2019年5月31日金曜日

大嵐 2 2 - 9

 ポール・レイン・ドーマーがライサンダーを週の2日をドームで、残りの日々を従来通り外で生活させたいと言った時、ローガン・ハイネ・ドーマーは父親業を始めたばかりの部下に言った。

「君の家族の生活に、私やドームが口出しすることはない。ライサンダーは民間人でドーマーではないのだから、ドームに関係する事柄以外で私の許可をいちいち取る必要はないぞ。」

 他の人々は皆ライサンダーに興味津々なのに、ハイネ局長は余り関心がない様だ。若者が失意から浮上したのか、どんな生活をしているのか、ドームにどれだけ理解を示しているのか、天で触れようとしない。レインはそれが却って有り難かった。息子は見世物ではないし、ドーマーの様な研究対象でもない。しかし執政官達は男同士の間に生まれた息子を解剖したげな目で見る。ドーマー達はレインとセイヤーズに似たライサンダーを身内として受け入れるべきか、他所者と見なすべきか値踏みしている最中だ。
 レインはポーレット・ゴダートの遺体引き取りと葬儀の為にライサンダーをドームの外に戻すことを告げた。

「俺も付き添います。外の世界ではセイヤーズが父親として認識されていますが、彼は暴力行為のせいで外に出ることを許されません。俺は親として名乗ることを控え、遺伝子管理局職員として、胎児保護宣言をゴダートの親族に告げます。相続の問題がありますから。」

 母体を失った胎児が遺伝子管理局に保護された場合、遺伝子管理局は胎児の生存と親の遺産相続権保証を公に宣言する。遺伝子管理局と言う役所の役目だ。
 レインの言葉にハイネは頷いた。そして、やっと部下の息子に触れた。

「FOKが根絶された保証はない。ライサンダーの警備は怠らぬ様気をつけなさい。」
「わかりました。」

 その時、レインの目に、ハイネの執務机の隅に置かれた写真立てが映った。立体画像写真で、一人の若い男性と2人の若い女性が並んで立っている。女性達はそっくりな顔で、しかし着衣は違っていた。3人共に笑顔でこちらを見ていた。
 レインの視線が写真に向いたことに気が付いたハイネがさりげない風に説明した。

「パーシバル博士とセドウィック博士のお子さん達だ。先日の春分祭の折にこのドームに来てくれたので、夫妻が写真を残してくれたのだ。宇宙で撮影したものを地球に持ち込むのは規則違反だからな。」
「利発そうな綺麗なお子さん達ですね。」

 レインはそうコメントして、心の中で呟いた。

 貴方のお孫さんじゃないんですか?


2019年5月29日水曜日

大嵐 2 2 - 8

 ケンウッドはこのライサンダー・セイヤーズと言う若者を気に入った。ダリル・セイヤーズは能天気で少々身勝手だが、子供を素直な人間に育てることは上手なのかも知れない。  
 ライサンダーが気になっていることを長官に尋ねた。

「俺は進化型1級遺伝子を持っているんじゃありませんか? 外に住んでいても良いのでしょうか? 娘に遺伝しているのではないかと心配です。」

一気に質問したので、ケンウッドは直ぐには応えなかった。少し考えてから、質問で返した。

「君はさっき使っていたコンピュータを今すぐに分解出来ますか?」
「え?」

 ライサンダーは質問の意味を解せず、戸惑った。

「そんなこと、出来る訳ないでしょう?」
「ダリルは出来ますよ。」
「親父は特別なんです。」
「彼を特別だと思えるのであれば、君は普通の人間です。」
「そうでしょうか?」
「山の家で、機械を分解したりして修理したことがありますか?」
「修理しようとしてさらに壊したことはありますが・・・親父が直してくれました。」
「ダリルは説明書きを読まなくても、機械を見ただけで何をどうすべきかわかっているでしょう。しかし、君はわからない。」
「そうですね・・・」
「ダリルの進化型1級遺伝子は、そう言う種類のものです。だから、君には遺伝していない。君が持っていなければ、君の子供にも遺伝しない。」

