉快な目に遭わせるだろう。特に、遺伝子学者の中には同性愛者が多い。女性が少ないからね。」
「同性愛者はドームの外にだって大勢いるじゃないか。」

 ヒギンズは深刻に受け止めなかった。さらにダリルを困らせる質問をしてきた。

「遺伝子管理局に就職するには、どうすれば良いんだい? 僕の従弟が管理局で働きたがっているんだが、どこで人員を募集しているのか、調べてもわからないんだ。」
「あー、それは・・・」

 まさか生まれた時から就職が決まっているなんて口が裂けても言えない。

「支局があるだろ? 出張所でも良いけど、そこから始めるんだ。成績が良ければドームの本部に採用される。」
「そうなのか! 従弟に伝えておくよ。」

 2人はドームの施設の間を歩いて行った。建物の簡単な説明をする。遺伝子管理局本部、居住区域、医療区、出産管理区、新人ドーマーの教育施設、中央研究所、食堂、体育エリア等・・・。内部までは見せない。見せて良いのは食堂と体育エリアだけだ。
 ヒギンズが緑地帯と教育施設の間にある区画を指さした。

「あそこはまだ案内してもらっていないね?」

 幼い取り替え子達、つまりドーマーの卵達が育てられている養育棟だ。内部は広いが、子供達は10代半ばまで棟の外には出られないし、外からも覗けない。
 ダリルははぐらかした。

「あそこは行った。君が混乱しているだけだ。」

 彼はヒギンズが覚えきれないように故意に複雑な順路でドーム内を歩かせた。ヒギンズが後にドーム内の様子を他人に喋った時の用心だ。囮捜査官は愚かではない。案内された場所それぞれは正確に記憶しただろう。しかし迷路の中の様に歩かされて、空間感覚が麻痺してるはずだ。
 
「行ったかなぁ?」

 ヒギンズが考え込んだので、ダリルは図書館に連れて行った。そこで教育映像を見せた。遺伝子管理局では新人に必ず見せるのだと言って、デオキシリボ核酸の分析画像や、染色体の組み替えに用いるややこしい方程式や、メンデルの法則などの遺伝学の歴史や、最後に「正しい性行為の仕方」など、あまり必要のないものばかりをヒギンズに見せた。
 初日ですっかりくたびれたヒギンズは、夕食後ゲストハウスに案内され、滞在中に使用する部屋に入ると、ベッドに直行してしまった。
 その夜、1人で書類仕事を片付けたポール・レイン・ドーマーはアパートに帰ると、シャワーを浴びてバスルームから出て来たダリルを捕まえた。半裸の彼を抱きしめてヒギンズの扱いを確認した。

「君も随分意地悪なんだな。」

とポールは笑った。

「意地悪をした覚えはないがね。」

とダリル。

「ただ、相手は連邦の捜査官だ。まともに対すると、ドームが一般人に知られたくない事まで探られてしまうだろ? どれだけ誤魔化すべきか、悩んだよ。」
「上手くやってるじゃないか。明日もその調子で頼む。」
「明日も私1人でやるのか?」
「クロエルがコスタリカから戻ったら、交代してくれるさ。彼が一緒にセント・アイブスで捜査するのだから。それまでの辛抱だ。」









2016年12月4日日曜日

囮捜査 13

 翌朝、北米南部班は一般食堂で朝食会を持った。いつものことだから、外で泊まりの勤務に就いているチームは欠席だ。
 その日の予定を秘書ダリル・セイヤーズ・ドーマーが読み上げて各自に確認させると、チーフであるポール・レイン・ドーマーが前日のチーフ会議の内容を説明した。

「あれは北部班のチーフ・ドーソンからの訴えで、FOK対策を練る会議だった。クローンの少年達を何らかの人体実験に使って殺害する卑劣な連中が存在する。連中はクローンの解放を謳っているが、実際に彼等に収容施設から誘拐された少年達が生きて解放された話はどこにもない。FOKは大義名分を掲げたテロリストを装っているが、その実体は恐らく研究目的で人間を調達する組織なのだろう。クローンを狙っているのは、クローンならば大きな社会問題にならないと勘違いしているからだ。だがクローンも人権がある人間だ。
クローン殺害は殺人事件に他ならない。
 殺人は警察の担当だが、狙われるのが遺伝子管理局が保護したクローンであるなら、これは我々の担当でもある。だから、今回、我々は警察、連邦捜査局に協力することになった。」

