2017年9月8日金曜日

後継者 3 - 7

 昼前の定時打ち合わせ会に出ると、長官執務室にコートニー医療区長とヘンリー・パーシバルが居た。コートニーは硬い表情でドアを開けたケンウッドを振り返り、パーシバルは弱々しい笑みを浮かべて見せた。端末で電話をかけようとしていたリプリー長官がケンウッドを見て、ホッとした顔をした。

「ちょうど君に電話をするところだった。」

 ケンウッドはコートニーに頷いて挨拶すると、彼等の向かいの副長官の席に座った。

「検査結果が出たのですね?」
「うん。」

 長官はコートニーを見た。医療区長が手にした書類をちらっと見てから言った。

「パーシバル博士は重力障害による心筋疲労だ。今すぐどうこうと言うものではないが、昨夜呼吸停止状態に陥ったと言う報告が医療関係者からあったので、医師の観察下に置くことを勧告する。」
「つまり、入院?」

とパーシバル本人が医療区長に尋ねた。コートニーが首を振った。

「ここに残るなら入院だが、宇宙へ帰れば通院で済む。」
「宇宙へ帰れば?」

とパーシバルは繰り返した。ショックを受けていた。ケンウッドも動揺した。

「そんなに酷いのですか?」
「心臓も全身の筋肉も重力の影響で疲弊しきっている。普段全く運動をしない生活だそうじゃないか。筋肉が重力に耐えられなくなってきているのだ。」

 あああ・・・とパーシバルが天井を仰いだ。リプリー長官がコートニーに質問した。

「月やコロニーに行けば、彼は普通の生活が出来るのだろう?」
「出来ます。週一程度の通院は必要でしょうが。」
「仕事も出来るのか?」
「大丈夫です。肉体労働でなければ。」

 パーシバルが恐る恐る尋ねた。

「地球に戻って来られる可能性はあるのか?」
「数日の滞在なら問題はない。住むのは無理だ。」

 ケンウッドは何も言えなかった。パーシバルにはここに居て欲しい。しかし、友人の命に関わる問題だ。ここに残れとはとても言えない。
 流石にリプリーは長官らしく対策を考えた。

「例えば、パーシバル博士が月に住んで、研究を続けると言うのは可能だろうか? 月だったら週一の通院と同程度に地球に来られるのではないか?」

 コートニーは余り親しくない現長官を見た。

「パーシバル博士が週一で月からここへ通って来る?」
「可能だろうか?」
「不可能ではありません。」

 コートニーはパーシバルを振り返った。

「君がその条件を守れると言うのであればね。地球が好きだからと言って、長居してはいけない。」

 パーシバルは別の心配をした。

「月に僕の研究をする場所があるだろうか?」
「地球人類復活委員会の本部があるさ。」

とケンウッドが思いついて言った。言ってしまってから、パーシバルが本部嫌いであることを思い出した。すると、リプリーが意外なことを言った。

「執行部は年寄りばかりだ。数年もすればメンバーが入れ替わる。我々の世代に近い人々が執行部に入れば、パーシバル博士も動きやすいのではないかな?」
「いっそ僕が執行部に入ろうか?」

 パーシバルがいつもの軽口を叩いたので、ケンウッドは内心ホッとした。深刻な暗い表情は友人に似合わない。
 コートニーもちょっと安堵した様だ。やっとリラックスした表情になった。

「本部に君が入る隙間があるかどうか、知人に訊いてみようか?」
「それよりも・・・」

とリプリー。

「パーシバル博士を本部に迎えた方が得策だと執行部に思わせてみよう。」

え? と一同が彼を見た。ことなかれ主義の長官が突拍子もない案を出したのだ。これが驚かずにいられようか。

「僕がお買い得の人材だって売り込むんですか、長官?」

 リプリーはすぐにはその問いに答えないで、ケンウッドを見た。

「どうだろ? パーシバル博士はドーマーを理解している数少ないコロニー人だ。執行部はドーマーをドーム経営の労働者としか考えていない人間が多い。そこへ博士の様な人が入れば、ドーマー達と委員会の間がもっとスムーズに意思疎通出来る様になるのではないだろうか?」
 
 ケンウッドはリプリーがパーシバルを追い払いたいのか、それとも援助したいのか判断つきかねた。しかし、パーシバルが地球を去った後の就職先を考えてくれていることは理解した。

「ドーマーとの差し渡し役なら、地球に何度でも来る目的が出来ます。」

 ケンウッドの言葉にリプリーは頷いてパーシバルを振り返った。パーシバルは涙目になっていた。彼は地球を出て行きたくないのだ。しかし、居残れば命を縮めるかも知れない。

「パーシバル博士、我々は君に今すぐ出て行けと言っているのではない。」
「わかってます。」
「私は委員会に掛け合ってみる。あまり月に顔が利く人間じゃないので、期待してもらっても困るのだが、精一杯愛想を振りまいてみせる。」

 すると、コートニーが予想外の提案をした。

「長官、その役目をハイネ局長にやらせてはどうですか?」

 今度はリプリーとケンウッド、パーシバルが驚いて彼を見た。コートニーは真面目な顔で続けた。

「今の執行部はローガン・ハイネ・ドーマーにご執心の年寄りの集まりです。ハイネが『お願い』をしたら、あっさり承知するのではないでしょうか?」

 それはハイネのプライドが許さないだろう、とケンウッドは思った。ハイネは今の執行部の人々に弄ばれた過去を持っている。利用しても頼るのは嫌だと思うはずだ。
 リプリー長官が言った。

「否、パーシバル博士の健康問題は我々コロニー人の問題だ。地球人を巻き込みたくない。」