 専門家にはっきり言われて、ライサンダーは肩の荷が下りたような気がした。

「俺は普通の人間なのですね。」
「そう、肉体も脳も精神も普通ですね。」

 ケンウッドはライサンダーの笑顔を可愛いと思った。滅多に笑わないポール・レイン・ドーマーが笑えばこんな感じになるのだろう。いつも陽気なダリルの笑顔とは少し趣の異なる笑顔だった。
 ライサンダーがふと遠い目をして言った。

「でも、親父は、針仕事や料理は誰かに教わらないとわからないんですよね。」
「教わる?」
「ええ、俺の蒲団や料理を作ってくれたんですが、ほとんどが町で誰かに教わってきたんです。俺が産まれた時も、ジェリーからミルクの作り方や飲ませ方、襁褓の替え方、抱っこの仕方を習ったって言ってました。」

 ケンウッドはライサンダーをぐっと見つめた。彼の視線に籠もった強い力に、ライサンダーは気が付いて少し驚いた。何が長官の注意を惹いたのだろう。

「そうか、わからないのか・・・」

とケンウッドは独り言を呟いた。目から鱗が落ちるとはこのことだ。どうして今迄そんなことを気づかなかったのだろう。否、ハイネやヤマザキ、パーシバルはわかっていたのではないか? だからあまりセイヤーズの能力を深刻に考えず、彼を守ることだけに気を配っていたのでは?
 ライサンダーがちょっと不安になった様で尋ねた。

「俺、何か親父に不都合なことを言ったんでしょうか?」
「とんでもない!」

 ケンウッドは微笑みながら立ち上がった。

「君は今素晴らしいヒントをくれたのです。君はダリルを救うことが出来るかも知れない。」

2019年5月28日火曜日

大嵐 2 2 - 7

 午後、ケンウッドは図書館に行った。 ハイネは昼食を一緒に摂った後、昼寝の為に庭園へ行ってしまったので、一人だった。ロビーに入ると、若い男がソファに座ってぼんやりと周辺を眺めているのが目に入った。馴染みのない顔だが、旧知の男達によく似ていた。それにその男の髪は、緑色に輝く黒髪だった。ケンウッドは、彼が誰なのかすぐにわかった。静かに歩み寄ると、彼の前の席に座った。

「ライサンダー・セイヤーズだね?」

 柔らかな口調の落ち着いた声で話しかけた。ライサンダーはぼんやりさせていた目の焦点を合わせた。彼に認識されたと確信したケンウッドは名乗った。

「当アメリカ・ドームの代表のニコラス・ケンウッドです。」
「は・・・初めまして、ライサンダー・セイヤーズです。」

 長官だ。ライサンダーはびっくりした。父ダリルが暴力沙汰を起こして叱られたと聞いたので、恐い人だと想像していたのだが、目の前に居るのは優しそうな小父さんだった。
彼は長官が差し出した手を握った。温かかった。

「奥さんのことは残念だった。お悔やみ申し上げます。」

とケンウッドは言った。ライサンダー・セイヤーズはドーマーの子供でクローンだが、既に成人登録を済ませた地球人、そして「民間人」だ。ケンウッドはドーマーに接する時の親としての態度ではなく、来客に対する丁寧な言葉で挨拶した。ライサンダーが礼を言うと、彼は微笑んだ。

「君が元気そうで安心しました。ドームの中は君には奇妙な世界に見えるかも知れないが、赤ん坊が無事に育つ迄我慢して下さい。」
「我慢だなんて・・・」

 ライサンダーは長官の腰が低いことに戸惑った。

「俺の方こそ、ここに居る資格がないのに、親に甘えて居座っています。さっき、親達と相談したのですが、妻の葬儀の後で外の世界に戻ります。週に2日、子供の様子を見に来ます。どうか許可をお願いします。」

