2016年11月4日金曜日

対面 4

 別荘の書斎はこじんまりとしており、蔵書はある一つのテーマに絞られていた。ドームに関する書籍しかなかったのだ。世界中の、ドームと言うコロニー人が建設した出産施設の存在を不思議に思う人々、あらゆる分野のいろんな立場にいる人々が、想像したり推測したり人づてに聞いたりしたドームの話を書いた書物ばかりが棚にぎっしり詰まっていた。
ポール・フラネリー元上院議員は、元ドーマーだから、ドームの真実を知っている。これらの本は、彼が「世間はドームをどう思っているだろう」と言う好奇心で集めたコレクションだった。
 ポール・フラネリーは恋人を採ってドーマーであることを止めたが、やはり生まれ育ったドームが恋しいと思う時もあるのだろう。
 ハロルド・フラネリーは、使用人にお茶を運ばせた。蒸留水で入れた紅茶だ、とわざわざ断ったのは、ドーマーが蒸留水しか飲まないと言う「伝説」を知っているからだろう。
しかし、お茶に凝っているポールは、軟水の方が紅茶に向いていると知っていたので、お茶を台無しにしたと遠慮無く非難して、ダリルをひやりとさせた。大統領は怒るどころか愉快そうに笑った。

「私の側近の中には、ドーマーが地球人でないみたいに思っている連中もいてね、彼がわざわざ蒸留水のボトルを持って来たんだよ。」
「その人に、2種類の水で淹れたお茶を飲ませてやって下さい。どちらが美味いか、すぐわかるはずです。わからないヤツはクビになさい。」

 少しばかり場の空気が和んだところで、ダリルが本題に入った。

「ドームについてお知りになりたいことは何ですか?」
「決まっているだろう、ドームの本業、地球人に女性を取り戻す研究がどこ迄進んでいるのか、と言うことだ。」
「どこ迄と尋ねられても、遺伝子管理局には答えようがありません。私達は遺伝子学者ではありませんから。」
「わかっているよ。でも、ドームの中に居れば、噂ぐらいは耳に入るだろう? コロニー人達はどんな研究をしているんだ?」

 返事に困ったダリルに代わってポールが答えた。

「まず、染色体の中の何が女性誕生の障害になっているのか調べる研究があります。それから、原因と考えられるものを想定して解決策を考える研究があります。
 あまり良い方法ではありませんが、遺伝子組み換えで女性が誕生した例があります。これはドームではなく、メーカーがやらかした違反行為ですが・・・」
「リンゼイ・・・否、ラムゼイだったか?」
「遺伝子組み換えを行ったのは、ベーリングと言う田舎のメーカーです。」
「田舎のメーカーが女性を誕生させたのか・・・」
「まだほんの少女ですが、体は普通の女性と思われます。彼女が次の世代を生めるのかどうかは、不明です。 ベーリングはラムゼイと少女の争奪戦を行い、組織を壊滅させられてしまいました。遺伝子組み換えの方法や記録が残っていないので、現在は少女を保護しているだけです。」

 ポールは敢えて「女の子を生める男」の存在を語らなかった。ダリルは地球人存亡に関わるトップシークレットだ。ドームの外に居る人間においそれと話せる次元ではない。
 ポールが難しい塩基配列の話をして大統領を烟に巻いている時、ドアをノックした者がいた。ハロルドが、ハッとした様に顔をそちらに向けて、ポールに「授業を有り難う」と言って講義を遮った。ポールは自身も訳がわからないゲノムの話にいい加減うんざりしてきていたので、内心ホッと安堵した。



2016年11月3日木曜日

対面 3

 テラスは斜面に張りだして造られており、眺望抜群で、温かい日差しに包まれていた。パラソルの下に、車椅子に座った元上院議員ポール・フラネリーと、すらりと立ったアーシュラ・R・L・フラネリーがいた。アメリアが客を伯母夫婦に紹介した。

「こちらは、私の命の恩人のミスター・ダリル・セイヤーズ、伯母様はもうお会いになられているわね。それから、こちらはミスター・セイヤーズの上司の、ミスター・ポール・レイン。」

