ヘンリー・パーシバルの退職願いは本部に提出されたものの、受理されるには時間がかかると連絡が来たのは一週間後だった。本部では、神経細胞の損傷と再生の研究者であるパーシバルをただの職員として採用するのは勿体ないと言う意見が多数あり、本部の研究所での空きを待ってはどうかと言ってきたのだ。
これにはパーシバル本人ががっかりした。本部の研究所に入ってしまえば、月1回の地球訪問が難しくなる。
「僕はただのぱしりで良いから、地球と深く関わる仕事をさせてくれ。」
ケンウッドは彼に訴えられ、リプリー長官に代わって本部へ何度か自ら足を運んだ。パーシバル自身も同行すれば良いのだが、重力の差がある場所を行き来するのは良くないとコートニーに言われて、留守番で我慢した。
最終的に面会したシュウ副委員長がケンウッドに言った。
「パーシバル博士は専門家です。その職を投げ打ってまでして、地球と本部の連絡係に甘んじると言うのは、どう言う魂胆ですか?」
それでケンウッドは遂に奥の手を出した。
「彼はアメリカ・ドームのドーマー達から最高の理解者として敬愛され、信頼されています。彼自身も彼等との繋がりを断ちたくないのです。」
「アメリカ・ドームだけでは、説得力が弱いですね。」
「彼は地球上の各ドームの執政官やドーマー達とも親交があります。親しみやすい人柄で、すぐに友達を作れるのです。」
「外交官タイプなのね?」
「そうです。それに・・・」
最終カードだ。
「ローガン・ハイネ・ドーマーが彼のことを大変お気に入りなのです。」
シュウ副委員長の瞳が揺れた。
「ローガン・ハイネがパーシバル博士を気に入っているのですか・・・」
「若いドーマー達同様、彼も相談事や悩み事をパーシバルに持ち込みます。心から信頼しているのですよ。」
多少誇張はあるが、事実だ。ハイネはパーシバルの膝枕で眠ったこともある。だがそこまで具体的に言う必要はない。
すると、シュウが意外な質問をしてきた。
「ハイネは、昔の女性執政官達の話をすることがありますか?」
その昔、彼女が弄んだドーマーが思い出してくれることを望んでいるのだろうか。それとも悪い思い出を忘れてくれていることを望んでいるのか。ケンウッドは事実のみ答えた。
「彼は昔話をしないタイプですね。仕事での思い出は時々話してくれますが、執政官や年長のドーマー達の話は全くしません。まるで過去がなかったみたいに・・・」
するとシュウは安堵したかの様に微笑んだ。
「そうですか。彼は現在しか見ないのですね。それで、現在の連絡係を求めているのだと理解しました。パーシバル博士が専門知識を活かせるような、連絡係の仕事を用意しましょう。重力障害は彼にとって不本意な病気でしょうから、研究を断念させるのも忍びませんもの。」
そしてその会見の3日後、アメリカ・ドームのリプリー長官の下にハレンバーグ委員長の名でパーシバル博士の本部採用の内定が届いた。
昼食前のいつもの長官執務室でケンウッドが部下達の予定表検めをしている時だった。リプリーが月からの連絡メールを読んで、ニコリとした。
「ケンウッド博士、パーシバル博士の月勤務が内定したよ。」
「本当ですか?!」
「本部常勤の神経外科の医師として働いてもらうそうだ。地球上で働くコロニー人の診察と治療が仕事だから、地球上の各ドームの医療区と頻繁に連絡を取り合うし、ドーマーの診察も行う。月一には地上訪問も可能だ。」
「それは良かった! 彼は臨床医の経験もあるので、勤務出来るはずです。」
「私から通知しようか、それとも君から言ってくれるか?」
「これは内定ですね・・・私から告げて、正式な辞令が来たら長官からお願いします。」
「わかった。」
「勤務は何時からです?」
「地球時間の今年の秋分の日からだから、ほぼ半年後だ。それまで、パーシバル博士には安静に暮らしてもらわないと困る。火星に帰省しろと言っても、彼は聞いてくれないだろう?」
「確かに・・・」
「彼を安静にさせるために、ドーム内にも公表しようと思う。彼に無理な相談を持ち込まれたりすると、こっちがハラハラするからな。」
ケンウッドは安堵と共に一抹の寂しさも覚えた。パーシバルとはほぼ同時期に地球に着任して、ずっと一緒にやってきた。彼の研究分野である皮膚とパーシバルの末梢神経の研究はよくクロスオーバーした。生殖細胞の研究と外れることもあったが、内務捜査に引っかからずにやってこられた。共同研究は楽しかった。趣味は異なるのに妙に気が合ったのだ。