 ケンウッドは目の前の「サタジット・ラムジーの最高傑作」を見つめた。

「君がその面倒な生活を受け容れてくれるのであれば、こちらは何の問題もありません。」

 ケンウッドは市民権を持つ成人としてのライサンダーに、1人の地球人としてのライサンダーに敬意を表して言った。

「あの・・・」

 ライサンダーが勇気を振り絞って提案した。

「俺の細胞を研究に使ってもらっても良いです。もしそれで地球に女の人が増えて、マコーリー達の様な犯罪者がいなくなるのであれば・・・」

「ライサンダー」とケンウッドは優しく呼びかけた。

「君の細胞は君がここへ来た晩に、健康診断の為に採取したもので充分です。君は正式な地球市民と認められているのですから、我々は君を研究の為のドーマーと同じには扱いません。」
「ドーマーは正式な地球市民ではないのですか?」
「少なくとも、ドームの外に自由に出る権利はありません。選挙権も持っていない。ドームの中にいる限り、子供を持つ権利も認められません。そして納税者でもありません。」
「でも・・・」
「でも地球人ですから、コロニー人のペットではないし奴隷でもない。人間としての権利は持っています。実は女の子誕生の目処が立ちそうなのです。もし成功すれば、ドーマーは地球に返すことになっています。彼等に本当の自由を返してあげれるのです。」

 ケンウッドは可笑しそうに笑った。

「話が逸れました。兎に角、これ以上君から細胞を戴くことはありません。もし、ドームの中に居る時に執政官から理不尽な扱いを受けたら、遠慮なく訴えて下さい。保安課に通報してもかまいません。コロニー人は地球上では地球人を尊重しなければならない。どんな出生の形でも地球人である以上、守られなければなりません。」
「そうですか・・・では遠慮なく保安課に通報します。うっかり父に言って、父が執政官を殴ると困りますから。」
「その『父』はブロンドの方ですね?」
「ええ・・・黒髪の方は理性がありますから。」

 ケンウッドが声をたてて笑ったので、周囲の人々が振り返った。ライサンダーが「しーっ」と指を立てたので、ケンウッドは照れくさそうに首をすくめた。

2019年5月26日日曜日

大嵐 2 2 - 6

 ダリル・セイヤーズが長官執務室に現れたのは15分も経ってからだった。彼が指示された椅子に座ると、ケンウッドは直ぐには口を開かずにコンピュータを眺めていた。何を言おうかと考えているのだった。
 セイヤーズは辛抱強く待った。ハイネ局長は目を閉じて、もしかすると居眠りをしているのかも知れない。ケンウッドもセイヤーズも、ハイネが味方してくれそうにない、と同じことを思った。
 たっぷり5分待たせて、ケンウッドがやっと顔を上げた。

「セイヤーズ、呼ばれた理由はわかっているな?」
「息子の妻を殺害した連中を私が殴って怪我をさせた件ですね?」
「そうだ。腹が立ったことは理解する。だが、理性的に振る舞って欲しかった。」
「申し訳ありません。しかし、あの時は自制が利かなかったのです。」

 ケンウッドは溜息をつき、局長を見た。ローガン・ハイネ・ドーマーはまだ目を閉じていた。
ハイネ、と長官に呼ばれて、やっと彼は瞼を上げた。ケンウッドが尋ねた。

「このやんちゃ坊主をどうすれば良いと思う?」

 局長はちらりとセイヤーズを見た。

「力を誇示したがるのは晡乳類の雄の常です。」
「だからと言って、麻痺光線で撃たれた人間を殴って負傷させて良いとは誰も思わん。」
「去勢しますか?」
「馬鹿言わんでくれ。」
「警察には引き渡しませんよ。」
「当然だ。」
「しかし司法が定める罰則を科す権利は、我々にはありません。」
「だから・・・」
「実は連邦捜査局から話がありましてね。」