 局員達がざわついた。メーカーの捜査は手慣れているが、殺人事件の捜査は畑違いだ。ダリルも初耳だったので、思わずポールを見つめた。あれほど捜査に加わりたいと彼が言っても管轄外だと取り合わなかった幹部達が、急に警察に協力すると言い出したのだ。

「捜査協力とは、具体的に何をするのだ?」
「連邦捜査局は囮捜査を行う。その囮になる捜査官は遺伝子管理局の局員に擬装するので、我々は彼の教育を頼まれた。」
「それだけか?」
「それだけとは、どう言う意味だ?」
「私達が外で捜査するのではないのか?」
「それはない。」

 ダリルは拍子抜けした。偽ドーマーを仕立てる教育係が捜査協力だって? わざわざ南米班のドルスコ・ドーマーをブエノスアイレスからとんぼ返りさせて、それだけのことを決めたのか?
 しかし、ポールは続けた。

「北米南部班の役目はそれだけだ。」
「では、他の班は?」
「これから説明するから、黙っていろ。
 囮捜査官は、我々南部班の局員のふりをする。FOKの仲間がいると黙されるセント・アイブス・メディカル・カレッジに捜査に入るのだ。この時、連中を信用させる為に、連中が知っている局員に似た人物を起用する。」

 ローズタウンやセント・アイブスを担当するチームのメンバー達が互いを見やった。

「FOKが局員に接触するでしょうか、チーフ?」
「接触したくなる局員の名を使うのだ。」

 ポールはダリルを見た。

「囮捜査官は、セイヤーズに化ける。」
「はぁ?」

 ダリルは自分でも間抜けだと思える声を上げてしまった。

「なんで私なんだ?」
「FOKはラムゼイと繋がって彼を殺した人物と関係があると思われる。もしラムゼイが連中に君が女の子を創れる男だと明かしたとしたら、連中は君に興味を持つだろう。
 FOKがクローンに脳移植をすることを計画しているとすれば、女性のクローンも必要とするかも知れない。女の子を創れるドーマーが現れれば、接近してくるはずだ。」
「では、私が自分で行く。」
「それは、ドームが絶対に許さない。」
「しかし、囮捜査官独りでは、怪しまれるぞ。」
「だから、囮捜査官は、連中が知っているもう1人の局員と行動する。こちらは本人だ。」
「まさか、君じゃないだろうな?」
「残念ながら、違う。俺はセント・アイブスでは君と行動しなかった。」
「すると、リュック・ニュカネン?」
「否、クロエルだ。」

 ダリルは驚いたが、他の局員達もびっくりした。

「クロエルだって狙われるかも知れないぞ!」
「クロエルが女性を創れるかどうか、誰も知らん。ラムゼイだって、死んだ時が初対面だったはずだ。クロエルはFOKにとっては未知数だ。」
「それにクロエル先生の偽物って難しいですよ。」

と部下の間で声が上がって、班内にちょっと笑いが生じた。

「勿論、クロエルも守らないといけないので、バックアップが付く。連邦捜査局の人員と、遺伝子管理局の人員だ。」
「北米班は南北共に顔を知られているだろう? 私の情報を得ているとすれば、南部班の局員のことも顔リストなどを作成しているかも知れない。」
「だから、バックアップは、南米班が付く。大学街だ、南米人がうろついても怪しまれない。」
「我々は何をすれば?」
「先ず、囮捜査官の教育だ。それから、何気にクロエルと囮捜査官のコンビを外勤務の時に仲間として送り迎えする。初日で獲物が食いついてくるとは思えないからな。」






囮捜査 12

 私服に着替えたポール・レイン・ドーマーとダリル・セイヤーズ・ドーマーと共に彼等の部屋から出たラナ・ゴーン副長官は、同じくチーフ会議の後、少し昼寝をしていたクロエル・ドーマーとアパートの通路で出遭った。

