2017年10月23日月曜日

退出者 1 - 5

 ケンウッドがセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンに見学に行くと聞いて、リプリー長官は、「遺伝子工学の街だったね」と言った。

「確かクローンで人体の一部を製造して医療に使う治療法が盛んな所だったと思うが?」
「そうです。主に四肢が多いですが、美容整形用の人体パーツを作る業者や、内臓などの高度な物を製造する研究所もあります。」
「それで遺伝子管理局は神経を尖らせて監視しているのだな。」
「ええ。」
「私はかねがね不思議に思うのだが、そんな高度な技術を持つ地球人が、メーカーと言う違法業者になると粗悪なクローンしか作れないのは何故だろう?」
「それは財政的な問題ではないでしょうか?」
「設備投資が乏しいのか?」
「恐らく。」
「粗悪なクローンは短命だ。人工の生命だと言っても、生まれた以上は人間だ。財政的な問題で短い命しかもらえないなんて、あまりにも可哀想だ。」

 リプリーはメーカーを憎んでいる。それはケンウッドも、ドームの執政官もドーマー達も同じだ。だから遺伝子管理局に保護されて観察棟に収容されたクローンの子供達に、彼等は優しい。可能な限り子供達が長く生きられる様に力を注ぐのだ。

「護衛を連れて行くのだろうね?」
「護衛は要りません。遺伝子管理局の若い連中に付いていきます。」

 それなら安心だとリプリーは呟いた。遺伝子管理局の職員は外勤も内勤も武道の鍛錬を欠かさない。戦闘能力では保安課と肩を並べるのだ。
 少し黙って考え事をしてから、リプリーが振り返って言った。

「脱走した若いドーマーはあの街に居ると思うかね?」
「セント・アイブスにですか?」

 ケンウッドはちょっと驚いた。リプリーがダリル・セイヤーズ・ドーマーを気に掛けていたのが意外だった。セイヤーズの脱走を利用して前任者のサンテシマ・ルイス・リンを追放したのだが、それ以降リプリーはドーマーのことはケンウッドに任せっきりだった。リン派の粛正に忙しかったせいもあったが、ドーマーの恋愛問題には無関心だと思えたのだ。

「セント・アイブスに脱走者は隠れないでしょう。遺伝子管理局が絶えず巡回しますからね。」
「そうか・・・」

 リプリーは溜息をついた。

「あのドーマーは直ぐに捕まると思っていたのだがなぁ・・・」
「ハイネ局長は反対に捕まえるのは困難だと思っている様です。セイヤーズは脳天気ですが、利口なのです。」
「セイヤーズの問題はリンの置き土産だな。」

 彼はケンウッドに向き直った。

「何はともあれ気をつけて行って来てくれ。見学だけだぞ、余計なことはするな。遺伝子管理局の注意は守って・・・」
「承知しております。長官は心配性ですね。」

 すると、リプリーはちょっとむくれて見せた。

「私もあの街に1度は行ってみたいのだよ。」

2017年10月20日金曜日

退出者 1 - 4

 ケンウッドはスカッシュコートを出て更衣室に向かった。ハイネが付いて来る。そろそろ夕食を取る時間なのだろう。ハイネがニュカネンの噂を知っているのかどうか、確かめてみたかったが、もし知らなければやぶ蛇になる。だからケンウッドは代わりに言った。

「セント・アイブス・カレッジ・タウンに行こうと思うんだ。」
「セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンですか?」

 ハイネがやんわりと街の正式名称を教えてくれた。ケンウッドは苦笑した。若いドーマー達が略して「セント・アイブス」や「セント・アイブス・カレッジ・タウン」と呼ぶので、それが本当の名前だと思い込んでしまっていた。

「うん、遺伝子工学の研究が盛んな学術研究都市だ。どんな所か1度見ておきたくてね。」

 ドームの外に出たことがないハイネはそれにはコメントしない。ケンウッドはニュカネンに声を掛けた理由を作った。

「ニュカネンのチームの担当地区だと聞いていたので、彼に同行させてもらえないか、訊いてみたんだ。彼はチームリーダーに問い合わせてみると答えた。」

 彼はハイネの反応を伺う様に尋ねた。

「かまわないよな?」

 ハイネが横目で彼を見た。

「私の許可が必要な次元の話ではありませんね。」
「そうかね?」
「貴方のお仕事ですから、貴方が決定なさればよろしい。遺伝子管理局がどうこう言う必要はありません。執政官の要請に局員が断る理由はありません。ただの見学でしょう?」
「うん・・・」
「地球人の生活に干渉なさるのでなければ、誰も文句言いませんよ。ですが、気をつけて下さい。コロニー人に良い印象を持っていない地球人もいますから。」
「わかった。」

