アメリカ・ドーム副長官ニコラス・ケンウッドは遅い昼食を一般食堂で摂っていた。彼は昼の混雑時を避けていつも遅めに行くのだが、その日はなんとなく食堂内がざわついていた。見ると、ドームのアイドル、遺伝子管理局のポール・レイン・ドーマーが同僚と食事をしており、その周囲にコロニー人達による彼のファンクラブが陣取っているのだった。レインはあまり嬉しくないだろうが、ファンクラブは彼が目の前に居るだけで幸せなのだ。美しい地球人達・・・ドーム内で醜男を見つけたら、それはコロニー人だ、と言う冗談が通るほど、ドーマー達は容姿が整っている。勿論、そう言う遺伝子を持つ親から生まれてくる子供を選んでドーマーにしているのだから当然だが、たまには外れも居たりする。だがケンウッドは容姿よりも人間性を見て、綺麗だと思う。ドーマー達は世俗の欲得から遠ざけられて育つので、心根が良い。だが、レインは・・・
ポール・レイン・ドーマーには厄介な能力がある。母親から遺伝した接触テレパスだ。肌同士を触れあうだけで相手の思考を読み取ってしまう。だからレインは他のドーマーと違って人間の心の奥底まで見てしまう。あの若者が年齢の割に妙に老成して見えるのはそのせいだ。ハッとするほど美しいが、その薄い水色の目はとても冷たい。正直なところ、ケンウッドは彼があまり好きではない。レインのせいではないが、レインが持つ計算高さがケンウッドに警戒心を抱かせるのだ。
ケンウッドがテーブルを確保して食事を始めて間もなく1人の若者が近づいて来た。レインのテーブルに居た男で、遺伝子管理局の若手局員クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーだった。大柄な男で、頑健な体をしているが、性格は優しくて素直なので執政官の間では好評だ。先輩局員達からも可愛がられている。特にレインは同じ部屋の「兄弟」と言うこともあるだろうが、いつも一緒に居た。そのワグナーが1人トレイを持ってケンウッドのテーブルにやって来た。
「こんにちは、副長官。ご一緒してよろしいでしょうか?」
少しはにかみながらも真っ直ぐに顔を向けて聞いて来た。ケンウッドは笑顔で答えた。
「かまわないよ。何か相談事かな?」
1年前は、このドームにケンウッドの親友ヘンリー・パーシバルと言う遺伝子学者が居た。彼は美男子好きで有名で、レインを始めとする何人かのドーマー達のファンクラブを作って若者達の仕事を応援したり、人生相談に乗ってやっていた。パーシバルが残念なことに重力障害と言う、地球の重力に負けて心筋を弱らせてしまう病気に罹ってしまって宇宙に帰ってしまったので、それまで彼の保護を受けていたドーマー達はケンウッドを頼る様になったのだ。ケンウッドは人生相談が出来るほど人生経験が豊かだと自身では思っていなかったので、仕事の便宜を図ることで彼等を応援してやった。それで、ドーマー達の間では、ケンウッド副長官は頼りがいがあるコロニー人だと言う評判になっていた。
ケンウッドはワグナーの相談事は恋愛問題ではないかと思った。ワグナーには希少な女性ドーマーの恋人が居るのだ。キャリー・ジンバリスト・ドーマーと言う、彼と同年齢の精神科のインターンをしている女性だ。彼女は正式な医師免許を取る勉強に励んでいて、最近はデートの時間が取れない、と指導医師が言っていった。
しかし、彼の正面に座ったワグナーは意外な名前を出した。
「僕のことじゃないんですけど・・・リュック兄なんです。」
一瞬誰のことを言っているのか、ケンウッドはわからなかった。ドーマー達は多いし、遺伝子管理局の局員全員を知っている訳でもない。名前は記憶にあっても顔とつながらないこともある。ケンウッドがきょとんとした表情をしてしまったので、ワグナーは聡い若者らしく、言い直した。
「局員のリュック・ニュカネン・ドーマーです。」
姓を聞いて、やっと名前と顔が一致して思い出せた。訓練所で教鞭を執っていた頃、ひどく堅物の若者が居た。規則は必ず守り、教官の言葉には絶対に従う、授業中の私語は慎み、仲間を叱ることもあった。同じ部屋兄弟のダリル・セイヤーズ・ドーマーの脳天気さが気に食わずに喧嘩もした。教官達の間で「堅物ニュカネン」で知られていた。遺伝子管理局に入ってからは、真面目に任務をこなしているが、ハイネ局長によると「全く面白くない報告書を書くヤツ」らしいのだ。
堅物だが問題児ではない・・・。
「ニュカネンがどうしたのだね?」
「最近様子が変なんです。」
ワグナーはテーブルの上に上体をかがめる様にケンウッドに顔を寄せて囁いた。
「ドームの外に気に入った女性ができたみたいで・・・」
「!」
ケンウッドはぎくりとした。ドーマー達がドームの外の人間と恋に落ちることは過去に何度か事例があった。ドーマー達にはドーム内で行われている業務について黙秘する義務がある。恋愛はその守秘義務を崩す可能性を秘めた事案だった。
