2017年9月10日日曜日

後継者 4 - 2

「女性執政官達は誰か仲間の誕生日が近づくと、その誕生日を迎える女性に尋ねるのです。『どのドーマーが欲しいか?』とね。そして返答をもらうと、彼女達は『お勤め』の候補リストを遺伝子管理局に出します。勿論、『お勤め』の出頭命令を出すのは遺伝子管理局長です。」
「つまり、局長はそのリストの意味を知っている訳だな?」
「そうです。先代からの申し送りで知っています。」
「それで、誕生日の女性執政官に必ず指名したドーマーが籤引きで当たるのか?」
「女性執政官の誕生日には、女性執政官達しか籤に参加出来ないのです。」
「ぬあに?」
「誕生日の女性が外しても、彼女の希望のドーマーを引き当てた女性が譲ってくれます。」
「それじゃ、『当たり』のドーマーをもらった女性は何をするんだ?」
「それはその女性次第ですよ。一緒に食事をしたり、一緒にジムで運動をしたり・・・アパートに連れ込んでも良いのです。」
「嘘だろ? 女性アパートは男子禁制だぞ!」
「女性達全員が許可したら、かまわないそうです。」
「うっそーーー!」

 ケンウッド達は開いた口が塞がらなかった。何故女性だけがそんな役得を持っているのだ? ここが女性が生まれない惑星だからか?

「アパートに連れ込んで何をするんだ?」

 既に男達は興奮状態になりかけていた。想像しているのだろう。ローガン・ハイネは詳細を語るのを避けた。

「それは人それぞれですから・・・想像なさっていることもするでしょうねぇ・・・」

 ケンウッドは額に手をやった。

「それは・・・地球人保護法に思いっきり違反している・・・」
「ドーマーは虐待を受けたと思っていませんから、告訴しません。ですから、違反行為になりません。また、他人に見られることもありませんから、やはり違反行為になりません。」

 パーシバルが答えを聞くのが恐いと言いたげな表情で、恐る恐る尋ねた。

「キーラの母親はお誕生日ドーマーに君を指名したのか?」
「指名したのは、マーサ・セドウィックだけではありませんでしたよ。シュウ副委員長もいましたし、当時の女性執政官の8割は私を指名しました。」

 ハイネはとんでもないことをサラリと言ってのけた。

「8割? 」

 ケンウッドが思わず確認した。

「8割とは、約20名はいるだろう? 昔も現在も女性の人数はほぼ同じだ。」

 ええ、とハイネは平然と認めた。

「今でも年に20回は呼ばれます。」
「呼ばれる・・・? ちょっと待て、ハイネ、君は『お勤め』のないドーマーだろう?」
「私はそんなことを言った覚えは1度もありませんよ。貴方方男性執政官達が勝手にそう思い込んでいるだけです。」

 呆れて物が言えない、とはこのことだ。ローガン・ハイネはちゃんと中央研究所でドーマー本来の仕事をしていたのだ。考えれば、執政官が提出する「お勤め」リストを審査して不適格なドーマーを外すのは、遺伝子管理局長の仕事だ。ハイネは自身の名前が男性執政官が作成したリストに書かれたら刎ねてしまうだけだ。恐らく、彼が女性の相手をしていたので、歴代の局長も彼の名をリストから削除していたのだ。

「それで・・・」

 気を取り直したヤマザキが話を振り出しに戻した。

「それで、君はマーサ・セドウィックのお誕生日ドーマーをした時に、失敗したのか?」

 ハイネはジロリと彼を見た。

「マーサは誕生日以外にも私を『お勤め』に呼んだのです。私の記憶では5回です。私は彼女に愛されていると思い込んでしまいました。悔しいことにね。自惚れていたのでしょう、私は。反対に彼女は私のものだと思い込んだのですよ。ところがある日、彼女はいきなり宇宙へ還ってしまったのです。」






後継者 4 - 1

 みんな時間がもっとゆっくり過ぎてくれないかなと思いながら、初夏を迎えようとしていた。夏が終われば、お別れの日はすぐに来るだろう。月は頭上に見えている天体だし、シャトルで数時間もあれば往来出来るが、地球人は地球から出ることを禁止されているし、コロニー人も宇宙連邦移民局の許可証がなければ無闇に地球に下りることは出来ない。地球が汚染されるのを避ける目的が一番だが、他にも理由がある。地球はコロニーよりも遙かに広大だ。宇宙から逃げて来た犯罪者が身を隠す場所がいくらでもある。だから、宇宙連邦の治安当局は地球に下りる人間を厳重にチェックする。ドーマーにとって、月は目の前にあっても絶対に手が届かない世界だ。

