2017年10月9日月曜日

Break 11

 「ドーマーズ」のスピンオフ作品を2連続で書いた。
どちらも主人公はローガン・ハイネ・ドーマーであるが、ニコラス・ケンウッド執政官の視点で書いてある。本編より22年ほど遡った時代から始まり、それから5年ばかりの歳月を書いてあるが、作者が時間計算をきちんとしない人間なので、かなりいい加減なことになっている。
 つまり・・・

1年目 
ハイネ、ケンウッド、パーシバルが親しくなる。
ケンウッドがポール・レイン・ドーマーの父親と出会う。
ドームの送迎フロアでγカディナ黴感染事故が発生し、ハイネが感染・発症してしまう。
ダリル、ポール、ニュカネンが遺伝子管理局に入局する。

2年目

ハイネは意識不明のまま。リン長官の横暴が目に余るようになり、ドーマー達を守る意味でパーシバルがポール達若いドーマーのファンクラブを立ち上げる。

3年目

ハイネは意識不明のまま。ケンウッドは彼が目覚めたくないのではないかと言うヤマザキ医師の言葉を聞いて、ハイネが事故に遭う直前に会っていた人物を捜し当てる。
ハイネの部屋兄弟ダニエル・オライオンの名前を聞かせるとハイネが反応したので、ケンウッドは第1秘書のペルラ・ドーマーに協力を要請し、ハイネの覚醒に成功する。

4年目

ハイネはリン長官の策略で観察棟に幽閉されている。病気の後遺症が完治する迄彼を長官から守る目的もあるので、当人は元気。ケンウッドとパーシバルは幽閉室に通って友情を温める。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーの脱走を機にハイネは月の執行部の介入を利用して解放される。この時、しっかりケンウッドを執行部に売り込む策略を忘れないハイネ。
リンが更迭され、リプリーが新長官に、ケンウッドは副長官に任命される。

5年目

ケンウッドの親友パーシバルが重力障害で倒れる。命に別状はないが健康状態を考慮して退官を余儀なくされる。
ペルラ・ドーマーやワッツ・ドーマー、司厨長などハイネに最も近い場所にいたドーマー達も年齢的な問題に直面し、引退を考え始める。
彼等は皆一様に残されるハイネを気遣い、ケンウッドも親友との今後の繋がりに心を砕く。


こんな時系列になるかな?
物語はハイネが若さを保つ遺伝子を持って生まれてしまった為に起きる人々の思惑や悩みが中心。


2017年10月7日土曜日

後継者 6 - 9

 翌朝・・・と言っても眠りについてほんの3,4時間後だったが、男達は起きて、よれよれのまま食堂へ朝ご飯に出かけた。
 まだ空は真っ暗で、食堂内は閑散としていた。厨房だけは賑やかだった。24時間稼働の世界だから、何時誰が食べに来るかわからない。温かい朝食が準備されていた。
 パーシバルが配膳コーナーの棚の隙間から中を覗き込んで声を掛けた。

「おはよう! 夕べは有り難う、最後の晩餐は素晴らしかったよ!」

 老いた司厨長が姿を現した。まだ司厨長の帽子を被っている。彼はパーシバルとちょっと言葉を交わしてから、新司厨長の選挙結果を報告した。

「困ったことに、3人ともほぼ同数の得票数でしてね、仕方が無いので、3人制にしました。」
「3人制?」

とハイネ局長が割り込んだ。彼だけはきちんとスーツ姿だ。今朝は執政官会議に出なければならないので、局長業務を先に済ませてしまう魂胆だった。

「君は3人がかりで私の相手をさせるつもりなのか?」
「ほう、若い連中にも喧嘩を売ろうって考えてるんですか?」

 恒例の喧嘩が始まりそうなので、ケンウッドが素早く中に入った。

「シェフが3人と言うことは、交替制にしたんだね?」

 司厨長は救われた思いで彼に頷いて見せた。

「ええ、一月ごとに3ヶ月のサイクルで司厨長が替わります。」
「それはまた楽しみだ。」
「僕はその恩恵にあずかれないなぁ。」

 パーシバルが残念がると、司厨長は彼に微笑みかけた。

「でも回診に来られるのでしょう?」
「その予定だけど、まだ具体的な計画が出来ていないから、月へ行ってから前任者と相談だ。アメリカ・ドームだけと言う訳にはいかないのでね、地球全体を回診するんだよ。」
「かならずここをコースに入れて下さいよ。みんな博士に会えるのを楽しみにしているんですから。」
「有り難う!」

