ケンウッドは夕方、運動施設へ行った。リュック・ニュカネン・ドーマーがスカッシュをすると聞いたからだ。取り敢えず運動着に着替えてスカッシュ競技場へ行くと、先客が数人いた。見ると、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長と数名の年齢がばらばらのドーマー達で、ハイネが若い連中にスカッシュを教えているところだった。運動施設に居る時のハイネは大概独りで何かをしていることが多い。今日の様に数人に取り囲まれて何かを教授している姿を見るのは珍しかった。
そう言えば、スカッシュの教官って見たことがなかったなぁ・・・
ケンウッドは気が付いた。スカッシュの教官はハイネなのではないか? ドーマー達は真剣に彼の説明を聞いていた。ハイネがラケットの持ち方や構え方を話している。ケンウッドは微笑ましく思いながら競技場を見廻し、休憩スペースで座っている若者を見つけた。ハイネと取り巻きを見ているが、仲間に入っていかないのだろうか? 入りたくないのか、入る必要がないのか?
ケンウッドは若者に近づいて行った。
「やぁ、ニュカネン・ドーマー、君はスカッシュをするのか?」
声を掛けると、ニュカネンはビクッとして振り返った。そして執政官だと気づくと急いで姿勢を正した。ケンウッドは苦笑した。
「ここではドーマーも執政官もないだろう? 楽にしたまえ。」
ニュカネンはバツが悪そうに立ち上がって、こんばんは、と挨拶した。
「副長官もスカッシュをされるのですか?」
「否、私はやらない。君が1人で居るのが目に入って、来てみたんだ。他の人はみんなでハイネ局長に教えてもらっている様だが、君はいいのかい?」
「僕は、ルールを知っていますし、訓練所の頃からスカッシュの経験がありますから。」
「では、あそこで教えてもらっているのは、初心者なのか。」
「そうです。」
「ハイネが教官をしていたとは、知らなかった。」
「局長は教官ではありません。」
とニュカネンが真面目に答えた。
「偶々練習をしていた初心者に局長がアドバイスをなさったら、他の人達が集まって来て、局長に教授を請うたのです。」
「そうか・・・局長も苦労だな。」
と言いはしたものの、ケンウッドの目に映るハイネは楽しそうだった。若い連中の相手をすることが面白いのだろう。
しかし、目の前の若いニュカネンは面白くなさそうだった。
「君は競技場が空くのを待っているのかね?」
「そのつもりでしたが・・・」
ニュカネンは立ち上がった。
「そろそろ夕食の時間ですので、これで失礼します。」
ハイネの取り巻きに混ざって一緒に楽しむ気はさらさらなさそうだ。ケンウッドは折角の会話のチャンスを逃したくなかったので、咄嗟に思いついたアイデアを出してみた。
「セント・アイブス・カレッジ・タウンを1度見学してみたいのだが、君のチームの担当地区だったよな?」
「そうですが?」
「君の次の支局巡りの時に同行しても良いかな?」
ニュカネンの顔に困惑が浮かんだ。副長官の要請を拒むのは失礼だと思われたし、彼の地位で断る権限はあるだろうか、と考えたのだろう。さらに彼の一存で承諾することが出来るのだろうか。
「チームリーダーに訊いてみます。」
優等生らしい返答だった。自力でなんとか都合をつけようと言う気はないのだ。
ケンウッドは、急がなくて良いからね、と言って若いドーマーを解放してやった。恐らくニュカネンの性格なら急ぐ必要がなくても急いで答えを出そうとするだろう。
競技場から出て行くニュカネンを見送って、それからコートに視線を戻すと、いつの間にかハイネ局長がそばへ来ていた。初心者達に実技練習をさせて、自身は副長官の相手をするつもりだ。
「こんばんは、副長官。何かご用でしょうか?」
ケンウッドは苦笑した。局長は自意識過剰じゃないか?