 でも大昔からそうだったんだ・・・

 ケンウッドは地球に伝わる月にまつわる伝説や昔話を思い出しながら、夜空を見上げた。ドームの透明な壁の遙か上空に明るい月が浮かんでいる。人工の森の東屋では、いつものメンバーが座っていて、軽い夜食を摂っていた。食堂とアパート以外で飲食が許されるのは、この場所ぐらいで、大人気のデートスポットなものだから、空きがあるのは滅多にないことだ。偶然ヤマザキが見つけて、仲間に電話して呼び寄せた。

「月見と行こうぜ。」

 月を愛でるのは、日本人ぐらいだろう、とパーシバルが言ったが、彼は月光に輝くハイネの白髪が美しかったので、それ以上文句を言わなかった。ヤマザキは医療区から直接来ていたので、医療関係者の制服を脱いだだけで、Tシャツとラフなパンツ姿だった。ケンウッドとパーシバルは中央研究所から来たので、研究着を脱いでシャツとスーツのパンツ、タイは取っていた。ハイネはジムに居たので、運動着のままだった。着替えるのが面倒でそのまま来たのだ。
 食堂で購入した軽食とアルコールなしの飲み物だけで、彼等は特に仕事の話をするでもなく、うだうだと世間話をしたり、仕事中に興味を惹かれた細胞の現象を語ったりして時間を過ごした。そのうちに日中の疲れが出たのか、ハイネがパーシバルの膝枕でうたた寝を始めた。

「この爺さん、僕の膝がお気に入りなんだよな。」

 パーシバルが重みに耐えながら毒づいた。

「そのうちに、膝だけ置いて月へ行けと言い出すんじゃないかな?」
「膝だけクローンで作って置いていけば良いじゃないか。」

 ケンウッドの冗談に、パーシバルは苦笑した。彼はハイネの白い髪を優しく撫でていた。ハイネは最近理髪をさぼっているのか、髪が少し伸びている。パーシバルが彼の顔を見下ろしながら、仲間に囁いた。

「なぁ、こうやって横顔を見ると、ハイネはキーラによく似ているよな?」

 ケンウッドはドキリとした。ハイネが一番触れて欲しくない話題に違いなかった。話を逸らそうと考えている間に、ヤマザキもパーシバルに同意した。

「その白い髪を赤く染めたら、セドウィック博士になるなぁ・・・」

 パーシバルとヤマザキは互いの顔を見合った。パーシバルが先に思ったことを口に出した。

「ハイネが似ているんじゃない、キーラがハイネに似ているんだ。」

 すると、熟睡に至らずにうたた寝の状態だったハイネ本人が呟いた。

「迷惑な話ですよ・・・」

 パーシバルが髪を撫でる手を止めて、「起きていたのか」と言った。ハイネがゆっくりと体を起こした。仲間を順番に見てから、彼は言った。

「私は胎児認知届けも妻帯許可申請も出した覚えはないのです。」

 ケンウッドは、パーシバルとヤマザキが沈黙してしまったのに気が付いた。2人共、ドーマーの言葉の意味を推し量っているのだ。ケンウッドは独りだけ真実を知っているのが心苦しくなった。彼はハイネに向かって言った。

「私は、15代目から聞いたよ、ハイネ。」

 ハイネ、パーシバル、ヤマザキがケンウッドを見た。ケンウッドは腹をくくった。

「14代目は申請書も届け出も見たことがなかったはずだ。君は本当に出さなかったんだから。何も知らなかった。そうだろう?」

 ハイネがちょっと苦笑して訂正した。

「当時はまだ13代目の局長でしたよ。」

 彼は東屋の周囲に目を配ってから、パーシバルとヤマザキに向き直った。

「『お誕生日ドーマー』と言う言葉を聞いたことがありますよね?」

 2人の執政官は考えた。ケンウッドも以前耳にしたような気がしたが、何時だったか、何処でだったか、思い出せなかった。
 ハイネが説明した。

「女性執政官だけの秘密の習慣で、彼女達が誕生日の贈り物に、ドーマーを贈るのです。」
「はぁ?!」
「何だって?」
「まさか?!」

 ケンウッドも他の2人も思わず声を上げてしまった。ハイネが苦笑した。

「男性執政官がご存じないのも無理ありません。これは女性達とドーマー達の間での秘密なのです。ですから、私が今ここで貴方方に喋ったと言うことを、決して他所では言わないで下さい。さもないと、私がドーマー達から総スカンを食らいます。」
「なんだか聞くのが恐いなぁ・・・」