 更衣室には既にニュカネンの姿はなく、ケンウッドとハイネはシャワーを浴びて着替えた。ハイネがケンウッドの筋肉を褒めたので、ケンウッドはちょっと照れた。重力に耐える体を創っているだけなので、スポーツ体型ではないと言い訳した。ドーム生活が長いコロニー人は皆一様に筋肉を鍛えている。女性でも筋トレは欠かさない。
 2人は一般食堂へ行き、そこでヤマザキ医師と合流して夕食を共にした。ヤマザキと同席する時は、ハイネはなるべくチーズを我慢している。うっかり大量に摂ると叱られるからだ。だからと言ってヤマザキを避けたりはしない。友人は大好物より優先するのだ。

「あと一ヶ月だね、ハイネ。」

とヤマザキが思い出したように言った。ケンウッドはすぐ何のことかわかったが、ハイネはぽかんとして医師を見た。

「何がです?」
「これだもの・・・」

 ヤマザキは肩をすくめてケンウッドと顔を見交わした。

「キーラ・セドウィック博士が退官する日だよ。」

 出産管理区の責任者、キーラ・セドウィック博士は30年余りのドーム勤務に終止符を打ち、月へ行くのだ。そこで地球人類復活委員会執行部勤務の神経科医師ヘンリー・パーシバルと結婚する予定だった。双方共に50歳を越えたが、初婚だ。
 ああ、と気のない返答をしたハイネにヤマザキは溜息をついた。ハイネはキーラの実の父親だ。しかし、ドーマーとして育ったので、家族と言うものを知らない。キーラが娘だと言うことは頭で理解しているが、感情的には友人の1人と言う認識しかない。
 キーラは1年前、重力障害で退官を余儀なくされたパーシバルから求婚された。彼女も彼に興味を抱いていたので、承諾したかったのだが、仕事があった。彼女は既に1年分のクローンの赤ん坊の取り替え子のスケジュールを立ててしまっており、責任者としてリストの最後の子供を無事に世間に送り出す迄は、現場を離れたくなかった。パーシバルも彼女の性格を承知しており、2人は婚約して月と地球の長距離恋愛を1年間続けてきた。
 キーラがローガン・ハイネ・ドーマーの娘であることを知っているのは、ケンウッド、ヤマザキ、パーシバル、そして引退したドーマーの終の棲家である「黄昏の家」に住む先代の遺伝子管理局長ランディー・マーカス・ドーマーだけだ。他の人々は、ハイネによく似たこの女性を、ハイネの母親のオリジナルであるコロニー人の血縁者だと思っている。もし真実が世間に暴露されれば、大スキャンダルだ。ドーマーがコロニー人に子供を産ませた、と言う事実よりも、キーラの母親が地球人を誘惑したと考えられてしまう。事実そうなのだが、地球人保護法に違反した研究者として、マーサ・セドウィックの評判は落ちてしまうし、キーラも社会的に無事では済まなくなる。ローガン・ハイネは宇宙でも有名なのだから。
 キーラ・セドウィックは、白い髪のドーマーとはあかの他人として、宇宙へ戻って行く予定だ。ドームを退官すれば、まず戻って来ることはない。パーシバルの様に巡回診察の仕事がある人間は希なのだ。
 2度と娘に会えなくなる、と言う認識がハイネには欠如している様だ。
 
「寂しくなるだろうね。」

とケンウッドが振ってみたが、ハイネは「次の出産管理区長が来ますよ」としか言わなかった。


2017年10月18日水曜日

退出者 1 - 3

 ケンウッドは夕方、運動施設へ行った。リュック・ニュカネン・ドーマーがスカッシュをすると聞いたからだ。取り敢えず運動着に着替えてスカッシュ競技場へ行くと、先客が数人いた。見ると、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長と数名の年齢がばらばらのドーマー達で、ハイネが若い連中にスカッシュを教えているところだった。運動施設に居る時のハイネは大概独りで何かをしていることが多い。今日の様に数人に取り囲まれて何かを教授している姿を見るのは珍しかった。