 ポールの名前を聞いて、アーシュラがダリルを見た。ダリルは小さく頷いて見せた。
元上院議員が手を伸ばしてきた。

「ようこそ、我が山荘へ。かねてからお噂は聞いていますぞ。近頃の姪は貴方方の話ばかりで、アルバートにヤキモチを焼かせて困っております。」
「こちらこそ、嫌な用件でお伺いして申し訳ありません。しかし、容疑者リストから皆さんを外す目的ですから、どうぞご容赦を。」

 ダリルとポールはそれぞれ元上院議員と握手した。ポールは能力を使用したはずだが、特にその表情に変化はなかった。政界を引退し、俗世からも遠ざかって療養生活をしている元上院議員は「シロ」だったに違いない。つまり、ポールは握手した瞬間に、ちゃっちゃと仕事を済ませてしまったのだ。
 次はアーシュラの番だ。ダリルが先に彼女に挨拶した。

「いつも嫌な用件をひっさげて現れてしまい、申し訳ありません。」

 アーシュラは微笑んだ。

「いいの、気にしないで。貴方は誠実だわ。」

そしてポールを振り返った。

「初めまして、ポール・レイン・ドーマー。」

一般人に「ドーマー」と呼びかけられて、ポールは少し驚いた。しかし、大統領の身内ならドームの慣習なども知っているだろうと思いつつ、彼女と握手した。
アーシュラが優しい笑みを浮かべてポールを見つめている。ダリルはポールの表情を盗み見たが、ポールは何の変化も示さなかった。

 接触テレパスの使い方はアーシュラの方が一枚上手なんだ!

 アーシュラは何も知らない息子を驚かせまいと自らの情報をセーブしているのだ。先刻握手の際に「ドーマー」と呼びかけたのも、ポールを戸惑わせて彼に能力を使わせないよう手を打ったのだ。
 ポールは手順通り、「尋問」を開始したが、握手でフラネリー夫妻がラムゼイのシンパとは無関係だと確信してしまったので、失礼な質問は出なかった。彼にしては珍しい程大人しい仕事振りだった。
 老夫婦の面談が終わる頃になって、大統領ハロルド・フラネリーとファーストレディが登場した。お忍びで実家に来ているのだ。大統領はテレビやネットで見るより若々しく、エネルギッシュで、しかし想像していた程尊大ではなかった。彼も夫人も握手でポールを安心させた。接触テレパスは、X染色体上にのみ因子が存在する。女性に発現する場合は、X染色体の2つ共が因子を持つので、その息子は必ず接触テレパスだ。つまり、大統領も・・・

「妹が1人いるのだが、今仕事でスイスに住んでいるんだ。彼女も面談が必要かね?」
「いえ、それには及びません。現在国内にいらっしゃるご家族だけで結構です。」
「宜しい。君達の仕事の話をもう少し詳しく聞きたいのだが、書斎に場所を移さないかね?」

と大統領が提案してきた。彼は、母親と妻を振り返った。それから妹同然の従妹のアメリアに、

「君の大事な客人を少しの間お借りして良いかな、アメリア?」
「大統領閣下には逆らえませんわ。」

アメリアが笑って答えた。大統領は2人のドーマーに向き直った。

「ドームと言う不思議な魔法の城の話を聞かせてくれないか?」




対面 2

 車は森の奥深くへ入っていく様な道を走った。緑の陰が車内にも入ってくる。途中でまたゲートがあり、車輌チェックとボディチェックがあった。ここで武器を預ける様にと言われ、ポールは護身用の麻痺光線銃を預けた。ダリルは非武装だが、ドーマーが武術の達人だと警備の人間達は知っているのだろうか?

「馬鹿に用心深いな。金持ちって言うのは、皆こんなものなのか?」

とポールが愚痴った。ダリルは金持ちの知り合いなどいないが、この厳重な警備の理由はわかった。

「大統領が来ているんだよ、ポール。君がフラネリー家の人々と面会したいと言ったから、会員のアーシュラ・R・L・フラネリーだけでなく、息子夫婦も来ているってことだ。」