 喧嘩しそびれたハイネはヤマザキに引っ張られて料理を取り、先にテーブルに着いていた。ケンウッドとパーシバルがやって来ると、彼は送迎フロアへは見送りに行けないと断った。

「昨日の昼頃から迷惑メールが多くて困っていましてね・・・」

 彼は端末の画面を博士達に見せた。それを見て、3人のコロニー人は思わず吹き出した。そこにはハイネ局長は送迎フロアには行くべきでないと言うドーマー達からの忠告メッセージが延々と連なって表示されていた。博士達は唸った。

「彼等は君がまた新たな病原菌で病気になることを恐れているんだな。」
「しかし、消毒班はしっかりやっているじゃないか。」
「消毒してもカディナ黴は体内に浸透して侵入したからなぁ・・・ハイネを守りたい一心でドーマー達はヘンリーの見送りをするなと警告しているんだ。」
「ありがた迷惑ですけどね・・・」
「気にするなよ、ハイネ。」

 パーシバルは正面に座っている局長に笑いかけた。

「どうせ執政官会議で最後の別れの挨拶をするのだし、君はドーマー代表で話すだろう? それで充分さ、僕等はまた会えるんだし。」

 ハイネは無言で頷いた。ケンウッドは思った。ドーマー達は過去にも大勢の仲良くなった執政官達が宇宙へ還るのを見送ってきた。コロニー人達の多くはそれっきり地球へは戻ってこなかった。地球は被保護惑星なので、簡単には来られない。貿易や観光に来たい場合は地球の該当政府に申請を出してややこしい手続きの後、やっと許可をもらえる。しかしドームは外の世界から厳重に切り離されて保護されている施設なので、遊びに来る目的では絶対に入れてもらえない。外に出る仕事を持っていないドーマー達は懐かしいコロニー人に2度と会えないのだ。だから、ドーマー達はパーシバルの退官を悲しみ惜しんでくれる。「また来る」と言われても、心から信じているのではないのだろう。ハイネも大勢のコロニー人を見送ってそれっきりだったに違いない。

「ヘンリーは来るなと言っても来るから。」

とケンウッドはハイネにさりげない調子で言った。

「この男は自分でどんどんコネを作るのが得意なんだ。執行部にも上手く手を伸ばすはずだ。」

 ヤマザキはもうお別れの話にはうんざりしたようだ。時計を見て、そろそろ行かなきゃ、と言った。そして猛烈な勢いで食べ始めた。

「回診と言うことは、医療区に来られると言うことですね?」

とハイネが確認した。パーシバルが頷いた。

「神経系の患者を診に来るんだ。だからグレゴリーの背中のチクチクがまだ続いていることを願うよ。」

 ハイネがやっと笑ってくれた。

 その後の執政官会議でヘンリー・パーシバルはユリアン・リプリー長官から正式に解任の辞令を受け、離任式が行われた。ローガン・ハイネ遺伝子管理局長と新しい維持班総代表ロビン・コスビーがドーマーを代表して挨拶をして、パーシバル自身の挨拶の後、彼は拍手で中央研究所を去った。
 送迎フロアは手が空いているドーマー達が押し合いへし合いで彼を見送ったので、執政官達が恐怖を感じるほどだった。ケンウッドはなんとか外まで出て、空港で親友がシャトルに乗り込む迄付き合った。

「過去、退官でこんなに騒がれた人はいなかったでしょうね。」

とコロニー側の空港職員達が感想を述べたほどだった。

「そりゃさ、あのローガン・ハイネに愛された人だからさ。ドーマー達のお気に入りのコロニー人なんだ。」
「それじゃ、また戻って来ますね。ドーマーの管理に執行部も利用出来る人材ですから。」

 ヘンリー・パーシバルがアメリカ・ドームを去って3ヶ月後、ゴードン・ヘイワード・ドーマーが68歳4ヶ月の生涯を終えた。恋人のペルラ・ドーマーがドーマーとして初めて愛する人の最期に立ち会いを許され、その手を取って見送った。
 ペルラ・ドーマーはその後、「黄昏の家」のドーマー側の管理者に任命され、大小2つのドームを往復して働いた。
 一般食堂の司厨長は3人制の新司厨長に仕事を任せると安心したのか、半年後に「黄昏の家」に隠居した。そこで2年ほど厨房で働き、体が言うことを利かなくなったと言う理由で完全に引退する迄、チーズケーキの味を極める修行を続け、半熟とろとろチーズスフレを完成させた。
 エイブラハム・ワッツ・ドーマーは養育棟で子供達に木工細工を教える教官となり、情操教育や職業訓練に貢献した。ハイネが彼のアパートのメンバーに3度勧誘したが、飲酒は手元を狂わせると言う理由で頑固に断り続け、一度も部屋に行くことはなかった。