 そう言えば、スカッシュの教官って見たことがなかったなぁ・・・

 ケンウッドは気が付いた。スカッシュの教官はハイネなのではないか? ドーマー達は真剣に彼の説明を聞いていた。ハイネがラケットの持ち方や構え方を話している。ケンウッドは微笑ましく思いながら競技場を見廻し、休憩スペースで座っている若者を見つけた。ハイネと取り巻きを見ているが、仲間に入っていかないのだろうか? 入りたくないのか、入る必要がないのか?
 ケンウッドは若者に近づいて行った。

「やぁ、ニュカネン・ドーマー、君はスカッシュをするのか?」

 声を掛けると、ニュカネンはビクッとして振り返った。そして執政官だと気づくと急いで姿勢を正した。ケンウッドは苦笑した。

「ここではドーマーも執政官もないだろう? 楽にしたまえ。」

 ニュカネンはバツが悪そうに立ち上がって、こんばんは、と挨拶した。

「副長官もスカッシュをされるのですか?」
「否、私はやらない。君が1人で居るのが目に入って、来てみたんだ。他の人はみんなでハイネ局長に教えてもらっている様だが、君はいいのかい?」
「僕は、ルールを知っていますし、訓練所の頃からスカッシュの経験がありますから。」
「では、あそこで教えてもらっているのは、初心者なのか。」
「そうです。」
「ハイネが教官をしていたとは、知らなかった。」
「局長は教官ではありません。」

とニュカネンが真面目に答えた。

「偶々練習をしていた初心者に局長がアドバイスをなさったら、他の人達が集まって来て、局長に教授を請うたのです。」
「そうか・・・局長も苦労だな。」

と言いはしたものの、ケンウッドの目に映るハイネは楽しそうだった。若い連中の相手をすることが面白いのだろう。
 しかし、目の前の若いニュカネンは面白くなさそうだった。

「君は競技場が空くのを待っているのかね?」
「そのつもりでしたが・・・」

 ニュカネンは立ち上がった。

「そろそろ夕食の時間ですので、これで失礼します。」

 ハイネの取り巻きに混ざって一緒に楽しむ気はさらさらなさそうだ。ケンウッドは折角の会話のチャンスを逃したくなかったので、咄嗟に思いついたアイデアを出してみた。

「セント・アイブス・カレッジ・タウンを1度見学してみたいのだが、君のチームの担当地区だったよな?」
「そうですが?」
「君の次の支局巡りの時に同行しても良いかな?」

 ニュカネンの顔に困惑が浮かんだ。副長官の要請を拒むのは失礼だと思われたし、彼の地位で断る権限はあるだろうか、と考えたのだろう。さらに彼の一存で承諾することが出来るのだろうか。

「チームリーダーに訊いてみます。」

 優等生らしい返答だった。自力でなんとか都合をつけようと言う気はないのだ。
ケンウッドは、急がなくて良いからね、と言って若いドーマーを解放してやった。恐らくニュカネンの性格なら急ぐ必要がなくても急いで答えを出そうとするだろう。
 競技場から出て行くニュカネンを見送って、それからコートに視線を戻すと、いつの間にかハイネ局長がそばへ来ていた。初心者達に実技練習をさせて、自身は副長官の相手をするつもりだ。

「こんばんは、副長官。何かご用でしょうか?」

 ケンウッドは苦笑した。局長は自意識過剰じゃないか?

「君に用があって来た訳じゃないさ。」

 ほうっとハイネは呟き、先刻部下が出て行ったドアを見た。

「するとニュカネンに用でしたか。」
「誰かに用がなければ、ここに来てはいけないのか?」

 ケンウッドはわざと意地悪な言い方をしたが、局長は気を悪くした様子はなかった。
ハイネは副長官を眺めて言った。

「ニュカネンはスカッシュをやらないのです。貴方もなさらないでしょう? それなのに、ここに居る・・・ご用があったのではないですか?」
「ニュカネンはスカッシュをやらない? 彼は以前からしていると言ったぞ。」
「以前はね・・・彼は入局以来していません。このコートに入ったことがないのです。」
「そうか・・・では彼は君に何か話したかったのかも知れないな。」