恐らく、ポールの取り替え子である娘もいるはずだ・・・

 ゲートを抜けると、すぐ森も終わって、芝生の野原と木造の山小屋風別荘に着いた。使用人だか警備員だかが数名出迎えて、車を預かり、2人を建物の中へ案内した。
上等の家具やカーペットで装飾された豪華な内装は、ドーマーの心を動かすには役に立たなかったが、アメリア・ドッティに抱かれて現れた乳児は、ダリルを喜ばせた。名前は父親の名前と同じ、アルバート二世だ。ダリルが抱いても良いかと尋ねると、アメリアも喜んで彼に赤ん坊を渡した。
 赤ん坊は懐かしい匂いがした。甘いミルクの香りだ。18年前のことが思い出された。ダリルは暫くアルバート二世をあやしていたが、ふと視線を感じて顔を上げるとポールがじっと見ているのに気が付いた。

「君も抱いてみるか?」

尻込みするかと思えば、意外に素直な態度でポールは赤ん坊を受け取り、ダリルを驚かせた。抱き方も慣れている。考えれば、クローンの乳児を保護する時に何度か抱いているのだろう。

 君にもライサンダーを抱かせてあげたかったよ

 ポールは特にあやすでもなく、子供を抱いてその顔を眺め、「有り難う」とアメリアに赤ん坊を返した。その間、赤ん坊は大人しくしていた。
 アメリアは夫のアルバート・ドッティが不在であることを詫びた。

「2時間前まではここにいましたの。でもフィリピン沖で発生した台風に弊社の船団が巻き込まれ、連絡が取れない船があると緊急の知らせが入り、本社へ向かいました。遺伝子管理局の面談は後日にお願いしたいとの伝言です。」
「それはご心配でしょう。面談はいつでもご都合の良い日で結構です。」

 そこへ執事が来て、テラスで元上院議員夫妻が客を待っていると告げた。ダリルの緊張が一気に高まった。ポールにこの胸のドキドキを聞かれはすまいかと不安になった。
ポールは気が付かずに、アメリアの後ろに続いてテラスへ歩き始めた。

対面 1

 アレクサンドル・キエフ・ドーマーの処分は、「ドーム追放」と決まった。犯罪者としてではなく、精神疾患が理由で、国の療養施設に送られるのだ。遺伝子に精神障害の因子はなかったが、何が原因なのか不明と書類に記載された。恋に破れて嫉妬に狂ったとドーム内の人々は信じているが、誰も口に出さなかった。
 ポール・レイン・ドーマーは自身の美貌が他人の人生を狂わせる程のものだとは到底信じられず、キエフの才能を惜しみはしたが、キエフと言う人間の行動はただ迷惑だと思っていたので、この事件については早々に忘れたかった。
 もっとも、ドームの執政官達は、彼の美貌について、昔から問題が起きていたことを忘れなかった。

「レインは早晩『通過』を体験させて、普通に歳を取らせるのが良いだろう。」
「それはあまり意味がないと思う。彼の親兄弟を知っているだろう? 綺麗な小父さんになっているぞ。」
「髭でも伸ばさせたらどうだろうな?」
「髭は外で仕事をするドーマーには禁止だろうが。キエフは内勤が多かったから生やすことを許していたが、外で髭に雑菌やゴミを付けたままドームに帰ってこられると困る。」
「それなら髪の毛も同じではないか?」
「レインに髪の毛はない!」

 ケンウッド長官は、ポール・レイン・ドーマーの外見に問題があるとは思わなかった。先日医療区でポールを見舞って知ったことだが、あのドーマーは無愛想に見えて実際は他人に優しいのだ。嫌いな相手にもそれなりに気配りをしてやる。だから、リン元長官はポールが自分に媚びていると誤解し、キエフは自分に目を掛けてくれていると信じ込んだ。
長所なのにマイナスの方向に働いていると言うだけなのだ。
 ダリル・セイヤーズ・ドーマーを取り戻して以来、ポールは少し変化した。ダリルを再び失うことを恐れて彼を守ろうと必死だ。しかし、守っているつもりで、実はダリルに守られているのが、ケンウッドにははっきり見える。ダリルは破天荒で脳天気なところがあるが、息子を1人育てた経験がある立派な大人だ。周囲の状況を常に冷静に把握している。他人が次に何をするか推測出来るし、それに対処出来る。ポールを災難から遠ざけることを自然にやってのけるのだ。
 そのコンビが、ここ数日少しぎくしゃくしている。仲が良いのは変わらないが、お互いに距離を置いている。ポールはダリルに触りたいが、ダリルは触らせない。秘密を抱えているからだ。ケンウッドはその秘密の内容を知っているので、ダリル以上にはらはらしていた。今はまだポールに教えられないから。
 ダリルは、アメリア・ドッティにフラネリー家との面会の交渉を依頼したと報告した。しかし、アメリアから日時の連絡はまだ来ていないようだ。
  ドームの外では、新たに不愉快な事件が発生していた。クローンの人権擁護運動をしている団体に、クローン撲滅運動をしている過激派がテロを仕掛けたのだ。その報復に、別のクローン擁護を標榜する過激派が、警察のクローン収容施設を襲撃して収監されていた子供達に死傷者が出た。この新手の組織は「クローンの友」FOKと名乗った。