 ユリアン・リプリーは約束通り、5年で長官職を辞した。退官する際、彼は執行部に後任をニコラス・ケンウッドに託すと上奏した。もし受け容れられなければ、ドーマー達が暴動を起こすかも知れないと脅しまでかけたが、その必要はなかった。ケンウッドの人柄を知る人々が既に執行部に宣伝をしており、勿論、ヘンリー・パーシバルの働き掛けも大きかったのだ。
 そして、アメリカ・ドーム第25代長官ニコラス・ケンウッドが誕生したのは言うまでも無い。



2017年10月6日金曜日

後継者 6 - 8

 もうすぐ日付が変わろうと言うのにも関わらず、翌朝は早くから予定があるにも関わらず、彼等はハイネのアパートに集合した。ハイネが誘った訳ではないが、彼がドーマー達におやすみと言って歩き始めると、ケンウッドもパーシバルもヤマザキも、周囲におやすみと言って、局長の後を付いて行った。
 部屋に入ると、それぞれいつもの場所に座り、ハイネが自らカクテルを作ってくれた。
ルジェブルーベリースプリッツァーだった。甘口でパーシバルもこれは大好きな味だ。

「1杯だけですよ。」

と大酒飲みのドーマーが断った。その1杯のお酒をちびりちびりと味わいながら、4人は特に何を話すでもなく、静かに座っていた。それからハイネが1人でバスルームに入り、鶏冠を崩して洗髪して体も洗って出てくると、コロニー人達はこれまたいつもの定位置で眠ろうとしていた。ハイネは寝室に行った。彼のベッドはキングサイズなのだが、その真ん中でヘンリー・パーシバルが横になっていた。彼は部屋の主がそばに来たので、手招きした。

「隣においで。くたびれたんで、膝は貸せないけど、腕ならなんとかなる。」
「腕が疲れますよ。」

と言いつつ、ハイネはパーシバルの隣に横になった。彼は上半身に何も付けていなかったが、パーシバルは全く気にしないで素手で彼の体に手をかけて引き寄せた。暫くドーマーの胸に耳を当てて心臓の音を聞いていた。

「地球の鼓動だなぁ。」

と彼は呟いた。

「この星が元気になっていく様を見られて良かった。君が元気でいてくれて良かった。」

 ハイネが何も言わないので、彼は1人で喋り続けた。

「ドーマー達を頼むよ・・・って僕が言うことじゃないけど、でも本当に、若い連中、特にリンに翻弄された連中が立ち直るのを見守ってやっておくれ。ポール・レインは強がっているけど、彼はセイヤーズが逃げてからかなりまいっている。他の子達も左遷されたり降格されたり・・・やったのはリプリーで、君じゃないけど、彼等の心にはしこりが残っている。彼等は責められるのではなく守られなければいけないんだ。さもないと、ドームの障りになる。あの子達を守り指導出来るのは君しかいない。」

 パーシバルが顔を動かしてハイネを見ると、老ドーマーは目を半分閉じていた。もう眠いのかも知れない。それでもパーシバルは語り続けた。今言っておかなければ、次はないのだから。

「ニコのことも頼む。あの男は苦しい時、顔に出さず、誰にも言わずに耐える癖がある。だから時々彼の気を抜いてやってくれ。僕はみんなと同じく彼が次のドーム長官にふさわしいと信じている。いや、彼がなるべきなんだ。リプリーの役目はもう直ぐ完了する。リプリー自身がそれを知っている。彼はニコを後継者にと考えてくれているが、月の執行部がどう出るか、それが不安だ。彼等は1度ニコを蹴ってリプリーを選んだのだからね。
君のサポートが重要な役割を持つことになるだろう。ドーマー達の為にも、ケンウッド長官が必要なんだと思ってくれないか。」

 するとハイネの手がパーシバルの体に掛けられた。力は入らないが、優しくコロニー人の体を抱いた。話しをちゃんと聞いてくれているのだ。
 パーシバルはさらに続けた。

「ケンタロウは医療区長になるはずだ。いや、きっとなる。だから、彼の健康に留意してやってくれないか。医者の不養生と言うが、あの男は他人の心配ばかりして、自身のことは案外疎かにしているんだ。君の目からもわかると思う。不健康な医療区長は拙い。叱っても良いから、彼の体を気遣ってやってくれ。」