とパーシバルが弱々しく言って、彼等は低く笑った。




2017年9月9日土曜日

後継者 3 - 10

 ヘンリー・パーシバルの月での身の振り方が内定したことを祝って、4人の男達はハイネのアパートに集まった。パーシバルの健康を考えて強い酒はなし・・・と言うことはなく、アルコールがないのはパーシバルだけだった。ハイネは木星コロニーの名産品と言われる度数の高い酒を出してきて、ヤマザキを不安にさせた。
 4人は取り敢えず酒と紅茶で乾杯した。

「神経外科の医者になるのか?」
「そうらしい。既に月から準備の手引き書が送信されて来た。」
「まだ古い医者は月に居るのだろう?」
「その人が送って来たんだ。引退して故郷のコロニーに帰るので気が逸っているらしい。次の仕事が楽しみだとかで・・・」
「まだ半年あるだろうが?」
「その半年で前任者の教えが必要ないように勉強しろとさ。」
「その人は後継者が見つかって嬉しいのでしょう。」

 ハイネが1滴だけ酒をパーシバルの紅茶に落とした。芳醇な香りが熱いお茶から立ち昇った。パーシバルはそれをグッと鼻に吸い込んだ。

「僕は普段から酒はあまり飲まないが、こんな風に仲間と飲めるのは幸せだと思うよ。」

 彼はドームの外から引いたチーズを出して来た。発酵食品をドームの中に持ち込むにはかなり厳しい検査がある。厨房班の注文を叶えようと尽力している庶務課は苦労だ。そこに執政官の個人的な希望も入ると、袖の下でも欲しくなる。パーシバルはそう言うところも融通の利く男で、上質のカマンベールとロックフォール、2種類の黴タイプのチーズを仕入れてもらい、御礼にドーマー達に憧れの遊園地の入場券を買ってやった。
 ローガン・ハイネはもうめろめろで、マタタビをもらった猫みたいにパーシバルにべったりくっついてしまった。ケンウッドはパーシバルが羨ましかったので、ハイネをからかった。

「ハイネ、もう黴はこりごりじゃなかったのか?」
「こんなの、恐くありませんよ。」

 ハイネはカマンベールの白黴を愛おしそうに見つめた。
 ヤマザキはロックフォールに蜂蜜をかけながら、残りの半年は何をするのかとパーシバルに尋ねた。決まってるだろう、とパーシバルは答えた。

「ファンクラブの世話をする後継者を育てるのさ。ポールやドーソン達のファンクラブは既に引き継げる人材がいるけど、新しく作ったところは僕が中心だったから、執政官達を教育しないとね。ただドーマーを愛でるだけじゃ駄目なんだ。仕事の便宜を図ったり、不埒なヤツから守ってやらないと。」
「後継者育成はどこの分野でも重要問題だな。」

 ケンウッドは将来を考えて溜息をついた。リプリー長官はことある毎に彼に「次の長官は君だ」と言ってくれるのだが、では次の副長官は誰なのか、それは考えていないようだ。ケンウッドを副長官にと指名したのが、前副長官のリプリー自身だったので、次期副長官を指名するのは現副長官のケンウッドだと考えているに違いない。しかしケンウッドはまだ心当たりの人材を見つけられないでいる。パーシバルに任せようと思っていたので、彼がドームを引退してしまうと、何処からか見つけてこなければならない。さもなくば月から知らない人間を派遣してもらうことになる。
 ケンウッドが副長官職について考え込んでいると、ハイネ局長も言った。

「ワッツ・ドーマーが維持班総代を引退すると言い出しまして、困っています。」
「えっ、エイブも辞めるのか?」
「総代を辞めるのです。歳なので、後進に道を譲りたいと言うのです。」
「人材はいくらでも居るだろう? ドーマーは大勢いるし、どれも才能豊かな人間ばかりだ。」
「各班や部課に候補は大勢います。でもみんな若いのです。私から見れば、息子の世代ばかりです。」