 ハイネの言葉に、ケンウッドは緊張した。

「何を言ってきた?」
「彼等はニコライ・グリソムの犯罪を立証するめどがついたので、近々裁判に持ち込むつもりでいます。グリソムの裁判には、彼を実際に捕まえた航空班のゴールドスミス・ドーマーを証人として出廷させます。連邦捜査局はセイヤーズも現場に居たことを知っていますが、ヒギンズ捜査官の囮捜査の件も絡んでいるので、セイヤーズの存在には触れないことにするそうです。従って、彼等は、裁判が終わる迄セイヤーズにドームの外に出て来て欲しくないのです。」
「シェイともう1人現場に男がいただろ? 彼等の証言はどうするのだ?」
「司法取引と言うヤツで、セイヤーズの存在を黙らせるそうです。FOKがどれだけセイヤーズの存在を主張しても、目撃者全員が否定する。」

 セイヤーズが驚いた。

「そんなことが出来るのですか?」
「出来るように彼等が取引するのだ。兎に角、君は行く先々でトラブルを起こすから、連邦捜査局も苦慮している。裁判を有利に進めるには、君の存在を消し去ることが必要なのだ。」
「私は邪魔者なのですね・・・」
「だから、外に出るな。」
「何時までですか?」
「マコーリー達の裁判が終わるまでだ。」
「ニコライではなく、マコーリーの裁判ですか? 事件は2日前に起きたばかりですよ。」
「それがどうした?」
「どうしたって・・・」

 セイヤーズは悟った。局長はこれから先無期限で外に出るなと言っているのだ。
恐らく、今朝ライサンダーに面会した刑事達も口をつぐんでしまうのだろう。ブロンドの遺伝子管理局の男は最初から存在しなかったことにされてしまうのだ。だが、それで容疑者達を怪我させたことが不問にされるのであれば、我慢しなければならない。元々種馬として閉じ込められるはずの運命だったではないか。
 セイヤーズは深呼吸してから承知した。

「わかりました。ドームの中で大人しく精進して過ごします。」

 彼が納得したので、ケンウッドは肩の力を抜いた。そしてハイネ局長に目で感謝の意を伝えた。

大嵐 2 2 - 5

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーがニューポートランドのライサンダー・セイヤーズの家でFOKを捕縛した際、麻痺光線銃で動きを封じた4人のメンバーを殴りつけ大怪我を負わせた件は、ライサンダーの事情聴取に立ち会った執政官の口からケンウッド長官に報告された。ケンウッドはそれを聞いて頭を抱え込んでしまった。裁判になれば、被告達は遺伝子管理局職員による暴力について申し立てをするだろう。出来ることならドーマー達を裁判所に出廷させたくないドーム行政府としては、これは大問題だった。
 まだ昼前の打ち合わせ会の時間になっていなかったが、ケンウッドは遺伝子管理局本部の局長執務室に電話を掛けた。ネピア・ドーマーが電話口に出ると、ケンウッドは有無を言わさずに命令した。

「局長に長官執務室にすぐに来てもらってくれ。大至急だ。」

 10分後にハイネが来る迄、彼は色々と対策を考えた。ダリル・セイヤーズをドームの外に出したくなかった。そもそも彼を外に出す許可を出していないのだ。ハイネが独断でクロエル同伴と言う条件で外に出す許可を与えた。だがそれを責めるつもりはない。セイヤーズが行かなければ、ライサンダーはFOKに拉致されていたのだ。クロエルも行かなかったし、ケリーだって監視する間にあんな惨劇が屋内で行われていると想像すらしなかっただろう。だから、ケンウッドが考えなければならないのは、セイヤーズが外に出たことを咎めることではなく、これから警察の捜査や裁判にどう対処するか、未来のことだった。
 ハイネがやって来た。日課を終えた直後だったので、気分を害した様子はなく、長官執務室の彼自身の定位置に座ると、ケンウッドを見た。

