ケンウッドはスカッシュコートを出て更衣室に向かった。ハイネが付いて来る。そろそろ夕食を取る時間なのだろう。ハイネがニュカネンの噂を知っているのかどうか、確かめてみたかったが、もし知らなければやぶ蛇になる。だからケンウッドは代わりに言った。
「セント・アイブス・カレッジ・タウンに行こうと思うんだ。」
「セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンですか?」
ハイネがやんわりと街の正式名称を教えてくれた。ケンウッドは苦笑した。若いドーマー達が略して「セント・アイブス」や「セント・アイブス・カレッジ・タウン」と呼ぶので、それが本当の名前だと思い込んでしまっていた。
「うん、遺伝子工学の研究が盛んな学術研究都市だ。どんな所か1度見ておきたくてね。」
ドームの外に出たことがないハイネはそれにはコメントしない。ケンウッドはニュカネンに声を掛けた理由を作った。
「ニュカネンのチームの担当地区だと聞いていたので、彼に同行させてもらえないか、訊いてみたんだ。彼はチームリーダーに問い合わせてみると答えた。」
彼はハイネの反応を伺う様に尋ねた。
「かまわないよな?」
ハイネが横目で彼を見た。
「私の許可が必要な次元の話ではありませんね。」
「そうかね?」
「貴方のお仕事ですから、貴方が決定なさればよろしい。遺伝子管理局がどうこう言う必要はありません。執政官の要請に局員が断る理由はありません。ただの見学でしょう?」
「うん・・・」
「地球人の生活に干渉なさるのでなければ、誰も文句言いませんよ。ですが、気をつけて下さい。コロニー人に良い印象を持っていない地球人もいますから。」
「わかった。」
更衣室には既にニュカネンの姿はなく、ケンウッドとハイネはシャワーを浴びて着替えた。ハイネがケンウッドの筋肉を褒めたので、ケンウッドはちょっと照れた。重力に耐える体を創っているだけなので、スポーツ体型ではないと言い訳した。ドーム生活が長いコロニー人は皆一様に筋肉を鍛えている。女性でも筋トレは欠かさない。
2人は一般食堂へ行き、そこでヤマザキ医師と合流して夕食を共にした。ヤマザキと同席する時は、ハイネはなるべくチーズを我慢している。うっかり大量に摂ると叱られるからだ。だからと言ってヤマザキを避けたりはしない。友人は大好物より優先するのだ。
「あと一ヶ月だね、ハイネ。」
とヤマザキが思い出したように言った。ケンウッドはすぐ何のことかわかったが、ハイネはぽかんとして医師を見た。
「何がです?」
「これだもの・・・」
ヤマザキは肩をすくめてケンウッドと顔を見交わした。
「キーラ・セドウィック博士が退官する日だよ。」
出産管理区の責任者、キーラ・セドウィック博士は30年余りのドーム勤務に終止符を打ち、月へ行くのだ。そこで地球人類復活委員会執行部勤務の神経科医師ヘンリー・パーシバルと結婚する予定だった。双方共に50歳を越えたが、初婚だ。
ああ、と気のない返答をしたハイネにヤマザキは溜息をついた。ハイネはキーラの実の父親だ。しかし、ドーマーとして育ったので、家族と言うものを知らない。キーラが娘だと言うことは頭で理解しているが、感情的には友人の1人と言う認識しかない。
キーラは1年前、重力障害で退官を余儀なくされたパーシバルから求婚された。彼女も彼に興味を抱いていたので、承諾したかったのだが、仕事があった。彼女は既に1年分のクローンの赤ん坊の取り替え子のスケジュールを立ててしまっており、責任者としてリストの最後の子供を無事に世間に送り出す迄は、現場を離れたくなかった。パーシバルも彼女の性格を承知しており、2人は婚約して月と地球の長距離恋愛を1年間続けてきた。
キーラがローガン・ハイネ・ドーマーの娘であることを知っているのは、ケンウッド、ヤマザキ、パーシバル、そして引退したドーマーの終の棲家である「黄昏の家」に住む先代の遺伝子管理局長ランディー・マーカス・ドーマーだけだ。他の人々は、ハイネによく似たこの女性を、ハイネの母親のオリジナルであるコロニー人の血縁者だと思っている。もし真実が世間に暴露されれば、大スキャンダルだ。ドーマーがコロニー人に子供を産ませた、と言う事実よりも、キーラの母親が地球人を誘惑したと考えられてしまう。事実そうなのだが、地球人保護法に違反した研究者として、マーサ・セドウィックの評判は落ちてしまうし、キーラも社会的に無事では済まなくなる。ローガン・ハイネは宇宙でも有名なのだから。
キーラ・セドウィックは、白い髪のドーマーとはあかの他人として、宇宙へ戻って行く予定だ。ドームを退官すれば、まず戻って来ることはない。パーシバルの様に巡回診察の仕事がある人間は希なのだ。
2度と娘に会えなくなる、と言う認識がハイネには欠如している様だ。
