パーシバルの進退問題はひとまずリプリー長官預かりとなった。コートニー医療区長と長官はパーシバルにくれぐれも体調を考慮して無理をしないようにと言い聞かせ、解散した。
ケンウッドは友人を連れて昼食に出かけた。中央研究所の食堂だが、入ると入り口から出産管理区との隔壁側のテーブルにハイネ局長とヤマザキ医師が座っているのが見えた。ヤマザキはきっとハイネにパーシバルの容態を報告しているのだ。ケンウッドとパーシバルは料理を取り、彼等のテーブルに近づいた。
ヤマザキが振り向いた。パーシバルを見て、「お疲れ」と言った。パーシバルは諦めた表情で席に着くと、ハイネに言った。
「クビになりそうだ。」
ハイネはケンウッドを見た。リプリー長官の意見はどうだったのか、と無言で尋ねた。ケンウッドは座ってから口を開いた。
「長官はヘンリーの健康の為に、月へ移ってはどうかと言っている。地球人類復活委員会の本部にヘンリーを入れて、ドームと月の連絡係にしたいらしい。」
「つまり、僕には月で働くか、辞めて火星に帰るか、2つに1つしか選択肢がないのさ。」
ハイネはパーシバルを振り返り、言った。
「月で働いて下さい。」
コロニー人達は暫く沈黙した。ローガン・ハイネ・ドーマーはヘンリー・パーシバルに無理をしてでも地球に残れと言わなかった。パーシバルに元気でいて欲しいから、宇宙へ戻れと言う。でも遠く離れて欲しくないから、月に居ろと言う。
ケンウッドがハイネに尋ねた。
「それが君の希望か?」
「ドーマーの総意です。」
とハイネは無表情に答えた。
「若いドーマー達はパーシバル博士を慕っています。頼りにしています。近くに居て欲しいのです。」
パーシバルが意地悪く尋ねた。
「君個人の希望じゃないんだな?」
ハイネがムッとした表情になった。感情が表に出たのだ。
「私個人は貴方にここに残っていただきたい。でも重力が邪魔なのでしょう?」
また数秒間コロニー人達は沈黙し、不意にパーシバルの笑い声でその沈黙は破られた。
「参ったな、ローガン・ハイネに愛の告白をされてしまったぞ!」
付近にいた人々が振り返ったので、ケンウッドはちょっと慌てた。パーシバルをたしなめた。
「周囲に誤解を招くような表現は使うなよ。」
ハイネが彼等を見ている人々に、向こうを向けと手を振った。君等が想像している様な内容の会話ではないぞ、と。
ケンウッドはコートニー医療区長の提案をハイネに言うべきか否か迷った。パーシバルの為にならハイネは尽力してくれるだろうが、ケンウッドの良心はそれを許さなかった。リプリーもその辺りの事情はなんとなく知っているのだろう。それに重力障害はコロニー人全員の問題でもある。地球人には無関係なのだから、対策を練るのはコロニー人だけで充分だ。
「ドーム勤務経験者は本部で無条件に働けるのですか?」
ハイネが質問してきた。地球上の全てのドームから引き揚げたコロニー人達が、宇宙でどうしているのか、地球人には全く情報がない。だから、ドーマー達は親代わりに親しんできた養育係の引退後の生活も消息も知らされない。ハイネは初恋の女性が何処に住んで、いつ出産したかも知らないのだ。当然、パーシバルがこの後何処へ行くのかもわからない。
「本部に空きがあるなら、採用してもらえる。」
とヤマザキが答えた。
「ただ研究者として雇ってもらえるか、事務系の職員として採用されるか、それはわからない。」
「採用されなければ?」
「地球勤務経験者は宇宙では重宝されるんだ。人類の起源の星で働いてきたから、どのコロニーの病院や研究機関でも貴重な人材として迎えてもらえる。だから、就職口には不自由しないんだよ。」
「そこは地球からは遠いのですね?」
「月に比べれば、遙かに遠いなぁ。月はワープ航法なしでも半日で地球と往復出来るからね。」
ハイネはケンウッドを振り返った。
「本部の連中に、ドーマーがパーシバル博士を雇えと望んでいると伝えて頂けませんか?」
ハイネが単数形を使ったので、「ドーマー」が彼自身を指すのだと、ケンウッドは悟った。彼は勇気を振り絞ってハイネに尋ねた。
「本部の連中とは、ハレンバーグ委員長とシュウ副委員長かね?」
「その2人は勿論ですが、他にも数人いるはずです。アメリカ勤務経験者が。」
ハイネは次の点を力を籠めて押した。
「女性委員達を口説いて下さい。パーシバル博士は彼女達に絶対に気に入られます。」
凄い自信だ。ハイネは本部の年寄り連中が今でも白い髪のドーマーを熱愛していることを承知している。
ケンウッドは思わず苦笑した。
「わかった、ローガン・ハイネが愛している男を雇えばお徳だぞ、と言っておく。」
ヘンリー・パーシバルはぽかんとしてテーブルのメンバー達を見比べていたが、やがて言った。