「ご機嫌斜めのご様子で・・・」

とハイネが言った。呼ばれた理由を知っている、とケンウッドは感じた。

「セイヤーズがFOKのメンバー達を殴って大怪我を負わせた。知っているな?」
「報告書にありました。3人共に書いていましたので。」
「何故私に報告しなかった?」
「地球人サイドの問題だと判断しました。」

 ハイネの逃げの口上だ。コロニー人に介入して欲しくない問題はいつも「地球人サイドの問題」で片付ける。ケンウッドは腹が立った。

「裁判に影響が出る。遺伝子管理局が無抵抗の容疑者を殴って傷を負わせたのだぞ! 悪人共に有利に働くじゃないか!」

 彼はハイネに反論する隙を与えず、電話を掛けた。

「レイン、セイヤーズはいるか?」
「今、アパートにいます。」

 電話の向こうでポール・レイン・ドーマーが答えた。画面の中のケンウッドが赤い顔をして怒りまくっていることに驚いていた。

「すぐ戻ってくる筈です。ライサンダーが事情聴取を終えたので、様子を見に行っているだけですから。」
「戻ったら、すぐに私の部屋に出頭させろ。」

 レインは、長官の立腹の原因に思い当たったらしい。暗い表情になった。神妙に答えた。

「承知しました。」

 ケンウッドは電話を切り、ハイネを振り返った。遺伝子管理局長は目を閉じて背もたれに体を預けていた。



大嵐 2 2 - 4

 付き添いの執政官はライサンダー・セイヤーズを警察の事情聴取の後で中央研究所へ連れて行った。案内されたのは副長官の執務室だった。彼はそこでライサンダーを室内に導き入れた。

「ライサンダー・セイヤーズを連れてきました。」

 そしてライサンダーにも部屋の主を紹介した。

「当ドームの副長官ラナ・ゴーン博士だ。」

 ライサンダーは執務机の向こうに座っている女性を見た。コロニー人の、中年の女性で、美しく賢そうな人、と言う印象だ。
 彼女は執政官に「ご苦労様」と声を掛け、執政官は会釈して部屋から出て行った。
副長官が机のこちら側に出て来て、手を差し出した。

「副長官のラナ・ゴーンです。血液の研究を専門としていますが、ここ暫くは貴方の赤ちゃんが人工子宮に安定する迄観察をしています。」

 ライサンダーはドキドキした。コロニー人の女性と会うのは初めてだ。それも立派な大人の女性だ。地球人の女性達より年齢は上だろうが、どうすればこんなに綺麗でいられるのだろう。
 ぼんやりしていたが、やがて差し出された手に気が付いて慌てて握手に応じた。

「ライサンダー・セイヤーズです。子供を助けて戴いて有り難うございます。」
「水を挿すようですが、まだ楽観は出来ませんよ。でもドームは全力を尽くしていますし、あの赤ちゃんは強い子の様です。きっと無事に育ってくれるでしょう。」

 座って、と彼女は彼に椅子を勧めた。ライサンダーは来客用の椅子に静かに腰を下ろした。彼女が赤ん坊の映像を見ますかと尋ね、彼は少し躊躇ってからお願いしますと返事をした。
 中央のテーブルに立体画像が立ち上がった。人工子宮に入っている胎児の姿だ。まだ人間の姿と呼べる形にはなっていない。

