午後、ケンウッドは図書館に行った。 ハイネは昼食を一緒に摂った後、昼寝の為に庭園へ行ってしまったので、一人だった。ロビーに入ると、若い男がソファに座ってぼんやりと周辺を眺めているのが目に入った。馴染みのない顔だが、旧知の男達によく似ていた。それにその男の髪は、緑色に輝く黒髪だった。ケンウッドは、彼が誰なのかすぐにわかった。静かに歩み寄ると、彼の前の席に座った。
「ライサンダー・セイヤーズだね?」
柔らかな口調の落ち着いた声で話しかけた。ライサンダーはぼんやりさせていた目の焦点を合わせた。彼に認識されたと確信したケンウッドは名乗った。
「当アメリカ・ドームの代表のニコラス・ケンウッドです。」
「は・・・初めまして、ライサンダー・セイヤーズです。」
長官だ。ライサンダーはびっくりした。父ダリルが暴力沙汰を起こして叱られたと聞いたので、恐い人だと想像していたのだが、目の前に居るのは優しそうな小父さんだった。
彼は長官が差し出した手を握った。温かかった。
「奥さんのことは残念だった。お悔やみ申し上げます。」
とケンウッドは言った。ライサンダー・セイヤーズはドーマーの子供でクローンだが、既に成人登録を済ませた地球人、そして「民間人」だ。ケンウッドはドーマーに接する時の親としての態度ではなく、来客に対する丁寧な言葉で挨拶した。ライサンダーが礼を言うと、彼は微笑んだ。
「君が元気そうで安心しました。ドームの中は君には奇妙な世界に見えるかも知れないが、赤ん坊が無事に育つ迄我慢して下さい。」
「我慢だなんて・・・」
ライサンダーは長官の腰が低いことに戸惑った。
「俺の方こそ、ここに居る資格がないのに、親に甘えて居座っています。さっき、親達と相談したのですが、妻の葬儀の後で外の世界に戻ります。週に2日、子供の様子を見に来ます。どうか許可をお願いします。」
ケンウッドは目の前の「サタジット・ラムジーの最高傑作」を見つめた。
「君がその面倒な生活を受け容れてくれるのであれば、こちらは何の問題もありません。」
ケンウッドは市民権を持つ成人としてのライサンダーに、1人の地球人としてのライサンダーに敬意を表して言った。
「あの・・・」
ライサンダーが勇気を振り絞って提案した。
「俺の細胞を研究に使ってもらっても良いです。もしそれで地球に女の人が増えて、マコーリー達の様な犯罪者がいなくなるのであれば・・・」
「ライサンダー」とケンウッドは優しく呼びかけた。
「君の細胞は君がここへ来た晩に、健康診断の為に採取したもので充分です。君は正式な地球市民と認められているのですから、我々は君を研究の為のドーマーと同じには扱いません。」
「ドーマーは正式な地球市民ではないのですか?」
「少なくとも、ドームの外に自由に出る権利はありません。選挙権も持っていない。ドームの中にいる限り、子供を持つ権利も認められません。そして納税者でもありません。」
「でも・・・」
「でも地球人ですから、コロニー人のペットではないし奴隷でもない。人間としての権利は持っています。実は女の子誕生の目処が立ちそうなのです。もし成功すれば、ドーマーは地球に返すことになっています。彼等に本当の自由を返してあげれるのです。」
ケンウッドは可笑しそうに笑った。
「話が逸れました。兎に角、これ以上君から細胞を戴くことはありません。もし、ドームの中に居る時に執政官から理不尽な扱いを受けたら、遠慮なく訴えて下さい。保安課に通報してもかまいません。コロニー人は地球上では地球人を尊重しなければならない。どんな出生の形でも地球人である以上、守られなければなりません。」
「そうですか・・・では遠慮なく保安課に通報します。うっかり父に言って、父が執政官を殴ると困りますから。」
「その『父』はブロンドの方ですね?」
