2016年12月4日日曜日

囮捜査 13

 翌朝、北米南部班は一般食堂で朝食会を持った。いつものことだから、外で泊まりの勤務に就いているチームは欠席だ。
 その日の予定を秘書ダリル・セイヤーズ・ドーマーが読み上げて各自に確認させると、チーフであるポール・レイン・ドーマーが前日のチーフ会議の内容を説明した。

「あれは北部班のチーフ・ドーソンからの訴えで、FOK対策を練る会議だった。クローンの少年達を何らかの人体実験に使って殺害する卑劣な連中が存在する。連中はクローンの解放を謳っているが、実際に彼等に収容施設から誘拐された少年達が生きて解放された話はどこにもない。FOKは大義名分を掲げたテロリストを装っているが、その実体は恐らく研究目的で人間を調達する組織なのだろう。クローンを狙っているのは、クローンならば大きな社会問題にならないと勘違いしているからだ。だがクローンも人権がある人間だ。
クローン殺害は殺人事件に他ならない。
 殺人は警察の担当だが、狙われるのが遺伝子管理局が保護したクローンであるなら、これは我々の担当でもある。だから、今回、我々は警察、連邦捜査局に協力することになった。」

 局員達がざわついた。メーカーの捜査は手慣れているが、殺人事件の捜査は畑違いだ。ダリルも初耳だったので、思わずポールを見つめた。あれほど捜査に加わりたいと彼が言っても管轄外だと取り合わなかった幹部達が、急に警察に協力すると言い出したのだ。

「捜査協力とは、具体的に何をするのだ?」
「連邦捜査局は囮捜査を行う。その囮になる捜査官は遺伝子管理局の局員に擬装するので、我々は彼の教育を頼まれた。」
「それだけか?」
「それだけとは、どう言う意味だ?」
「私達が外で捜査するのではないのか?」
「それはない。」

 ダリルは拍子抜けした。偽ドーマーを仕立てる教育係が捜査協力だって? わざわざ南米班のドルスコ・ドーマーをブエノスアイレスからとんぼ返りさせて、それだけのことを決めたのか?
 しかし、ポールは続けた。

「北米南部班の役目はそれだけだ。」
「では、他の班は?」
「これから説明するから、黙っていろ。
 囮捜査官は、我々南部班の局員のふりをする。FOKの仲間がいると黙されるセント・アイブス・メディカル・カレッジに捜査に入るのだ。この時、連中を信用させる為に、連中が知っている局員に似た人物を起用する。」

 ローズタウンやセント・アイブスを担当するチームのメンバー達が互いを見やった。

「FOKが局員に接触するでしょうか、チーフ?」
「接触したくなる局員の名を使うのだ。」

 ポールはダリルを見た。

「囮捜査官は、セイヤーズに化ける。」
「はぁ?」

 ダリルは自分でも間抜けだと思える声を上げてしまった。

「なんで私なんだ?」
「FOKはラムゼイと繋がって彼を殺した人物と関係があると思われる。もしラムゼイが連中に君が女の子を創れる男だと明かしたとしたら、連中は君に興味を持つだろう。
 FOKがクローンに脳移植をすることを計画しているとすれば、女性のクローンも必要とするかも知れない。女の子を創れるドーマーが現れれば、接近してくるはずだ。」
「では、私が自分で行く。」
「それは、ドームが絶対に許さない。」
「しかし、囮捜査官独りでは、怪しまれるぞ。」
「だから、囮捜査官は、連中が知っているもう1人の局員と行動する。こちらは本人だ。」
「まさか、君じゃないだろうな?」
「残念ながら、違う。俺はセント・アイブスでは君と行動しなかった。」
「すると、リュック・ニュカネン?」
「否、クロエルだ。」

 ダリルは驚いたが、他の局員達もびっくりした。

「クロエルだって狙われるかも知れないぞ!」
「クロエルが女性を創れるかどうか、誰も知らん。ラムゼイだって、死んだ時が初対面だったはずだ。クロエルはFOKにとっては未知数だ。」
「それにクロエル先生の偽物って難しいですよ。」

と部下の間で声が上がって、班内にちょっと笑いが生じた。

「勿論、クロエルも守らないといけないので、バックアップが付く。連邦捜査局の人員と、遺伝子管理局の人員だ。」
「北米班は南北共に顔を知られているだろう? 私の情報を得ているとすれば、南部班の局員のことも顔リストなどを作成しているかも知れない。」
「だから、バックアップは、南米班が付く。大学街だ、南米人がうろついても怪しまれない。」
「我々は何をすれば?」
「先ず、囮捜査官の教育だ。それから、何気にクロエルと囮捜査官のコンビを外勤務の時に仲間として送り迎えする。初日で獲物が食いついてくるとは思えないからな。」