2016年11月1日火曜日

新生活 21

 緊急メールの内容は、図書館で発砲あり、と言うものだった。
ドーム内で「発砲」とは、麻痺光線銃の使用しか考えられない。外で使用されている火薬を使った銃器は持ち込み禁止だ。麻痺光線は殺傷能力はないが、撃たれた人の健康状態によっては命取りになる場合もある。
 ダリルは端末を操作して監視カメラの映像を取り込んだ。ポールはそれを横目で見る。

またやってはいけないことをやりやがって・・・

 しかし口に出さずに、ダリルの端末を覗き込んだ。ダリルが発砲事件現場を探してカメラを選択した。館内を数人が走って行く。利用者が発砲に驚いたか、警報を聞いたかして、避難しているのだ。次のカメラは無人の書架スペースだ。次は閲覧室。別の書架スペース・・・6台目のカメラが、男の姿を捉えた。
 髭面の細身で長身の男だ。右手に銃、左手に刃物を持っていた。ポールが呻いた。

「サーシャの野郎、何をやってるんだ?」

 ダリルは通路の奥にもう一人立っているのに気が付いた。ズームアップすると、見覚えがある少女だった。

「彼はJJに近づいている。」

 ダリルとポールは顔を見合わせた。そして次の瞬間には同時にオフィスから跳びだしていた。
 図書館は中央研究所と教育棟の間の緑地帯の地下にある。入り口は既に保安課によって封鎖されていた。 ポールがゴメス課長に駆け寄った。

「少佐、一体何があったんだ? キエフが発砲したんだろ?」

 ゴメスは発砲した犯人の上司を振り返った。犯人の氏名を公表した覚えはないが? と思ったのだが、ポールの後ろにダリルが居るのを見て、得心した。

 またやりおったな、此奴・・・

 しかし、ダリルのささやかな「悪戯」はこの先も続くだろう。本人が無意識のうちに。
ゴメスはダリルを無視することに決めて、ポールに事件を説明した。

「ベーリングの娘が保安課の監視と共に図書館に来たのだが、キエフ・ドーマーが観察棟から出たところから尾行していたそうだ。あの男の奇行は知られているから、監視員は警戒しなかった。館内に入って、少女が書架の間を歩いていた時に、キエフが銃を出して近づいた。監視員が接近禁止だと告げると、彼はいきなり撃ってきた。しかし監視員が防護服を着用していたので、効果がないと悟ると、今度は刃物を出した。医療用メスだ。それを振り回し、監視員を少女から引き離してしまった。」
「娘と監視員の間に入られたんだな?」
「保安課の責任者として申し訳なく思っている。キエフは通路の曲がり角の向こうにいて、こちらから麻痺光線で撃つには難しい角度に位置を取っている。こちらから無理に行くと、彼が少女に危害を加える恐れがあるので、説得して投降させようと考えているのだ。」
「何故キエフはJJを尾行したんだ?」

 すると、横にいた保安要員が、「嫉妬でしょ」と言った。ポールが彼を振り返ると、保安要員は彼なりのキエフの分析をした。

「昨日、パパラッチサイトに、貴方と少女のデートの写真が載ったじゃないですか。あの髭男は嫉妬に狂ったんですよ。」
「あれはデートなんかじゃない!」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ、ポール。」

 ダリルが図書館の入り口に向かって歩きながら言った。

「私が行ってキエフを抑えてみるよ。」
「馬鹿な!」

 ゴメスが慌てた。キエフが種馬セイヤーズを傷つけたら、保安課が責任を取らされる。ダリルを追いかけようとすると、逆にポールに彼が引き留められた。

「行かせてやれ。セイヤーズなら大丈夫だ。」

 ゴメスはポールの目を見た。ポールは普段通りの落ち着きを取り戻していた。

「キエフが正気を失っているのなら、こっちの方が有利なんだ。」