「女の子ですよね?」
「ええ、女の子です。」
「3ヶ月目のはずです。」
「確かに、13週目ですね。」
「俺とポーレットの娘・・・」
「そうですよ。」

 ラナ・ゴーンは微笑んで見せた。

「大異変の後で初めてドームの外、自然の愛の営みで生まれた地球人の女の子ですよ。」

 ライサンダーは画像にそっと手を伸ばした。彼の手は何にも触れなかった。

「なんだか恐いです。」

と彼は正直に感想を述べた。

「俺はそんな重要な命を養える人間じゃない・・・」
「出来ますよ。貴方は独りではないでしょう?」
「ドームで育てろと仰るのですか?」
「その子はちゃんと貴方と言うお父さんがいます。ドームの中で育てることは出来ません。でも、人工子宮の中にいる間は、ドームが守ります。貴方も居て下さると良いのですけど。」
「俺はここに住む資格はないし、そのつもりもありません。俺の仕事は外にあります。」
「貴方がどんな生活形態を取るかは、貴方が父親達と話し合って決めることです。ドームは貴方の人生に干渉しません。赤ちゃんを誕生まで保護するだけなのです。赤ちゃんの人生にも口出し出来ません。」
「子供が産まれたら・・・つまり、機械から出たら、自由にしろと?」
「冷たい様ですが、そう言うことです。」
「勿論、自由にさせてもらいます。」

 ライサンダーは副長官が何を言いたいのか考えた。ドームは胎児を人工子宮から出せる日まで保護する。その間はライサンダーにも赤ん坊のそばに居て欲しいと言うのだ。

「俺がここに居る意味は何です?」
「赤ちゃんに時々語りかけて欲しいのです。胎児は母親に語りかけられて育ちます。ちゃんとお腹の中でお母さんの声を聞いているのですよ。でも、貴方の赤ちゃんはお母さんがいなくなってしまいました。ですから、お父さんの貴方が代わりに語りかけてあげて下さい。」
「ドーマーでは駄目なのですか?」
「ドーマーは大勢の赤ちゃんの面倒を見なければなりません。貴方は自分の子供を人任せにしたいのですか?」
「いえ、それは・・・」
「ダリル・セイヤーズは数日おきに貴方をラムゼイの研究所へ見に行ったそうですよ。もしかするとメーカーに捕まってクローンの材料にされるかも知れない危険を冒して。」
「・・・」
「赤ちゃんは貴方を必要としています。そしてダリルも貴方をそばに置きたがっています。1年間だけで結構ですから、ドームに住んで戴けませんか?」

 ライサンダーはもう1度画像の赤ん坊を見つめた。リアルで中継されているのだろう、胎児の心臓が鼓動しているのが見えた。
 
 生きているんだ・・・ポーレットの忘れ形見が・・・

 ライサンダーはラナ・ゴーンに向き直った。

「わかりました。2人の父と相談してみます。」
「有り難う。ところで、今すぐとは言いませんから、赤ちゃんの名前が決まったら教えて下さい。番号で呼ぶより、名前を呼んだ方が、貴方もお父さんとしての実感が湧くでしょう?」

大嵐 2 2 - 3

 ポートランド市警がドームを訪問したのは、翌日の午前中だった。刑事が2人やって来たが、彼等が足を踏み入れることを許されたのは、出産管理区のみだった。つまり、一般の地球人が出入り出来る区画だ。そこで設置されているゲストルームでライサンダー・セイヤーズは事情聴取を受けた。彼は前日、レインとセイヤーズ両方の父親と一緒に過ごし、精神的にかなり落ち着いて普通に振る舞うことが出来た。ドーム側は弁護士の用意はしなかった。ライサンダーは被害者で、警察は被害者の証言を取りに来たのだ。しかし付き添いとして地球の法律に詳しい執政官が1人同席した。
 ライサンダーは妻ポーレットが犯人のドン・マコーリーと幼馴染みだと言う説明を妻から聞いたことがあると言った。妻は妊娠して、産科医のマコーリーに健康管理に関する相談をしていた。マコーリーと彼は電話で会話をしたことはなく、面識もなかった。また事件当日にマコーリーが彼の自宅に来ることも知らなかった。
 昼過ぎに帰宅したら妻は姿を見せず、代わりに家の中にマコーリーが居た。拳銃を向けられ、少し言葉を交わした後、マコーリーの仲間が同じく家の奥から現れた。妻の行方を尋ねたが教えてくれず、手錠を掛けられ、家の外へ連れ出された時に、遺伝子管理局の局員が庭に居て、救出してくれた。
 そう言う内容のことをライサンダーは刑事に喋った。喋りながら、自分がマコーリーと言葉を交わしていた時にはポーレットは既に殺害されていたのだと思いが行き、涙が出て来た。昨日何度か父に抱き締められて泣いたので、号泣することはなかったが、言葉に詰まる場面が何度かあった。執政官が、気分が悪ければ事情聴取を打ち切らせると言ってくれたが、彼は頑張った。
 刑事達は、事件当日クロエル・ドーマーとジョン・ケリー・ドーマーからも事情聴取を済ませていた。彼等の証言とライサンダーの証言に食い違いがないか、チェックしていた。