 コホンッとヤマザキが咳払いした。

「ハイネ、僕等も君から見れば息子の世代なのだがね・・・」
「そうでしたっけ?」

ととぼけるハイネ。パーシバルが

「僕等は年寄りに見えるのか?」

と呟き、ハイネが見事に返した。

「外見は私と同じ年代に見えますよ。」

 ケンウッドもヤマザキも大笑いした。パーシバルも笑いながらハイネを抱きしめた。

「君はでかいけど、本当に可愛いなぁ! みんなに訊いてみな、君は僕等より10歳は若く見えているから。」
「30代に?」
「40代だよ。」
「では、貴方方は50代?」
「そうだよ、知らなかったのか?」
「知りませんでした。」
「嘘つけ!」

 遺伝子管理局長はドームに住むコロニー人のプロフィールを全部チェックしているはずだ。全員の生年月日を把握している。

「ハイネ、個人情報を訊くのは良くないとわかっているが、教えてくれよ。キーラ・セドウィックの誕生日は何時だい? 歳はいいから、月日だけ教えてくれ。地球暦で良いからね。」
「何の為に?」
「助けてくれた御礼に、誕生日に贈り物をしたいんだ。誕生日以外に何か贈っても、彼女は受け取ってくれなさそうだしな。」

 ハイネはパーシバルから身を離して、少し考え込んだ。ケンウッドは思った。子供の誕生日を忘れないのは母親で、父親はよく忘れるのだ。ましてや、父親がドーマーであればなおさら・・・。
 ハイネが顔を上げた。

「彼女の来年の誕生日は・・・」
「来年?」

 と素っ頓狂な声を出したのはヤマザキだ。

「年毎に誕生日が変わるのか?」

 ケンウッドはハッとした。

「まさか、2月29日だったか?」
「そうです。宇宙暦では知りませんが、地球暦で計算すると、そうなります。」
「計算って・・・日数計算したのか?」
「地球人はそんなことをしません。単純に・・・来年は3月1日です。」
「2月28日ではなく?」
「女性は1日早く歳を取るのは嫌がるでしょう? ちなみに、彼女は今54歳です。」

 キーラ・セドウィックはハイネが28歳の時の子供なのか。ケンウッドは計算した。ダニエル・オライオンは23歳でドームを出た。ハイネは彼より3歳年上だったし、誕生日もほぼ同じだから当時26歳。その後ふさぎ込んだハイネを慰めようと当時の女性執政官達はかわりばんこに彼を誘惑したのだ。マーサ・セドウィックが彼と意気投合して、1年後に身籠もって宇宙へ還り、故郷で出産したら、計算が合う。

「2月だったら、ヘンリー、君は月に居るだろう?」
「月からでも贈り物は出来るさ。」

 パーシバルはニヤッと笑った。

「だから秋分の日までに、彼女が欲しがる物を探ってみるさ。」









後継者 3 - 9

 ヘンリー・パーシバルの退職願いは本部に提出されたものの、受理されるには時間がかかると連絡が来たのは一週間後だった。本部では、神経細胞の損傷と再生の研究者であるパーシバルをただの職員として採用するのは勿体ないと言う意見が多数あり、本部の研究所での空きを待ってはどうかと言ってきたのだ。
 これにはパーシバル本人ががっかりした。本部の研究所に入ってしまえば、月1回の地球訪問が難しくなる。

「僕はただのぱしりで良いから、地球と深く関わる仕事をさせてくれ。」

 ケンウッドは彼に訴えられ、リプリー長官に代わって本部へ何度か自ら足を運んだ。パーシバル自身も同行すれば良いのだが、重力の差がある場所を行き来するのは良くないとコートニーに言われて、留守番で我慢した。
 最終的に面会したシュウ副委員長がケンウッドに言った。

「パーシバル博士は専門家です。その職を投げ打ってまでして、地球と本部の連絡係に甘んじると言うのは、どう言う魂胆ですか?」

 それでケンウッドは遂に奥の手を出した。

「彼はアメリカ・ドームのドーマー達から最高の理解者として敬愛され、信頼されています。彼自身も彼等との繋がりを断ちたくないのです。」
「アメリカ・ドームだけでは、説得力が弱いですね。」
「彼は地球上の各ドームの執政官やドーマー達とも親交があります。親しみやすい人柄で、すぐに友達を作れるのです。」
「外交官タイプなのね?」
「そうです。それに・・・」