「子供を殺しておいて、何が友だ!」

 ポールがハンドルを操りながら毒づいた。警察の収容施設には、遺伝子管理局が保護した子供もいたのだ。クローンの子供に多い虚弱体質とは言えず、充分健康を保っている子供達が、親が処罰を終えて釈放される迄、ドームではなく外の施設で暮らす。襲われた施設はその手の中規模のもので、子供達は親が迎えに来てくれると知っているので警備も手薄だった。

「連中は子供を盗もうとした。しかし手製の爆弾が予期しない場面で破裂した。自爆テロではなかったらしい。」

 ダリルも腹が立っていた。無抵抗の子供を巻き添えにするなんて・・・
遺伝子管理局は殺人や傷害事件には関与しない。飽くまで遺伝子に関する法律違反者を取り締まるだけだ。確保した違反者の保護はドーム内に収容する子供が対象となるだけで、親やメーカー、ドーム外収容の子供は逮捕した後警察に引き渡すと管理局の保護から外される。警察が彼等を守りきれなくても、管理局がとやかく言う立場ではないのだ。それでも、やはり1度は保護した子供を害されると局員は悔しい思いをする。
 2人はフラネリー元上院議員の別荘に向かって車を走らせていた。アメリア・ドッティから連絡が来て、やっと「尋問」が出来ることになったのだ。ダリルには気が重いドライブだ。ポールは単純に仕事だと信じているが、フラネリー家はそうは思っていないだろう。彼等の車から少し距離を置いて部下の車が1台付いてくる。チーフと秘書(種馬)の護衛だ。
 別荘はこんもりとした森で包まれた小山の中腹に建てられていた。山一つがフラネリー家の庭だ。山裾にゲートがあり、そこで部下の車は留められた。車輌チェックを受ける間、車外で部下達とダリルは世間話をして時間を潰したが、ポールは端末で支局巡りのチームからの報告をチェックしていた。
 車輌チェックが終わると、部下達と暫しの別れだ。ポールがローズタウン支局担当者の報告をダリルに伝えた。セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンでは、出張所のリュック・二ュカネンがトーラス野生動物保護団体の下位会員から順番に訪問捜査をしていると言う。アポ無し、抜き打ちで自宅を訪問するので、セレブの会員達は怒って警察に苦情を入れている。警察はドームと揉めたくないし、地元の有力者を怒らせたくないし、で板挟みだ。「元」を強調しているニュカネンだが、やはり思考形態はドーマーのままで、遺伝子管理局が全てに優先すると思っている。有力者が怒ろうが迷惑しようがお構いなしだ。警察が予告訪問を要請しても無視する。

「リュックのヤツ、君の強引さが伝染したようだな。」

ポールが皮肉を言った。



新生活 22

 ダリルは図書館の中を静かに歩いて行った。子供の頃、時々養育棟を抜け出して一人で遊びに来た場所だ。紙で作られた本物の書籍がかび臭い匂いを漂わせてぎっしり並んでいる。先人の歴史と智慧と心がここにあるのだ。
 奥の通路の先で、アレクサンドル・キエフ・ドーマーのブツブツ声が聞こえるのが耳障りだ。キエフはJJにポールから手を引けと言っている。JJは答えない。答える声を持たないし、彼女は図書館の中なので翻訳機の電源を切っているのだ。それにうっかり思考を音声にしたら相手をさらに興奮させるかも知れない。彼女はきっとそこに考えを至らせて、沈黙を守っているのだ。
 ダリルはキエフに聞こえるように足音を立て、声を掛けた。