「堅物ニュカネンが恋をしているのか?」
ケンウッドが小声で確認すると、ワグナーもさらに声を顰めた。
「まだ確認は取っていませんが・・・」
ケンウッドはポール・レイン・ドーマーをちらりと見た。
「レインは知っているのか?」
「まだです。」
ワグナーは困惑の表情になった。
「ポール兄とリュック兄は犬猿の仲ですから・・・」
ポール・レイン・ドーマーには厄介な能力がある。母親から遺伝した接触テレパスだ。肌同士を触れあうだけで相手の思考を読み取ってしまう。だからレインは他のドーマーと違って人間の心の奥底まで見てしまう。あの若者が年齢の割に妙に老成して見えるのはそのせいだ。ハッとするほど美しいが、その薄い水色の目はとても冷たい。正直なところ、ケンウッドは彼があまり好きではない。レインのせいではないが、レインが持つ計算高さがケンウッドに警戒心を抱かせるのだ。
ケンウッドがテーブルを確保して食事を始めて間もなく1人の若者が近づいて来た。レインのテーブルに居た男で、遺伝子管理局の若手局員クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーだった。大柄な男で、頑健な体をしているが、性格は優しくて素直なので執政官の間では好評だ。先輩局員達からも可愛がられている。特にレインは同じ部屋の「兄弟」と言うこともあるだろうが、いつも一緒に居た。そのワグナーが1人トレイを持ってケンウッドのテーブルにやって来た。
「こんにちは、副長官。ご一緒してよろしいでしょうか?」
少しはにかみながらも真っ直ぐに顔を向けて聞いて来た。ケンウッドは笑顔で答えた。
「かまわないよ。何か相談事かな?」
1年前は、このドームにケンウッドの親友ヘンリー・パーシバルと言う遺伝子学者が居た。彼は美男子好きで有名で、レインを始めとする何人かのドーマー達のファンクラブを作って若者達の仕事を応援したり、人生相談に乗ってやっていた。パーシバルが残念なことに重力障害と言う、地球の重力に負けて心筋を弱らせてしまう病気に罹ってしまって宇宙に帰ってしまったので、それまで彼の保護を受けていたドーマー達はケンウッドを頼る様になったのだ。ケンウッドは人生相談が出来るほど人生経験が豊かだと自身では思っていなかったので、仕事の便宜を図ることで彼等を応援してやった。それで、ドーマー達の間では、ケンウッド副長官は頼りがいがあるコロニー人だと言う評判になっていた。
ケンウッドはワグナーの相談事は恋愛問題ではないかと思った。ワグナーには希少な女性ドーマーの恋人が居るのだ。キャリー・ジンバリスト・ドーマーと言う、彼と同年齢の精神科のインターンをしている女性だ。彼女は正式な医師免許を取る勉強に励んでいて、最近はデートの時間が取れない、と指導医師が言っていった。
しかし、彼の正面に座ったワグナーは意外な名前を出した。
「僕のことじゃないんですけど・・・リュック兄なんです。」
一瞬誰のことを言っているのか、ケンウッドはわからなかった。ドーマー達は多いし、遺伝子管理局の局員全員を知っている訳でもない。名前は記憶にあっても顔とつながらないこともある。ケンウッドがきょとんとした表情をしてしまったので、ワグナーは聡い若者らしく、言い直した。
「局員のリュック・ニュカネン・ドーマーです。」
姓を聞いて、やっと名前と顔が一致して思い出せた。訓練所で教鞭を執っていた頃、ひどく堅物の若者が居た。規則は必ず守り、教官の言葉には絶対に従う、授業中の私語は慎み、仲間を叱ることもあった。同じ部屋兄弟のダリル・セイヤーズ・ドーマーの脳天気さが気に食わずに喧嘩もした。教官達の間で「堅物ニュカネン」で知られていた。遺伝子管理局に入ってからは、真面目に任務をこなしているが、ハイネ局長によると「全く面白くない報告書を書くヤツ」らしいのだ。
堅物だが問題児ではない・・・。
「ニュカネンがどうしたのだね?」
「最近様子が変なんです。」
ワグナーはテーブルの上に上体をかがめる様にケンウッドに顔を寄せて囁いた。
「ドームの外に気に入った女性ができたみたいで・・・」
「!」
ケンウッドはぎくりとした。ドーマー達がドームの外の人間と恋に落ちることは過去に何度か事例があった。ドーマー達にはドーム内で行われている業務について黙秘する義務がある。恋愛はその守秘義務を崩す可能性を秘めた事案だった。
「堅物ニュカネンが恋をしているのか?」
ケンウッドが小声で確認すると、ワグナーもさらに声を顰めた。
「まだ確認は取っていませんが・・・」
ケンウッドはポール・レイン・ドーマーをちらりと見た。
「レインは知っているのか?」
「まだです。」
ワグナーは困惑の表情になった。
「ポール兄とリュック兄は犬猿の仲ですから・・・」