 最終カードだ。

「ローガン・ハイネ・ドーマーが彼のことを大変お気に入りなのです。」

 シュウ副委員長の瞳が揺れた。

「ローガン・ハイネがパーシバル博士を気に入っているのですか・・・」
「若いドーマー達同様、彼も相談事や悩み事をパーシバルに持ち込みます。心から信頼しているのですよ。」

 多少誇張はあるが、事実だ。ハイネはパーシバルの膝枕で眠ったこともある。だがそこまで具体的に言う必要はない。
 すると、シュウが意外な質問をしてきた。

「ハイネは、昔の女性執政官達の話をすることがありますか?」

 その昔、彼女が弄んだドーマーが思い出してくれることを望んでいるのだろうか。それとも悪い思い出を忘れてくれていることを望んでいるのか。ケンウッドは事実のみ答えた。

「彼は昔話をしないタイプですね。仕事での思い出は時々話してくれますが、執政官や年長のドーマー達の話は全くしません。まるで過去がなかったみたいに・・・」

 するとシュウは安堵したかの様に微笑んだ。

「そうですか。彼は現在しか見ないのですね。それで、現在の連絡係を求めているのだと理解しました。パーシバル博士が専門知識を活かせるような、連絡係の仕事を用意しましょう。重力障害は彼にとって不本意な病気でしょうから、研究を断念させるのも忍びませんもの。」

 そしてその会見の3日後、アメリカ・ドームのリプリー長官の下にハレンバーグ委員長の名でパーシバル博士の本部採用の内定が届いた。
 昼食前のいつもの長官執務室でケンウッドが部下達の予定表検めをしている時だった。リプリーが月からの連絡メールを読んで、ニコリとした。

「ケンウッド博士、パーシバル博士の月勤務が内定したよ。」
「本当ですか?!」
「本部常勤の神経外科の医師として働いてもらうそうだ。地球上で働くコロニー人の診察と治療が仕事だから、地球上の各ドームの医療区と頻繁に連絡を取り合うし、ドーマーの診察も行う。月一には地上訪問も可能だ。」
「それは良かった! 彼は臨床医の経験もあるので、勤務出来るはずです。」
「私から通知しようか、それとも君から言ってくれるか?」
「これは内定ですね・・・私から告げて、正式な辞令が来たら長官からお願いします。」
「わかった。」
「勤務は何時からです?」
「地球時間の今年の秋分の日からだから、ほぼ半年後だ。それまで、パーシバル博士には安静に暮らしてもらわないと困る。火星に帰省しろと言っても、彼は聞いてくれないだろう?」
「確かに・・・」
「彼を安静にさせるために、ドーム内にも公表しようと思う。彼に無理な相談を持ち込まれたりすると、こっちがハラハラするからな。」

 ケンウッドは安堵と共に一抹の寂しさも覚えた。パーシバルとはほぼ同時期に地球に着任して、ずっと一緒にやってきた。彼の研究分野である皮膚とパーシバルの末梢神経の研究はよくクロスオーバーした。生殖細胞の研究と外れることもあったが、内務捜査に引っかからずにやってこられた。共同研究は楽しかった。趣味は異なるのに妙に気が合ったのだ。

 友人がいなくなる。

 ケンウッドは初めてダニエル・オライオンが外へ出されると聞かされた時のローガン・ハイネ・ドーマーの心情を理解した。


後継者 3 - 8

 パーシバルの進退問題はひとまずリプリー長官預かりとなった。コートニー医療区長と長官はパーシバルにくれぐれも体調を考慮して無理をしないようにと言い聞かせ、解散した。
 ケンウッドは友人を連れて昼食に出かけた。中央研究所の食堂だが、入ると入り口から出産管理区との隔壁側のテーブルにハイネ局長とヤマザキ医師が座っているのが見えた。ヤマザキはきっとハイネにパーシバルの容態を報告しているのだ。ケンウッドとパーシバルは料理を取り、彼等のテーブルに近づいた。
 ヤマザキが振り向いた。パーシバルを見て、「お疲れ」と言った。パーシバルは諦めた表情で席に着くと、ハイネに言った。

「クビになりそうだ。」

 ハイネはケンウッドを見た。リプリー長官の意見はどうだったのか、と無言で尋ねた。ケンウッドは座ってから口を開いた。

「長官はヘンリーの健康の為に、月へ移ってはどうかと言っている。地球人類復活委員会の本部にヘンリーを入れて、ドームと月の連絡係にしたいらしい。」
「つまり、僕には月で働くか、辞めて火星に帰るか、2つに1つしか選択肢がないのさ。」