「キエフ・ドーマー、勤務時間だ。早く仕事に戻れ。」

 キエフのブツブツ声が止んだ。誰だ、と怒鳴ったので、ダリルは素直に答えた。

「チーフ付秘書のセイヤーズだ。」

 キエフが来るなと喚いた。ダリルは書架の角まで来た。キエフの声は角を曲がって2メートル向こうから聞こえる。つまり、ほんの目と鼻の先の距離だ。

「仕事をしてくれないと困るんだ、君は優秀な衛星情報分析官だろう?」

 角を曲がると、キエフがすぐそこに立っていた。右手の麻痺光線銃をJJに向け、ダリルの方へは医療用メスを向けていた。ダリルは、こいつは右利きなのか、左利きなのか、と考えた。両手を同じ様に使えるとしても、同時に別の武器を使うのは難しいだろう。
 JJは分厚い書物を手に取っていた。遺伝子をテーマにした古い小説集だ。キエフが異常な行動を取っていると理解しているが、相手にしたくないと言う顔で、ダリルを見た。

「あんたなんかに指図されたくない。」

とキエフが言った。目に隈が出来ている。病人みたいだ。きっと心の病気なのだ。

「君が私の指図を受けたくなくても、私はチーフの意向を君に伝えないといけない。チーフは君に職務の遂行を望んでいる。もし君が拒否するのなら、君をチームに置いておけないと言っている。」
「嘘だ!」

 キエフの注意がJJから完全にダリルへ移った。メスをぐいっと突き出してきた。

「チーフはあんたなんか連れて来るべきじゃなかった。あんたが来てから、チーフの身に良くないことばかり起きる。あんたは疫病神だ!」
「だったら、私をドームから追い出してくれれば良い。いつでも喜んで出て行くから。」
「そんなことをしたら、チーフがまた苦しむじゃないか!」

 ダリルはクスッと笑った。

「君は支離滅裂だなぁ。キエフ・ドーマー・・・」

 彼の笑顔が、キエフの怒りを頂点に持っていった。キエフは野獣の様な声を張り上げてダリルにメスで斬りかかった。勿論、ダリルはそれを待っていた。メスをひょいっとかわすとキエフの左手首を掴み、軽く捻った。捻りながらキエフの銃を持つ腕をもう片方の手で打った。キエフが悲鳴を上げながら床に崩れた。銃が床に大きな音をたてて落ちた。その上にキエフのお尻が落ちた。
 咄嗟にダリルは何が起きるか悟り、叫んだ。

「目を閉じろ!」

 現場近くまで来ていた保安課のゴメスと部下達は、書架の向こうで閃光が見え、思わず顔を伏せたり背けたりした。ゴメスが叫んだ。

「セイヤーズ、無事か?」
「私は無事です。」

ダリルは目を開いた。瞼の内側まで光りが押し寄せた感覚で、少しふらっときていた。JJを見ると、少女は手にした分厚い小説集を顔の前にかざしていた。

「大丈夫か、JJ?」

 JJが胸ポケットの翻訳機の電源を入れた。

「大丈夫よ、ダリル父さん、 有り難う!」

一人だけ、大丈夫ではない男がいて、床でピクピク体を痙攣させながら伸びていた。
ゴメスと保安課員達がやって来た。キエフを見下ろして、ダリルに尋ねた。

「何をやったんだ?」
「挑発して私を襲わせました。手を捻ったら、彼は銃を落として、その落ちた銃の上に彼は尻餅をついたんです。銃が暴発しました。」

 キエフを診ていた保安課員が、「麻痺しているだけです。」と報告した。ゴメスは部下にキエフを医療区へ運び、拘束するようにと命じた。
キエフを運ぶ為のストレチャーと共に、ポールが現れた。ダリルに「よくやった」と労ったが、ダリルはその場に立ったまま頷いただけだった。JJもいつもの様にポールに飛びつきもしないで、突っ立っていた。

「2人とも、どうしたんだ?」
「どうも・・・」

とダリルは言った。

「ちょっと麻痺光線を浴びて、脚が痺れて動けないだけだ。」

JJも頷いた。

「そうなの、2人ともビリビリなの。」


2016年11月1日火曜日

新生活 21

 緊急メールの内容は、図書館で発砲あり、と言うものだった。
ドーム内で「発砲」とは、麻痺光線銃の使用しか考えられない。外で使用されている火薬を使った銃器は持ち込み禁止だ。麻痺光線は殺傷能力はないが、撃たれた人の健康状態によっては命取りになる場合もある。
 ダリルは端末を操作して監視カメラの映像を取り込んだ。ポールはそれを横目で見る。