「ええ・・・黒髪の方は理性がありますから。」
ケンウッドが声をたてて笑ったので、周囲の人々が振り返った。ライサンダーが「しーっ」と指を立てたので、ケンウッドは照れくさそうに首をすくめた。
「ライサンダー・セイヤーズだね?」
柔らかな口調の落ち着いた声で話しかけた。ライサンダーはぼんやりさせていた目の焦点を合わせた。彼に認識されたと確信したケンウッドは名乗った。
「当アメリカ・ドームの代表のニコラス・ケンウッドです。」
「は・・・初めまして、ライサンダー・セイヤーズです。」
長官だ。ライサンダーはびっくりした。父ダリルが暴力沙汰を起こして叱られたと聞いたので、恐い人だと想像していたのだが、目の前に居るのは優しそうな小父さんだった。
彼は長官が差し出した手を握った。温かかった。
「奥さんのことは残念だった。お悔やみ申し上げます。」
とケンウッドは言った。ライサンダー・セイヤーズはドーマーの子供でクローンだが、既に成人登録を済ませた地球人、そして「民間人」だ。ケンウッドはドーマーに接する時の親としての態度ではなく、来客に対する丁寧な言葉で挨拶した。ライサンダーが礼を言うと、彼は微笑んだ。
「君が元気そうで安心しました。ドームの中は君には奇妙な世界に見えるかも知れないが、赤ん坊が無事に育つ迄我慢して下さい。」
「我慢だなんて・・・」
ライサンダーは長官の腰が低いことに戸惑った。
「俺の方こそ、ここに居る資格がないのに、親に甘えて居座っています。さっき、親達と相談したのですが、妻の葬儀の後で外の世界に戻ります。週に2日、子供の様子を見に来ます。どうか許可をお願いします。」
ケンウッドは目の前の「サタジット・ラムジーの最高傑作」を見つめた。
「君がその面倒な生活を受け容れてくれるのであれば、こちらは何の問題もありません。」
ケンウッドは市民権を持つ成人としてのライサンダーに、1人の地球人としてのライサンダーに敬意を表して言った。
「あの・・・」
ライサンダーが勇気を振り絞って提案した。
「俺の細胞を研究に使ってもらっても良いです。もしそれで地球に女の人が増えて、マコーリー達の様な犯罪者がいなくなるのであれば・・・」
「ライサンダー」とケンウッドは優しく呼びかけた。
「君の細胞は君がここへ来た晩に、健康診断の為に採取したもので充分です。君は正式な地球市民と認められているのですから、我々は君を研究の為のドーマーと同じには扱いません。」
「ドーマーは正式な地球市民ではないのですか?」
「少なくとも、ドームの外に自由に出る権利はありません。選挙権も持っていない。ドームの中にいる限り、子供を持つ権利も認められません。そして納税者でもありません。」
「でも・・・」
「でも地球人ですから、コロニー人のペットではないし奴隷でもない。人間としての権利は持っています。実は女の子誕生の目処が立ちそうなのです。もし成功すれば、ドーマーは地球に返すことになっています。彼等に本当の自由を返してあげれるのです。」
ケンウッドは可笑しそうに笑った。
「話が逸れました。兎に角、これ以上君から細胞を戴くことはありません。もし、ドームの中に居る時に執政官から理不尽な扱いを受けたら、遠慮なく訴えて下さい。保安課に通報してもかまいません。コロニー人は地球上では地球人を尊重しなければならない。どんな出生の形でも地球人である以上、守られなければなりません。」
「そうですか・・・では遠慮なく保安課に通報します。うっかり父に言って、父が執政官を殴ると困りますから。」
「その『父』はブロンドの方ですね?」
「ええ・・・黒髪の方は理性がありますから。」
ケンウッドが声をたてて笑ったので、周囲の人々が振り返った。ライサンダーが「しーっ」と指を立てたので、ケンウッドは照れくさそうに首をすくめた。