2017年10月6日金曜日

後継者 6 - 8

 もうすぐ日付が変わろうと言うのにも関わらず、翌朝は早くから予定があるにも関わらず、彼等はハイネのアパートに集合した。ハイネが誘った訳ではないが、彼がドーマー達におやすみと言って歩き始めると、ケンウッドもパーシバルもヤマザキも、周囲におやすみと言って、局長の後を付いて行った。
 部屋に入ると、それぞれいつもの場所に座り、ハイネが自らカクテルを作ってくれた。
ルジェブルーベリースプリッツァーだった。甘口でパーシバルもこれは大好きな味だ。

「1杯だけですよ。」

と大酒飲みのドーマーが断った。その1杯のお酒をちびりちびりと味わいながら、4人は特に何を話すでもなく、静かに座っていた。それからハイネが1人でバスルームに入り、鶏冠を崩して洗髪して体も洗って出てくると、コロニー人達はこれまたいつもの定位置で眠ろうとしていた。ハイネは寝室に行った。彼のベッドはキングサイズなのだが、その真ん中でヘンリー・パーシバルが横になっていた。彼は部屋の主がそばに来たので、手招きした。

「隣においで。くたびれたんで、膝は貸せないけど、腕ならなんとかなる。」
「腕が疲れますよ。」

と言いつつ、ハイネはパーシバルの隣に横になった。彼は上半身に何も付けていなかったが、パーシバルは全く気にしないで素手で彼の体に手をかけて引き寄せた。暫くドーマーの胸に耳を当てて心臓の音を聞いていた。

「地球の鼓動だなぁ。」

と彼は呟いた。

「この星が元気になっていく様を見られて良かった。君が元気でいてくれて良かった。」

 ハイネが何も言わないので、彼は1人で喋り続けた。

「ドーマー達を頼むよ・・・って僕が言うことじゃないけど、でも本当に、若い連中、特にリンに翻弄された連中が立ち直るのを見守ってやっておくれ。ポール・レインは強がっているけど、彼はセイヤーズが逃げてからかなりまいっている。他の子達も左遷されたり降格されたり・・・やったのはリプリーで、君じゃないけど、彼等の心にはしこりが残っている。彼等は責められるのではなく守られなければいけないんだ。さもないと、ドームの障りになる。あの子達を守り指導出来るのは君しかいない。」

 パーシバルが顔を動かしてハイネを見ると、老ドーマーは目を半分閉じていた。もう眠いのかも知れない。それでもパーシバルは語り続けた。今言っておかなければ、次はないのだから。

「ニコのことも頼む。あの男は苦しい時、顔に出さず、誰にも言わずに耐える癖がある。だから時々彼の気を抜いてやってくれ。僕はみんなと同じく彼が次のドーム長官にふさわしいと信じている。いや、彼がなるべきなんだ。リプリーの役目はもう直ぐ完了する。リプリー自身がそれを知っている。彼はニコを後継者にと考えてくれているが、月の執行部がどう出るか、それが不安だ。彼等は1度ニコを蹴ってリプリーを選んだのだからね。
君のサポートが重要な役割を持つことになるだろう。ドーマー達の為にも、ケンウッド長官が必要なんだと思ってくれないか。」

 するとハイネの手がパーシバルの体に掛けられた。力は入らないが、優しくコロニー人の体を抱いた。話しをちゃんと聞いてくれているのだ。
 パーシバルはさらに続けた。

「ケンタロウは医療区長になるはずだ。いや、きっとなる。だから、彼の健康に留意してやってくれないか。医者の不養生と言うが、あの男は他人の心配ばかりして、自身のことは案外疎かにしているんだ。君の目からもわかると思う。不健康な医療区長は拙い。叱っても良いから、彼の体を気遣ってやってくれ。」

 ハイネが体を動かして、パーシバルの額にキスをした。パーシバルは彼を抱き締める手に力を入れた。

「キーラのことは何も言わない。君の娘だから、僕がどうこう言わなくても彼女はしっかりやってくれる。僕は彼女とどう楽しく暮らしていくか、それを考えるよ。だから・・・」

 彼は少し体を引いてハイネの目を見た。さっき迄半眼だった青みがかった薄灰色の目が彼を見つめていた。

「君は自分を大事にするんだよ。君は僕等のドーマーだけど、君自身の物であることが第一だからね。執行部の老人達の可愛いドーマーなんかじゃない、この地球の未来を担っている重要人物なんだ。あいつらに振り回されないで、地球人の幸福だけを考えて働く今まで通りの君を守ってくれ。」

 するとハイネがそっと囁いた。

「喋りすぎですよ、ヘンリー。全てよーく承知しております。さぁ、おやすみなさい、私が見守っていてあげますから。」