宴も終盤に近づいた。引退するドーム維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーがバンドの扮装のままステージ上に上がった。躾けの良いドーマー達はすぐに私語を止めて彼に注目した。
ワッツは今夜のパーティを開いてくれた執政官達に感謝を述べ、集まってくれたドーマー達にも謝辞を述べた。そして退官するヘンリー・パーシバルと「黄昏の家」に移る2人の仲間に健康に注意してこれからも元気な顔を見せて欲しいと頼んだ。
彼は、特に今まで目立たなかったゴードン・ヘイワード・ドーマーに温かな言葉を贈った。
「ゴードン、君は今迄ゲートでドームの中に雑菌や悪質な異物が侵入するのを防いで、我々を守ってきてくれた。勤務場所の性質上、我々と接する機会が少なくて、寂しい想いもしたことだろう。我々の方から『黄昏の家』に行くことは出来ないが、君の方からはこちらへ何時でも顔を出せる。好きな時に来て、我々に隠居生活の心得を教授してくれ。
今日まで有り難う、お疲れ様でした!」
ヘイワードは涙ぐみ、有り難うと返事をするのが精一杯だった。グレゴリー・ペルラ・ドーマーが彼の代わりに声を張り上げた。
「有り難う、皆さん、さぁ、残りの時間も大いに楽しもう!!」
ケンウッドはやっとパーシバルのそばに辿り着いた。パーシバルのそばには、彼が一番お気に入りだったポール・レイン・ドーマーが弟分のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーとその彼女のキャリー・ジンバリスト・ドーマーと共に居て、パーシバルとの別れを惜しんでいた。キャリーは珍しい女性ドーマーだ。取り替え子の予定だった男の子が誕生前に亡くなってしまったので、取り替えられずにドームに残されたのだ。女性ドーマーはコロニー人のクローンなので、普通オリジナルの女性の名前しかもらえないのだが、キャリーと言う名のドーマーがもう一人いたので、彼女はオリジナルのフルネームをもらったのだ。美人で頭脳明晰、医療区で精神科の医師として修行中だ。コートニー医療区長が言うには、もうすぐ正式な医師免許が取れるのだそうだ。彼女はパーシバルが医師として回診に来るからと言うと、お仲間になれるのですね、と期待を込めて言った。パーシバルは悩み事が出来たら患者としてお世話になるよ、と笑った。
かつて「御姫様」と仇名されていたレインは、さらに美貌に磨きをかけた様子で、丸坊主頭がセクシーでさえある。彼はパーシバルにセイヤーズを見つけられなくてすみません、と謝った。パーシバルがセイヤーズの脱走に心を痛めていることを知っているのだ。本当は恋人に逃げられた彼の方が苦痛だろうに、とケンウッドは思ったが、口をはさまずにそばで立っていた。
やがてレインはパーシバルをワグナーに譲り、数歩退がった。彼はケンウッドに気が付いた。こんばんは、と声を掛けて来たので、ケンウッドも返事をした。
「お友達が行ってしまいますね。」
とレインがケンウッドを気遣う様なことを言った。貴方も寂しいでしょう、と言いたいのだが、相手が目上なのでそれ以上は遠慮して口をつぐんだ。この男は美貌に恵まれて、才能にも恵まれて、大勢から愛されて・・・しかしとても愛想が悪い。だがパーシバルには素直になるのだ。ケンウッドは、この若いドーマーの愛想の悪さは自己防衛の手段の一つだろうと見当を付けた。レインには接触テレパスと言う面倒臭い才能がある。母親からの遺伝だ。肌に触れる他人の思考を読み取ってしまうのだ。それはレイン自身を消耗させるので、レインは仕事で相手の情報を必要とする時以外は、その能力を使わない。彼は自分からは他人に触らないし、他人に触れさせもしない。しかしパーシバルは例外だ。ヘンリー・パーシバルは正直な男だから、レインも平気で手を触れていた。
心を許せる人が去ってしまうのだ。
ポール・レイン・ドーマーは今きっと孤独感と闘っているのだろう、とケンウッドは同情した。
「彼は何処に住むかわかっているからね。」
とケンウッドは率直に言った。
「そばに居なくなるのは寂しいが、また会えるとわかっている。」
レインが小さく頷いた。彼の恋人はまだ行方不明のままだ。
ワグナーの挨拶を受けたパーシバルがポケットに手を入れて、それから周囲を見廻した。
「おい、誰かチーズを持っていないか? あいつを呼びたいんだけど・・・」
ドーマー達が顔を見合わせた。彼が誰のことを言っているのか、すぐ理解した。笑いたいのだが、その「あいつ」が彼等自身の上司なので、笑って良いものか? と戸惑っている。
すると、よく響く澄んだ声が言った。
「チーズがなくても参上しましたよ。」
ケンウッドの横にハイネ局長が立った。パーシバルが満面の笑みを浮かべた。
「さっきの演奏は素晴らしかったよ! あんな特技を隠していたなんて、狡いぞ。」
「そうとも。驚いたよ。」
ケンウッドもパーシバルに同意したので、局長は苦笑した。