「あれまぁ、変わった組み合わせだこと!」

とクロエルが呟いた。ダリルが声を掛けた。

「これから夕食に行くんだが、君も一緒にどう?」
「うーーん・・・」

 クロエルは3人組の内容を少し考えて、ま、いいか、と呟いた。彼はさっとラナ・ゴーンに近寄ると彼女の腕を取った。

「おっかさんには僕がエスコートに付きますよ。変な噂にならずに済むでしょ?」
「一体、貴方は何に気を回しているの?」

 ラナ・ゴーンが笑うと、ポールもダリルをチラリと見て、

「俺に此奴と腕を組めってか?」
「私はかまわないぞ、ポール。」
「止せよ、俺の腕は女性に取ってあるんだ。」

 4人は一般食堂へ脚を向けた。アイドルと恋人、副長官におちゃらけドーマーの珍しい取り合わせにそこに居た人々が少し興味を持って注目したが、彼等は気にせずに食べ物を銘々取ってテーブルに着いた。ダリルはクロエルは極秘事項を知っているのだろうかとふと思ったが、この南米人は知っていても決して顔にも口にも出さないだろう。

「もうすぐクリスマスですよね。」

とクロエルが不意に言った。宗教的行事はドームにはないのだが、楽しいお祭りは子供のドーマーの為に採用されていて、大人になっても彼等は真似事をする。クリスマスはプレゼントの交換行事とご馳走の日だ。
 クロエルはラナ・ゴーンに尋ねた。

「今年は月に行かないんですか?」
「上の娘が木星コロニーに行って当分帰らないのよ。だから、クリスマスは今年はしないの。」
「でも、下の娘さんはおっかさんに会いたいでしょ?」
「彼女がこっちへ来るわ。」

 えっ! と男達が驚いた。好んで地球に来る女性は珍しい。地球人や地球の文化を研究している人間を除けば、汚染された星に来たいとは思わないだろう。

「娘達ももう良い歳なのよ。子供の心配をしなくても済む年齢ですからね。」
「では、お孫さんも一緒に?」
「3人、小さいのが付いてくるわ。」

 ラナ・ゴーンは、家族と言うものをドーマー達に見せたかった。特に、結婚する気がないクロエルと、結婚の意味をイマイチ理解していないポールに。
 ダリルは養育棟以外で幼子を見られるのかと期待している。好きな女性が誰かの母であり祖母であると言う事実は意識していない。
 ラナ・ゴーンは話題を男達に向けた。

「貴方達は誰かに贈り物をする予定でもあるの?」
「いいえ。」
「ありません。」
「僕ちゃんも・・・」

 彼女は3人の男達を見比べた。

「好きな女性とか、親しい友達とか、いないの?」

 ポールがダリルとクロエルを見た。

「贈り物は欲しいか?」
「別に・・・」
「全然・・・」
「俺もだ。」
「セイヤーズ、貴方は子供に何も贈らなかったの?」
「欲しがる物はその時々に与えましたから・・・」

 ポールはJJに贈り物をする考えすらないようだ。ダリル父さんも娘に何か贈ろうと思いつかないらしい。だから、ラナ・ゴーンは仕方なく教唆した。

「JJは期待していると思うわ。」

 あっと男達。

 もう・・・馬鹿なんだから。

ラナ・ゴーン副長官はわざと溜息をついて言った。

「女性がいない世界って、これだから駄目よね。」

 




囮捜査 11

 遺伝子管理局の職員は遺伝子学者ではない。だから、マザーコンピュータの方程式と言われてもぴんと来ない。 ダリルが言うには、最初のクローンがコロニーで製造された時、人として形成する為の遺伝子情報を記録する時に手違いがあって、X染色体にX染色体を拒否する情報が組み込まれてしまったと・・・

「もういい、わかった。」

とポール・レイン・ドーマーはダリルを遮った。

「つまり、そのミスに誰も気が付かないまま、200年以上も地球人は苦しんでいたと言うことだな?」
「コロニー人のミスでね。」
「最初は、本当に環境汚染が原因の染色体異常だったのです。それを修復する為のクローンの染色体が狂ったまま登録されてしまいました。
 もし誰かが気が付いていれば、ドームは100年ほどで役目を終え、ドーマーも取り替え子も必要なかったのです。」

 ラナ・ゴーンは目を伏せて言った。

「本当に、地球に対して、私達は取り返しの付かないようなことをしてしまいました。」
「でも、修復する手立てがある訳ですよね?」

 ダリルが尋ねた。

「それに今、長官や貴女が取り組んでいるのでしょう?」
「ええ・・・地球上の全ドームだけでなく、宇宙でも全力で修復プログラムの構築に取り組んでいます。JJとジェリー・パーカーの協力で判明したことです、早急に役立てなければなりません。」