 ハイネはパーシバルを振り返り、言った。

「月で働いて下さい。」

 コロニー人達は暫く沈黙した。ローガン・ハイネ・ドーマーはヘンリー・パーシバルに無理をしてでも地球に残れと言わなかった。パーシバルに元気でいて欲しいから、宇宙へ戻れと言う。でも遠く離れて欲しくないから、月に居ろと言う。
 ケンウッドがハイネに尋ねた。

「それが君の希望か?」
「ドーマーの総意です。」

とハイネは無表情に答えた。

「若いドーマー達はパーシバル博士を慕っています。頼りにしています。近くに居て欲しいのです。」

 パーシバルが意地悪く尋ねた。

「君個人の希望じゃないんだな?」

 ハイネがムッとした表情になった。感情が表に出たのだ。

「私個人は貴方にここに残っていただきたい。でも重力が邪魔なのでしょう?」

 また数秒間コロニー人達は沈黙し、不意にパーシバルの笑い声でその沈黙は破られた。

「参ったな、ローガン・ハイネに愛の告白をされてしまったぞ!」

 付近にいた人々が振り返ったので、ケンウッドはちょっと慌てた。パーシバルをたしなめた。

「周囲に誤解を招くような表現は使うなよ。」

 ハイネが彼等を見ている人々に、向こうを向けと手を振った。君等が想像している様な内容の会話ではないぞ、と。
 ケンウッドはコートニー医療区長の提案をハイネに言うべきか否か迷った。パーシバルの為にならハイネは尽力してくれるだろうが、ケンウッドの良心はそれを許さなかった。リプリーもその辺りの事情はなんとなく知っているのだろう。それに重力障害はコロニー人全員の問題でもある。地球人には無関係なのだから、対策を練るのはコロニー人だけで充分だ。

「ドーム勤務経験者は本部で無条件に働けるのですか?」

 ハイネが質問してきた。地球上の全てのドームから引き揚げたコロニー人達が、宇宙でどうしているのか、地球人には全く情報がない。だから、ドーマー達は親代わりに親しんできた養育係の引退後の生活も消息も知らされない。ハイネは初恋の女性が何処に住んで、いつ出産したかも知らないのだ。当然、パーシバルがこの後何処へ行くのかもわからない。

「本部に空きがあるなら、採用してもらえる。」

とヤマザキが答えた。

「ただ研究者として雇ってもらえるか、事務系の職員として採用されるか、それはわからない。」
「採用されなければ?」
「地球勤務経験者は宇宙では重宝されるんだ。人類の起源の星で働いてきたから、どのコロニーの病院や研究機関でも貴重な人材として迎えてもらえる。だから、就職口には不自由しないんだよ。」
「そこは地球からは遠いのですね?」
「月に比べれば、遙かに遠いなぁ。月はワープ航法なしでも半日で地球と往復出来るからね。」

 ハイネはケンウッドを振り返った。

「本部の連中に、ドーマーがパーシバル博士を雇えと望んでいると伝えて頂けませんか?」

 ハイネが単数形を使ったので、「ドーマー」が彼自身を指すのだと、ケンウッドは悟った。彼は勇気を振り絞ってハイネに尋ねた。

「本部の連中とは、ハレンバーグ委員長とシュウ副委員長かね?」
「その2人は勿論ですが、他にも数人いるはずです。アメリカ勤務経験者が。」

 ハイネは次の点を力を籠めて押した。

「女性委員達を口説いて下さい。パーシバル博士は彼女達に絶対に気に入られます。」

 凄い自信だ。ハイネは本部の年寄り連中が今でも白い髪のドーマーを熱愛していることを承知している。
 ケンウッドは思わず苦笑した。

「わかった、ローガン・ハイネが愛している男を雇えばお徳だぞ、と言っておく。」

 ヘンリー・パーシバルはぽかんとしてテーブルのメンバー達を見比べていたが、やがて言った。

「司厨長に、チーズスフレを焼いてもらおうか?」




2017年9月8日金曜日

後継者 3 - 7

 昼前の定時打ち合わせ会に出ると、長官執務室にコートニー医療区長とヘンリー・パーシバルが居た。コートニーは硬い表情でドアを開けたケンウッドを振り返り、パーシバルは弱々しい笑みを浮かべて見せた。端末で電話をかけようとしていたリプリー長官がケンウッドを見て、ホッとした顔をした。