「貴方の証言と遺伝子管理局の2人の証言は合っていますが・・・」
「何かおかしなところでもあるんですか?」
「マコーリー達は、遺伝子管理局の職員は3人居たと言っているんです。」

 ライサンダーは、クロエル達がダリルの存在を伏せたことに気が付いた。彼は証言で局員は2人居たと言ったのだが、その2人はクロエルと父親のつもりだった。しかし警察の事情聴取に応じたのはクロエルとケリーで、ダリル・セイヤーズは一足先にポーレットの胎児を支局へ搬送して事件現場を去ったのだ。ケリーの存在はライサンダーも知っていた。ケリーは庭での乱闘に加わらなかったので、彼は計算に入れなかったのだが、ケリーが事情聴取を受けたことは知っていた。

 遺伝子管理局は父さんの存在を警察に知られたくないんだ・・・

 ライサンダーはすっとぼけることにした。

「3人でしたか・・・俺はもう何が何だかわからなくて・・・すぐに警察が来たし・・・」
「3人居たと連中は言ってるんです・・・否、まだ喋れないから筆談だけど。」
「喋れない?」
「顔を殴られて、1人が顎の骨を砕かれ、1人が頬骨と鼻骨を骨折してね、3人目は鼓膜を破られて、4人目も歯を折られた。それがブロンドの局員だったと証言しているんですが、居ないんですよね、何処を探しても・・・」

 執政官が咳払いした。

「見間違いでは?」
「しかし、証言した局員はドレッドヘアの黒人とダークヘアの白人で、ブロンドじゃなかったんです。私もそのブロンドの局員とちょっとだけ話をしました。セイヤーズさんの奥さんの遺体を発見した時に・・・。」
「消えたブロンドの局員は、警察が来る迄の間に、捕まえたマコーリーの一味全員をぶちのめして怪我をさせてます。ちょっと拙いんですよ。」
「しかし、その男が局員だと言う証拠はないでしょう?」
「マコーリー達はブロンドの男もダークスーツを着用していたと言っています。」
「連中の言うことを信じるのですか?」
「しかし、彼は局員だと名乗りましたし・・・」
「だからそのブロンドが局員だったと言う証拠はない訳ですね。」

 刑事達は渋々認めた。

「ないです。」
「申し訳ないが、証言した2人・・・ええっと、クロエルさんとケリーさんにもう1度お話を伺いたいのですが?」
「それは無理ですね。」
「無理?」
「クロエルは今朝早く職務でニカラグアへ飛んで行きました。ケリーもLAへ出かけました。」
「証人を遠くへ行かせたのですか?」
「別に逃げた訳ではありません。職務遂行に励んでいるだけです。数日で帰って来ますよ。」

 勿論、ドーム幹部は2人のドーマーが帰投する前に彼等と口裏を合わせるつもりだ。
刑事達は、また伺いたいことがあれば来ます、と言い、ライサンダーも落ち着いたらニューポートランドに帰るので、その時に連絡すると言った。
 警察が帰ると、執政官はライサンダーを見て愚痴った。

「君の親父、ダリルは本当に厄介な男だなぁ。余計な乱暴を働かなかったら、証言させていたのに。」

 ライサンダーは肩をすくめた。

「俺も、親父があんなに怒ったのを見たのは初めてです。」