 ハイネが体を動かして、パーシバルの額にキスをした。パーシバルは彼を抱き締める手に力を入れた。

「キーラのことは何も言わない。君の娘だから、僕がどうこう言わなくても彼女はしっかりやってくれる。僕は彼女とどう楽しく暮らしていくか、それを考えるよ。だから・・・」

 彼は少し体を引いてハイネの目を見た。さっき迄半眼だった青みがかった薄灰色の目が彼を見つめていた。

「君は自分を大事にするんだよ。君は僕等のドーマーだけど、君自身の物であることが第一だからね。執行部の老人達の可愛いドーマーなんかじゃない、この地球の未来を担っている重要人物なんだ。あいつらに振り回されないで、地球人の幸福だけを考えて働く今まで通りの君を守ってくれ。」

 するとハイネがそっと囁いた。

「喋りすぎですよ、ヘンリー。全てよーく承知しております。さぁ、おやすみなさい、私が見守っていてあげますから。」



2017年10月4日水曜日

後継者 6 - 7

 宴の最後はヘンリー・パーシバルの挨拶で締めくくられた。パーシバルらしく冗談を交えた明るい謝辞と別れの挨拶で、執政官やドーマー達、素晴らしい仕事仲間に明るい未来を、と彼は笑みを浮かべ、「女性が地球に溢れかえっている風景を待ち望んでいますからね」と言い残して満場の大喝采を浴びながらステージを下りた。
 続いて実行委員長のケンウッドが参加者と出席出来なかったものの協賛金を出してくれた人々に謝辞を述べ、閉会を告げた。
 パーティの後片付けは実にスムーズだった。ドーマー達はこの手の作業に慣れている。春分祭の時もそうだが、殆ど参加者全員で手早く掃除をして食器を洗い、調度品を普段使いの位置に戻し、飾り付けを片付けた。忽ち全てが撤収され、パーティなどなかったかの様にいつものドームに戻った。

「軍隊でもこうはいかないと思うな。」

 主役はさっさと帰って寝ろとケンウッドは言ったのだが、パーシバルも一緒に働いていた。別れがたいのだ。

「明日になって月に行かないなんて言い出さないでくれよ。送別会を開いた人間の立場もあるんだから。」

とケンウッドがからかうと、パーシバルは顔をしかめて見せた。

「引き留めないんだ。」
「引き留めたら君の健康に悪いだろう。」
「ちぇっ、か弱い心臓が恨めしいよ。」

 ポール・レイン・ドーマーもそばに居て、手伝っていた。彼にとってドームの中で一番甘えられる人がパーシバルなのだ。ケンウッドは、この無愛想な若者が些細な動作でもパーシバルの負担にならないよう気遣って動いていることに気が付いていた。もしかするとパーシバルがドームを去ることを一番哀しんでいるのは、この若者かも知れない。
 パーシバルが優しく声を掛けた。

「ポール、もう片付けはいいよ。明日は早いんだろう? 帰って休みなさい。」
「いえ・・・まだもう少し・・・」

 レインの連れのワグナーとキャリーは既に帰ってしまっていた。彼が帰らせたのだ。ケンウッドが尋ねた。

「明日は何処へ行くのだい?」
「ルイジアナ方面です。ちょっとメーカー同士のいざこざがあるらしくて、支局巡りだけでは済まないかも・・・」

 レインはちらりと食堂の向こう端で集まっている老ドーマー達の群れを見た。彼の上司や先輩達だ。場違いに若く見える白い髪のドーマーが一番年長だ。彼等は彼等の中で去って行く仲間に労いの言葉を掛け合っているのだった。

「パーシバル博士・・・」
「うん?」
「ローガン・ハイネは貴方が素手で触っても怒らないって、本当ですか?」

 ケンウッドとパーシバルは顔を見合わせた。この質問の意図は何だろう。ケンウッドが先に答えた。

「うん、仕事の時は手袋着用義務を守っているが、プライベートではお互いに気にしないんだ。」

 パーシバルがくすくす笑ったが、それは思い出し笑いだった。

「最初は僕が半ば強引に彼の手を握ったんだっけ? 彼の手術後の最初の面会だったんだ。彼は衰弱して動けなかったから、僕が手を握っても拒否出来なかったのさ。」

 ケンウッドも思い出した。

「強引じゃないさ。彼は握り返してくれた。生き延びて私達と再会出来たことを喜んでいたんだよ。」

 あれはダリル・セイヤーズ・ドーマーが西ユーラシアへ追い払われた直後だった。その知らせをペルラ・ドーマーに告げられてハイネは1年4ヶ月の昏睡状態から目覚めたのだ。
 パーシバルがレインに諭すように言った。