2017年10月15日日曜日

退出者 1 - 2

 ポール・レイン・ドーマーとリュック・ニュカネン・ドーマーは同じ部屋で育った同年齢の子供達で、レインがニュカネンより半年早く生まれていた。同じ部屋には他にも8名の子供が居て、レイン、ニュカネン、そしてレインに遅れること1日の差で生まれたダリル・セイヤーズ・ドーマーの3名が最年長、1歳年下のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーの4名が遺伝子管理局に入局した。彼等は「部屋兄弟」と呼ばれる間柄なので、仲良しであるべきなのだが、本当の兄弟でも仲が悪い人々が居る様に、ドーマー達にも馬が合う合わないがあって、真面目なニュカネンは脳天気なセイヤーズといつも仲違いした。そしてセイヤーズにぞっこんのレインは、当然ながらニュカネンを敵視したので、誰にでも懐くワグナーはそんな兄貴達の関係に頭を悩ませていた。
 ワグナーは接触テレパスのレインにニュカネンの様子がおかしいと相談したかったのだが、レインはニュカネンの顔を見るだけでもイライラするので、言い出せなかった。それにレインは他人の恋愛より自身の恋人の捜索で頭がいっぱいなのだ。セイヤーズが脱走して2年以上経つが、まだ彼の行方はつかめないでいた。
 ケンウッドは堅物ニュカネンが恋愛をしていると聞いて、信じられない思いだったが、真面目な青年だからこそ真剣に恋をしているのかも知れないと思い直した。

「君は相手の女性を知っているのか?」
「はい・・・恐らく、セント・アイブス・カレッジ・タウンの市役所で働いている女性です。」

 セント・アイブス・カレッジ・タウンは中南部にある学術研究都市だ。主に遺伝子工学を中心とする大学で、野生生物のクローン製造と繁殖に実績がある。遺伝子管理局はセント・アイブス・カレッジ・タウンから北へ車で1時間ほどの所にあるローズタウンに支局を置いている。そこからセント・アイブスの大学や遺伝子関連の民間研究施設などの監視を行っているのだ。支局巡りをする局員も時々大学街を視察する。遺伝子管理法に違反する研究が行われていないか、抜き打ちで検査するのだ。そして検査結果を市役所に通知する。違反項目があれば、市役所は警察に通知して捜査が入る。
 ニュカネンの恋は、その業務の中で始まったに違いない。

 ドーマー達は日常生活でコロニー人の女性としか接触しないので、地球人の女性が新鮮に見えるのだろう。

 堅物故に、なおさら・・・とケンウッドは若者の恋を想像した。彼はワグナーにさらに尋ねた。

「チームリーダーは知っているのかね?」
「いいえ。」
「すると局長も知らないのだな?」
「はい・・・局長にこんなレベルの低い相談は出来ませんから・・・」
「そうかな・・・」

 ケンウッドはクスッと笑った。ワグナーはハイネ局長にも恋愛で悩んだ若き日があったことを想像すらしていないのだ。

「ニュカネンがどこまで真剣なのか、知っておかねばならないだろうな。」
「僕が心配なのは、そこです。リュック兄が遊びで女性と付き合うとは到底思えません。」

 確かに、これは大問題だ。

退出者 1 - 1

 アメリカ・ドーム副長官ニコラス・ケンウッドは遅い昼食を一般食堂で摂っていた。彼は昼の混雑時を避けていつも遅めに行くのだが、その日はなんとなく食堂内がざわついていた。見ると、ドームのアイドル、遺伝子管理局のポール・レイン・ドーマーが同僚と食事をしており、その周囲にコロニー人達による彼のファンクラブが陣取っているのだった。レインはあまり嬉しくないだろうが、ファンクラブは彼が目の前に居るだけで幸せなのだ。美しい地球人達・・・ドーム内で醜男を見つけたら、それはコロニー人だ、と言う冗談が通るほど、ドーマー達は容姿が整っている。勿論、そう言う遺伝子を持つ親から生まれてくる子供を選んでドーマーにしているのだから当然だが、たまには外れも居たりする。だがケンウッドは容姿よりも人間性を見て、綺麗だと思う。ドーマー達は世俗の欲得から遠ざけられて育つので、心根が良い。だが、レインは・・・
 ポール・レイン・ドーマーには厄介な能力がある。母親から遺伝した接触テレパスだ。肌同士を触れあうだけで相手の思考を読み取ってしまう。だからレインは他のドーマーと違って人間の心の奥底まで見てしまう。あの若者が年齢の割に妙に老成して見えるのはそのせいだ。ハッとするほど美しいが、その薄い水色の目はとても冷たい。正直なところ、ケンウッドは彼があまり好きではない。レインのせいではないが、レインが持つ計算高さがケンウッドに警戒心を抱かせるのだ。
 ケンウッドがテーブルを確保して食事を始めて間もなく1人の若者が近づいて来た。レインのテーブルに居た男で、遺伝子管理局の若手局員クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーだった。大柄な男で、頑健な体をしているが、性格は優しくて素直なので執政官の間では好評だ。先輩局員達からも可愛がられている。特にレインは同じ部屋の「兄弟」と言うこともあるだろうが、いつも一緒に居た。そのワグナーが1人トレイを持ってケンウッドのテーブルにやって来た。