「もう10年以上弾いていなかったのですよ。ワッツが送別会で解散パフォーマンスをやろうと言い出したのは、3日前だったのです。慌てて練習しました。」
ワッツは今夜のパーティを開いてくれた執政官達に感謝を述べ、集まってくれたドーマー達にも謝辞を述べた。そして退官するヘンリー・パーシバルと「黄昏の家」に移る2人の仲間に健康に注意してこれからも元気な顔を見せて欲しいと頼んだ。
彼は、特に今まで目立たなかったゴードン・ヘイワード・ドーマーに温かな言葉を贈った。
「ゴードン、君は今迄ゲートでドームの中に雑菌や悪質な異物が侵入するのを防いで、我々を守ってきてくれた。勤務場所の性質上、我々と接する機会が少なくて、寂しい想いもしたことだろう。我々の方から『黄昏の家』に行くことは出来ないが、君の方からはこちらへ何時でも顔を出せる。好きな時に来て、我々に隠居生活の心得を教授してくれ。
今日まで有り難う、お疲れ様でした!」
ヘイワードは涙ぐみ、有り難うと返事をするのが精一杯だった。グレゴリー・ペルラ・ドーマーが彼の代わりに声を張り上げた。
「有り難う、皆さん、さぁ、残りの時間も大いに楽しもう!!」
ケンウッドはやっとパーシバルのそばに辿り着いた。パーシバルのそばには、彼が一番お気に入りだったポール・レイン・ドーマーが弟分のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーとその彼女のキャリー・ジンバリスト・ドーマーと共に居て、パーシバルとの別れを惜しんでいた。キャリーは珍しい女性ドーマーだ。取り替え子の予定だった男の子が誕生前に亡くなってしまったので、取り替えられずにドームに残されたのだ。女性ドーマーはコロニー人のクローンなので、普通オリジナルの女性の名前しかもらえないのだが、キャリーと言う名のドーマーがもう一人いたので、彼女はオリジナルのフルネームをもらったのだ。美人で頭脳明晰、医療区で精神科の医師として修行中だ。コートニー医療区長が言うには、もうすぐ正式な医師免許が取れるのだそうだ。彼女はパーシバルが医師として回診に来るからと言うと、お仲間になれるのですね、と期待を込めて言った。パーシバルは悩み事が出来たら患者としてお世話になるよ、と笑った。
かつて「御姫様」と仇名されていたレインは、さらに美貌に磨きをかけた様子で、丸坊主頭がセクシーでさえある。彼はパーシバルにセイヤーズを見つけられなくてすみません、と謝った。パーシバルがセイヤーズの脱走に心を痛めていることを知っているのだ。本当は恋人に逃げられた彼の方が苦痛だろうに、とケンウッドは思ったが、口をはさまずにそばで立っていた。
やがてレインはパーシバルをワグナーに譲り、数歩退がった。彼はケンウッドに気が付いた。こんばんは、と声を掛けて来たので、ケンウッドも返事をした。
「お友達が行ってしまいますね。」
とレインがケンウッドを気遣う様なことを言った。貴方も寂しいでしょう、と言いたいのだが、相手が目上なのでそれ以上は遠慮して口をつぐんだ。この男は美貌に恵まれて、才能にも恵まれて、大勢から愛されて・・・しかしとても愛想が悪い。だがパーシバルには素直になるのだ。ケンウッドは、この若いドーマーの愛想の悪さは自己防衛の手段の一つだろうと見当を付けた。レインには接触テレパスと言う面倒臭い才能がある。母親からの遺伝だ。肌に触れる他人の思考を読み取ってしまうのだ。それはレイン自身を消耗させるので、レインは仕事で相手の情報を必要とする時以外は、その能力を使わない。彼は自分からは他人に触らないし、他人に触れさせもしない。しかしパーシバルは例外だ。ヘンリー・パーシバルは正直な男だから、レインも平気で手を触れていた。
心を許せる人が去ってしまうのだ。
ポール・レイン・ドーマーは今きっと孤独感と闘っているのだろう、とケンウッドは同情した。
「彼は何処に住むかわかっているからね。」
とケンウッドは率直に言った。
「そばに居なくなるのは寂しいが、また会えるとわかっている。」
レインが小さく頷いた。彼の恋人はまだ行方不明のままだ。
ワグナーの挨拶を受けたパーシバルがポケットに手を入れて、それから周囲を見廻した。
「おい、誰かチーズを持っていないか? あいつを呼びたいんだけど・・・」
ドーマー達が顔を見合わせた。彼が誰のことを言っているのか、すぐ理解した。笑いたいのだが、その「あいつ」が彼等自身の上司なので、笑って良いものか? と戸惑っている。
すると、よく響く澄んだ声が言った。
「チーズがなくても参上しましたよ。」
ケンウッドの横にハイネ局長が立った。パーシバルが満面の笑みを浮かべた。
「さっきの演奏は素晴らしかったよ! あんな特技を隠していたなんて、狡いぞ。」
「そうとも。驚いたよ。」
ケンウッドもパーシバルに同意したので、局長は苦笑した。
「もう10年以上弾いていなかったのですよ。ワッツが送別会で解散パフォーマンスをやろうと言い出したのは、3日前だったのです。慌てて練習しました。」