「ハイネは君達を守る為にこっちの世界に戻ってきたんだ。だから君達も彼を支えてやってくれないか。若さを保って長生きするのは、案外寂しいものなんだよ。」

 ハイネは眠っていた期間に何か夢を見ていたのだろうか。彼は何も語らない。記憶にないのかも知れない。けれどもケンウッドもパーシバルも想像していた。彼は弟ダニエル・オライオンと楽しく過ごした幼い日々を夢見ていたのだろう、と。孤独な現実に戻りたくなくて眠っていたのではないか、と。
 老人達の集まりの中に、珈琲色の肌の若者が入って行った。老いたミュージシャン達に何か言っている。と、年寄り連中がドッと笑った。
 レインが溜息をついた。

「俺は偏屈なんで、クロエルみたいに局長に真っ直ぐぶつかって甘えることが出来ません。俺には、局長は本当に雲の上の人なんです。」
「ハイネは普通の人間だよ。」

 ケンウッドも優しく諭した。

「彼は偶々ドーマーの人数調整期間の真っ最中に生まれてしまったんだ。だから彼より年上の世代と10年、年下の世代と10年離れてしまっている。同じ世代の人間が1人もいない。こんな寂しいことはないだろう? せめて君が現場の先輩と話すように彼に話しかけてやってくれないか。彼はきっといろいろなことを教えてくれるはずだ。」
「でも、あの人は現場を知らないんですよ。外に出たことがないから。」
「だからと言って、彼が業務上の指示で無茶振りしたことがあったかい?」
「・・・いいえ・・・」

 レインはまだ若い。ハイネの含みを持たせた遠回しの話し方を完全に理解出来る訳ではないのだろう。

「君がもう少し歳を取ったら、彼が何を君に伝えたいのかわかるようになるさ。」

 パーシバルが年長者のグループに目をやった。

「ハイネはまだセイヤーズを諦めていないぞ。捕まえると言うより、帰って来るのを待っているんだ。だから君は焦らずに、じっくり考えてセイヤーズを探せ。どうすれば連れ戻せるか、考えるんだよ。」

 また笑い声が起こった。クロエル・ドーマーがハイネを抱き締めて何かワッツに言っていた。
 パーシバルは聡い。声が聞こえた訳でもないのに、すぐに通訳してみせた。

「クロエルちゃんが、ハイネをギターリストとして自分のバンドに引き抜こうとしているんだ。ワッツが反対したんで、若造が文句を言っている。」
「それで、ハイネは?」
「もう弾かないって宣言しただろ? 撤回する訳ないじゃないか。」

 え? とレインが驚いた。

「局長はギターを辞めてしまうのですか? あんなに上手なのに・・・」

 パーシバルが片眼を瞑って見せた。

「だったら君が続けろと説得しろよ。」



 

 

2017年10月3日火曜日

後継者 6 - 6

 宴も終盤に近づいた。引退するドーム維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーがバンドの扮装のままステージ上に上がった。躾けの良いドーマー達はすぐに私語を止めて彼に注目した。
 ワッツは今夜のパーティを開いてくれた執政官達に感謝を述べ、集まってくれたドーマー達にも謝辞を述べた。そして退官するヘンリー・パーシバルと「黄昏の家」に移る2人の仲間に健康に注意してこれからも元気な顔を見せて欲しいと頼んだ。
 彼は、特に今まで目立たなかったゴードン・ヘイワード・ドーマーに温かな言葉を贈った。

「ゴードン、君は今迄ゲートでドームの中に雑菌や悪質な異物が侵入するのを防いで、我々を守ってきてくれた。勤務場所の性質上、我々と接する機会が少なくて、寂しい想いもしたことだろう。我々の方から『黄昏の家』に行くことは出来ないが、君の方からはこちらへ何時でも顔を出せる。好きな時に来て、我々に隠居生活の心得を教授してくれ。
 今日まで有り難う、お疲れ様でした!」