「ちょうど君に電話をするところだった。」

 ケンウッドはコートニーに頷いて挨拶すると、彼等の向かいの副長官の席に座った。

「検査結果が出たのですね?」
「うん。」

 長官はコートニーを見た。医療区長が手にした書類をちらっと見てから言った。

「パーシバル博士は重力障害による心筋疲労だ。今すぐどうこうと言うものではないが、昨夜呼吸停止状態に陥ったと言う報告が医療関係者からあったので、医師の観察下に置くことを勧告する。」
「つまり、入院?」

とパーシバル本人が医療区長に尋ねた。コートニーが首を振った。

「ここに残るなら入院だが、宇宙へ帰れば通院で済む。」
「宇宙へ帰れば?」

とパーシバルは繰り返した。ショックを受けていた。ケンウッドも動揺した。

「そんなに酷いのですか?」
「心臓も全身の筋肉も重力の影響で疲弊しきっている。普段全く運動をしない生活だそうじゃないか。筋肉が重力に耐えられなくなってきているのだ。」

 あああ・・・とパーシバルが天井を仰いだ。リプリー長官がコートニーに質問した。

「月やコロニーに行けば、彼は普通の生活が出来るのだろう?」
「出来ます。週一程度の通院は必要でしょうが。」
「仕事も出来るのか?」
「大丈夫です。肉体労働でなければ。」

 パーシバルが恐る恐る尋ねた。

「地球に戻って来られる可能性はあるのか?」
「数日の滞在なら問題はない。住むのは無理だ。」

 ケンウッドは何も言えなかった。パーシバルにはここに居て欲しい。しかし、友人の命に関わる問題だ。ここに残れとはとても言えない。
 流石にリプリーは長官らしく対策を考えた。

「例えば、パーシバル博士が月に住んで、研究を続けると言うのは可能だろうか? 月だったら週一の通院と同程度に地球に来られるのではないか?」

 コートニーは余り親しくない現長官を見た。

「パーシバル博士が週一で月からここへ通って来る?」
「可能だろうか?」
「不可能ではありません。」

 コートニーはパーシバルを振り返った。

「君がその条件を守れると言うのであればね。地球が好きだからと言って、長居してはいけない。」

 パーシバルは別の心配をした。

「月に僕の研究をする場所があるだろうか?」
「地球人類復活委員会の本部があるさ。」

とケンウッドが思いついて言った。言ってしまってから、パーシバルが本部嫌いであることを思い出した。すると、リプリーが意外なことを言った。

「執行部は年寄りばかりだ。数年もすればメンバーが入れ替わる。我々の世代に近い人々が執行部に入れば、パーシバル博士も動きやすいのではないかな?」
「いっそ僕が執行部に入ろうか?」

 パーシバルがいつもの軽口を叩いたので、ケンウッドは内心ホッとした。深刻な暗い表情は友人に似合わない。
 コートニーもちょっと安堵した様だ。やっとリラックスした表情になった。

「本部に君が入る隙間があるかどうか、知人に訊いてみようか?」
「それよりも・・・」

とリプリー。

「パーシバル博士を本部に迎えた方が得策だと執行部に思わせてみよう。」

え? と一同が彼を見た。ことなかれ主義の長官が突拍子もない案を出したのだ。これが驚かずにいられようか。

「僕がお買い得の人材だって売り込むんですか、長官?」

 リプリーはすぐにはその問いに答えないで、ケンウッドを見た。

「どうだろ? パーシバル博士はドーマーを理解している数少ないコロニー人だ。執行部はドーマーをドーム経営の労働者としか考えていない人間が多い。そこへ博士の様な人が入れば、ドーマー達と委員会の間がもっとスムーズに意思疎通出来る様になるのではないだろうか?」
 
 ケンウッドはリプリーがパーシバルを追い払いたいのか、それとも援助したいのか判断つきかねた。しかし、パーシバルが地球を去った後の就職先を考えてくれていることは理解した。

