2016年12月6日火曜日

囮捜査 15

 ポール・レイン・ドーマーは他人を信用しない男だ。彼はロイ・ヒギンズの身元や経歴を徹底的に調べ上げ、やっと仲間と行動を共にさせても良いと判断した。敵側と通じていないと言う意味だ。ヒギンズが異性愛者だと言う点も気に入った。部下を誘惑されては堪らない。それにポールの目から見たヒギンズは雑菌だらけの人間だ。キスの一つでドーマー達が病気になっては困る。
 考えすぎだ、とダリルが笑った。

「ヒギンズのキスで病気になるんだったら、外から帰った時に、私が既にドームを全滅させているよ。そうだろ、クラウス?」

 クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーも笑った。

「ポール兄さんは貴方が下水で泳いでも絶対に汚れないと言う神話を信じているんです。」

 本当のことなので、ポールはコメントしなかった。
 最近、ポールは頭部に剃刀を当てるのを止めた。髪が伸びかけている。ちょっとむさ苦しいので外に出る時は帽子を被ることにした。ファンクラブには大いなるショックをもたらした。現在のファンクラブは髪の毛があった頃のポールを知らない。せいぜい過去の映像で見るだけだ。古くからのファン達、主にドーマー達だが、彼等はまた「お姫様」にお目にかかれると期待していた。ちょっと歳を取ってしまったが、美しさは衰えていない。むしろ色気が出て来て、魅力が増している。
 しかし、もしポールが意地悪して髭まで伸ばし始めたらどうしよう?
可笑しな心配までする者もいた。
 ポールの端末に電話が着信した。彼が出ると、発信者はハイネ局長だった。局長はいきなり囮捜査官のことをケンウッド長官に漏らしたのは誰かと尋ねて来た。ポールはマイクを手で押さえて部下達に尋ねた。

「ケンウッドに囮捜査のことを喋ったヤツはいるか?」

 クラウスがブンブンと首を横に振った。ポールはダリルが何か言いたそうな表情なのに気が付いた。彼はダリルに端末を投げて寄越した。ダリルは仕方なく電話に出た。

「それは私です、局長。」
「君か、セイヤーズ! 言い訳出来るのか? コロニー人には内緒の作戦だったはずだぞ。」
「ええ・・・それは・・・その・・・ギル博士がヒギンズ捜査官に興味を抱いたので、近づかないよう予防線を張ったつもりでした。連邦捜査局から研修に来ている人なので、手出し無用と言っておいたのですが・・・。」

 それは昼休みのことだった。午前中ヒギンズに遺伝子管理局の標準的業務を教えたダリルは食堂でクロエル・ドーマーにヒギンズの守り役をバトンタッチした。クロエルは何故かアイスクリームの大食い競争でヒギンズに挑みかかり、食堂が少々騒がしくなった。
そこへ、アナトリー・ギルが現れた。度重なる失態であまり人前に出なくなったギルだが、ポール・レイン・ドーマーが最近髪を伸ばし始めたと聞いて、居ても経っても居られなくなって様子を見に来たのだ。しかしポールには出会えず、代わりにダリルと出くわしてしまった。

「セイヤーズ、クロエルと遊んでいる男は誰だ? 君によく似ているが・・・」
「彼は外からのゲストだ。ドームの外でクローンの子供が襲われる事件が連続して起きたので、彼が遺伝子管理局の局員を装って犯行グループと接触を図ることになった。それで管理局の業務研修に来ている。一時的な滞在だから、あまり多くの人と接触させたくない。」
「当然だ。ドームの業務を全部知られる訳にはいかないからな。」

 ギルは素直に納得してくれたと思ったのだが、ケンウッド長官に告げ口したらしい。或いは長官公認の案件だと思って口を滑らせたか?

「ギルは口が軽い。あの男にはもっと注意し給え。ケンウッド長官は殺人事件を知らなかったので、非常に驚いておられる。コロニー人には関係ない事件だがな。」
「あの人は命を粗末にする人間は許せないんですよ。」
「今、執政官達はマザーコンピュータの再構築で忙しい。余計なことで時間を取って欲しくない。地球人の問題は地球人で解決する。」

 局長は「話す相手に気をつけろよ」と釘を刺して電話を切った。
 溜息をつくダリルにポールがからかった。

「君は上司を困らせるのが上手い。」
「止してくれ、私はやることがいつも裏目に出て自己嫌悪に陥っている。」
「そう言うのって、確か東洋では『厄年』って言うんでしたね?」

 弟分のクラウスが言わなくて良いことを言ってしまい、ダリルとポールに睨まれた。