「寂しくなるだろうね。」
とケンウッドが振ってみたが、ハイネは「次の出産管理区長が来ますよ」としか言わなかった。
「セント・アイブス・カレッジ・タウンに行こうと思うんだ。」
「セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンですか?」
ハイネがやんわりと街の正式名称を教えてくれた。ケンウッドは苦笑した。若いドーマー達が略して「セント・アイブス」や「セント・アイブス・カレッジ・タウン」と呼ぶので、それが本当の名前だと思い込んでしまっていた。
「うん、遺伝子工学の研究が盛んな学術研究都市だ。どんな所か1度見ておきたくてね。」
ドームの外に出たことがないハイネはそれにはコメントしない。ケンウッドはニュカネンに声を掛けた理由を作った。
「ニュカネンのチームの担当地区だと聞いていたので、彼に同行させてもらえないか、訊いてみたんだ。彼はチームリーダーに問い合わせてみると答えた。」
彼はハイネの反応を伺う様に尋ねた。
「かまわないよな?」
ハイネが横目で彼を見た。
「私の許可が必要な次元の話ではありませんね。」
「そうかね?」
「貴方のお仕事ですから、貴方が決定なさればよろしい。遺伝子管理局がどうこう言う必要はありません。執政官の要請に局員が断る理由はありません。ただの見学でしょう?」
「うん・・・」
「地球人の生活に干渉なさるのでなければ、誰も文句言いませんよ。ですが、気をつけて下さい。コロニー人に良い印象を持っていない地球人もいますから。」
「わかった。」
更衣室には既にニュカネンの姿はなく、ケンウッドとハイネはシャワーを浴びて着替えた。ハイネがケンウッドの筋肉を褒めたので、ケンウッドはちょっと照れた。重力に耐える体を創っているだけなので、スポーツ体型ではないと言い訳した。ドーム生活が長いコロニー人は皆一様に筋肉を鍛えている。女性でも筋トレは欠かさない。
2人は一般食堂へ行き、そこでヤマザキ医師と合流して夕食を共にした。ヤマザキと同席する時は、ハイネはなるべくチーズを我慢している。うっかり大量に摂ると叱られるからだ。だからと言ってヤマザキを避けたりはしない。友人は大好物より優先するのだ。
「あと一ヶ月だね、ハイネ。」
とヤマザキが思い出したように言った。ケンウッドはすぐ何のことかわかったが、ハイネはぽかんとして医師を見た。
「何がです?」
「これだもの・・・」
ヤマザキは肩をすくめてケンウッドと顔を見交わした。
「キーラ・セドウィック博士が退官する日だよ。」
出産管理区の責任者、キーラ・セドウィック博士は30年余りのドーム勤務に終止符を打ち、月へ行くのだ。そこで地球人類復活委員会執行部勤務の神経科医師ヘンリー・パーシバルと結婚する予定だった。双方共に50歳を越えたが、初婚だ。
ああ、と気のない返答をしたハイネにヤマザキは溜息をついた。ハイネはキーラの実の父親だ。しかし、ドーマーとして育ったので、家族と言うものを知らない。キーラが娘だと言うことは頭で理解しているが、感情的には友人の1人と言う認識しかない。
キーラは1年前、重力障害で退官を余儀なくされたパーシバルから求婚された。彼女も彼に興味を抱いていたので、承諾したかったのだが、仕事があった。彼女は既に1年分のクローンの赤ん坊の取り替え子のスケジュールを立ててしまっており、責任者としてリストの最後の子供を無事に世間に送り出す迄は、現場を離れたくなかった。パーシバルも彼女の性格を承知しており、2人は婚約して月と地球の長距離恋愛を1年間続けてきた。
キーラがローガン・ハイネ・ドーマーの娘であることを知っているのは、ケンウッド、ヤマザキ、パーシバル、そして引退したドーマーの終の棲家である「黄昏の家」に住む先代の遺伝子管理局長ランディー・マーカス・ドーマーだけだ。他の人々は、ハイネによく似たこの女性を、ハイネの母親のオリジナルであるコロニー人の血縁者だと思っている。もし真実が世間に暴露されれば、大スキャンダルだ。ドーマーがコロニー人に子供を産ませた、と言う事実よりも、キーラの母親が地球人を誘惑したと考えられてしまう。事実そうなのだが、地球人保護法に違反した研究者として、マーサ・セドウィックの評判は落ちてしまうし、キーラも社会的に無事では済まなくなる。ローガン・ハイネは宇宙でも有名なのだから。
キーラ・セドウィックは、白い髪のドーマーとはあかの他人として、宇宙へ戻って行く予定だ。ドームを退官すれば、まず戻って来ることはない。パーシバルの様に巡回診察の仕事がある人間は希なのだ。
2度と娘に会えなくなる、と言う認識がハイネには欠如している様だ。
「寂しくなるだろうね。」
とケンウッドが振ってみたが、ハイネは「次の出産管理区長が来ますよ」としか言わなかった。