アレクサンドル・キエフ・ドーマーの処分は、「ドーム追放」と決まった。犯罪者としてではなく、精神疾患が理由で、国の療養施設に送られるのだ。遺伝子に精神障害の因子はなかったが、何が原因なのか不明と書類に記載された。恋に破れて嫉妬に狂ったとドーム内の人々は信じているが、誰も口に出さなかった。
ポール・レイン・ドーマーは自身の美貌が他人の人生を狂わせる程のものだとは到底信じられず、キエフの才能を惜しみはしたが、キエフと言う人間の行動はただ迷惑だと思っていたので、この事件については早々に忘れたかった。
もっとも、ドームの執政官達は、彼の美貌について、昔から問題が起きていたことを忘れなかった。
「レインは早晩『通過』を体験させて、普通に歳を取らせるのが良いだろう。」
「それはあまり意味がないと思う。彼の親兄弟を知っているだろう? 綺麗な小父さんになっているぞ。」
「髭でも伸ばさせたらどうだろうな?」
「髭は外で仕事をするドーマーには禁止だろうが。キエフは内勤が多かったから生やすことを許していたが、外で髭に雑菌やゴミを付けたままドームに帰ってこられると困る。」
「それなら髪の毛も同じではないか?」
「レインに髪の毛はない!」
ケンウッド長官は、ポール・レイン・ドーマーの外見に問題があるとは思わなかった。先日医療区でポールを見舞って知ったことだが、あのドーマーは無愛想に見えて実際は他人に優しいのだ。嫌いな相手にもそれなりに気配りをしてやる。だから、リン元長官はポールが自分に媚びていると誤解し、キエフは自分に目を掛けてくれていると信じ込んだ。
長所なのにマイナスの方向に働いていると言うだけなのだ。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーを取り戻して以来、ポールは少し変化した。ダリルを再び失うことを恐れて彼を守ろうと必死だ。しかし、守っているつもりで、実はダリルに守られているのが、ケンウッドにははっきり見える。ダリルは破天荒で脳天気なところがあるが、息子を1人育てた経験がある立派な大人だ。周囲の状況を常に冷静に把握している。他人が次に何をするか推測出来るし、それに対処出来る。ポールを災難から遠ざけることを自然にやってのけるのだ。
そのコンビが、ここ数日少しぎくしゃくしている。仲が良いのは変わらないが、お互いに距離を置いている。ポールはダリルに触りたいが、ダリルは触らせない。秘密を抱えているからだ。ケンウッドはその秘密の内容を知っているので、ダリル以上にはらはらしていた。今はまだポールに教えられないから。
ダリルは、アメリア・ドッティにフラネリー家との面会の交渉を依頼したと報告した。しかし、アメリアから日時の連絡はまだ来ていないようだ。
ドームの外では、新たに不愉快な事件が発生していた。クローンの人権擁護運動をしている団体に、クローン撲滅運動をしている過激派がテロを仕掛けたのだ。その報復に、別のクローン擁護を標榜する過激派が、警察のクローン収容施設を襲撃して収監されていた子供達に死傷者が出た。この新手の組織は「クローンの友」FOKと名乗った。
「子供を殺しておいて、何が友だ!」
ポールがハンドルを操りながら毒づいた。警察の収容施設には、遺伝子管理局が保護した子供もいたのだ。クローンの子供に多い虚弱体質とは言えず、充分健康を保っている子供達が、親が処罰を終えて釈放される迄、ドームではなく外の施設で暮らす。襲われた施設はその手の中規模のもので、子供達は親が迎えに来てくれると知っているので警備も手薄だった。
「連中は子供を盗もうとした。しかし手製の爆弾が予期しない場面で破裂した。自爆テロではなかったらしい。」
ダリルも腹が立っていた。無抵抗の子供を巻き添えにするなんて・・・
遺伝子管理局は殺人や傷害事件には関与しない。飽くまで遺伝子に関する法律違反者を取り締まるだけだ。確保した違反者の保護はドーム内に収容する子供が対象となるだけで、親やメーカー、ドーム外収容の子供は逮捕した後警察に引き渡すと管理局の保護から外される。警察が彼等を守りきれなくても、管理局がとやかく言う立場ではないのだ。それでも、やはり1度は保護した子供を害されると局員は悔しい思いをする。
2人はフラネリー元上院議員の別荘に向かって車を走らせていた。アメリア・ドッティから連絡が来て、やっと「尋問」が出来ることになったのだ。ダリルには気が重いドライブだ。ポールは単純に仕事だと信じているが、フラネリー家はそうは思っていないだろう。彼等の車から少し距離を置いて部下の車が1台付いてくる。チーフと秘書(種馬)の護衛だ。
別荘はこんもりとした森で包まれた小山の中腹に建てられていた。山一つがフラネリー家の庭だ。山裾にゲートがあり、そこで部下の車は留められた。車輌チェックを受ける間、車外で部下達とダリルは世間話をして時間を潰したが、ポールは端末で支局巡りのチームからの報告をチェックしていた。
車輌チェックが終わると、部下達と暫しの別れだ。ポールがローズタウン支局担当者の報告をダリルに伝えた。セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンでは、出張所のリュック・二ュカネンがトーラス野生動物保護団体の下位会員から順番に訪問捜査をしていると言う。アポ無し、抜き打ちで自宅を訪問するので、セレブの会員達は怒って警察に苦情を入れている。警察はドームと揉めたくないし、地元の有力者を怒らせたくないし、で板挟みだ。「元」を強調しているニュカネンだが、やはり思考形態はドーマーのままで、遺伝子管理局が全てに優先すると思っている。有力者が怒ろうが迷惑しようがお構いなしだ。警察が予告訪問を要請しても無視する。