「ドーマーとの差し渡し役なら、地球に何度でも来る目的が出来ます。」

 ケンウッドの言葉にリプリーは頷いてパーシバルを振り返った。パーシバルは涙目になっていた。彼は地球を出て行きたくないのだ。しかし、居残れば命を縮めるかも知れない。

「パーシバル博士、我々は君に今すぐ出て行けと言っているのではない。」
「わかってます。」
「私は委員会に掛け合ってみる。あまり月に顔が利く人間じゃないので、期待してもらっても困るのだが、精一杯愛想を振りまいてみせる。」

 すると、コートニーが予想外の提案をした。

「長官、その役目をハイネ局長にやらせてはどうですか?」

 今度はリプリーとケンウッド、パーシバルが驚いて彼を見た。コートニーは真面目な顔で続けた。

「今の執行部はローガン・ハイネ・ドーマーにご執心の年寄りの集まりです。ハイネが『お願い』をしたら、あっさり承知するのではないでしょうか?」

 それはハイネのプライドが許さないだろう、とケンウッドは思った。ハイネは今の執行部の人々に弄ばれた過去を持っている。利用しても頼るのは嫌だと思うはずだ。
 リプリー長官が言った。

「否、パーシバル博士の健康問題は我々コロニー人の問題だ。地球人を巻き込みたくない。」






後継者 3 - 6

 翌朝、ケンウッドがヘンリー・パーシバルを医療区に連れて行くつもりで友人のアパートのドアチャイムを鳴らすと、パーシバルはすぐに開けてくれた。見ると既に身支度を済ませて何時でも出かけられる用意をしていた。

「なんだ、ちゃんと医者に懸かる準備をしていたのか。」

 ぐずるだろうと思っていたので、ケンウッドは肩透かしをくらった気分だ。
 するとパーシバルが苦笑しながら言い訳した。

「朝の5時にハイネが電話してきやがって、『生きてますか?』だとさ。その10分後にキーラからも『気分は大丈夫?』ってかかってくるし、6時にはケンタロウから朝飯抜きで来いと言ってくるし・・・」
「みんなで君を心配しているのさ。」
「有り難いけど、もう少し寝かせてくれないかなぁ? 端末のメッセボックスもいっぱいだぜ。僕がファンクラブを作ったドーマー達からだ。ポールなんか3回もメッセをくれている。お大事に、とか、無理しないで下さい、とか、医者に行って下さい、とか・・・誰が連中に僕の体のことを漏らしたんだろう?」
「さあね・・・」

と言ったが、ケンウッドは犯人の目星がついていた。ドーマーを動かせるのはドーマーのリーダーだ。 ハイネはパーシバルを心から案じているのだ。
 朝食抜きなので空腹でイライラすると言うパーシバルを医療区に連れて行き、ヤマザキに引き渡した。それからやっと遅い朝食を摂りに中央研究所の食堂へ行くと、リプリー長官もそこに居た。昨日の春分祭の後片付けで寝るのが遅れて、今になって朝ご飯なのだ。
 ケンウッドはパーシバルの健康問題を報告した。パーシバルには自身で言えと言ったのだが、出会ってしまったからにはここで長官に何も言わないのでは後が面倒だ。
 リプリー長官は美男子の追っかけをしているパーシバルを余り好ましく思っていなかったが、それでもドーマー達から信頼されている数少ない執政官であることは評価していた。だからパーシバルに重力障害の疑いありと聞いて、眉をひそめた。

「重力障害で呼吸が停止するなんて、聞いたことがないが?」
「実は私もなんです。走査検査では、目立った異常は発見出来なかったのですが、念のために今日精密検査を受けることになっています。」
「そうか・・・それなら結果待ちと言うことだな。秘密にする必要はないと思うが、彼の今後のこともあるから、わざわざ公表することはないだろう。」

 リプリーは1分ほど黙してから、呟いた。

「本当になんでもなければ良いが・・・」

 ドーム内で病人が発生すれば、それがドーマーであれコロニー人であれ、ドーム長官の管理姿勢が良くなかった、と言うことになる。ことなかれ主義のリプリーには、例え誰かが転んで怪我をしても重大問題に思えるのだ。ましてや、重力障害や呼吸停止など・・・
 長官は何かわかったらすぐに連絡してくれと言って、食事を終えた。
 ケンウッドも食事を早々に終えて研究室へ向かった。副長官室の隣に引っ越した研究室では、まだ昨日の祭りの余韻が残っており、ケンウッド博士の優勝を祝う助手達の飾り付けが妙に場違いに思えた。
 ケンウッドは助手達に気を遣って、笑顔で感謝して見せた。