またやってはいけないことをやりやがって・・・

 しかし口に出さずに、ダリルの端末を覗き込んだ。ダリルが発砲事件現場を探してカメラを選択した。館内を数人が走って行く。利用者が発砲に驚いたか、警報を聞いたかして、避難しているのだ。次のカメラは無人の書架スペースだ。次は閲覧室。別の書架スペース・・・6台目のカメラが、男の姿を捉えた。
 髭面の細身で長身の男だ。右手に銃、左手に刃物を持っていた。ポールが呻いた。

「サーシャの野郎、何をやってるんだ?」

 ダリルは通路の奥にもう一人立っているのに気が付いた。ズームアップすると、見覚えがある少女だった。

「彼はJJに近づいている。」

 ダリルとポールは顔を見合わせた。そして次の瞬間には同時にオフィスから跳びだしていた。
 図書館は中央研究所と教育棟の間の緑地帯の地下にある。入り口は既に保安課によって封鎖されていた。 ポールがゴメス課長に駆け寄った。

「少佐、一体何があったんだ? キエフが発砲したんだろ?」

 ゴメスは発砲した犯人の上司を振り返った。犯人の氏名を公表した覚えはないが? と思ったのだが、ポールの後ろにダリルが居るのを見て、得心した。

 またやりおったな、此奴・・・

 しかし、ダリルのささやかな「悪戯」はこの先も続くだろう。本人が無意識のうちに。
ゴメスはダリルを無視することに決めて、ポールに事件を説明した。

「ベーリングの娘が保安課の監視と共に図書館に来たのだが、キエフ・ドーマーが観察棟から出たところから尾行していたそうだ。あの男の奇行は知られているから、監視員は警戒しなかった。館内に入って、少女が書架の間を歩いていた時に、キエフが銃を出して近づいた。監視員が接近禁止だと告げると、彼はいきなり撃ってきた。しかし監視員が防護服を着用していたので、効果がないと悟ると、今度は刃物を出した。医療用メスだ。それを振り回し、監視員を少女から引き離してしまった。」
「娘と監視員の間に入られたんだな?」
「保安課の責任者として申し訳なく思っている。キエフは通路の曲がり角の向こうにいて、こちらから麻痺光線で撃つには難しい角度に位置を取っている。こちらから無理に行くと、彼が少女に危害を加える恐れがあるので、説得して投降させようと考えているのだ。」
「何故キエフはJJを尾行したんだ?」

 すると、横にいた保安要員が、「嫉妬でしょ」と言った。ポールが彼を振り返ると、保安要員は彼なりのキエフの分析をした。

「昨日、パパラッチサイトに、貴方と少女のデートの写真が載ったじゃないですか。あの髭男は嫉妬に狂ったんですよ。」
「あれはデートなんかじゃない!」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ、ポール。」

 ダリルが図書館の入り口に向かって歩きながら言った。

「私が行ってキエフを抑えてみるよ。」
「馬鹿な!」

 ゴメスが慌てた。キエフが種馬セイヤーズを傷つけたら、保安課が責任を取らされる。ダリルを追いかけようとすると、逆にポールに彼が引き留められた。

「行かせてやれ。セイヤーズなら大丈夫だ。」

 ゴメスはポールの目を見た。ポールは普段通りの落ち着きを取り戻していた。

「キエフが正気を失っているのなら、こっちの方が有利なんだ。」


新生活 20

 秘密を抱いていることを秘密にしなくて良くなったので、ダリルは幾分気が楽になった。そのせいでもないが、翌朝、寝坊した。目が覚めると、隣のベッドは既に空っぽでベッドメイキングさえしてあった。彼は慌ててベッドから飛び出し、顔を洗うのももどかしく着替えを済ませた。キッチンには何もない。水だけ飲んで、遺伝子管理局へ走った。
世間はすっかり日常の慌ただしさで、本部に入ると職員達が忙しそうに歩き回っていた。
 ポールのオフィスのドアをそっと開けると、チーフは電話中だった。ダリルは足音を立てずに自身の机に忍び寄り、席に着いた。コンピュータのファイルを開き、業務を始めるのを、ポールが電話で喋りながら横目で見ていた。
 ダリルの耳にようやくポールの話し声が言葉として入って来た。

「・・・ええ、元気ですよ。今し方出勤してきました。・・・病気じゃありません。ただの寝坊です。」

 ダリルは己のことが話題になっていると気が付いた。相手は誰だ?