「司厨長に、チーズスフレを焼いてもらおうか?」
ケンウッドは友人を連れて昼食に出かけた。中央研究所の食堂だが、入ると入り口から出産管理区との隔壁側のテーブルにハイネ局長とヤマザキ医師が座っているのが見えた。ヤマザキはきっとハイネにパーシバルの容態を報告しているのだ。ケンウッドとパーシバルは料理を取り、彼等のテーブルに近づいた。
ヤマザキが振り向いた。パーシバルを見て、「お疲れ」と言った。パーシバルは諦めた表情で席に着くと、ハイネに言った。
「クビになりそうだ。」
ハイネはケンウッドを見た。リプリー長官の意見はどうだったのか、と無言で尋ねた。ケンウッドは座ってから口を開いた。
「長官はヘンリーの健康の為に、月へ移ってはどうかと言っている。地球人類復活委員会の本部にヘンリーを入れて、ドームと月の連絡係にしたいらしい。」
「つまり、僕には月で働くか、辞めて火星に帰るか、2つに1つしか選択肢がないのさ。」
ハイネはパーシバルを振り返り、言った。
「月で働いて下さい。」
コロニー人達は暫く沈黙した。ローガン・ハイネ・ドーマーはヘンリー・パーシバルに無理をしてでも地球に残れと言わなかった。パーシバルに元気でいて欲しいから、宇宙へ戻れと言う。でも遠く離れて欲しくないから、月に居ろと言う。
ケンウッドがハイネに尋ねた。
「それが君の希望か?」
「ドーマーの総意です。」
とハイネは無表情に答えた。
「若いドーマー達はパーシバル博士を慕っています。頼りにしています。近くに居て欲しいのです。」
パーシバルが意地悪く尋ねた。
「君個人の希望じゃないんだな?」
ハイネがムッとした表情になった。感情が表に出たのだ。
「私個人は貴方にここに残っていただきたい。でも重力が邪魔なのでしょう?」
また数秒間コロニー人達は沈黙し、不意にパーシバルの笑い声でその沈黙は破られた。
「参ったな、ローガン・ハイネに愛の告白をされてしまったぞ!」
付近にいた人々が振り返ったので、ケンウッドはちょっと慌てた。パーシバルをたしなめた。
「周囲に誤解を招くような表現は使うなよ。」
ハイネが彼等を見ている人々に、向こうを向けと手を振った。君等が想像している様な内容の会話ではないぞ、と。
ケンウッドはコートニー医療区長の提案をハイネに言うべきか否か迷った。パーシバルの為にならハイネは尽力してくれるだろうが、ケンウッドの良心はそれを許さなかった。リプリーもその辺りの事情はなんとなく知っているのだろう。それに重力障害はコロニー人全員の問題でもある。地球人には無関係なのだから、対策を練るのはコロニー人だけで充分だ。
「ドーム勤務経験者は本部で無条件に働けるのですか?」
ハイネが質問してきた。地球上の全てのドームから引き揚げたコロニー人達が、宇宙でどうしているのか、地球人には全く情報がない。だから、ドーマー達は親代わりに親しんできた養育係の引退後の生活も消息も知らされない。ハイネは初恋の女性が何処に住んで、いつ出産したかも知らないのだ。当然、パーシバルがこの後何処へ行くのかもわからない。
「本部に空きがあるなら、採用してもらえる。」
とヤマザキが答えた。
「ただ研究者として雇ってもらえるか、事務系の職員として採用されるか、それはわからない。」
「採用されなければ?」
「地球勤務経験者は宇宙では重宝されるんだ。人類の起源の星で働いてきたから、どのコロニーの病院や研究機関でも貴重な人材として迎えてもらえる。だから、就職口には不自由しないんだよ。」
「そこは地球からは遠いのですね?」
「月に比べれば、遙かに遠いなぁ。月はワープ航法なしでも半日で地球と往復出来るからね。」
ハイネはケンウッドを振り返った。
「本部の連中に、ドーマーがパーシバル博士を雇えと望んでいると伝えて頂けませんか?」
ハイネが単数形を使ったので、「ドーマー」が彼自身を指すのだと、ケンウッドは悟った。彼は勇気を振り絞ってハイネに尋ねた。
「本部の連中とは、ハレンバーグ委員長とシュウ副委員長かね?」
「その2人は勿論ですが、他にも数人いるはずです。アメリカ勤務経験者が。」
ハイネは次の点を力を籠めて押した。
「女性委員達を口説いて下さい。パーシバル博士は彼女達に絶対に気に入られます。」
凄い自信だ。ハイネは本部の年寄り連中が今でも白い髪のドーマーを熱愛していることを承知している。
ケンウッドは思わず苦笑した。
「わかった、ローガン・ハイネが愛している男を雇えばお徳だぞ、と言っておく。」
ヘンリー・パーシバルはぽかんとしてテーブルのメンバー達を見比べていたが、やがて言った。
「司厨長に、チーズスフレを焼いてもらおうか?」