 ヘイワードは涙ぐみ、有り難うと返事をするのが精一杯だった。グレゴリー・ペルラ・ドーマーが彼の代わりに声を張り上げた。

「有り難う、皆さん、さぁ、残りの時間も大いに楽しもう!!」

 ケンウッドはやっとパーシバルのそばに辿り着いた。パーシバルのそばには、彼が一番お気に入りだったポール・レイン・ドーマーが弟分のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーとその彼女のキャリー・ジンバリスト・ドーマーと共に居て、パーシバルとの別れを惜しんでいた。キャリーは珍しい女性ドーマーだ。取り替え子の予定だった男の子が誕生前に亡くなってしまったので、取り替えられずにドームに残されたのだ。女性ドーマーはコロニー人のクローンなので、普通オリジナルの女性の名前しかもらえないのだが、キャリーと言う名のドーマーがもう一人いたので、彼女はオリジナルのフルネームをもらったのだ。美人で頭脳明晰、医療区で精神科の医師として修行中だ。コートニー医療区長が言うには、もうすぐ正式な医師免許が取れるのだそうだ。彼女はパーシバルが医師として回診に来るからと言うと、お仲間になれるのですね、と期待を込めて言った。パーシバルは悩み事が出来たら患者としてお世話になるよ、と笑った。
 かつて「御姫様」と仇名されていたレインは、さらに美貌に磨きをかけた様子で、丸坊主頭がセクシーでさえある。彼はパーシバルにセイヤーズを見つけられなくてすみません、と謝った。パーシバルがセイヤーズの脱走に心を痛めていることを知っているのだ。本当は恋人に逃げられた彼の方が苦痛だろうに、とケンウッドは思ったが、口をはさまずにそばで立っていた。
 やがてレインはパーシバルをワグナーに譲り、数歩退がった。彼はケンウッドに気が付いた。こんばんは、と声を掛けて来たので、ケンウッドも返事をした。

「お友達が行ってしまいますね。」

とレインがケンウッドを気遣う様なことを言った。貴方も寂しいでしょう、と言いたいのだが、相手が目上なのでそれ以上は遠慮して口をつぐんだ。この男は美貌に恵まれて、才能にも恵まれて、大勢から愛されて・・・しかしとても愛想が悪い。だがパーシバルには素直になるのだ。ケンウッドは、この若いドーマーの愛想の悪さは自己防衛の手段の一つだろうと見当を付けた。レインには接触テレパスと言う面倒臭い才能がある。母親からの遺伝だ。肌に触れる他人の思考を読み取ってしまうのだ。それはレイン自身を消耗させるので、レインは仕事で相手の情報を必要とする時以外は、その能力を使わない。彼は自分からは他人に触らないし、他人に触れさせもしない。しかしパーシバルは例外だ。ヘンリー・パーシバルは正直な男だから、レインも平気で手を触れていた。
 
 心を許せる人が去ってしまうのだ。

 ポール・レイン・ドーマーは今きっと孤独感と闘っているのだろう、とケンウッドは同情した。

「彼は何処に住むかわかっているからね。」

とケンウッドは率直に言った。

「そばに居なくなるのは寂しいが、また会えるとわかっている。」

 レインが小さく頷いた。彼の恋人はまだ行方不明のままだ。
 ワグナーの挨拶を受けたパーシバルがポケットに手を入れて、それから周囲を見廻した。

「おい、誰かチーズを持っていないか? あいつを呼びたいんだけど・・・」

 ドーマー達が顔を見合わせた。彼が誰のことを言っているのか、すぐ理解した。笑いたいのだが、その「あいつ」が彼等自身の上司なので、笑って良いものか? と戸惑っている。
 すると、よく響く澄んだ声が言った。

「チーズがなくても参上しましたよ。」

 ケンウッドの横にハイネ局長が立った。パーシバルが満面の笑みを浮かべた。

「さっきの演奏は素晴らしかったよ! あんな特技を隠していたなんて、狡いぞ。」
「そうとも。驚いたよ。」

 ケンウッドもパーシバルに同意したので、局長は苦笑した。

「もう10年以上弾いていなかったのですよ。ワッツが送別会で解散パフォーマンスをやろうと言い出したのは、3日前だったのです。慌てて練習しました。」


2017年10月1日日曜日

後継者 6 - 5

 ベテランドーマー達のバンド「ザ・クレスツ」はたっぷり5曲演奏した。最後の曲は途中でローガン・ハイネが長いソロパートを弾いて、そのテクニックで若者達を感動させた。

「狡いなぁ、あの人、なんでも出来ちゃうんだもん。」

 とパーシバルを取り巻いている若いドーマーが羨ましげに呟いた。パーシバルは笑いながら、彼を慰めた。

「ハイネは時間がたっぷりあるから、練習もたくさん出来るんだよ。」

 コートニーはケンウッドに囁いた。

「何故ハイネがあんなに長いソロパートを弾くか、わかるかね?」
「何故なんです?」
「みんな爺さんなんで、休ませないと最後まで保たないからさ。皮肉にも最年長の彼が肉体的には一番若いからな。」