 ポールは冷ややかだった。

「しかし、俺たちの世代では何もない。俺たちの生活は少しも変わらない、と言うことですね?」
「そうです。ごめんなさい。」
「貴女のせいじゃありません。」

 ラナ・ゴーンはポールがニヤリと笑ったので、驚いた。ポールが言った。

「俺はドームから追い出されるのかと一瞬ひやりとしましたよ。俺はここの暮らししか知りませんからね、外で暮らせと言われたら、途方に暮れて泣きます。それに・・・」

 彼はダリルを見た。

「まだこの男もここに閉じ込めておくのでしょう?」

 彼の言いたいことを理解して、副長官はやっと笑顔になった。

「大丈夫よ、レイン、貴方の大事なセイヤーズは1世紀は逃げられないから。」
「えーーー! そうなんですか?」

 ダリルがわざとがっかりして声を上げたので、彼女とポールは笑った。
 ポールは時計を見た。彼は珍しく副長官に親しげに声を掛けてみた。

「そろそろ夕食時間ですが、一緒にどうですか?」
「有り難う。でもパパラッチに見つからないように出られるかしら?」




囮捜査 10

 ポール・レイン・ドーマーがチーフ会議を終えてオフィスに行くと、誰もいなかった。重要案件だけが残されていたが、休みの日なので彼は無視して、アパートに戻った。
ドア上のライトは在室になっていた。ドアは施錠されていた。彼は当然開けられるのだが、敢えてチャイムを鳴らした。
 たっぷり3分経ってから、ダリルがドアを開けた。私服に着替えていて、石鹸の匂いがした。彼は文句を言った。

「自分で開けろよ。」
「早く開けたら困るのは、君じゃないのか?」
「どう言う意味だ?」

 ポールは答えずに中に入った。微かに普段と異なる香りが室内に漂っていた。
彼が寝室のドアに手を掛けた時、バスルームのドアが開いて、ラナ・ゴーンが現れた。

「あら、お帰りなさい。」

 副長官は特に悪びれもせずに挨拶した。彼女は石鹸の香りがしない。ポールはダリルを見た。副長官にモーションを掛けていることは知っていたが、部屋に引っ張り込むなど予想しなかった。しかし、何だか想像していることとは違う様な気がする。

「野暮な質問かも知れませんが、ここで何をなさっているのです? ドーマーのアパートを執政官が訪問するのは滅多にないことですが・・・」
「仕事の話。」

とダリルがリビングの長椅子に座りながら言った。

「極秘事項だ。食堂とか庭園では話せないので、ここへお越し戴いた。」

 ポールは副長官をもう1度見た。ラナ・ゴーンも頷きながらダリルの向かいに座った。

「貴方が出席していた会議と関係があるのかないのか、私にはわかりません。でも、貴方はJJから聞いた可能性があると思いました。彼女が言わなくても、貴方は感じ取れるでしょう?」

 ポールは昨夜JJとデートした時のことを思い出そうと努めた。少女は珍しく彼に余り触れなかった。彼の話を聞くことに専念してくれているとばかり思ったのだが・・・。

「彼女は昨夜は俺に触らせなかったんです。」

と彼は正直に言った。

「機密事項を抱えていると言うことですか?」
「多分、感情と言う形で貴方に伝えると誤解を生むと思ったのでしょう。理路整然とした説明で貴方に理解してもらいたいのです。」

 彼はダリルに尋ねた。

「君は副長官から聞いて、理解したんだな?」
「理解したと思うよ。」

 ダリルは曖昧に答えた。

「納得いかないけど・・・」

 ポールは彼と副長官を見比べた。ここで彼女から説明を聞くか、ダリルの手を触って彼女の説明を間接的に感じ取るか・・・どちらも今は気が進まなかった。 ポールだって、先刻の会議で厄介な役目を局長から仰せつかったところなのだ。

「その極秘事項と言うのは、緊急を要することなのですか?」
「いいえ・・・私達にとっては急を要しますが、貴方達には現在は関係ありません。」
「つまり・・・」

とダリルが口をはさんだ。

「女の子が生まれなくなった原因がわかったってことさ。」
「それで?」
「私達の世代では、遺伝子の修復が間に合わない。次の世代で治して、その次の世代で本当に治ったかどうか判明する。」
「それが極秘なのか?」
「原因がドーマーに知られたら、暴動が起きるかも知れない。」
「君はさっき『納得いかない』と言った・・・」
「うん。聞いていたら腹が立ったから。」
「私もショックだったのよ。ケンウッドもショックだったし、月の会合に出席した人々全員がショックだったわ。」