「・・・どうして起こさなかったのかって? 起こそうとしましたよ、10回も声を掛けたんです。・・・あのですね、寝ているセイヤーズの体を揺すって起こすなんて、自殺行為なんですよ。俺はガキの頃、何回殴られたか、覚えきれませんよ。・・・そうです、自然に目覚める迄ほっとくのが一番なんです。だから、朝の食堂に彼が来なかったからと言って、副長官が心配なさる必要はないんです。」

 なんとなく話の概要がつかめた。朝食会にダリルの姿がなかったので、執政官の誰かが心配して副長官に報告したのだ。ダリルの健康は中央研究所にとって重要課題だ。人類の未来が懸かっている種馬が健康を損なっては困るのだ。
 ポールが電話を終えたので、ダリルは遠慮がちに「おはよう」と声を掛けた。ポールは返事の代わりに、「髪の寝癖をなんとかしろ」と言った。

「かねてから疑問に思っていたが・・・」

とポールがコンピュータの画面を見ながら言った。

「朝寝坊の常連だった君がよく子供の躾けをやってのけたもんだ。」
「山の家では、時計はなかったんだ。日が昇ると起きて、沈むと寝た。」
「自由気ままに暮らしていた訳だな。」
「・・・まあね。」
「ドームに戻ったんだから、ドームの生活リズムに早く馴染め。ライサンダーはラムゼイの家できちんと早朝に起きていたぞ。」
「了解、チーフ。努力する。」

 ダリルが仕事をしていると、ポールが席をたって部屋の奥にある休憩スペースに行った。そこで湯を沸かし、お茶を淹れると、ダリルの机にビスケットと共にカップを置いた。

「どうせ朝飯は食ってないのだろう? それで昼迄我慢しろ。」
「有り難う。」

 熱いお茶とビスケットと軽く脳を使う仕事のお陰で頭がはっきり覚醒してきた頃、事件が起きた。
 そのことが起きた時分に、ダリルはアメリア・ドッティに電話を掛けていた。
アメリアはダリルが用件を告げると、「またお仕事なの?」と不満そうに言った。「申し訳ない」とダリルは謝った。

「しかし、上司がどうしてもこの国のトップとお話したいと言うもので・・・」
「ああ、本命は従兄のハロルドだったのね。」

ダリルは目を閉じた。大統領ハロルド・フラネリーがメーカーと通じているなどと想像すら出来ないが、母親がトーラス野生動物保護団体の会員なので、その家族の思考も読みたい、とポールが言い出した。ハロルドはアーシュラ・R・L・フラネリーの長男で、父親の葉緑体毛髪と政治能力を受け継いでいる。恐らく、母親からは接触テレパス能力をもらっているはずだ。考えたら、ハロルドとポールは、顔が母親似か父親似かと言うだけで、「ほぼ同じ」ものを遺伝している兄弟だ。

「一両日中にお返事を差し上げます。」

とアメリアが言った。

「ところで、面会は伯父の別荘で行って頂くことになるでしょう。少し遠いですよ。」
「かまいません。そちらのご都合に合わせて参ります。日時と場所はそちらにお任せします。」
「今回は誰がご一緒されるのかしら?」

そう言えば、アメリアはポールがお気に入りだった。ダリルは、「上司です」と言ってから、言い添えた。

「ご存じの、レインですよ。」
「まあ!♪」

アメリアの声のトーンが上がった。

「伯母の秘書が気に入った南米系の方も来られます?」
「ああ、クロエルは今回は行きません。彼は中米勤務が本業なので・・・」
「あら、残念! とっても魅力的な方だとお聞きしましたのに。」

アメリアは電話口で笑った。

「でも、貴方お一人で来られても、大歓迎ですからね、ミスター・セイヤーズ!」

電話を終えて、ダリルはポールに、「交渉しておいたぞ」と報告した。

「まるで遊びに行く約束みたいだな。」

とポールが笑った時、緊急を告げるメール着信音が2人の端末から同時に聞こえた。