 コートニーは可笑しそうに笑った。
 ザ・クレスツが大喝采を浴びながら演奏を終えてステージから下り、交替に若い南米系のバンドが上がった。ドーマーと執政官の混成バンドだ。彼等がテンポの速い曲を演奏し始めると、司厨長が厨房に声を掛けた。

「おい、チーズを料理に使っても良いぞ!」

 若い料理人が仲間に囁いた。

「チーズ解禁だ。」
「ローガン・ハイネの出番が終わったんだな?」
「そうさ。あの方がステージ上にいる時にチーズの匂いなんか漂わせてみろ、演奏が滅茶苦茶になるからな・・・」

 ケンウッドは特設ステージの裏手になんとか辿り着いた。演奏を終えた爺様バンド、ザ・クレスツのメンバー達が楽器を片付けているところだった。ドラムのワッツ・ドーマーだけはドラムセットをステージに残してきた。ピアノとドラムは個人の所有物ではなく、ドームが養育棟で子供達の情操教育の為に所有している物だった。トランペットやクラリネットやギターはドーマー達が個人で購入したらしく、大事そうに手入れを始めていた。
 ハイネが近づいて来るケンウッドに気が付いて、サングラスを取った。鶏冠頭なので、普段より若く見えた。

「音楽をやるなんて、初めて聞いたよ。」
「そうでしたっけ?」

 いつもの様にとぼけるハイネ。ベースを演奏したドーマーを振り返って、バンドのリーダーです、と紹介した。ケンウッドが素晴らしい演奏だったと褒めると、リーダーは照れくさそうに笑って、でも、と言った。

「これで解散するのです。みんな爺さんになっちゃいましたからね。ローガン・ハイネのソロがなければ、半分はステージ上でぶっ倒れていましたよ。」

 メンバー達がドッと笑った。コートニー医療区長が言った通りだったので、ケンウッドも苦笑するしかなかった。

「でも個人では音楽は続けるのだろう?」
「養育棟で指導したり、後輩に楽器を譲って教えるかしてね。」

 ケンウッドはハイネのそばに戻った。ケースにギターを仕舞い込む彼に尋ねた。

「君は次は何時それを弾くんだい?」
「もう弾きません。」
「ギターは?」
「キーラに譲ります。前から欲しがっていたので。」

 恐らく、父親から娘に贈る唯一の品物になるだろう。ケンウッドはパーシバルからキーラ・セドウィックにプロポーズしたことを聞かされていた。そしてハイネが父親として彼等の婚姻を認めたことも聞いた。ドーマーは余り私物を持たない。ドームの中で手に入る物は少ないし、外にある物を彼等は欲しがらない。だから互いに贈り物をする習慣もない。ハイネが娘に与えることが出来る物は、殆どないのだ。

「彼女はきっと喜ぶよ。」

 そう言えば、出産管理区の担当者達は今宵の送別会にまだ来ていなかった、とケンウッドは気が付いた。1度に3人の出産が始まって、それどころではないと連絡があったのだ。キーラは格好いい父親の姿を見損ねたのか・・・。

後継者 6 - 4

 来なくても良いのに、と思う日は早くやって来る。ヘンリー・パーシバルの送別会は秋分の日の前日、夕方の7時から始まった。
 その日は外廻りの遺伝子管理局の局員達も早い時間に帰ってきたし、普段は外の尞で寝起きしている航空班のメンバーも当直以外はドームの中へ戻って来た。有志の参加なのに、殆ど春分祭みたいな賑わいになってしまった。