 ポールはラナ・ゴーンではなくダリルに請うた。

「簡単に説明してくれないか、何が原因だったんだ?」

 ダリルは副長官をチラリと見て、ポールに向き直った。

「マザーコンピュータにプログラミングされていた、クローン製造の為の方程式が間違っていた。」





2016年12月2日金曜日

囮捜査 9

 昼食の後、ポール・レイン・ドーマーはハイネ局長の部屋へ緊急会議の為に向かった。他の班のチーフ達も集合だ。中米班のクロエル・ドーマーは外へ出かける予定を急遽キャンセルしたし、南米班のホセ・ドルスコ・ドーマーに至っては、南米は遠いので1回出かけると1週間は帰らないのだが、2日で切り上げて早朝の飛行機で戻ってきた。
 遺伝子管理局のドーマー達は、一体何事だろうと不安になった。しかし誰も会議の内容を知らなかった。
 ダリルは午後の仕事を片付け、3時過ぎに食堂へ休憩に出かけた。すると珍しくラナ・ゴーン副長官が1人で遅い昼食を取っていた。ランチタイムはとっくに終了していたが、最高幹部の特権で厨房部に取り置きしてもらっていたらしい。
 ダリルは周囲を見回し、パパラッチらしき者がいないか確認してから、カフェイン抜きの珈琲を取って副長官のテーブルに近づいた。

「こんにちは、そこへお邪魔しても宜しいですか?」

 ラナ・ゴーン副長官は皿から目を上げた。ちょっと微笑んで見せた。

「良いわよ。貴方は休憩なの?」
「ええ・・・オフィスの方が片付いたので、ジムへ行く前の休憩です。」
「相棒は一緒じゃないのね。」
「今日は緊急会議です。」

 ラナ・ゴーンには初耳だったらしい。

「遺伝子管理局の緊急会議ですか?」
「そうです。中央研究所には情報が行かなかったんですね?」
「多分、学術的な話題ではないからでしょう。」

 メーカーの摘発や外の世界の現実的な問題にドームは関わらない。コロニーからの内政干渉になるからだ。ドームに報告がないと言うことは、ドーマーにトラブルが発生したと言うのでもないのだ。
 外の問題となると、恐らくFOK関連だろうな、とダリルは推測した。現在、深刻な問題となっているクローン収容所襲撃と殺人事件の話だ、きっと。

「レインは忙しくなるでしょうね。」

とラナ・ゴーンが呟いた。

「JJもこれからマザーコンピュータのプログラム再構築に参加するので、あの2人は当分交際を発展させる暇はなさそうよ。」

 彼女からポールの交際問題に関する発言があったので、ダリルはびっくりした。

「執政官の間でも話題になっているのですか、あの2人の交際が?」
「当然でしょう。ドーム一の美男子と、今注目を集めている遺伝子を見ることが出来る少女の恋愛ですよ。」
「貴方方は彼等を結婚させたいのですか? それとも別れさせたい?」
「貴方はどうなの?」

 どうして誰も彼もが私の意見を聞きたがるのだろう・・・。

 ダリルは少しうんざりした。ちょっと意地悪く言ってみた。

「私が、2人は別れた方が良い、と言ったら、ご満足ですか?」

 ラナ・ゴーンは彼をじっと見て、それから彼を驚かせることを言った。

「レインは、私に貴方とつきあってくれと言ったのよ。」
「え?」
「貴方方は女性が間に割り込んでも平気だって。」

 ポールがそんなことを? 勿論、ダリルもそう思っている。しかしポールとそんな話をしたことはなかった。世間の男性同士のカップル、女性が極端に少ないこの時代では男性同士の恋愛は珍しくなかったが、彼等は第3者が間に入るのを好まない。ダリルとポールも、男が割り込めば気まずくなるはずだが、女性が入って来るとどうなるのかは、実はまだ経験がないのでわからなかった。

「私は、JJがレインのことを大好きだと言うのは知っています。レインも彼女が好きなんです。でも、彼は家族と言うものを知りません。JJは両親と一緒に暮らしていたので、当然知っています。JJが目指しているものが家庭を作ることだったら、レインは応えられないかも知れません。私はそれを心配しています。JJを傷つけたら彼自身も傷ついてしまいます。」
「セイヤーズ」

とラナ・ゴーンが優しく言った。

「貴方が山奥の家で子供を育て始めた時、貴方は家族がどんなものか知っていたの?」