「リュックのヤツ、君の強引さが伝染したようだな。」
ポールが皮肉を言った。
ポール・レイン・ドーマーは自身の美貌が他人の人生を狂わせる程のものだとは到底信じられず、キエフの才能を惜しみはしたが、キエフと言う人間の行動はただ迷惑だと思っていたので、この事件については早々に忘れたかった。
もっとも、ドームの執政官達は、彼の美貌について、昔から問題が起きていたことを忘れなかった。
「レインは早晩『通過』を体験させて、普通に歳を取らせるのが良いだろう。」
「それはあまり意味がないと思う。彼の親兄弟を知っているだろう? 綺麗な小父さんになっているぞ。」
「髭でも伸ばさせたらどうだろうな?」
「髭は外で仕事をするドーマーには禁止だろうが。キエフは内勤が多かったから生やすことを許していたが、外で髭に雑菌やゴミを付けたままドームに帰ってこられると困る。」
「それなら髪の毛も同じではないか?」
「レインに髪の毛はない!」
ケンウッド長官は、ポール・レイン・ドーマーの外見に問題があるとは思わなかった。先日医療区でポールを見舞って知ったことだが、あのドーマーは無愛想に見えて実際は他人に優しいのだ。嫌いな相手にもそれなりに気配りをしてやる。だから、リン元長官はポールが自分に媚びていると誤解し、キエフは自分に目を掛けてくれていると信じ込んだ。
長所なのにマイナスの方向に働いていると言うだけなのだ。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーを取り戻して以来、ポールは少し変化した。ダリルを再び失うことを恐れて彼を守ろうと必死だ。しかし、守っているつもりで、実はダリルに守られているのが、ケンウッドにははっきり見える。ダリルは破天荒で脳天気なところがあるが、息子を1人育てた経験がある立派な大人だ。周囲の状況を常に冷静に把握している。他人が次に何をするか推測出来るし、それに対処出来る。ポールを災難から遠ざけることを自然にやってのけるのだ。
そのコンビが、ここ数日少しぎくしゃくしている。仲が良いのは変わらないが、お互いに距離を置いている。ポールはダリルに触りたいが、ダリルは触らせない。秘密を抱えているからだ。ケンウッドはその秘密の内容を知っているので、ダリル以上にはらはらしていた。今はまだポールに教えられないから。
ダリルは、アメリア・ドッティにフラネリー家との面会の交渉を依頼したと報告した。しかし、アメリアから日時の連絡はまだ来ていないようだ。
ドームの外では、新たに不愉快な事件が発生していた。クローンの人権擁護運動をしている団体に、クローン撲滅運動をしている過激派がテロを仕掛けたのだ。その報復に、別のクローン擁護を標榜する過激派が、警察のクローン収容施設を襲撃して収監されていた子供達に死傷者が出た。この新手の組織は「クローンの友」FOKと名乗った。
「子供を殺しておいて、何が友だ!」
ポールがハンドルを操りながら毒づいた。警察の収容施設には、遺伝子管理局が保護した子供もいたのだ。クローンの子供に多い虚弱体質とは言えず、充分健康を保っている子供達が、親が処罰を終えて釈放される迄、ドームではなく外の施設で暮らす。襲われた施設はその手の中規模のもので、子供達は親が迎えに来てくれると知っているので警備も手薄だった。
「連中は子供を盗もうとした。しかし手製の爆弾が予期しない場面で破裂した。自爆テロではなかったらしい。」
ダリルも腹が立っていた。無抵抗の子供を巻き添えにするなんて・・・
遺伝子管理局は殺人や傷害事件には関与しない。飽くまで遺伝子に関する法律違反者を取り締まるだけだ。確保した違反者の保護はドーム内に収容する子供が対象となるだけで、親やメーカー、ドーム外収容の子供は逮捕した後警察に引き渡すと管理局の保護から外される。警察が彼等を守りきれなくても、管理局がとやかく言う立場ではないのだ。それでも、やはり1度は保護した子供を害されると局員は悔しい思いをする。
2人はフラネリー元上院議員の別荘に向かって車を走らせていた。アメリア・ドッティから連絡が来て、やっと「尋問」が出来ることになったのだ。ダリルには気が重いドライブだ。ポールは単純に仕事だと信じているが、フラネリー家はそうは思っていないだろう。彼等の車から少し距離を置いて部下の車が1台付いてくる。チーフと秘書(種馬)の護衛だ。
別荘はこんもりとした森で包まれた小山の中腹に建てられていた。山一つがフラネリー家の庭だ。山裾にゲートがあり、そこで部下の車は留められた。車輌チェックを受ける間、車外で部下達とダリルは世間話をして時間を潰したが、ポールは端末で支局巡りのチームからの報告をチェックしていた。
車輌チェックが終わると、部下達と暫しの別れだ。ポールがローズタウン支局担当者の報告をダリルに伝えた。セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンでは、出張所のリュック・二ュカネンがトーラス野生動物保護団体の下位会員から順番に訪問捜査をしていると言う。アポ無し、抜き打ちで自宅を訪問するので、セレブの会員達は怒って警察に苦情を入れている。警察はドームと揉めたくないし、地元の有力者を怒らせたくないし、で板挟みだ。「元」を強調しているニュカネンだが、やはり思考形態はドーマーのままで、遺伝子管理局が全てに優先すると思っている。有力者が怒ろうが迷惑しようがお構いなしだ。警察が予告訪問を要請しても無視する。
「リュックのヤツ、君の強引さが伝染したようだな。」
ポールが皮肉を言った。