友人がいなくなる。
ケンウッドは初めてダニエル・オライオンが外へ出されると聞かされた時のローガン・ハイネ・ドーマーの心情を理解した。
これにはパーシバル本人ががっかりした。本部の研究所に入ってしまえば、月1回の地球訪問が難しくなる。
「僕はただのぱしりで良いから、地球と深く関わる仕事をさせてくれ。」
ケンウッドは彼に訴えられ、リプリー長官に代わって本部へ何度か自ら足を運んだ。パーシバル自身も同行すれば良いのだが、重力の差がある場所を行き来するのは良くないとコートニーに言われて、留守番で我慢した。
最終的に面会したシュウ副委員長がケンウッドに言った。
「パーシバル博士は専門家です。その職を投げ打ってまでして、地球と本部の連絡係に甘んじると言うのは、どう言う魂胆ですか?」
それでケンウッドは遂に奥の手を出した。
「彼はアメリカ・ドームのドーマー達から最高の理解者として敬愛され、信頼されています。彼自身も彼等との繋がりを断ちたくないのです。」
「アメリカ・ドームだけでは、説得力が弱いですね。」
「彼は地球上の各ドームの執政官やドーマー達とも親交があります。親しみやすい人柄で、すぐに友達を作れるのです。」
「外交官タイプなのね?」
「そうです。それに・・・」
最終カードだ。
「ローガン・ハイネ・ドーマーが彼のことを大変お気に入りなのです。」
シュウ副委員長の瞳が揺れた。
「ローガン・ハイネがパーシバル博士を気に入っているのですか・・・」
「若いドーマー達同様、彼も相談事や悩み事をパーシバルに持ち込みます。心から信頼しているのですよ。」
多少誇張はあるが、事実だ。ハイネはパーシバルの膝枕で眠ったこともある。だがそこまで具体的に言う必要はない。
すると、シュウが意外な質問をしてきた。
「ハイネは、昔の女性執政官達の話をすることがありますか?」
その昔、彼女が弄んだドーマーが思い出してくれることを望んでいるのだろうか。それとも悪い思い出を忘れてくれていることを望んでいるのか。ケンウッドは事実のみ答えた。
「彼は昔話をしないタイプですね。仕事での思い出は時々話してくれますが、執政官や年長のドーマー達の話は全くしません。まるで過去がなかったみたいに・・・」
するとシュウは安堵したかの様に微笑んだ。
「そうですか。彼は現在しか見ないのですね。それで、現在の連絡係を求めているのだと理解しました。パーシバル博士が専門知識を活かせるような、連絡係の仕事を用意しましょう。重力障害は彼にとって不本意な病気でしょうから、研究を断念させるのも忍びませんもの。」
そしてその会見の3日後、アメリカ・ドームのリプリー長官の下にハレンバーグ委員長の名でパーシバル博士の本部採用の内定が届いた。
昼食前のいつもの長官執務室でケンウッドが部下達の予定表検めをしている時だった。リプリーが月からの連絡メールを読んで、ニコリとした。
「ケンウッド博士、パーシバル博士の月勤務が内定したよ。」
「本当ですか?!」
「本部常勤の神経外科の医師として働いてもらうそうだ。地球上で働くコロニー人の診察と治療が仕事だから、地球上の各ドームの医療区と頻繁に連絡を取り合うし、ドーマーの診察も行う。月一には地上訪問も可能だ。」
「それは良かった! 彼は臨床医の経験もあるので、勤務出来るはずです。」
「私から通知しようか、それとも君から言ってくれるか?」
「これは内定ですね・・・私から告げて、正式な辞令が来たら長官からお願いします。」
「わかった。」
「勤務は何時からです?」
「地球時間の今年の秋分の日からだから、ほぼ半年後だ。それまで、パーシバル博士には安静に暮らしてもらわないと困る。火星に帰省しろと言っても、彼は聞いてくれないだろう?」
「確かに・・・」
「彼を安静にさせるために、ドーム内にも公表しようと思う。彼に無理な相談を持ち込まれたりすると、こっちがハラハラするからな。」
ケンウッドは安堵と共に一抹の寂しさも覚えた。パーシバルとはほぼ同時期に地球に着任して、ずっと一緒にやってきた。彼の研究分野である皮膚とパーシバルの末梢神経の研究はよくクロスオーバーした。生殖細胞の研究と外れることもあったが、内務捜査に引っかからずにやってこられた。共同研究は楽しかった。趣味は異なるのに妙に気が合ったのだ。
友人がいなくなる。
ケンウッドは初めてダニエル・オライオンが外へ出されると聞かされた時のローガン・ハイネ・ドーマーの心情を理解した。