「こんにちは、副長官。ご一緒してよろしいでしょうか?」

 少しはにかみながらも真っ直ぐに顔を向けて聞いて来た。ケンウッドは笑顔で答えた。

「かまわないよ。何か相談事かな?」

 1年前は、このドームにケンウッドの親友ヘンリー・パーシバルと言う遺伝子学者が居た。彼は美男子好きで有名で、レインを始めとする何人かのドーマー達のファンクラブを作って若者達の仕事を応援したり、人生相談に乗ってやっていた。パーシバルが残念なことに重力障害と言う、地球の重力に負けて心筋を弱らせてしまう病気に罹ってしまって宇宙に帰ってしまったので、それまで彼の保護を受けていたドーマー達はケンウッドを頼る様になったのだ。ケンウッドは人生相談が出来るほど人生経験が豊かだと自身では思っていなかったので、仕事の便宜を図ることで彼等を応援してやった。それで、ドーマー達の間では、ケンウッド副長官は頼りがいがあるコロニー人だと言う評判になっていた。
 ケンウッドはワグナーの相談事は恋愛問題ではないかと思った。ワグナーには希少な女性ドーマーの恋人が居るのだ。キャリー・ジンバリスト・ドーマーと言う、彼と同年齢の精神科のインターンをしている女性だ。彼女は正式な医師免許を取る勉強に励んでいて、最近はデートの時間が取れない、と指導医師が言っていった。
 しかし、彼の正面に座ったワグナーは意外な名前を出した。

「僕のことじゃないんですけど・・・リュック兄なんです。」

 一瞬誰のことを言っているのか、ケンウッドはわからなかった。ドーマー達は多いし、遺伝子管理局の局員全員を知っている訳でもない。名前は記憶にあっても顔とつながらないこともある。ケンウッドがきょとんとした表情をしてしまったので、ワグナーは聡い若者らしく、言い直した。

「局員のリュック・ニュカネン・ドーマーです。」

 姓を聞いて、やっと名前と顔が一致して思い出せた。訓練所で教鞭を執っていた頃、ひどく堅物の若者が居た。規則は必ず守り、教官の言葉には絶対に従う、授業中の私語は慎み、仲間を叱ることもあった。同じ部屋兄弟のダリル・セイヤーズ・ドーマーの脳天気さが気に食わずに喧嘩もした。教官達の間で「堅物ニュカネン」で知られていた。遺伝子管理局に入ってからは、真面目に任務をこなしているが、ハイネ局長によると「全く面白くない報告書を書くヤツ」らしいのだ。
 堅物だが問題児ではない・・・。

「ニュカネンがどうしたのだね?」
「最近様子が変なんです。」

 ワグナーはテーブルの上に上体をかがめる様にケンウッドに顔を寄せて囁いた。

「ドームの外に気に入った女性ができたみたいで・・・」
「!」

 ケンウッドはぎくりとした。ドーマー達がドームの外の人間と恋に落ちることは過去に何度か事例があった。ドーマー達にはドーム内で行われている業務について黙秘する義務がある。恋愛はその守秘義務を崩す可能性を秘めた事案だった。

