2016年11月4日金曜日

対面 4

 別荘の書斎はこじんまりとしており、蔵書はある一つのテーマに絞られていた。ドームに関する書籍しかなかったのだ。世界中の、ドームと言うコロニー人が建設した出産施設の存在を不思議に思う人々、あらゆる分野のいろんな立場にいる人々が、想像したり推測したり人づてに聞いたりしたドームの話を書いた書物ばかりが棚にぎっしり詰まっていた。
ポール・フラネリー元上院議員は、元ドーマーだから、ドームの真実を知っている。これらの本は、彼が「世間はドームをどう思っているだろう」と言う好奇心で集めたコレクションだった。
 ポール・フラネリーは恋人を採ってドーマーであることを止めたが、やはり生まれ育ったドームが恋しいと思う時もあるのだろう。
 ハロルド・フラネリーは、使用人にお茶を運ばせた。蒸留水で入れた紅茶だ、とわざわざ断ったのは、ドーマーが蒸留水しか飲まないと言う「伝説」を知っているからだろう。
しかし、お茶に凝っているポールは、軟水の方が紅茶に向いていると知っていたので、お茶を台無しにしたと遠慮無く非難して、ダリルをひやりとさせた。大統領は怒るどころか愉快そうに笑った。

「私の側近の中には、ドーマーが地球人でないみたいに思っている連中もいてね、彼がわざわざ蒸留水のボトルを持って来たんだよ。」
「その人に、2種類の水で淹れたお茶を飲ませてやって下さい。どちらが美味いか、すぐわかるはずです。わからないヤツはクビになさい。」

 少しばかり場の空気が和んだところで、ダリルが本題に入った。

「ドームについてお知りになりたいことは何ですか?」
「決まっているだろう、ドームの本業、地球人に女性を取り戻す研究がどこ迄進んでいるのか、と言うことだ。」
「どこ迄と尋ねられても、遺伝子管理局には答えようがありません。私達は遺伝子学者ではありませんから。」
「わかっているよ。でも、ドームの中に居れば、噂ぐらいは耳に入るだろう? コロニー人達はどんな研究をしているんだ?」

 返事に困ったダリルに代わってポールが答えた。

「まず、染色体の中の何が女性誕生の障害になっているのか調べる研究があります。それから、原因と考えられるものを想定して解決策を考える研究があります。
 あまり良い方法ではありませんが、遺伝子組み換えで女性が誕生した例があります。これはドームではなく、メーカーがやらかした違反行為ですが・・・」
「リンゼイ・・・否、ラムゼイだったか?」
「遺伝子組み換えを行ったのは、ベーリングと言う田舎のメーカーです。」
「田舎のメーカーが女性を誕生させたのか・・・」
「まだほんの少女ですが、体は普通の女性と思われます。彼女が次の世代を生めるのかどうかは、不明です。 ベーリングはラムゼイと少女の争奪戦を行い、組織を壊滅させられてしまいました。遺伝子組み換えの方法や記録が残っていないので、現在は少女を保護しているだけです。」

 ポールは敢えて「女の子を生める男」の存在を語らなかった。ダリルは地球人存亡に関わるトップシークレットだ。ドームの外に居る人間においそれと話せる次元ではない。
 ポールが難しい塩基配列の話をして大統領を烟に巻いている時、ドアをノックした者がいた。ハロルドが、ハッとした様に顔をそちらに向けて、ポールに「授業を有り難う」と言って講義を遮った。ポールは自身も訳がわからないゲノムの話にいい加減うんざりしてきていたので、内心ホッと安堵した。