「これじゃ、別れを惜しんでいるのか、喜んでいるのか、わからん。」

と挨拶の準備をしながらリプリー長官が愚痴った。当人のパーシバルは暢気で、

「ドーマー達の引退式も兼ねているから、いいんじゃないですか?」

と笑っていた。彼はファンクラブのメンバーを引き連れて贔屓のドーマーを取り囲むのが好きだったが、この日ばかりはドーマー達が彼を取り囲み、執政官の友人達が近づくのも容易ではない程だ。
 ケンウッドは親友との別れを惜しむ暇もない程忙しかった。実行委員会は戦争状態で、食事の世話やバンドの演奏準備など、かけずり回った。こんな時にハイネ局長が一言「静かに!」と言ってくれたら収まるのに、と言う調子の良い考えがチラリと頭をかすめたが、肝心の白い髪のドーマーは何処に消えたのか姿を見せなかった。
 マイクの音がして、リプリー長官の挨拶があります、と司会のヤマザキ医師の声が聞こえた。躾けの良いドーマー達が静かになってくれたので、ケンウッドは胸をなで下ろした。リプリー自身は、騒いでいてくれた方が都合良かったかも知れないが。
 長官は、「執政官ヘンリー・パーシバル博士の送別会に大勢が集まってくれて有り難う」と始めた。簡単にパーシバルの経歴と引退する理由を告げ、引退後のパーシバルの勤務先の紹介も語った。

「嬉しいことにパーシバル博士は、これからも定期的に皆さんの健康管理の為に地球へ回診に来られます。ですから、これが永久の別れではありません。博士の新しい生活への再出発式として、今宵は博士と楽しい時間を過ごそうではありませんか。」

 ドーマー達が拍手した。食堂の壁が揺れそうだ。リプリーは、しかし、それで挨拶を終えなかった。拍手が一段落すると、続けた。

「パーシバル博士の希望もありますが、今夜はドーマーの先輩達数名の引退式も兼ねます。彼等は当アメリカ・ドームの業務を安全かつ円滑にして、生活を快適にする為に日々尽くしてくれました。心から感謝しています。」

 リプリーは、維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマー、一般食堂の司厨長ジョージ・マイルズ・ドーマー、園芸班班長ロバート・ポドフ・ドーマー、そして消毒班のゴードン・ヘイワード・ドーマーの名を挙げた。

「ワッツ・ドーマー、マイルズ・ドーマーはまだこちらで後進指導をする為に残りますが・・・」

 ドーマー達からブーイングが起きて、次いで爆笑が起きた。リプリーも思わず笑顔になった。

「どうも両名共、楽隠居は当分無理みたいだね。これからもよろしく頼みますよ。」

 そして「黄昏の家」に移るポドフとヘイワードには、労いの言葉を掛けた。車椅子で参加していたゴードン・ヘイワード・ドーマーはちょっと涙ぐんでいた。普通、ドーマーの引退は個人的なものとしてひっそりと行われ、親しい者にしかわからない。こんな風に大勢から惜しんでもらうことはなかったのだ。付き添っている恋人のグレゴリー・ペルラ・ドーマーも涙を誤魔化す為に笑っていた。
 長官の挨拶が終わると、司厨長がマイクを受け取った。

「一般食堂の司厨長、マイルズです。今夜は我が後継者候補3名が自分で作った料理と、彼等がチームに指揮して作った料理を出します。どの料理が誰の作かは表示していません。気に入った料理に投票をお願いします。お一人何票入れても結構です。集計して、次期司厨長指名の参考にさせてもらいます。
 なお、料理は、今夜の主役ヘンリー・パーシバル博士のお好きな物を中心に作っていますので、内容に苦情のある方は、パーシバル博士までお願いします。」

 また会場に笑いが起きた。バンドの演奏が始まった。ケンウッドのそばに居たコートニー医療区長がバンドを見て、ハッとした表情になった。

「なんと、昔懐かしい、ザ・クレスツじゃないか!」

 ケンウッドは初めて聞くバンド名だった。執政官だけが利用するバーが夜になると開業するが、金曜日だけはドーマーの利用も許されていて、ドーマー達のアマチュアバンドが交替で演奏して騒ぐことは知っていた。ほとんどが中南米系のバンドなのだが、ザ・クレスツは古典ジャズを演奏し始めた。勿論全員男だ。頭髪を鶏の鶏冠みたいに赤く染めてグリースで固めて突き立てている。衣装は白。つまり、彼等は雄鳥なのだ。全員黒いサングラスを掛けて顔は見えない。
 ケンウッドはコートニーに尋ねた。

「今は活動していないのですか?」
「うん。メンバーがみんな歳を取って役職に就いたもんだから、それ相応に忙しくなっていつの間にか活動を休止してしまったんだ。解散したかと思っていたがね。」

 コートニーはにんまり笑って、背が高いリードギターを指さした。

「あれ、ローガン・ハイネだよ。」
「ええっ!!!!」
「ドラムはエイブ・ワッツさ。」
「うっそーーー!」

 本当に、いつになってもドーマー達には驚かされるケンウッドだった。