「堅物ニュカネンが恋をしているのか?」

 ケンウッドが小声で確認すると、ワグナーもさらに声を顰めた。

「まだ確認は取っていませんが・・・」

 ケンウッドはポール・レイン・ドーマーをちらりと見た。

「レインは知っているのか?」
「まだです。」

 ワグナーは困惑の表情になった。

「ポール兄とリュック兄は犬猿の仲ですから・・・」


2017年10月9日月曜日

Break 13

登場人物紹介

グレゴリー・ペルラ・ドーマー

遺伝子管理局長第1秘書。
局員時代、「死体クローン事件」捜査中にサタジット・ラムジーの罠にはまって重傷を負い、内勤業務に転属を余儀なくされた経歴を持つ。
その時に事情聴取したローガン・ハイネ・ドーマーに気に入られ、ハイネの局長就任と共に第1秘書に迎えられた。
誠実な人柄で、ハイネに献身的に尽くすが、恋人が病気で余命が長くないと知ると引退して介護することを選択する。
第1秘書は遺伝子管理局の秘書達の中で唯一部下に命令を下せる役職。
ハイネはカディナ病を発症し、意識を失う直前にペルラに業務引継を行った。この時ペルラに全権を委任したのだが、ペルラは決してそれを口外せず、局長裁断が必要な重要事案は全て第2秘書との相談で処理した。


ジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマー

遺伝子管理局内部捜査班チーフ 兼 リプリー長官の第1秘書
所謂、執政官に付いているドーマー側のスパイである。
リプリーが副長官時代は暇だったのでハイネの幽閉部屋に来たりしていたが、主が長官になると多忙になった。リプリーが本部に出した内部告発の資料はロッシーニが部下に集めさせたもの。さらに言えば、ロッシーニに指図を出したのはペルラ・ドーマーである。
ペルラとロッシーニはハイネが昏睡状態から覚めた時にこの処置を報告し、続行を命じられた。(これは物語の中では言及されていない。)


エイブラハム・ワッツ・ドーマー

ドーム維持班総代表。
本業はドームの施設メンテナンスの職人、つまり「大工の頭領」である。
年齢はハイネより10歳下だが、間の年齢のドーマーがいないので、「すぐ下」となる。
従って、ハイネとは仲が良い。
頭領らしく落ち着きがあって、容姿もハイネより年上に見える。
ワッツがドラマーを担当するバンド「ザ・クレスツ」はロックバンドだが、パーシバルの送別会ではジャズを演奏した。


ジョージ・マイルズ・ドーマー

一般食堂の司厨長。
彼の本名が呼ばれたのは物語の中で1回だけである。普段はみんなから「司厨長」と呼ばれている。
料理の腕前には自信があるが、ローガン・ハイネ・ドーマーとチーズを巡って喧嘩をするのが生き甲斐になっている。
ハイネが幽閉を解かれ、3年振りに彼が作ったラザニアを根こそぎ取ろうとしたので怒鳴りつけたが、後で相手がハイネだとわかって感激の余り泣いた。


ダニエル・オライオン 元ドーマー

ローガン・ハイネ・ドーマーが3歳の誕生日に何が欲しいかと執政官に訊かれ、無邪気に「弟が欲しい」と答えたためにドーマーとして採用された赤ん坊。
ハイネはこの弟の人生に責任を感じ、心から慈しんで可愛がった。しかし、成人して局員として外の世界に出たオライオンは、広大な外の世界に夢中になり、その魅力をハイネに語ってしまった。それはハイネを篭の鳥として大切に育ててきた執政官達には許せぬ行為であったため、オライオンは外に出されてしまった。そのことがハイネの以後の人生に暗い陰を落とすことになってしまった。
2人が再会出来たのは、オライオンを追放した執政官の最後の1人が宇宙へ還った後であり、ハイネもオライオンも60歳を過ぎていた。
外に出た後のオライオンは警察の鑑識課で働き、やがて出世して連邦捜査局科学捜査班の主任となり、ドームへの業務上の出入りが許されたのだ。
79歳で老衰で亡くなった。ケンウッドが生前のオライオンと面会して話しをしている。


ランディ・マーカス・ドーマー

第15代遺伝子管理局長。
特殊遺伝子は持っていない。ハイネより10歳年上だが、生存している高齢者ドーマーでは一番若い。
普段は「黄昏の家」で隠居生活を楽しんでいるが、時々ドームに出て来て16代目を精神面でサポートする。ケンウッドにハイネの過去を語って、「執政官がドーマーにしてはいけないこと」をそれとなく伝える。
ハイネはマーカスに頭が上がらないが、それは14代目が後継者を決める時に「まだ早い」と駄々をこねてマーカスに局長の座を任せてしまったからである。


ジェレミー・セルシウス・ドーマー

遺伝子管理局長第2秘書。
ペルラ・ドーマーの補佐であり、また彼独自の業務である中央研究所の情報収集もこなす。
目立たないが、頭は切れる。
ペルラの引退により、第1秘書に昇格する。