「君に用があって来た訳じゃないさ。」
ほうっとハイネは呟き、先刻部下が出て行ったドアを見た。
「するとニュカネンに用でしたか。」
「誰かに用がなければ、ここに来てはいけないのか?」
ケンウッドはわざと意地悪な言い方をしたが、局長は気を悪くした様子はなかった。
ハイネは副長官を眺めて言った。
「ニュカネンはスカッシュをやらないのです。貴方もなさらないでしょう? それなのに、ここに居る・・・ご用があったのではないですか?」
「ニュカネンはスカッシュをやらない? 彼は以前からしていると言ったぞ。」
「以前はね・・・彼は入局以来していません。このコートに入ったことがないのです。」
「そうか・・・では彼は君に何か話したかったのかも知れないな。」
そう言えば、スカッシュの教官って見たことがなかったなぁ・・・
ケンウッドは気が付いた。スカッシュの教官はハイネなのではないか? ドーマー達は真剣に彼の説明を聞いていた。ハイネがラケットの持ち方や構え方を話している。ケンウッドは微笑ましく思いながら競技場を見廻し、休憩スペースで座っている若者を見つけた。ハイネと取り巻きを見ているが、仲間に入っていかないのだろうか? 入りたくないのか、入る必要がないのか?
ケンウッドは若者に近づいて行った。
「やぁ、ニュカネン・ドーマー、君はスカッシュをするのか?」
声を掛けると、ニュカネンはビクッとして振り返った。そして執政官だと気づくと急いで姿勢を正した。ケンウッドは苦笑した。
「ここではドーマーも執政官もないだろう? 楽にしたまえ。」
ニュカネンはバツが悪そうに立ち上がって、こんばんは、と挨拶した。
「副長官もスカッシュをされるのですか?」
「否、私はやらない。君が1人で居るのが目に入って、来てみたんだ。他の人はみんなでハイネ局長に教えてもらっている様だが、君はいいのかい?」
「僕は、ルールを知っていますし、訓練所の頃からスカッシュの経験がありますから。」
「では、あそこで教えてもらっているのは、初心者なのか。」
「そうです。」
「ハイネが教官をしていたとは、知らなかった。」
「局長は教官ではありません。」
とニュカネンが真面目に答えた。
「偶々練習をしていた初心者に局長がアドバイスをなさったら、他の人達が集まって来て、局長に教授を請うたのです。」
「そうか・・・局長も苦労だな。」
と言いはしたものの、ケンウッドの目に映るハイネは楽しそうだった。若い連中の相手をすることが面白いのだろう。
しかし、目の前の若いニュカネンは面白くなさそうだった。
「君は競技場が空くのを待っているのかね?」
「そのつもりでしたが・・・」
ニュカネンは立ち上がった。
「そろそろ夕食の時間ですので、これで失礼します。」
ハイネの取り巻きに混ざって一緒に楽しむ気はさらさらなさそうだ。ケンウッドは折角の会話のチャンスを逃したくなかったので、咄嗟に思いついたアイデアを出してみた。
「セント・アイブス・カレッジ・タウンを1度見学してみたいのだが、君のチームの担当地区だったよな?」
「そうですが?」
「君の次の支局巡りの時に同行しても良いかな?」
ニュカネンの顔に困惑が浮かんだ。副長官の要請を拒むのは失礼だと思われたし、彼の地位で断る権限はあるだろうか、と考えたのだろう。さらに彼の一存で承諾することが出来るのだろうか。
「チームリーダーに訊いてみます。」
優等生らしい返答だった。自力でなんとか都合をつけようと言う気はないのだ。
ケンウッドは、急がなくて良いからね、と言って若いドーマーを解放してやった。恐らくニュカネンの性格なら急ぐ必要がなくても急いで答えを出そうとするだろう。
競技場から出て行くニュカネンを見送って、それからコートに視線を戻すと、いつの間にかハイネ局長がそばへ来ていた。初心者達に実技練習をさせて、自身は副長官の相手をするつもりだ。
「こんばんは、副長官。何かご用でしょうか?」
ケンウッドは苦笑した。局長は自意識過剰じゃないか?
「君に用があって来た訳じゃないさ。」
ほうっとハイネは呟き、先刻部下が出て行ったドアを見た。
「するとニュカネンに用でしたか。」
「誰かに用がなければ、ここに来てはいけないのか?」
ケンウッドはわざと意地悪な言い方をしたが、局長は気を悪くした様子はなかった。
ハイネは副長官を眺めて言った。
「ニュカネンはスカッシュをやらないのです。貴方もなさらないでしょう? それなのに、ここに居る・・・ご用があったのではないですか?」
「ニュカネンはスカッシュをやらない? 彼は以前からしていると言ったぞ。」
「以前はね・・・彼は入局以来していません。このコートに入ったことがないのです。」
「そうか・・・では彼は君に何か話したかったのかも知れないな。」