Break 12

登場人物紹介

多少異なる点もあるが、本編で紹介した人は省く。

ヘンリー・パーシバル

本編には登場しないが、ニコラス・ケンウッドの親友のコロニー人科学者。
神経細胞の異常と遺伝子との関連を研究する執政官。
美男子好きだが、ゲイではない。(しかし、多くの人から誤解されている。)
一番のお気に入りはポール・レイン・ドーマーで、レインがリン長官の愛人にされたことに悲しみ、ダリル・セイヤーズ・ドーマーを気遣う。ダリルが脱走すると心を痛める。
ローガン・ハイネ・ドーマーのことは当初は苦手としていたが、同じ感染事故に遭ったことで親近感を抱くようになり、やがて親友となる。
ヤマザキ医師曰く、「チーズでハイネを手懐けている」。


ヤマザキ・ケンタロウ

医療区の医師。専門は内科だが、必要とあれば外科もこなす。
カディナ病を発症したハイネの主治医となり、その治療に全力を尽くす。
ハイネが回復した後も何かと気遣って世話を焼く。
ハイネと一緒にジョギングをして置いてきぼりをくい、パーシバルに馬鹿にされたこともある。
医師らしく誰にでも親切で親身に診るが、リン長官とそのシンパは警戒する。
酒には強くないがハイネのアパートでの酒宴には必ず参加する。
言うまでも無く、本編の医療区長となる人物。


ユリアン・リプリー

アメリカ・ドーム第24代長官。
「侵略者」のかなり後の部分から登場するが、リン長官時代の副長官。
事なかれ主義で全く目立たず、リンの横暴にも目を瞑っているかに見えたが、実は頻繁に月の地球人類復活委員会本部にリン長官の横暴ぶりを文書で訴え続けていた。
執行部から長官に任命されると、リンのシンパや贔屓にされていたドーマー達の粛正に取りかかる。悪役に徹してもドームの中の風通しを良くしようと言う1本筋の通った男。
5年後に執行部との約束を守って離任する。


サミュエル(サム)・コートニー

医療区長。ヤマザキの上司。
23代目の長官の時代に就任した。リン長官には逆らわないが、ハイネやドーマー達を守ることに努力する。


ダニエル・クーリッジ

保安課長。
コートニー同様、リン長官には反抗しないが、ケンウッドやハイネの側に立っている。
遺伝子管理局長が幽閉されてもドーム内の全てのロック解除権を持っていることを敢えてリン長官に教えなかった。


キーラ・セドウィック

出産管理区長。ニックネームは「女帝」、産科医師。
実年齢よりずっと若く見える赤毛の美女で、かなり気が強い。
容貌がハイネに似ているので、遺伝子的血縁者ではないかとケンウッドは疑った。
実際は執政官マーサ・セドウィックが若き日のローガン・ハイネとの間に産んだ娘。
ドーマーの父親が親子関係を頭で理解しても感情的に受け容れてくれないので、友人として接している。ケンウッドにはヘンリー・パーシバルがハイネに興味を持っていると懸念して見せたが、実際は彼女自身がパーシバルに関心があった。


ヴァシリー・ノバック

リン長官の個人秘書だが、長官の独断で遺伝子管理局長代行を勤めた。


ブルース・デニングズ

ベータ星基地で働いていた遺伝子学者。γカディナ黴に感染したことを知らずに地球に研究協力依頼に来て発症し、ハイネに病気を移して死亡。


ハレンバーグ

地球人類復活委員会委員長。
若い頃、アメリカ・ドームで執政官として勤務。
ローガン・ハイネ・ドーマーを育てたコロニー人の1人。ハイネが弟恋しさの余り脱走を試みた時に捕らえて連れ戻した。故にハイネは彼に対してわだかまりを持っているが、当人は過去のことと自己清算して気にしていない。


シュウ

地球人類復活委員会副委員長。
脱走を阻止されて鬱になっていたハイネを慰める為に自ら志願して彼を誘惑した女性執政官達の1人。
同僚のマーサ・セドウィックがハイネに気に入られて深い仲になったのを妬み、彼女を月の本部に密告した。故に娘のキーラは彼女にわだかまりを持っている。
ハイネはシュウを愛していないが、彼女の方が彼に未練があることを承知しており、利用出来る時は利用している。